遠吠えは遥か彼方に   作:劇鼠らてこ

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四、迷宮編
11.藍最後尾夜有.


 金髪お嬢様及び後から追い付いたポニテスリットの命令無視に関する罰──は、"未だ在園中の身である"ということで少々の緩和が図られた。

 加えてそもそもが遠征組突撃班班長の判断ミスであったこと、及び少しだけ明確になった敵──化け物を従える魔法少女に【即死】を奪われずに済んだことも相俟って、少々強引な緩和に緩和が重ねられ──。

 

「ひと月の給金5割カット、及びエデン下部の清掃、と。まァありがたい措置だな」

「別に、梓さんは罰を受けていないのですから、付き合わなくてもいいのですのに……」

「いやさ、私を助けに来るために命令無視して突っ走ってきてくれたんだ。それに付き合わなきゃ私の心が苦しくてね。私の苦痛を和らげるコトだと思って参加ァ許可してくれや」

「勿論拒否はしませんけれど……でも、いいんですの? ()()()()()()?」

「あァ、そりゃ──今、身をもって感じてるよ」

 

 二人の降級もなし、禁固刑とかにもならず、こうして自由にさせてもらってる時点ですんげェ措置だと思う。まァさっき述べた敵に【即死】を奪われなかったってのがデカそうだが、その辺はお上の判断基準を知らねェことにはな。

 

 んで、今。

 俺達の通い住む魔法少女育成学園エデン、及び国家防衛機構・浮遊母艦EDENっつーのは、逆三角錐の浮遊島の上に建てられた五角形の城から成ってる。その城の内部構造はまァいいとして、じゃあこの逆三角錐の浮遊島ってェのはなんなんだ、ってトコ。

 どー見ても自然物じゃねェ、人工物なこの島は、なんと学園長殿による魔法の結果、なんだそうな。EDENにおける最上級のSSS級魔法少女でありながら、その覚醒が起きたのは年老いてから。少女幼女が多く、見た目召してても40代くらいの女性が多いこのエデンにおいて、ただ一人老婆の姿をした魔法少女。

 

 いんやさ、魔法少女とは、ってなるのは俺もそうなんだが、まァ多分前世でいう魔法使いみたいなニュアンスなんだろう。

 

 そんなすんげー学園長殿によってつくられたこの逆三角錐島には、内部っつーもんがある。地下迷宮っつーの? なんぞやべェ迷路になってて、たまにランダム湧きの方の化け物が湧いて出るんだそうな。なんでそんなコトになってるかってーと、そもそも迷宮だったものを浮かせた、って話らしい。

 

 逆三角錐の建造物が先にあって、それを学園長か他の魔法少女かが攻略して、その建造物を学園長が浮かせて、その上にEDENを作った、と。

 だから当初EDENの下に国は無かった……はずだ。周囲にはあったかもしれねェが。あの廃墟群見る限り。

 あんまりEDENやエデンの歴史についてを綴っている本無いんだよな、学園塔内の図書館。お上が隠したいのか、本気で誰も記録してないのかのどっちかだ。魔法少女は死なねェから、記憶してりゃ問題ないって考えの可能性もある。文字通り生きた辞書だから。

 

「すまない梓、一匹逃した!」

「ん? あァ、こんくらい小さけりゃ流石に大丈夫、うげっ!?」

「梓さん!?」

 

 で。でだよ。

 今ァ俺達ァその迷宮にいるワケだ。午後の森よろしく清掃という名の掃討。まァ掃除もしていってるんだが、メインは掃討だな。

 迷宮ってだけあって、出てくる化け物も外のとはちょいと違う。ネズミだのコウモリだの、小動物っぽい化け物が多いんだ。外の世界じゃ他の化け物に食われちまうような奴らがな。

 つっても化け物は化け物、普通の獣とは違う。ちゃんと攻撃してくるし、ちゃんと危ねェ。普通にB級くらいの力持ってる奴もいる。

 

 SS級とA級がいればなんてことはない……と思っていたら、いんやさ、そんなことはなかった。

 

 当然ながらこの迷宮ってな学園の所有物。だから壊しちゃいけねェ。だからポニテスリットの【波動】はそんなにたけェ威力出せねェ。迷宮は迷路だから色々と狭い。だから金髪お嬢様の【神速】も本領を発揮できねェ。直線状の通路が少ねェからな、結構ぶつかりそうになるんだとか。

 なんかそーいう、本来は高火力でドン! みたいな戦い方をする魔法少女にはうってつけの罰というべきか、繊細に、且つ丁寧に戦う必要があるんで鍛錬にも持って来いなんだと。

 

「大丈夫ですの?」

「あァ、【即死】で防いだよ。……これ、もちっと精度上げてェなァ」

「触れた瞬間に【即死】させることによる絶対防御……だが、勢いを殺せないとあってはな」

「ん-、でも今のみてェな本体ごとぶっ飛んでくるのはともかく、タコだのローパーだのが触手伸ばしてパンチしてくるのだったら、一瞬で【即死】させりゃある程度緩和できるはずなんだわ。問題は私がその速度に対応できるのかってのと、複数敵には向かねェってことかね」

 

 俺は元々そーいう高火力がないんで戦闘スタイルはあんまり変わんねェんだが、SRと炸裂弾は使えねェんで封印。今は元々の【即死】……触れて殺すか、向かってきたのを殺すかだけでなんとかしてる。この【即死】防御、もう少し精度をあげりゃ、マジの絶対防御になりそうなんだが……如何せん俺の反射神経が悪い。

 あと殺すだけで消すわけじゃねェから、ポニテスリットの言うように勢い殺せねェで普通に食らうのもだるい。紙一重で避けながら触る、みてェな大道芸が出来たら話は違うんだろうが、お飾りB級じゃそんな身体強化は出来ねェんだわ。

 

「で、今進捗率どんくらいよ」

「地図に寄れば、1割にも満たんな」

「マージか」

 

 迷宮迷路と言っちゃいるが、一応地図はある。何度も掃除されてきたし、そもそもが攻略済みの迷宮だからな。それはちゃんと支給されてる。

 が、それがなんだ、ってくらい長い。この迷宮、デカい。まァEDENと同じか少し小さいくらいの広さがあるって考えりゃ当たり前なんだが、いんやさ、魔力持つかねェ。

 

「ちょいと魔煙草吸うわ」

「……」

「ン? どうした二人そろって」

 

 結局件の遠征じゃフリューリ草の花は見つけられなかったし、安藤さんもまだフリューリ草を仕入れてねェみてェで煎じ茶はもう少し先になりそうだしで、結局はこの魔煙草とフリューリ草そのものにたよりっぱになってる。

 基礎魔力増やす方法も調べちゃいるんだが、「え? 魔力量ですの? ……使っていれば増えますわ!」とか「ふむ。昔は限界まで使って倒れるを繰り返せば上がる、などと言われていたが……それが答えでないことはお前が証明しているしな」とか「えー? ねてればいいよー」とか。

 A級以上の魔法少女の話は参考にならねェ。んじゃあ俺と同じB級以下の魔法少女に聞いてみよう、と思ったんだが、俺の知ってるB級以下の魔法少女は鬼教官に従ってた奴と、自室に引きこもったまま出て来ねェ二人しかいねェと来た。前者はどこにいるか知らん。声もかけられん。後者は俺より魔力低い。

 

 八方塞がりだ。ちなみに図書館やら教本やらにはそれら手段の掲載は無かった。

 やっぱり元々の素質、なんかねェ。

 

「それ、一本貰えたりしますの?」

「……いや、いいけどよ。SS級にゃ微々たるモン過ぎてわからねェと思うぞ」

「いえ、味が気になって」

「私も気になるな。お前がよく吸っているもの、という印象でしかなかったが」

「でも不味いって知識はあンだろ。やめとけよ、本気で不味いぞ」

 

 匂いが良いのは認める。めちゃくちゃ微かなシトラスハーブって感じだ。

 が、味は……なんだろォな。"生きとし生けるものが絶対食っちゃいけねぇモン"みたいな味がする。安藤さんの話通り、フリューリ草が自己防衛をするために集めた苦味とえぐみと不味さの結晶なんだろォことはよーく伝わってくる。

 

「あー。わかった、わかった。ほらよ」

「ありがとうですの!」

「すまんな」

 

 いんやさ、おじさんそんなにジーっと見つめられたら折れちゃうよ。

 無理無理。純朴な少女の目には耐えられねェって。

 

 仕方ねェんで二本取り出して、箱の側面で起動。二人に渡す。

 二人は何度か匂いを確かめた後。

 

「では──」

「……」

 

 一息に、吸い付いた。

 

 ……いやまァ、何を挟むでもねェ、見る間もなく見るも無残に変わっていく二人の顔。すぐに口を離して、恐ろしいモンを見るような目で俺を見る。

 

「ほらな、言ったろ? 慣れてねェ奴が吸うもんじゃねェのよ」

「……言葉が出ないですの」

「こんなに不味いものがこの世にあったのか」

「んじゃ返してくれ」

「え?」

「え? じゃねェよ。一瞬口付けただけだろ。捨てるの勿体ねェから返してくれよ」

 

 いやさ、他人が口付けた煙草吸うのがキショいってなわかるけど。

 お飾りB級には勿体ねェ魔力に見えんのさ。まだまだ先は長いしな。

 

「いや、慣れてきた……コホッ、ああ、んん、ぅ、……大丈夫だ。吸える」

「私も大丈夫ですの! 匂いはとても良いですし!」

「……ならいいけどよ」

 

 これはキモいと気遣いが両立したアレか?

 ……ダメだねーおじさん。効率だのなんだのを気にするあまり、年下の女の子に気ィ遣わせちゃって、空気悪くして。典型的な空気読めないおじさんじゃねェか。

 うわー、そういうのならねェように気を付けてたのになァ。もしかして前世でも俺の事空気読めねェって言ってた部下いんのかなァ。悲しいなァ。

 

「あー、二人とも、歩けるか?」

「ぐ……だ、大丈夫だ」

「まずい、ですの……」

 

 そんな足元が覚束なくなるくらい不味いかね。

 ……不味いか。俺も初めて吸った時天地がひっくり返ったかと思ったくらいだ。なまじ前世で煙草を知ってただけに、驚いた。いや前世の煙草が特別美味いってワケじゃねェんだけどよ。

 ちなみに安藤さんも言ってた事だけど、この世界にも普通に煙草はある。魔じゃねェ方の煙草。本当に稀にだけど、吸ってる魔法少女もいる。肺悪くなっても死ねば治るからな、なんて言ってたっけ。……やめやめ、嫌なコト思い出したわ。

 

「ま、捨てても火事とかにゃならねェから」

「あ、梓さんから貰ったものですもの。捨てませんわ……ぅ」

「無理を言ったのはこちらだ。……捨てはしない」

 

 あーあー。また気を遣わせて。

 おじさんダメダメじゃね? 若者になれてなくね? アレか。っぱねー、まじっぱねーわとか言ってかないとダメか。っぱねー。

 

 いやまァ、そんな感じで。

 俺達三人の迷宮探索は始まりました、と。

 

えはか彼

 

 にしても、だ。

 

「……多くねェか、化け物」

「そう、ですわね。前に入った時は……ここまで多くは無かったのですが」

「ふむ……」

 

 なんとか吸いきった……ように見せかけちゃいるが、多分亜空間ポケットなりにしまったんだろォな、って二人は、未だ口に残る不味さに不快感を示しながらも、ようやっと通常通りの足取りに戻った。

 魔煙草のせいで少しばかり遅れた清掃進捗は未だ1割に届かず。とはいえ魔煙草のせいだけじゃない。どうにも化け物が多いのだ。化け物を国民から守る国家防衛機構がこんなに化け物を野放しにしてていいのか、ってくらい多い。

 これ、溢れ出したりしねェのかな。

 ……あァいや、そのための清掃か。俺達以外にも色んな魔法少女がやらされてんだろうな。

 

「それは当然だよ? こんなに食べるモノの少ない迷宮で、そんなに魔力を含んだ植物を見せていたら、魔物が集まってくる」

「あァ成程。そーいうことか」

 

 確かにまァ、不味い不味いっちゃ言っても、魔力の塊だからな、フリューリ草ってな。魔煙草もそォだが、俺の身体の至る所に草そのものが仕込んである。亜空間ポケットが使えない以上は仕方ねェんだが、なるほどこれは匂いやら何やらをばら蒔いてたってことになるのか。

 

「下がれ梓!」

「何者──!?」

 

 必死な声に、なんだなんだと振り返る。

 直後駆け抜ける金色の風。お嬢の剣。

 

 それは。

 

「危ないことするね、君」

「すり抜けッ──精神体ですの!? ならば──」

「危ない子には、お仕置きだ」

「ヒ──ぇ、あ……!?」

 

 当然のようにすり抜ける。

 故にと何か策を講じようとしたお嬢は、けれど突然苦しそうな顔をして、喉を押さえた。

 

「待て待て、やめてくれ。今のはどう考えてもそっちが悪い。脅かすつもり満々だっただろ」

「そうだね。ごめん。謝るよ」

「──ケホッ、ごほっ……」

 

 これだからA級以上は。

 展開が早いんだって。おじさん付いていけないから何事もゆっくりやってくれ。

 

 未だ警戒を解かないポニテスリットと、可哀想に咳き込んじまっている金髪お嬢様を横目に、俺はそいつへ話しかける。

 身体の半分が、壁に埋まった──ソイツ。

 

「よォキラキラツインテ。何用で?」

「ただちょっと、先日のお詫びにね」

 

 魔法少女あるるらら。【透過】の魔法の持ち主が、そこにいた。

 

 

 

「すみませんでしたの。早とちりをしてしまって……」

「こっちこそいきなり出てきていきなり攻撃してごめんね」

「十割キラキラツインテが悪いが、まァお嬢も早計だったな。でも多分私を助けようとしてくれたんだろ? だからやっぱり十割キラキラツインテが悪ィよ」

「キラキラツインテ……なるほど」

 

 俺のあだ名センスに何か納得しているポニテスリットは置いといて、少しばかり散らかった状況を整頓する。

 

 突然俺に話しかけてきて、化け物が多い理由を教えてくれたキラキラツインテ。

 そのキラキラツインテに驚いて【神速】を用い、撃退しようとした金髪お嬢様。

 金髪お嬢様がいきなり攻撃してきたものだからお仕置きにと、その喉にネズミを詰めたキラキラツインテ。

 

 ……うん。やっぱりキラキラツインテが悪いわ。

 

「で? 詫びにしちゃァ随分だが」

「ごめんね。驚かすつもりしかなかったんだけど」

「つもりしかなかったんじゃねェか」

「うん。でも期待してた反応とは少し違ったかな。もっと悲鳴を上げてくれるかと思ったら、あとちょっとで切られてしまう所だった」

「魔法少女にユーレーへの恐怖を期待すんのァ無理だろ」

 

 キラキラツインテは【透過】状態から実体化し、迷宮に降り立った。

 班長と違ってあんまり知られてねェのか、ポニテスリットも金髪お嬢様もキラキラツインテを知らない様子で、遠征組の一人だと話せばかなりの納得を得られた。

 何って、その詫びが動機ってのと、自分達が知らない事に対して。

 

「遠征組は……私とはあまり関わりませんものね」

「私も突撃班に回される事は無いから知らなかったな」

「改めて、初めまして。遠征組突撃班のあるるららだよ」

「ああこれはご丁寧に。学園AクラスA班班長のフェリカ・アールレイデですわ」

「同じくA班のミサキ・縁だ。よろしく頼む」

 

 お嬢は【神速】で遠征先のどこにでも行けそう……という印象を持たれがちだが、実はそんなことは無い。お嬢の【神速】は他人にかける事が出来ないからな。集団行動で遠征する遠征組において、一人だけ突出してしまうお嬢はあんまり合わないんだと。基本遠隔で構成されるってのもある。キラキラツインテは近接だが。

 遠征先のどこにでも行けそう、ってのはまァ別に間違いじゃないんだが。俺を助けに来てくれたようにな。

 

 ポニテスリットは逆に防御面が超絶優秀なんで、観測班や調査班に回されるそうだ。突撃班ってな突貫して殲滅して、ってのがメインだから、防御なんか考えねェと。

 

「で、詫びってなンだよ。私ァキラキラツインテに謝られるような事された覚えは無ェぞ」

「ヴェネットの判断ミスや君の窮地は、私が捕まった事から始まったからね」

「あー。いんやさ、そりゃ不可抗力だろ。誰だってあの触腕の中に罠がある、なんて思わねェって」

「仕方がなかったら自分は悪くない?」

「……いんやさ、それを否定すると、お嬢の罰に付き合ってついてきてる私の苦痛を否定することになるワケだ」

「うん。これはお詫びだけど、私の罪悪感を晴らす行為だから、そこもごめんね」

 

 成程ねェ。

 ふわふわしてる奴だと思ってたが、ちゃァんと善人でやんの。いやお嬢を脅かしたっつか俺達を驚かせようとしたのはまァ悪戯心だろォし、自分捕まっちまって全てが狂ったからお詫びしたい、罪悪感で押し潰されそうってな、まさに善人の証拠だわな。

 善人っつか、純朴? んなもん敵が悪いで踏み倒しちまえばいいのによ。

 ……俺もそれが出来なくてここにいるわけだが。

 

「ええと、あるるららさんは、どのようにしてここに?」

「うん? 真っ直ぐ、降りてきただけだよ?」

「それは……先ほどの様に、壁をすり抜けて、ですの?」

「そう。私はどこにでもいけるからね」

 

 反魔鉱石の無い所にはだろ、……って茶々を入れたくなったけど、やめた。おじさんは空気を読む練習をするのだ。

 

「では……もしかして、この迷宮の最深部にも行った事がありますの?」

「うん。あるよ」

「え、お嬢は無いのか? 前に来た事があるような口ぶりだったけど」

「最深部に行く前に死んでしまいましたから、無理でしたの」

「私も最深部は行った事がない。魔物が強すぎてな、行くならSS級が三人は必要だろう」

「え」

 

 ……え。

 ん?

 あれ、ここって攻略済みの迷宮で、ランダム湧きの化け物がいる程度、の場所じゃなかったん?

 危険つってもB級クラスの化け物がいるからー、みたいな。そういう風に聞いてたんだけど。

 

「それで、どんなところなのですか? 最深部というのは……」

「それは教えられないかな。実力を付けて正式に攻略して、自分で確かめて」

「うぬぬ……やっぱり教えてくれませんのね……」

「フェリカ、お前まさか、迷宮最下部の秘宝なんて噂を信じているわけじゃないだろうな……?」

「噂じゃなくて七不思議ですの! "エデンの下の迷宮の、さらに下の最深部には、不思議な不思議なお宝が眠っている──"なんて、ロマンですわ!」

 

 えーと。

 何、待って。追いつけないよおじさん。

 ここ普通に迷宮なの? 攻略済み──だからといって、もしかして化け物が湧かなくなるワケじゃない、とか?

 ……いやそうだよな。そりゃそうだ。

 だって湧きポがあるんなら、化け物は永遠に湧き続ける。俺の【即死】が唯一の湧きポを壊せる魔法って言われたくらいだ、今までは封じる方法が無かったって事だ。

 つかまだ自然発生の湧きポに対する有効度の調査やってないんだけどいいのかな。あの廃墟群のアシッドスライム湧きポとか適当に【即死】させればわかると思うんだけど、なんでそういう命令出してこないんだろう。

 

「梓さん? 行きますのよ?」

「ん。え、あァ。……えーと、お嬢、一個確認したいんだが」

「なんですの?」

「この清掃って、目的はなんだっけ」

「この迷宮のお掃除ですわ」

「……じゃあ、最深部には」

「当然行きますわ! あ、けれど梓さんは罰の対象ではないので、その前にあるるららさんと帰ってくださいまし。私とミサキは前回の挑戦からどれだけ自身の実力が上がったのかを調べる事も兼ねて、挑戦しますので」

 

 ……それは。

 死ぬ、ってことか。

 

 そっか。

 そこも、か。

 

 俺に【即死】を使わせたくない。俺に仲間を殺させたくない。俺が仲間を殺す事を嫌っている。任務で死んでほしくない。俺が死ぬのも嫌だ。

 そこまで理解が及んで──それでもまだ、なのか。

 エデンの中で、ある種──迷宮攻略という"コンテンツ"の中で死ぬのは、問題ないと。そういう場所だから、と。

 

 そういう、考えなのか。

 

「ダメだな、そりゃ」

「え?」

「私も挑戦する。んで、三人……あー、いや、四人で最深部見に行こう。私も秘宝ってのに興味がある」

「え、え、でも危ないですのよ? 危ないというか──その、今の梓さんには……」

「無理だ、梓。最深部前の魔物は、作戦どうこうでどうにかなるものじゃない。単純な殺傷能力が物を言う。その点、お前は──」

「おいおいポニテスリット、【即死】の殺傷能力はSSに届くんだァわ。なんならお前より高いって事忘れんなよ?」

 

 あー。

 俺ダメだわ。なんか、どんどん……どんどん、大切になってきちまってる。

 死をそんな便利に扱うな、ってのはあくまで俺の考えだ。俺の中の理念だ。俺の中の信条だ。だってのにそれを押し付けて……。

 

 お嬢にも、ポニスリにも……もう死んでほしくないとか、思ってる。

 

「……あるるららさん。梓さんはその」

「死にたくない、でしょ? 知っているよ。キリバチから聞いたから」

「理解があるなら助かる。いざとなれば、無理矢理連れ帰ってほしい。梓はその優しさ故に、私達だけを危険に晒す事が無理なのだと思う」

「そういう相談、本人のいないトコでしねェ?」

「わかった。君たちへのお詫びもあるからね、護衛は任せて」

 

 お荷物、なんだろォな。

 ホントなら本気で足手纏いなんだろう。俺ァ殺傷能力だけなんだ、SSに届き得るのは。身体能力も動体視力や反射神経もA級には程遠い。B級にもなってねェんだろう。そんな奴を守んのは、守りながら戦うのは難しいはずだ。

 キラキラツインテだって護衛なんつっても【波動】みてェな便利なモンじゃねェから、俺を守るために傷を負うかもしれない。死ぬ、かもしれない。

 

 ……やっぱり引き下がった方がいいんじゃねェかと、効率の面では思えてくる。

 

 けど。

 

「ごめんな、二人とも」

「え。いいんですのよそんな! 謝る事では!」

「そうだぞ、これはそもそも私達への罰だ」

「ごめん。……私ァ、二人のこと、大切過ぎてさ。ダメなんだ。死ぬのが……怖い。私も死にたくない。けど、二人にも死んでほしくない。ごめんな。死っつーのは、どうにも──」

 

 ダメだわ。マジで。

 感情が抑えられねェや。おじさんになると涙もろくなっていけねェ。あいや今は少女なんだが、どっちにしろ涙脆いだろォよ。

 死が当然。死んでも蘇る。死んで失うものはない。死んだ所で何が変わるわけでもない。

 それが常識の彼女らに、死とは喪失であると押し付けるのが、どんだけ無理矢理な、どんだけエゴに寄ったコトか、なんて。わかってんだ。わかってんだけど。

 

「梓さん……」

「梓……」

「ふふふ、青春だね」

 

 そんな綺麗なもんじゃねェよ。

 でも、二人とも、理解してくれた──みてェな顔じゃねェなァ。 

 

「それでも──梓さん。そのお気持ちは、とても嬉しいです。けれど」

「すまないが、感情でどうにかなる場所ではない。死ぬときは死ぬ。だから、助けてくれるのは良い。お前がついてきたいと言うのなら止めはしない。だが──期待はするな」

「これから向かうのは文字通りの死地──幾百もの魔法少女が挑み、そして敗れ、死んでいった境地ですわ」

 

 小声で「私はスルーしたけどね」とか言ってくるキラキラツインテにちょみっと苛つきながら、あァでも、二人を見る。

 

「……わかった。高望みはしない。期待はしない。でも──もし、死なねェで、少しでも可能性を掴み取れる余地があんなら──諦めないでくれ」

「ええ、それは勿論ですわ。私とて、死にに行くためだけに向かう、というわけではありませんから!」

「当然だな」

 

 あァ、ダメだね。

 至難だっつーんなら──いいよ、俺が攻略してやらァ。この迷宮。俺が殺してやらァよ。

 

 そうすりゃ、もうここで死ぬ魔法少女もいなくなるワケだろ。はン、一石百鳥だな。

 

「まぁ、まだここって迷宮の一割くらいの場所なんだけどね」

「先は長いですわ!」

「気力削ぐこというんじゃねェよキラキラツインテ」

 

 そうだった。

 まずは、その最深部前、とやらまでいかねェとな。

 

 さァ──改めて、出発だ。

 

えはか彼

 


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