遠吠えは遥か彼方に   作:劇鼠らてこ

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109.泥亜毎止理伊豆.

「くっ、そが!」

「出てきたか。どうした、随分と生命力に陰りが見えるが」

「誰かが細工しやがったンだ! 俺がシエナを抱き込むって知ってて、わかってて──絶好のタイミングで! クソ、クソ! 俺の前で自殺だと!? 俺の! 俺の前で!!」

「落ち着け、メイアート。貴様の心情などどうでもいいが、魔法が暴走している。抑えなければすぐに位置を気取られるぞ」

「させてンに決まってンだろ!!」

 

 俺の亜空間ポケットだ。脱出は容易だった。けど、救えなかった。

 梓・ライラックの頃より素の身体能力を高く作られたこの体は、しっかりと彼女が破壊される様を見届けている。自爆。自殺。

 それが俺を殺すためだというのなら、俺はもう四の五の言ってられねェ。俺はもう躊躇してらんねェ。それができるほど──自分を抑えていられねェ。

 

「何死んでンだよ! 魔法奪われたからって死ぬ理由にはなんねェだろ! 人間に戻ることがそんなに怖ェのか!? 不死身じゃなくなることがそんなに恐ろしいのか!? 1回こっきりの命になることが、そんなに嫌か!?」

 

 魔法を惜しみなく発揮する。

 せっかく作った島も、海も、大気も。

 俺から放たれる衝撃波によって粉砕されていく。

 

「──零。問うぞ」

「……いいだろう。なんだ」

「順番だのなンだの関係なく無差別に裁定しまくって、同等だろォがなんだろうが見境なく簒奪しまくって──それが何か、世界を殺す、という目的に支障が出ンのか」

「否だ。魔法少女が減るだけだ。効率は下がるが、それによる不利益はそれだけだ」

「あァさそれだけ聞けりゃ十分だ。くそったれが、俺の前で! 俺の目の前で自殺!? 誇りある自殺!? 自分の意思無き自殺!? ──ふざけるふざけるなふざけるな! あァ、あァ! 魔物にも思ってたことだけど、あァ!」

 

 若死にする奴らが集まる運命──ハ、ハハ。

 ハハハハハハハ!

 

「ハハ──ふぅ」

「え、そこで落ち着くんだ。そのままぶち切れてEDENに特攻、かと思ったんだけど」

「あァ──ちょいとな。懸念事項目の前にして、ってな無理だろ。なァ、ルルゥ・ガル」

 

 あァさぶち切れてるよ。全くって言っていいほど冷静じゃねェ。今すぐEDENの魔法、その全てを裁定してェと思ってる。

 だが、何の目的か近づいてきた奴にァ対応しねェといけねェだろ。今の今まで高威力の魔法全方位にぶっぱしてたンだからよ。

 

「あら、私の名前を知っているのね。流石は太陽の使徒、といったところかしら」

「世辞も勘繰りもいーから、用件を話せ、風の使徒。夜の使徒が今いねェんだ。好き放題やるチャンスだろ。そォいう話を持ち掛けてくるって睨んでンだが、どーだ。間違ってるか?」

「いえ、大正解よ。貴女がEDENと敵対しているのなら、協力を申し出られないかと思ってね。どうかしら、私達上手くやれると思うのだけど」

「お前らが欲しいのァ魔法少女の核だろ。転生の際に今の力や記憶を引き継ぐために必要なモノ。……あァ、いいぜ。お仲間になるつもりは無ェが、協定くらいは結んでやる」

 

 でけェカラスに乗ったルルゥ・ガル。寂しんぼって呼ぼうとするとどーせ声が出ねェんでそのまんまで行かせてもらう。

 あァ、まァ、もういい。ここまでふざけ倒されたら──俺だってちゃんと相手をする。

 死ぬ覚悟がある? そォかい。

 生きてェと抗わねェ? そォかい。

 

 なら、もーいーよ。傷つけたらさ、人間に戻った時やべェって思ってセーブしてきたけど──あァ、あァ、死ぬつもりなら、良い。怪我させてでも止める。そのためなら魔物の力だって借りよう。なんせコイツらは魔法少女を殺さないよォに立ち回れるンだからな。

 

「ルー。コイツハ危険ダ。信用シ過ギルナ」

「大丈夫よ、ムニン。太陽の使徒は魔法少女以外に興味を持たない存在だもの」

「ソウイウ話デハナイ」

 

 やっぱり喋れンのな。

 魔物を経験したから意味が分かる。確かに普通に聞いてりゃ唸り声だ。音にすらなってないトコもあるくらいには。

 

「EDENを潰す──アンタの目的はそれであってるか? それとも魔法少女の因子が欲しいだけか?」

「魔物的には後者だけど、風の使徒としては前者よ。私達は死にたいの。世界も殺してあげたい。それを退けんとするEDENは邪魔よ。貴女が魔法を集めていることは知っているから、その手助けをするわ。代わりに貴女は私達では勝ちえない存在の相手をして頂戴」

「いいだろう」

 

 ──飛行魔法を展開する。

 海上すれすれを飛ぶデカカラス。その上に乗るルルゥ・ガル──は、無視して、殴りかかるのァ超高速飛翔体。

 背中に6対の翼を生やす、全体がぼんやりとした──銀髪の少女。

 その手に持つのは──骨。いや、爪か?

 

 まさか。

 

「ッ、フルオブズヴィトニーの爪を弾いただと? ……成程、それァこの世界の物質じゃァ無ェなァ」

「──ハハ。おい、おいおい! 何しに来たンだよ。戦いと死と太陽の神クロムクラハ! もしかして、俺を殺しに来たのか? ア?」

「正解だ。単身お嬢が俺の居城に来た時は何かと思ったが……まさかそんなことになっていようとは。太陽の使徒メイアート、だったか? すまねェが、天幕の向こう側にお帰りいただきてェ所だな」

「──ルルゥ・ガル! 先行ってろ! だが、死ぬなよ! 俺はコイツをどーにかしてから行く!」

「ええ、健闘を祈っているわ」

 

 デカカラスと透明になってる魔物たちが離れていくのを感じる。まだ持ってンだな疑似【隠涜】。

 

「安心しろ、太陽の使徒。時間はかけねェ」

「へェ、そりゃ奇遇だな。俺も一瞬で終わらせるつもりだったよ」

「言ってろ。糸伊豆阿派青磁負不伏零矢堕千経度戸地内途(それは夜に捧げる一節の祈り)!」

「あァ、来い。.稲羽身砂利跡久刃白単炭田或琉社無私(それは太陽を讃える失われた理想)

 

 途端、世界が震撼する。

 届かぬ夜への祈りと、太陽の眼前で行われる礼賛。

 見開かれる目。クロムクラハの顔は驚愕に染まり──けれど言葉を止めることはない。始めたンだ。最後まで言い終わらなきゃ嘘だもんな。

 

褪戦死遠(【即死】)!」

「.砂独流活(【即死】)

 

 ぶつかり合うのは死の魔法。

 対象を即座に殺す恐ろしき魔法。それが、全く動じに放たれる。フルオブズヴィトニーの爪先から、武存主の刀身から。

 死が──相殺される。【即死】を【即死】させたのだ。

 どちらがどちらを、かはわからない。どちらもがどちらもを、かもしれない。

 

 あァ、こーなることは目に見えてたからな。

 先に動けたのは俺の方。

 弾け飛ぶ死の魔力に動揺する奴の顎に上段蹴り。そのまま、思いっきしヴァスでぶん殴る。

 この程度で死なねェ怪我しねェってな俺が一番わかってる。だからこそのフルスイングだ。

 

「……!」

「なンだ、何驚いた顔してやがる。殺す気で来たンだろ。なら、殺される覚悟もしておけ。てめェがどんな使命感で動いてんのかは知らねェが──俺ァ身勝手にてめェを殺すぜ。殺されるのァ御免なんでな」

「──てめェ、俺か?」

 

 ここは亜空間じゃない。

 だというのに導き出されたその答えに、ニヤりと笑って返すしかない。

 

「……良かった」

「あァ。お前ならそォいうと思ってた」

「お前はもう、冥界から出てこられねェんじゃねェかって……。どんだけ探しても負け犬は見つからねェし、どんだけ考えてもお前を冥界から出す方法が思いつかなくて……けど、今、元気なンだな?」

「あァさ。元気に魔法少女の敵やってるよ」

「んなこたどーでもいい。お前がお嬢の敵になろうが、お嬢が俺たちの敵になろうが、それは生きてる過程で発生する衝突だ。そんなことにまで気ィ割いてやる程俺は暇じゃねェ」

「シエナが死んだ」

 

 安堵の暇を与えずに言う。

 

「……は?」

「シエナだ。あァ負け犬の方じゃねェぞ。ガーゴイルのシエナが死んだ。何か特定のワードに反応して自爆する細工をされていたらしい。俺ァ──ようやっと、我慢ならねェとこまでキてる。だからEDENを潰そうって魂胆だ。俺を信じるか、クロムクラハ」

「信じるさ。もし俺を騙そォとしてるんだとしても、俺が俺である限り、誰かの死を利用しての嘘ってな吐かねェ。そんな冒涜はしねェ」

 

 そうだ。

 そうだ。

 

「じゃァ、仲良くできるな?」

「あァさ。──戦いと死と太陽の神クロムクラハ。太陽の使徒メイアート、風の使徒ルルゥ・ガルとの闘いに参戦する。背に乗りな。連れて行ってやる」

 

 結局コイツが俺なのか、オーディンなのかはわからず終いだが──まァ、俺だろ。

 ここまで死をちゃんと嫌ってンのは俺だ。魔力量を見るに、オリジン達とは食い合っちまったのかもしれねェが──それがあいつらの望みなら、それも致し方の無いことなのかもしれねェ。

 

「元からあったEDENの蘇生槽はぶっ壊したンだが、どォにも新しいのをいくつか作ってるらしい。それもぶっ壊したい。蘇生槽の魔力反応はわかるか?」

「あァ、大体覚えてる」

「現地に着いたらバラけるぞ。おい、そこのカラス! 話聞こえてンだろ、ルルゥ・ガルに伝えておけ!」

「良イダロウ」

 

 クロムクラハより低空を飛ぶカラスに伝言を頼む。

 さァ行こう。今回ばかりは──手加減無しだ。

 

 

えはか彼

 

 

「"戦いと死と太陽の神クロムクラハは太陽の使徒メイアートに迎合する。楽園を破壊する。その目的に手を組むだろう。海を渡り、その眼下には青毛の少女。彼女は風の使徒ルルゥ・ガル。数多の魔物を率いる少女は楽園へと邁進する"……ふぅ。流石に生執筆は疲れるのだ」

「私が手を貸してやっているんだ。しっかり書け」

「ゲヘナはうるさいのだ。作家にかける言葉として"早く書け"より"筆速くてすごいですね"とかの方が意欲向上に繋がるのだ!」

「そうか。早く書け。そこから活路が生まれるのだから」

「ク──吾としてはディミトラ達の元にいたいのだがな。分身とはいえ、何故お主らに手を貸さなければならないのか疑問で仕方がないぞえ?」

「その魔法が最高に有能だからに決まってるのだ!」

「クク──そうか。ならばもう少し深く潜ってもらうことにしよう。良いな?」

「あぁ、許可する」

「の、のだ、ぁ、ぁ、ぁ」

 

 EDEN中央塔。

 その奥深くで、ものすごい速度で筆を動かし続ける少女、プリメイラ。

 彼女の頭にはゲヘナの左手が当てられていて、そんなゲヘナの右手は中空……とりわけ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()へと向けられている。

 2人の傍らに立つのは紙で出来たナリコ。彼女は彼女でプリメイラに魔法をかけるという重要な仕事を担っている。これのおかげで更に更にとプリメイラの筆が進むのだから。

 

「【増幅】。クク、単純な魔法だが──それゆえ、強力な魔法だな」

「魔法ではないがな。権能という。私が神であるがゆえに使えるものだ。魔法も宿しているが、護身程度にしか使えんよ」

「クックック、十二分だろう。とはいえ吾も妖術ばかりで、こうも魔法を使い続ける、という経験は無かったが」

「……【傾刻】。魔物が有していて良い魔法ではないな」

「クク、お褒めに預かり恐悦至極……とでも言ってやろうかえ?」

 

 プリメイラの筆が爆速で進んでいく。

 順調かに思われたクロムクラハとメイアートの旅路。しかし、突然のアクシデント──ミストベイルやシーサーペント、レインシャークなどの妨害が立ちはだかる。ルルゥ・ガルの説得空しく襲い来るこれら魔物。名乗りを上げられたからには返さざるを得ず、手出し無用と言ってクロムクラハが足止めされる。殺し合い──しかし、クロムクラハの方が圧倒的に強い。

 戦いでどれだけ傷つこうと、どれほど魔力を失おうと、倒した魔物を食らうことで回復するクロムクラハ。敵が毒を持っていようが、死に際に決死の攻撃をしてこようが、クロムクラハは正々堂々相手をして──食らう。

 それが摂理なれば、と。

 

「……ここでクロムクラハとメイアートのイチャイチャを入れるのはダメなのだ?」

「ほう? 興味があるな。良いぞ、続けろ」

「クク──そういうこともできるのか」

「できるのだ。ゲヘナ、干渉力をさらに上げるのだ」

「良いだろう」

 

 再度執筆が始まる。

 魔法少女プリメイラ。その魔法を【帰述】。3つの役割の統合が為されたこの魔法は──「書いた事を現実にする」という、【運誓】に負けず劣らず最強格の魔法である。

 本来はプリメイラと同等かそれ以下の魔法少女、人間にしか使えない魔法であるが、隣にゲヘナという魔法少女ですらないものがいれば話は別。リアルタイムで書く小説が、そのまま世界に干渉し、その"登場人物たち"はその通りの動きをする。

 そこに疑問は挟まれない。プリメイラはキャラを掴むのが上手いのだ。

 

 更には。

 

「クク、ククク。良い良い。どれ、吾ももう少し手を貸してやろう」

「ぬ、おぉ、ぉぉおおお」

 

 言葉が遅くなる。代わりに手の動きが倍速になる。

 魔法【傾刻】。ナリコの用いるこの魔法は──体感時間を遅くする、というもの。1分を1時間に。1秒を1日に。そして、本来それについていけずに重くなるはずの体は思考に付いていく。代償に言葉を失うが、作家なんてものは手さえ動けばなんでもいいのだ。

 

「ふふ──精々くんずほぐれつするがいい」

「クロムクラハは普通に可哀想なのだ! けど! 求める読者がいる限り!!」

「ククク、近くへ見に行きたいものだなぁ」

 

 ──1つ断っておくならば。

 これはあくまで防衛のための下準備である。

 ただ大人たちが悪ノリしているだけで、EDENは今完全な臨戦態勢に移行しつつある。

 

 だから、様子を見に来たハイドレート達にブチ怒られる──その未来はそう遠くない、というワケだ。

 

 それでも今は、プリメイラの筆が乗りに乗っていた。

 

 

えはか彼

 

 

「どォなってンだ。魔物多すぎだろ! おいルルゥ・ガル、退去させるとかはできねェのか!」

「こっちもしようとしてるけど! この辺の子達とはあんまり喋ってこなかったから、普通に縄張りを荒らされてると思ってるみたいで……」

「俺の名はクロムクラハ! アンタは!?」

「オールドヴィース! イザ尋常ニ勝負!!」

「クソ、急いでンだっつってんのに!」

 

 海上は混迷を極めていた。

 なンて三人称っぽく語ってみる暇はない。魔物が、魔物が多い。

 それも全部高位種だ。オリジンはまだ2体くらいしか見かけてねェが、イオルーとギガントの多いこと多いこと。全員が全員それなりに強いってのにクロムクラハは律儀に戦って傷ついて、倒した魔物で回復して……してる間に他が来て。

 手伝うか、っつったら断りやがるし。まァ食わねェなら入ってくるなって気持ちはわかンだがよ。

 

 ……いんやさ、気持ち汲んでる時間は無い。

 殺さなきゃいいンだろ。なら──ぶっ飛ばすくらいは勘弁してくれや。

 

「【極覇】」

 

 俺を中心に、ルルゥ・ガルとクロムクラハを除く……あとルルゥ・ガルの引き連れた奴らを除く全方位に衝撃波が走る。うひィ、細かい調整だるィなァ。

 だが、これでどうだ。

 海ン中含めて──いなくなっただろう。

 

 オーケー、これで先に進めるな。

 

「……おい」

「あン?」

「太陽の使徒が、魔物同士の戦いに口出してンじゃねェよ!」

「あー。じゃァお前もうついてこなくていいよ。俺達だけで行く。その予定だったしな。ルルゥ・ガル、いけるか?」

「え、ええ。問題ないわ」

「そォいう問題じゃねェんだよ。クソ、アイツら死んでねェだろうな。俺が原因って以外で死ぬのは許さねェぞ」

「殺さねェ威力にしたから大丈夫だ。ほら行くぞ」

「ちょ、待てよ。オイ、置いていくンじゃねェのかよ!」

 

 うるさいんで抱きかかえる。

 翼とか生えてるけど魔力の塊だし透けるから持ちやすい。体躯は梓・ライラックそのもの、つまり低身長の少女だからな。まァお姫様抱っこは嫌がるだろォから、俵抱きでいーだろ。

 

「待て、オイ、少しァ恥じらいを持てよてめェ!」

「はァ? てめェが俺ならンなもん無いってわかンだろアホか」

「クソが、なンで俺の好みの年齢になってやがる! ずりィぞ!」

「何がずりィんだか……。いいだろ、これからお嬢の魔法も奪うンだ。ってこた、お嬢もこっから成長すンだよ。何年後かにはドストライクになってるだろ」

「ばっかお前、俺は魔物だぞ!」

「俺は太陽の使徒だよ」

 

 初心か。

 中身おじさんってわかってるだろォに、何顔赤らめてンだ気持ち悪ィ。

 ……わかってるよな? 前世の記憶、あるよな?

 

「つーか浮気も大概にしろってな。お前だって愛してンだろ?」

「ア? 何のことだよ」

「……」

 

 ふむ。

 やっぱコイツオーディンだな。

 

「イチャイチャしているところ申し訳ないのだけれど、新手よ。クラーケン種……無理そうなら私がやるけど」

「ダメだ。お前、名乗らねェからな。魔物のクセに魔物の摂理を理解してねェ。いいか、寂しんぼ。まずこうやってやるンだ。──俺はクロムクラハってンだ! アンタは!?」

「ディオン。ソレデハ殺シ合オウ」

 

 俺の手を振り解いたクロムクラハがクラーケン種の魔物に突っ込んでいく。

 どーやって加工したのかしらねェが、フルオブズヴィトニーの爪でできた剣でその身を切って……あ、捕まった。

 ……いや良かったな、精神体で。ちょっと前のエメラルドローパーもそォだけど、この世界たまにR18な魔物がいるンだよな。クラーケン種は最たる例でさ。食う時に喉に引っかかるからって服脱がせてくンだよ。いや精神体で良かったなー。服とかねェもんな。

 

「──何余裕ぶっこいてやがる」

「は?」

 

 クロムクラハがディオンの触腕を持つ。

 持って──カウボーイみてェにソレをぐるんぐるん回したかと思えば、ビュンと投げた。

 おお。

 うわ張り付いた。キモ。

 

「てめェ、利敵行為が過ぎンだろ。殺すぞこのタコ」

「何言ってンだコイツはイカだよ」

「知るか。あァ締め付けてくンじゃねェよ。効かねェけどだりィって。殺していいかこのタコ。ちゃんと食うからさ」

「イカだっつってンだろ。おい寂しんぼ、何逃げようとしてやがる。てめェも来ンだよ!」

「えっ、あっ──きゃぁ!?」

 

 おいおいおい、俺達はおじさんだからいーけど、流石にそれはやべェなじゃねェの?

 ルルゥ・ガルはにっくき相手だけどさ、見てくれは良い。作りモノだが、だからこそ精巧な見た目してンだよ。それを触腕に絡ませンのはやべェんじゃねェの? 絵面的に。

 つかさっきからどーしたンだ。利敵行為が過ぎる。頭おかしくなったか?

 

「そのようだ。EDENの方角から【増幅】の権能を検知した。恐らくゲヘナが何者かの魔法を【増幅】し、貴様らに干渉している。この中で夜の属性を持つのはクロムクラハなる虫けらのみだからな。大きく影響を受けているようだ」

「あァ、助言ありがとう。ついでと言っちゃなンだが、弾く方法はあるか?」

「無い。認めたくはないが、オレとゲヘナに性能差はほとんどない。奴が【増幅】しているのならば、同じく権能であるもので打ち崩すしかない。【裁断】は接触しないと使えないことは理解しているだろう」

「あァさ。んじゃよ、こいつらの前だとなンでか名乗れるし認められるってのを顧みて──クリスを使うのは、アリか」

「問題ない。貴様の言動を縛るのはあくまで貴様が2人いては困るからだ。貴様の目の前に貴様がいるのならば、その軛はあってないようなもの。存分に使え。ただしEDENに辿り着いた瞬間に仕えなくなるものと知れ」

「十分!」

 

 服だの腹だのを弄られる感触に不快感を示しながら──クリスを取り出す。形態は剣。

 

「クロムクラハ! 希風川(ヴァン)でそのタコ凍らせな!」

「イカだっつってンだろ。──だが、良い案だ。寂しんぼ、どォにか抜け出しな」

「ど、どうにかって、アンタが引きずり込んだんでしょ!? ~~~! ああもう、これだから肉体は!! いったんこれ捨てるわ!!」

 

 ルルゥ・ガルの体から精神体が抜け出でる。

 それを確認するが早いか、クロムクラハの手─人差し指と中指、親指をつまむよォな仕草から放たれた極寒の濁流が、ディオンと周辺域の海を完全に凍らせる。

 

 イメージするのは尖り前髪の【飛斬】──あの魔法こそ簒奪していないが、今俺の持っている魔法で似たようなことはできると判断した。

 EDENの方向はわかっている。

 纏う。クリスの刀身に纏いて波打つは、【極覇】。【覇海】の性質を表面に出して、纏い保ちて凝縮する。

 

「【極覇】弐式──割世!」

 

 振る。

 技術の欠片も無い──強いて言えば大昔に授業でやった程度の剣道。その上段振り下ろし。

 魔法はイメージ通りの結果をたたき出す。それはつまり。

 

「くだらねェ干渉全部ぶった切っていけ!」

 

 薄膜、になるのだろうか。

 あるいは細糸だ。俺たちに──特にクロムクラハに張り付いていたそれを、ぶちぶちと切り裂いて進んでいく透明の刃。

 糸が切れた途端、クロムクラハ──そしてディオンは真剣な目に戻り、ただ一言を交わす。「じゃあな」「頂点を」。それだけで、ディオンがこと切れたのがわかった。

 

 進め進め。まだまだ進め。

 SS級魔法を取り込みまくった不可視の刃。

 止められるモンなら止めてみな、ってなァ!

 

 

えはか彼

 

 

「の、のだ!? 登場人物が勝手に動いて……あ、やばいのだ」

「クク、ちなみに唯一対抗できそうなカネミツは少し前から行方不明だ。良かったな」

「何が良かったのだ!? マルハーバン! 【断裂】のマルハーバンはどうしたのだ!」

「ふん、当然だが新拠点の方を固めている。このような用済みの施設に残っている防衛組などいるはずもないだろう」

「なーに余裕ぶってるのだ!? あの斬撃、当たったら確実に死ぬのだ! なんとかするのだー!!」

「ク──お主がなんとかする物語を書けばいい話であろう?」

「それだなのだ!! ええと、ええと──"EDEN中枢部に迫りくる刃。それは不可避のもの。それは不可視のもの。それなるは己が運命に怒り狂う太陽の使徒が放った世界を割る刃。なればこそ、その刃を止める方法はただ1つ。その刃が止まる条件はただ1つ"」

 

 そっ、と。

 ゲヘナとナリコが、プリメイラの近くから離れる。

 巻き込まれないように。

 

「"世界を割れば良い。世界を割ることができれば、その刃は止まる。ならば先に世界を作ればいい。小さな世界を。なんでもいい、どれでもいい。完結した世界を1つ捧げればいい!"──ええと、だから、だから……私はこれを捧げるのだ! 【帰述】!」

 

 亜空間ポケットから取り出されるは、『百合少女育成学園エデン ~焦がれるあの人との蜜月~ -新入生編-』と題名の書かれた分厚い本。

 本は取り出されるや否や前方の空間を侵食し始める。映し出されるのは学園エデン。そこに通う少女たちの姿。和気藹々としている──ように見えて、誰もが()()()を狙っていた。凛々しく、時にやんちゃで、しかし頼りになるお姉様。あの方になら貞操を捧げてもいいと、頬を赤く染める女学生たちが、しかし一瞬止まる。"お姉様"の横に見知らぬ生徒が現れたからだ。銀髪ポニーテールの少女。低身長で少しばかりガラの悪い少女。その子は2、3と"お姉様"と言葉を交わした後、あろうことかその"お姉様"にお姫様抱っこをされて学園の奥へと連れていかれる。嫉妬から誰もがハンカチを噛む中で、物陰にいたどこか影を帯びる少女が1つ溜息を吐いた。そう、彼女の名はミサ──"。

 

 斬撃が届く。

 世界を割る斬撃。現実へ侵食を始めていた【帰述】による創作世界が容赦なくぶった斬られる。

 

 自分でやったことながら。

 自分の作品が斬られた、という事実に悲しみを隠せないプリメイラ。

 

「ク──そろそろ来るぞ、本隊が」

「う、ぅぅうぅ。わか、わかってるのだ……。また書いてあげるのだ。ううう」

「現実にいる者を登場人物の特徴として模倣するのならばまだわかるが、実名そのものを使って恋愛小説を書くのはどうかと思うのだがな……」

「妖術・式鬼城郷──」

 

 2度目の斬撃。

 それは数多の紙の束を切り裂くだけの結果に終わるのだった。

 

 

えはか彼

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