交友関係NTRアンハッピーセットを食らって女性不信拗らせた親友と朝起きたら女になってしまった俺 作:北京院
スカートというものは、スースーする。
これが第一の感想だ。実際に穿いてみると「スースー」という擬音では到底追いつかない、なんというか、股下の無防備さというか、下半身の解放感というか、とにかくアイデンティティを根本から揺さぶってくる風通しのよさがある。
どこかの民族衣装では男もスカートを履くと聞いたことがあるけれど、不安にならないのだろうか? それとも慣れるものなのか。
新しい女子制服は、昨日届いた。採寸から仕上がりまで思ったより早かったのはおばさんの根回しのおかげだと思う。頭が上がらない。
「クソ……なんなんだよ全然まとまんない!」
洗面所の鏡の前で、俺はヘアピンを咥えたまま絶叫した。男の時の「ワックスを手に伸ばしてガシャガシャ振れば一発」という雑さが通用しない。右を留めれば左がハネる。もぐらたたきをしてる気分になってきた。
陽菜から送られてきた「かんたん! かわいい髪のセット方法!」という動画のとおりにやっているつもりなのに、ぜんぜん簡単じゃない。陽菜の髪は抑えたらすっときれいにまとまるのにこっちは「負けてらんねぇ!」と反発してくる。少年漫画の主人公じゃないんだから負けといてくれそこは。
まだまだと主張を続けるやんちゃ坊主をどうにかなだめすかして眠らせてほぼ眠らせてやったが、いつでも起き上がってきそうな雰囲気がある。復活するなよ魔王じゃないんだから。
髪に潜む勇者と魔王の資質におびえつつ、胸元へ手をやる。今度はリボンだ。
結び方もわからなくてスマホで陽菜に聞いたら、こちらは30秒で動画が送られてきた。なんて頼りになるんだろう。
動画を見ながら3回やり直して、なんとか形になった。
改めて、全身鏡の前に直立する。
紺色のセーラー襟。カチッと結ばれたリボン。ひらりと広がるプリーツスカート。
鏡で見るスカートは自分でつけている感触よりもよっぽど長く見えた。
ミニスカートの皆さんとかどうなってるんだ? 体感的にはもはや何もつけてない状態なんじゃないか?
一息置いて、じっと鏡の中の自分を見つめる。似合う。驚くほど似合う。
「いや……つくづく素材がいいな……」
軽くポージングまでしてみると、先ほどまで気になってしょうがなかった跳ねっかえりの髪すらチャームポイントに見えてきた。
似合う。素材がいいんだから仕方ない。でも似合うとスースーが解決するかはまた別の話だ。これで冬はどうするんだと思った。女子というのは過酷な生き物だ。
数か月後には直面するかもしれない危機に思いをはせようかと思ったが、それ以上に目の前の危機のほうが重要だ。
インターホンが鳴る音がした。朝飯をもう少し余裕をもって食べられる予定だったのにもう時間なのかと焦る。
小さくなった口に無理やりパンを詰め込んだ。
ドアを開けたら翔太が立っていた。俺の顔を見て、固まった。
まるでメデューサの目を正面から拝んだかのように硬直している。文字通り、瞬き一つせずフリーズしていた。口の中のパンを咀嚼し、飲み込む。まだ動かない。
目の前でポーズをとってみる。手を振る。反応がない。俺、時間止められるようになったか?
3秒。4秒。
「……リボン曲がってる」
時は動き出した。第一声がそれか? いや、気持ちはわかる。
しかし努力はしたのだ、陽菜からは本当にわかりやすい動画も送られてきて、俺も従ったのだから。
「動画見て3回やり直したのに」
「不器用すぎだろ」
翔太の手が伸びかけて、止まった。
俺もわかっていたから、さりげなく自分で直した。
目で「もういい」と言ってるのでたぶんこの角度であってると思う。
「行くぞ」
「おう」
並んで歩き出す。
歩幅が狭くなった自覚はあったが、それ以外も変だ。裾がハタハタと揺れるのが少しくすぐったい。
いつもより少しだけ距離がある。横並びで歩く距離が、なんだか二、三歩ぶんほど広い気がした。
翔太が意識しているのか、俺の歩き方が下手なのかはわからない。どちらもかもしれない。
「……ちょっと、コンビニ寄るわ」
学校の途中で、翔太が「飲み物買う」と言い出した。
俺も何か買おうか、と漁ってみると新作のレモネードサイダーが売っていた。強炭酸が売りらしい。
これはちょうどいい、と買おうと思ったところで翔太が2本飲み物を持っていることに気づいた。
自分の分のオレンジジュースと、新作のレモネードサイダー。
気が利くやつだ、と買おうと思っていたペットボトルを戻した。
他に気になるものがないか物色している間に翔太がレジに並んで、会計をしていた。
女性の店員さんがお釣りをトレーに置いた瞬間、翔太の手がわずかに引いた。
一瞬だけ。他の誰にも気づかれないくらいの、ほんの少しの強張りが、そこにはあった。
「……ほら」
店を出てすぐに、翔太からペットボトルを押し付けられた。やはり俺の分だったようだ。
気の利く奴め、だが俺が自分の分を買ってたらどうしたんだまったく。
「俺の分も買うなら先言っとけよ」
「別に」
「ま、サンキュー」
今度は俺がオレンジジュースか、コーヒーでも買ってやるとするか。
ともかくもらったサイダーのキャップを開けて、一口飲む。
……うーん。
もう一口、二口。
いつもなら好きなタイプの炭酸のはずなのに、妙に刺激が強い。
「……なあ」
「俺は炭酸飲まないからな」
一口分けてやろうとしただけなのに先回りされた。
わかってやがる。
もう一度ラベルを見る。『未知の強炭酸!感じるレモン!』と書かれている。
その横には見たことのない不細工なレモンのキャラクターがセクシー……? なポーズで印刷されている。
改めてマジマジとみるとなんなんだコイツ。正気か?
新作だから期待したんだけどな。
ハズレを引いたらしい。
「まあ、いいか。自分の金じゃないしな」
「今度は青汁にしとくか?」
「おごりなら飲んでやるよ」
翔太が「行くか」と言う。いつも通りの平気そうな声に聞こえた。
校門をくぐった瞬間から視線が来る。
男子制服を着ての登校日とはまた違う反応だ。
あの時は「男子制服の見知らぬ美少女」という謎の図式で困惑をやや感じたが今は感じない。
当たり前のように一瞥され、それだけ。なじんだということだろうか。
ようやく一人前の忍者になれそうだ。
「な?」
「何の話だよ」
「いや、人を隠すには人の中っていうけどやっぱりこの服なら違和感ないんだなって」
「……ああ、そうだな」
翔太があいまいに返事をしたとき、武夫がひょっこり現れた。
「よーっす、四ツ谷。どしたん」
「いや、俺もそろそろ一流の忍者かもしれないって話な」
「マジかよ手裏剣あんの?」
トントンと朝に魔王を封印したヘアピンを叩いて教えてやる。
「ああ、諸刃の刃だけどな……投げるときは爆発する」
「やべーじゃん……ってかマジ、似合ってんね。複雑だわー」
制服を着た俺を改めてみて、武夫が大げさにため息をついた。
「どういう意味だよ」
「女子力で負けてる気がして悔しいんだよ」
「お前は男なんだから女子力で負けてて正しいだろ」
どこで張り合うつもりなんだお前は、とため息で返してやると、何かに気づいたように俺の手にあるペットボトルを見た。
「まあそうなんだけどさぁ……お。それ『未知のレモン』じゃん」
「知ってんの?」
「昨日から売ってるやつだろ?」
「へえ」
「あれ結構好きだわ俺」
個人的にはかなりイマイチよりだと思うが好みは人それぞれだ。
辛い物好きのいう『辛くない』は辛いし、こういうのが好きなやつもいるだろう。
「しかもラベルのみっちゃん可愛いしな」
「……このキャラそんな名前なの?」
いや、本当に。人によって好みは様々だよな。わかった。よくわかった。
セクシーポーズの不細工レモンに恋する権利だってあるよな。
「これは次の新定番になると見たね」
存在しないメガネをクイクイと上げる素振りをしながらデータキャラみたいなことを言い出した。いや、みっちゃんとお前はお似合いかもしれないな。
翔太はというと、俺と武夫が話している間に、少し離れた位置で無言で壁に背を預けていた。
いこうぜ、と声をかけると背を上げて歩き出す。
武夫が「三上は美味いって思うよな」と振ると「知らん」と返した。
公平な目がここには存在しないので、未知のレモンの評価は保留になった。
さっき二人で歩いていた時よりは、翔太との距離も少しだけ近かった。
ほんの少しだけ。
……世話が焼けるな。