TSした俺と交友関係NTRアンハッピーセットを食らって女性不信拗らせた親友 作:北京院
「うおぉ……!!」
ある日。武夫が頭を抱えて机に突っ伏していた。
本当に文字通りうんうんとうなっているものだから一応は本当に悩んでいたりするのかもしれない。友人として話を聞いてやることにした。
「聞いてくれるのか……! 俺、どうすればいいのかわからなくて!」
暑苦しくもあるが、真剣な悩みならば聞いてやる。しかしあいにく既にもう嫌な予感と投げやりな気分は持ち上がってきている。
顔を上げた武夫はぐっと拳を握りしめて言葉を放った。
「次のテストの点が悪かったら……こづかいが減らされるんだよぉー!!」
「そうか。勉強しろ」
よし。問題解決だな。
しかしゾンビみたいな顔をした武夫は救いを求めるように虚空をひっかいて食い下がってきた。
いや、しろよ勉強。教えてほしいなら協力ぐらいはしてやるけども。
「それはわかってる……わかっててもぜんぜん気合が入らないんだぁ……」
ぼやく武夫が改めて机に突っ伏した。気持ちは分かる。
仕方がないのでポッケを漁ってみたところ、ティッシュしかなかった。
ふむ、と一瞬考えて思いついた。
何枚か取り出して重ねたまま蛇腹状に折ってから、真ん中をつまんで二つ折りに。そのあと端を何本かに裂いてやる。
横で翔太がなにやってんだ、という顔で覗き込んできた。ちょうどよかったので、もう何枚かを取り出して同じように裂けと指示を出した。
蛇腹部分を広げてやれば出来上がったのは即席ポンポンである。いや、だいぶヘニャヘニャで見栄えの悪い出来ではあるけれども。
「ほーれがんばれーがんばれーふれーふれー」
適当に両手に持ってフリフリと振るとチアっぽい空気が出てきた気がする。
うつぶせになっていた武夫がこちらを見て感嘆の息を漏らした。
「おお……これなら、いける……!!」
やっといていうことじゃないかもしれないけれど、いけるのか……?
まぁ本人が納得しているならいいか。武夫は気合の声とともに教科書を取り出し、開き、閉じて、しまった。
「……明日から!」
本人がそれでいいならよしとしよう。もうやんないけどなこんなの。
ゴミ箱にポンポンもどきを捨てようと立ち上がったら、翔太がついてきた。
「背中のひとつでも叩いてやるのかと思った」
なるほど、確かにアレはやる気がわくだろう。しかしひとつ欠点があるのだ。
丸めたごみを捨てて、ちっちっと指を振って見せた。そして翔太の見落としを教えてやることにする。
「叩いたら痛いだろ。俺の手が」
「お前の手のほうかよ……」
この完璧な理論に口答えが返ってきたので、その背中を軽くパシパシと叩いてやる。これぐらいなら俺の手は痛まない。
「そうだ。だから特別気合入っただろ? 親友」
からかうように言葉にすれば、目線がこちらを向いた。
そのあとちょっと大きく息を吐いて、目をそらされてしまう。
「……ああ。ありがとう」
……いや、張り合いがないだろそういうリアクションされると。
そこは「でも叩くの強すぎるだろ」とか「背中が腫れて大変だった」とかそういう文句のひとつでも返すところだろうが。
それをこっちから言ったら反撃待ちみたいになってしゃくなので、軽く背中を叩いていた手を止めてグーを握った。手のひらが痛んだりはしなかった。
そのまま席に戻って授業を受けて、昼休み。
翔太と歩く購買までの道すがら、刑事ドラマの話題になっていた。というか俺がした。
「張り込みって何時間もじーっと待ち続けるわけだろ? で、見逃さないように気を張って……って大変だよなぁ」
この前見たドラマでは確か4時間ぐらい張り込んで、動きがあったと飛び出そうとしたら足がつるなんていうシーンがあった。なにやってるの! とベテランのおばさんに怒鳴られた新人がひぃひぃいうギャグシーンだ。
俺は集中力が長続きするタイプではないので、張り込み自体を継続するのも大変だろうしこの身体だと身体能力も低いしでとてもじゃないが向いていない。
現実の刑事さんもそうなんだろうか。まったくもって頭が下がる気持ちでいっぱいである。
それはそれとして、飛び出す直前にあんパンを無理やり口に詰め込んで牛乳を一気に飲み、飛び出そうとするシーンがなんとなく記憶に残っているのだ。
要するに今日はあんパンと牛乳の気分なわけである。どこが由来かは全くわからないが、この組み合わせは素晴らしい。あんパンの甘さを牛乳で口の中に溶かしてやると幸せな気分になれるからだ。
そうして到着した購買で、俺は運命と出会ってしまった。
『激辛! ブラックカレーパン』と書かれたそいつは残りわずか。おそらく新発売で、食べたことがない。
辛い物はもともと好きだ。牛乳があればある程度の辛さも中和できるはずで、その激辛とやらがどの系統の辛さなのか、どの程度のものなのか。気になる。
しかし心はあんパンを求めていた。対極のふたつ。どちらを選ぶべきか一瞬考えて気づく。
「両方買えばいいか!」
決まってしまえば迷う時間はない。しかし取ろうとしていたブラックカレーパンを長い腕が取り上げてしまった。
惜しい、と思ったが手の主はすぐ横にいた。翔太だ。こいつ辛いのあんまり得意じゃないだろ。代わりにとってくれたってことか?
「……絶対残すだろ。やめとけ、わけてやるから」
そのまま翔太が会計を済ませたので、俺も慌ててあんパンと牛乳のお金を払った。
そんなわけないだろ! とは言えなかった。確かにそうなればもったいないし、申し訳ない気分にもなってしまう。
それに、あんパン欲とカレーパン欲を両方満たすためにはちょうどいい。
多少腑に落ちないが、合理的な選択ではあるかもしれない。ついでに毒見役にもできるし。
そう考えているうちに教室に戻り席に着く。翔太がカレーパンを四分の一ほどちぎって差し出してきた。具のカレーも見えたが、実際は黒くなかった。
受け取って匂いを嗅ぐ。明らかな刺激臭がするタイプではなく、スパイスの香りがちゃんとする。美味しそうだ。
「どれどれ……いただきまーす」
中央に近い、カレーがちゃんと詰まったところを食べる。
ふわっとスパイシーな香りと、油で揚げたパンの甘み。それを飛び越えて突き刺すような痛みに近い辛さが舌へとぶつかってきた。
「……辛っ!!」
慌てて牛乳を飲む。痛みを多少流してくれるが消えない。あんぱんを袋から出してかじった。あんが痛みを多少中和してくれている気がする。
もう一度牛乳を含んで、あんの甘みを口の中へひろげたらやっと落ち着いてきた。
「びっくりした……うわ、辛いなこれ……」
今のカレーパンひとくちに対して、あんパンふたくちに牛乳半分。我が軍は壊滅状態である。
カレーパンと牛乳だけだったら半分も食べられず牛乳を飲み尽くしてしまい、食べ終わるまでに何本も牛乳を買い求めて往復することになっていたかもしれない。
牛乳だけでおなかたぽたぽ間違いなしだ。
翔太が青い顔でこちらをみている。
手元のカレーパンは美味しそうな香りを漂わせてちぎられた形のままそこに君臨し続けていた。
「……そんなに辛いのか?」
いわんこっちゃない、と思ったが俺への助け舟で地獄を購入してしまったのだからほうってもおけない。
両手で手元の牛乳パックとあんパンを差し出してやる。
「かなりな。中和したほうがいいぞたぶん」
翔太は覚悟を決めた顔でカレーパンに挑み、軽くむせ、俺が差し出していたあんパンを少しちぎって口に詰めて大きく息を吐いた。
「……あんパンだけで十分だ」
それならもう少し分けてやろう、ということであんパンを多めにちぎってわけてやり、なんとか食べきる翔太を眺めていた。
俺ももらったカレーパンの残りの部分はルウが少ないのと覚悟を決めていたのでなんとか食べきることはできた。しかし昼食ひとつでひどい消耗である。
午後の授業は若干のうわの空ではあったものの、無事乗り切れたのはまぁよしとしたい。
武夫が「俺やればできるかもしれない」と言い出して真面目に復習しようとしていたことが最大のニュースにはなるだろう。
ともあれ放課後に帰路につき、いつも通りに歩いているとふと視界の端に何かが見えた。
光を反射してきらりと何か文字のようなものが側溝の横にあったような気がする。
足を止めて目を細める。
ラメ混じりの深紅の濃い色で、ぬとりとした質感がある。クレヨン……ではなく、口紅だろうか?
よく見るためにしゃがみこんで見てみれば、どうやらひらがなで文字が書かれているらしい。
【わゐるどすぴゐど】
……なんて??
最初は読み間違いかとも思ったがこれは「ぬ」ではなく「ゐ」だ。だから『わいるどすぴいど』……と、読むべきだと思う。
で、なんだこれは。ポール・ウォーカー主演か?
「なあ」
意味がわからなくて、しゃがんだ体勢のまま先に歩いていったであろう翔太を呼び戻そうと横を向いた。いない。
そんな早足でどっかいったのか? と考えるより先に頭の上から返事が返ってきた。
「なんだそれ」
いや、こっちが聞きたいんだが?
というかすぐ後ろにいたのか、気づかなかった。覗き込むように俺の頭上を翔太がかがむ。日よけにはいいかもしれない。
ようやく何が書かれているかが認識できたのか、そのまま文字を読んで口に出した。
「わいるど……すぴいど……?」
まあそうなるよな、俺も今なってる。
翔太が身体を起こしたので俺も立ち上がって、そのまま並んで歩き出す。たぶんこのまま眺めてても結論はでないやつだろうと考えた。
帰り道の道中ではいくつか推論は出てきたが、どれも決定打には欠けた。
個人的には映画の次回作が日本舞台で、その下見に来た時に日本らしく旧仮名遣いで使用予定の道路へマーキングしたのではないか? という推理が熱かったのだが翔太の「そんな大がかりなスタッフは見てない」「そもそもこんな狭い一般道は使わない」という正論に叩き伏せられてしまった。
結局は現実的なラインとして「目を引く奇抜な落とし物などをわざとして、それを嬉々としてSNSサイトに投稿する人の住所を始めとした個人情報を収集する手段の一種ではないか?」というなんとも世知辛い推理が一番有力になった。
意味もなく旧仮名遣いでわゐるどすぴゐどと書く人間よりはあり得ると言われると、確かにと納得はするが如何ともしがたい気持ちになったので、すぐそこにある翔太の背中へ押しつけるようにパーで叩きつけておいた。
「今はいらん」と返された。応援したわけじゃないんだよ。