TSした俺と交友関係NTRアンハッピーセットを食らって女性不信拗らせた親友 作:北京院
翌日、教室にて。昨日見たらくがきのことを話してみた。
俺たちだけでは結論が出なかった、口紅らしきもので書かれた『わゐるどすぴゐど』のことである。
「口紅で書かれてたんだろ? だったらそれ好みのタイプじゃね?」
武夫はあくまでも真剣にそう言った。
いや、ワイルドは百歩譲ってわかるけどスピードってなんだよスピードって。
「え、うちもスピードタイプ好きだよー」
しかし近くにいた女子が同意と共に話題に乱入し、議論は混沌へ向かい始めてしまう。
なに? 一般的な概念なの? スピードタイプの男子?
「現実でスピードタイプもパワータイプもあるのか……?」
翔太のツッコミに深くうなずく。
いやパワータイプはある気がするな……? マッチョだろマッチョ。じゃあスピードタイプはガリか……? そうでもないだろ。
「えー、シュッとしてんのかっこいいじゃんね?」
案外方向性はあっていたらしい。
けらけらと女子が笑い、武夫が真剣な顔のままシャドーボクシングを始めて「しゅっ!しゅっ!」と口にした。そうじゃないんじゃないか?
翔太が少し間を置いて「ワン・ツー」と言ったら武夫が応えるようにリズム良くワンツーを虚空に放ったので、俺も「じゃあデンプシーロール」と付け加えたらダンシングフラワーみたいになっていた。
「やば、おもろー。一緒にまわる? 撮るか」
女子がふざけて武夫の後ろで回ってやるとダンシングフラワーはやたらと列の短いエグザイルに進化した。そこになにやら楽しげだからと関係ない男子も混ざってきている。
別の女子が面白がって動画を撮り、なにやってんだ、と翔太が呆れている。撮っていた女子が参加を促して手を伸ばす。女子の手が翔太に触れる直前で、その足が一歩下がってしまったのが見えた。
「……ちょっと待ちな!」
翔太の前に立ち、まったくそろわないエグザイルもどきのダンシングフラワーの群れへ向けて指を差した。
「このロールダンスは出来損ないだ……映えないぞ」
適当に撮っていた女子からは「マ?」という質問が来たので「まあ」と答えておいた。
ずっと回りっぱなしだった武夫がちょっと息切れしていたので止めて、改めてゆっくり順番に前の人の頭をみるように動き始めるように指示をする。
すると見違えるように……まではよくなってはいないものの。それっぽさがでたミニチューチュートレインが完成した。
少なくともさっきまでの無秩序よりはずっと見栄えがいい。
「えー、すご」
「ま、俺は鬼コーチ仙人監督だからな」
「監督とコーチ被ってね?」
……指摘は聞こえないことにした。
ともかく、改めて謎の一大イベントは無事(?)にクラスの心をひとつにしたのである。たぶん。
「……助かった。ありがとな」
満足してうなずく俺に翔太が小さく礼を言う。
「気にすんなよ、親友?」
くつくつと笑ってからかえば、翔太も軽く笑っていた。
しかし女子との会話自体はある程度できるが触れるのはどうやら厳しいらしい。
この前はすわ卒業間近かと思ったが、道のりは長そうだ。
そういう意味でなら、リハビリのメニューを改善する余地があるのかもしれない。
本人の意見も聞いてやらないこともないこともないし、少し話し合うのもありかも。
そんな考えは授業の開始によるチューチュートレインの解体によって途中で止められてしまった。
ともあれ真面目に授業を受けているうちにさっきまでの熱量はどこかに行ってしまったようで次の休み時間は静かなものになっていた。
まぁちょうどいいかと翔太のほうを見たらスマホを取り出してイヤホンを付けていた。
珍しいな。何見てるんだろうか。後ろに回って肩越しに画面をのぞき込んでみるとどうやら上手なロールダンスのやり方の解説動画のようだ。
もう一度はやらないんじゃないかそれは。やっぱり混ぜてほしかったのか?
さらによく見ようとしたが、俺の髪が翔太の肩におちて視界を邪魔する。仕方ないので後ろに流したら多少はましになった。
しかし動画のほうは字幕は多少はついているものの、常についているわけではないのでこれだけだと内容が完璧には把握できない。
仕方ないのですぐそこにある翔太の耳からイヤホンを引っこ抜き、自分の耳へ入れた。
「お前……」
結構音質がいい。動画の主は全体の振り付けについてや人数が増えた際の注意事項などを説明している。
意外にもかなりちゃんとした動画のようだ。こう見るとさっきまでのダンスはダンスではなく盆踊り……いや盆踊りもダンスか。まぁとにかくプロは違うなぁ、というやつである。
「やっぱり踊りたかったか?」
「そうじゃない。……勝手に取るなよ」
両耳で聞かなくても問題ない内容ではあるが、集中して聞きたいならしょうがない。耳に入れていたイヤホンを改めて翔太の耳へと突っ込み返す。
何か言いたげにこっちを見ているので、俺を睨んでいると動画が見れないぞ? と言ってみたがイヤホンのせいで聞こえていないのかしばらくそのままだった。
――耳。しかし、そうか。それもありかもしれない。頭の中でぼんやり考えていたリハビリメニューの改善案がさらに具体性を増す。
そう、接触系だ。触れられそうになって固まったのだから、触れて慣れればいい。
耳かきならどうやっても触れるし、しかも無防備な耳の中を触れるのは緊張するだろうから効果もてきめんに違いない。
俺がするか翔太がするかは悩みどころだが、自分から触れるのはハードルも高いだろうし俺のほうからしてやろうか。
するにあたって、必要なのは明るい場所と耳かき本体。
それから……お互い座ったままやるのは変な体勢になるだけか。じゃあ膝枕か?
……必要そうならしてみるか。とりあえず翔太の家のソファでやれるか試してみるのはありかもしれない。
プランを練り上げているうちにあっという間に授業は終わり放課後になっていた。
眠らずにプランをノートへ書き上げていたが、あと一歩何か決定的なアイディアが足りないような気がする。
「うーん……」
帰り支度を終えて席を立つ。横に立っていた翔太がそのままついてくる。
きちんとまとまっていない段階で相談するのはコーチの威厳が損なわれる気がするので、今はとりあえず黙っておこう。
「……なんか悩みか?」
「いや。お前こそダンスのことはいいのかよ」
翔太に聞かれたが質問を返してみる。
さっきの動画はかなりわかりやすかったし、試してみたくなったりしないんだろうか。
「あれは何となく見てただけだ」
そういうものか。まあ確かによく知らなくても解説動画とかって結構面白いよな。
たまーに知ってるジャンルでなんかぜんぜんでたらめなこと言ってる解説動画とかみつけちゃって「なんだこいつ!」ってなることもあるけど。
「待てよ……ダンスもありか?」
話していて思いつく。リハビリメニューでダンスもありなんじゃないか?
なんかこう、くるくるって回るやつとかあった気がするし接触する気がするし悪くない気もする。
問題は俺も全く知らないせいでコーチングどころじゃないこととたぶんかなり広いスペースが必要なことぐらいだ。
……よし。ダメだな!
「……また、くだらないこと考えてるのか?」
「くだらないとは失敬な。未来のこととか考えてるんだよ」
「未来、ね……」
翔太がまた笑った。なんだよ未来だろうが。人の苦労も知らないで失敬な奴め!
そんな話をしながらあっという間に翔太の家にたどり着いた。
今日は改めてリハビリの必要性についてじっくりと検討しながらメニューをこなすことにしよう。
そう思ってやってみると、改めてまったく問題ないということだけがよくわかった。
帰り道の20分ぐらいは話をしたまま歩いていたわけだし、距離だっていつだったかに縮めた距離のまま……よりもちょっとさらに進歩している気がするし。いや、正確な距離は測ってなかったから雰囲気だけどたぶん進歩して近くなってる。
30秒見つめあうどころか、顔を見たままだらだらと話をするのはまったく問題なし。テレビ見たりゲームしたりするから横を見たくなるだけで、別に顔を見るぐらいなら問題ない。
ここまで来たのだ、という達成感がこみあげてくる。
改めてよく頑張ってきたんだな、とほめてやりたくなる。
しかし、なあなあになっていたのは事実だろう。
今日の問題なくこなせている翔太を見て、俺の中で決意の炎がともった。
このままではリハビリになっていない。ならばどうするかは決まっている。
無事にリハビリと雑談とゲームを終えて帰路に就き、寒空の下で決意を口にする。
「……やっぱり新メニューが必要だな!」
メニューの内容はまだ未定だ。
たぶん、明日の俺がいい感じにまとめてくれると信じて、今日のところはさっさと帰った。