117.虎止伊豆韻歩単斗.鼻腔図有有為琉微辺虎耳加.
EDENについてすぐ、レイから聞いた、いっちゃん魔力の濃い場所をヴァスでぶった叩く。
迎撃はあった。けど【隠涜】様様だ。目の前で隠れたって見失うンだ、やべェ魔法が過ぎる。ま、劣化版でも班長達の目を完全に欺いてたくらいだ。っとにすげェンだろう。
そのままほとんどの魔法少女に気づかれないまま背後から、あるいは正面から魔法を裁定し、無力化。復興する気なンざサラサラ無ェらしい廃墟EDENの片隅……唯一そこまでの被害を受けてなかった学園塔の、その最上階に来たってワケだ。監視塔までァ行ってないが。
学園塔の上階ってーと寮になるンだけど、なンか知らねェけど俺を見てもなんも言わないなんもしない生徒がいて、事情は知らねェけど裁定させてもらった。
そっからの、コレだ。
聞こえてきた会話はまァ胸糞悪いって程じゃァない。そォいう奴なんだろうな、って諦めはあったからな。
けど、なンだ。
コイツが元凶、ってほど、事態は簡潔じゃねェ。元凶は複数人いる。だけど、それでも──まァコイツぶっとばしとけばなんとかなるだろ、感は。
「あるよなァ!」
「少しは学のあるヤツだと思っていたのだがな。殴れば解決するだろう、とは。なんとも野蛮な発想だ」
「ハハハ、うるせェな。てめェもちったァ学ぶモンだと思ってたよ。俺を敵に回したらどんな計画も失敗するってな、何度繰り返したらわかンだよ!」
ヴァスは矛の形でなく、元の杖の形。
それでぶん殴る。殴る殴る。殴る殴る殴る。
が、ニヤニヤ丸眼鏡の方もなんぞ変な棒……見間違えじゃなければ蝋燭を以て俺の攻撃を防いでいる。
いんやさ、こっちの陶磁器みてェな杖もどォかと思うよ? すぐ割れそうだもンな。わかるわかる。
でも蝋燭はもっと謎。蝋燭がどォなったら武器になンだよ。
「そうか? お前が加わった全ての計画──それは、全てが良好な結果を出している。確かにシエナの計画やルルゥ・ガルの画策は失敗に終わったのやもしれないが、私にとってはそうではない。
「そりゃ良かったなおめでとう! 【天愍】!」
杖先から放出するは一点に圧縮した衝撃波。鋼鉄さえも真ん丸に貫き得る破壊力を、ニヤニヤ丸眼鏡1人に向ける。
それを、蠟燭の一本で受け止めるニヤニヤ丸眼鏡。
「危ないな。貴様、殺しはしたくはないのではなかったか?」
「ハ、アンタはそれくらいじゃ死なねェって聞いてるからな。全力でぶっ叩かせてもらう」
「成程、レイの入れ知恵か。だが、そう簡単に信じていいのか? レイはお前たち魔法少女を魔法だとしか思っていない。それは始の点の戦いでわかっただろう」
「あァさ今でも最低野郎だと思ってるよ。それがなンだ。それが信じねェ理由になンのか?」
「基準、あるいは価値観というものに大きな隔たりがあるな。──流石はこの世の異物。何物にも染まらないか」
思わず笑みが零れる。
まァ同じ夜の神だしな。どこで拾ったかはともかく、知ってたって不思議じゃァない。
「それで、何を求める。太陽の使徒メイアート」
「冥界行ったやつらにかけてる加護消せよ。全部吐き出してやる」
「その程度でいいのか? ならば安心しろ、既に帰投準備中だ。──お前の大事なハキタを殺し、封印された三女神を取り返し──SS級たちが戻ってくる」
「耳を貸す必要はない。ハキタの気配は消えていないし、封印の監視も継続中だ。疑念を抱くな。焦燥を持つな。少しでもそれを見せたら、ゲヘナは【増幅】を行ってくるぞ」
わーってるわーってる。
つか、アンタより俺の方が神さんの気配にァ聡いンだ。アンディスガルの体側の感知は常に強化してる。異常があったらこっち捨ててでもいけるよォにな。
ニヤニヤ丸眼鏡のやり方は単純だ。話術でこっちの猜疑心やら何やらを煽って、どんだけちっさくてもいーから火種一個作りゃァOK。それを【増幅】し、本来のソイツじゃやるわけのねェことをさせる。
お嬢の様子を見てもそうだとわかった。他、魔法少女らは多分全員"そう"させられている。あるいはその【増幅】された感情を他の感情が上回りゃ洗脳染みたそれァ解けるっぽいンだけど、それができねェくらい【増幅】されてると、それは使命感となり──まァ、あとはお察しだ。
単純な魔法、じゃねェ権能だが、だからこそ強い。ンでそれは別に感情だけじゃなく魔法なんかにも使えるらしィってンだから汎用性も高い。
そーいうことで、ニヤニヤ丸眼鏡の前じゃ感情を高ぶらせンのも焦ンのも御法度ってワケだ。
「前々から思っていたが……お前は常に冷静だな」
「へェ、アンタの目は節穴か? 俺ァ常に頭ン中ぐちゃぐちゃだよ。やりてェことやらなきゃいけねェことやりたくねェことが渦巻いてる。冷静から最も遠いってな自負があるぜ」
「思考の話ではない。状況把握の話だ。場を整理すること。場を見ること。相手を観察する事。相手の力を推し量る事。観察眼というものにおいて、誰よりも速く、誰よりも細かに物事を見ている」
「そりゃそォだよ。アンタの言う通り、俺は異物なンだから」
動揺しない。頭を回す。
1歩下がって、後ろから見る。
「どうにも──お前からは、ヒトの温かみというものを感じない。シエナ……あぁ、ガーゴイルの方だ。アレの方が可愛げがあるぞ」
「そりゃどーも。ハハ、俺から温かみを感じねェってそりゃ当たり前だ。夜の使徒だぞ。死人から温もりなンざ感じるかよ」
腐敗すると熱を出すとかそォいう話はおいといて。
「ハハハハ、こんな問答をするたァ思って無かった。あァさ節穴だったのは俺の方かもしれねェ。お前、面白い奴だな。今から命の取り合いするってのに互いの新発見か? これから仲良くなるつもりか? そりゃとんだ喜劇だ。てめェの楽しい楽しい物語に加えて良い話だ」
「ふむ。お前、何故感情を零さない。そこまで高らかに笑っておいて、喜色というものが欠片も見えん。心の中は常に冷静だ。波紋1つ立たない静けさだ。お前は今、何と戦っている? お前は今──誰に話しかけている?」
叩きつける。
罅の入る音がした。したのァ、蝋燭側。
「答えろ。今の今まで気にしていなかったが、今になってひどく興味が湧いた。お前は何だ? お前は誰だ? お前は何を以て自らを自らと──」
「うるせェなァ。それ時間稼ぎなンだろ? 知ってるよ。そんで──
もう一度蠟燭で受けようとしたのだろう。それが割れてもなんとかする手段があったンだろう。
だが関係ない。
ヴァス。その先端を変形させながらの突きは──刺又の形となって、ニヤニヤ丸眼鏡を拘束する。同時、学園塔の壁がどろりと溶け出して、ニヤニヤ丸眼鏡の体に纏わりついた。【鉱水】だ。
「ふむ。……せっかく、お前に興味が湧いたというのに──終わりか」
「終わりだ。加護を解け。解かねェなら、こっちもやることをやる」
「ほう? 殺さないのか。して、やること、とは?」
「てめェを封印する」
亜空間ポケットを開ける。
そこにはなみなみとたぷたぷと揺らぐ反魔鉱石の液体が。そう、修練塔を丸ごと貰った時の反魔鉱石だ。
「封印措置か。甘いな。内側から破ってやればいいだけの話だ」
「これでもか?」
発動するのは【天愍】。
発動箇所は──ニヤニヤ丸眼鏡右腕。その付け根。
通常、亜空間ポケットの色ってな紫と黒の入り混じるおどろおどろしい空間だが、ここで開いたのは青っぽさの強い異空。
そう、ジーウィースを分断した時のアレだ。
「……!」
「アンタの体に反魔鉱石をまとわりつかせて封印し、全身をバラバラにして異空間に閉じ込める。あァさ安心しろ。アンタの言う通り、俺ァ殺さない。つかアンタ魔法少女じゃねェから殺したくても殺せねェ。だから殺さず封印する。意識を保ったまま、何もできずに異空の果てを彷徨い続けろ」
ピク、と。
ニヤニヤ丸眼鏡の右手が動いた。瞬間、肘、手首、そして指の関節にいたるまでに【天愍】が発生する。そしてそれぞれがそれを、するんと飲み込んだ。
今の一瞬で。
たったそれだけで、ニヤニヤ丸眼鏡の右腕が消失する。
「安心しろ」
何度も言おう。
「これは斬れたってワケじゃねェ。違う空間にあるだけだ。だから痛みもないだろう。勿論出血も無いから失血死も無い。──これを全身にやる。舌だろうが歯だろうが心臓だろうが、全てにだ。死にたくても死ねない。動きたくても動けない。ただ──考える事しかできない無限の空間を漂い続ける」
「……冥界の魔法少女達にかけている加護の解除は了解しよう。だがその前に1つ聞いておきたい」
「いや、解除が先だ。早くしろ」
「……わかった。
「メイアート。魔法少女らの墜落を確認した。こちら側の貴様がそれを排出したのも見えている。一応聞くが、今どのようにしてアンディスガルを動かした? 2つの体を1度に動かすことは不可能だ」
「無意識にずっと詩を謳うよォに自己暗示してただけだよ」
「そうか。それでなんとかなるのなら世話はない。嘘を吐くならもう少しまともなものにしろ」
いやホント。
神さん以外の神ってなうるせェのしかいねェのか。
……裏技があンだよ、裏技が。
「で、なンだ」
「対象を異空間へ飛ばす。亜空間ポケットに似たその魔法は、何の派生だ。【極覇】に統合されていたものにそんな魔法は無かっただろう。当然【裁定】という権能にもそんな効果は無い。ならば【天愍】の持つその埒外の能力は、何から出でたものだ」
「確かにそれはオレも気になっていた。魔法と権能の統合など過去において成功事例のないものだ。だが、貴様はその扱い方までもを知っていた。それは何故だ?」
「わからねェか?」
「わからん。異物であるが故か?」
「わからん。オレは貴様から一時も目を離していない。いつそれを知った」
こいつら、性格全然違うのにハモるなァ。
まァ片やクソ効率厨で片や研究者気質だ。似てるっちゃ似てるのかね。本人らに言ったら怒りそうだけど。
「──じゃ、それを考えて彷徨いな。答えはやらねェからよ」
ニヤニヤ丸眼鏡の全身に【天愍】を展開する。
至る所──顔さえも見えなくなる程に異空間の扉が出現し、ニヤニヤ丸眼鏡を覆い浮くす。
「理由を問おう。魔法少女の加護は解除した。何故、私を解放しない」
「馬鹿が。解放したらまたやるだろ。何よりお前ァ物語の当事者でいてェんだろ? 何度も言うぜ、安心しろよ。
1つずつ、1つずつ。
1か所ずつ、1か所ずつ飛ばされていく。
流石に危機感を覚えたのだろう。ニヤニヤ丸眼鏡は声を荒げて言う。
「──不安を【増幅】! キリバチ、魔法になれ!!」
「それはできない相談だ、ジャハンナム」
「な──」
気付いていたさ。気付かれねェよォに気づいていないフリをしていただけで。
鬼教官の手足に撃たれた杭は【鉱水】で取ってある。生憎潰された目ってなどうしようも無い。
それでも、待っていたわけだ。また磔の格好に戻って──ニヤニヤ丸眼鏡が頼ってくるその瞬間を。わざわざ、絶望させるために。
一応、裁定は済ませてある。傷は申し訳ないがそのままだ。死んで回復して来いとか、絶対言わないからな、俺ァ。精々大人しく冷静メイドたちに介護されてろ。
「待て──交渉をしよう」
「するかよ。あァ、今俺の心に【増幅】かけてるみてェだけど、無駄だぜ。俺ってな常に調子に乗ってるよォなモンだからな。どんだけ増幅したって俺のままだ。強気になってアンタの交渉に乗る、とか。ハハハ、絶対無いよ。何度も言ってるだろ、安心しろ、って。──俺に心変わりは無い。アンタがどう焦ろうと、何を画策しようと、無駄だ。だから安心しろ。心を落ち着かせろ。──焦っても頑張ってもうろたえても命を乞うても──俺には一切の効果が無い」
手も足も、腰も腹も胸も肩も首も、耳も鼻も頭も脳も、目も、口も、舌も、歯も。
すべてに【天愍】が展開し──飛ばされていく。
千切り飛ばしてるってなワケじゃねェ。全部繋がってる。全部繋がったまま別々の場所にある。
今のニヤニヤ丸眼鏡に。
ゲヘナに。
俺は、どォ映っているだろうか。
「──ここで私を殺さなかったコトを、いつか必ず後悔する。何千、何万、何億年と経とうと私は諦めん。いずれ体の全てを取り戻し──今度は貴様をバラバラに引き裂きに行ってやる」
「そいつは無理だな」
「ふん──待っていろ。その時は、すぐかもしれんぞ──」
完全に。
顔が消える。いんやさ──全身が消える。
この場から。この世界から。
幕引きにしちゃあっけないモノだ。まだピンクカチューシャが残ってるが、あンだけ邪魔してくれやがったニヤニヤ丸眼鏡を仕留めたってにしちゃ、まァ、ファンファーレは鳴りそうにない。
「メイアート……いや、ライラック。そこにいるのだな」
「……なンだ、バレてンのか」
「やはり、そうなのだな」
「あァ。……しっかし、規制も緩くなったな。全然かからねェじゃねェか」
「相手がすでに確信を得ている場合には働かない。オレは意味のないことはしない」
「そォかい」
鬼教官は──へたりと床に座る。座り込む。
ま、体力限界だろう。魔法少女でもつらいだろう格好でずっといて、そっから人間に戻されたンだ。疲れて何にもできねェってなわかる。
「……どういう、ことだ。ライラック」
「ん? 何がだ? あァ、魔法少女達への裁定のことか? まァこっちにも色々あンだよ」
「違う」
それでも。
へとへとになりながらも、鬼教官は──こちらをまっすぐ見る。
「先ほどの、言葉だ。ジャハンナムを待っているのは無理だと、お前は言った」
「あァ、言ったな」
「……死ぬつもりか」
成程。そこまで見抜くのか。
聡いねェ鬼教官は。
「つもりっつか、死んでんのさ、俺は。元からな。元に戻るだけだ」
「夜の使徒へ戻る、というだけ……ではあるまい。その身体がもう長くないことは顔色を見ればわかる。だが、その身体ではないものさえも──もう、長くないのか」
「なンだよ、結構知ってンだな鬼教官。ニヤニヤ丸眼鏡達の会話を聞いてたとかか?」
「そうだ。……再度、問う。死ぬつもりか、ライラック」
後頭部を掻く。
ん-。いやまァ、良い質問だ。
俺や暴走繭と倫理を分かち合った鬼教官だからこそ、その問いは重い。
なンて返すべきか。
悩むまでもねェか。
「──ああ。世界を殺して俺も死ぬ。……こォいうとストーカー殺人犯みてェだな」
死にたくない。
それは今も変わってない。
けど──ま、何かを成して死ねるのなら。何も成せずに死ぬよりかは良い。
世界を殺した後も生きてられるンなら手ェ擦り合わせてでも汚く生きるンだけどな。
魔法を統合していく内に、だんだんと分かってきたンだ。あ、無理なンだな、って。
「寿命って奴さ。俺の死にたくねェってのはまァ事故とか、殺しとか、そォいうのが嫌ってだけで──やるべきことやって、文字通り人生使い果たして死ぬンなら文句はねェ。早死にだとは思うがな。……けど、周りで起きてたことに何にも気付けずにみんなが死んでった"前"とは違う、俺は俺のやることをやって──その最期を迎えるンなら。それを俺は老衰であると定義する」
ヴァスをもとの形に戻す。
鬼教官に手ェ振って──魔力を感知できる方に歩き出す。
「ライラック」
「……まだ、なンかあるのか」
「エミリーからの伝言だ」
少し、体が固まる。
……暴走繭か。思うところは──無いわけでもない。アイツはよォやくみんなを守る魔法を手に入れたってのに、俺がそれを奪ったンだ。そうするしかなかったとはいえ──ああ、何もかも言い訳だな。
どんな罵倒も受け入れよう。
「──"ありがとうございます。私を、普通の女の子に戻してくれて"……だ、そうだ」
「なんじゃそりゃ」
「知らん。私に聞くな」
礼? 礼だって?
魔法奪われて、ただの人間に戻されて、礼?
そりゃ。
「……いいなァ、アイツ。なァ鬼教官。暴走繭貰っていいか? 妹にしたい」
「本来ならダメだ、というのだがな。妹にするのなら死なない必要がある。だから良いぞ。ゆえ──死なずに戻ってこい」
「ハ」
目を潰された、手足に穴開けた女性が。
気丈にンな励ましを言うンだ。笑えて仕方がねェ。
「考えておくよ。今まで色々ありがとうな、鬼教官」
「……ああ」
今度こそ、見えねェだろうけど後ろ手を振って。
その部屋を──去った。
床には1本、火の付いていない蝋燭が──。
「よいしょ、っと。よォ、ピンクカチューシャ。進捗ァどーだいね」
「今やってるのだ。あとその言葉は作家に対して致命傷を与えるから使うのやめるのだ」
「あァさ知ってる。クライアントからせっつかれてンのに負荷テスト終わらなくて頭抱えてるヤツに言うと発狂するからな」
「何の話か全く分からないのだ。……それで、決着はついたのだ?」
「ついてなかったらこっちに来ねェだろ」
そこに──彼女はいた。
せっせこせっせこと筆を動かす少女。黒く変色した指先は、強く強くペンを握った証拠だろうか。それとも原稿の上を何度も何度も往復した証だろうか。
「──助力、感謝する。多分俺1人じゃ危なかった」
「それはこちらの台詞なのだ。プリメイラ様だけじゃゲヘナをどうにかすることは難しかった。だから貴女に手紙を送ったのだ」
そう。
EDENに向かう途中、一通の手紙が来た。
どォいうこっちゃねんと思うかもしれないけど、手紙が飛んできたのだ。式鬼でもねェのに手紙がするーっと浮いて、空気を滑って。
そこには色々書いてあった。色々。余計なことが沢山書いてあった。要約すると「助けるから助けてほしいのだ」だった。無駄に縦読みも仕込んでてムカついた。
ゲヘナ討伐がこんなにもうまく行ったのはピンクカチューシャがずっと妨害していたってのが大きい。ニヤニヤ丸眼鏡の自信、傲慢、余裕。そォいうのを【増幅】させまくってたンだ。そういうシナリオをずっと書いていた。書き続けていた。
だからアイツは、その最後まで──最期の最後になるまで、焦ることができなかった。ギリギリで焦りが【増幅】された感情に勝ったみてェだがな。
「……貴女は、梓。なのだ?」
「あァ、そうだ。ア? なンだよ、何の検閲だよ今の」
「確証を持っていなければならないと言ったはずだ」
「今の、レイの検閲なのだ。……まぁ梓だと仮定するのだ。梓、裁定というのは痛いのだ?」
「いいや。痛みは無い」
「じゃ、早くやるのだ。この力はあたしには過ぎたる力なのだ」
んっ、と胸を差し出すピンクカチューシャ。目を瞑って……痛くねェつってンのに、怖がってンじゃねェか。
その胸に──指を置いて、【裁定】を発動する。
「……早くするのだ」
「もーやったよ」
「えっ」
ピンクカチューシャはキョロキョロして、ふと自分の掌を見つめた。
そして、「おお!」と言って。
「出ないのだ! 文字!」
「あァ。……これで、未来は確定しなくなった。んじゃ、早いトコ避難所に逃げな。俺はもう少し【裁定】していくからよ」
「わかったのだ。……あ、そうだ。コレ、あげるのだ」
「ン?」
言って渡されるのは──『百合少女育成学園エデン ~焦がれるあの人との蜜月~ -逃避行編-』と銘打たれた本。
……イラネ。
「あー! 捨てるな! なのだ! 中身に興味が無いのはわかってるけど、ちゃんと持ってるのだ!」
「中身に興味がねェから捨てたンだけど、なんか効果があンのか?」
「今あたしの【帰述】を奪ったのだ。だから、ちゃんと読み込まないと難しいかもしれないけど、あたしの世界の具現化を梓ができるかもしれないのだ。それは最新作! だからちゃんと持っていくのだ!」
「……うーん、まァわかったよ。餞別ってこったな。ありがたく貰っておく」
本を亜空間ポケットに入れる。
小説ねェ。読む暇あるかなァ。
「んじゃ、今度こそ行くよ。じゃァな、ピンクカチューシャ」
「じゃあな、なのだ。あ、言っておくけど物書きはやめないのだ。冥界にも届くような超有名作品書くつもりだから、死後もゆっくり読むのだ」
「そりゃ楽しみだ」
さて。
EDENでやることは──あと少しだけ。
ぶんぶんと手を振るピンクカチューシャを背に、そこへ向かう。
そこ。
隔離塔──その地下。
封印措置を受けた魔法少女達がいる場所、である。
「
何度目、でしょうか。
その声が聞こえた途端体が重くなります。しかし、再度かかる神の加護によって体を持ち直し……直し?
「これ、は……」
「く──各自、地面に空いた穴に全力退去しろ! ──
そんな。
お待ちください。
せめてあの方だけでも連れて行かないと。
あの、黒いドッグ種たちに囲まれた──黒い少女だけでも。
「アールレイデ! 早くしろ──冥界では蘇生できないことを忘れたか!」
「……わかりましたわ」
夜の神の加護。
それが無ければ、私達は冥界で満足に活動できません。それが切れた、ということは──ジャハンナム様に何かあった、という事ですわ。
太陽の使徒に負けたのか。
それとも別の要因か。
なんにせよ、戻らなくては。
──はて。
私は、何を必死に……冥界にとどまろうとしていたのでしょうか。
「アールレイデ! 何をボサっとしている! こちらに──うわっ!?」
「え?」
突如、私に声をかけてくださっていた方の気配が消えました。
軍部にいるSS級魔法少女の方で、口調こそ強いですが、周りを気にかけて行動できる良い人です。
その方が──消えました。
「【海紋】」
瞬間、別の方が魔法を使います。展開されるは海──空中に海が形成されました。雲の向こうまで広がる海の中では、何がどう動こうと察知できるのだとか。
手を合わせ、目を瞑っていたその方がパッと目を開いた──その瞬間。
「後、ろッ……!?」
「遅いですわ」
大口を開くようにして【海紋】の方を飲み込もうとしていた何者かを突き刺します。
……手応え、無し。なんでしょうかコレ。
私の刺した……影? のようなものは、空気に溶けるようにして消えていきました。
「……助かった。感謝する、アールレイデ」
「ええ、困ったときはお互い様ですの」
「きゃあ!?」
少し離れた所で悲鳴。
そちらを見れば──そこにいた、今度は学園生であるイルーナさんが消えていました。彼女は【雷纏】という近接SS級魔法少女。それを発動できずに終わった、ということは……反魔鉱石の類?
「散開は得策じゃない! 皆、お互いを見る形で移動しよう!」
「了かッ──」
返事をしようとしたのでしょう。【海紋】の魔法少女であるアンリューさんが消えます。
「何だ──何が起きている!?」
「騒いではいけない! それは相手の思う壺だ! まずは固まって──」
一応今回のSS級小隊のリーダーであった【刃雨】の魔法少女、ユェイロツァさんも消えてしまいます。今は彼女を注視していたにも関わらず対応できませんでした。私の速度に対応した、ということでしょうか。
……なめられていますのね。
「ッ、行け、アールレイデ! 私達の事はいい! 起きた事の全てを伝えてくれ!」
「それは難しいですの」
決死の判断をしてくれた【喰砲】が龍美さんの背後に剣を突き刺します。
手応えは……相変わらずなし。けど、これならどうですの?
「【神光】──逃がしませんわ」
剣を手放せば、影のようなものは空気に溶けるようにして消えてしまいますが、刺さったソレは見えたまま。それに向かって光条が飛んでいきます。
これ、おそらくビーファンさんの【隠涜】に似たものと見ましたわ。
なら。
「お2人共! あの剣に向かって集中攻撃ですわ!」
「──任せろ! 照準──固定! 圧縮大気装填完了! オォォォォオオオオオ! 【喰砲】!」
「いや、龍美。それいう必要ないじゃん。時間の無駄だよ。【閃輪】」
獅子のような形をした砲撃が剣の刺さったソレに噛みつき、それごと輝く輪が切り裂きます。
これは当たりました。確実に。
「ッ、1人じゃない! やはり逃げろアールレイデ! お前だけで、」
「SS級壊滅はやばいかなー、これ。逃げてね、フェリカ。速度で君に勝る者はいな」
どちらも言葉を言い終わる前にいなくなってしまいました。
1人、ですの。
さて。……まぁ、確かに。本部に戻るのも手、というか、それが最善なことはわかっているのですが……。
「姿を現してくださいませ。──【亜空】。レーテーさん」
「……驚いた。なんでわかった?」
「剣を突き入れた時の感覚が亜空間ポケットに酷似していましたので」
ズ、ズ、ズと。
何もない所から出てくるは、創設者方々と同じくらいには伝説の魔法少女、【亜空】がレーテーさん。魔法少女に亜空間ポケットというものを広めた張本人であり──EDENに属すことなく、歴史から姿を消した魔法少女。
はてさて、そんな方が私達SS級に何用でしょうか。
「感覚派か。それは確かに対処のしようがない」
「それで、お聞かせ願えますでしょうか。任務帰りの私達を襲った理由を」
「簡単。今戻ったら、メイアートの餌食になる。既にEDENに魔法少女は1人もいない。すべての魔法少女が魔法を奪われてしまっている。それは世界の滅びが近付いたことを意味し──だからこそ、要となるSS級を奪われるわけにはいかない」
「成程。しかし、それならば私達に事情を説明し、引き留める、程度でもよかったのでは? 何故襲うような事をしたのでしょうか」
「それも簡単」
空中で少し屈み、背後に剣を突き出しながら一瞬飛行魔法を切り、落下。亜空間ポケットに飲み込まれることで支点となった切っ先を頼りに背後へ回り、その首筋にもう1本の剣を付きつけます。
全く、こういう舐められ方、何度目でしょうね。私の戦闘様式において武器は大事なのですから、何本でも用意している、など簡単に考えつきますでしょうに。
「それで、どう簡単なんですの?」
「……SS級は、クセが強い。素直に従わない可能性が高い。何より──」
悪寒を覚え、【神光】の翼を以て飛翔。その場を離脱します。
──振り下ろされるは、少しばかり懐かしい炎の腕。深紅の腕。
「ま、アタシがいるからね。敵がいちゃ心も休まらないだろうって事さ」
「……安藤アニマさん」
深紅の巨人──は、いない。空中に描かれた丸い文様のようなものから腕だけが出ている状態だ。
「では、レーテーさんはそちら側、ということでよろしいでしょうか」
「さて、どうだろうねぇ」
「その認識で構わない。詳しく説明する気はない」
「……アンタ、穏便に済ませようって気、あるのかい?」
「相手の戦意が滾りに滾っている以上問答に意味は無い」
「よくご存じ、で!」
会話の途中に斬りつける。
卑怯? いえ、隙でしたので。
「ね?」
「ね? じゃないんだよ。全く……ま、なんだ。フェリカ・アールレイデ。アタシ達に大人しく捕まんな。悪い事はしない。というか、アンタらをメイアートに奪われると困るから保護してやってるんだ。大人しく受け入れてくれると助かるんだけど──無理そうだねぇ」
視覚不可能な速さで背後に回り、横なぎの斬撃。
それは──おどろおどろしい色に揺らめき光る剣によって止められました。
「アニマ。恵理須が悲鳴を上げている。早くしまって」
「はいはい。ったく、師匠といいコイツといい、自分で動かないクセに対処してやると文句バッカ言うんだから……」
「隙ありですわ」
「これは隙じゃなくて罠っていうのさ」
大きく開く【亜空】。止まれずにそこへ突っ込む──演技をして、ギリギリで制動。真横に移動しての斬りつけ。
……手ごたえなし。もう、さっきから全然入りませんのね。
「何故そうも拒絶する?」
「私はEDENという軍に所属する身ですので、帰投し、報告を行う必要がありますわ。太陽の使徒がいるというのならさらに好都合。殺しますの」
何度か、遅れは取ったけれど。
もう負けない。大丈夫だ。
「……これは一筋縄じゃいかないねぇ」
「SS級は頑固者ばかり。面倒くさい」
「お褒めに預かり光栄ですわ。それでは──」
どちらを狙えばいいか、など。
決まっている。
「さようなら」
「ククッ! 楽しそうな所悪いがさようならをするのはお主だ、フェリカ。用があるついてこい拒否権は無いぞえ式鬼城郷──」
世界が紙に包まれる──。
……今、絶対斬れましたのに。
今絶対勝てましたのにいいいいいい!!