遠吠えは遥か彼方に   作:劇鼠らてこ

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104.理単伊比琉不応愚度.

 対話は無理だと一瞬で判断した。

 いくつかの柱。その一本にヴァスを突き刺して止まる。

 

「──コレは、無理じゃねェか?」

「状況を簡易に説明しろ」

「蘇生槽はあった。結構でかい奴だ。その周囲に魔物がいる。スライムだ。それも、金属光沢……【鉱水】状態の鉱石みてェなスライムがわんさかいる。スライムに会話できる知性はあるか?」

「知らん。風に聞け。だが、矮小な虫けらの中でもさらに矮小なる者に知能があるとは思えんな」

「矮小かどーかは知らねェけど、対話は無理ってな賛成。で、物理攻撃の類が一切効かなそォってのが一番やべェんだよな」

「わざわざ魔物を相手取る必要はないだろう。蘇生槽だけを破壊して戻ればいい」

「……やっぱそーなるか。ちと調べたかったンだけど」

 

 しかし。

 今なお感じてる強い気配……あの過激無口でさえもが強きもの、とか言ってたのが、スライムなのかね。

 まァ"前"に数えられるよォな雑魚代表格のスライムってなこの世界にはいない。アシッドスライムでその恐ろしさはわかってるけど、物理攻撃に対してめっぽう強く、遠隔には弱い。魔物としては普通の部類だけど、合体してでっかくなったりバラバラになって逃げ伸びたりができるンで色々面倒なンだよな。

 少なくとも杖でどーにかできる存在じゃねェのは確かだ。見た事ねェ種だし、攻撃がどーいうのかもわからん。

 

「メイアート。退避を推奨する」

「あン? なんで──」

「魔力感知を怠るなと言ったはずだ。──もう逃げるのは無理だな。来るぞ」

 

 来た。

 前兆なンか欠片も無く、轟音さえもなく。

 そこに、いた。

 

「……ヒト?」

「貴様、恐ろしいほどに見る目がないな。どう感知しても風の使徒だ。それも──」

 

 ソイツ。ヒトガタをしたソイツ。

 暗いから人間かと思った。蘇生槽のぼんやりとした光だけじゃわからなかった。

 

 そいつは。

 ──目だろう部分を、ギラリと赤く光らせて。

 

「人格分割型防衛用ガーゴイル・死得無(Dusts)──目標ヲ捕捉。殲滅開始」

「!稲羽身砂利跡久刃白単炭田或琉社無私(それは太陽を讃える失われた理想)

「ほう? 良い心掛けだ。貴様にしては頭の回った方だと言える」

 

 どーせ夜への祈りは使えねェんだろうからな。

 だから、太陽への礼賛を以て儀と成す。まァ太陽への礼賛句なンて知らねェんで、これは単純な強化だ。世界言語を使用することが使徒への歩を進める事と同義なら、死者以外の……夜の言葉以外はまた別のメリットデメリットがあるンだろう。

 その上で、使う。思考は──あァさ、なるほど。

 

「容赦するな。邪魔をするのなら、阻むのなら──慈悲無く砕け」

「それが世界のためとなる」

 

 思考が太陽に寄るなァ、これ。

 この体で魔煙草吸ったらさらに大変なことになりそうだ。

 

 だが──ハハ。

 いいね。気分が良い。

 

 ヴァスを引き抜き、ダストと名乗ったソイツに突っ込んでいく。

 魔法は使わない。というか意味がない。メイアートの魔法ってな対魔法少女においては最強と言える魔法だけど、他のモンに対しちゃ何の効果もない。だから、俺ァこの棒切れ1本でこの場を乗り切らにゃならねェワケだ。

 いいねェ、それは。

 それは──死地だ。

 

「一応聞いておくぜ、零。さっき俺に退避しろっつったよな。それァなンでだ」

「貴様では勝ち目がないと判断したからだ」

「あァさ、そりゃ良いね。最高だ」

 

 言いながら──ぶん殴る。

 技術の欠片もない殴打。お嬢の剣さえ受け止めたヴァスによるぶん殴りは、しかし右手1本で止められる。

 

「左腕部解放、格納高周波刃展開。近接戦闘状態ヘ移行」

「──クリス!」

 

 迫る刃を黒の刀身が弾く。

 あっぶねェ。つか、出せるのか。

 ……そうか、ここには梓・ライラックを知ってるヤツがいねェんだもんな。

 

「とりあえず離せよ木偶の坊」

 

 クリスを拳銃形態にして即発砲。

 撃ちだされるのァ冥界の魔力……じゃなくて、普通の魔力。だからそこまで威力が無い。けど、ダストは大人しくヴァスを手放して、スライムの海の上に降り立った。

 ……ま、当然そこはお仲間か。

 俺が降り立ったのァ蘇生槽の上。稼働の気配はする。ゴポりと気泡の生まれる音が響く。

 

 クリスをしまって、ヴァスをもう一度強く握りしめた。

 

 なンだ、棒術ってな両手でやるもんだ、ってくらいの知識はある。使い慣れたクリスはいつでも取り出せるから、そーじゃねェヴァスを手に持っておいた方がいい。

 

「お前、ここの番人か?」

「……」

「だんまり。あるいはお喋り機能がついてねェってか。ハハ、まァいいさ。ちょいと──遊ぼうぜ、ダスト」

 

 言って。

 脚部を強化し、踏み込んで肉薄する──フリをする。

 ハハ、フェイントだよばーか。

 

 俺の狙いは最初っからこっちだってなァ!

 

「馬鹿は貴様だ。今すぐ飛行魔法で上空に退避しろ」

「!?」

 

 言われた通りにする。

 今まさに蘇生槽を蹴り壊さんとしていた足。それを身体の上昇、跳躍へと切り替えて、そのまま飛行魔法へシフトチェンジ。

 

 瞬間、真っ白な光が俺のいたところを包み貫いた。

 

 見れば──いつか、シエナがモォルのいる湖に向けてやってたよォな構えの姿勢になってるダスト。

 ……ふゥ。

 

「やめべこれ」

「だから逃走を推奨している」

「うるせーなー、俺ァフルオブズヴィトニーもジョームンガンダーも倒してきたンだぞ。戦闘経験値で見りゃ相当なはずだ。だから調子に乗るのも無理は無ェって」

「その時貴様は単独だったか?」

「……いや、まァ助力はあったが」

「その時貴様は肉体を持っていたか?」

「ふわふわとどこにでもいける精神体だったけど」

「似た状況……似た敵、似た能力を持っているのならばその戦闘経験値とやらは活きるのだろう。だが現在の状況は何もかもが違う。違う状況を過去の栄光に擦り合わせた所で得られるものは失敗だけだ。その経験こそ先で何かに活きようが、今この場においては何の意味もない。理解できるか?」

「あァへいへい、わーったわーった」

 

 なンでか何にもしてこねェダストを見る。

 冷却中、とかか? シエナも確かクールタイムが必要とか言ってたよな。あンだけの攻撃だ、何のリスクも無しに撃てるとは考えられん。というか考えたくない。魔法ですらチャージ時間っつーリスクがあるのに、その再現がそれを勝るとは考えにくい。

 逃げる……となると、今さっき落ちてきた穴を上る必要がある。つまり直線距離をまっすぐいかにゃならねェんだ。飛行魔法を使うにしても、その最中にあのビーム撃たれたら一巻の終わり。もしこれが本当に冷却時間なら、もう一発撃たせてから全力で逃げるってながベストだろう。

 

 さてはて。

 ……逃げる。蘇生槽を壊さず、逃げる?

 俺が?

 

「やめた」

「そうしろ。オレがヴァスを光らせてやる。その隙に退避しろ」

「はン、ソイツは無駄だよ。シエナと似たような機構積んでンなら、コイツは熱源感知も持ってる。魔力感知も十二分にな。光で視界奪ったって意味無ェ。だから、やめたっつったンだ」

「何?」

 

 ヴァス。ヴァス。武存主。

 馴染みの無い名前だ。苦理主と違って、俺から出てきたモンじゃねェからだろう。

 だが、まァ──従っては貰おうか。

 杖で何ができる。棒で何ができる。魔法少女相手にゃそりゃァ良い武器だ。制圧用として、無力化の武器としてはかなり良い。

 

 だが──殺傷能力が無さすぎる。

 だから、形を変えろ。クリスにできて、ヴァス(てめェ)にできねェことがあっていいのか?

 

 あァそうだ。別に剣にならなくたっていい。拳銃にならなくたっていい。狙撃銃にならなくたっていいンだ。

 必要なのはそう──鋭利さだけ。

 

「……矛、ね。こりゃまた扱いの難しそォなことで」

 

 変形は一瞬だった。クリスみてェに全体が溶ける事も無い。ただ、その先端──下部の石突が二又の矛に変化した。

 

 ただ、それだけ。

 

「十分だ」

 

 再度突っ込む。飛行魔法を切って、天井を蹴って。

 イメージするのは青バンダナの槍裁き。

 俺の知ってる槍使いは青バンダナしかいねェ。まァマフクが剣だったり槍だったりを持っていたりいなかったりするンだけど、ありゃちょいと違うからな。

 人間っつか魔法少女で槍使ってンのは青バンダナくらいだ。

 その魔法。その攻撃法。

 

 落ちながら──ヴァスを、ぶん投げる。

 矛になった先端をまっすぐダストに向けて、強化した腕でのスローイン。刺さった音はしない。代わりに床がぶっ壊れたンだろう砂煙と──地面を蹴る音が響く。

 青バンダナの戦い方。

 それは無数の槍を射出する魔法と、近接での槍裁きにある。

 

 なれば、真似しよう。模倣しよう。

 それなりに長い間一緒にいたンだ。培ってきた練度なんざ俺にァ片足とて届かん領域だが──スタイルの真似くらいはできる。

 

「両断スル」

「ヴァス」

 

 いつのまにか両腕を変形合体させ、その高周波ブレードで以て俺を袈裟懸けに真っ二つにしよォとしてたダスト。それを受け止めるのはヴァスだ。二又の矛がしっかりと高周波ブレードを絡めとる。

 ハハハ、呼べば戻ってくる武器だ。投げても捨てても関係ないってな。

 

 それよか、ダストが驚いているのはヴァスの固さだろう。

 どーみても陶磁器にしか見えねェヴァスが、高周波ブレードの刃を一切身に入れようとしない。

 

 どころか──。

 

「機械が驚いちゃダメだろ。それァ隙って言うんだぜ」

 

 刃と矛の交わる点。そことダストの頭部を繋ぐ視線を亜空間ポケットで塞ぐ。隙。隙だ。一瞬でも敵の武器が見えなくなるっつー隙は──あァ、でけェだろう。

 

 右手を先端に。左手を矛の方に。

 ブレードを受け止めた矛を少しだけ回転させて──強化した脚部で先端を蹴る!

 支点は右手だ。左手は補助。バキ、ボキ、じゃない。ガァン! という鉄板の割れる音が鳴り響く。

 

「──胸部解放。登録魔道具【破散】発動。発動対象、破損シタ格納高周波刃」

 

 ざっくりと──背中に何かが刺さったのを感じた。

 鋭い痛み。……敵の武器を最後まで見てなかったのァ俺も同じか。

 

「お、っらァ!」

 

 四の五の言ってられねェ。強化任せにダストの腹ァ蹴りぬいて、地面にぶっ飛ばす。

 背中。背骨、には届いていない。いいね、なら大丈夫だ。

 

「生命力が激減している。逃げろ、メイアート」

「うるせェ、まずどーやって逃げるンだよ。また亜空間にでも入るか? 待ち伏せされて終わりだろ」

「負傷状態での戦闘続行は非効率だ。壁や天井を破壊しろ。海に沈めてしまえばいい。そこの蘇生槽を使う者が今いないというのなら、そこは捨て置いてもいいはずだ」

 

 壁や天井。

 あとは、柱、か。

 

 ハ。

 焼き増しだなァオイ。そりゃ──あん時を思い出す。

 

 背中……あー、届きそうにねェな。ヴァスかクリスで弾くか? ……いや、傷を広げる結果になりそうだ。どーにかここを乗り切ったあとにL・アルカナに抜いてもらうか。

 ふゥ。

 

「わかった。柱が幾本かある。それをぶっ壊せばここは海に沈むだろう」

「崩壊時での外部への誘導はオレがやってやる。貴様は何も考えずにそこを壊せ」

「ハ、案外面倒見良いなァアンタ」

「貴様に死なれるのは勿体ないというだけだ」

 

 ハッハッハ。

 ああ。

 

「馬鹿が、誰が素直に従うかよ!!」

「そんなことだろうと思っていた」

「対象ノ生命力減少ヲ確認……殲滅形態ヘ移行」

 

 ダストの両肩が開く。

 そこから顔を覗かせるのは──幾つもの弾頭。流石にこれはクリスだ。拳銃形態で撃ち抜いて。

 

「ア──?」

 

 ひんやりと。

 何かが、足に絡みついている。ぽと、と。何か重いものが頭に落ちた。

 痛みを発する背中にも。ヴァスを持つ腕にも。今まさにクリスを取り出そうとした手にも──真っ黒いモンが。

 重い。これは。

 

「スライムッ、クソ、天井伝ってきやがったな!?」

 

 飛行魔法──無理だ。重い。なんつー重さだ。これは、落ちる。

 

「メイアート、どうした」

「グ──ァ、が」

 

 潰れる。潰される。

 重機かなンかが体に乗ってるみてェだ。身体強化を外したら一瞬でぺちゃんこになる。アシッドスライムみてェな酸性は無いらしいが、代わりにこの圧し掛かりはヤバすぎる。 

 しかもこいつら、わかってンのか知らねェけど、背中にぶっ刺さった剣の破片をさらに深く……!

 

「肩部弾頭格納。両腕変形、合体。実包装填1。加速力場形成。熱量上昇。終ワリダ、太陽ノ使徒」

「てめェ、喋れるのか、ご、ぼっ!?」

 

 口に──鼻に、喉に。

 冷たい液体金属が入ってくる。あ、これやべェわ。

 

 ……弱いなァ、俺。弱くなったのか。元から弱いのか。

 やっぱり、クロムクラハなンて──神になるべくしてなったみてェな運命辿ってたのが、調子に乗らせてたンだろう。やっぱり、みんながいてこその武勇を自分の実力だと勘違いしたのが、全ての原因なンだろう。

 フルオブズヴィトニーに決定打を与えたのはツイウだ。

 ジョームンガンダーを殺し得たのァお嬢たちとツイウの執念があったからだ。他、オリジン達との命の取り合いだって、神さんによる支援……冥界の魔力なンてモンを纏ってたからこそのものだ。世界言語による他人の魔法の行使。それによる精神へのダメージを魔物を食って回復するサイクル。

 

 なーにが、「だが、良い」だ。なーにが、「死地だから良い」だ。

 そォ言えたのは──俺が。

 

「発射」

 

 混濁する視界。苦い鉄の味。苦しい気道。

 迫りくるは真白の光。

 忠告を無視して。嫌だ、なんて我儘で突貫して。

 

 やっぱり俺は──何も、成せず、か。

 とんだ馬鹿野郎だ。っとに──救えねェなァ、俺。

 

 

えはか彼

 

 

「……夜、空?」

「あら、起きたの? はいこれお水。飲めるかしら」

「……マッドチビ先生?」

「え、もしかして水がわからない? おかしいわね、体内の鉄スライムは全部排出したのだけど、まだどこかに異常が……」

「あ、いや。大丈夫。大丈夫だ。……えと、アンタが……助けてくれたのか?」

「なんだ、普通に喋れるじゃない。ええ、そうよ。なぜか私の蘇生槽の前でぶっ倒れてたアンタを介抱してあげたんだから、感謝しなさい」

 

 そこにいたのは、マッドチビ先生だった。

 ずきんと痛むは背中。……流石に治りはしないか。まァ良い。

 

「あー、と?」

「まず自己紹介と行きましょう。私はディミトラ。【鉱水】って言った方が伝わりやすいかしら」

「……あァ、知ってる。自然系……中でも鉱石を操ることにおいては系列最上位とされる魔法の使い手」

「ええ、それが私。貴女は?」

「……メイアート。助けてくれてありがとう、ディミトラ」

 

 自然系の最上位。

 魔法の裁定は、最上位を集めてしまえば下位の簒奪は必要なくなる。

 

「それで、何故あんなところにいたのかしら」

「……地脈吸入点を見つけて、蘇生槽が作れないか探っていた。そうしたら、あの地にたどり着いた。蘇生槽はすでにあったけど、複数の鉄スライムと──ガーゴイルがいた。それに撃退された、ってとこかな」

「鉄スライムは私の配置したものだけど、ガーゴイルは私のじゃなかったから潰しておいたわ」

 

 サラりと言うマッドチビ先生に苦笑してしまう。 

 潰しておいた、など。すげェなァ、ホント。

 

「絶好の機会だぞ。わかっているな」

「……なぁ、アンタ。ああ、違う。ディミトラ」

「どうしたの?」

「喉が……まだ、引っかかる感じがするんだ。診てはくれないだろうか」

「ええ、いいわよ。ほら口を開けて」

 

 何の警戒もなく。

 何の疑いもなく、近づいてくるマッドチビ先生。

 

 この人にはお世話になった。

 本当にお世話になった。メンタル面も身体の事も、何もかも。俺がここにいられるのはマッドチビ先生のおかげと言っても過言じゃない。

 

 口を開く。

 それをのぞき込むマッドチビ先生。彼女の方が身長が低いので、当然。

 背伸びをして、俺の口の中を覗く形になる。

 

 その体は。

 胸は。

 

 無防備だ。

 

「メイアート」

「ああ──」

「ううん、鉱石の気配はないけれど、一度口をゆすいでみる? そうすれば、きっと」

「【裁断】」

 

 恩人だ。紛う方なき恩人だ。

 今までも、今まさにも、あるいはこれからも。

 俺をずっとずっと支えていてくれた──母親のような人。

 

 彼女から。

 

 8歳から、500年間の全てを。彼女のすべてを。彼女が形作り、努力してきた全てを、全てを、全てを。

 

「え──ぁ」

「ごめんな、マッドチビ先生。これは貰っていくよ」

 

 走る音を聞いた。

 駆ける音を聞いた。

 

 だから、クリス──ではなくヴァスを取り出し、防ぐ。

 

「貴様、ディミトラに何をした」

「魔法と魔力を奪った」

「──成程。貴様が話に聞く太陽の使徒か」

「魔法、【喧槍】。ついでと言ってはなンだが、それも頂く」

 

 小さく「ぁ、ぁ」と呟きながらへたり込んでいるマッドチビ先生を巻き込まねェように、一旦クルメーナの屋敷から距離を取る。ここまで運んで来てくれて、看病もしてくれて。

 恩を仇で返すってなまさにこういうことなンだろう。

 

「名乗りを上げよう。私は"矛"のアインハージャ。ヴァルメージャにしてS級魔法少女【喧槍】の使い手だ」

「太陽の使徒メイアート。太陽の神直属の使徒でね、裁定者をやっている」

「そうか。ならば死ね、メイアート。この世は人間が作りゆくものだ。神の手など要らぬ」

「ハ──そォは問屋が卸さねェってな!」

 

 起き抜けだが関係ない。加速して屋敷から離れ、ヴァスの矛を青バンダナに向ける。

 

 間合いの中に、青バンダナの顔があった。

 

「遅い」

「【鉱水】!」

 

 近くにあった彫像を溶かし、青バンダナの眼前にまで持ってくる。

 弾かれる【喧槍】。しかし、【鉱水】の壁を潜り抜けて青バンダナが更に肉薄してくる。その速度はお嬢にも次ごう。

 けど──。

 

「包め!」

「ッ、む!?」

 

 さっき防御に使用した【鉱水】の壁。それは当然未だにあって。

 その壁が、突然硬度を下げ──青バンダナの体を包み込む。包み込んだら再度硬度を上げる。

 

「ヒトには過ぎたる力だ。裁定対象である」

「問うが、アインハージャ」

「ク、ソ……抜け出せん……!」

 

 じたばたともがく青バンダナ。

 粘性がありながらも高い硬度を持つというワケのわからん状態の【鉱水】は、青バンダナの馬鹿力も俊敏さも纏めて絡めとっている。

 ……改めて恐ろしい魔法だ。マッドチビ先生の優しさの隙をつけたのはでかかったな。正面からやりあって勝てる気がしねェもん。

 

「梓・ライラックという者を、その所在を知っているか?」

「……知らんな」

「そうか」

 

 クロムクラハはEDENには来ていないと思う。だけど、アズサはどうだろうな。

 この反応は……その辺、気になるところだが。

 

「【裁断】」

 

 裁つ。

 魔法少女から、魔法を。魔力を。

 

「……すまねェぐ、ぶっ!?」

 

 腹に鈍痛。

 終わったとばかりに拘束を解いた。それが不味かった。

 青バンダナの渾身の蹴りが腹に直撃だ。コイツ、強化無しでこんなに強いのか。

 

「ウィジ!」

「ウィジさん! 大丈夫ですか!?」

「……流石に無理か」

「ああ。十分な成果だ。一度撤退しろ、メイアート」

「わーったよ」

 

 続々と──遠くの方に停めてあったらしいLOGOSからみんなが下りてくる。

 ……ちょいと妙だな。マッドチビ先生の【鉱水】は奪ったのに、LOGOSの形が崩れてねェ。自立型ってなそこまでの権限を持つものなのか?

 

「待て、貴様、今何をした!」

「何って……こォいうことだよ、アインハージャ」

 

 青バンダナに向けて──魔力で形成した槍を射出する。

 その顔が驚きの一色に染まる。その前に。

 

「【静弱】」

 

 半透明の壁が、その槍を無力化した。

 ……まァ、いるとは思ってたさ。セットだもんな。

 

「零、アレと【弱化】はどっちが上なンだ」

「当然、【弱化】だ。今貴様の裁定した【喧槍】も裁定対象ではない。無駄な事をするな。奪う前にオレに聞け」

「【喧槍】の上があンのかよ」

「【武神】という魔法を過去に与えている。どこにいるかは知らんが」

 

 うへェ。

 明らかに強そうだな。

 

 ま、なんにせよ、だ。

 

「じゃァな、魔法少女、アインハージャ。魔法を失い、魔力を失い、ただの人間として生きろ。もう死は貴様らのモノではなく──その死の向こうには、無があるのみだ」

 

 これがもし、死の淵にあるのなら。

 俺は2人に改宗を迫ったンだがな。健康体な奴らに言っても意味はない。つかそれは禁忌だ。

 死の間際だけだ。言っていいのは。

 

「プテラゴイル」

 

 クェー、なンて言って、LOGOSを守るプテラゴイルの中から一匹、他と全く同じなのに見覚えのあるやつが飛んできた。

 

 はン。

 お前は、わかってたりすンのかね。

 

「ヘイ主。今日ハドコヘ?」

「EDENだ。最高速で頼む」

「頼マレタ!」

 

 ……お前そーいう喋り方だったのな。

 知らんかったわ。

 

 

えはか彼

 

 

「零、1つ聞いておきたいことがある」

「容易く……いや、いい。なんだ」

「前の俺みてェに生命維持に魔力を使うよォな奴から魔法や魔力を奪ったらどォなる」

「当然だが死ぬ。とはいえ、魔法を奪った時点で魔法少女ではなくなる。つまり、人間の治療行為が意味を成すし、成長もする。自然治癒も魔法少女の頃より強く働く。そういう意味では死に難いのかもしれんな」

「そうか」

 

 EDENの蘇生槽を壊す。

 それはできるだけ派手にやる必要がある。なんでって、蘇生槽を壊されたってことを知らずに死のうとする奴が現れる可能性があるからだ。

 だから、できる限り多くの魔法少女の目に留まる形で蘇生槽の破壊をし、その後魔法少女達から魔法を奪っていくのが最適解。

 

「SS級SSS級は当然として、他の裁定対象はどれだ。有名どころだけでいい、挙げてくれ」

「【同化】、【有引】、【皇爛】、【防膜】、【神鳴】、【飛斬】、【氷壊】、【壊線】、【侵食】、【劇毒】、【痛烈】、【鎮静】、【重力】、【必中】、【断裂】、【亜空】、【嵐気】、【候誕】、【反射】、【断巻】、【水縄】、【傾刻】……」

「多いなァオイ」

「当然だ。だからこそ恵理須は苦しんでいる」

「それに、知ってそうで知らねェ魔法がいくつかある。それはアレか。"役割の統合"後の魔法名か」

「そうだ。まだあるぞ。【帰述】、【界磁】、」

「あァさ後で良い。もういい」

 

 それ全部と戦って、全部を奪う、か。

 骨が折れるが……。まァ、やるしかないだろう。

 

「ちなみに【業焔】は入ってるか?」

「知らんな、そんな魔法は」

「……へェ?」

 

 知らん、と来たか。

 じゃあアレ魔法じゃねェのか?

 

「ん……」

「魔力を感知した。長距離砲だ」

「あァ、それは俺にも分かった。プテラゴイル、右上の方に見える雲の中に隠れな」

「ウイス!」

 

 慣れねェなァ。

 魔物の声が聞こえるの。クロムクラハの時はなんでもないよォに聞こえてた声が、生身だと雑音混じりに聞こえる。意識しなきゃ唸り声にさえ聞こえるから不思議なモンだ。

 

 さて、しかし長距離砲か。

 砲撃らしい砲撃は思い浮かばないンで、太腿忍者の【光線】とかかね。あるいはエルバハ・イドラが復活してて、【青陽】をチャージ中だった、とか。

 

「クリス……名は呼べるけど出せねェ、と。プテラゴイルはいいのかよ」

「ソイツは別にお前を梓・ライラックだと認識しているわけではない。ソレにそこまでの知能はない」

「ひっでー言い草。まいいや。とりあえず先制攻撃しておくか」

 

 取り出すのはヴァス。

 身体強化をして体を引き絞り──雲が晴れた瞬間、ぶん投げる!

 

 どがぁん、と。

 監視塔の一部に突き刺さったのを確認。迎撃態勢を整えていた魔法少女達が落ちそうになってるのも見て取れた。

 

 あァさ。

 

 帰って来たぞ、EDEN。

 さて──蘇生槽の破壊。それをはじめとした、絶望の時間だ。

 

 大人しく魔法を寄越せば悪いよォにはしねェからよ。な?

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