遠吠えは遥か彼方に   作:劇鼠らてこ

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113.理化伏礼手韻具.

 世界が縮んでいる。

 最近、よくそれを感じる。

 それ自体は別にいい。どうでもいい。なんというか、それそのものはとうの昔に起こるべくして起きていたことだし、ここまで先送りにされたことがおかしいのであって、世界の縮小自体に思うことは無い。

 ただ──少し前に生まれた、あるいは出現した私達の希望が、おかしな目に遭っている。

 はじまりはただ、その魔法が欲しくての接触だった。私の扱う義体。それを作り出した連中が、対象の深い観察さえできればその魔法を再現し得る──そう言って近づいてきたものだから、それならば、と頷いた。

 悲願。

 私達は輪廻の車輪に囚われている。この世界の奥底に秘められた、空間と呼べるのかもわからない場所。魔力の出づる場所でありながら、魔力の無い場所。世界の中心でありながら海と繋がっている場所。車輪。車輪。呪縛。束縛。

 私達はこれに囚われている。生まれた時から。あるいは途中から。どちらにせよ、一度囚われたら出ることは叶わない。

 何度も何度も繰り返す。何度も何度も繰り返した。

 出て、死んで、出て、死んで、生まれて、帰って、生まれて、帰って。

 仙女。あるいは魔法少女と戦い、人間と戦い、同じ魔物と戦い、輪廻に戻る。戻る。戻る。戻って、また出ていく。

 休息は訪れない。苦痛から逃れることはない。使命から逃げることはできない。

 

 私達が真に解放されるには──死ぬしかない。

 個別、ではなく。それぞれ、ではなく。

 食い、食われ、糧となり、その先、その先、その先に。

 最も強き個体になりて──死ぬ。

 そうでなければ解放されない。

 そうしなければ出られない。

 

 だから私達は止まらない。

 悲願を成すまで止まらない。

 永遠の命──それを手に入れるのは、死なんとするがためだ。グクマズ。ベルウェーク。カンコウ。ペルディベイル。ヴァーネッサ。

 様々な強き魔に手を貸してきた。それらならばたどり着けるのではないかと期待して。

 

 結果から言えば──どれも無駄だった。

 何が悪いのだろうか。誰もが諦める。最古にして最強の姉妹と呼ばれたジョームンガンダーとフルオブズヴィトニーですら、上を目指すことは諦めていた。飽いたと、そう言って。

 飽いてもらっては困る。飽いたのなら死ね。

 私達に食われて死ね。私達の神に食われて死ね。

 

 唯一諦めなかった彼女に食われて──悉く。

 

 ……けれど、その目論見さえ、崩されてしまった。

 我々の希望は最早消え失せた。この世に生れ落ちた希望があんなだとは思ってもみなかった。

 

 何故、なのか。

 

「……まァよ。私も元々は魔物だった。自覚はあるンだ。ほとんどの事は忘れちまったけど、自覚はある。難陀、つってわかるか? グクマズとは別のトコにいた蛇龍さ」

「うん、わかる。そう。貴女は難陀だったのね、純朴ちゃん」

「知識はある。記憶はほとんどない。梓・ライラックの記憶が強すぎて、塗り潰されちまった。……けど、わかることはある。私は……私も、上を目指してはいなかった。襲い来る外敵を食い殺すことはあっても、上を、上を、と。そうすることはなかったンだ」

「それはやっぱり、飽いてしまったから?」

「……わかんねェ。けど……空虚感というかさ。ずっと思ってたことはあった。それだけァ覚えてる」

「"私達は、何のために"──かしら」

「あァ」

 

 理由は知らない。わからない。

 単なる獣が魔力に触れて魔物になる場合と、魔力の淀みから生まれ出でる場合。その2つがあるけれど、どちらにせよ私達は何故生まれたのかがわからない。死ぬために生まれたというのなら生まれてきたくはなかった。何者かが私達を生み出したというのなら死までの道筋をつけていてほしかった。

 生まれた意味など誰にもわからないと、薄っぺらい言葉を誰かが言う。

 けど、目指すべき場所だけが設定されていて、その道中に意味がない、なんて。そんなはずはない。そんなことはあってはならない。

 

 それではまるで──私達は、この世界にとって。

 あるいは魔法少女にとって、単なる機構の一部でしかないような。私達に自我など必要ないかのような。

 

「ねぇ、純朴ちゃん」

「なンだ、安直ちゃん」

「世界は、滅びるのかしら」

 

 今。 

 あの太陽の使徒メイアートが、そのために尽力している。

 魔法少女から全魔法を奪い、役割を簒奪し、裁定し──たった1つの魔法に纏め上げて、太陽神レイに返上する。それはこの世界から全てを奪う行為であると同時、この世界を殺す手段の1つ。

 本来ならば、彼女の魔法1つでどうにかなった。けれどそれを横取りせんとした者達がいて。まぁ自分たちもそれに含まれるのだけど、その横取りを試みた者が成功をしてしまったがゆえに──色々な話がこんがらがった。

 

 世界は殺されるはずだった。

 そのための魔法。そのための肉体。

 それを、けれど別の意図に使わんとしたがために狂った世界の調和。

 いつか邂逅した【運誓】を名乗る予言の巫女が、ある一点から先は全く見えない、と……そう言っていた。ある一点。

 それまではまだ予定調和の筋書き通りで、それまではまだどれほど逸れようとも枠組みの範囲内で。

 

「──天幕の穴を塞ぐ、か」

「うん。それが唯一の方法、らしいわ。このままいけば、太陽の使徒メイアートはゲヘナに打ち勝つ。打ち勝ち、神々への冒涜も止められる。次第に裁定は終了を迎え、究極の魔法が太陽神レイに返上される。その頃にはクロムクラハも凄まじい強さを手に入れている。──でも、それだけ。太陽神レイに魔物を殺す気はなく、ただ世界を殺して眠らせてやれたらそれでいい。魔物は、私達は、縮んだ世界で、滅びゆく世界で、けれど永遠に輪廻の車輪をさまよい続ける。生まれ出でては死に、死んでは戻り、戻れば生まれ出でて、けれど死に。解放されない。解放されずに死んだ世界で在り続ける」

「……それが、【運誓】。ふーちゃんの予言か」

「ええ。フクン・ティザン。3つの世界言語、その全てを扱えた少女。魔物の言葉も、人間の言葉も、死者の言葉さえも話し得た少女」

 

 彼女の予言に惑わされている──とは思えない。

 彼女は望みを言ったのではなく、事実を話しただけだ。事実、世界はそうなった。それを意識して動いていたというのにクロムクラハは生まれたし、オーディンはその邪知暴虐の歩を止めた。

 

 なれば。

 ならば。

 

 彼女が唯一見えないと言った場所を壊すことは──ようやく、この世界が新たな一歩を踏み出すきっかけになるではないかと思った。

 

「純朴ちゃん、ちょっと速度上げるわよ」

「あァさ、気付いてる。殺すか?」

「殺しても意味は無さそうね。アレ、紙よ」

「……ナリコか」

 

 曇り空。厚い雲の上を、一匹の鳥が飛んでいる。

 真白の鳥。フニン達とは違う種の魔物。尾行か、監視か。

 

 あるいは──。

 

「ク──そうカッカするな。何、吾も丁度こちらに用があってな」

「!?」

「ちょ、おまくっつくな! そ、その、当たってる、当たってるから!」

「問題ありません。当てているのです。ただし、ナリコ様のものではありませんが」

「は!?」

 

 突然周囲を覆うように現れた紙吹雪。それが晴れると、並走するは巨大な紙の燕。乗っているのは2人。凄まじく強い気配のある魔物……のようで魔法少女のようなナニカと、がっつり魔法少女が1人。

 その匂いにみんながザワつくけれど、なんとか抑える。

 

「──失礼。魔物の群れに飛び込む、という経験が無いわけではないのですが、交流可能となると些か経験が浅く。匂い等を消してくるべきでした」

「……冷静メイド」

「はい。お久しぶりですね、梓様。そして──もう1方、いらっしゃいます」

 

 冷静メイド。そう呼ばれた女性を知っている。

 コーネリアス・ローグン。【侵食】の魔法少女。最悪に名高い魔法少女。そして魔物の気配の強い方は……フシワラか。少しばかり、不味い。何って、色々因縁がある相手だから。

 

「もう一方?」

「申し訳ございません。正確にはもうお2方です」

 

 言葉が速いか、現象が速いか。

 始の点に向かって──黒雲が真っ二つに割断される。

 差し込む陽光に少しだけ目を細めれば、陽を背に降り立つ影が1つ。

 

「なんつーか、珍しい組み合わせだな。何がどーなったらお前らが一致団結できるンだ?」

 

 3対半透明の翼。銀の髪は流れるように美しく、ぼんやりと光る体は少しばかり透き通っている。

 その手に抱かれるは──また魔法少女。だけど、今回は誰も動かない。

 

 神だ。

 神の威光は、彼女自身が思っている以上に大きい。

 

「もしかしないでも、始の点に行くのか?」

「ええ、そうよ。邪魔をする気?」

「いんやさ、ンなつもりァ無いよ。俺とアオンは単にブゥリに会いに行くだけだ。負け犬……あーっと、シエナは見つけたンだけどな。なンかまた面倒ごと画策してるみたいなンで、メイアートが諸々片付けるまで待つことにした。アイツの魔力は覚えたから、次に探すときァ一瞬だ」

「クク──久方ぶりだな、吾の妻」

「あァよ。お前らも始の点行きか?」

「壊すべきは天幕の穴だ、と。そういわれたのでな。ついでに暇そうにしていたローグンを浚ってきたまでよ」

「一切暇ではなかったのですが連れてこられました。皆様よろしくお願いいたします」

 

 場が混沌としてきた。

 粛々と事を進めるつもりだったのに、何故こうも大所帯になるのか。

 それも……魔法少女と共に、なんて。

 

「ク──久方ぶりだな、ルー。何、安心しろ。ここにいる純粋な魔法少女などアオンくらいだ。吾は知っての通り魔物。梓も精神は魔物。クロムクラハは言わずもがな」

「あの、私は普通に魔法少女なのですが」

「クク──お主の魔法はとても人間種とは思えぬよ」

「【侵食】はまァ魔物っぽいよな、どっちかつーと」

「失敬ね。魔物にもあんなのいないわよ」

「そォだな。冷静メイドには悪いけど、【侵食】は異質過ぎる。私達の……つまり、オリジンの中にも、条件外では復活するってのはあっても、自身を【侵食】させるってのは……うん、聞いたことが無い」

 

 

 魔法【侵食】。

 触れた所から世界を己に変質させる魔法。

 うん。いない。そんなものはいない。毒素を持つ魔物ならいるけれど、他者や自然物を己に変える、なんて。異質が過ぎる。何の役割があるのか一切理解できない。

 

「皆さま寄ってたかって……ですが、私を弄りたいのであればそれなりのお覚悟を。たとえば」

「ク──ひ!?」

 

 フシワラがらしくない声を出す。

 その長い尾を必死に抑えて、虫でも払うかのようになんども尻尾をはたく。

 

「何してるの?」

「ナリコ様の尾の付け根付近の着物に指を生やし弄っています。動物をもとにした魔物の方々にはこれがよく効きまして」

 

 咄嗟に自分の尾を隠そうとして、今そんなものはないことを思い出す。

 

「──クク、吾で実演するとは。良い度胸だ、ローグン」

「お褒めに頂き恐悦至極、うっ!?」

「クククク、妖術・式鬼城郷──型代。見えるか。お主の身体は今、このヒトガタの紙と同じだ。ゆえ、たとえばこの辺りを弄ると……」

「はっ──ぁ、ぅ……んんっ!」

 

 やっぱりフシワラを相手にするのは愚策。

 魔物にも一応技術というものがあり、それらは総称して魔術と呼ばれる。元々獣であったものが使うことの多いその術は当然ながら強力な者が使えば使うほど強力になる。

 夢魔・フシワラ。夢を渡り歩き、紙や葉と共に現れ、あらゆるものを狂わせていく場荒らしの魔物。淀みからではなく、元より狐として生まれ、その後魔物になった経緯であると同時、何のつもりか、早期も早期に"人間の言葉を覚える"という奇行に走った魔物でもある。

 

「アオン。行くぞ。教育に悪い」

「あ、うん。……あの紙のお人形さん、クロムクラハの奴も作ってくれないかな」

「余計な事考えンな。高度と速度上げンぞ。舌噛むなよ」

 

 言って、高速で飛んで行ってしまうクロムクラハ。

 そうね。私達もこんなところで変なもの見せられていても困るし。

 

「ムギン、フニン。私達も行きましょう」

「あ、ごめん安直ちゃん。ちょっと待ってほしい」

「何かしら、純朴ちゃん」

 

 純朴ちゃんはフシワラの方を向く。

 未だニヤニヤと【侵食】の魔法少女を弄り倒しているフシワラに──彼女は叫んだ。

 

「ナリコ!」

「ん──」

「ぜ、ぜぜ、全部が終わったら! わ、わた、私とデートしよう! いいか!?」

「──ク。良い良い。ならば死ぬなよ、梓。吾の妻は誰も彼も死にやすい。これ以上心を引き裂かれるのは御免被る」

「あ、あァ!」

 

 言って。

 ほくほく顔で座りなおす純朴ちゃん。

 ……うん。

 

「ダメよ、純朴ちゃん。純朴が過ぎるわ。アレはフシワラと言ってね、夢魔なの。わかる? 夢魔。夢の中を渡り歩いて他者を洗のぅひぃんっ!?」

 

 ──今、誰かが背骨を触った。

 あり得ない。だって私は今精神体で、義体は存在しない。だというのに──。

 

「ひ、あっ、あっ、やめて、やめなさい! あぁ、ふ、ぅ!?」

「ククク──余計な事をいうな、ルー。吾の手にかかれば──お主の威厳を無くす事とて可能ゆえな?」

 

 威厳を、無くす。

 想像して──ぞっとする。確かにできる。フシワラは夢魔だから──あーんなことやこーんなことができる。たとえ精神体相手でも、義体相手でも。

 対ヒトガタにおいては最強と名高い夢魔だ。

 

 うん。

 

「行くわよ、始の点。あんなのに構ってたら命がいくつあっても足りないわ」

「お、おう。──じゃァな、ナリコ!」

「ああ、良い良い。先に行け。吾らもすぐに追いつくゆえな」

 

 教育に悪いのは純朴ちゃんにとっても同じだ。

 クロムクラハ達の方がまだ安心できる。なんというか雰囲気からしてあの野蛮人とは違っているようだし。

 この2人が辿り着く前に、全部終わらせてしまうのが良いだろう。

 

「ちょ、ちょっと手加減を──しないと、こちらもすごい事をしますよ」

「クク──してみればいい。その仕返しがどうなるかなど、想像に易いがな」

 

 一生やっててほしい。そこで。

 

 さて、目指すは始の点。

 もうすぐだ。

 

 

えはか彼

 

 

「──などと、茶番はいつやっても楽しいものですね」

「クク、疑うことを知らぬ面々ゆえな。クロムクラハは若干気付いていたようだが」

 

 静かになった海上。

 紙の燕にのって、潮風を覚えながら進みます。

 進行速度はそこまででもありません。なぜか、って。

 

 当然。

 

「どうだ、この速度で問題はないかえ? ──ディミトラ」

 ──"ええ、問題ないわ。そのまま進んで頂戴"

 

 その声に暗い色はありません。

 その声に迷いはありません。

 

 上空。梓様──クロムクラハ様達が飛んでいた、さらに上。

 そこに、銀がありました。

 陽光に煌めく巨体。恐怖の象徴。数多のガーゴイルを侍らせる魔物の王。

 

「ク──いやはや、全く。諦めの悪いというかなんというか」

 ──"恩を仇で返されたのよ? なら、私からもお返しをしないとつり合いが取れないじゃない"

「流石です、ディミトラ様」

 

 それは、紛う方なきドラゴン。

 移動要塞・偽竜母艦LOGOS。

 

 そも、の話。

 ディミトラ様の魔法【鉱水】は鉱石を液状にして操る魔法、であって、ガーゴイルを操る魔法、ではありません。

 ですから、ありえないことだったのです。

 たとえ【鉱水】が使えたとしても、それを自立させ、制御する、などという行いは。たとえ魔物の精神体を入れたからと言って。たとえ魔法少女の精神体を入れたからと言って。

 原動力を入れた人形を、思い通りに動かす、というのは──【鉱水】の手を離れた領域です。

 

 それが何故、可能だったのか。

 それも簡単な話。

 

 ──"全く、奥の手に取っておいた【候誕】を使わせられるなんてね"

「クク、移植していた魔法少女の肉体、か。吾の妻が知ったらなんと言うのやら」

 ──"あの子にばっかり配慮してらんないのよ。どうせ心は死んでるんだから、有効活用しないとでしょ。はぁ、全く。あのメイアートとかいうの、今度会ったら絶対許さないんだから。とっ捕まえたら、どんな拷問してやろうかしら"

 

 誰にも言っていなかった秘密。

 あまりにも──あまりにも非人道的行為だったために、梓様には言えていなかったという話。ガーゴイルに魔法少女の精神体を入れる()()であんなに怒るのなら、絶対に言えない、と。そう思って言っていなかった最上級の秘密。

 ──自身の肉体に他魔法少女の因子を移植し、その魔法を扱う技術。

 ある意味であちらの梓様と同じ技術でありながら──こちらは素材となった魔法少女が永遠に解放されないため、シエナ様や安藤アニマ様らが行った複製体作成技術よりも性質の悪いものとなっております。

 

 はい。

 ディミトラ様のお体には、あと3つほど魔法少女の因子が移植されている、とのことで。

 私はドン引きでございます。梓様がディミトラ様のあだ名として使うマッドチビ先生、の意味がようやくわかりました。

 敵、あるいは黒幕であるシエナ様に負けず劣らず危ない方です。梓様風に言うならやべー方です。

 

「それで、ウィジ。移植手術の決断はしたのかえ?」

 ──"するわけがないだろう。私はアインハージャではなくなった。だが槍は扱える。それでいい。アインハージャもヴァルメージャも人間ではない。ヒトに許されざる力を持っていたのはヒトを守るためだ。他者を傷つけるために他者の命を使う、などという外道に落ちた覚えはない"

 ──"ウィジ、今心の槍でディミトラをグサグサと刺している自覚はある?"

 ──"リジ。あるぞ。なんなら責めている。【鉱水】を奪われた時点で諦めろ。それが世の摂理だ。そう何度説いたことか"

 ──"うっさいわね! ごちゃごちゃ言ってるとLOGOSから落とすわよ糞便みたいに!"

 ──"ウィジ、元気でね"

 ──"アンタもよ!"

 

 騒がしいですねぇ。

 ですが、懐かしいです。EDENでは抑圧されてばかりでしたから、この自由さが心地よい。

 

 ……ジャハンナム様の元にいると、妙な心のざわつきがあるので、心休まらないのですよね。

 

「ディミトラ。引き続き吾が先導するが、南南東にハゥエル種の影が見える。迎撃を頼むぞ」

 ──"まっかせなさい! LOGOS──追加砲門解放!! 【鉱水】が使えなくなったからとっても粗削りな弾丸装填! ──命名、『今イライラしてんのよどっか行きなさい砲』発射!!"

 

 カッ、と。

 空が一瞬赤と白に染まります。一筋、と称するには余りにも太い光線。いえ、ユノン様のような【光線】ではなく、ただ発射時の光がそう見えただけですが──それだけで破壊力はありありと。

 

 ただの一撃で、青みがかったハゥエル種が消滅します。

 内容としては打ち出しているものは魔石の砲弾。「これにアンタの唾液入れなさい」と言われ、強制的に搾り取られた私の唾液の入った弾丸。もちろん魔力は込めてあります。ええ。とても恥ずかしいです。

 

 とまぁ、そんなわけで、あの弾丸は炸裂と同時に周囲を変質させ【侵食】し──全てを唾液に変えます。はい。そんな使い方ができるとは知りませんでした。魔石の弾丸は素晴らしいと思いますので今度購入したいと思います。銃も。

 

 ──"はい終わり!"

「……いや、良いのだがな。吾が悪かった。吾が対処すればよかった」

 ──"何よ。アンタも弾丸になる?"

「良いからついてこい。そして少し落ち着け。リジ、気を落ち着かせる茶でも飲ませてやれ」

 ──"ナリコ。断る。私が打ち出される可能性がある"

 ──"ナリコ。アインハージャの諺にはこういうものがある。最も被害を出さずに魔獣を退ける方法は魔獣の視界に入らないことだ、と"

 ──"ウィジ、偉い。訳が完璧"

 

 ちら、と。

 ナリコ様の方を向きます。

 彼女は小さく頷いて、式鬼の速度を少しだけ上げました。

 

 はい。

 触らぬオリジンに祟りなしとはこのことですね。

 

「……しかし、吾がルー……ルルゥ・ガルと行き先を同じくすることがあるとはな」

「ああ、ジパングの方で、因縁があったのでしたか」

「すでに懐かしい話ではある。あの時現れたルルゥ・ガルは吾を見るなり途轍もなく嫌そうな顔をしたものだが、クク、何をするでもなく帰っていったからな」

「その程度の接触で、"ルルゥ・ガルから様々な事を聞いた"と梓様に告げたのですか?」

「ク──そうだ。忍軍の方に接触していた事は察していたからな。あの時の吾の妻の顔は良かった。すべてに合点が行ったような顔。今でも時折するだろう? 吾はあれが好きなのだ。たとえその合点が間違っていたとしても」

 

 些かを通り越して非常に性の悪い方ですね。

 今更ですが。

 

「お主も似たようなものだろう。怖がらせて、驚かせて、その反応が楽しくて堪らない。そういった場面を散見する。もっとも最近は驚かなくなってしまっていたようだが……」

「ええ、ですが大丈夫です。これだけ間を空けたのですから──次は引っかかります」

「ククッ、他人のことをとやかく言えない、とはまさにこのことよ」

「お互い様、とはまさにこのことでしょう」

 

 はい。

 薄々わかっていたことですが、ナリコ様とは同族というか、同じ側に立っている者として日がな言い合えてしまう気がしますので、そろそろ終わります。いつもなら梓様が止めてくれるのですが、いや、はや。

 

「世界の終わりか。お主は、どう見る?」

「唐突ですね。世界の終わり。防ぎ得るのなら防ぎたいものです。私はエミリー様、キリバチ様ともっとずっと一緒にいたいので」

「……そうか」

 

 ナリコ様は、笑うでもなく、馬鹿にするでもなく。

 どこか、寂しそうに。

 

「無理、と。ナリコ様はそう思っているのですね」

「この世界は、必ず終わる。限界だ。むしろ綺麗に殺してやらなければ──世界そのものが夜の使徒となる可能性もある。それは考え得る未来の中で最悪の部類だ。……延命は、無理だ。先延ばしは、無理だ。移し替えは吾の妻が許さん。とするのなら、何が正解か──」

 

 その狐面の奥で、ナリコ様が笑います。

 失笑。あるいは苦笑、でしょうか。

 

「──今。吾がお主を殺したら、吾の妻はどういう反応をするのだろうな」

「殺せますか? 私は誰よりも──」

「殺し得る。クク──吾はオリジンぞ。造作もない。なんであれば、ディミトラも、ウィジとリジも、先行しているクロムクラハとアオンも、ルルゥ・ガルと梓も──瞬時に殺し得る。形代は取ったからな」

 

 いつの間にか。

 私の背後から、しな垂れかかるように体を抱きしめているナリコ様。

 一切見えませんでした。

 その手は腹から胸をツツ、と辿り、鎖骨を撫でて首筋を通り、顎を掴んで私の顔を上に向かせます。

 すぐそばに、ナリコ様の顔。狐面で隠れた顔──その奥の、美しき顔。

 

「相手が神や、ヒトガタ以外のもの──でなければ。吾は負けぬ。吾に勝ち得るヒトガタは存在せぬ」

「本気でやり合うというのなら、止めません。ここで殺し合いをしましょう。何を得て何を失うのかはわかりませんが──私にはエミリー様やキリバチ様を守る、という使命がありますので、殺されるわけには行きません」

「……何、殺し合いなどせん。クク、少し接吻をするだけぞ」

「え──んむ」

 

 口が塞がれます。

 ……いえ、構わないのですが。その、妙な魔力を入れるのやめてください。唾液に混じって……これは精神に作用する系統の……。

 

「ローグン。吾には少し、行くべきところが出来た。紙分身は置いておくゆえ、ディミトラは適当にごまかせ」

「……わかりました。いってらっしゃいませ」

 

 そう言って、ナリコ様は座りなおします。

 ……。

 

 ……。

 

「ク──なんだ、いつ行くのか、などと思っているのか?」

「はい」

「既にいない。この吾は分身ぞ」

「そうですか」

 

 相変わらず、よくわからない術です。

 妖術、でしたか。

 

 ──警戒は、しておきましょうかね。

 

 さて、始の点までもうすぐです。

 

 

えはか彼

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