遠吠えは遥か彼方に   作:劇鼠らてこ

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102.渡樽幾理伏巣負不地夢運.

 静かな冥界を歩く。戦闘痕の類はすべて消えていて、血の臭いもなければ腐臭もしない。

 空は暗く、その中に真っ黒な天体が1つ。変わらず白い光輪が波打つそこは、けれど金色の天使の姿はない。

 魔物も、魔法少女もいない。荒野を駆けまわるのァ真っ黒い犬だけ。そいつらだって俺に対しちゃ何をしてくるわけでもねェ、なんならたまにすり寄ってくるンでなでなでしてやるくらいの関係だ。

 

 冥界。

 街は所々にあるが、どこも様相は変わらねェ。

 戦えず、生きるために抗うことができずに死んでいった者たちの魂の集う場所。それにァ自殺者も含まれる。

 あそこで生活するのに苦痛は無い。眠りたいと思えば一生眠っていられる。街を歩きたいと思えば何の制限もなく歩き回ることができる。言葉も発せる。夜の使徒以外には聞き取れねェ言葉だけど、あいつらは普通に話してる。

 中には人間の言葉を操れる奴もいるけど、まァあんま役立つスキルじゃない。話す奴いねェだろうし。

 

「……待つだけ、か」

 

 流石に無理だと言われた。

 神さんに相談はしたンだ。世界に行ってどォにか俺もシエナ探しに協力できねェか、って。

 けど、無理だと。

 

 もう、この体は──ほぼ死んでるンだと。考えた通り、冥界の魔力が無ければ崩れ落ちてしまう泥人形。あるいはブラックドッグ達と同じ、冥界の生物に近い。魔人……なンてモンはいねェんだが、新しく呼称を決めるのならそれが合っているンだろう。

 

 ふと、上を見る。

 さっき述べた真っ黒な天体。それとは別に、真っ青な天体がある。

 水の球にも見えるそれを、テンショウの奴は恵理由知穏と呼んでいた。

 

 らしィ名前だ。

 ……その内部は、まだ時が止まっている。魔力流入が収まったことも相俟って、停止している、というべきだろう。

 神さん達はアレに干渉するってなできねェってンであのまんまにしてあるけど、負け犬の最後の言葉を見るにまだアレには利用価値がある。ならとっとと壊しちまいてェトコだが、誕生を否定するのァ俺の仕事じゃねェ。

 

 クロムクラハ。アイツが全部解決して、負け犬を諦めさせて、どォにかこォにか計画を破綻させるってのを待つしか俺にできることはねェってことだ。

 

「ヤだね、とか言っても流石にどォしよーもねーのがなァ」

 

 全身がぼろぼろと崩れていく感覚がある。

 土くれになったよォに。泥が固まっちまったよォに。

 それを無理矢理冥界の魔力が継ぎ接ぎしてくれてるンで、こーやって生き永らえているけれど。

 

 歩くたびに。

 声を発するたびに。

 

 もう、俺が、この世にいてはいけないと突きつけられるよォな──そんな感覚に陥る。

 

「……EDENの蘇生槽ぶっ壊すのァ、クロムクラハがやってくれる……かねェ。加えて、世界を殺すのも……」

 

 まァ、なんだろうな。

 世界は死にたがってる。もォ十分だからと。延命された命を続けていたくはないと。

 だから死なせる。

 

 そのためには、これ以上魔法少女が生まれない状態で、魔法少女が死んだらそれで終わりってな状態で、世界に死を与える必要がある。正直な話をしてしまうのなら、クロムクラハ、あるいはオーディンは全部のオリジンを食うンじゃねェかとも思ってる。アイツがどんだけ俺なのか知らない。本当に俺だったら食うなンて選択肢ァ取らねェたァ思うが、そうではないのなら。

 あるいはオーディンを取り込んで、少しでも変質してンなら。

 魔物を全て食らい、究極なる一を目指す程度の魂胆はありそうだな、と。

 

 その辺の摂理までに口を出す気はない。

 俺はしたくねェが、あいつらがそれを望むのなら──そォ言うこともあり得るだろう、ってだけで。

 だから、もしそォなったら。

 

 ホントにチャンスだ。

 魔物が消えて、魔法少女が油断しきってりゃ──蘇生槽を壊しまわって、世界に死を植え付けることくらいはできる。

 

 ただ、どォなンだろうな、という思いもある。

 そもそも世界の延命措置ってなが始の点だった。それによる乱れを整えるためのモンが終の因だった。なら、その両者が壊れちまって機能不全になってンなら──世界ってな、もう勝手に死ぬンじゃねェのか、っていう。

 始の点を割り、輝きの園ァ奪われたという。

 その時点で始の点がどォなったのかを俺は知らない。ブゥリやアームドゥラがどーなったのかを俺は知らない。

 

 ……ああ。

 気になる。

 

 冥界は故郷みてェなもんだ。居心地のいい場所。

 だけど──自分で見に行って確かめたいことがありすぎて、あァ、こんなに大好きな場所なのに。

 

 早く世界に戻りてェとか。

 ンなことを思っちまう。

 

「何が貴様をそんなに駆り立てる」

「ん……うわ、誰だアンタ。聞き覚えのある声と態度だけど初めまして」

「ふん、冥界に住んでいながらオレを知らないか」

「面倒だから普通に名乗れよ。アンタが零だな?」

「如何にも」

 

 冥界の荒野には相応しくない黄金。

 金の髪はお嬢のそれよりも激しく輝き、揺らめき、その豊満な肉体と相俟って尊大な気配を隠そうともしない。

 コイツが太陽であると強く感じる。なり立てホヤホヤのテンショウとは違う、長き時を生きる太陽の神、(レイ)

 魔法少女に魔法を与え、その役割を全うさせ、さらにァ意思を関係なく従えんとするフツーにやべェ奴。実際、ちょいと敵っぽい面もある。別に夜と太陽は敵対してねェんだけど。

 

「何用だよ」

「貴様に興味が湧いた。オレの言葉に従わず、オレに不遜な態度を取り続ける貴様に。先日も貴様ではない貴様がオレの所に来たが、どこまでも不遜にして生意気な態度だった」

「そりゃァな。てめェに尊敬のできる部分が欠片も無いンだ、そーもなる」

「ゆえに、問うている。オレを敬うわけでもない貴様が、何故恵理須を殺すことにそんなにもこだわるのか」

「アンタと何の関係があンだよ」

「【即死】も【死漸】もオレが渡した役割だ。オレへの忠誠心が高いのならば、その役割を全うすることにこだわるのはわかる。だが、オレを嫌っているのなら、そんな役割は捨ててしまえばいい。あの虫けら……お前の肉体を奪った者に任せてしまえばいい。あの者も恵理須を壊さんとしているのだから、貴様が危険を冒してまで行う必要はない。違うか」

 

 ……。

 それは、そうだ。

 俺の肉体を得て、【死漸】を獲得した負け犬の奴ァ、もう好きなタイミングで世界を殺せるはずだ。アイツの目論見全部潰して、計画全部阻んで──追いつめに追い詰めたら。

 あるいは、世界を殺す、という選択肢を取る可能性もある。十分にある。

 もしくは、コイツの囁きに飲まれてその役割を全うする、ってな可能性も、だ。

 

 俺はもうクローンになっちまった。

 だから、俺がやる必要はない。

 それはもう──ホントにごもっともな意見、って奴だ。

 

 俺はもう休んでいい。

 神さんに頼まれたこと──太陽の使徒や風の使徒たち、あるいはそれらに属さねェ奴らを改宗させるってなも、この体じゃ無理だ。

 元より俺は死人であり。

 元より俺は、この世界の生き物ですらない。

 

 ほかに任せられる奴がいンのなら、頑張んなくたっていい。

 それは──ごもっともなンだ。

 

「勘違いするな。オレは貴様の行動を否定しているわけではない。疑問を呈しているだけだ。オレは太陽として世界を照らす。例外なく貴様もオレの光に照らされていた。貴様が夜の使徒であっても、風の使徒になっても、オレの庇護下にある太陽の使徒であることに変わりはない。だからこそ──なぜ、と。そう問うている。貴様がそうまでして死として振る舞う理由はなんだ」

 

 死として、振る舞う。

 ──あァ。そうさ。俺は死として立ちはだかる。生きてェと抗うンなら、俺はその前に立ちはだかる。俺を超えていくのならば生きるに値しよう。俺に殺されるのならばソイツの生はそこまでだ。

 その役割を俺が担うのは。

 

「別に、大したことじゃねェよ。俺はさ、若死にってなが好きじゃねェんだ。満足の行かねェ、幸福じゃねェ死を許せねェ。それだけだよ」

「好悪の問題、ということか?」

「あァ。俺の好き嫌いで、俺ァ世界を殺そうとしてるし、魔法少女の蘇生槽をぶっ壊そうとしてる。アンタに与えられた役割がどォのじゃねェんだよ。【即死】や【死漸】がなくとも、俺はこれを選んでた。たとえ魔法少女に覚醒してなくてもな。何も知らないままだったらわからねェが、少なくとも真実を知ってたら。──俺ァ、全身の何を失おうと、世界を殺すために尽力してたはずだ」

 

 中学生やってた頃は、冥界での云々もほとんど忘れていた。

 自分が愛した者。前世があるということ。それくらいしか覚えていなかった。魔法少女についても、魔法についても、魔物についても何にも知らねェただのガキ。

 

 それでも──この世界が、そォだって知ったら。

 俺は動いていた自信がある。今より何にもできなかっただろォけど、それでも、だ。金属バットでもいい、なんでもいいからどォにかして中央塔までもぐりこんで蘇生槽ぶっ壊してただろう。

 どーにかして世界を殺していただろう。

 それを阻む者によって、たとえ自分が死んだとしても。死にたくねェから精一杯抗って──死んでいたンだろう。

 

 あァさ。

 

「生憎な、これァ性分さ。死んでも治らねェ性分。──"前"に行動しなくて失敗しただけに、この念は強い」

「そうか。──ならば貴様に択を与えよう」

「あン?」

 

 零は、尊大な態度で。

 腕を組んだその姿勢で──挑戦的な目で。

 

「魔法少女。あるいは仙女と呼称されたオレの使徒は、しかし本来の意味ではない。すべての死者が夜の使徒になるわけではないように、ただ因子に覚醒したからといってすべてがオレの使徒になるということはない。オレの言葉に耳を傾けた者のみが、晴れて太陽の使徒と名乗り得る」

「……あァ、ちったァ知ってるよ。それになったが最後、そォなってねェのを言葉で従えて、他の使徒を殲滅するモンに成り下がるンだろ」

「今の貴様と何が違う?」

「……」

 

 まァ、そうだ。

 冥界に住んでる夜の使徒と違い、俺ァ世界に降りて改宗を迫る狂信者だ。非善(異教徒)と見做せば殺し、そォでなくとも殺し。

 それはまァ、太陽の使徒とやってることは変わらねェ。

 

「結論を急け」

「オレの使徒にならないか、梓・ライラック。オレの使徒となり──恵理須を眠らせる。そのためならば、新たな肉体を用意しよう」

 

 零は。

 そう、尊大に、笑って。

 

 

 

 

「太陽の使徒に、ですか」

「あァ。勧誘された。蹴ったけどな」

 

 夜の宮。

 彼女の隣で、さっきあったことを話す。

 

 太陽の使徒にならないか、という勧誘。当然蹴ったけど──まァ、正直、魅力的な話ではある。

 新たな肉体。今の俺にはそれが必要だ。神さんがそれを作り得ないというのなら──と思って、ちょいと相談中。

 

「……私の使徒ではなくなってしまうのですか?」

「いんやさ、どォにも兼任できるとかなンとか。そもそもそォだったンだから可能だって話だよ。ただ──名は、捨てないといけねェと。梓・ライラックとして生まれることはできねェと」

「それは」

 

 今の俺がクローンであり、魔法が肉体に宿るものである以上、新たな肉体、新たな魔法を登録するのならば──その肉体の名は別でなければならないと。そォ言われた。

 

「……アンディスガル」

「あァ」

「私は、貴方の選択を応援します。貴方は私の愛しい子ですが、その行動の全てを縛りたいとは思っていませんから。貴方が傷つき、貴方が苦しみ、貴方が痛み、貴方が悲しみ──その上で、貴方がそれをしたいというのなら。私もこの夜の宮から、同じように傷つき、苦しみ、痛み、悲しみながら、貴方の選択を重んじます」

「……」

 

 梓・ライラックという名前。

 それにこだわりがあるか、っつったら、そりゃァある。13年、いんやさ14年は付き合った名前だ。大事な家族との繋がりでもあり、魔法少女になってから得た繋がりもこの名をもとにしている。「梓さん」「梓」「ライラック」。沢山の人に何度呼ばれた事だろう。

 それを捨てて、また新しい人間になる、ってな。

 そりゃ──あるいは、死とも同じだ。

 

 前世の名。普通の名さ。おじさんの名として、あの年代の奴なら大して珍しくもない名前。

 それがまァ、この世界で可愛くなって。

 

 それを捨てるっつーのは……まァ、それなりに。

 クるものがある。

 

「戦いと死と太陽の神、クロムクラハ。あまり思い出したくない過去ですが、確かに私もオーディンなるものと一体化していた頃がありました。彼女は今そうなっていて──その意思を完全に制御できているかどうかはわかりません。冥界の魔力も私の加護も、あれなる者は違うとそう判断しています。ゆえに」

「俺が名を捨てたら、本当にこの世から梓・ライラックがいなくなるかもしれねェ、って?」

 

 アズサは別人だ。そして、もしかしたらクロムクラハも別人……別神かもしれねェ。

 負け犬の奴もそれは同じ。肉体を梓・ライラックにしているだけの完全なる別人だ。

 

 俺はちゃんと、俺の魂はちゃんと、梓・ライラックで。

 けれどそれを捨てるのなら──と。

 

「神さんから見て、零ってなはどォなんだ。誰かを騙すよォな奴か? そも、太陽の使徒を増やしてアイツに何の得があるンだ」

「……零は正直者です。ただし、他者の情緒や情動に一切の頓着を見せない冷たい性格で……その行動や言動に、自身を含む周囲の感情が考慮される、ということはありません。ですが、それを行うことは必ず世界に益を齎します。太陽として命を育み、太陽として死せる者を暖かく包みます。自身の利益は見ていないのでしょう。彼女が貴方を使徒にすると言った理由は、このままでは恵理須を眠らせることができない、と判断したからであると思われます」

 

 効率しか見てねェ奴だと最初の最初に聞かされた。

 それはやっぱりそォらしい。変わらずそーらしい。

 自身の益ではなく、世界の利益。

 

「……俺は、神さんに拾われて本当に良かったって思ってる。アンディスガルという名がこの魂の名だ。前世の名ではなく、この俺はアンディスガルだ。ゆえに──梓・ライラックという名に、重きは置いていない。その繋がりがすべて消え去っても、完全な別人になっちまっても──俺は、ここで立ち止まって、誰かが解決するのを待ってる、ってな方が、無理だ。足を止めるのが……嫌で嫌で仕方がない」

「そうですね。貴方は、そうなのでしょう」

 

 そうだ。

 俺ァ進み続ける者。後ろを誰かが彩るのかもしれねェけど、知らねェ。俺は前だけを見てる。

 だから──たとえ、全ての繋がりを失おうとも。俺は立ち止まらない。恵理由知穏にあった時だってそォだったじゃねェか。結局全部無駄だった穴掘りでも、絶対にやめなかった。

 

 太陽の使徒になる。

 それで何を失うのか。

 それで何を得るのか。

 

「すまねェな。俺は、やっぱここで安寧に身を任せてるってなできそォにない」

「大丈夫。貴方がやりたいことを、やりたいように」

「あァさ」

 

 じゃあ──行ってくる。

 

 

えはか彼

 

 

「──ッ、っは……」

 

 起きた。

 っつか──久しぶりに、息をした。

 心臓の音。そこから流れる血流。脈。体温。

 

 零れ落ちることの無い身体。崩れ落ちることの無い身体。

 

 ──身体に落ちるのは金の髪。

 

 視点は高い。寝っ転がってたワケじゃねェ、唐突に息を吹き返したって感じだ。

 

 一度蹴った話。それをもっかい頼みに行って、実ァまァ断られンじゃねェかって思ってたら、「覚悟ができたのなら話は早い。さぁ、行け」とかいって、アイツ何の説明もしねェで意識奪いやがって。

 ……これは、一度死んだことになンのかね。

 ずっとずっと避けてきたことだけど。

 まァ。

 ホントは──あの時。精神体として弾き出されて、セイタスに出会ったあン時に。

 もう、死んでたんじゃねェかって。そォ思うことはあるけどさ。

 

 あァいいや。益体の無い話はどーでもいい。

 

「あー。は、声も全然違うなァ。随分と……あァ、まァ、いい」

 

 2度目、になンのか。あるいは3、4度目かもしれねェ。

 

 新たな肉体──太陽の神直々に用意したっつーソレは、あァさ、健康体なンだろう。

 

 久しぶりに、何も感じない。

 痛みも、呼吸のしづらさも、焦点の定まらねェ視界も。

 おかしーとこが何にもないってな──久しぶりだ。

 

 "役割の統合"で肉体を新生した後でさえ精神の痛みはあったからな。

 ……こうも健康体なのは、本当に久しぶりで。

 

「メイアート。……あァ、欠片も似てねェ名前だことで」

 

 この肉体の名はそうであるとされた。

 魔法も、【即死】や【死漸】ではなく全く別のもの。ただ、世界を殺すに足るもの。

 

 そして──。

 

「起きた」

「……あァさ。なンだ、ずっと待っててくれたのか?」

「それが使命」

 

 目の前には、1人の女性。

 ふわふわ浮かぶ鼠を肩のあたりに乗っけた──過去、EDENにおいてL・アルカナと名乗っていた人物。

 始の点における迎撃戦において正体を現した、深く覚醒した太陽の使徒。

 

 同時に。

 

「では、これより"裁定"を始める」

「"簒奪"じゃなくてか?」

「どちらでも」

 

 彼女は、紛う方なき人類種の敵である。

 

 

 

 

 

 裁定──。

 それは、"その魔法少女を残しておくかどうか"という天秤。

 魔法少女と魔物はほぼ同一の存在であり、なれば目指す先も同じ。つまるところ、究極なる一。存在としての頂点を目指すのが魔物なら、"全役割の統合"を果たして究極の魔法を目指すのが魔法少女なのだという。

 その究極の魔法に必要のない魔法は容赦なく切り捨てる。

 ……というのは、太陽の使徒に覚醒した魔法少女が陥りがちな短絡的な考え。別に殺す必要はない。切り捨てるというのは眼中から外す、という意味だけでいい。

 

 魔法というのは太陽から賜る役割であると同時、世界の内臓、あるいはパーツとでもいうべきモンを司るものである。

 その中でも特に大事なものを殺してしまえば、世界は機能を停止する。それが世界の殺し方。【世涯】や【死漸】でも似たようなことはできるが、折角魔法少女という"役割の集合体"がいるのだから、そちらを狙った方が早いのだという。

 

 が、まァ俺ァ魔法少女を殺したくない。

 それは太陽もわかってるよォで、そこも問題はないと言った。

 

 ……そう、説明なしで送り出したのァ、すんげー単純な理由。

 

「聞いているのか、メイアート」

「聞いてるようるせェな。脳裏に響く声をどーやったら聞かずにいられンだよアホか」

「ならばいい。続けるぞ。お前の魔法は魔法への直接的な──」

 

 まァ、そういうことだ。

 冥界行くとき呼びつけた時みてェに、脳内でガンガンに喋ってきやがる。魔法少女だから当然、だと言わんばかりに脳内に住み着いたンだ。

 世界を殺すための手段やらなにやらは、今この場で説明を受けてるってな状況。

 L・アルカナの後を付いていきながら、このクソうるせェ太陽と会話する。

 

「ゆえに、貴様は知己の者と戦う必要がある。殺す必要はない。ただ、交戦し、その魔法を簒奪し──」

「俺の中で、そのさいきょーまほーをつくれってこったろ。皆まで言わなくてもわかるよ」

「オレの使徒ならばその口調も変えろ。品位を持て」

「てめェが一番品位無いクセに何言ってンだ」

 

 アンタに言われたかねーよ。神の中でも一番口悪いじゃねェか。

 

「で? 今どこに向かってンだ」

「元・始の点」

「あァそうかい。じゃ、最初に狙うのはパッパラメガネか」

「モーゲン・真凛。【槌憶】の簒奪を行う」

「あァもう簒奪って言うのな」

「どちらでも」

 

 裁定。いんやさ、簒奪さ。

 いっちゃん最初、最初の最初に俺がルルゥ・ガルの魔法だと思ってたそれ──まァ魔法名は違うンだが、交戦した魔法少女の魔法を奪う魔法が俺にァ備わってる。奪って纏める魔法だ。魔法少女の因子ごと引き抜くンで、まァ、そいつはもう魔法少女じゃいられなくなる。

 ……それで死なねェのかって聞いたら、「実際に胸を開くわけではない。そんな効率の悪い事はしない」だそォで。

 

「メイアート」

「なンだ。またお小言か」

「躊躇うな。貴様がこれより行う裁定は、遅かれ早かれ起きていたこと。今、数多いる魔法少女達がその役割の統合を行っている。その努力を無駄にするな。無駄な感情を用いず、容赦なく奪え。わかったな?」

「へいへい。ソイツの努力踏み躙って上澄みの完成品だけ奪えってこったろ。わーってるよ。任せな、殺さねェで、しかも魔法まで消せるってンなら協力は惜しまねェ。なんせ、この世界に魔法なンてもんがなけりゃどんだけよかったかと何度も何度も願ったンだ」

「そうか。どうでも良い話だな」

 

 てめェのせいだ、って言いたいンだけどな。

 まァ良い。

 命を奪わずに魔法だけ奪うってな願ったり叶ったりだ。国が見つかれば、そいつらにも同じことができるらしい。つまり、魔法少女の因子を奪う──殺さずに治療する、ってな行為が。

 そのためなら、多少の戦闘は受け入れよう。

 

「あー、おい、ふわふわ鼠」

「何」

「アンタは戦えンのか」

「私が戦うことに意味はない。裁定者による簒奪を」

「そォかい」

 

 あくまで案内人に徹するってワケね。

 ……この、太陽の使徒は。

 

「なァよ、零」

「オレの名は気安く呼んでいい名ではない。なんだ」

「俺の昔の名は、そう名乗ってもいいモンなのか」

「名乗り得ない。無駄だが、試してみても良い」

梓・ライラック……あァ、はいはい。音にもならねェのか。ソイツは最悪だな」

「貴様の名ではないからな。無論、そうである者に呼びかけることはできる。貴様が貴様の名として認識していないのなら問題はない」

 

 別に名前変わっちまっても偽名でいーじゃん、とか思ってたンだが、まァそー上手くはいかないらしい。

 どーなンだろうね。

 この肉体でも、お嬢やポニスリは、俺を俺だとわかってくれるのか。

 

 ……繋がりを全部失う、と。そォ言われたンだ。

 期待はしない方がいいだろうなァ。

 

「そっちはどォなんだ。あの3柱、まだ起きる気配は無ェのか」

「無いな。そも、オレとハキタ、ウィドアルが監視を続けているんだ。貴様が気を揉むことではない。貴様は貴様の役割に集中しろ」

「へいへい」

 

 森の中だ。

 ずっと森の中を進んでいる。

 さて、はて。そろそろ抜けそうだが──。

 

「初めに言っておく」

「ン?」

「裁定者。此方の死は気にしないこと」

「……嫌だね」

 

 コイツは実は敵っつかなんつーか、残しとくと人類を害する存在なンだけど、まァ死んでほしいとは思っちゃいない。

 効率なんざ知るか。勝手に助けさせてもらう。

 

 森が──開ける。

 そこは。

 

「……あれ、海?」

「当然。始の点のある陸地は海に囲まれている」

「そいやそォだったな」

 

 ふゥ。

 じゃァ、まァ。

 

 ──始めますか。

 魔法少女狩り。

 

「太陽の使徒メイアート。これより裁定を開始する」

 

 それが世界を殺す(の願う)手立てなら──俺はそれを行う裁定者となろう。

 

 

えはか彼

 

 

「……」

「クロムクラハ。やる気になったか」

「あァさ。──目的を果たしたたァ言えねェが、宙の莽行った後にいくらでも相手してやるって言ったのァ俺だしな。究極なる一。頂点。そのために俺に食われてェってンなら──いいぜ。殺し合おう」

 

 亜空間ポケットもクリスも失って、魔法も使えねェ俺だけど。

 良い。それを望むというのなら、叶えてやる。それが魔物の摂理なれば。

 

「では、行くぞ。──我が名はスーグ!」

「俺は、クロムクラハだ。──世話になった。褪戦死遠(【即死】)

 

 戦闘になンかならねェ。

 殺し合いだ。だけど──あァ、やっぱりこの魔法は、強すぎる。

 

 何をすることもなく。

 何も成せずに沈むスーグを見て──けれど、恐怖に慄く者はいない。

 皆。

 この場にいるオリジンのすべてが──声高らかに名乗りを上げる。

 

 死が見えていて。

 死をわかっていて。

 

 魔力の流出は止まったってのに、それを選ぶ。

 

「さァ、かかってこい。俺の名はクロムクラハ! 戦いと死と太陽の神であり──てめェら全てを食らう者だ!」

 

 すべての魔物を俺が食らおう。

 そして、究極なる一とやらになってやる。それで、あの負け犬も探し出して、精神体弾き出して、()()()に肉体渡して。

 

 ……ま、最後まで抵抗はするけどな。

 俺は結局、もう魔物になったンだ。複製体だのなンだのと言っちゃいたが──やっぱり、アイツが。

 

「──糸伊豆阿派青磁負不伏零矢堕千経度戸地内途(それは夜に捧げる一節の祈り).」

 

 冥界の魔力が湧いてこねェってな時点でさ。

 わかってたさ。結構前からな。彼女の声も聞こえねェんだ。わかってるよ。

 

 聞こえてくるのは、どっちつかずの風野郎の声と、世界のすすり泣く声ばかり。

 

 それでも、俺が祈りを捧げるのは夜だけだ。

 たとえ俺が偽物になってしまったのだとしても。

 俺は、俺の役割を完遂しよう。

 

藍永封無減琉(私は終わりを肯定する).」

 

 さァ、死ね。そして糧になれ。

 それがてめェらの願いなら──俺はそれを叶える神となろう。

 

 

えはか彼

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