遠吠えは遥か彼方に   作:劇鼠らてこ

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101.止羅堆時九列島理糸.

 寄って殴る。近づいて殴る。

 ただそれだけの行為。魔法も魔術も妖術も、技術さえも挟まれない単なる拳。テレフォンパンチも良いところな拳で、自分の顔を、その鼻っ柱をぶん殴る。

 冥界の魔力が入り込んできているのを強く感じる。それは暖かいものであると同時に、俺を死者へと戻す諸刃の剣。そんなものを纏いながら、殴る。殴る。殴る。

 

「──なんだ、やっぱり殺せないのね、貴女」

「うるせェな。たりめーだろ、何が悲しくて自分を殺さなきゃなンねェ。てめェのことだ、どーせこっちの複製体は何かデメリット抱えてンだろ? だったらいいじゃねェか、ここが正念場さ。死ぬまでやって、死ぬ気でやって、てめェが降参するまでやって、しねェなら気絶するまで殴って、後は神さんになんとかしてもらうよ。今の俺がやるべきは、後先考えずに魔力でてめェをぶん殴る。そんだけだ」

「そ。少しばかり期待したのだけど、無駄だったわね。じゃあ──【死漸】」

 

 負け犬の身体から魔力が染み出る。

 あらゆるものを死なせる魔法。生き物にも、魔法にも、何にだって効くその恐ろしい魔法を。

 

 無視して、ぶん殴る。

 

「!? ッ、貴女、そんなことしたら……」

「あァ? なンだ、こっちの心配かよ。ハハ、馬鹿が。俺の記憶全部見たなら知ってるだろ。死者は冥界じゃ死なねェんだよ」

「でも、貴女は生きている。だから」

 

 笑う。

 そォさ。今ので右手の指は全部死んだ。使い慣れてねェって話と、まさか【死漸】に愚直に向かってくるたァ思ってなかったンだろう、あの一瞬で全身包まれてたら死んでたかもなァ。

 あァもちろんそうだ。今の俺は生きてる。神さんの加護で分解されてねェってだけで、肉体は魔法少女のモンだ。まァ偽物だが。

 だから、たとえ俺がアンディスガルだとしても、【死漸】でちゃんと死ぬ存在。金アンゲルみてェに壊れるンじゃねェ、ちゃんと死ぬ。

 

「それで? 俺がそれを恐れるとでも?」

「死にたくないと、いまさっき言ったばかりでしょう」

「馬鹿が。俺はそっちだろォが。なら、俺は俺を最大限に使って俺を取り戻す。死にたくねェのはハナから変わらねェし、てめェの言う通り結局殺しはできねェ。だからこっちの手足がもげようともソレを取り返さんとしてンだよ」

 

 それに、と。

 細胞が崩れ死んだ指に冥界の魔力を這わせりゃ──ホラ。

 真っ黒だけど、指っぽい形した物質が生え揃ったぜ。

 

「……そ。そこまで覚悟を決めているのなら、もう言うことはないわ。こちらも全力で貴女の迎撃に移りましょう」

「ハナからそォしろ。命の取り合いだぞ。人生の奪い合いだぞ。真面目にやれねェなら帰れ」

「イントロストップ。脳眠。全力で殲滅しなさい」

 

 名を呼ばれた──それが名とは到底思えない2人が、前に出る。2人っつか。2柱、かね。

 新規登録された太陽の神と風の神。見た目はそのまんま【合成】と【蟲独】だな。後ろにある半透明の翼とか余計なモンはついてるが、そこまで大差無ェ。

 

「じゃあ、やっぱり私も参加しようかな」

「あン? なンだよキラキラツインテ。2人ァどーした」

「ちょっと離したら立ち直ったからね。働けない分周囲の殲滅しないと本当に役立たずだよ、って言ってきたよ」

「そういうトコあるよなキラキラツインテって」

「うん。趣味なんだ」

 

 面白い話もあったものだ。

 西方。ジパング。あるいはヒノモト。その侍衆が頭領と参謀が、一般国民だったキラキラツインテに煽られてンだ。ハハハ、いいね。

 

「【透過】の魔法少女、あるるららか」

「おお喋った。なンだよ負け犬、意識奪ったンじゃねェのかよ」

「奪ったのはソテイラだけ。というか奪ったんじゃなくて封印しただけよ。イントロストップも脳眠も自分の意思でここにいる。ソテイラだって、逃げようとしなければ精神に封印をかける、なんてことしなかったのに」

「そりゃァ重畳。意識無い奴殺すのはちょいと躊躇うからな」

「殺せるのかしら」

「ハハ、何言ってやがる。神は魔物の一種だぜ。なら、則るのァ魔物の摂理さ。即ち──」

 

 彼我の距離が一瞬で詰まる。瞬きよりも速い。冥界の魔力の後押し。冥界の魔力の噴出。それは神々の反応速度を超え──その首にクリスの刃を届かせる。

 

「──不遜」

「っと!」

 

 太陽の神、イントロストップって奴の方を狙いに行ったンだが、なんだ?

 刃が通らなかった。【死漸】さえも通らない。……。

 

 成程。

 

「直属じゃァねェが、魔法は太陽の管轄下か」

「そうだ。【死漸】の魔法少女、梓・ライラック。我が身に魔なるものは通らぬと思、」

「んじゃぶん殴るわ」

 

 殴る。

 冥界の魔力は別に太陽の管轄下にあるワケじゃねェからな。素の身体強化なンてほとんどできてねェ俺がそれを封じられたって特にデメリットないんだよ。【死漸】が使えねェ、材質は知らんがクリスも効かねェ。なら殴るしかねェよなァ?

 

「つーわけだ、キラキラツインテ。俺ァこの太陽の神ぶっ殺すンで、お前ァ風の神を頼む。任せられるか、A級魔法少女」

「いいけど、あんまり期待しないでね。A級だから」

「あァ、期待してる。でも余裕あってもあの負け犬にァ手ェ出さないでくれ。アイツは俺がやりたい」

「いいよ」

 

 握った拳から黒い灰が零れていく。無理矢理固めてるからか、元より固形になれねェ冥界の魔力じゃ長時間カタチ保ってられねェと見た。

 いいね、縛り追加だ。タイムリミット付きたァ、銀と赤の超人にでもなった気分だ。

 ま、この太陽の神サンはキラキラツインテに思うところあったっぽいけど、そこは適材適所ってコトで。

 

「お前1人で、私を相手取るか」

「十分だろ。俺ァ夜の使徒だぞ。太陽の神と敵対する理由に余りある」

「ならば、死ね。夜の使徒。死者らしく、地の底を這いまわっていろ」

「まァ待て待て。それより前にすることあるだろ」

「……なんだ?」

 

 まァ今の俺はクロムクラハでもねェから、やんなくて良いのかもしれねェけどさ。

 これは俺の自己防衛だ。心折らねェよォにするための儀礼だ。

 

「俺の名は梓・ライラック。あるいはアンディスガルだ。アンタは?」

「……イントロストップ。元魔法少女ではあるが──今は恵理由知穏における神となる。彼女より拝命した名は、テンショウだ」

「あァさ、ソイツはすげェ神さんの名を貰ったな。いいぜ、それじゃァ始めようか。食い合い、殺し合いだ。ハハ──アンデッドにゃ噛まれねェよォ気をつけな」

 

 言葉に反応するよォに、口に冥界の魔力が集う。

 主に歯。鋭く、長く。いんやさ、顎の形自体も変わって──スーグとシュジを思わせる虎のソレへと変貌する。

 

「今、この太陽の裏にいるお前の精神体よりも魔物らしいな」

「そりゃどォも。んじゃ行くぜ」

 

 行く。

 行った。

 行って──噛んだ。

 

「無駄だ。神は永遠。お前の魔法こそが唯一神に致命的な死を与えられるものであったが、今の私達はシエナに守られている。【死漸】はこちらにある。ゆえに──」

「ヒヒ──わかってねェなァ。冥界の魔力を理解してねェ。なンで太陽の神が朔の後ろにいると思ってやがる。なンで風の神が地平にいると思ってやがる」

 

 噛んで、そっから冥界の魔力を流し込む。

 死ではない。冥界だ。死者の空気。常に上層にいる神が吸ったことの無いだろう──さらに高いところにある魔力。夜の宮では見慣れたモンだが、太陽の神が、それもなりたてホヤホヤの奴が、それを知る由もなし。

 

 なァ知ってっか?

 冥界ってな──その上には、奈落が広がってンだよ。

 

「無駄だと言った。何をしようとも」

「浮かんでいけ。さァ、もっと()ェトコで遊ぼうぜ」

「これは……体が、上昇して」

 

 落ちろ、落ちろ、落ちていけ。

 もっと高い所まで──冥界の魔力が溜まってる空の果てまで。

 ハハ、今の俺ァ、死ぬほど()いぜ?

 

 

えはか彼

 

 

 さて、任されたけれどどうしよう、と。

 あるるららは、目の前の神を見た。

 緑色の異装を纏う、左目の隠れた少女。何度か見たことはある。反魔鉱石の封印区画にある抜け穴──【透過】の使えるあるるららしか知らない場所からそこへ入って、封印措置を受けた魔法少女は全員見ていたから。

 脳眠。北方山脈の向こうから来た魔法少女であり、閻魔刃塔と呼ばれる……かつてそう呼ばれていた魔法少女の組合の出身である。その魔法は【蟲独】と言い、複数の指定対象物を食い合わせ、より強い個体を作り上げるもの。【合成】のイントロストップとの違いは、出来上がるものが必ず1つになる、ということ。

 そして。

 

「生命体が巻き込まれた場合、最後に残った1つ以外は必ず死ぬ……だったかな」

「勤勉ですね。A級魔法少女……などと、よくもまぁそう周囲を騙せているものです」

「EDENの基準では、確実にA級だよ、私は」

「閻魔刃塔に貴女がいたら、私はコトを起こさなかったかもしれません。それほどに脅威です」

 

 コト。

 脳眠はEDENに来た時、自身を閻魔刃塔出身だと言った。閻魔刃塔の空気が肌に合わず、ゆえに北方山脈を越えてEDENに来たのだと。

 でも、真実は違った。

 

「閻魔刃塔にいた30余名の魔法少女。それらは全員1つの岩石にされていた。数多の魔法少女の精神が宿る鉱石。発見時はEDENの隔離塔で保管する、という話になったけれど、運ぶ際に指名されたのは、何故かEDEN外部の魔法少女、ディミトラだった。……ここまでが、私の知っている話かな」

「間違いはありません。そして、ディミトラを名乗っていたシエナは、その岩石にMYTHOSと名をつけました。伝承鉱石、とも呼んでいましたね」

「うん。あっちで浮いている梓や、ガーゴイルのシエナの材質も、それだね?」

「そうですね。複数名の魔法少女を【蟲独】で集めたもの。ゆえに産出量は極僅かです」

「そっか」

 

 しか、言うことがない。

 自分は50年前まではただの子供だった。侍衆と忍軍にあった流血沙汰も詳しくは知らなかったし、お姫様があんな精神性だったとは全く思ってなかった。

 国が滅んで、EDENに来て。

 色々あった。色々あって、死がとても軽いものになった。

 

 どうなのだろうか。

 目の前の少女の所業に、普通の人なら、激昂するのだろうか。それとも悲痛に咽び泣くのだろうか。

 わからない。あるるららには、そこへの共感が無い。

 

 ただ。

 

「1つ、聞いてもいいかな」

「なんでしょうか」

「どうして風の神になったの? 魔法少女なら、太陽に焦がれるものじゃないかな」

「ふむ。良い質問です」

 

 それが疑問だった。

 風の神とは、魔物の神だ。別に知識として知っていたというわけじゃないけれど、そう聞いた。聞いている。

 イントロストップ、プリメイラと彼女の関係性がどういうものであったのかはわからないけれど、何かそこに譲り合いが起きたのだろうか。

 

「まず、私は魔物と魔法少女を区別していません。魔法少女は魔物の一種だと思っています」

「そういう説は、良く聞くね」

「その上で、魔法少女には太陽の神がいます。太陽の神の囁きに耳を貸してしまえば太陽の使徒へと堕ちる。その点、魔物はそういった事がありません。会話のできる魔物から記録を収集した限り、風の声を聞いた、という例は数件ほどしかありませんでした。それも、己の変質を受け入れろ、というものではなく、あるがままに在れという言葉だった、と」

「そうなんだ」

「そうなんです。しかし、そうなってしまうと魔物と魔法少女には明確な差があると、そういうことになってしまいます。それは何か。あるるららさん、わかりますか?」

「卵に入っている状態か、孵化して飛び立った状態かの違い、かな」

「──素晴らしい」

 

 知っている。

 魔法少女と魔物が然したる差の無い生き物である、ということなど。あるるららは特に知っている。【透過】で敵や味方の体内に入ることが多いから、その構造を理解している。

 形が違うだけで、大きな差はない。あるとすれば──閉じこもって止まっているか、破り捨てて進んでいるかの違い。ただそれだけ。

 

 知っている。

 経験したわけではないけれど、500年前にあったという大国。そこが滅んだ理由も知っている。お殿様に起きたことも知っている。教えてもらったから、たくさん知っている。

 

 何より、あるるららは──他の子より、ちょっぴり世界に近いから。

 色々、知っている。

 

「そうです。ならば私が魔物の神を選んだ理由もお判りでしょう」

「魔物の方が魔法少女より優れている、と。そう言いたいのかな」

「どちらが優れているか、という議論はあまり生産性のあるものではないですが、概ね正解です。単純に私は神になるとして、自ら殻を突き破ることもできない魔法少女の世話を見なければならないのは遠慮願いたいと、そう思いました。それだけです」

「そっか」

 

 やっぱり、それしか言えない。

 中にはいるのだろうか。自分たちが魔物に劣っていると言われて、激昂するような魔法少女が。

 自立できないと馬鹿にされて、怒るような魔法少女が。

 

「さて、雑談はこれくらいでいいでしょう。そろそろ始めませんか?」

「うん、いいよ。あ、でももう1つ。これは礼儀として聞いておきたいかな」

「どうぞ。礼儀正しい生徒は嫌いではありません」

「貴女の、神としての名前。脳眠は魔法少女としての名前だよね? 魔物の神。風の神として、貴女はどんな名前を拝命したのかな」

「やはり、勤勉ですね。──いいでしょう。今の私の名は、シャミャコ。恵理由知穏において、風の神を務める者です」

「うん。ありがとう」

 

 さて。じゃあ。

 梓も、何か高い所へ行ってしまったみたいだし。見ているのはシャミャコと黒幕であるらしい梓の姿をしたシエナという子だけ、みたいだし。

 仕方がないから、ちょっと真面目に戦ってみよう。

 

 そうにっこり笑って、あるるららは。

 

「──まず、神様は、眼球を潰された経験はあるのかな」

 

 ぷち、と。

 シャミャコの眼球2つを、握りつぶした。

 

 

 

 

「うん、無事そうだね。さっきあっちのやり取りが少し聞こえていたけれど、神は永遠、なんだっけ。だからどれほど傷つけても意味がない」

「そうですね。間違いありません。ですが──1つ、質問があります」

「答えたくないかな」

「先ほど貴女が質問をしてきたのですから、対等な取引でしょう」

「そっか。じゃあ、1個だけね」

「はい。──今、どうやって私の目を潰しましたか? いえ、これだと"手で"とか"近づいて"とか、そういう屁理屈で片付けられてしまいそうですね。少し質問を変えます。あるるららさん、貴女は……一歩もそこを動いていないというのに、どのようにして、私に攻撃をしたのでしょうか」

 

 フェリカ・アールレイデのように神速で動いたわけじゃない。冥界の魔力により変貌した梓のように爆速で距離を詰めたわけでもない。腕が伸びたとか、斬撃を飛ばしたとか、紙による分身だった、とかでもない。

 あるるららはずーっとここにいて。

 また、今度はシャミャコの腕が千切れた。

 

「君が言った通り、私はみんなを騙してたからね。見ている人も少ないし、君も、そっちの子も、必ず死ぬのがわかっているから──教えてあげようと思って」

「では、ご教授願います」

「いいよ」

 

 じゃあ、と言って。

 あるるららは、シャミャコの体内に出現する。未だ一歩も動いていないあるるららが、【透過】した状態でシャミャコに重なった。

 

「これは……世界に自身を溶かしている?」

「うん。流石だね。正解」

「まさか、ここら一帯が……く、ぅ……?」

 

 あるるららがシャミャコの脳に爪を立てる。

 そのまま刺すのではなく、ゾリゾリと引っ搔いて引っ掻いて、時折指を押し入れる。

 戻った眼球の裏側。視神経をぷちぷちと千切る。舌を千切り、喉に詰める。

 

 面白いものだ、と。

 あるるららは思った。神になったというのに、彼女の構造は人体構造とあまり変わりがない。

 ただ死なない。永遠である、というだけ。致命傷になればすぐに修正され、元に戻る。致命傷にならずとも、彼女が意思を向けるだけでなるのだろう。

 

 その、内側から。

 ザリザリ……ゾリゾリと。鑢で皮膚の裏面を削るように。

 

「──酷く、不快です」

「よかった。快感があると言われたらどうしようかと思ったよ」

「【透過】。やはりA級などではありませんね。【透過】を深めることで世界と一体化し、周囲一帯を我が物とする魔法。S級は固いでしょう」

「そもそも私の魔法名は【透過】じゃないからね」

「"役割の統合"、ですか」

「うん。誰も見ていないところで、誰も見ていないときに、終わらせたよ」

 

 背骨を掴む。節になっているそれを少しずつズラし、キリキリと中の神経に刺激を与える。筋繊維を撫でる。筋膜を剥がす。心臓の弁に手を突き入れる。

 

 凡そ──他の誰が見ても残酷といえる行為を、にこにこの笑顔でやっていくあるるらら。

 その様子は狂気そのものだ。

 理知的な面も、周囲を諭すような面も鳴りを潜め、ただ、今は。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「もう、1つ。質問、よろしい、でしょうか」

「何かな。そして、どうしたのかな。神様は永遠なんだよね。息を荒げる必要はないと思うよ」

「私は今、貴女に【蟲独】を用いている。神に、なっても。失わなかった魔法で、貴女を、アンゲルらと食い合わせんと、している。……どうして効かないのでしょう」

「【透過】しているから、が答えになったのは、さっきまでだね」

「う──ぐ」

 

 体内で胃の上下管が切り取られ、落ちる感覚。

 肺に他人の足が入る感覚。

 脳幹に爪を立てられる感覚。

 腸を握りつぶされ、引っ張られる感覚。

 

 普通に生きていたら絶対に体験することの無い感覚がシャミャコを襲う。魔法少女出であったときでさえ、そうされることはなかった。魔物に無残に殺されることはあれど、こうも。

 

 遊ばれる、など。

 

「私の今の魔法名は──【同化】と言ってね」

「ッ!」

「ネイビーちゃんの【寄生】に似ているんだけど、根本が違う。相手の主導権を握れるようになるわけじゃないからね」

 

 あるいは、天敵だったのかもしれない。

 彼女らの魔法。【蟲独】にも【合成】にも、唯一の鬼門。

 自ら同じになり行く、などという魔法は、合わせることで発揮するそれに対するカウンターになる。

 

「ふふ──ね、今アナタに入っている私が、掴んでいるもの。何かわかる?」

 

 すこし、楽しくて

 ついつい若いころの口調に戻ってしまっているような気がする。

 

 あるるららはそれを極力隠すように努力して、ソレ、と。ソレを指さした。

 

「せ……浅学、で、申し訳ありません、わかりま、せん」

「今、私が掴んでいるもの。──これはね、"心"っていうんだ」

 

 知性体を構成する要素は主に3つ、肉体と精神体と心に分けられる。

 肉体は言わずもがなで、精神体は肉体に宿るもの。

 そして心とは──言い換えれば、人格、とでも呼ぶべきもの。今己が己であるための意識そのもの。

 

 それを掴んでいると、あるるららは楽しそうに言う。

 

「ここ、ろ」

「そう。ふふ、さっきからどうしたのかな。息が荒いよ。苦しいのかな。永遠を生きる神様が、死を知らない神様が──怖いのかな?」

 

 ゆっくり、ゆっくりと。

 一歩ずつ近づいていく。あるるららは、なぜか身動きの取れないでいるシャミャコに近づいて。なぜか膝を折り、震えている彼女の顎を、クイッと持ち上げた。

 その目には。

 

「怖いんだ」

「し──質問が、あります」

「いいよ。それが()()の質問だからね」

「貴女は──神、ですか?」

「ふふ、違うよ。私は本当に一般人の魔法少女。ただ、ちょっと」

 

 あるるららが、シャミャコの口に手を入れる。

 そうして掴んだものがあった。舌、ではない。もっともっと大事なものを掴んで──少しずつ引き抜いていく。

 

「あ──あ、あ」

「他者の心を食むコトに悦びを覚えてしまった──ちょっとイケナイ魔法少女、かな」

 

 引き抜かれていくのは白く半透明の何か。

 それが体内から抜かれるたび、少しずつ少しずつ、シャミャコの目から生気が失われていく。

 

「神様の心は、食べたことが無いからね。──じゃあ、いただきます」

 

 あるるららは、それに。

 迷うことなく食いついた。

 

 

えはか彼

 

 

「エッグいわね、貴女」

「そうかな。どうせ神なんだから、もう少ししたら復活するんじゃないの?」

「するけど……人格引っ掴まれて吐き出させられて、それを食べられる、なんて。やめてくれないかしら。脳眠は数少ないマトモに話せる子の内の1人なんだから、壊れちゃったらどうするのよ」

「そう言いながら、手を出してこなかったから、いいのかな、って」

「……2つ、確認しておきたいことがあるわ」

「いいよ」

 

 完全に引いていた。

 あのシエナが、あるるららにドン引きしていた。

 その上で声をかける。無論シエナの所業も、脳眠の所業もそれぞれ相当であることはわかっていて、それを加味してでものドン引きだ。

 

「貴女がそれを始めたのは、いつ?」

「魔法少女になって、すぐのあたりだね。ヴェネットが人肌恋しいと言っていたから、夜を共にしてあげた時。──その時に、彼女の心を食べたよ」

「ヴェネット……【凍融】か。それで、もう1つなんだけど、その【同化】という魔法は、どんな対象にあっても心を抜き出せる魔法なのかしら」

「気の強い人や、気の狂ってる人には無理かな。私が弾かれちゃう。シャミャコちゃんは比較的大人しめで、淡々としていたからね。風の神になった理由も面倒だったから、なんてどうでもよかったみたいな理由だったし、この子は信念が薄い子だな、って。だから──美味しかったよ」

 

 普通、魔法少女は神を前に膝を折る。

 その威光、威圧に耐え切れずに。それは高位の魔法少女になればなるほど顕著になる、はずだった。

 

 けど、どうだろう。

 シエナの目の前にいる少女は。あるるららは。

 

 あとろうことか──神に正面から向き合い、その神の心を食らう、などという暴挙を犯し、楽しそうに笑っている。

 

 脳眠は死んだわけではない。だから計画に支障はない。人格が使い物にならなくなっていたら、ソテイラと同じように封印して無理矢理行使すればいいだけだ。

 ただ──この()は、今ここで潰すべきなのではないだろうか、という焦りが。

 シエナの中に生まれる。完全に予想外の戦力だった。完全に想定外の展開だった。

 

 なんだかんだ冥界の魔力でどちらかの神が押し切られることまでは予想していたが──まさか。

 

「ハハハ──あァ! 一丁上がり!」

 

 大きな音を立てて落ちてきたのはイントロストップと梓。

 肌は真っ黒で、頭には雷鳴が如き角の生えた銀糸の魔人。

 それがイントロストップの胸に剣を突き立てている。

 こちらもまた、死んではいない。どのようにして太陽の神であるイントロストップに魔剣を突き立てたのかは定かではないが、シエナは直感的に()()()()()()感覚を覚えていた。

 たまにあるのだ。

 長時間かけて作り上げた魔工具。それを起動する直前、これを押したらマズいんじゃないか、という直感に襲われ、もう一度魔工具を見てみれば、もっとも必要な部分がしっかりハマっていなかったりする──そういうことが。

 

 そしてそれは──背後からも。

 

「よォ、てめェら。元気してたか?」

「あァさ、終わったのか。なンだ、太陽の神でも食ったか?」

「食う気はあったンだがな。レイの奴、"互いに無益な殺戮に意味はない。それよりも行け。天使は下がらせておいてやる。冥界に巣食う虫を排除しろ"とか何とか言って、俺達を素通りさせたンだよ。あァまァ流石にこっちの損害がゼロたァ言わねえが、誰1人死んで無ェぜ。オリジンも魔法少女もな」

「魔法少女? ……あ、アオンいたのか。それに、アインハージャ達も」

「……く、クロムクラハ。何かな、あれ……真っ黒い、魔物?」

「おおそォいや、お前随分と変わったなァ。隠さなくなったってか?」

「何言ってやがる。そっちこそオーディンであることをそろそろ認めろよ。俺のコレァ冥界の魔力が凝縮してるってだけだよ」

 

 シエナは。

 それがあった、とばかりに──振り向く。

 

「オーディン! もうその茶番は良いから、全員食べていいわよ! そうして、最強の神になりなさい!」

「あァ? てめェまでそォ呼ぶのか、シエナ。あのな、俺ァオーディンなンかじゃねェって。確かに血肉を食らったし、その時にオーディンの声と抵抗は感じたけど、御したよ。あンな暴言厨に負けるほど俺のメンタルは弱かねェ」

「え……」

「つかなンだそれ。なンで俺の姿してやがる。おいそっちの黒いの説明してくれ」

「俺、複製体。お前、精神体。こいつ、肉体」

「あァよ簡潔な説明ありがとう」

 

 ほぼ同時。

 梓とクロムクラハは、亜空間ポケットを開き──魔煙草を取る。

 取ろうとする。

 

「……オイ、俺の魔煙草どこやった」

「はン、ツイウから貰ったのならこっちにあるぜ。どォやら亜空間ポケットとクリスは俺を選んだみてェなだ」

「はァ? ……いい加減にしろよ。毎度毎度人のモン奪いやがって。ちったァ自分で努力しろってンだ」

「そっくりそのまま返すよあほ野郎。と言いたいトコだが、ほらよ。何本かやるから大切にとっときな」

「なンだよ妙に優しいじゃねェか。ありがとよ」

 

 自分同士の会話。

 しかしそこに嫌悪感はない。面倒だ、という感情はありありと見えるが──魔人の梓とクロムクラハの間に敵対心は存在しない。

 それが、シエナにもわかってしまった。

 

 計画は──まだ、進んでいる。

 だが、こうも敵対者が一堂に会してしまうと困る。特にオーディンが制御下に置かれたというのが想定外だ。あるるららも。

 

 ゆえに。

 

「……そ。結局そうなるのね。わかった、わかったわ。──戦略的撤退!!」

 

 シエナの足元に穴が開く。

 掘流。恵理須へ帰るための穴。

 

 誰が止めるのも間に合わない。

 ただ。

 

「覚えてなさい!! ──必ず計画は成功させるんだから──必ずね!」

 

 そう、声が聞こえて。

 冥界の穴が閉じる。

 

「……」

「……」

「……よし、決めた」

「何がだ。もしかしてアイツのあだ名か?」

「あァさ。負け犬だ。ぴったりだろ」

「残念だったな。俺がもう付けたよ、それ」

 

 静寂が落ちる。

 

 結局、何の成果があったのかといえば。

 

 気を失った神2柱と──俯いたまま動かないソテイラ。そして、奇妙な水晶に入れられたアズサ。それらの回収。

 世界からの魔力流出は終わり、梓の肉体こそ取り返せなかったものの──ほぼほぼ、一件落着と言ってもいい空気になった。

 

 金アンゲルが引いたからだろう、カネミツとナリコも合流してくる。

 

「よし。んじゃァ、クロムクラハ!」

「あン? なんだよ」

「お前が帰れ。魔物と魔法少女引き連れて」

「……ア?」

 

 一瞬、険悪な雰囲気が流れる。

 だってそれは。それが、互いにとって地雷であることなどわかりきっているのに。

 

「残念ながら、俺ァここまでだ。冥界の魔力使い過ぎた。おかげでほら」

 

 魔人の梓が手を開く。 

 すると、その指先から──サラサラと、乾いた砂が落ちるように。黒い粒子が零れていく。

 そしてそれは指先だけではない。全身。全身だ。

 

 黒く変色した梓の至る所から、崩壊が起き始めている。

 

「……おま、え」

「死にはしねェ。けど、世界に戻るにゃちと耐えられねェ。つか世界に足を踏み入れた瞬間に死ぬと思う。今の状態の俺が死なないためには、冥界にいるしかねェのさ。お前ならわかってくれるだろ、クロムクラハ」

 

 崩れていく──その最中にも、冥界の魔力が集まって彼女の体を修復していく。

 冥界だからできることだ。言葉の通り、もしこのまま世界へ帰ったら。一瞬で彼女はバラバラになるだろう。

 

「ンな顔すんなって。死ぬわけじゃねェんだ。あァあとはまァ、あの負け犬から身体取り返せばワンチャン世界でも生きられるだろォけど、そう簡単に見つかるとは思えねェ。だからまァ、マジで気にすんな。お前は世界に帰って、魔物ライフを謳歌しな」

「……──わか、った」

「あァ、この神3柱はこっちで預かっておくよ。これ持ってたらみんながまた膝折っちまうだろ? 代わりアズサは持って行ってくれ。あの水晶は【世涯】で砕けるから」

「なら、今やった方がいいな。褪戦死遠(【世涯】)

 

 クロムクラハの魔法の行使により、アズサを閉じ込める水晶が砕け散る。

 自由落下するアズサ──を受け止めるのは、あるるらら。

 

「国は?」

「すまねェが所在はまだわからんままだ。推測じゃあの負け犬の亜空間ポケットに入ってンじゃねェかって思ってる。あるいはレーテーの中」

「なんにせよ、鍵はアイツってことか」

「あァさ」

 

 魔人梓が神3柱を担ぐ。

 向く先は、夜の宮の方。

 

「じゃァな。今生の別れにならねェ事を願ってる。オーディンとかいうのにも負けんなよ。あ、あとむやみやたらにEDENに近づくなよ。お前オリジン並みにやべェ存在になってンの忘れんな」

「忘れるわけねーだろアホ。……神さんによろしくな。俺はもうちょっと、こっちの世界で頑張ってみるからよ」

「あァさ」

 

 話はついた。

 言葉はもういらない。

 

 ということで。

 

微具掘琉(開けゴマ)☆」

「てめッ!?」

 

 開く。

 中空に、凄まじく大きい穴が。それはオリジン達や魔法少女達を飲み込み──クロムクラハもまた、飲み込んで。

 

「ぜってー助けに来るからな! 諦めんじゃねェぞ俺!!」

「あァよ、待ってる。それまでに死ぬんじゃねェぞ俺!!」

 

 ようやく冥界に──本当の静寂が訪れた。

 

 

えはか彼

 

 

「いや、悪いとは思ってるのよ。高空飛翔できる子作ってたら案外時間かかっちゃって」

「いーよ最初からマッドチビ先生の戦力なんて期待してないし」

「何よその言い草。というか何よその体! 死にそうじゃない!」

「大丈夫大丈夫。冥界にいる限りは死なねェよ」

「……まったく。いい? 貴女が死んだら悲しむ子がたくさんいるの。それは忘れないこと」

「わーってる。俺もあっちで必ず会おう、みてェな約束した子がいるしな。必ず体治してそっちに助力しにいくから、今はあっちの俺やアズサを助けてやってくれや」

「無理は、しないこと。いいわね?」

「あァ。ありがとな、マッドチビ先生」

「調子いいんだから、ホント……」

「掘流」

「え──きゃああああ!?」

 

 や、ホントに。

 忘れてたたのは悪かったって。ついてきてると勝手に思ってたンだって。

 

 あー。

 疲れた。

 

 クローンの寿命ってな……どんくらい、なのかね。

 まァいいや。今は。

 

 おやすみ。

 

 

えはか彼

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