遠吠えは遥か彼方に   作:劇鼠らてこ

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115.座頭伊豆織琉是阿伊豆塔糸.

「安直ちゃん、ここって?」

「……元、輝きの園。私達の安息の地にして……ま、色々あった土地よ」

「そうなのか。……あーっと、っていうか遠目ながらに見てたかも。私はここに近づくなって念押されてたから近づけなかったけど」

「ハイドレートっていう魔法少女がいたからでしょうね。彼女は精神体を見ることができるから、純朴ちゃんが人間じゃないってすぐにわかっちゃう、とか」

「なるほど?」

 

 あんまりわかっていない様子の純朴ちゃんは置いといて。

 

 見るも無残な形になってしまった始の点。その底に空いた巨大なへこみ。……の、さらに一点。

 地下に続く穴。その先に巨大な空間があるはずなのだけど……うーん、土で埋もれてしまった可能性大。

 ボスを含め、みんなが探してるのに見つからないということは、余程深くまで……困ったわね。

 

「何か探してるのか?」

「ええ、ちょっと、穴をね」

「穴? ……ふむ、わかった。任せろ」

 

 任せろ、と言って。

 純朴ちゃんはその義手を地面につける。

 そして目を瞑り──。

 

「……あった。これだな?」

 

 と、立ち上がって歩き出し、ある一点で止まった。

 まだ目を瞑ったままに。そして。

 

「あ、掘るモンねェや。安直ちゃん、コレぶっ叩いていいモンか? 中に壊れ物とかねェよな」

「ええ、大丈夫だけど……」

「よし」

 

 純朴ちゃんは義手ではない方の手を振り上げて──思いっきり振り下ろす。

 激震。

 ──そして、ぽっかりと空いた穴。

 

「上出来だろ。……安直ちゃん?」

「え、ええ。ありがとう。でも、どうしてわかったの?」

「んー、まァ知っての通り私の身体ってな色んな改造がされててさ。耳も良けりゃ鼻もいい。安直ちゃんにァ悪いけど、特に耳の良さに関しちゃボス達にも勝てると思うぜ」

「へぇ」

「だから、空洞音探したってだけさ。穴ってンなら風の通り道があるはずだ。まァ溜まってる場合でもわかる。この辺はちょいと風が強いから地面にコイツ付けて微細震動を補助として感じる必要があったけど、この程度はらくらくってこと」

 

 意外……でも、無いのかしらね。

 純朴ちゃんは元オリジン種だし、その改造とやらはあっち陣営の最高峰だろうし。

 

 静かに対抗心燃やしてるコもいるみたいだけど、やめときなさいね?

 

「それじゃ、行きましょうか」

「ん。じゃあ私が先に降りるよ。安全確認も兼ねてな」

「私、今精神体だからあんまり気にしなくていいわよ?」

「……でも透けたりできねェんだろ? できたら地面潜っていってるはずだし」

「あ」

 

 ……。

 うん。

 

「お願いするわ」

「お、おゥ」

 

 ボスたちの目が痛い。

 ちょ、と。足先を地面に突っ込む。透き通る身体。

 ……義体とかいうのに慣れ過ぎたわね。まぁ特に危ないものがあるわけでもないから、とっとと行って帰ってきましょう。

 

「みんな、警戒はお願いね。近づく奴らは殺して──純朴ちゃんに見えないように、ちゃんと片付けておくこと」

 

 疑似【隠涜】をかけて。

 ……そろそろ使えなくなるわね、これ。あんまり問題は無いとはいえ、便利だっただけに残念。

 

 あ、早く追わなきゃ。

 

「──もうすぐよ。大丈夫」

 

 そう、零して。

 

 

えはか彼

 

 

 穴の底は非常に広い空間になっていた。

 暗く、湿気がある……というよりかは、少量の水が張っている、というべきか。

 背後、ひょい、と降りてくる安直ちゃんに振り返れば、彼女の背後。つまり私の降りてきた場所の後ろも、広く広く広い空間になっているのだと理解できた。

 

「ここは……」

「始の点が作られた迷宮であることは知っているでしょう? 【帰述】の魔法少女プリメイラによって作られた世界の延命措置。迷宮であり続けることで稼働する延命装置。──つまり、始の点ができる前に、ここにあったものがある、ということ」

「それが、ここ?」

「正確にはこの下なのだけどね」

 

 始の点がここに作られた理由。

 それァニヤニヤ丸眼鏡がこの直上から落ちてきて、天幕に穴を作ったから。だからここに何かがあったのだとしても、それを潰したのァ意図的ではなく──けれど同時に、どんなものがあったとしても潰さなくてはならないものだった、といえるンだろう。

 

「ここにはね、湖があったの。といっても私達魔物だってゲヘナが天幕に穴を開けた後に生まれた存在だから、その全てを知っているというわけではないけれど──最初の数千年。世界の延命措置がなされる前。始の点が作られる前を知っている魔物は、それを覚えている」

「湖……だからこんなに水が」

「ええ、染み出してきている。──湖の名は、アピス。その名の意味は、命の根源。生命力というものが存在するのならば、その生命力の権化とでもいうべき水を蓄えていた」

 

 地面に張ってる水を掬ってみる。

 魔力の類ァ感じられない。生命力ってのは……うーん、わからん。生きてる感じはしない。

 飲んでみる、か?

 

「純朴ちゃん、飲むのはダメよ。魔物にとっては毒だから。多分、魔法少女の肉体を持ってる純朴ちゃんにとっても毒だと思う」

「毒? なんでだ?」

「ここの水は、世界の水なのよ。世界にとって魔力が異物であるように、魔力生命体にとっての世界……純粋な世界の力というのは異物なの。今の世界にある作物や動植物は、既に天幕の向こうの魔力と世界の混じり物になっているから、食べたって何の害もないんだけど」

 

 アピス。

 聞きなれない言葉だ。

 

「なんでそんなところに来たがってたンだ? 毒の湖なンかに……」

「ちょっと気になる事があってね。えーと」

 

 安直ちゃんはきょろきょろと周囲を見渡す。

 何を探しているのか。凄まじく広い空間だからか、奥行きがわかりづらい。暗いから何かがあるよォにも見えないし、相変わらず魔力も無い。というか魔力が無さすぎる。上ァあんだけ魔力に満ち溢れてンのに、ここは……何もない。

 

「……うん、いないわね。杞憂だったわ」

「いない? 何かがいたかもしれねェのか?」

「ウィドアルがね。ここにいる可能性があったのよ」

 

 ……。

 うん?

 

「ウィドアルって……風の神か?」

「ええ、そう。風の神ウィドアル。あるいはウィズヌ。私達を輪廻の車輪に閉じ込めた張本人。魔物にとっての指針でありながら、最も忌むべき対象」

「そんな奴が、言っちゃなンだけど、こンななんでもねェ場所にいるのか?」

「ウィドアルは賑やかな場所が苦手なのよ。ここ、静かでしょ? だからたまにいるの。ホントにたまにね。……もしいたら、挨拶の1つくらいしておこうと思ったのだけど、多分今クロムクラハ達を含めた色んなコが来ているでしょう? それで逃げちゃったのでしょうね」

「そんな奴なのか、ウィドアルって」

 

 神、か。

 ……脳眠とイントロストップも神になりァしたが、なんか全然「神!」って感じしなかったし……ニヤニヤ丸眼鏡も神って感じしないし。

 私、神って会ったことあるかな。

 ……無いな。

 

「どんな奴なンだ? あァその賑やかな場所が苦手、とかじゃなくて、性格とか……あ、それも性格か」

「引き籠りで臆病で小心者で、優柔不断で空気が読めなくて何をするにも周囲に迷惑ばかりかけて……」

「恨みつらみ溜まってンなァ」

「……そのクセ、私達のことはちゃんと愛しているのよね。ホント、意味わかんないんだけど。自分が恨まれているって、魔物の中にはウィドアルを殺したいほど憎んでいるコだっているのに、彼女はそれも受け入れて、全ての魔物を愛している。自分の子だっていってね」

「ほーん……なンつーか、芯はあるヤツなんだな」

 

 全然覚えてねェや。

 私にもウィドアルに対する感情、みたいなのがあったはずなンだけどな。

 

「さて、そろそろ戻りましょうか。いないのならここに用はないし」

「ん──」

 

 判断は迅速だった。

 亜空間ポケットから銃を取り出して、撃つ。早撃ちァとことん上手くなったと思う。そんだけ使ってきたからな。

 ただまァ撃ちだしたのァ単なる弾丸だ。止められても仕方がない。だから追い打ちで【終焉】を──。

 

「ま、待った! 確かに少し脅かせてやろう、みたいな気持ちがあったのは事実だけど、戦いをするつもりはない! と、止まって止まって!」

「【終焉】」

「ちょおッ!?」

 

 全てを終わらせる権能が飛ぶ。

 ──それが、掴まれて、砕かれた。

 

 なンじゃそりゃ。

 

「純粋ちゃん。大丈夫、敵じゃないわ。というか、今の今まで話してたヤツよ」

「……へェ、アンタが」

「ルー! そういう事はもう少し早く言ってくれ! 怖かっただろう!」

「アンタが無駄な悪戯心持つから悪いんじゃない」

 

 神だ、と。

 言っていた。そう、目の前のコイツが、緑髪を腰のあたりまで垂らした長身の女性が。あたふたと身振り手振りの大きい奴が。私に対して、なんというかめちゃくちゃ怯えている……こんな奴が。

 神。風の神、ウィドアル。

 

「──神が、なンでこんなトコにいる。私達に何用だ」

「お、おおぅ。ルー、ルー、なんでこの子はこんなに怒っているのだろう。私何かしたかな? 私何かしちゃった感じかな? 謝った方が良いと思うかい?」

「ええ、思うわ。あと私達にも謝って」

「ご、ごめん! ごめんよ! そっちの……えと、気配的には私の使徒なんだけど、レイっぽい気配とハキタっぽい気配のする……子! ごめん!」

 

 なんだこいつ。

 毒気の無いっつか、いやなンだコイツ。神ってこんなんが基本なのか?

 ……けど、なんもされてねェのに謝られると、なンだ。うー、こっちも悪い、気がしてくる。

 

「別に……謝らなくてもいい。何用かって聞いてンだよ。それだけだ」

「ここ、こここれで、怒ってない……?」

「怒ってないでしょどう見ても。純朴ちゃんはこういう喋り方なだけ。元になった野蛮人のせいでね。だからそこで差別しないで、ちゃんと対応しなさい。神でしょ、アンタ」

「いや神だけど、私は最弱も良い所だし!」

「知らないわよ。というか前に"神に優劣は無い"とか言ってなかった?」

「あ、う、うん。いや、実はそう、なんだけど、こう気の弱さというか……。私は結局風の使徒たちに何もしてやれない神、だし……」

 

 あー。

 引き籠りで臆病で小心者で、優柔不断で空気が読めなくて何をするにも周囲に迷惑ばかりで……。

 なるほどなー。

 

「ええと、まァ、ちっと柔らかい喋り方を意識するよ。ごめんな、なんつーか、口調なンざ直そうと思えば直せるはずなンだけど、脳に染み着いちまってンのか変えられねェんだよ。怖がらせちまってすまねェ」

「そ、そうか。君は……そうか。梓・ライラックの……」

「ん。私を知ってンのか? あ、いや、その言い方だと……知ってンのはアイツの方か」

「うん。ついこの間、脅されたからね……」

 

 何やってンだアイツ。

 

「あー。まァ私とアイツは別人だけど、一応私から謝っとくよ。なんかゴメンな」

「おお……君は良い子だね。ルーが純朴ちゃんと呼ぶのもわかる気がする」

「でしょ? この子、良い子なのよ。あっちの野蛮人と違って」

「そうだね。本当に、梓・ライラックは……野蛮だ。私にとってジョームンガンダーもクロムクラハも等しく愛する子なのに、どっちかに付けと言ってきたり、どっちかを選ばないなら優柔不断で蝙蝠野郎だとか罵ってきたり……」

「アンタが優柔不断なのはホントでしょ、ウィドアル」

「ううっ!」

 

 神ってこんなんなンだなァ。

 まァなんか、それを抜きにしても……なんか、仲いいよな、この2人。

 気のせいじゃなければ、安直ちゃんもかなり心を許している気がする、っつーか。

 

「仲、良いンだな」

「……まぁね。付き合いは長いから。一応、私は風の使徒……ええと、魔物全般を指す言葉じゃなくて、それこそあの野蛮人とか、あとはL・アルカナ、メイアートみたいなのと同じ、風から直接使命を授かっている直属の使徒を指すの。だから、私は私としてこの世界に送り出された時から、ウィドアルとはつながりがあるってこと」

「うん。ルーにはずっとお世話になっている。私は……というか、恵理須を作り出した三柱は恵理須に直接干渉することはできないからね。それぞれがこうして使徒を送り込むしかないんだ。あ、で、でも、えっとそれは見放しているとかそういうことじゃなくて、守らなければならない規則というか」

「誰もンなこと咎めてねェよ」

「あ、う、うん。ごめん」

 

 ダメだな。

 私、喋っちゃだめだ。めちゃくちゃ怖い印象を与えるっぽい。

 

「え、えっと、とと……それで、私に何の用だったのかな!」

「あン? アンタが私達に用があって突然現れたンだろ」

「ひっ、あ、いや、私は別に用は無かったんだけど、用がある、という話をしていたから……」

「純朴ちゃん、コイツはね、多分姿を消していただけなのよ。姿を消してここにいて、私達の会話をひとしきり聞いてから、いざ帰ろう、ってなったところを見計らって出てくる……そんなくだらないことを画策してたの」

「く、くだらないことって。酷いなぁルーは」

「それじゃ何の用かわかってンじゃねェか」

「……はい。わかってます。ごめんなさい」

 

 あァダメだ。威圧する気無いのにどーしても突っ込んじまう。

 これァ性分かね。そもそも周囲にアホみてェなのが多すぎるってなあるけど。

 

「──挨拶、だったか。ルー」

「ええ。貴女だってわかっているでしょう? この世界はもうすぐ滅ぶ。そうなったら魔物は存在を保ちえない。保ちえないけれど、輪廻の車輪は存在し続ける。だから──そうなる前に、私達はオーディンにその魂を預ける必要がある。今はクロムクラハに抑え込まれているオーディンに」

「……うん。そうだ。"死にたくない。こんなところで終わりたくない。まだ先が欲しい。未練がある。私達もこの世界に住みたい。この美しき世界で生を受けたい"──。最初期の魔物たちの願いから、私は輪廻の車輪を作り上げた。それは結果として、その願いをした魔物以外のほぼすべての魔物にとっての呪縛となってしまったけれど、私はそれを後悔していないし、私はみんなを変わらず愛している」

「……ええ。身に染みて、わかっているわ」

「だから。恵理須が眠り、魔物たちも溶け行く中で、それでも呪縛が消えないのなら──自ら強きに食べられに行く、というのも理解できる。それは君たちの選択だ。それは君たちの決断だ。私はそれを評価するし、止めることは無い」

 

 血の気が引いていくのがわかる。

 知っていた。

 知っていたはずだった。

 魔物が目指す先。それがどォいうことなのか。

 

 頂点を目指す──なら、勿論。

 ボスやフギン、そして安直ちゃんも例外ではなく──。

 

「──だから、これで最後よ。長い間、それなりに楽しかったわ。……私達はこれから、クロムクラハに殺し合いを望みに行く。彼女は嫌がりながらも受けるでしょう。それが魔物の摂理なれば。そして食べられて……彼女は世界の外に行く。彼女であれば、恵理須が眠っても活動を続けられる。その先で、彼女を殺し得る存在に出会う。それは彼女の元となった存在。純朴ちゃんを生み出した存在。今はメイアートとして活動する──世界を殺すためだけにこの世界に現れた、死の権化」

「梓・ライラック。ハキタの愛し子。そして、この世界における唯一の異物」

 

 ウィドアルは、目を瞑って──あァ。

 そうしていれば、確かに神だ。神だと感じる。

 強烈な風が吹いてくる。立っていることも難しいほどの風。自然のソレではない。あるいは──あらゆるものを風化させていく、強く強い風。

 

「ルー。ルルゥ・ガル。……いいや、アールルゥ・ヘズナガル。私の使徒。風の使徒。君をこの世界に遣わした時、君に伝えた言葉を覚えているかな」

「"私達の不始末のために。私達の娘のために。どうか、あの子を殺してほしい。どんなやり方でも構わない。何を犠牲にしても構わない。何を為しても、何を成しても。私は君を愛しているから"」

「そうだ。そしてそれは、今も変わっていない。アールルゥ・ヘズナガル。私は君を愛している。君の行動を応援している。君の全てを想っている。──どうか、心行くまで──」

「違うだろ」

 

 ──口が動いた。

 2人の雰囲気ァ静謐で、とても口を挟める感じじゃなかった。事実今の今まで黙ってるつもりだった。

 

 でも。

 でも、違うだろって。思っちまった。

 私はアイツとは違う。必要な犠牲ってのは出るモンだと思ってる。

 

 だからこそ、必要じゃねェ犠牲は──違うと。そう思う。

 ずっと思ってた。魔物の話を聞くたびに、ずっとずっと思ってた。

 

「違う……違ェだろ、オイ」

「純朴ちゃん?」

「何が、かな。申し訳ないけれど、こればかりは私達の問題で……」

「それは、違う」

 

 あァ──それは違う。

 違う。違う。違う違う違う。

 

「愛してンだろ。お前のソレが、愛恋のソレじゃねェこたわかるよ。それくらいァ私にもわかる。けど、違うだろ。死を応援するな。死に行く背を押すな。それは、ソイツを愛してるやつがやる事じゃねェ」

「……純朴ちゃん。いいのよ、私は──」

「ごめん、安直ちゃん。今は黙っててほしい。それが何百年前から決めてたことだとしても、ほんの数か月前に生を受けた私が絶対に違うって否定するから」

 

 大きく息を吐く。

 そして──ウィドアルを正眼に捕らえる。

 

「馬鹿野郎が。そうじゃねェ、そォしなくてもいい手段があるってなてめェは知ってる。安直ちゃんだってそォだ。今すぐに死にたいってワケじゃねェ。それしか方法が無いから死にてェって言ってるだけだ。数多の魔物もそォだ。私の元になった魔物だってそォだった。頂点を目指すのは飽きた──そォ言うってこた、死にてェわけじゃねェ。この状態のまんま生きてたっていいって思えるから、そォやってそのままでいたンだ。ジョームンガンダーとフルオブズヴィトニー。クロムクラハが殺したっつー2つァそうだったはずだ」

「……輪廻の車輪からの離脱は、全ての魔物の悲願だよ」

「違う。てめェは全部の魔物を愛しているからわかんねェんだ。いいか、全部愛すってこた、1つ1つを見てねェのと一緒だ。アイツに、梓に蝙蝠野郎って罵られたのァどっちも応援してたからだ。てめェは"どっちにも勝ってほしい"ってな思いだったンだろうが──アイツらからしたら、"どっちが勝っても問題ない"に聞こえただろうよ。わかるか? てめェの愛ってな、誰が欠けても、誰が死んでも、最終的に頂点さえ決まるなら個はどーでもいい、ってな愛だ。それがどんだけ残酷で非情で最悪なことなのか──てめェは理解できねェか、ウィドアル」

 

 全てを愛す。等しく愛す。優劣をつけず、順位をつけない。

 差別しない。区別しない。分別しない。

 それァ一見美しい。平等で大きな愛に見えよう。だが。

 

「全部が等価ってのは、全部が無価値って言ってンのと同じだ。てめェは本当に全部の魔物を愛しちまってる。てめェは本当に心から全部の魔物を無価値だって思ってる。魔物に個など無く、魔物に我など無く、魔物は摂理に従って頂点を目指すモンだと──当然のよォに思ってる。なンでって、てめェがそういう法則を作り上げたから」

「……」

「違ェよ。魔物にだって戦いたい奴と戦いたくねェ奴がいる。生きてェ奴がいる。頂点なンかどーでもいい奴がいる。別に、魔法少女の因子なんざいらなくて、別に、死にたくも無くて。別に、今のまんまで十分だって奴ァごまんといる。だってのに背ェ押してンだ、てめェは。やりたいことをやれ、って言いながら、それは頂点を目指せ、って後押しなンだ。てめェ自身さえ気付かねェ内にてめェァそれをしちまってる。まさに今、安直ちゃんの背を押したように」

 

 手段はある。メイアートだ。

 奴が今、魔法少女の因子を集めてる。みんなをただの人間にしてる。

 魔法少女の因子を持たねェ人間との共存はできる。それはここ、輝きの園が証明していた。魔物たちだって、十二分に食いもんくえりゃわざわざ人間を食らう必要はない。意思の疎通ができるンだ、むしろ食いたくねェくらいだ。

 違う。違う。違う。

 それは理由付けだ。そんなことよりももっと大事な部分がある。

 

「愛する奴に、死んでいいよ、なンて──死んでも言うンじゃねェ。いいか、生まれてからまだ1年も経ってねェクソガキからのありがたい言葉だ。よく聞け」

 

 大きく息を吐いて、吸う。

 私はこの世にいる。私はこの世界で生きている。

 私は──ちゃんと。それを知っている。

 

「愛してるヤツにァな、死なないでって。生きて、私と一緒にいて、って。ずっとずっと一緒にいて、って言うンだよ」

 

 少なくとも私は。

 それ以外の答えを、否定する。

 

 なぜなら私は──続きを希うものだから。

 

 

えはか彼

 

 

「……えと。だ、そう、なんだけど……アールルゥ・ヘズナガル。君の気持ちを、聞きたい。かな。えっと、言われた通り、指摘された通り──私は魔物の全てを愛している。その区別がついているかと問われたら……その、申し訳ないけれど、ついていない。私の愛は同等だ。それが無価値と言われてしまえば……確かにそうなのかもしれない。だから、聞いておきたい。アールルゥ・ヘズナガル。君は──死にたくない、のかい?」

「……──」

「アールルゥ・ヘズナガル?」

「うるさい。今考えてるんだから、ちょっと待ちなさい」

「あ、う、ごめん」

 

 純朴ちゃんが何に怒ったのか、最初はわからなかった。

 死。

 魔物の悲願。

 頂点を目指し、頂点になりて、死ぬ。そうでなければ魔物は死ぬことができない。そうでなければ魔物はずっとこの渇きに浸されるばかりだ。

 

 ──だから、世界を殺してほしい。

 どんな手段を使っても。何を犠牲にしてでも。

 

 果たして。

 それは──私の願いだろうか。

 

「えっと、アールルゥ・ヘズナガル。その、いいんだ。私に気を遣わなくても。私を傷つけたくないと思っているのなら、そんな考えは捨てて」

「うるさいってば。あと本名何度も連呼するのやめて。ルーでいいわ面倒でしょそっちも」

「そ、そんなことない。君の名を発声するのに面倒なんてことは無い!」

「うるせェよあンた。空気読め。一旦黙るくらいァしろ。つか、安直ちゃんがてめェなンざに気ィ遣うワケねーだろ」

「ひぃ、ごめんなさい!」

 

 うん、純朴ちゃんその通り。

 私がコイツに気を遣うとかありえないから。

 そんなことはどうでもよくて。

 

 死にたいか、死にたくないか。

 

 ……魔物の悲願、という言葉を完全に無視すれば、答えは簡単だ。

 死にたい。

 

 ──ワケがない。

 

 死にたいならとっくに死んでいる。私が導かなければいけないから死んでいないだけで、本当は死にたかった──とかだというのなら、とっくに諦めている。何百年と生きているわけがない。そんなに私は強くない。そんなに私は真面目じゃない。

 ただ、みんなが死ぬために頑張っているから。

 私は風の使徒として──それを援助する必要があると、そう判断した。私が死んでしまっては記憶を引き継げず、他のコと一緒になって彷徨い生きて、目的の成就ができないだろうから、と。だからずっと生きた。ずっと生きているのは悲願のため。

 

 だけど、だからと言って──悲願がなかったとして。

 死にたいか、なんて。

 

 そんなわけがない。

 生きていたい。普通に、何の変哲もなく、生きていたい。

 だって──死にたいと思う理由が1つも無い。

 

 答えは簡単だ。聞かれるまでもない。

 死にたい。そんなわけがない。

 

 ──それを言ってしまって、いいのだろうか。

 ウィドアルに気を遣っているわけじゃない。

 気を遣っているのは──今も上にいる、みんな。

 だってみんなは悲願のために身を粉にしてきた。犠牲を犠牲をとして飲み込んできた。

 私は。

 それを否定するわけにはいかない。

 

「だからいつまで経っても小娘なのだ、お前は」

「え──」

 

 音はあった。

 水の張ったここに降りてくる音。それがダメだとわかっているはずなのに、彼女は。

 

「だ──ダメよ、ボス。ここの水は、みんなにとって毒なんだから」

「ふん、それが答えだろう。私達は群れだ。何故群れになった。私達は群である。個ではなくなろうとした。ゆえ、個が犠牲になるとしても──それは仕方のないものとして切り捨ててきた。だが、ルー。今のお前の中に、それ以外の感情があろう。我を殺したくない。我を死なせたくない。その感情は、()()だ」

 

 何故。

 どうして私は、ボスに死んでほしくないと思ったのか。

 

 ──単純だ。こっちの方がわかりやすい。

 死んでほしくないから、だ。

 

 ボスに、死んでほしくない。

 ずっと共にあったボス。ずっと一緒にいたボス。本当の名前は他にあるのに、群れの頭だから、という理由と──それっぽいから、という理由でボスと呼んだコ。

 本来は私よりずっと年下なのに、私は彼女をずっと頼っていて。

 

 そうだ。

 死んでほしくない。

 クロムクラハにも、食べられてほしくない。

 

「ルー。そろそろ自由を手に入れろ。使命など、そこな何もわかっていない神が適当に下したものに過ぎぬ。誰よりも自由な風。その使徒であるお前が、誰よりも縛られている。前を向け。上を向け。いつまで犠牲となったもの達ばかりを見ている」

「……」

「アールルゥ・ヘズナガル。私はアグぅ!?」

「うるせーって」

「良いぞ、難陀。ソレは丈夫だ。もう少し力を込めても良い」

「あァそうか。じゃァ次は膝入れるよ」

 

 風の使徒。

 太陽の使徒。

 夜の使徒。

 

 使徒にはそれぞれ使命がある。

 

 だと、いうのに。

 そういえばあの野蛮人は──聞いてきた。

 

 ──"もしも──世界中が、輝きの園みてェに共存の道を選べる、ってなったらよ"

 ──"お前ァ、乗るか?"

 

 その時は拒絶した。

 そんな未来はあり得ないと。

 でも今。純朴ちゃんの言う通り、メイアートが……あの野蛮人が、その世界を作ろうとしている。それは意図したことではないのだろうけれど、結果的にそうなろうとしている。

 

 その未来ができたのだ。

 その選択肢ができたのだ。

 頑張って頑張って頑張って頑張って──その先に死を望む、という形だけではなく。

 

 魔物は魔物として。人間は人間として。獣は獣として。

 それぞれがそれぞれに共存する道。それがあり得ると。

 

 ──"そりゃ、そんなに大事かね"

 ──"大事よ。そのために、何百年と積み重なってきたのだもの"

 

 あぁ。

 そうだ。あの時も、それを理由にしていた。

 そこに私の意思など無く。そこに私の理由など無く。

 

「アールルゥ・ヘズナガル」

「え、あ、今の私じゃないぞ。だから殴らないでほしい!」

「うるせーって。わーってるよンなこた」

「純朴ちゃん。貴女の名前、全部教えて」

「全部? ……ん-。まァ、そうだな。梓・ライラック。で、ミズメ。あと難陀竜王。そんで──名もなきキマイラ、かねェ」

「うん。私はアールルゥ・ヘズナガル。意味は、強き皮を被りし者。こっちはボス。本当の名前はフリキ。上にはゲルってコもいるわ」

「おゥ。──答えァ出たか」

「ええ」

 

 向き直る。

 ウィドアル。この、いつまで経っても情けない神に。

 

「……その」

「ウィドアル。私、死にたくないわ。生きたい。今まで犠牲にしてきたコ達には本当に申し訳ないけれど、私、みんなと一緒に生きていたい」

「そ──そうか。そうか……。そうか。でも、輪廻の車輪は……壊せない。造り上げた私にも、壊せないんだ」

「構わないわ。その上で、私はみんなといたい。だから──ここに、風の使徒としての使命を放棄すると宣言させてもらいたいの。私はただの精神体として、この世界の滅びに立ち向かう」

「……それは」

 

 これが、私の答え。

 考えてみれば簡単だった。考えてこなかっただけだった。

 

「それは、ダメだ」

「……どういうこと? 使徒はやめさせられないって?」

「あ、ち、違う。そうじゃない。ダメなのは、そっちじゃなくて」

 

 まだ先の長そうなウィドアルの慌て具合を見てだろう、少しフラつきの見えたボスを抱えて、純朴ちゃんが井戸の方へ歩いていく。後ろ手を振って……ありがとね。

 

「その、ダメなのは、私の方で。だから、その。──無理だ。無理なんだ」

「何がよ」

「う、そ、その。……無理なんだ。君を、他の魔物と同一に扱う、というのは」

「──……は?」

「数百、数千の魔物の中に君がいたら、君を見てしまうだろう。私はすべての魔物を愛している。それは等価で、あるいは彼女……梓・ライラックのキマイラの言う通り、無価値に感じているのかもしれない。けれど君だけはそうじゃない。私にとって、私の大事な使徒。私の愛する使徒。君だけは等価じゃない。君だけは無価値じゃない。私はすべての魔物を愛している。愛しているけれど──君だけは、違う。君を、私は、愛している。ああ、違うな。これじゃ他と同じだ。けど、なんていえばいい? 好いているんだ。愛している。違うな。なんだろう。でも、違うんだ。他の子とは違う。私は君を──」

「馬鹿ね」

 

 本当に。

 

「いいわ。じゃ、輪廻の呪縛が私達を引き裂くまで、私はまだ貴女の使徒でいてあげる。それでいいでしょ?」

「……うん。そうしてほしい。私には……君が必要だから」

 

 本当に、馬鹿なんだから。

 

「──それじゃァここで朗報だ」

「え?」

 

 ボスを上に戻して帰って来たらしい純朴ちゃんが、ニヤりと笑って言う。

 私は──あの笑みを知っている。

 純朴ちゃんに言ったら怒るんだろうけど、とっても似ている。

 あの野蛮人が私と対峙するときに見せる笑みに、すごく。

 

「まァできるかどォかはわかんねェけどな──私なら、その輪廻の車輪とやら。壊せるかもしれねェってな、どうだ。希望になるか?」

 

 楽しそうに。

 彼女は、言った。

 

 

 

えはか彼

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