107.同能登微伏羅独活負不出須.
拠点づくり。
無事"役割の統合"を果たしたことで、なんとなくだけど見えるもの、感じ取れるものが増えた……よォな気がしないでもない。
魔法【破海】。【隠涜】、【壊線】、【鉱水】で出来る事は全部できる上で、「触れたものを破壊していく水を生み出す」という新たな力も備わっている。文句なしにSS級の魔法だと思う。
ただし、【壊線】のデメリット……つまり「壊す対象を選べない」というのも引き継いでしまっているので、正直俺にとっての使い勝手は微妙かなァとか思ったり。普通に【隠涜】として、【鉱水】として使うことはあっても【壊線】としては無理かなァ。
で、コレを使うと何ができるか。
なんと!
海の中に拠点を作ることができます!! ってな。
「いやァ、オーシャンビューってなまさにこれの事」
「……」
「防御は【壊線】で良いし、基本【隠涜】で見つからねェし、【鉱水】でどんどん拡大もできるし、【破海】が周囲の海そのものも取り込んでいけるし」
「……貴様」
「これは快適!」
「オレの言い方が悪かったな。謝ろう。貴様の頭の悪さを計算に入れていなかった。いいか、拠点を作れとは言ったが、辿り着くのに時間のかかる場所に作っては何の意味もない。わかるか? 魔物、魔法少女との戦闘から逃れ、態勢を立て直すための拠点だ。それを海中に作って何になる。追撃を逃れて海に飛び込む気か? 満身創痍の状態で海に飛び込んで、魔物に食われるのが好みか?」
「あァはいはいはいはい。いいんだよ本拠地ァここで。こっから【鉱水】で陸地に繋げンだよそうすりゃ良いだろ」
「……無駄な事を」
「うるせーいつか意味が出てくンだよ」
……それに、陸地に拠点作るのァ……なんぞ、思うつぼ、な気がするからな。
「まだ3つである、ということは理解しているな?」
「あァさ。まだまだ集めなきゃいけねェ魔法はある。けど蘇生槽を壊したンだ、あいつらもそう派手にァ動けない──」
「蘇生槽などいくらでも作り得る。その製法さえ知っていれば」
「……」
それは、そうだ。
もし。EDENの魔法少女の誰かが──自ら身を挺し、「蘇生槽になる」なンて言い出せば、簡単に復活されちまう。そうなることも、そォいう展開になることも……受け入れ難い。
成程。
じゃァ、やっぱ早めに動いた方がいいなァ。
「なァ零。これよ、たとえば炎熱系……【青陽】とかを統合したらどォなンだ?」
「どう、とは?」
「【破海】ってな流水系というか、水っぽいだろ? そこにあーいうの統合したら、なンかおかしくなったりしねェのか」
「ふん。全役割の統合をする、と言っているだろう。同系統ではなく同等であるなら問題ないと言ったはずだ。火とて水を生む。水とて燃える。
「概念に、する?」
「……それさえも知らないか」
「あァ説明は道中にしてくれ。そろそろ動くつもりだからよ」
今せっせこせっせこ作ってたトンネルに身を投じる。海底を抜け、土壌を抜け、森の中へと出るトンネル。秘密基地感あっていいなァ。
そっから出りゃ──そこに広がるは、懐かしき光景。
森。名前は知らない。
所々に焼け落ちた跡のあるその森。すぐ近くには。
「触腕の森……いんやさ、マジで懐かしいな」
「なんだあの場所は。妙な魔力の淀みを……」
「あァさ、結局アレなんなんだろな。触腕……自分で動けもしねェ食えもしねェ魔物の湧きポ。……周囲に魔力の気配もないし、ちょいとだけ調べてみっか」
「普段なら止めるところだが、許可する。オレもその場所は気になる」
へェ珍しい。
寄り道すンな、とか言ってくるのかと思ったけど、コイツも気になるこた気になるンだな。
許可が出たンで、ちょいと寄る。まァ出なくても寄ってたンだけど。
触腕の森。本体とかなくて、タコだかイカだかのピンク色の触腕だけが密集する廃墟群。森のある小高い丘から降りて行った所にあるソレは、昔と変わらずウネウネぐにょりと水音を響かせている。
……やっぱり、いつ見ても奇妙だ。自然発生じゃねェのは確か。
だけど、色々わかった今、ルルゥ・ガル、あるいはシエナがこれを作ったのだとして……何の疑似魔法なんだろう。湧きポ作成の魔法。それを使う魔法少女。封印措置を受けてるヤツでもなければ、シエナの仲間にもいない。
「……お前ら、喋れンのか?」
「……」
「んー、喋れないのか」
返事は叩き付けだった。
まァそれはヴァスで受け止めるとして。
「零。魔物を作り出す魔法、ってなあンのか?」
「気安くオレの名を呼ぶな。……そういう魔法はある。【精霊】、【守霊】、【憑霊】。後者へ行くごとに下位互換となる。だが、それはあくまで魔物のようなものを作り出す魔法だ。魔物が形成される地点を作る魔法、というものは存在しない」
「成程。……んじゃツイウとボーグルはその内のどれかかね」
ふむふむ。
しかし、そォなると……これは疑似魔法じゃねェって感じか? 何か別の技術、別の実験の成果。負け犬の実験ってな精神に作用するモンばっかりで、魔力そのものをどうこう、ってなあんまり無ェと思ってたンだが。
「──これは推測だが」
「ン」
「恐らくそこは、迷宮になっているのではないだろうか」
「迷宮? こんな開けた場所が?」
「オレはその場にいないと言っている。感じ取れるのは、その魔物に生物としての循環……食事や排泄といった機能の一切がない事。魔力を持たないこと。そして形成地点周辺に魔力の淀みがないことだ。つまり、自然形成の形成地点ではなく、人工的に作られたもの。食事の類を必要としない魔物。近づく者を排斥する習性。これらを鑑みるに、そこにいるのは迷宮の魔物であると推測できる。ゆえにその場は」
「迷宮だ、と。……なるほどなァ。言われて見りゃ確かに……合致してる気は、する。負け犬側にゃ迷宮作れる魔法少女が沢山いたわけだし……いんやさ、でもあいつ等ちょっと前まで封印措置受けてたよォな」
それとも他にいる、とか?
イントロストップ、脳眠、ピンクカチューシャ以外に迷宮を作り得る魔法少女がいて……いや、あるいは。
あの負け犬があいつらに頼らずに迷宮作ろうと実験して失敗した結果、とか?
それはあり得そうだ。それで出来なかったからアイツらを解放した……とした場合。アイツらを神にする、だけじゃない。負け犬の言う計画ってな、もしや恵理由知穏を迷宮にすること、だったりするのか?
ピンクカチューシャ達の封印理由がまさに「人間で迷宮を作ろうとしたから」とかだったはずだ。
たとえば。
世界そのものが迷宮になった場合。
……まず、迷宮の主は迷宮内の生物に対する絶対権を持つ。そォいう意味で神、あるいは王として君臨するってな可能だ。更には死なねェ。倒されることはあれど、死ぬことは無い。倒されるにしたって外部から来た奴にだけだ。世界そのものが迷宮で、外からの干渉方法が無い場所なら……そこは本当に永久になる。
これ、か?
アイツの目的って。
「考え込んでいるようだが、身を隠せ。魔力反応が近付いているぞ」
「【破海】」
助言に逆らわず魔法を行使する。
透明な水が体に纏わりついて、体まで透明になる。足音も影も何もかもが消える。【隠涜】のやべェ性能ァしっかり受け継いでる。
そんな水の中で見上げるは北東の空。
──そこに、いた。
「……またSS級3人か。この前からだけど、なンであいつらがつるんでンだ?」
「知るか。だが気をつけろ。様子がおかしい」
「様子?」
様子──。
お嬢と班長とエルバハ・イドラ。
彼女らはどこか──何かを探すよォにして、キョロキョロと周囲を見渡している。
まるで。
この辺に何か探し物があって──この辺にあると、アタリがついているかのように。
「──ありましたわ。恐らくあそこ……海中、いえ、海底ですの」
「そのようだね。魔力も……うん。聞いていた通りだ」
「じゃあ、ぱっぱとやるかね。──チャージ開始だ」
見つけた、と。そう指差す先には、今しがた作ったばかりの拠点。陸地の方じゃねェ、海ン中の方だ。
何も置いてないとはいえ──オイオイ、と。そう思う。
「どう思う?」
「貴様の動きが読まれている。やはり【運誓】を使う者がいるか、あるいは余程に頭の回る者がいるか、だ」
「……」
そうして──作ったばっかの拠点が青い太陽によってぶち壊される。【破海】側も頑張った。かなり頑張った。けど、【青陽】の威力にァ敵わず──消滅する。
安堵はある。【壊線】の特殊魔法である、という性質は引き継いでいなくてよかった。アレそのまんまだったら今ので死んでたぞ。
こっちの拠点が壊れたのと同時、【青陽】も破壊される。砕け散ってバラバラになった【青陽】は海に落ち、これまたジュウジュウと音を立てて分解されていく。
「これで良し、ですわ。後は別動隊の方でメイアートが釣れている事を願うばかりですが……」
「戦闘力的に、少し心配だ。アタシらも向かおう」
「ええ。……ヴェネットさん?」
「ん。あ、いや。少しね。この辺りは……私にとっては、失敗の地だから」
さて──どォするか。
SS級3人を同時に相手するのがキツいのァ変わってねェ。だが、今の俺には【破海】がある。どの道こいつらが3人で動いてンなら、その魔法を奪うのにいずれぶつかるのァ必至。
だったらここでぶつかっちまった方が良い。
狙い目は──少しだけ離れた場所にいる班長。
一瞬でケリをつける。【隠涜】の隠蔽力ァ最高だ。音もなく、息遣いも影も足音も魔力反応さえもなく近づいて。
その体に触れ。
「【凍融】」
「ッ!?」
離れ──られない。凍っている。が、凍ってンのは【破海】だ。背中側から脱皮するみてェに抜け出す。
「なるほど、【隠涜】の弱点……流石に触れられたら気付く、か。その通りだったね」
「ええ。500年もの間使用なさってきたビーファンさんの証言ですもの。しかし、こちらに釣れましたか。やはり少し慎重派になっているのでしょうか?」
「なんでもいいけど、一番手ぁ貰うよ!」
そうだ。
その通りだ。
魔法のスペシャリストがこっちにいたとして、しかし実際の使用感やその弱点の類は零より使用者たる魔法少女の方が深く理解できている、ということがあってもおかしくはない。
ビーファン。脳筋娘。
奪うだけじゃダメか。クソ、やっぱり【槌憶】を最初に取るべきだった。その予定が狂ったのが本当にダルい。
「あぁ、また会ったね、太陽の使徒メイアート」
「あァ、また会ったな。【青陽】の魔法少女、エルバハ・イドラ」
クリスは取り出せない。ヴァスでやるしかない。
魔法は……使いづらいな。攻撃としてはあんまりだ。傷つけ過ぎちまう。これなら単なる【鉱水】であった頃のが使いやすかった。
……。
まァ、いい。良いか。そろそろ。
「【破海】」
魔法を行使する。
掲げたヴァスに、それを覆うよォに。
天才彫金師ディミトラが魔法、【鉱水】。その役割を統合したンだ。
んじゃまァ俺も造形に寄らねェと、申し訳が立たねェ。
作り上げるのァそこまで複雑なモンじゃねェ。
ヴァスの矛。二又のそれを、さらにでかくするってだけだ。
鋭利さを消し、弧は大きく広く。
傷つけたくねェンなら、ま、これだよな。
現代倫理における身近な武器。捕縛用武器。
「刺又──ま、魔法少女の衣装ァ破れちまうかもしれねェが、そこは勘弁してくれや」
「奇妙な武器を……どうでもいいけどね。それじゃ」
エルバハ・イドラがその手に青い太陽を浮かべる。
チャージ開始──35秒もかかるソレを俺の目の前でやる。
馬鹿が。
「【破海】」
「【凍融】ッ、防がれた!?」
「たりめーだろアホか。どー見たって囮だろォが。【凍融】なんつークソ危ねェ遠隔魔法少女がいるンだ、そっち警戒しねェと思ったか?」
ヴァスを回し、くるくる回し、勢いをつけて──背後に突き出す。
掻き消える金色の線。そォだ。【凍融】さえも囮。リアクションのでけェ班長の驚きっぷりは、敵に対して「そこまでしかない」と思わせる効果がある。
その隙を突くのがお嬢の仕事。背後から、側面から、下から上から斜めから。あらゆる方向から来る【神速】の攻撃と【神光】の光条が俺を狙い撃ちにする。
が。が、だ。
「ッ、この水……触れてはいけませんわ」
「刃が……」
そう、そもそもお嬢の攻撃手段ってな量産品の剣での斬撃だ。光条の方ァ違うが、メインウェポンはソレ。だから【破海】とあまりに相性がいい。鉱石である上、細剣なンで壊しやすい。まァストックはしこたまあるって話だったンで1本2本壊したって意味ァ無いンだけど、ハハ、無暗に近づいちゃいけねェと思わせるには十分だったらしい。
んでもって、そんなことしてりゃ──35秒なンてあっという間だ。
「【青陽】──!」
「ハ──同じ手たァ学ばねェな、魔法少女!」
青い太陽を避け、懐に潜り込む。
規模のでけェ魔法撃った後の硬直。傍から見りゃ無いに等しいソレも、今の俺の身体にゃ文字通り目に見える隙って奴だ。
──その体に触れる。
「【裁、」
「今だ、2人とも! アタシごとやんなぁ!」
「ぇ──」
魔法を発動しようとした瞬間だった。
エルバハ・イドラは自ら抱き着いてきて、そんなことを宣う。叫ぶ。
オイ。
おい。
待て!
「【凍融】」
「【神光】──!」
「馬鹿が、何やってやが、」
間に合わない。【凍融】から庇うにァ班長の視界の前に躍り出る必要がある。けど、それは俺ごとになるだろう。俺ごと凍らせるか融かせばいい。だからそっちには【破海】を出して──反対側から来る光条と斬撃は、自分の身で受ける。
「ぐ、ぅ、うう、がぁぁあ……ぁ、あああ!」
焼ける。
貫かれる。抉られる。【神速】の突きと神の光。ンなもん一身で受けるにゃ無理がある。
けど。
けど、だ。
「おい、何をやっている。何故避けない。無駄に攻撃を食らうのは貴様の趣味か?」
「ちっ、【凍融】は防がれたか……。ヴェネット! もう1回だ! こいつは確実に弱ってる!」
イドラの手は俺の体をがっしりと掴んで離さない。
2回目? 馬鹿が、マジで死ぬぞ。
それをわかった上で、ってか? それをわかった上で──それを犠牲にしてでも、俺を、太陽の使徒を殺したいのか?
仲間を犠牲にしてでも?
ふざけんなって。
「【喧槍】」
統合していない魔法。同等ではなかったがために取り残された魔法で、班長とお嬢に攻撃する。
傷。傷。
……大丈夫。痛みァ酷ェが、行動に支障はない。あとでなんとかできる。
「ちぃッ!」
「……馬鹿が。もう蘇生槽ァ無いんだぞ。そんなに死にてェか」
「は? ──ははは、何言ってんだ。死にたいワケないだろ。けど、誰かがやんなきゃいけない。誰かが止めなきゃいけない。アンタが襲ってくるんだ。アンタがアタシらの居場所を奪おうとしてるんだ。なら──犠牲払ってでも止めないと、嘘だろう」
「【裁断】」
簒奪する。
これでもうコイツは魔法少女じゃなくなった。
"蘇生槽が無い"ことに言及しなかった。それは、既に新たな蘇生槽が作られている可能性を示す。だが、こォしちまえば──無理だろう。ただの人間だ。蘇生できねェ人間だ。もう、殺しの
なァ、お嬢、班長。
そこまで堕ちちゃ──。
ア?
「……馬鹿だね。犠牲は、払わなきゃ──ならないって。言っただろ」
「──安らかに」
「今、痛み無く──全てを融かそう」
灼熱。
背から腹へ突き出る剣。それは当然、俺が庇っていたエルバハ・イドラにも突き刺さっていて。
魔法少女ではなくなったエルバハ・イドラは。
その身から──急速に命を零し失っていく。
視界が白黒に染まる。
音が消える。
班長が何かを言った。お嬢が何かを言った。零が何かを言った。
聞こえない。
何。
何やってンだ?
「ははは……そんなに、強く、抱き締めた……って、2人は止まらない、よ。そう、頼んだんだ。はは……太陽の、使徒。メイアート。討ち取った、り」
「【青陽】」
周囲に展開する。
青き太陽。SS級魔法。──それを、10個。チャージなしで、最大規模で。
「……!」
「──お前ァもう助からねェ。だから聞きてェ」
「あり得ない……【青陽】は、そんなに沢山出せる、ものじゃ」
「生きてェか。死にたくねェか。どっちだ」
その光源を隠れ蓑に亜空間ポケット内に入る。
言語の軛はこれで外れた。零の見ていない場所で──問う。それを、問う。
「亜空間ポケット……そうか、あの時も、そうやって」
「問うている。俺が今問うている。生きたいか。死にたくないか。どちらだ、エルバハ・イドラ」
この体はそうではないのに。
もっともっと根幹の部分から──どろりと零れるものがある。太陽の使徒の体にははっきり言って有害なソレが、自分の中心から滲み出る。
「どちらでも、ない」
「……死にたいのか」
「まさか。死にたい、なんて。思ってない。けど──アンタを、道連れに死ねるのならば──それをアタシは、誇りだと思う」
誇り。死が?
名誉ある死。誇りある死。誰かのためになる、死。
「もう一度だけ問うぞ、エルバハ・イドラ。──生きてェか、死にたくねェか。今ここでお前は確実に死ぬ。俺を道連れにできねェとして、お前は生きたいと願えるか。死にたくないと嘆けるか。どうだ」
「くどいね。アタシは死んでもアンタを殺す。アタシはみんなが大好きだからねぇ」
「──そうか」
出かかっていた……根幹の部分から滲み出さんとしていたそれが引っ込む。
無理だ。コイツの改宗は望めない。
確実に死ぬ者にだけ問える言葉。生きたいか。生きるために抗ったか。
こいつはそれを拒否した。なれば変わらず非善であり、なれば俺は、お前の前に立ちはだかる死であろう。
致命傷となったのは金髪お嬢様の剣だ。
──何言ってやがる。違う。違う。
コイツが言っただろう。コイツが死ぬ原因は、俺でなければならない。俺を道連れにするためだけに、コイツは死ぬ。エルバハ・イドラが死ぬ理由は剣で貫かれたわけでも、融かされたというわけでもない。
「死ね」
「アンタが、ね……」
その、首を。
ただの人間の首を。
「っ、ケホッ、ケホッ」
「フェリカ! 大丈夫かい?」
「……不覚を取りましたわ。【青陽】をああもばら撒けるとは……。けれど、確実に傷は与えましたの。私も左腕が使い物にならなくなってしまいましたけれど、戦闘続行は可能ですのよ」
所々に怪我を負い、左腕に至っては完全に炭化しているフェリカ。
それほど【青陽】の弾幕は激しかったのだ。内側にいたフェリカがその膨張と破裂から逃れるためには、【神光】の光条でこじ開けた隙間に入る以外の方法がなかった。
だが、あれでは太陽の使徒メイアートも無事では済まされないはず。
「……いいですか、ヴェネットさん。【青陽】が晴れたら、もう一度【凍融】を。原型を留めているのなら、未だ生きている可能性があります」
「そうだね。準備はしておくよ」
言葉が早いか、事が早いか。
バチンと轟音を立てて、10の【青陽】が弾け飛ぶ。膨大な熱量。それは地を焼き焦がし、遠くの森や、魔物の形成地点までもを青き炎に包み込んだ。
中心には──。
「ヴェネットさん!」
「あぁ、【凍融】!」
液体になるまで融かすつもりで放った魔法。
しかしそれは、敵の扱う魔法によって防がれる。
「──返すぜ」
「!」
太陽の使徒から放り投げられたソレ。
攻撃かと思い身構えたヴェネットの代わりに、ソレが何なのかを悟ったフェリカが優しく受け止める。
その優しさが意味の無いものだと知ったのは、受け取った直後。
「……太陽の使徒とは、死者を冒涜する事も使命に含まれますの?」
「ア? 何言ってやがる。俺がソイツにそれをしたのは生きてる内だよ。ハ──ただの人間の首だ。
フェリカのつけた刺し傷は致命傷だった。
だから──それで終わりで良かったはずなのに。イドラの望み通り、自身を犠牲に太陽の使徒メイアートを仕留める。それで終わりだったはずなのに。
その首は、不自然な方向に折られていて。
彼女の死体を放った人物……太陽の使徒メイアートは、尊大かつあらゆるものを見下すかのような目で2人を、そして死したイドラを見ていた。
「困るンだよ」
「……何を」
「俺の仕事を奪うなって話さ。太陽の使徒メイアート。この世界から魔法を摘み取る者。世界を殺す者。──ゆえに、SS級以上の魔法少女は俺が摘む。魔法少女も、そォじゃねェモンも、そいつらの命を奪うのは俺の仕事だ。てめェらはただ俺の襲来に怯えていろ」
言って、踵を返すメイアート。
彼女とて少なくない傷を負っている。倒すのなら今だ。もう一度全力で攻撃すれば──殺し得る。
「【覇海】──メイアート。役割を4つ統合し、ここに新生する」
宣言と同時、その肉体に変化が現れる。
傷が消えるのは既に当然のように──金色の髪は腰まで伸びて、その衣装は大きく肩を露出した金と黒のドレスアーマーへ。足を見せつけるように大きく入ったスリットと、その足を覆うのは百合を思わせるソックス。腕に巻かれたベルトのようなグローブは、陶磁器のような艶やかさを見せる杖を掲げている。
美しく、輝かしく、眩しい程なのに──どこか影を帯びるその姿。
どす、という音がした。鈍い音だ。
気が付けば。
気が付けば、フェリカとヴェネットは地面にいて。その腰にはアーチ状の鉄輪が付いていて。
つまり、地面に縫い付けられていて。
ゆらりと降り立つメイアートに──フェリカが叫ぶ。
「ヴェネットさん!」
「ああ──【凍融】!」
今度は防がれなかった。
当然だろう。それはメイアートに向けたものではなく。
「──お先に失礼いたしますわ」
「うん。君は最も"近い"んだから、奪われちゃいけない。どうか、見聞きした全てをEDENに」
「はい、ですの」
どろどろと融けていくフェリカ。
メイアートは。
その光景を見て──ヒ、と笑う。だって、覚えがあったのだ。久しぶりに見たのだ。
懐かしいと。そう思ったから、笑った。
「……なァ、班長。聞きてェことがある」
「何かな」
「怖いか?」
エルバハ・イドラの遺体ごと。
フェリカ・アールレイデがどろどろに溶けていく様を見て、メイアートは笑う。
疲れたように笑う。笑って問う。
「怖い? 君が、かい?」
「いや、魔法を失うことが、だ。長年連れ添った魔法を失うこと。不死身の魔法少女ではなくなること。止められていた時間が進み、成長し、その先に死が待ち受ける事。それを怖いか、と。そう問うている」
「怖いわけがないだろう? それは当然のことだ。今までが普通じゃなかっただけで──当然のことが、当然になる。それの何が怖いんだ」
ヴェネットは気丈にもそう返す。
ヒ、ヒと。ヒヒヒ、と。メイアートは笑って、嗤って、ただ哂って。
その顔に、その目に。
手を置いた。瞼を閉じさせるように。
「太陽の使徒メイアート。こちらからも1つ、聞いていいかな」
「あァ。いいよ」
「どうしてイドラを庇ったんだい? あの瞬間。あの刹那。君は彼女を放り投げる事も選べたはずだ。裁定とやらをした後でも前でも、一度離れて体勢を立て直す、ということができたはずだ。それをしなかった理由は何かな」
ヴェネットの魔法【凍融】は視界ありきの魔法だ。見えなければ発動できない。否、あるいは瞼を融かして、などという荒業は可能かもしれないが、それをしようとチャージを始めた瞬間、彼女の魔法は裁定されるだろう。
フェリカを逃がした。メイアートの情報を手に入れた。
それだけで十分だ。自身の役割はもう終わりを告げている。
「死んでほしくなかったからだよ」
「……聞こえなかったな。もう一度、言ってくれるかい?」
「聞く必要は無ェさ。じゃァな、班長」
その手が、胸のあたりに触れたのがわかった。
「【裁断】」
ヴェネットは。
SS級魔法少女ヴェネットは。
その身に宿す魔法を、完全に失ったのだった。
「ヴェネット!」
「隊長!!」
「……やぁ、みんな。ただいま」
EDEN。
その入り口に辿り着いた彼女を出迎えたのは、遠征組突撃班ヴェネット隊の面々。
誰もが心配そうにしている。あのルナ・ウィーマーンでさえ起きてきて、カネミツでさえ──目を伏せている。
わかっていた。
だってもう、明らかだ。
「すまない。奪われてしまった」
「……いえ。隊長が無事なら、それで」
「良く帰ってきたね、ヴェネット」
「んー。じゃーあー、魔力量的に、次の隊長はわたしかなー?」
「ルナ、お前に昇進欲求などあったのか」
「遠征組突撃班ルナ隊はー、原則お昼寝ー」
「なるほど」
あるるららとカネミツ。
ヴェネットは2人を見て、言う。
「少し、共有したいことがある。ザイフォン、ルナ。申し訳ないけど」
「いえ! 隊長が命をかけて持ち帰った情報です。どうぞ、ご随意に」
「じゃーあわたし部屋に戻るねー」
何も聞かずに頷いてくれる2人に苦笑しながら、ヴェネットは2人を連れていく。
本当なら軍の方へ一刻も早く報告をしに行かなければならないのだけど、それよりも先に、と。
連れて、歩いて。
人気の無い場所にまで来て。
「あるるらら。亜空間ポケットを開いてほしい」
「……ちょっと、困るかな」
「見せられないものでも入っているのかい?」
「うん」
「はぁ。じゃあカネミツ、頼むよ。私にはもう開けないからね」
「承知」
カネミツが亜空間ポケットの入口を開く。
ここではない空間に繋がる裂け目。紫と黒の入り混じる境目。
ポケットの名の通り、その程度の小ささで開いたカネミツに、ヴェネットは「もっと大きく」というジェスチャーを送る。
言葉を発さないヴェネットに何を感じ取ったのか、カネミツは頷くだけ頷いて、大きな亜空間ポケットを開いた。
躊躇なくそこに入るヴェネット。カネミツとあるるららは顔を見合わせ、しかし頷き合い──覚悟を決めた表情で、そこに足を踏み入れる。
──亜空間ポケットに入る。
それはA級昇格試験に合格した際に「やってはならないこと」の1つとして教えられるものの1つ。亜空間ポケットは非常に便利な技術だ。特別な才能を必要とせず、魔力さえあれば開き得る大容量の収納。
しかし同時に、その先が文字通りの亜空間であることも忘れてはいけない。
その名の通り別の空間。この空間の亜種であるその先では、あらゆる法則がこの世界通りとは限らない。
もしかしたら。
入った瞬間に、命を落とすかもしれない。
もしかしたら。
入った瞬間が最後、出られなくなるかもしれない。
もしかしたら。
入って、出てきた人物は──別人かもしれない。
だから、亜空間ポケットに入ることは禁じられている。
危険だから。何の保障もないから、と。
「──ここなら、話せる。太陽の使徒メイアート。その正体を」
そう。この空間は恵理須ではない。
太陽の神レイの手の入っていない空間なら──"検閲"は入らない。
「彼女は──」
そう、話し始めるヴェネットの眼前で。
あるるららとカネミツの背後で。
ゆっくりと。
独りでに。
入口が──閉じた。
閉じてしまった、のだった。