ぼて、と。
落ちてきた俺。俺の姿をした──シエナ。
彼女は、俺を見るなり──冷や汗を垂らした。ハハ、随分と俺の体を上手く使うモンだ。
「えっと……初めましてー……」
「あァさ、初めまして。だから握手をしよう」
「……──……。……──ええ、いいわ。握手をしましょう」
考えに考えての。
どっちが速いかの勝負。そォ思ったンだろう。
「初めまして。私の名前は梓・ライラックよ。よろしくね、【死、」
「初めまして──俺ァ太陽の使徒メイアートだキック!!」
腹に一撃。
ハハーハ。馬鹿め。誰が【死漸】なンつー危ねェモンと運勝負するかっての!
……しかし、自分を蹴るってな……ちょっとヤだな。
「ッツツ……けほっ、けほっ」
「おい痛そうにすンじゃねェよやりづれェだろうが」
「い、痛いのは痛いんだから、仕方ないでしょ……。この体、ロクに鍛えてないし……」
「あァさそりゃ悪かったな」
……やりづら。
そうなンだよなー。身体は俺のモンで、見た目女子中学生でさー。
蹴ったり殴ったりってな……あーなー。
でもコイツ【死漸】とかいう超危ねェ魔法使ってくるし……。
「痛い思いしたくなかったら返せ」
「──ふふ、嫌よ。貴女は私を殺せない。どころか殴る事さえ躊躇する。だったら──」
「【痛烈】」
「ギ──ィィイイイ、ガ、ァァアアア!?」
のたうち回る俺の体……もとい、シエナ。
そーだそーだ、これがあったわ。
ありがとう鬼教官。あの時あの場にいてくれて。……とか、不謹慎すぎるな。ちょいと反省するか。
だがまァこれで殴る蹴るせずに倒せそうだ。
「ア……ぐ、ぅ……」
「返せ」
「……嫌、よ──キャ、ア゛ア゛ア゛!?」
「魔法名は言わずとも発動できる。ンな基礎知らねェワケもねェよな」
……うーん。
これはこれで……嫌だな。
いや、敵だ。敵なンだよ。確実な敵だ。大敵だ。天敵だ。
俺の人生めちゃくちゃにしやがった奴だよ。ホントの年齢で言えばこんな幼くねェし、性格も最悪だ。
けど……なンだかなァ。
「く──【死漸】!」
「おっと、飛ばせるよォになったのか。【天愍】」
「避けられ──きゃっ!?」
ぐしゃ、と。
シエナが顔から地面に倒れる。
バランスがとれなくなったンだ。なンでって──手足が無くなったから。
勿論斬り飛ばしてねェ。異空間に飛ばしただけだ。
「ぅ、あ……」
「……なァ、もう止めにしねェ? 俺嫌だわ。お前に攻撃すんの。いじめてるみたい、っつか完全にいじめだしよ。嫌だわ。なンか……心が疲れる」
「や、──止めに、するなら、勝手にすればいいじゃない……! 私は私の目的があって──痛い、ぁが──ぐ」
「返せ、っつってンだよ。身体返して魔法返して目的も野望も全部捨てろ。そォすりゃお前をいじめずに済む。……ああもう、なンだこのセリフ。完全にいじめっ子じゃねェか」
ヴァスの矛を突き付ける。
負け犬負け犬と罵っては来たが……これじゃァ、本当にそうだ。
太陽の使徒メイアートと──魔法少女シエナ。力関係はまるで逆転しちまってる。
シエナは、その四肢の無い身体で。【痛烈】の痛みに喘ぎながらも、けれど、けれど──屈しない。散々逃げたり不意打ったりなンだりしてきたってのに、止めにァしない。諦めもしない。
なんだ。
お前を突き動かすものは。
「──聞いてなかった。お前の目的って、なンだ」
「知ってる、クセに」
「いや。全部推測だ。俺が考えただけだ。憶測だ。全部その時その時の情報から汲み取った推理だ。──だから、話せ。お前の目的はなンだ」
「……」
「痛烈」
「ひっ!?」
「……嘘だよ」
なんだ。
なんなんだよ。
なンで──そんなに少女らしい。てめェ、悪の親玉だろ。ラスボスだろ。
お前を倒せば。お前から身体を取り戻せば。
全部終わるンだろ。ハッピーエンドにァならねェ。それは知ってる。世界の滅びをハッピーエンドたァ呼ばねェと知っている。
けど、終わるンだ。よォやく終わる。俺を中心に渦巻いてた策略ってな終わる。苦しみに嘆く世界も終われる。死ねる。
だから、だからさ。
やめろよ。
そんな──ただの人間みてェに、苦しむのは。
俺の心が保たねェよ。
「話せ。……話してくれ。お前の目的は何だ。何で俺の体を奪った。何で【死漸】を欲しがった。何で俺と敵対した。アズサを作った理由は何だ。ゲヘナとかいうクソを抱き込んだのはなんでだ。安藤さんは何だ。お前は何だ。なんでお前は──そんなになってまで、諦めない。何だ。お前が抱く大望は。諦めねェ計画ってなンだ。そんなに大事か。聞いた。聞いたぞ。お前は別に不死になりてェんじゃねェ。お前は別に永遠が欲しいンじゃねェ。シエナ。死を得る事の無い者、なンて他人が付けた蔑称なンだろ。なァ。ポマネイ・リコ。お前は何がしたい。お前は何を求めて──ここで苦しんでいる」
「……懐かしい名前。すごく、久しぶりに呼ばれたわ」
「そんな懐古ァ聞いてねェ。頼むよ。話してくれ。俺は……お前を傷つけたくない」
「何それ。まるで愛の告白ね痛ッ!? ぴ、ピリッと来た……。今の、今のはひどくない!? ちょっと良い雰囲気になりかけてたじゃない!」
「うるせェ早く話せ。次ふざけたら目に【痛烈】するぞ」
「それは痛そう……あ、わ、わかった。話すから。話すから」
よォやく話す気になったらしい。
なげェっての。
……周囲の魔力反応は、大丈夫そうだな。警戒するに越したこたないが。
「簡潔に話した方が良いかしら。それとも、最初から?」
「簡潔に話してから、最初の話をしろ。余すところ無く話せ」
「はいはい……わかった、わかりました。……ね、せめて手足を……あ、いえ、なんでもないわ。……話すわよ、もう」
なげーっての。
っとに。
「私の目的は、ただ1つ。新たな世界を作る事よ」
「そうか。知ってる」
「だからそう言ったのに……あ、やめて睨まないで。それホントに痛いのよ!?」
「知ってる。食らったことある」
「……それで、最初の話。だけど」
すっごく、すっごく昔の事よ。
魔法少女というものがほとんどいなかった──ゲヘナからの感染によって異能を発現したとしても、それはそういうものだと処理されて、騒がれど常識になることのなかった時代。
私は普通の家庭に生まれたわ。両親がいて、兄妹がいて。
貴女の言う通り、ポマネイ・リコ。それが私の名前だった。
そこから私はすくすく育って、20になったの。20歳。既に結婚していて、子供もお腹にいてね。出産の日にはまだ遠かったから、夫と共にある湖を見に行ったわ。アピス。湖の名前よ。アビス? アビスワームのこと? 続けろ、って……、はいはい。
2人で見ていたの。
静かな湖を。
──その時、空に罅が入ったわ。
突然のことだった。何の前兆も無いこと。まぁそれ自体が前兆なのだけど──そういう話はおいておいて。
その罅から入ってきた魔力は、当然冥界の魔力。でもそんなことを当時の私達が知るはずもないし、なんなら見えなかったし。
見えなくて。
多分、触れたのでしょうね。私も夫も。
それで──まぁ、何もなかったわ。ちょ、ちょっと睨まないで。しょうがないじゃない、ホントに何もなかったんだから。
……何もなかったのよ。その時は。
でも、空が割れる、なんて一大事に、一般人だった私達は恐ろしくなって逃げたの。村の方にね。そうしたら、当然村でも空が割れた、凶兆だ凶兆だって騒ぎになってて。
……けど、驚くことに。
何もなかったのよ。空に罅が入っただけで、本当に何もなかった。魔物が大勢襲ってくるとか、魔法少女……あの頃は異能者とか巫女とか仙女とかいろんな呼び名があったけれど、そういうのが大量に出る、とかいうこともなくて。
世界に何かが起きている、ということはみんな感じていたけれど、実害が無いから段々と騒ぎは収まっていったわ。
──そして、私の出産の日がやってきた。
ふふ、そんな難しい顔をしないで。
じゃあ、問題。その日生まれた子供は。
私の赤ちゃんは、
答えたくない? ……ふふ。いいのよ。何、貴女。可愛い所あるじゃなイッタい!?
ちょ、ちょっとソレ気軽に使うのやめて。ホントに痛いんだから……。
まぁ、ね。お察しの通りよ。
私の赤ちゃんは──魔物だった。これは後で知ったことだけど、正確には女の子として生まれ、私のお腹の中で魔法少女の因子が覚醒し──けれど十分な魔力を得られずに魔法に食べられてしまって魔物になった、哀れな哀れな女の子。
当然、大騒ぎになった。
魔物を生んだ女だもの。殺されても当然だった。
……問題は、私の家族が優しかったことね。優しくて、いいえ、村のみんなさえも優しかった。涙が出る程に優しかったの。
村のみんなも、家族も。その魔物を殺さなかった。私も殺さなかった。衝撃を受けている私を夫はずっと慰めてくれたし、誰も私に、私達に石を投げなかった。夫は……自分が悪いと、自分が魔物なんじゃないかと言って死のうとしてたくらい。勿論止めたけれど。
そうしてね、私達は優しくされたのよ。
──最後の最期まで。
「ここまでで、何か質問あるかしら」
「無い。続けてくれ」
「顔が固いわよ。ふふ……続けるわ」
最期、というのは──まぁ、村の終わり、ということ。
最後までみんなは優しかったのよ。
1人。また1人と死んでいく──あ、老衰よ。何かされたとかじゃなくて。
だから、何年も何年も経って、また1人と死んでいく中で──私と私の子供である魔物だけ、老いなかった。いえ、魔物は成長こそすれど、老いてはいかなかった、というべきね。
夫が幾つになっても、村人の誰が死んでも──私は20のまま。若いまま。
子供もね、特に聞き分けの悪い子、というわけではなかったから、野生動物の肉で我慢してくれたし。本当に──何もなく。
ただ、村が滅んで。
私達が残された。
……私がいつ魔法少女になったか、というのはわからないわ。出産した直後か、その後か。
だって魔法なんか使わなかったから。今の子って、発現したらふと脳裏に魔法名が浮かんでくるもの、とかいうけど、私の時はそんなことなかった。あるいは魔物を生んだ衝撃に臥せっている頃に浮かんだのかもしれないけれど、覚えていなかった。
それでまぁ、ようやく。
私は──私が仙女なのだと自覚したわ。いえ、自覚は勿論村が滅ぶ前なんだけど。
……そこからは、自分の子供と過ごしたの。
良く見ると、少しずつ大きくなっていっているらしい罅を見ながら、子供用の食べ物を探す日々。特に不満は無かったわ。我が子ですもの。私は母親として、その命尽きるまでこの子と共にいるのだと──そう思っていた。
その毎日が崩れたのは、ある日のこと。
私の子がね、泣いていたの。朝起きたら、涙を流していたの。魔物の流す涙が人間と同じであるかどうか、なんて私にはわからなかったから、何度もどうしたの、どうしたの? って聞いたんだけど……当然わかるはずもなく。魔物に言葉があるなんて私知らなかったし。
──そして、その時は訪れるわ。
私の子が涙を流した日の、3日後。
空の罅が、突然大きく大きくその範囲を広げたの。大きな音を立ててね。
今度こそ世界の終わりだと思ったわ。
そしてそれは、正解だった。
それは世界の終わり。世界の寿命。
──けど、それを止めた者がいた。
黒い髪をなびかせる長髪の女性。そしてそれに付き従う桃色の異装を纏う少女。
空を飛び、何かを話しながら──思い出の湖の上に、何かを作り始めた。
とても、とても、とても大きな何か。桃色の異装を纏う少女が何かを呟くたびに、黒い髪の女性が強く目を輝かせてそこをにらみつける度に──ソレは出来上がっていく。
今まで見たどの形とも取れないソレ。美しく輝くソレ。村よりも、私の子よりも、あらゆる何よりも大きい──建造物。
そう。
それが、始の点。世界の終わりに際し、それを止めるために作られた延命措置。プリメイラの【帰述】とゲヘナの【増幅】によって実現された、本来人間には成し得ない具現。
……コトが起きたのは、それの具現化が終わったすぐあと。
私の子がね、ふらふらーって、その建造物に向かい出したのよ。
止めたわ。けど聞かなくて。
それで──見つかった。ゲヘナに。プリメイラは寝てたから知らないだろうけど、ゲヘナには見つかってしまった。
ゲヘナは私と私の子を見て、ほう? なんて言って。
──"ザグルス、というのか。良い。お前、この迷宮の主となれ"
なんて事を言ったの。
勿論ザグルスなんて名前、私はつけてないわ。別の、普通の女の子の名前を付けていた。
……けど、本当はそれが本名だったのでしょうね。魔物は──生まれた時から名前を持っているものだから。
そしてその命に、ザグルスは頷いた。
一回だけ私に振り返って──そのまま行ってしまった。
そのあまりにも呆気ないお別れに、私は立ち尽くすしかなかった。
だって、私にとってあの子がすべてだったし。それを……表現としては違うのかもしれないけれど、奪われて。私には何もなくなって。
それで、けれど、空に広がっていた罅は修復されたわ。ザグルスが建造物に入ったことにより、ソレが機能し始めたんだって、聞いてもいないのにゲヘナは教えてくれた。
それで……彼女はプリメイラを担ぎ上げて。
──"世界はあの迷宮『始の点』によって延命措置が為された。しかし、結局のところ延命だ。ザグルスがどれほど死力を尽くそうと──世界の滅びは必ず来る。お前、アレの母親だろう。もしザグルスを楽にしたいと思うのなら、新たな世界でも作ってやれ。それで奴の役目は終わる。お前と奴と、まぁ、いくらかの人間たちでも連れて、新たな世界に移住すればいい。新たな世界の作り方? 知るか、自分で考えろ。ではな"
「じゃ、なンだ。お前の目的ってなニヤニヤ丸眼鏡に植え付けられたモノってことかよ」
「どうなのかしらね。鵜呑みにした覚えはないわ。ちゃんと自分で調べて、ちゃんと自分で実験して。色々試したのよ。世界を作る実験。仙女を作る実験。ザグルスを迷宮の主という役割から逃がせないか、とか、それには位と役割をどうにかしなきゃで、とか。それならザグルスに代わる魔物がいれば、とか。赤子から魔物になり、成長した者ならばどうだろう、とか。私は代わりになれないのか。迷宮とはそもそもなんなのか。世界を作ったとして、どう移住するのか。新たな世界で私達は生きていけるのか。何が必要なのか。何が要らないのか。ゲヘナとは何者か。あの桃色の異装を纏う少女は誰なのか。この世界とは何なのか。この世界は本当に死んでしまうのか。この世界をもっと保たせることはできないのか。ザグルスのためにしてあげられることはないのか。私は何ができるのか。私は何を成せるのか。私は、私は、あの子は、世界は──って」
「……そうか」
「ええ、そう」
その試行錯誤が、まぁ、貴女が知っての通りの凄惨な実験。歴史に表立っていないだけで、もっと沢山ある。昔過ぎて記録が残っていないだけで、もっと沢山ある。
私は新たな多世界を作り──ザグルスを解放するためだけに、何万年を費やした。
末。いえ、途中ね。
その途中で──ある扉を開いたわ。
ザグルスの代わりとなる魔物をゼロから作り出せないか、という実験の最中だった。
──そこに、一柱の神が降臨したの。
「神?」
「ええ、そう。でもこの世界を作った三柱じゃない。異邦の神よ」
「完全なる偶然、ってか」
「その通り。──その神は、名を加具土命であると言ったわ」
「はァ!?」
「な、なによ。そんなに驚くこと? 知り合い?」
「……い、いや。いい。続けてくれ」
加具土命。そう名乗った神は、しかし暴れる事もせず、私を興味深そうに見つめて──ニヤりと笑った。正直に言えば恐ろしかったわ。とんでもないものを引き込んでしまったんじゃないか、って。
……でも、加具土命は、その姿を赤い髪の女性に変えるなり、こう言ったの。
──"アンタ、今日からアタシの師匠だ。アタシはそう呼ぶし、アンタはそれに慣れな。この世界の技術──その最先端。アンタはそこにいる。ああいや師匠はそこにいる。だから、それを教えてほしい。弟子にしてほしいってこった"
「……おいおい」
「そう。それが、安藤アニマ」
「マジか」
「怖いでしょ」
「怖いな、そりゃ」
そう。怖かった。
けど次の日から本当に弟子みたいに……雑用もするし、ちゃんと敬ってくるし、毒気のないっていうか、本当に1人の人間みたいに振る舞って──けれど、その口から零れる知識はちゃんと神らしいそれだったわ。
鍛冶の神、とかでね。私に沢山の知識をくれた。勿論対価に私からも私の蓄えた沢山の知識を与えたわ。そうしたらいつの間にか魔道具なんてものを作り出してて……それがなんともまぁ有用で有用で。ちょっと負けた気分で悔しかったわ。その頃には、アニマが神だった、なんて事はほとんど忘れてた。いえ、完全に忘却したわけじゃないんだけど、気にならなくなっていた、というべきでしょうね。
その辺りかしら。
私が国を作ったり滅ぼしたりして実験を繰り返している頃──ゲヘナから、声がかかったのよ。あれからずっと音沙汰の無かったゲヘナから。
曰く、"もうすぐ魔法少女を集めに集めた楽園ができる。面白そうだと思わないか"ってね。
当然だけど断ったわ。私は私の目的があったから。
……けど、それが本当に成立した頃。
常日頃から"そういう魔法があればいいのにな"と思っていた魔法を発現した子を見つけたの。名を、ディミトラ。私の造り上げた何代目かの国出身で、幼いながらに自我の強い子。
私とアニマはアレを欲したわ。【鉱水】。その魔道具を作れないか、何度も何度も試行錯誤した。まぁ無理だったのだけどね。無理というか、限定的な場面では使えても、欲しい機能に至らない、というか。それで……最初は彼女を洗脳、ないしは抱き込んで私達の作りたいものを作ってもらうために近づいたの。
そうしたら、開口一番なんて言ったと思う?
私達を目にして。
「ん-。セールスお断り! とかか」
「何よセールスって」
「あァふざけただけだ。なンだろうな。……帰れ寄生虫! とかか?」
「酷いわね、貴女……」
「だってお前の魔法寄生虫そのものじゃん」
……まぁ続けるけれど。
ディミトラはね、私達を見るなりこう言ったのよ。
──"うわー、私よりも倫理観無さそうなのが来たわね。いいわよ、上がって。適当に喋ってあげるから、二度と来ないで"
って。
ええ。そう。その時あの子まだ8歳よ。なりたて。魔法少女になったばっかりの頃の話。私が自我の強い、って言った意味わかった?
でもまぁ、あの子が作っていたクルメーナという人工島に上げてもらったから──随所に仕掛けを仕込んだわ。私の発想とアニマの知識から造り上げた盗聴器っていう周囲の音を拾う装置や、監視カメラっていうそれが見たものを記録する装置とか、まぁ、色々。
それで、【鉱水】を観察した。それだけやってもやっぱり再現はできなかったんだけどね。ただまぁ、様々な魔法少女の名を騙って部品を作ってもらったり不純物除去を手伝ってもらったり、結構良好な関係を結べていたと思うわ。
──その最中で、ディミトラが死ぬ時があった。あそこはガーゴイルだらけの島だから襲おうとする魔物は少ないんだけど、運悪くオリジン種に見つかってね。ああ、昔はいたのよ。世界を航行するオリジン種。ほとんどがEDENの創設者達に倒されたけれど、まぁそういうのがいて。
ガーゴイルだけじゃ倒せなくて──ディミトラは一度殺された。多分それが初めての死だったんじゃないかしら。私達はずっとディミトラを監視していたから、多分。
そうして蘇生が起きるのだけど……私達はその前に、蘇生槽や蘇生というものの研究もしていてね。ある島2つを使った大規模な実験により、蘇生槽や蘇生槽代わりになるモノが、どういった過程を経て魔法少女の肉体を蘇生、形成していくのか、というのを知っていたの。
だから──こっちにも蘇生槽を作って、ディミトラの蘇生槽に仕掛けた情報発信機から得た情報を打ち込んで、ディミトラの肉体蘇生を再現した。勿論経路は繋がっていないからそれはただの肉人形なのだけれど、ならコレに私の核を入れたらどうなるか、という発想に至るわ。
結果は知っての通り。
魔法少女ディミトラは2人になったのよ。
それから隙を見てEDENと交流を始めたわ。あっちにゲヘナがいるからね、簡単だった。
EDENにいる必要性はない。けれど、EDENには有用な魔法が多い。ということでアニマをEDENに送り込んだわ。S級魔法少女、なんて地位は勿論ゲヘナから与えられたもの。安藤アニマ、という名前もある一般人からくすねたもの。
そこから私達の実験は加速していく。
私はEDENの近くじゃとてもできない非人道的な実験を、アニマはEDENの魔法少女を観察して新たな魔道具を。え? 非人道的な自覚? 勿論あるわよ。無かったら狂人じゃない。
それからも色々な所で色々な実験をしたわ。
身体の移し替え、魔法の移し替え、素材の違い、魔法に食べられる、あるいはそれを戻す手段……。
いくつかは貴女の知っていることもあるのでしょうね。
──そして、ようやく。
私の真に求めていた魔法を持つ少女が現れた。
勿論、貴女の事よ。
「……【即死】が、そんなに欲しかったのか」
「それは正確ではないわ。【即死】を欲しがっていたのは途中から私達と同盟を結んでいたルルゥ・ガルだから。ただ──魔法というのはその魔法少女の生き様を表すもの。死を司る魔法少女は絶対に生まれ得ない。絶対よ。生死を司るのは神だけ。あるいは──既に死している者だけ。【即死】が欲しかったんじゃなくて、【即死】を持つ魔法少女が欲しかった」
「そんな奴、絶対夜の使徒だから、か」
「そう。ルルゥ・ガルが風の使徒であることは知っていたからね。加えて、ゲヘナからの情報でL・アルカナって子が太陽の使徒であることも知らされていた。L・アルカナがどうして太陽の使徒であると自白したのかまではわからないけれど、風の使徒と太陽の使徒が動き始めたのなら、近日中に絶対夜の使徒が現れるはずだと確信した」
「……なんともまァ、待ちの多い人生だことで」
「それだけの価値があるのだもの」
そしてそれは本当に現れる。
夜の使徒と思しき魔法少女。けれど、まだ怪しいという段階。9割そうだけど、そうじゃない可能性もある。そうじゃなかった場合の徒労が大きい。
だから、確認させた。
ゲヘナの使徒であるソテイラに。
ソテイラは自らの守護者を使って──貴女から世界言語を引き出した。夜の言葉をね。
「成程──まんま、と、ってワケだ」
「ええ。ちょ、え、睨まないでよ、ホントの話なんだから仕方ないでしょ!?」
「わーったわーった。使わねェからそのオーバーリアクションやめろうるせェ」
「……ホントに痛いんだから」
それで、貴女の腕を切り落として、アズサを作った。当初の目的は貴女の予想通り、世界の心にするためだったわ。風と太陽と夜のキマイラ。この世に2人といない三属性を持つ少女。
……計画が狂ったのは、この辺りから。
まず、クルメーナ地下でディミトラは殺すつもりだった。貴女もね。完全に私とアズサが成り代わって、全てを順調に進める。そのつもりだった。
けど、何故か貴女達は生きていた。
そこの確認がしたいわ。貴女達、なんで生きていたの?
「……それについちゃ、マジでわかんねェ」
「今更隠しても意味は無いわ。利用することもできないし」
「いや、本気でわかんねェんだよ。あの広い空間って、奥が海に繋がってるとかあったか?」
「まさか。確実に殺すために天井も分厚くしていたし、その上にたんと砂ものせていたし。どうあっても逃げられない……というか、万が一抜け出せたとしても怪我だらけになっているはずなのよ」
「すまん、そこは本当に知らねェ。気が付いたらグクマズのいる島にいた。ホントにそれだけだ」
「グクマズ……異邦の神ね」
「そうなのか」
「ええ。でも、アレにそんな力は無いはず……」
「んで、その後ウォムルガ族の戦士団のトコ行ったな。ベルウェークの所だ」
「……」
「なンか気付いたか?」
「いえ……いえ。憶測に過ぎな痛い、痛いってば! なんでよ今のは!」
「話せよ。全部」
「……あり得ないことよ。それでいいなら」
「いい」
貴女も知っての通り、私達とオーディンは協力関係にあった。オーディンの目的は新たな肉体の入手。私の目的はクロムクラハの入手。昔、フクン・ティザンという【運誓】の魔法少女が沢山の予言を残してくれていたからね。そのことは掴んでいた。
けど、私達とオーディンが出会う前──つまり100年前。それより前にオーディンが何だったのかはわからない。ずっとベルウェークだったのか、それとも何かに乗り移っていたのか。そして──あの島に最も近い島が、グクマズのいる島。そう考え得ると……もしかしたら、オーディンはグクマズだった時代があるのかもしれない。
オーディンはね、引き寄せる権能を扱うわ。【移様】というのだけど。
もしかしたらその残り香がグクマズに残っていたのかも……みたいな。でもグクマズが貴女達を引き寄せた理由は一切わからないんだけど。結果的に殺されちゃうわけだし。
……これは考えてもわからないから、お預けね。
それで、なんだっけ。
ああ、でも、あとは貴女の知っている通りよ。
特に隠していないわ。
え、シエナ? あぁ、あの子の話?
あの子はだから、私とアニマの知識の結晶よ。
「それだけじゃねェだろ」
「な、何がよ」
「座具留守。灰より出でて灯と共に見守る者」
「……そう。そこまで、聞こえるのね。そう」
「つまり──アイツは、ザグルスなんだな」
「ええ。どうにかしてあの子を解放できないかと考えた私は、あの迷宮の要であるブゥリを参考にした。ブゥリ。わかるわよね」
「あァ。……成程。本体は別ントコいて、端末が外を動き回る仕組み」
「ブゥリはあれをそういう能力としてやっていたのだけど、私達はそれを再現できないかと試みた。その成果物が──シエナ。迷宮の主として動くことのできないあの子が外を見る事のできる手段。ただ、苦しいながら……記憶は封印させてもらったわ。あの子が知っている事、あるいは常識だと思っていることは、貴女たちに知られるには余りに良くないことばかりだから」
「……」
あ、でも封印といっても忘れさせたわけじゃないのよ。
シエナでいる間だけ、ザグルスとして知っている事実を喋ることができない、という設計にしただけ。
だから彼女は常にザグルスであることを忘れていないし──私の子供であることも忘れていない。……もしかしたら、それが重荷になってしまっているかもしれないけれど。
「それで?」
「? これで全部よ」
「違ェだろ。新たな世界を作って、けど心はアズサを使わないし、精神をぶっこ抜くのァ阻害されちまったお前は──どォやって新たな世界を作る。どォやってザグルスを解放する」
「それは、とても簡単なコトよ」
そうだ。
もっと早くに気づけばよかった。
回り道をし過ぎた。
「【占幽】でこの世界を乗っ取って、あっちの世界用に色々変えて──【死漸】で死ぬ。だから、貴女に殺させるワケにはいかないのよ。この世界のすべてはあっちの世界のために使うんだから」
その宣言に。
彼女は──楽しそうに口角を上げて、笑った。