TSした俺と交友関係NTRアンハッピーセットを食らって女性不信拗らせた親友 作:北京院
昨日はあれから、リハビリメニューについて考えるためにちょっと夜更かしをした。
……嘘だ。ダンス動画を漁ったら思ったよりも面白くてちょっといろいろ見てたら夜ふかしになっていた。
その豊富な一夜漬けの知識から言わせてもらうと、リハビリメニューに社交ダンスは向いてないだろうな! というひとことにつきる。
なんか優雅でゆったりしてるかと思ってたのに困ったところを筋肉とスタミナでゴリ押ししている。翔太はともかく今の俺だと普通にダウンするだろう。
優雅な白鳥は水面下でめちゃくちゃバタ足をしているというやつである。いや、あれはあれで本当は羽に空気を含ませてるからなんにもしてなくても浮くらしいけど。
イメージと現実は必ずしもイコールではないという新たな気づきを得た夜であった。
……まぁ、つまるところ今日は少々寝不足で眠いのだ。
「どうした? ……熱でもあるのか?」
教室にたどり着いてもぼーっとしたままの頭で、だらりと座る俺のひたいに翔太の手が触れる。
おー冷たい。外が寒かったからだろうか、しかしたぶん熱はないと思う。
ちょっと身体をそらしてデコの翔太の手をどけて自分の手で自分のひたいを触る。
さっきほどは冷たくなく、俺の手のほうがぬくいのは間違いない。立ったままの翔太の頭は遠くて届かなかったので仕方なく立ち上がって改めて手を伸ばす。翔太のひたいも触った感じ温度は変わらなさそうだった。
「あー、たぶんないな。ていうか手冷たくね?」
「……風邪には気をつけろよ」
この前ひいたとこだもんな、とは言わなかったが確かに迷惑をかけた。
本当にうつらなくてよかったと思う。翔太が風邪をひいたら陽菜たちにもうつりかねないし、お見舞いリレーになんてなったらキリがないし。
改めて椅子に座り直したところで武夫が横から口を挟んだ。
「お前ら近くね?」
「あー……? ほら、親友だしこんなもんだろ」
思ったよりも勢いよく腰かけたからか椅子がちょっとばかり下がって音が鳴った。
ぱたぱたと手を振ってやったが微妙に腑に落ちないような顔をしている。
「……それ、ブームなん?」
「何が?」
おててふりふりブームは来てないが。たぶん今後も来ないが?
手を止めて話を聞いてみる。
「いや、親友って最近よく言ってね?」
……そうか?
はて、と考えてみようかと思ったところで先生が来てしまった。
眠い頭がまだ覚めきってないのに授業が始まろうとしている。
次の休憩時間あたりはちょっと寝ようと決めて教科書を取り出し、ノートを開き、シャーペンをノックして意識を半分手放した。
半寝の術である。別名『いやいややだなあちゃんと聞いていましたよ寝てないですよ本当ですって半分ぐらいは』だ。
授業を乗り越え、不思議と回復した眠気ですっきりした頭でその後の日程は無事乗り切った。
やっぱり睡眠不足はダメだな!
ともあれ授業を終えて放課後に翔太の家にたどり着くと、今日も陽菜がいた。
「おかえりなさーい。あ、樹さんだ」
「はいはいただいまー」
「ねーねー樹さん、今日は晩ご飯食べてく? お母さんが今度どうって言ってたの」
適当な出迎えに適当な返しをしてやるとお誘いが返ってきた。
今度、は今日ではない気もするが翔太が止めないなら問題ないんだろう。
思いがけない提案だったので頭の中で冷蔵庫の中身を数えて問題ないことを確認し、すごく魅力的だったので甘えることにする。
メニューはなんだろうな。オムライスかな。何作ってもらっても美味しいんだけど。
おばさんが帰ってきたら聞いてみよう。
「じゃあ、ありがたく。おばさんにお礼言わなきゃ」
「お母さんにLINE送っとくね! メニューのリクエストする?」
「いや、任せる。楽しみにしとくからさ」
「りょーかい!」
楽し気にスマホを叩く陽菜をみつつソファに座る。
メニューといえば、昨日提案せずじまいだった内容があることを思い出した。
「そういえば翔太。ほれちょっとこっち……ちこうよれー」
「なんだよ急に……」
言いながらも素直に寄ってくる。ういやつめ。
寄ってきたところを撫でようとしたら今回は身体を反らして避けられた。おのれ不届き者め。
翔太は不審者を見る目で俺を睨みながら、伸ばした手をうっとうしそうにどけた。
「……本当に、なんなんだ急に」
「いや、これで改めて確信した。今のリハビリじゃあ足りてないんだってな」
「はぁ?」
カッコよくビシッと指をさして宣言する。
陽菜が「おー」と呑気な声を横で出した。翔太の表情は困惑に染まっていく。
「昨日のメニューも当たり前にできてたけど、今の動きといい昨日のダンスの時といい、お前にはまだ課題がある!」
そう。単純に触れられることを避けようとするのだ。
近くにいたり、ある程度話すのはできるようになったな、と思う。つい今だって呼べば寄ってきたわけだし。
現状、フリートークも見つめ合いも問題なくなってしまったからにはレベルアップが必要に違いない。
「いきなり触ろうとしたからだろ……」
「だからいきなりじゃない接触から慣らすためにリハビリするんだろ?」
翔太の言い訳を聞く気はないので理屈を上からねじ伏せた。
ただ話すだけ、目を合わすだけどころか落とし物ひとつ拾って渡すこともできなかったのがリハビリの成果であれだけスムーズに渡せるようになったのだ。
自分の回復を認めてやってほしい。ついでに俺の天才的なメニューとありがたすぎる協力に感謝するといい。
翔太は少し言葉を探したようだが反論はなかったので俺の勝ちだった。
また勝ってしまった……敗北を知りたい。
「……で、何する気なんだ。聞いてやる」
大きなため息をついて翔太が横に座った。
そんなにメニューが気になるなら仕方ない。
ダンスは無理と結論がでた今、まずは叩き台が必要だろう。
昨日思いついたプランAを教えてやる。プランBは未定になったが。
「そうだな……耳かきとかどうだ? ひざまくらつきで」
「……は?」
翔太の目が再び鋭くなった。ふざけてないぞ! 本気だぞ!!
耳の中は弱点だ。触られればくすぐったいどころか、悪意を持ってどうこうされると危険極まりない。
それを相手にさらすことで緊張感に慣れる、さらに横向きより上から電灯で照らしたほうが見やすくついでに単純接触範囲が大きくなるひざまくら。
上下で挟み込みリハビリする、リハビリバーガーバリューセットである。
……という理論を教えてやったら頭の痛そうなポーズをしていた。考える人か?
動かなくなった翔太のコメントよりも先に陽菜が目を輝かせながら「それなら」と楽しげに話に混ざってきた。
初期のリハビリメニューの改善にも大変役立ったありがたい提案もあったし、今回もなにかいいアイデアがあるだろうか。
「えっとね、手をつないで歩くのとかどうかな!」
手をつなぐ。
……なるほど、確かに単純な接触としてはわかりやすいしやりやすい。危険もないしハードルも低そうだ。
でも、手をつないで歩く。……俺と翔太が?
いや。ないだろう、たぶん。なんか変じゃないか? だってほら……
……なんか変だって思うんじゃないか? 周りとか。
陽菜の提案を噛み砕いている最中にも楽しげな表情は崩れない。
俺が消化するより先に「あとね」ともうひとつ提案を投げかけてきた。
「あーんするのとか、どう? 食べさせあいっこするの! そのためにプリンとか買って――」
食べさせあい。自分が食べていたものを相手にも食べさせること。
……違う。食べているのをわけるだけならもともとやってた。やるなら大切なのは「あーん」だ。
だから、たとえば。翔太がアイスでも食べてたとして。
「ひとくちわけろよ」と俺が言って、翔太が軽くため息をついて。
さっきまで自分が食べてたスプーンですくったアイスを、そのまま俺に──
「……樹さん?」
「えっ、あっ、な、なに?」
違う。今のはリハビリメニューじゃない。
ただ、いつもみたいな日常が、いつもと違う接触をしようとしている。
あんなの、まるで。
――まるで、恋人みたいじゃないか。
「陽菜、ふざけすぎだ」
「えーっ! 楽しそうなのにー」
「そもそもお前がプリン食べたいだけじゃないのか……」
翔太がツッコミを入れて、陽菜が楽しげに笑う。
言葉が耳に入ってきているのに、うまく笑えない。
妙なことを言うから、変なことを考えちゃっただろ、と陽菜に言えばいい。
内容を話して、翔太が俺と陽菜をまとめて笑い飛ばしてそれで終わりだ。なのに、頭の中で差し出されたスプーンが消えない。
「あ……そう、そうだった」
どうにか腰を上げる。陽菜と翔太の目が俺を見る。
急に口が乾く。舌がうまくまわらない。
「冷蔵庫! 冷蔵庫の、キャベツが悪くなりそうだったんだ」
今思い出した、というように柏手を打った。思ったよりもいい音がして、手のひらがじんじんとする。
翔太が怪訝な顔をした。目をそらして、玄関のほうを向いた。
「陽菜、ごめん! おばさんに謝っといて。今日は帰る!」
荷物をひったくるように持って部屋を駆け足で出る。
後ろから呼びとめる声が聞こえたので、内容を聞かずに返事をした。
「メニューは、メニューはまた考える! 宿題な! だから帰る!」
靴を履いて玄関を飛び出した。走って帰ろうとして、すぐに息がきれて歩くことになった。