交友関係NTRアンハッピーセットを食らって女性不信拗らせた親友と朝起きたら女になってしまった俺   作:北京院

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実はこの作品の続きを一番読みたいのは作者なんだよね。(書かないと読めないの)ひどくない?


死ぬかと思ったし、死ぬかと思った

 少なくとも、午前中は普通だったと思う。

 

 考えてみれば昼休み頃から妙に身体が重かった気もする。体育の疲れが残っているのかと思ったが、それとも少し違う。

 腹の奥に小石でも入っているような妙な重さがあった。夕飯は軽めのものにしようかな、と考えていたのが6時間目の中頃だったはずだ。

 さて、コンビニにでも寄って帰るかそれともスーパーにでもいこうかと考えて。帰り支度という段になっていきなりそいつに襲われた。

 

「……?」

 

 下腹部にじんわりとした違和感を覚えた。

 変なものを食った覚えはないし腹を壊したわけではないはず。すぐに収まるだろう。そうタカを括っていたのは、最初のうちだけだった。

 立ち上がった瞬間、下腹部全体をぎゅっと雑に絞られるような激痛が走り、思わず机に手をついた。じんわりとした痛みだったものが雑巾を絞るようにじりじりとした激痛に変わっていく。

 

「……どうした?」

 

 声をかけてきた翔太の顔を見て、自分がまだ椅子にしがみついていることに気づく。いつの間にか他のやつらはほとんど教室を出て、残っているのは俺と翔太だけだった。

 

「あ、ああ……いや、ちょっと待って」

 

 手で制してみたが、脂汗が出てくる。うまく立っていられなくて、そのまま床にうずくまった。経験したことのない種類の不快感と、腹の底に鉛を詰められたような重さに視界がチカチカする。

 

「先、帰っといてくれ。落ち着いたら、あとで追いかけるから……」

 

 平気だ、と言おうとした口が強張る。

 翔太が俺の前に膝をつき、「顔色悪いぞ。保健室行くか」と覗き込んできた。

 

「保健室、鍵かかってたぞ。さっき通ったとき……」

 

「……そうか」

 

 翔太の手がピタリと止まった。

 俺は痛む腹を抱えながら、顔を上げた。──翔太の瞳が、見たこともないほど激しく泳いでいた。

 

「うちの方が早い」

 

 三上家は学校から歩いて十分もかからない。それだけ言うと、翔太は俺に背中を向け、迷いなくしゃがみ込んだ。

 

「乗れ」

 

「……本気か? 今の俺は」

 

「早くしろ」

 

 有無を言わせない声だった。男だった頃から翔太のほうが体格はよかったし、おぶってもらうのが初めてってわけでもないが、今のこの身体で背負ってもらうのは、どうしても猛烈な決まりの悪さがある。

 けれどじわじわと悪化する痛みに耐えかねて、俺は大人しく翔太の背中に腕を回した。

 

 ぐい、と視界が持ち上がる。

 思ったより簡単に持ち上げられた。そして、思ったより高い。女になって身長が縮んでいるのを改めて実感させられるやつだ。足がしっかり宙に浮く。

 翔太の背中は、記憶よりも大きい。昔はどうしておんぶしてもらったんだっけな。罰ゲームで乗ったんだったか、足をくじいたときだったか。

 どういう経緯だったかは忘れたが、ぎゃーぎゃーと文句を言っていたのだけは覚えている。乗りづらいだのなんだと言って、翔太もそれに反論して。

 

 なのに今は自分がその中にすっぽりと収まってしまっているような錯覚を覚える。腕も足も、翔太の身体に対して明らかに小さくて細かった。

 廊下を歩き始めながら、翔太がぼそりと独り言のように呟いた。

 

「……軽いな」

 

「……そうかよ」

 

 そういうことを言うな、複雑な気持ちになるから。

 体調さえよければ気の利いた憎まれ口の一つでも返してやれたのに、今は声を出す余裕すらない。それが悔しくて、なにより自分の身体の劇的な変化を突きつけられたようで少し怖くなり、俺は翔太の背中に顔をうずめたままでいた。

 

 翔太の首筋が、うっすらと赤いのが見える。

 心臓の鼓動が背中越しに伝わってくるようで、耳の奥が熱い。それでも翔太の歩幅は大きく、小走りに近かった。心配だから急いでくれている親友の優しさに、不覚にも、じんわりと救われている自分がいた。

 

────

 

──

 

 三上家に着いてドアが開いたとき、一番最初に出てきたのは陽菜だった。

 翔太の背中で丸まっている俺を確認して、陽菜は一瞬「え」という顔をしたが、すぐに全てを察したような目になった。

 

「お兄ちゃん、とりあえず部屋連れて行って。布団に寝かせて」

 

「わかった」

 

 翔太が俺を陽菜の部屋まで運び、静かにベッドへ降ろしてくれる。

 

「あとは任せて。お兄ちゃんは出てて」

 

「……あ、ああ」

 

 翔太は何か言いかけたが、陽菜の真剣な顔に圧されて、大人しく部屋を出ていった。パタン、と扉が閉まる。廊下で足音が止まり、それきり動く気配がない。

 陽菜が俺の横に腰掛け、落ち着いた声で聞いてきた。

 

「樹さん、痛み、下のほうでしょ。いつ頃から? どんな風に?」

 

「帰りの支度してるときに気づいて……下腹部がずっと、ぐるぐる、じりじりする感じで……」

 

「周期は把握してた?」

 

 しゅうき。

 周期って、何の話だ? ──あ。

 察した瞬間、頭の中のパズルが音を立てて繋がった。

 

「いや待て」

 

「待つよ」

 

「俺、生理来るの?」

 

「来てるね」

 

「マジで?」

 

「マジで」

 

 陽菜は至って冷静に頷いてくれた。俺があまりの衝撃に、ものすごく他人事のような口ぶりになってしまったからだろう。

 俺はしばらくの間、呆然と天井を見つめていた。

 なるほど、そういうことか。確かに、思い返せば医者からも「女性の身体として正常に機能します」と言われていた気がする。あの時は他人事のように「そうですか」と聞き流していたが、実体験してみると、やっぱり「そうですか」以外の感想が出てこない。

 

 陽菜がてきぱきと立ち上がり、棚から必要なものを用意して、色々と教えてくれた。本当にしっかりしている。

 陽菜に貰った薬を飲んでしばらく横になっていると、すっかり暴れん坊将軍だった下腹部が、貧乏旗本の三男坊くらいには落ち着いてきた。

 

「ありがとう、陽菜。助かった」

 

「ううん。──あ、そうだ」

 

 陽菜がにこっと笑った。なぜかその笑顔が少し不穏だ。

 

「お兄ちゃん呼んでいい? 心配してると思うから」

 

「……ちょっと待て、心の準備がいる。俺が自分で説明する」

 

 変な風に誤解されて怒らせたくもないし、男の意地もある。

 上体を起こし、自分で扉を開けると案の定、翔太はそこにいた。

 俺と目が合った瞬間、あいつは弾かれたように俺に近づいてきた。

 

「お前……もう大丈夫なのか? 熱は? 何か食いたいもんとか……そもそも食えるのか? 食っていいのか?」

 

 一気に捲し立ててくる。普段の口数からすると異常な事態だ。なんで今日だけこんなに饒舌なんだ。必死すぎる親友の姿に、申し訳なさがこみ上げてきた。

 よし、こういうのは笑い飛ばすに限る。冗談っぽく言えばいい。簡単なことだ。

 

「いやぁ〜、悪い悪い! まいったよ! ほら、女の子の……あの、アレ、らしくて……!」

 

 ガハハと笑うつもりだったのに、情けないほど声が上ずった。最後はほとんど消え入りそうな声になる。おまけに、カッと顔が熱くなった。なんで俺まで恥ずかしがって赤くなってるんだ、おかしいだろ! 

 翔太の方はというと、「……あ」と硬直したまま、みるみる耳まで真っ赤に染まっていった。

 

「……そう、か」

 

「そうなんだよ」

 

「そうか……」

 

 なんの確認なんだ。こっちも何を言えばいいのかわからなくないんだから納得したならもういいだろ。

 お互いにそれ以上の言葉が出てこなくて、廊下に沈黙が落ちる。部屋の空気が、じわじわと不自然な熱を帯びていく。気まずくて、ひどく耳の奥が熱いのに、なぜかそこから一歩も動けないような、奇妙な沈黙だった。

 

「はいはーい、そこまで! 廊下で反省会してないで、リビング降りるよ!」

 

 絶妙なタイミングで部屋から顔を出した陽菜が、俺たちの背中をパシパシと叩いた。その強引な明るさに、張り詰めていた空気が一気に弛緩する。

 

 その後、仕事から帰ってきた翔太のおばさんに「ごはん、食べてく?」と捕まり、お言葉に甘えることになった。

 食卓に四人で座り、おばさんの特製オムライスをスプーンで突ついていると、陽菜が味噌汁を飲みながらこともなげに言った。

 

「もう大丈夫そうだね」

 

 陽菜がほっとしたように息を吐く。

 

「よかった。お兄ちゃんもずっと廊下で待ってたし」

 

「待ってない」

 

「歩き回ってたよ」

 

「回ってない」

 

「逆立ちまでしてたんだから」

 

「それは本当にしてないだろ」

 

 即答だった。

 

「でもずっといたじゃん」

 

「……」

 

 翔太が黙る。右手に持ったスプーンを握りしめたまま、耳の裏まで真っ赤に染め上げていた。

 陽菜は勝ち誇った顔でうなずいた。

 

「ね」

「いや知らんが」

 

 当事者である俺を置いて、三上家の兄妹だけで勝手に盛り上がらないでほしい。

 この妹は本当に怖いものがない。

 だが、翔太はそれ以上否定しなくなった。

 俺は温かい味噌汁を飲みながら、そっか、本当に歩き回ってたのか、と思った。

 

 俺が薬をもらって女の子の身体のことを教わって、目を回している間も扉の前から離れず歩き回って待っていたのだ。

 そう考えたら、おばさんの味噌汁がなんだかやけに五臓六腑に沁み渡った。翔太の耳は、まだ赤いままだった。

 

────

 

 すっかり夜になり、三上家を辞することになった。

 

 住宅街の角を一つ曲がるところまで、翔太がついてきた。

 

「もう大丈夫だ」

 

 俺が言うと、翔太はポケットに手を突っ込んだまま「そうか」と短く答えた。

 街灯の灯りの下、今日の出来事を順番に思い返してみる。

 腹痛が起きて、保健室が閉まっていて、翔太に背負ってもらって、三上家に来て、陽菜に助けられて、翔太が廊下で待っていた。

 ──どこにも、俺が自分でなんとかした場面がない。一個もない。

 

 この体になった時だってそうだった。

 制服も、服も、おばさんと、陽菜と、翔太に助けられてた。

 わからないこと、できないことばかりだ。できなかったから、任せるしかなかった。

 

「……なぁ」

 

「なんだ」

 

「不覚にも、お前らに助けられた気がする」

 

「気がするじゃなくて、助けてもらったんだろ」

 

 翔太は前を向いたまま言った。

 

「うるさい。美少女が素直に言いたくないことだってあるんだよ」

 

「美少女が言いたくないことを言え」

 

 軽口の応酬。中身はいつもの俺たちだ。だからこそ、俺は小さく息を吸って、ちゃんと言葉にした。

 

「……助けてもらった。ありがとう」

 

 翔太がこちらを向きなおして、少しの間を置いてから「ああ」とだけ言った。

 

「じゃあな」

 

 翔太はそこで足を止めた。

 俺は自分の家の方へ向かって歩き出す。

 

 夜の冷たい空気がセーラー服の薄い生地を抜けて肌を刺すけれど、不思議と寒さは感じなかった。

 痛みはゼロになったわけじゃないけれど、腹の中の重さも薄れて、足も自然と軽くなる。

 

 ふと気になって、住宅街の闇に消える直前、一度だけ後ろを振り返る。

 翔太は、まだそこに立っていた。

 

 街灯の下で、ポケットに手を突っ込んだまま。

 俺は思わず顔をしかめた。

 

 ──バカ、早く帰れよ。

 

 そう思いながらも、少しだけ笑ってしまった。

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