「ジーウィース……異郷にして異邦の神。而して古き強き神。外辺邪が召喚した、と考えるには些か妙だな……」
冥界。
朔。あるいは新月に例えられる真黒の天体の裏側。光り輝く宮殿。純白にして黄金の庭園に彼女はいた。
折れた柱。その窪みに溜まった水。そこに映るは恵理須と呼ばれる彼女の娘の全体図。頻繁に波打ち、点滅するのはその地表にある魔力であり、その魔力を持つ者達を示す。
黄金の髪を揺らめかせる女性はその水面を見て眉を顰め、時折何かをぶつぶつと呟いている。
そう、彼女こそがレイ。
太陽の神レイ。世界を作った三柱が一柱にして、魔法少女に魔法を与えた張本人だ。
「あるいはそれほどのものがあるのか? ハキタの愛し子。生ける夜の使徒」
それは独り言──ではない。
彼女の背後にいる者に向かって問いかける言葉だ。
背後。
彼女には及ばずとも、美しき金の髪を流す少女に。
「オレが今問うたぞ。言葉は無いのか、【神光】」
「……質問に質問で返さないでくださいまし。先に問うたのはこちらですわ。太陽の神レイ──命乞いは、ありますか、と」
「ふん──」
黄金の園は。純白の庭は。
しかしもう、誰もいなかった。沢山とは言わない。両の手で数えられる程度しかいない。
それでも1人ではなかった。レイ1人ではなかった太陽の神は──先日捕らえた新造の神とレイ以外、殺されてしまった。貧弱。軟弱。
そう見下すこともできるだろう。しかし、それを言うものがいるのならば、レイは確りと否と言う。
十二分に、強い。【神光】──元【神速】の魔法少女。レイの囁きを拒絶し、使徒にならなかった少女。
「貴様如きが、オレの問いを無視し、オレに命を乞えと」
「乞わぬのならば、殺すまで」
「良いだろう」
言葉の直後、神速の突きがレイの首を貫く。
否。
貫いてはいない。
止められている。
「ッ!?」
「──他の神には、確かに通用するだろう。複数回の"役割の統合"を成した魔法はオレの力にほど近い。だがオレには通じない。なぜならその力はオレの力であり、魔法というもの自体がオレを傷つけようとはしないからだ」
レイは──抓んだ剣先を放す。
興味が無い、とでもいうように。最初の位置から動くことなく、ただ虫けらを見る目で、少女を見た。
「貴様ではオレを殺せない。──わかっただろう。ならば、付き合え」
「何、を」
「会話、というものだ。貴様の好む者が好んでいるものでもある。ふん、風の地平、夜の宮にも幾人かの虫けらが行ったようだが……外辺邪の入れ知恵か。愚かな事をする」
その指を、水面に向ける。
一際大きい波紋。常に水面を揺らす2つ。
「これが、ジーウィース。貴様らが召喚した神だ。そして、これがメイアート。オレの使徒であり、世界を殺す者だ」
「……」
「【神光】。貴様はこの盤面をどう見る?」
「……神が勝利しますわ。そのために呼び寄せたのですから」
「そうか。オレはオレの使徒が勝つと予想する」
「随分と……使徒思い、なんですのね」
「事実を言ったまでだ。覚悟が違う。背負うものが違う。ただ呼び出されただけのジーウィースより、オレの使徒の方が重いものを背負っている。貴様ら魔法少女が持つものよりも、オレの使徒の方が重い」
あるいはそれは、レイにとっての最大の賛辞だったのかもしれない。
決して本人に言うことはないのだろうが──レイは、彼女ことを信用している。
ここまで確実に死の運命にあった。
彼女に与えた【即死】はその名の通りのもの。魔法はその者の生き様を表す。【瞬殺】だとか【確殺】だったのなら理解もできようが──【即死】など。それが表す生き様など、1つしかない。
死ぬはずだった。何度も、何度も。
それはあるいは、生まれた直後ですら。覚醒した直後ですら。
死を厭わない魔法少女だからこそ「それも良いか」と片手間に眺めていれば──なんと、死なないと来た。死を厭うのだ。魔法少女が。太陽の使徒のなりそこないが。【即死】を背負う者が、死を厭う。
喜劇である。
ただ、それにしては覚悟が無い。
ただ、それにしては努力が無い。
嫌うくせに避ける努力をしない。忌避するくせに首を突っ込む。次第に彼女への興味は薄れ──しかし、気付けば魔物になっていた。気付けばこちらに呼びかけるほど不遜になっていた。何度も肉体を失い、肉体を分かたれ、肉体を掠め取られ──それでも、と。
それでも、それでも、それでも、それでも、それでも、それでも。
ああ。
「貴様の愛し子が、今どこにいるか。知っているか?」
「いいえ。ただ、彼女は夜の使徒と名乗っていましたから──夜の宮、なる場にいるのだと」
「そうだ。今にも崩れ落ちんとする肉体はそこにある。精神体もそこにある。だが、心はそこにない。どこにあると思う?」
「……貴女の掌中、ですの?」
「ここだ」
指をさす。
レイがその、豪華絢爛な装飾の施された指で示すのは──波を生む光点の1つ。
ジーウィース、ではなく。
「まさか」
「そうだ。貴様が、貴様らが異邦の神を召喚してまで殺そうとしている者。貴様らの世界を殺さんとしている者。【青陽】を殺した者。【槍玄】を、【引力】を殺した者。それが」
その時、レイの指差した光点から水の柱が立ち昇る。
莫大な魔力反応──冥界を少しだけ揺らすほどの。
「太陽の使徒メイアート。またの名を、夜の使徒アンディスガル。あるいは魔法少女梓・ライラック、だ」
「……先日、梓さんに会った時。"次に敵対するときは"などと仰っていましたけれど……まさかこのような形とは」
「さて、【神光】。質問に返した質問を重ねよう。貴様はどう見る、この盤面を。どちらかが勝利するか。あるいは──魔法の効かないオレを諦めて、とっとと加勢に行くか。択は少ないが、どれを選んでも貴様に大した損はない」
「決まっていますわ」
少女が剣を向ける。
レイに、ではない。
もう少し高い所──。
そこは。そこに剣を。そんなものを向ける行為に、流石のレイも失笑を隠せない。
「ふ──夜の宮に行くか。そこで何をする?」
「神、ハキタを殺しますわ」
「ふ、ふふ──それは、何故だ?」
「夜の神ハキタこそがすべての元凶。梓さんを縛り付け、梓さんに使命を与え、あの方を数奇な運命に巻き込んだ。それは、許されざることです」
ああ──可笑しい。
こんなに感情を露わにしたのはいつぶりだろう、と。
レイは笑う。大声は出さないものの、クツクツと笑う。
誰だろうか。
このようなことをするのは。
決まっている。あの嫌われ者に決まっている。
だが、どうだろう。レイの言葉は届くだろうか。届かせてやる必要があるだろうか。
この喜劇を。どう転んでも悲劇にしかならない喜劇を、どうして止めてやる必要があろうか。
「そうか。ならばオレに用はないな」
「……太陽の使徒メイアートを送り出した貴女を殺し得なかったのは残念ですが。梓さんの心が世界にあるというのなら、神々の惨殺という蛮行を見られずに済みますわ。ですから、お礼を」
「ふ、ふふ……ああ、良いだろう。その礼を受け付けてやる」
面白い。面白い事を言う。
神々の惨殺。見ていないから良い。蛮行と知っていての行い。どれもこれもが素晴らしい。
アレ程度に殺されるハキタではないだろうが、それでも傷は負うかもしれない。
下手人を知った時が楽しみだ。全てを終えて戻ってきた梓・ライラックが──愛する神の怪我を、あるいは訃報を知り、その下手人を知った時。
あの少女はどうなるのか。何を思うのか。怒るのか。諦めるのか。
「1つ。これだけは問うておくぞ、【神光】」
「なんですの?」
「良いのか? 貴様らが神の討伐に手こずっている間に、メイアートが世界を殺すやもしれんぞ」
「それでしたら、問題はありません。だって、知っていますのよ」
少女は──光の翼を広げる。
「裁定者。全役割の統合。──それには、私達の魔法を奪わなければなりませんわ。しかし、私達は冥界にいる。なれば私達が戻ってくるまで、どのようなことをしても全役割の統合が成し遂げられることはありませんの。違いまして?」
「ふ──答えを出してやる程優しくはない。ふん、精々自身の考えが合っている事を祈って行動するんだな。──前提が違えば、どれだけ最良の選択を取っても全てが台無しだ。それくらいは自覚しておけ」
「そんなこと、何度も行いましたわ。──それでは」
言って飛び立っていく少女。
レイは──ああ、笑みが抑えられない。
ああも。
ああまでも。
愚かで──哀れな存在がいたか。
「しかし、相変わらずだな、外辺邪。【増幅】の権能……1つ疑念さえ生ませたら。1つ懐疑さえ生ませたら。あとは簡単だ。【増幅】し、育て、自身の考えだと誤認させ……ふん、つまらん。馬鹿の1つ覚えだ。だが」
レイは再度水鏡を見る。
喜劇だ。そして悲劇だ。
それでも、と。
それさえも──ひっくり返して、何か違う方向に導くのではないか、という期待もある。
良い。
世界はまだ、面白い。
「……さて、とりあえず掃除でもするか」
太陽神レイは、誰もいなくなった……戦闘によって散らかった庭園を、楽しそうに片付け始めたのだった。
世界が震えている。
ヴァスで斬りつける度、身体強化した脚で蹴りつける度──コイツが雷を落とす度。
震えている。震撼している。
嫌だ嫌だと──早くそれを外に出して、と。
恵理須が泣いている。
「っ、らァ!」
「ぬぅッ」
図体から考えて決して拮抗できるはずのねェ俺が、ジーウィースの叩きつけに抵抗する。吹き飛ばされない。潰されない。
背中から噴出するドス黒い魔力が──なんならむしろ、ジーウィースの拳を押し上げていく。
口を開けば黒煙が零れる。心臓は無い。無いのに、何かが激しく脈を打つ。ヴァスを持たない左手の指先からは鋭い爪が生え揃い、口にも牙みてェなのが突き出る。
背中には噴出する魔力の他に、コウモリみてェな翼。足先にも左手と同じく爪が生え、さらにァ踵の方にまで爪が伸びる。
完ッ全に人間じゃねェなァ、とか。
思ったりする。ハハ、そォさ、死人だよ元から。
「落ちろ──」
「うるせェ!」
雷。
背中メッシュのたァ違う。アイツにゃ悪いが、こっちの雷のが発生も速ければ威力も高い。が、まァ魔力纏った拳で弾ける。うっせェ隣人に壁ドンするみてェに雷を横合いからぶっ叩けば、その矛先は横にそれてEDENの地面を割り砕く。
ぐちゃぐちゃだ。EDENはもう。
復興工事、復旧工事なンてのァ嘘だったんだろう。俺が【鉱水】で襲った時からほっとんど直ってねェ。最初っから俺を引きずり込むためだけの餌だったンだろう。過激無口と委員長を含めて。
くだらねェ。
ンな馬鹿な作戦のために命捨ててンじゃねェよ。愛する奴がいンなら、未練があンなら、そいつのために生きるってな選択肢ァあっただろうが。
「【極覇】!」
「ぬ──」
全方位ではなく指向性を持った衝撃波。
反魔鉱石を用いていた修練塔でさえぶっ飛ばす程の威力を、ジーウィース単体へ向けて使う。
けど、ジーウィースもジーウィースだ。瞬時にやべェ感じのする雷──球電を手中に2つ作り出したかと思えば、【極覇】にそれをぶつけて──相殺した。
つまり、あの2つにァ【極覇】と同じくらいの威力があるってこった。
知るか。
「異邦の神! この世界の歴史において信仰されなかった神よ! てめェの居場所はここにァ無い! てめェの役目はここにァ無い! 何が目的で来たのか、何を代償に呼び出されたのかは知らねェが──」
「──炎雷」
「潔く! 死ね!」
降り注ぐは炎纏う雷。
知らん。知らん知らん。
どォでもいい。どうせ雷だろう。どうせ炎だろう。
そんなもの、元から炭化してる俺に効くかよ。
切り裂く。左手で雷を切り裂く。そォいう性質じゃねェのは知ってるけど、まるで垂れてきた紙かなンかみてェにビリビリに切り裂いて進む。足が地を掴む。人間より強く地を掴める足で、体がよろけよォモンなら翼で姿勢制御をして。
しゃがみ、滑り込み、跳ね起きてからの斬撃。フルオブズヴィトニーを思い出せ。アイツの戦い方。俺はアイツ程でかかねェが、今のやり方はアイツそのものだ。
思い出せ。ジョームンガンダーの体の使い方を思い出せ。強く早くしなやかに。必要なのァ素早い斬り込みじゃねェ、どんだけ早く攻撃した手足をもとの位置に戻せるか、だ。
図体のでけェ奴との戦い方は覚えてる。雷の扱いなんざお手の物だ。
ベルウェークもカンコウも雷を使ってた。背中メッシュでさえ使ってたンだ。あるいは何か特別な意味があるのかもしれねェが──ハハッ、知らねェよ。
どこぞのゴムたァ違うがな。
既に焼け焦げ、灰燼になってるこの体が。炭化して今にも崩れ落ちそォなこの体が。
知っている。
覚えている。
「【喧槍】──【槍玄】、【引力】結合! 【的中】」
奪った。簒奪した。
最高等級ではないが故に統合していない魔法を用い、即席のアンカーを製作する。
左手に槍の使を持ち、右手のヴァスを直上に放り投げる。
狙いァ定めなくていい。さっき奪った【的中】があるからな。
そォして──いつか見た、光眼鏡がやってたよォに、拳にだけ魔法を纏わせて──打撃する!
埒外の速度で発射された【喧槍】。それでも反応するジーウィースァ流石だ。流石だが、その槍にァ【槍玄】がかかっている。掴めやしねェだろう。そういう魔法だ。ゆえに弾かれ、無防備となったジーウィースの腹に【喧槍】がぶっ刺さる。的中だ。
「ぬぅ、ぐ──!?」
「
踏み込む。新たに作り出した【喧槍】で【引力】を地面に繋ぎ止め、動けずにいるジーウィースの懐に踏み込んで──さっき放り投げたヴァスを拾い上げた右手で、逆手に切り上げる。
「──!!」
「
その傷口。
腹にでっかく開いた傷口に突っ込むのァ──鋭い爪の左手。いんやさ、左腕。
「ギィぃいいああ、ぁっ!」
「
翼が広がる。
角が伸びる。体に入る真白のラインが蜘蛛の巣状に広がっていく。
「
また──何かが脈を打つ。
近いンだ。
何って。
「
限界が。
「──……我が名はジーウィース! 異郷へと呼び出されし異邦の神! 全能の神!!」
「あァさすまねェ神さん! 限界だ! 言祝ぎは中断する! 以下省略!
広がりかけた翼がボロっと落ちた。
右手以外の爪がサラサラと崩れ落ちていく。
「今の俺じゃアンタは倒せねェ! だけど俺ァ負けねェ! てめェが強ェから! てめェがすげェから! だから俺は負けねェ! だから俺は──てめェをぶっ飛ばす!!」
炭化した身体は結合を保てない。
叫ぶたびに崩れ落ちていく体。そんなものに何ができるとジーウィースァ笑う。
忘れたのか。
てめェ、自分の腹に俺の腕突き刺さってンだぜ?
「ルルゥ・ガル!!」
「もっと早く呼べなかったの? 見ててすっごくヒヤヒヤしたわ」
「ハ、精神体が何言ってやがる──ちょいと手伝え」
「いいわ。この神、輪廻の外側にいるし」
ごぼっ、と吐き出すのァ血の塊……ではなく、コールタールみてェな真っ黒の液体。
笑う。俺の身体の中はもうこんなンか。
「これやったら、俺ァぶっ倒れる! 全力で担いで逃げてくれ! 命はお前に預ける!」
「……はいはい。風の使徒様が、太陽の使徒さんの言うことを聞いてあげるわ。任せなさい。逃げ足だけなら世界一を自負しているから」
「知ってるよ」
突っ込んだ腕がつぶれていくのがわかる。
ジーウィースの腹筋のが強ェんだ。ハハ、こんだけ傷負ってまだまだか。馬鹿みてェだな、神ってな!
が、俺だって負けねェさ。
てめェが無理矢理出てきたンなら。無理矢理遣わされてンなら。
俺だって無理を通す。
「──【極覇】と【裁断】の役割を掌握。基点の合成開始……不可。うるせェ、開始するっつってンだよ」
「おい貴様、少し目を離した隙に何をしている。それは無理だ。魔法と権能ではそもそもの仕組みが違う。規則も法則も違う。無理矢理合わせようとすれば、全身が吹き飛ぶぞ」
「黙って見てろ潔癖症! ──変数設定。引用接続! 合成……新規言語作成により完了! 呼出変数名を【天愍】に設定……!」
瞬間、ジーウィースの胴体を割断するよォに、亜空間ポケットに似た
誰も、俺も、あるいは中央塔の残骸にいるニヤニヤ丸眼鏡でさえ見たことの無いもの。アイツの驚いた顔が面白い。
「こ、れは!」
食いしばってでも言え。
「権能を新生し、ここに君臨する」
開く。
ジーウィースの上半身がそこに飲み込まれる。ジーウィースの下半身が裏面に取り込まれる。
割断したわけではない。ただ分断しただけだ。
それでも十分な封印になろう。
そして。
「ルルゥ・ガル。全速力」
「はいはい──ボス! みんな! 逃げるわよ!」
遠吠えが響き渡る。
透明なオオカミの群れ。透明なカラスの群れ。
いつの間にこんなにも入っていたのか──恐ろしい量の魔物が一斉に返事をして、俺の体が運ばれていく。
「──"これで終わりだ。そう安堵した太陽の使徒メイアートの元に、1つの光が差し込む。それは憎悪だった。それは嫌悪だった。あの2人を殺しておいて。否、大事な大事な隊長を殺しておいて、何も失わずに帰ることができるなどと"」
どこからか──ピンクカチューシャの声が響く。
不味い。
何が起きるのかは直感的に察した。
誰かが、どこかの監視塔から落下してくるのがわかる。
「"殺した。殺した。殺した。殺した。救いではない。肯定ではない。防衛だからと許されることもない。殺した。殺したのだ。お前は確実に人間の命を奪った殺人者だ。──ゆえに、裁かれなければならない。太陽の使徒メイアート。貴様に裁きを下すのは、ただ1人"」
「──隊長の、仇ッ!」
それは少しだけ赤みがかった金の髪。
良く知る顔に良く似た顔。けれど──涙と憎悪に塗れた顔。
身体が重い。全身が重い。
それァ全力の影響だけではない。周囲の魔物たちも身体を重そうにしている。
「俺を落とせ!」
「断ル」
「!?」
刺さった。貫通した。
高所から落ちてきた少女。その身にかかる魔法と、俺達の身にかけられた魔法。知っている。これは──【重圧】という魔法だ。まだ未開化の、いずれ【重力】という魔法に統合される魔法。
使用者は──アムリタ・アールレイデ。
防衛組攻撃班イドラ隊が参謀。
そんなことは、どうでもいい。
「【天愍】」
「あっ、うぐっ!?」
魔法を簒奪し、その腹を蹴り飛ばす。
すまねェたァ思う。だが死なねェ程度の威力にしただけ感謝しやがれ。
それより、それよりも、だ。
魔法が……【重圧】が切れたことによって素早く走れるよォになった魔物たちがどんどん大挙していく。
俺を乗せた一匹もまた。
EDENを出て、あァ、すげェ。誰も殺してねェ。傷つけただけで終わらせてる。すげェ統率力だ。
その、でも見た目的にァ死屍累々の中を──ルルゥ・ガル一行ァ行く。
「ば、かが! なンで落とさなかった! いらねェ傷負いやがって、クソ! すぐに止血してやるから! ダメだ、走っちゃ! 俺なんざ置いて行っていいから、早く治療を……」
「何度モ言ワセルナ。断ル」
「なんでっ!」
「オ前ハ我々ノ希望ダカラダ」
希望。
何かが、すとんと落ちる。
あァ、くそ。
もう──意識が保てねェか。
そうだろう。魔法の統合。あるいは権能の統合をしたからって、今の状態がこの肉体に毒であることァかわんねェ。っつか亜空間ポケットにしまった心臓入れなおさないとやべェ。
意識が、落ちる、前に。
入れる。入れろ。
取り出して──。
「え」
目を覚ました。
──暗い空。同じ目線に浮かぶ朔と青。
暖かい。後頭部。
この感じは……あァ、またか、俺。
「起きましたの?」
「え? ……え、お嬢?」
「ええ。私です。フェリカ・アールレイデですわ」
「……なンで? ここ冥界だぜ」
「そうですわね」
また、じゃなかった。
神さんに膝枕されて起きる、ってな結構な頻度であったから、またか、って思ったンだけど。
なんでまたお嬢に。
いんやさ、冥界に来た理由はわからんでもない。無茶しすぎの奴な。
ホント、死にたくねェならもっと努力しろっていやその通り。
「……お嬢ァなんでまたここに?」
「少しばかり、用がありまして」
「へェ。少し用がある程度で来られる場所じゃないンだけどな」
「ジャハンナムさんに手伝っていただきました」
「成程ね」
まァ夜の神なら世界言語くらいお手の物だろう。
──なァ。
聞こえないぞ。
どうしたンだ。
いつもみてェにさ、ここ来たら──話しかけてくれるだろ。どんな状況でも言ってくれてただろ。
「……お嬢。アンタ、ここに何しに来たンだ」
「少しばかり、用がありまして」
「神殺しか?」
考え得る限り──自分の、最も低い声が出た。
ニヤニヤ丸眼鏡に送り出された、ってンなら。
そこに──そーいう意図があったって、おかしかねェ。そういう奴だって俺は聞いてる。
お嬢たちがどーやって神の威光に屈しねェよォになったのかは知らねェが。あァ、あァ、嫌な予感がする。
「……流石ですわ、梓さん。貴女はなんでもお見通しで──」
跳ね起きる。ここはどこだ。冥界の、そうだ、目線を同じくして朔と恵理由知穏が見えンなら──ここは。
「夜の宮か!」
「ご安心ください、梓さん。貴女を縛りつけるものはもうありませんわ。安寧を邪魔され、私達の世界で信徒を増やせ、などという使命を植え付けられた梓さん。その鎖は、私が砕きましたの。ですから」
「鳥有為預!!」
聞かない。最後まで聞かない。聞かずに走る。走り抜ける。
魔力。魔力。冥界においても最大級の魔力を有す神さんだ。わかるはずだ。神経研ぎ澄ませろ。わかるはずだ!
「梓さ」
「うるせェ! 黙ってろガキ!」
「っ!?」
左手を頭に、右手を床にあてる。
そっから──冥界の魔力を支配下に置き、吹き出し、探っていく。教えてくれ。冥界の魔力たちよ。奈落の底。天幕の天上。溜まりにたまった魔力たちよ。どこだ。どこにいる。
彼女はどこにいる。
あァくそ、なんだってこんなにも魔法少女がいやがる。邪魔だ。どけ、どけ、どけ!
妨害すンな!
夜の宮──彼女の寝室。いない。いない? 彼女が寝室の外に出たっていうのか!? なンで……追いやられて、か?
「ッ、アンゲル! 鳥有為預の居場所はわかるか!?」
「
「
「
「──情報感謝する!」
駆け上がる。
駆け上る。
飛び、飛翔し、上昇する。
かつてイントロストップを討ち果たした場所。濃すぎる冥界の魔力は冥界の住民以外を受け付けない。
ある意味で冥界の安全地帯であり──同時に墓場でもある場所。
「鳥有為預!」
彼女は──すぐに見つかった。
いた。
い、た。
「……おい。おい。……おい、神さん! 死んで……ない、よな?」
彼女は──冥界の魔力に包まれて、目を瞑っていた。
無数の切り傷。無数の刺し傷。
腹に開いた穴。骨が見える程の切り傷。顔に付いた斬痕。首に付いた裂傷痕。欠損はない。ただ、傷が深い。
「鳥有為預」
「……ふふ、だいじょう、ぶ。そう、心配せず、とも。聞こえて、いますから」
「!」
近づく。
冥界の魔力。もっと集めろ。もっと早く治せ。
神さんは俺と同じだ。夜の神だから、冥界の魔力が傷を治してくれる。俺に使う分も全部全部持っていけ。
「生きてる。生きてる、よな。そうだ、神は永遠だ。自ら手放さない限り、永遠だ。だから大丈夫」
「……そうですね。でも……少しばかり、想定外なことが、たくさん、あって」
「大丈夫だ。神さんは休んでろ。生きているならそれでいい。詳細だのは後で聞くから──今から俺ァ、この冥界に蔓延る非善共をはたきおとしてくる」
異物だ。
魔法少女達。いねェいねェと思ってた。S級以上の魔法少女がほっとんどいなかったEDEN。あァ気付いていたさ、第二拠点。あそこに蘇生槽でもあンだろ。あそこに第二陣でもいンだろ。だが、S級以上はいなかった。反魔鉱石で覆われている、だァ? こちとら【鉱水】も持ってンだぞ。ンなもん関係なく感じ取れるわ。
だから。
だから、気になっていた。
じゃァどこにいンだって。
全部、全部囮だったンだ。
EDEN丸ごと使って、餌になる魔法少女たちをわざとらしく配置して──本命の精鋭部隊は、神殺しに向かう。夜の使徒がいねェ間に。太陽の使徒がいねェ間に。余計な文句言ってくる
そんな下衆い事考えンのは誰だ。
ピンクカチューシャか。鬼教官か。
違う違う違う。
「もう、手は緩めねェ」
賛同した奴含めて。
もう。