TSした俺と交友関係NTRアンハッピーセットを食らって女性不信拗らせた親友   作:北京院

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いつもどおりにならなくて

 走り続けて帰ることはできず、結局寒い中を一人で歩いて帰ることになってしまった。

 玄関の鍵を開けて入る。当然ながら誰もいないし、暖房だってついてない。

 

「あぁーもう……腹減ったな……」

 

 冷蔵庫の中身はジュースとお茶、明日の朝に食べようと思ってたロールケーキのみ。野菜室にはなにもなし。

 ……知ってた。いや、帰りにスーパー寄ってくるんだったな。でもいまさら外に出たくない。

 冷凍室にはバニラの棒アイスとワンプレートの冷食が残っていた。よくやったぞ過去の俺。

 

 ピラフとハンバーグのワンプレートの袋を開けて電子レンジへ入れる。袋に書かれた温め目安を読んで、20秒ほど長めに時間をセットした。

 あたためスタートを押してから、冷凍庫の棒アイスの袋を切って口に入れた。つめたい。

 アイスの甘さ以前に寒い。よく考えなくても部屋の暖房のスイッチがまだ入ってなかったことに気づいた。

 順番があべこべになっている。ようやくスイッチをいれて、アイスを改めてかじった。

 

「……飯の前に食べるもんじゃないな?」

 

 空きっ腹に甘いもの。味覚としては幸せなはずだけれど環境がよくない。寒い中硬いアイスにかじりついているとむなしさがこみ上げてきた。

 アイスを食べたくて仕方ないわけでもないのに何をやってるんだ俺は?

 

 部屋が温まり切るよりも先にレンジが食事の用意ができたとおしらせしてくる。まだ硬いアイスをくわえながら温め終えたプレートをおぼんに載せた。

 デミグラスソースのハンバーグはともかくとして、ピラフは箸だと食べにくそうだ。食器入れからスプーンを取り出してプレートの横に置く。

 

「いただきまー……おっとっと」

 

 アイスの端が溶けて垂れそうになってすするように口に入れた。部屋もちょっとは暖まってきたようだ。

 横にどけておくか考えたが、ここまで溶けてきてるのだし食べきってしまったほうが早そうだ。大きく口を開けて食べきった。身体が改めて冷えて、寒さがぶり返した。やんなるね。

 

 ビニールを破ってやれば湯気と一緒にいい香りが立ちのぼる。冷凍食品といえど、バカにならないものだ。文明の利器万歳。

 デミグラスソースのかかったハンバーグをスプーンで割って口に運ぶ。ピラフはバターの香りがして美味しかった。

 

 ……翔太の家は今日は何のメニューだっただろうか。

 ひょっとしたらオムライスだったかもしれない。食べたかったな、オムライス。

 ハンバーグにかかったデミグラスソースのコクを名残惜しむようにすくってひとくち食べた。余計にオムライスが食べたくなったので失敗だった。

 

 ピラフの一粒も残さず完食して、一息つく。しかしここでだらけたら今日はもう一歩も動きたくなくなってしまう。

 空のプレートは台所のゴミ箱へ、食べるのに使ったスプーンを流し場へもっていく。

 

 水を流して簡単に洗おうか、と思ってスプーンを見る。金属面の光沢にわずかに落ちている汚れが妙に気になる。

 

「いや……違うか」

 

 水を流しながら指でこすった。食べ口の鏡面に逆さになった俺の顔が小さくうつる。

 スポンジを取り出して泡立てて、もう一度鏡面をぬぐうとすっかり綺麗になったのでラックへ立てかけた。

 

「よし。綺麗になったな……あー。風呂、風呂に入ろう」

 

 お湯の温度をいつもよりも2℃上げてお風呂を沸かした。

 やっぱりちょっと身体が疲れている気がする。頭もうまく回っていない。

 入浴剤も多めに入れて、ゆっくり浸かってみた。今度は熱くて頭が働かなくなってきた。

 

 身体や髪を洗い、のぼせる直前になんとか湯から上がると脱衣所の冷たい空気が心地いい。

 鏡を見ると見慣れた美少女がずいぶんなサービスカットでたたずんでいる。髪の毛がすっかり濡れてしっとりとしたビジュアルだ。

 

 このまま寝ると大変なことになるのはさすがに学習しているのでタオルで水気を切ってからドライヤーを当てる。

 指に髪が絡んでくすぐったさがある。ちゃんと綺麗に乾かさないと面倒だ。

 明日の髪のセットにも影響するしちゃんとしないと笑われるかもしれない。

 

 笑われる? 誰に? そんなの迎えに来るやつに決まってる。

 ……余計なことを考えている気がする。髪の湿気が取れないせいだ。

 

 大きいバスタオルを取り出して頭を雑にガシガシと拭く。

 怒りで覚醒したみたいにあちこち飛び跳ねていてひどい有様だった。陽菜に怒られるかな。

 

 今日は調子が悪いんだ、諦めてくれ。そう脳内で言い訳をしていたらスマホに通知が届いていた。

 陽菜からだ。まったくタイミングがいい。いいのか? まあいいか。

 

 どうやら写真を送られているらしいのでLINEを開くと、そこには仏頂面の翔太と目の前に並ぶ二皿のオムライスがあった。

 追撃としてさらにLINEが続けて届く。

 

『お母さんが材料多く買っちゃったって! お兄ちゃんがダブルオムライスに挑戦中だよ!』

 

 なにやら変なキャラクターが鉢巻きを巻いて目を燃やしているスタンプが間に挟まり、さらに文字は続く。

 

『樹さんはなに食べたの? キャベツ丼?』

 

 なんだよキャベツ丼って、と思っていたらキャベツのスタンプが送られてきた。こんなスタンプあるのか……

 ……いやこれキャベツじゃなくってレタスじゃないか? 横に「おつかレタス」って書いてあるぞ?

 

『これレタスだろ。俺はキャベツのフルコース食べたからへーき』

 

 適当すぎるスタンプへツッコミをいれつつ、こちらも適当なことを返しておいた。

 実はキャベツはありませんでした、なんて言えるわけがない。

 

『フルコースってなに?』

 

 しまったやぶ蛇だ。目を輝かせたスタンプが追加で送られて来た。しかし今さら引っ込みもつかないので、脳内でキャベツ畑からフルコースを構築して返事をする。

 

『キャベツのソテーにキャベツのスープにキャベツジュース』

 

『えー! こんどたべたーい!!』

 

 おねだり的なスタンプの連打が襲いかかってきた。

 そんなに食いつくところかこれ? いや、実在しないフルコースなんだけれど。わけわかんないだろキャベツジュースとか。

 

『しばらくやらない。あげません!』

 

 断固としてノー! というスタンプで返して会話を終わらせる。

 しばらくっていうかまったくやったことないが。陽菜は残念がるように悲しみにくれる変な生き物のスタンプを送りつけてきた。

 

 やれやれ、まったく……でも、本当にオムライスだったのか。おばさんには悪いことをしてしまった。

 少し会話履歴を遡れば陽菜が送ってきていた仏頂面の翔太とオムライスの写真がでてくる。

 

「はぁー……やっぱり、オムライス食べたかったな……」

 

 ため息に応えるように携帯が震えた。会話を最新まで飛べば、陽菜からおいでおいで、と可愛らしいスタンプが送られて来ている。

 

『また食べに来てねってお母さんから!』

 

 『ありがとう』と文字を送ってから、こちらも可愛らしいスタンプで追加でお礼を言った。

 しばらくしてから返事が来たが文字ではなくスタンプだ。ちょんまげをはやしたひよこが『くるしゅうない』とえらそうにしている。なんだこいつは。せめて成鳥にはなっとけよ。

 

『ついしん! お兄ちゃん全部食べれちゃった! くいしんぼうだね』

 

 スタンプを眺めていると、空の皿と翔太の写真が追加で送られてきた。

 ……まぁ、翔太なら二皿ぐらい食べられるだろう。LINEを閉じて今日は早めに寝ることにした。

 

 入浴剤を多くした効果か、湯温をあげたせいなのか、布団に潜るといつもよりも身体が熱を持っている感じがする。

 ぽやぽやとして心地よくて、頭が働かなくなってちょうどよく、そのまま眠りに落ちていった。

 

 翌朝、いつも通りの時間に起きて、いつも通りにご飯を食べて、いつも通りに髪をセットした。

 髪が変に広がることもキマりすぎることもなく、いつも通りの時間にチャイムの音が転がってくる。

 

 ドアを開ければいつも通りに翔太がいて、いつものように荷物を持って学校へ歩き出した。

 何も話すことがないなら話さないまま、ただ歩く。これもいつも通りだ。

 横を歩いている翔太の顔を見あげながら考えていると、こちらを向いた。

 

「そうだ。昨日、大丈夫だったのか?」

 

「へっ、あ、えっ? な、なにが?」

 

 ジロジロ見ていたのが変だったか? 何を聞かれたのかわからなくて聞き返すと翔太も不思議そうにさらに聞いてくる。

 

「いや、晩飯。キャベツしかなかったんだろ? 陽菜が言ってたぞ」

 

「あっ、あー。それはほら、夢を見させるために言っただけだから」

 

「なんの夢だよ」

 

 ふっ、と笑う翔太に、ようやく合点がいった。

 昨日の陽菜とのやり取りをあとから聞いたんだろうか。俺の晩飯が本当にキャベツオンリーだったのかと心配したらしい。

 そんなことで騙されるなよ、と思いつつもそんなことでウソつくなよ、と冷静な自分がツッコミを入れてきた。

 やかましいな、と考えて、ふと気づく。すこし見上げる距離に翔太の顔がある。

 いつも通りの、当たり前の距離だ。横断歩道が赤だから、2人そろって足が止まった。

 

――本当に?

 

 翔太の家でのリハビリが順調で、外でもリハビリが必要かもしれないと思った時。帰り道をリハビリにしようと決めた時。

 元々の距離から、半歩ずつ近づいた。それだけで妙に落ち着かなくて、勝手に元の距離に戻ろうとするのを意識して維持するのは据わりが悪かったはずだ。

 

 今は、違う。近づいた距離が当たり前にそこにある。手を横にやれば、触れる距離。

 ……この距離が『いつも通り』だ。いつから? わからない。

 近づいた時の半歩は、こんなに近くだったろうか。……やっぱり、わからない。

 

 ものさしとして腕を横にやってみると、翔太の胸に俺の手の甲が吸い込まれた。

 

「……なんでやねーん」

 

 あとのせでツッコミだったことにしてみた。

 怪訝な顔をした翔太が自分の胸にあたった俺の手を見てからため息をつく。

 そのままあっさりと俺の腕をつかんでさっさとどけてしまった。

 

「なにがだよ」

 

 掴まれた手がすぐに自由になり、ささえるものがなくなって所在なく垂れた。

 俺が何かいう前に信号が青なことに気づいたのか翔太が歩き出す。

 

「あっ、こら遮断器を無視すんなよ」

 

「……踏切ごっこか? ツッコミだったんじゃないのか」

 

「可変式だ。まだ上がってなかった」

 

 言葉にしながら一歩、歩き出しを遅らせた。翔太の肩が半歩前にいく。

 

「なら、いつ上がるんだよ……青信号だぞ」

 

 もう半歩、歩くのを遅くする。

 この小さくなった身体で、ゆっくりと歩く。翔太の背中は遠ざからなかった。

 

「俺の判断で決まるんだよ」

 

 速度を変えずに歩く。翔太の肩が隣に並んだ。

 俺はいつもよりも遅く歩いているのに、いつもの距離に戻っていた。

 

 なにか言おうと言葉を探して前を向いたら、歩行者信号が点滅を始めている。

 

「……点滅だ! 加速!」

 

 声を出して駆け足になる。そこそこ急いで、なんとか信号が変わる前に横断歩道を渡り切った。

 わずかばかりに荒くなった息を整えながら歩く速度をもとに戻すと、翔太も隣で息を吐いた。

 

「ゆっくり渡りすぎたな」

 

「……そうだな」

 

 そこから学校まではいつも通りの距離で、いつも通りに歩いた。

 学校の授業は普段通りで、特別なことは特にない。武夫がバカなことを言ってたり、小テストが面倒だったり、体育でようやくちょっとは動けるようになってきていたり、それぐらいだ。

 

 5限の授業中に横の席の翔太の手がこちらへ下から伸びてきた。シャーペンの芯をくれ、の合図である。

 忘れたのか折り尽くしたのかは知らないが仕方ない。自分の替芯を取り出して、3本程つまむ。

 差し出された手のひらの上までこちらも手を伸ばして、腕をあげすぎてしまって翔太の手に触れずに少し上から落とした。

 

「……っと……助かる」

 

 翔太が小さく礼をいう。落としかけたようだが無事キャッチして、折れてもないらしい。

 ……いや、今のは取りにくいだろ? 文句を言われたいわけじゃないが、礼を言われるほどでもなくないか。

 意識して取りづらくしてやろうとしたわけでもないので、失敗を褒められたようで無性に居心地が悪い気がした。

 

 授業が終わって放課後になると、翔太が先に支度を終えて俺の机の横に立った。

 俺も帰り支度を終えてバッグを持つ。立ち上がればいつもの距離に翔太がいる。

 

 並んで廊下に出て歩き出す。リハビリからこっち、当たり前の距離。半歩づつを詰めたあとの、距離。

 翔太は前を向いていて、特に何も意識していなさそうなのでふと思いつく。

 足をわずかに外へ向けて斜めへ二歩。半歩分をふたつで一歩分、距離が離れた。

 これがたぶん、元の距離だ。リハビリ前の「当たり前」はこれだったはずだ。

 

――遠い。

 

 こんなに、遠かったか?

 翔太は気づいていない。目の前が下駄箱で、靴を履き替えるために自然に距離はまたあいまいになった。

 昇降口を出て歩き出せばまたいつもの距離に戻っていて、違和感は消える。

 

 わからない。もう一度距離を取ろうとして、気がつく。翔太が道路側を歩いていて、俺が歩道側だ。

 離れようとするとドブに落ちるか塀にぶつかってしまうだろう。こっちからは離れられない。

 じゃあ、ここで「離れろよ」と言えばいいのか? ……なんで?

 

 そもそも、なんで翔太が道路側を歩いてるんだ? 当たり前だと思っていたけれど、いつから?

 記憶を辿る。道路の落書きを見た時。リハビリを始めた時。――相合傘で翔太が濡れながら歩いた時。

 ずっと、翔太が道路側だった。少なくとも、俺が女子の身体になってから、ずっと。

 

「……今日、は、やめとくか」

 

 翔太の家まで、このまま歩けばすぐ。

 分かれ道で足を止めて、なんとか言葉を絞り出した。

 

「何を?」

 

 翔太も足を止めてこちらを見る。

 不思議そうな顔をしている。目を合わせていてもそらされたりはしない。

 

「リハビリ。まぁ、ほら。新メニューをまだ考え中だしな。今日のところは勘弁してやる」

 

 わざとらしく肩をすくめて横を向いた。翔太のため息が返ってくる。

 

「まだ考えてたのか……わかった。気をつけて帰れよ」

 

 なんとか足を動かして、その場から離れる。翔太の足音は聞こえなかった。

 

 家までの道を一人で歩く。今日は変だ。なんなら昨日から、ずっと変だ。

 おかしい。何が原因だ。……なんて。

 

 そんなの、わかってる。昨日、陽菜の言った「あーん」からだ。

 それで翔太が俺にするところを考えたところから、ずっとおかしい。

 バカみたいな話だって笑えばよかった。想像の中で差し出されたスプーンなんて、翔太が持っているアイスごと奪って自分の手で食べ尽くしてやればよかった。

 

 なのに。

 何味なのかも曖昧で、何色をしているかもあやふやな差し出されたアイスを。そのまま口を開けて待っていた。

 食べさせて欲しかった? ……あーん、なんて言って、恋人みたいだって思いながら。

 

 ダメだ。俺がやりたいことが、混ざっている。

 自分が信じられない。リハビリの新メニューは白紙に戻そう。明日からは、忘れよう。

 

――こんなこと、おかしい。

 

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