交友関係NTRアンハッピーセットを食らって女性不信拗らせた親友と朝起きたら女になってしまった俺   作:北京院

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慣れてきたころが一番危ないっていうけれど

 10月に入り、世界は一斉に衣替えを迎えた。

 

 鏡の前で、俺は新しく支給された長袖セーラー服の袖に腕を通す。

 夏服に比べて生地にしっかりとした厚みがあるおかげで、あの下半身が常に心許ない「スースー感」がだいぶ軽減されている。

 

 さらに、陽菜から「防寒用に必須だから」と渡されていたタイツを穿く。

 爪を引っ掛けたら一発で破れそうな薄さにビクビクしたが、いざ穿いてみるとスースー感が完全に消滅した。

 

 ……なるほど。女子の冬装備、意外と機能的である。

 何のためなのかわからないような謎の薄い布だと思っていたが、防寒具としては一級品だ。日本の繊維技術に感謝したい。胸の件といい、当事者にならなければわからなかっただろう。

 

 そんな実用的な感動に浸っていると、インターホンが鳴った。

 

 玄関を開けると、そこには冬仕様のブレザー姿の翔太が立っていた。

 カチッとしたその姿が目に入った瞬間、胸の奥が一瞬だけ妙に騒いだ。

 ……俺はもう、あの制服を着ることはないんだよな。

 

 男だったころの俺の日常が、本当に過去のものになったような、静かな感慨。

 

「……なんだよ」

 

 無言で凝視していた俺に、翔太が怪訝そうな顔をした。

 

「いや、なんでもない」

 

 笑って誤魔化し、翔太の首元を指差した。

 温かそうな服着てるよな、こちとら無防備極まりない装備なんだぞという気持ちを込めて。

 

「ネクタイ、曲がってないぞ」

 

「じゃあいいだろ」

 

「当たり前だろ」

 

「なんなんだよ……」

 

 曲がってないと言ったネクタイを撫でて翔太が不満げに声を漏らす。不毛なラリーだ。

 けれどそのおかげで、さっきの小さな感傷は一瞬で吹き飛んでくれた。

 

 

 一歩外に出ると、容赦のない突風が吹きつけてきた。

 木枯らし一号か? と思うほどの激しさだ。

 

 だが、今の俺は以前の無防備な俺ではない。この短い女子高生ライフの中で、俺は痛烈な教訓を学んでいた。

 スカートという構造物は、一瞬でも油断すれば容赦なく持ち主を裏切る、と。

 油断してめくれるだの、変なところに挟まるだの、そういう事故もあった。それはもはや過去の話だ。

 

 突風がセーラー服の裾を巻き上げようとした刹那、俺は流れるような無駄のないモーションでスカートを押さえ込んでみせた。我ながらあまりにも自然で、洗練された、もはや条件反射に近い防御行動だった。

 

 風が抜けずスースーしない。しかもタイツのおかげで寒くない。

 完璧だ。

 

「ふっ……」

 

 己の成長に満足し、鼻で小さく笑ってみせる。すると、隣を歩いていた翔太が眉をひそめた。

 

「……なんだよ」

 

「なぁ翔太、今の見たか?」

 

「何をだ」

 

「完璧だっただろ、今の」

 

「だから、何が」

 

「鉄壁スカート」

 

 ドヤ顔で言い切った俺から、翔太はあからさまに視線を逸らし、前を向いたままぶっきらぼうに吐き捨てた。

 

「見てない」

 

「そこは褒めるべきだろ、見ろよ」

 

「……見たらダメだろ、バカ」

 

 ──確かに、その通りだ。

 女のスカートがめくれそうな瞬間を男がガン見していたら、それはただの事案である。

 その言い方が妙に真面目だったものだから、なんだか少し恥ずかしくなってきた。

 

「……なるほど。つまり今の俺は、見られて困る側なんだな」

 

「……」

 

「不思議だな」

 

「……そうだな」

 

 そんな他愛のない会話をしながら通学路を進んでいると、歩道の先に、風で派手にひっくり返ったらしい商店街の立て看板が転がっていた。

 完全に道を塞ぐ形で横たわっていて、地味に危ない。

 

「危ねえな、これ……」

 

 通り抜けざま、さっさと元に戻そうと手をかけた。

 男のつもりで、大して力を入れずに持ち上げようとした。だが、思った以上に足元が踏ん張れない。重い。看板の自重に負けて、身体がよろよろと持っていかれそうになる。

 

「……っ、重っ……!?」

 

 嘘だろ、これしきのものが上がらないのか? 脳はちゃんと持ち上げようとしている。腕だって持ち上げようとしている。

 

 ぷるぷると仕事を放棄する俺の筋肉へ働くように呼びかけた瞬間、翔太が無言で横から手を伸ばした。

 俺が両手で抱え込もうとしていた看板を、片手であっさりと持ち上げ、何事もなかったかのように元の位置に戻してしまう。

 

「……あ、さんきゅ」

 

「……ああ。行くぞ」

 

 前を歩き出す翔太の背中を見つめる。

 昔なら、二人で「せーの」で持ち上げていただろう。

 今は、俺が失敗して、翔太が当たり前のように直した。

 それだけのことなのに。

 

「……くそ」

 

 小さく呟く。こんなところで、差を見せつけられるとは思わなかった。

 聞こえていないはずなのに、前を歩く翔太は振り返りもせずに言った。

 

「なんだ」

 

「別に」

 

 なんでもないのだ、なんでも。考えているうちに学校にたどり着いた。

 校門をくぐると、視界に入る生徒のすべてが冬服に切り替わっていた。

 

「当たり前だけど、全員冬服だよな……」

 

 夏服だったころの自分は、もうどこにもいない。

 そんな当たり前の事実を、冬服の波がこれでもかと実感させてくる。

 

 そんな、どこか文学的な感傷に浸りかけた、その時だった。背後から盛大な足音が爆速で迫ってきた。

 

「おっすー、四ツ谷、三上!」

 

「うおっ……!?」

 

 背中を軽く押されただけで、俺の身体はタタッと頼りなくよろめいた。

 

「人が文学的な感傷に浸ってるときになんだよ、ゴリラかよ武夫」

 

「マジ? 俺そんなに賢そう?」

 

「いや賢人部分にフィーチャーしてないわ」

 

 頭を振る俺をよそに、武夫は自分の学ランの襟を引っ張りながら、妙に満足げに鼻を鳴らした。

 

「でもさ〜、強いっていうなら冬服ってさ、なんか『強キャラ感』あるよな。四ツ谷とか特に」

 

「強キャラってなんだよ」

 

「いや、なんかこう……ラスボス前の中ボス感?」

 

「お前の中の女子像どうなってんだよ」

 

 隣を見ると、翔太が「ふっ」と小さく吹き出していた。ほんの一瞬だけ、肩の力が抜けたように見えた。さっきまでの緊張感が、武夫のバカ丸出しのセリフで綺麗に霧散していく。

 

 そもそもなんで中ボスなんだよそこは幹部にしとけよ、と言ってみた。

 「幹部はもうちょいこう……あるだろ?」とのことだった。なめやがって。

 

 やいのやいのと言いながら教室に入ると、その和やかな空気は一変した。

 教卓の近くに集まっていた女子グループが、俺たちの姿を見るなり一斉に目を輝かせたのだ。

 

「あ、四ツ谷さん! 冬服めっちゃかわいい!」

 

 まるで新作のブランド服でも見つけたかのようなテンションで声をあげてくる。

 

「……そうか?」

 

 俺は自分の手の甲を半分隠す厚手のカーディガンに視線を落としながら、首を傾げた。

 

「うん、すごい似合ってるよ。なんか雰囲気変わるね」

 

 隣から別の女子も同意するように深くうなずく。

 

 褒められる理由がさっぱり分からず、俺はカバンを机に置きながら、至極真っ当な疑問を口にした。

 

「いや、似合ってると言われても……これ、学校指定の制服だぞ? 全員同じやつを着てるだろ」

 

「ちがうの! 制服だからだよ!」

 

 身を乗り出すようにして熱弁を振るってきた。

 

「……?」

 

 制服だから、とは一体どういう哲学だ。全員が同じデザインの服を着ているからこそ、個人のオシャレ度もなにもないはずではないのか。

 彼女たちの熱狂の理由はまったく理解できなかった。が熱量だけは上がっていく。寒暖差で風邪ひきそうだ。

 

「夏服って元気系じゃん?」

 

「そうそう」

 

「でも冬服はなんかこう……清楚感?」

 

「分かる!」

 

「四ツ谷さん、冬服だと急にお嬢様感ある」

 

「いやいや、ないだろ」

 

 即答したが、後ろから余計なガヤが飛んでくる。武夫だ。

 

「やっぱ中ボスなんだよな、強そう」

 

「あー、強そうわかるー」

 

 わかられても困る。俺だけか? わかってないの? 

 翔太を見た。

 目が合った瞬間、露骨に顔を逸らした。

 

 肩が微かに震えている。笑ってやがるコイツ!

 一発ひっぱたいてみた。全然効いてない。おい中ボスクラスの一撃ならもうちょいダメージ通れよ。

 

 そんな洗礼を受けつつ、朝のホームルーム前、先生からプリントの山のような束を渡されたときのことだ。

 

「……重っ」

 

 受け取ろうとして、思わず顔をしかめた。

 男だった頃なら、片手で簡単に持てたはずのただの紙の束。それが、今の俺の腕にはやけにずっしりと食い込んでくる。

 

 落としそうになって力を込めた、その時。

 

「あ、俺持ちますよ」

 

 クラスの男子だった。普段、特に親しいわけでもない、名前はおそらく佐藤か鈴木かそのへんのやつだ。そいつは俺の手から半分ほどの束をひょいと奪い取ると、当たり前みたいな顔をして言った。

 

「これで大丈夫でしょ」

 

「……なんでだよ」

 

「なんでって……重そうだったし」

 

 そいつはきょとんとした顔で俺を見た。下心がある風でもなく、本当に「か弱い女子が重そうなものを持っていたから手伝った」という、あまりにも自然な親切心だった。

 

「……」

 

 俺はしばらくその背中を見送った。

 武夫ならわかる。翔太ならもっとわかる。

 

 でも、今のはまともに話したことすらないやつだ。

 なのに、俺を助けた。

 男だったころの俺なら、周囲から「これくらい一人で持てよ」と思われて終わりだったはずの世界。

 

 

「美少女特典だな」

 

 いつの間にか隣に来ていた武夫が真顔で言った。

 

「美少女は重いもの持たなくていいんだよ。世界の仕様だ」

 

「そんな仕様いらねぇよ」

 

「いや、いるだろ。俺も美少女になりてぇわ」

 

「お前は一生ならないから安心しろ」

 

 不意に、翔太がぼそっと言った。  

 武夫が「なんでだよ!」と抗議する。

 

 その横で、翔太は俺の持っていたプリントを無言で奪い取った。

 俺が何も言う前に、さっさと運び始める。

 ……なんだよ、それ。

 そういうところだぞ、お前は。

 

 その日の帰り道。

 夕日に照らされた影が、二つ並んで伸びている。

 

「防御も完璧だったし、なんか色んなやつに手伝ってもらえたし。俺にもいよいよ風格でも出てきたか?」

 

 今日一日の出来事を振り返りながら、おどけてみせる。

 

「どうだろうな」

 

 翔太はあきれたように視線だけをこちらに寄せてきた。

 

「ま、昨日よりはマシだ」

 

 俺がからっと笑ってそう言うと、翔太の張り詰めていた眉の力が、ようやくほどけた。

 

「そうかよ」

 

 それだけ言って、翔太が前へ視線を向ける。

 けれど、その口元はほんの少しだけ緩んでいた。

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