遠吠えは遥か彼方に   作:劇鼠らてこ

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105.亜派巣座頭名楠能湾法被.

 軍事塔の監視塔が破壊された。

 その報せがあった瞬間、EDENの周囲が外界と隔絶される。

 創設者が1人ハイドレートの危惧していた通りの災害──太陽の使徒なるものが到来したのだと、EDENの全魔法少女が知ったことだろう。先に帰還してきていたSS級3人からの情報も受け、既に太陽の使徒メイアートの対策会議は行われている。

 その撃退法も、弱点や攻撃も。

 ゆえの速さだ。防衛組警備班マルハーバン隊が【断裂】のマルハーバン。彼女の魔法の大規模行使により、EDENは内と外に堅固な隔たりが出来た。

 

 それを機に、防衛組が続々と出撃する。

 

「太陽の使徒メイアート、か」

「ハイドレートさんの言う通りなら、太陽の神が直々に遣わした"この世から魔法を摘み取る魔法少女"、ですね」

「勝手に与えておいて、勝手なことを」

 

 そちらを見やる学園組──特にアールレイデ隊の面々は複雑な心持だった。

 これだけ強くとも。

 これだけ戦果を挙げていようとも。

 今回ばかりは出てはならないと、ハイドレート直々から命令されたのだ。フェリカは当然のように出ているのに、である。

 EDEN元上官ジャハンナムによる"手術"によって、今やEDENのほとんどの魔法少女は神への抵抗が無くなっている。ゆえに太陽の神だろうが太陽の使徒だろうが関係なく戦える──そう意気込んでの、コレ。

 EDENを囲う【断裂】の向こう側を窺い知ることはできない。光さえも絶つ【断裂】は外の様子を全く知らせてくれない。

 だから、積るのは不安ばかり。

 だから、積もるのは鬱憤ばかり。

 

「……別に、いいだろ。やりたい奴にやらせておけば」

「お前はまた、そういうことを……」

「仕方ないですよミサキさん! 彼女はどちらかというと魔物側なんですから!」

「擁護は、しない」

 

 ──そして、もう1人。

 項垂れ、机に伏して、どうでもいい、という声を浮かべる少女。

 梓・ライラック──EDENを裏切った方の、梓・ライラックだ。

 その右足には、石でできているらしき足枷が嵌っている。

 

「封印措置でもしといてくれりゃいいものを、反魔鉱石の錠なんぞ付けやがって……体がダルくて仕方ねェ」

「信用されていないのだ、ということを理解しろ」

「してるよ。そんだけのことをやったンだ。……そんだけのことをやって、得られたモンは自分の利用価値だけたァお笑い種だがな」

 

 自嘲するように。彼女は乾いた笑いを零す。

 

 彼女がここにいる理由は、単純。

 現在のEDENを仕切っている創設者たちが封印措置を嫌い、且つ旧知の者を監視にする、という温情なのか冷酷なのかよくわからない措置を取ったがためだ。

 おかげでアズサはアールレイデ隊の監視下に置かれた状態で学園に幽閉されることになった。学園自体が怠惰病などの影響で機能していないがゆえに、教師えるるーの授業をほぼつきっきりで受けることのできる特別扱いである。

 誰も羨ましがってはいないが。

 

 アズサは理解している。

 自分が利用されていただけだということを。新たな世界の心にする。そのためだけに連れまわされ、戦わされ──意識を奪われた。

 

 魔物になった梓・ライラックだというクロムクラハから事の顛末は聞いている。シエナの本当の狙い。彼女の現在の姿。国を奪われたことや、この世界の終わりを告げられたことは魔法少女達から聞いた。

 どれもこれも、アズサの聞かされていた話ではなかった。強いて言えば「新たな世界を作ることで世界を楽にしてやる」というのが嘘ではなかったことくらいだろう、ホントのハナシ、というのは。

 

 まぁ。

 無暗に信用し過ぎた──あるいは認識を弄られていたのだと、そこは割り切っている。どの道自らは合成獣であり、被創造物であり、ならば道具扱いされてもおかしくはないと。

 ただ、納得のいかないこともあった。

 

 アイツだ。

 

「偽物になって、冥界の魔力使い過ぎて死者に近づいて、冥界から出られないとか……馬鹿だろ、ただの」

「梓の事か」

「あァ。私も大概だと思うけどな。アイツも……馬鹿だろ。そーいうコトしてるから、こーいう時にお前らの近くにいることができねェ。結局アイツは独り善がりで、守りてェモンを守るどころか、自分の目的さえ達成できねェ馬鹿野郎なンだよ」

「……」

「そうですね。私もそう思います!」

 

 ユノンは置いておいて、他が反論してこないのは意外だと、アズサは少し顔を上げる。

 それくらいには慕っていると思っていたが故に。

 

「……そんな顔で見るな。私達にはもうわからんのだ。お前を含め……誰が本来の奴なのか」

「あン? 何言ってやがる。私は別人だよ、本当に」

「だが、私達と過ごした記憶はあるのだろう。クルメーナへ向かうまでの記憶は。ともに授業を受けたり、演習をしたり、迷宮を踏破したりした記憶は」

「そりゃあるけどよ。中身が完全に別物なンだよ、私は。体が梓・ライラックだからその記憶に引っ張られてるに過ぎねェ。太腿忍者の言う通り、私の精神体ってな魔物さ。だからアイツじゃねェことは確かだ」

「ならば、奴は? 今クロムクラハを名乗っている奴は、梓か?」

「そーだろ。それ以外の奴なはずがねェ。マッドチビに精神体弾かれて、それでも前に進んできた、ンだろ。そーいう奴じゃねェか、アイツは」

「カネミツ達の話に拠れば、魔物を率いて天幕の向こう側へ向かったという。それも数多のオリジン種を、だ。奴も梓の記憶を持っていた。あのフェリカが本人扱いしたくらいだ。それくらい梓らしかったのだろう。だが」

「……魔物を食べる事に、躊躇が無かった。殺して、食べる。当然、みたいに」

「敵、というか魔物を殺すのさえ辛そうだったあの人からは考えられませんね!」

 

 ──アズサが思い出すは、ソテイラを殺した、となんでもないように言っていた彼女の顔。

 その後ソテイラとは冥界で再会できたものの──あの時の空虚な顔は忘れられない。

 

 別人だから、というだけではない。

 すでに梓・ライラックは成長、あるいは変貌を重ね、アズサの知っている頃の梓・ライラックではなくなっている。

 

 それは、魔物になって加速して。

 

「別に、馬鹿なだけだろ。何をするにも何をやるにも行き当たりばったり。考えるってことを知らねェ馬鹿野郎。……私にとっても、魔法少女みてェに生き返らねェ奴を積極的に殺すってな御免だ。あるいはもう、梓・ライラックなンて存在はいねェのかもしれねェ」

「……」

「だがよ。お前らが信じなくてどォすンだよ。私は……自分でも認識してる通り、アイツじゃねェ。完全な別人だ。それでもお前らが仲間じゃなくなった時は結構心に来たし、あの地下通路で敵対した時はガラになく取り乱しちまった。……多分、つらいと思うぜ、アイツ。お前らに……そういう風に、なンだ、拒絶されたら」

 

 何故自分が梓・ライラックの擁護をしているのかさえわからないまま、アズサは言葉を紡ぐ。

 代弁するように。あるいは──自身の内側を吐露するかのように。たとえそれが伝わらないのだとしても、ただ。

 自分が元居た"場所"を、消させないように。

 

 だから、と。

 そう続けようとして──突如走った悪寒に指示を飛ばした。

 

「──ポニテスリット、【波動】を張れ!!」

「何?」

「いいから、南西方向! 来るぞ!!」

 

 窓の外は【断裂】によって隔たれている。

 それでも。

 

 まずい、という直感があった。

 その鬼気迫る表情に、ミサキは仕方なく【波動】を展開する。

 

 ──そこに、何の材質かわからない──矛のようなものが飛んできたではないか。

 監視塔と学園塔の上部を割り砕き、侵入してきた存在。

 

 金の髪を揺らし、豊満な肉体を隠そうともしない衣装で──狂気的な笑みを浮かべる女性。

 

「太陽の使徒!?」

「な、外の防衛組は──」

「ッ、おいお前ら、この錠外せ! 私がやる!」

 

 振り下ろし。

 埒外の力で振り下ろされた矛、あるいは根のようなものが、【波動】に当たる。衝撃波が迸る。一瞬だ。一瞬だけ、拮抗した。世界を圧し退ける魔法【波動】と、ただの杖が。

 けれど【波動】はしっかりとそれを弾いて。

 

「チッ、やっぱり面倒な魔法だな、【波動】」

 

 尊大な声で、女が言う。

 偉そうで、全生命を見下しているかのような声。

 女は教室内を見渡し──シェーリースとアズサを指差す。

 

「【神鳴】と【終焉】……で合ってるか? あン? 【終焉】なんざ知らない? ……そーかい。じゃ、【神鳴】だけか」

「ッ、シェーリース、逃げろ!」

「チャージ完了! 放ちます!」

 

 太陽の使徒は魔法少女の魔法を奪いに来る。

 それはハイドレートから齎されていた情報の1つであり、実際にエルバハ・イドラも奪われかけたという。ただし接触しない限り奪うことはできないというのがフェリカ達の報告から判明している。ゆえの逃走指示だ。ここは自分たちが抑えるから、と。

 

「ハハ──なンだよ久しぶりだってのにご挨拶じゃ……あー、面倒だなァこれ。ま、いいや。邪魔しないでくれよ魔法少女。しないでくれたら、傷つけずに済む」

 

 言いながら、発射された【光線】を杖で受け止めるメイアート。【光線】で貫通できないとなると、その材質も限られてくる。

 一時の逡巡。

 ミサキは即座に判断した。

 

「ユノン、梓を抱えて逃げろ! 太陽の使徒の侵入をEDEN中に知らせろ!」

「ミサキさんはどうするんですか、なんてことは聞きません! わかりました! お気をつけて!」

 

 照射を即座に止めて、「錠を外せよ!」なんて叫ぶアズサを連れていくユノン。余計な問答は要らない。ユノンはミサキをちゃんと信用しているし、ミサキはミサキでユノンを信頼している。

 

 それを見た太陽の使徒は、手に持つ杖をくるくると回しながら──面倒くさそうな顔を取る。

 

「【波動】は要らねェんだけどな。ポニテスリット、じゃねェ、アンタ。魔法を失いたくは無ェだろ?」

「ふん、私が貴様に敗北する、と?」

「あァそー言ってる。ハハ──無理だって? じゃ、たとえば──コレ見てもそォ言えるか? 【壊線】」

「!?」

 

 ミサキの視界で、【波動】に一筋の線が入る。

 そこから、バキン、と。力場であるはずの【波動】が──壊れる。ミサキは知っている。その魔法を知っている。その覚醒の瞬間さえ見たのだから、知っている。

 

「エミリーの……」

「あァ。裁定対象だったンでな、奪わせてもらった。【侵蝕】と【劇毒】が近くにいなかったのはちょいと気がかりだが、まァ奪えるモンは奪える時に奪っておくべき、ってな」

 

 メイアートは、さて、と前置きして。 

 その杖を。矛になっている先端をミサキに突きつけて──言う。

 

「再度聞く。魔法を失いたくねェんなら、そこ退きな。大人しくしてりゃ傷つけねェからよ」

「……ふん、私達魔法少女がその程度の脅しに怯むと思うか、太陽の使徒。私達は死ぬまで戦う。それすらもわからないというのなら」

「【鉱水】」

 

 ズシン、と。

 大きな音がした。

 

 メイアートが入ってきた場所。粉々に壊された学園塔から見える──中央塔。

 そこに、異様な光景が展開されていた。

 

 波のように、あるいはローパー種の触手のように。

 銀や黒、灰色を中心とした様々な鉱石──その液体が、中央塔を襲っている。必死になって抵抗している魔法少女達の努力空しく【鉱水】は彼女らを通り抜け、飲み込み。

 

 それを。

 それ、を。

 

 取り出し──持ち上げた。

 

「……待て」

「【白亜】!」

「【槍玄】……!」

「【飛斬】──チィッ、無駄か!」

「【凍融】……ダメだ、融かしても凍らせても、次から次へと……まさかこれ、EDENの基底部を!?」

 

 外で、皆が戦っている。

 液体の化け物と戦っている。【鉱水】と戦っている。

 

 それを。

 自分たちにとってあまりに大事な──蘇生槽を持ち上げた化け物を。

 

「今から、アレを壊す」

「待て」

「アレは魔法少女たちの象徴だ。死を厭わない、死を忌避しない。死を便利な道具として使う──その要となる象徴。アレがあるから魔法少女は死を恐れない。アレがあるから魔法少女は死ぬまで戦う。自分の命を大切にしない。痛みを訴える体を慮らない。──なれば、アレはお前たちにとっての呪いだ」

 

 ゆえに、と。

 メイアートは踵を返し、飛ぶ。ミサキになど、【波動】になど興味はないと言わんばかりに──飛ぶ。

 

「待て!」

「──待たねェ。そこで終わりを眺めてな」

 

 メイアートは、飛行魔法を使用する──。

 

 

えはか彼

 

 

「【壊線】は強力な魔法だが、効果を与える対象を選ぶことができないという弱点がある。ゆえに他の魔法少女を盾にしながら移動すれば、そこまで脅威のある魔法ではない。貴様の言う通り【壊線】の魔法少女が仲間を傷つける事を嫌うのならばそれで隙をつける」

「【自爆】は裁定対象ではない」

「完璧な魔法など現時点では存在しない。【断裂】とてムラがある。突くべきはそこだ。魔力を見ろ。薄い部分と濃い部分があるだろう」

「ヴァスは壊れない。貴様のクリスと同じだ。ゆえに加速しもっとも魔力の薄い部分を突き破れ」

「【鉱水】は消費魔力量の低い魔法だ。足を付いた場所、手に触れた場所。あらゆる箇所を自身の支配下に置け」

「【喧槍】はあまり使い道のない魔法だが、遠隔攻撃への牽制にはなる。必要に応じて使用しろ」

 

 うるせェけどクッソためになる。

 自分が与えた、というだけあって、零は魔法のスペシャリストだ。小言がうるせェのと俺にできねェことがあるとすぐに苛立つのが玉に瑕だけど、あらゆる魔法の弱点をすぐに教えてくれるって点で凄まじく役に立つ。

 防衛組との戦闘は熾烈になる──かと思われた。けど、暴走繭を人質使って裁定したあたりで簡単に瓦解し、さらには零の指示通り俺が【断裂】を突き破った事でいろんな予定が狂ったンだろう。騒がしくなったEDENを走り抜け、石畳とか学園の壁とか【鉱水】の材料になりそォなモン全部ぶんどって鉄スライムみてェにして中央塔襲わせて、今んとこ一番厄介だろうアズサを探しに来たら【終焉】は裁定対象じゃない上今は反魔鉱石によって封じられてるとかなんとかで……。

 

 ふゥ。

 ま、そんなこんなで、目的はほぼ達成できてるってワケだ。

 

 超巨大になった岩スライムが蘇生槽を持ち上げる。

 ぼんやりとした青い光を放つ槽。数十のそれは、どこかに接続されている、ということもない。持ち上げたところで停止するわけでもないらしいそれは──あァ。

 やっぱり、コイツだ。

 

 ポニテスリットに言った通り──コイツさえなければ。

 零には効率の話をしたが、違う。

 それもあるけど、それだけじゃねェ。俺は、コイツを壊したくて壊したくてたまらなかった。

 魔法少女の命をもとに作られた蘇生槽。魔法少女が死を厭わなくなる象徴。

 

 何が楽園だ。

 死なない事が、死んでも蘇ることが、安心、だと?

 

「ハハハ──そりゃ、嘘だよ」

 

 透明の拳をヴァスで受け止める。

 重いなァ相変わらず。つか、こんだけ身体強化してて、ヴァスを握ってる腕が痛いって何。なんつー力だよホント。

 

「……そこから離れなさい、太陽の使徒」

「【隠涜】、ビーファン。言わずもがな」

「裁定対象だ。だが気をつけろ。周囲に【嵐気】がいる。時間をかければ【鉱水】が搔き消されるぞ」

「了解。──つーワケだ。アンタと遊ぶには時間が無いンでね、──先にやることやらせてもらう」

「何言ってるかわかんない──」

「わからねェなら、わからねェまま見届けろ」

 

 誰かが、何かを準備しているンだろう。

 ほかの奴らが、何か──俺対策の何かをしているのだろう。

 

 それは素晴らしい作戦なンだろう。それはとても良い作戦なんだろう。

 俺が咄嗟に考えつくよォな奴じゃなく、練りに練った作戦なンだろう。

 

 だが。

 

「俺がここに来たってな、それがなんだってンだ。蘇生槽の前に来たから、俺が蘇生槽を壊すとでも? ハハハ、そりゃ希望的観測が過ぎるってな!」

 

 ピシ、という音がした。

 一刻も早く俺ァ壊したいんだぞ、これを。

 それを──わざわざ俺の手で、自らの手で、なンて。プライド高い行為はしねェっつーの。

 

 俺がここに来たのは、多くの魔法少女にそれを見せるためだ。

 注目を集めるためだ。

 

「──やめなさい。貴女は、わかっているの? それは──数多の魔法少女が、ここで終わってしまう自身を嘆き、それくらいならば、使ってと。どうか役に立ててと、そう言って"成った"もの。彼女らの最期の頼み。それを、壊すなんて」

「死に必要なのは想いだけでいい。墓があるのは構わねェがな、死を利用した装置なンてもんはクソくらえなンだよ」

 

 砕く。

 岩スライム──【鉱水】の力を用い、蘇生槽の全てを握り砕く。

 完膚なきまでに、派手に、誰の目にも入るように、全て、全て、全てを全てを全てを、だ。

 

 壊して。

 

「【嵐気】!!」

 

 ──魔力が、掻き消された。

 

 

えはか彼

 

 

 拳を受け止める。

 力を失い、形を崩した岩スライムの上で、殴りかかってきた脳筋娘の拳を確りと受け止める。

 ……元から馬鹿力かよ。身体強化吹っ飛ばされてるのァこいつも同じはずなのに、なんつー力してやがる。

 

「今──貴女は多くの魔法少女を殺したわ。そして、多くの魔法少女の未来を奪った。その罪、万死に値する」

「ンなことで死ぬくらいなら、元から死んでンだよ。ンなことで奪われるくらいなら、元から未来なンて無ェんだよ。馬鹿が、魔法使えなかった頃を思い出せ。てめェが人間だった頃、蘇生槽なんざ必要だったかよ」

 

 弾く、のは、無理だ。

 重すぎる。力が強すぎる。

 

 ──だから、力を抜く。

 この魔法を掻き消す嵐の中で──力を抜いて、脳筋娘の懐に入り込む。

 

 邪魔は入らない。当然、魔法が使えないのだから、遠隔魔法は飛んでこない。

 銃なンてモン使う魔法少女もいねェからな。ハハ──これで1人目だ。SSS級、創設者が1人、ビーファン。

 

「【裁断】」

 

 俺のァ魔法じゃないンでね。

 残念ながら、使えるのさ。

 

「4歩下がれ。脳天を貫かれるぞ」

「ッ!」

 

 従う。逆らって良かったことがあんまりないから。

 

 俺の頭のあった場所。

 そこを通り過ぎるは──クロスボウの矢。

 ……一足遅かったな。

 裁定はした。【裁断】は発動した。SSS級魔法【隠涜】は確実に簒奪された。

 

 その喪失感からだろう、へたり込む脳筋娘。そこからさらに距離を取って、粉々になった蘇生槽の方へ行く。

 

「──お前が、梓・ライラックか?」

「あァ、そうだ。私が梓・ライラックだ」

 

 心の中で口角を上げる。

 立派になったじゃねェか。魔法も使えねェ状態で、よくもまァ。あァまァコイツそもそもの身体能力高いンだっけ。

 

 ハハハ。

 あの変な水晶に囚われられてた頃からは考えられねェな。自分探しで迷いに迷ってた頃からは想像もつかねェな。

 

 ハハハハ。

 

「何をしに来たのか、問うぜ、アズサ」

「これ以上EDENを壊させねェよォに出張ってきたに決まってンだろ。他に何がある」

「ハ──いいじゃねェか。なんだ、守りたいモンでもあんのか? お前、魔物だろ。風の使徒の気配がする。裁定対象じゃねェどころか魔法も使ってねェ奴が、EDENの何を守りたいってンだ」

「そんなことまでわかンのかよ。……あァ、そうさ。私は魔法少女じゃない。使ってるコレも権能つってな、魔法じゃねェ。──で、それがなンだ。私が魔物だと、EDENを守らねェ理由になンのか」

 

 あァ、あァ。

 スッゲー変な気持ちだ。気持ち悪い事言うけど、なンか父親みてェな気持ちなンだ。

 自分の子じゃねェ。自分から生まれ出でた別人だ。それが、それがさ。こォも自分って奴を持って、すげェ力強い目でこっち見てる。迷ってる目じゃねェ、苦しんでる目じゃねェ。

 ちゃんと意志のある目だ。強い──強い、強い、燃えるよォな意志のある目。

 

 それができるよォになったのは、何があったンだ。

 何もなくてできるよォになったのか? それとも、何か、何かお前を変える出来事があったのか?

 

 あァ!

 

 生きてンなァ、ちゃんと。コイツ──生きてる。

 それは。

 あァさ。

 

「おい、余計な事をするな。貴様は今オレの使徒だ。無論夜の使徒でなくなったわけではないが、太陽の使徒であることも忘れるな。死として立ちはだかるのは自らの肉体を取り戻してからにしろ」

「今良いトコなンだから水差すンじゃねェよ。……だが、まァそうだな」

「何ぶつぶつ言ってやがる。──いいから、そっから離れろ」

「ハハ、コイツはもう壊れてるぜ。今更離れた所で──」

 

 ──ふと、遠くの方に光を感じた。

 上空と──水平方向。光。それだけじゃねェ。

 

 いろんなモンが、俺を狙ってる。

 あァ。やっべ。

 

「【嵐気】を切るよ! ──皆、合わせて!」

「お前こそ離れろよ。そこは危ねェぜ」

「馬鹿が。私がEDENの奴らに心配されるワケねェだろ。躊躇されねェこと込みでここにいンだよ」

「──そりゃ、良いな」

 

 魔法を掻き消す嵐が消える。

 それも裁定対象だったはずだけど──今は無理だな。

 

「撃て!」

「……!」

 

 そこに、様々な魔法が集中する──。

 

 

 

 

 ってなもう対策済みだ。

 いつも通りの亜空間ポケット。いんやさ、便利すぎるだろこの防御方法。なンでみんなやんねェのか理解できねェ。

 

 ……零に何も言わずに来ちゃったけど、まァ許してくれるだろ。

 で、ええと。

 

「この、放せ!」

「あァ暴れンなよ。ほれ」

「ッ──!」

「あァこいつもな。流石に俺が持ってるよりお前が持ってた方がいいだろ」

 

 放り投げるのは、未だ項垂れたままの脳筋娘。

 俺が放った彼女の体は放物線を──描かない。亜空間ポケット内部は重力とかマトモに働いてねェからな。途中で止まる。

 それをキャッチしに行くあたりは偉いよ、アズサ。

 

「ふゥ」

「……どういうつもりだ、てめェ」

「あン?」

「ここ……亜空間ポケット内部か。なンでこんなトコに……」

「何言ってンだよ、あのままあそこにいたらお前ら遠隔魔法の餌食だっただろ。蘇生槽が無いんだ、これからはちゃんと避けねェと死んじまうぞ」

「そのつもりだったつってンだよ」

 

 魔煙草を1本取り出して起動する。

 おお、亜空間ポケット内でも起動するンだな。……クロムクラハにあげた分を考えるとちょいと数が心許無いけど、まァまァまァ。

 

 ……あー、不味い。

 バカみてェに不味い。メイアートになってから初めて吸ったけど、アホみてェに不味い。耐性が消えちまってる感じだ。

 これだよコレ!

 

 んで、死ぬほど積もってる土に座る。別に土じゃなくても亜空間の適当なトコに腰掛けるってなできるンだけど、気分だよ気分。

 

「……お前、それ」

「ン? なんだ、お前も欲しいか?」

「いや、要らねェけど……魔煙草、だよな。それ」

「あァさ」

 

 なんだ。

 流石に魔煙草見たからって梓・ライラックと結びつける、なンてことはしねェ、よな? だってこれ市販品だぞ。いやツイウに貰ったモンだから市販品じゃない方だけど、市販してるぞ魔煙草は。

 それを見て、梓・ライラックだ! は。

 ……流石に?

 

「お前、まさか……梓・ライラックか?」

 

 マジで?

 流石に短絡的過ぎねェ? ンなワケねーじゃん流石に。いや口調とか変えてねェからわからなくもないとは思うけど、魔煙草見てお前まさか梓・ライラックか、は違うじゃん。魔煙草=俺は違うじゃん。

 

 ──けど、否定する理由もない。

 

「そうだ、って言ったら? っつか、言えるンだな。なんだ、零が見てねェからか?」

「本当に……本当にそうなのか。太陽の使徒メイアート。本当にお前が」

「そうだよ。俺は梓・ライラックだ。おー、マジで言えるな。ハハ、じゃあこれからみんなを亜空間ポケットに引き込んでネタバラシするか?」

 

 クロスボウの矢をヴァスで弾く。

 あン?

 

「何、やってんだよ──てめェ」

「太陽の使徒やってるよ」

「屁理屈ほざいてンじゃねェ。お前は! お前は、身体が死者に近づき過ぎて、世界に帰ってこられないからって! 今も冥界で吉報を待ってる、って!」

「あァ、それな。我慢できなくなって降りてきちまった」

「……! ……クロムクラハは、今も血眼になってマッドチビを探してるぞ。それ以外の奴らも、マッドチビじゃねェ方のマッドチビなんか、クルメーナにまで捜索に行ったし、アインハージャの奴らも自分たちの村周辺を探すとか言って……」

「あァ、だからマッドチビ先生あそこにいたのか。そりゃなんともタイミングの良い事で」

 

 成程ねェ、まァあそこにマッドチビ先生が帰ってくるはずないもんなァ。

 探しに来たら丁度、か。

 

 ……まァ、わかってるよ。

 コイツの憤りなんざ、手に取るようにわかる。人の好意を無下にして、恩を仇で返して、何へらへらしてンだって。そういうこったろ。

 

 わかってるさ。

 

「てめェ、何ヘラヘラして……!」

「早まっただけだよ」

「……いきなり何だよ」

「だから、早まっただけなンだよ。俺はさ、もし順当にあの負け犬ぶっ倒して、国を取り返して、あっちの世界との折り合いもきっちり付けて、色々解決できた──としても。その後、EDENの蘇生槽を壊すつもりだったし。世界を殺すつもりだったし。それが違うアプローチで早まっただけだ」

「ンなこと聞いてンじゃねェんだよ! てめェの目的なんざ聞いてねェ、何やってンだって言ってンだよ! てめェ、そんなに幸せが嫌いか!? そんなに仲間が嫌いか!? あんなにも沢山てめェを想ってくれる奴がいて、何が不満だ! 自分にさえ想われて、みんな頑張ってお前のためにお前の体探して、全部全部お前のために、ああ、だってのに、クソ、何やってやがるてめェ、EDENぶっ壊して、蘇生槽ぶっ壊して魔法を奪って、太陽の使徒メイアートだァ!? 何言ってやがる。何やってやがる。何してやがんだてめェ!」

「あー、ごもっともで」

 

 いんやさ。

 もうその通りその通り。まさにまさに。

 俺の行動見たら誰もがそう思うだろう。俺の言動見たら誰もがそう思うだろう。

 のらりくらり、掌返しの激しい蝙蝠野郎。ハハ、風のこととやかく言えねェな。死にたくねェくせに努力しねェで怠惰に生きて、殺したくねェクセに生かすモンは阻害して、待ってるって言ったくせに降りてきて、守りてェと思ったモンを壊しに来て。

 恩人に刃向けて、友人を絶望させて、いんやさホントに何がしたいんだって。

 

 ハッハッハ。

 

「……貴女は」

「ン?」

 

 ふと、ずっと黙っていた脳筋娘が口を開く。

 震える声で。

 

「貴女は……梓、なの?」

「あァ」

「……どうして、こんなことするの?」

「蘇生槽ってなが嫌いだからだ。死んでも蘇る魔法少女が嫌いだからだ。死ってな1人に付き1個だけ。死んだら最後。それでいい」

「──でも、貴女は生き返ってる。それはいいの?」

「生き返ってねェよ。死に際だったのは認めるけどな」

「夜の使徒は例外なく死者。──貴女は初めから、生き返ってこの世界に生まれた。違う?」

 

 ……。

 ソレを言われちゃ、なーんも言えねェなァ。

 

 それは本当にそうだ。

 "前"、俺は死んだ。確実に死んだ。病院の屋上から落ちて、頭打って死んだ。

 それを神さんが拾ってくれて、この世界に送り出してくれて。

 

 この時点で──俺の言う「死は1人に付き1個だけ」に反している。

 その後もクロムクラハになった時に死んだのかもしれねェし、クロムクラハがオーディンになった時に死んだのかもしれねェ。冥界に残してきたクローンの体。アレから抜け出してメイアートになったってことも、死んだってことかもしれねェ。

 

 俺がまず、一番実践できてない。

 その通りだ。

 

 夜の使徒。それは死者の別名。

 そうだ。

 

 俺は、死んだのに、生き返って、この世界に生まれた。

 大正解だよ、脳筋娘。

 

「自分に甘く、他人に厳しく。そんなにおかしいか?」

「……最低ね、貴女。そんな子だとは──思ってなかった」

「はン、勝手な思い込みで他人を推し量るなよ。……さて、そろそろ出るか」

 

 言いながら──【鉱水】を使う。大量に積もった土、は使えないものの、その辺の石だのなんだのを用いて2人を拘束する。

 ……つか、アズサの反魔鉱石で出来た足枷、亜空間ポケットに入るンだな。やっぱり亜空間ポケットってなんか特別なのか?

 

「じゃあな。EDENから出たら出してやるよ。それまで──亜空の狭間で、蹲ってろ」

 

 発動するのは【隠涜】。どーせ待ち構えてるだろうからな。

 透明になって出ていく事に損はない。

 

 ……こうなることはわかっていた。

 そもそも俺は世界を殺したがってたンだ。だったら──この世界に住むこいつらと敵対しないはずがない。その形が少し変わったというだけ。

 

 世界を殺す。

 殺すんだ。そのために──。

 

 

 

「貴様、一度言ったことは覚えろ。それをすると見失う。全魔法の衝突の瞬間だったが故に消滅したかと思ったぞ」

「なンだよ心配してくれてたのか?」

「新しい使徒を探しにかかっていた」

「あァはいはい」

 

 待ち伏せはなかった。

 今は復旧作業中、ってとこかね。

 

 んじゃ、こそこそ逃げさせてもらおう。その後、遠征組とかを各個撃破だ。

 

 そうして──全魔法の統合。

 一刻も早く、それにたどり着くとしようかね。

 

 

えはか彼




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