天には罅が入り、海は干上がり。
──否。海というものがなんだったのかを覚えている者自体がもうほとんどいないのだろう。あるいは全く別物として認識しているか、単語さえ覚えていないか。
始の点。その迷宮の主になって──世界を巡る。
「こんなに、狭かったか。この世界ァ」
「どうでしょうか。私には前と同じに思えますが」
「確実に縮んでいるわ。私の記憶でも、前と同じに思えるけれど」
移動要塞・偽竜母艦LOGOSが収まる程の大きさを持つ始の点。
変成したその姿は異様である……ものの、中は快適のそれだ。未だ理解の及んでいない魔法少女は拘束を受けているものの、全てを飲み込んだ魔法少女らはその箱庭で伸びやかに過ごしている。その隣にァ──魔物。獣もいるし、魔法を失った人間もいる。
争いが起きねェのが不思議でならねェ空間。それが今の始の点だ。
その先端。
かつては天幕の穴を穿っていた部分に、その座はあった。
操舵室ってワケじゃねェけど、なンだ。まァ、座ると──始の点全体を把握できる場所。そっから始の点の外側も、そして世界も。
手に取るようにわかる。この世界がどんだけ悲鳴上げてて、コイツがそれをどんだけ抑えていたのかも。
確信だ。
俺は確実に、この迷宮の主になった。意思持たぬ迷宮の魔物はすべて引っ込めて、生物回収用の居住区に改造。広く、広い空間。自然豊かな休憩ポイントを真似た人造の自然は、けれど本物とそう
「──滅びは近い。命の気配を見逃がさないように」
「あァ。……で、アンタ誰だ」
「レーテー。【亜空】の魔法少女。私の【亜空】内部に多くの魔法少女、人間、動物や魔物を格納している。魔法少女は世界から出たのなら解放する。人間は既に排出済み」
「
「?」
俺のレーテーはどこいったンだっけ。
……あァ、負け犬が持ってンのか。色んな思い出の詰まったモンだからなー。返してほしいンだが。
──また、ばくんと。
大きな脈動と共に──世界が縮む。
それを気にする様子の無い奴ら。世界が収縮したと気付いてンのは俺だけか。アズサも気付いてねェっぽいし。
ウィドアルは……まァなンか肩身狭そォにしてっからよくわかんねェな。
そんで。
「ザグルス」
「はい」
「……なンだ。良かったのか。迷宮の主なンて役割簡単に手放して」
「私ではこの迷宮を十全に活かせないと、幾万と前に気づきましたから。──この役割は王である貴女のものでしょう」
「王、ねェ」
ザグルス。
散々話題に上がってた、元始の点が迷宮の主。
つるっとした頭部に四足を踏む獣型。かと思えば全身を流れる幾何学模様と光のラインっつー……正直どの生物にも似ていない、何の派生かもわからねェ魔物。それでいてなンともまァ綺麗な声で話すモンだから妙な気分になる。
なんつーか、こんな見た目でありながら──今まで会ってきた奴らの中で一番「凛としている」って感じ。他がポンコツだからか余計にそォ感じる。
「ン──下方。海底……じゃねェ、盆地の南東方向にある洞窟。そン中に魔物ご一行だ。……これァあれだな。水のたまった区画も作るか」
「保護に行ってまいります」
「頼んだ」
海が無い。だから当然、海に住んでた魔物は結構キツい事になってる。魚とかはほぼほぼ死滅した。まァ空を泳ぐ魚もいるンで全部が全部ってワケじゃねェけど。
ただ──ほぼ荒野になった海が、死骸だらけってな──なんとも恐ろしい話だ。
「ウィドアル」
「……なんだい」
「俺達が恵理須を出て冥界に行くってな、神々にとってはどォなンだ。あんまり歓迎されることじゃねェのか?」
「別に。冥界は広さに限りが無い。誰が来たってどうとは思わないよ。……ただまぁ、たとえ快く思わない連中がいたとしても、もうほとんど死んでしまっているけれどね」
「死んでる? なンでだ。神ってな永遠じゃねェのか」
「魔法少女だよ。ゲヘナに心を操られた強い魔法少女が、神々を殺して回ったのさ。つい最近のことだよ」
「……なンじゃそら。いや、つか、だからどォいうことだよ。なんでその魔法少女は神々を殺せたンだ」
「君は、神になった魔物だろう。梓・ライラックからクロムクラハに完全に変質した時、自身に何が起きたのか覚えているかな」
……俺がクロムクラハになった時。
完全になったのは──アオンに煽られた時か。その言動にイラっと来て、根幹部分から冥界の魔力を出しちまって。いや、アレは冥界の魔力じゃない。
俺の、死の魔力だ。俺が死者であるという
本質とでもいうべきもの。それが溢れ出して──俺は神になった。
「その逆をすればいい。言うほど簡単じゃないけどね。神々の本質を見抜き、その本質を封印する。あるいは消滅させる。見誤れば殺し得ないし、神々側も自衛するけれど──今回の襲撃はゲヘナ主導だったからね。あっという間だったと聞いているよ」
「……仲間意識とかねェのか?」
「無いかな。同じ属性の神。違う属性の神。ただそれだけだ。最も親交の深いといえる2柱の神は健在だし、特に気にすることでもない。古い神が死んだんだ。新たな神が生まれるだろう。それはたとえば君のように。あるいは封印のようなものを受けている最も新しい三柱のように」
ウィドアルは、どこか拗ねたよォに言う。
神ってながどンなもんなのかイマイチわかってねェんだよな。俺はもうアンディスガルじゃなくなっちまったから、冥界に行っても知識が外付けされるこたねェだろうし。オーディンに聞くのは……面倒だし。
「恵理須が滅んだら、どォなるンだ。冥界になンか変化はあンのか」
「無いんじゃないかな。恵理須が私達の大事な娘であることは確かだけど、だからといって特別扱いはしないよ。今までの世界と同じく、眠り、滅び、消滅し──あるいは神となるかもしれないし、夜の使徒になるかもしれない。ただそれだけ」
「そォか」
「恵理須の事を心配してくれてありがとう。それくらいの礼は言っておくよ」
「……あァさ」
なんぞ、親心でもあるンだろう。
世界が滅ぶ。
それはもうわかる。肌でわかるだけじゃねェ、目で見てもわかる。
罅割れ、どす黒いモンが見え始めた空。枯れた海。森林だけは強く生い茂っているが、他は酷いモンだ。明らかに萎んでいるし、明らかに減っている。
寿命だ。熟れた果実が萎むよォに、世界も消えていく。
「負け犬……アイツも乗せなきゃな」
「それなら、EDENに向かうと良い。今まさにメイアートと対峙している頃」
「まだやってンのかよアイツら」
「──洞窟内の魔物、保護完了いたしました」
「あァさ、ありがとう」
始の点の向きを変える。
向かう先は──元EDEN。
滅びは秒読みだ。シエナとメイアート。レーテーが保護したっつー奴らからも漏れが無いか確認しねェと。
「クロムクラハ様」
「ン」
「──魔法少女の内、保護できていないのは残り5名となりました。内訳はナリコ様、アールレイデ様、リゾ・マータ様、L・アルカナ様。そして梓様の体を使っていると思われるシエナ様の5名です」
「おいおい……着物狐とお嬢何やってンだ……? リゾ・マータってのとL・アルカナはマジでほとんど知らねェ奴だけど、どんな奴だ。早く保護しにいかねェと。EDENに向かうのァ中止だ中止。アイツらなら最後の最後でも問題ねェだろ。早いトコその4人見つけねェと!」
「では、感知範囲を広げましょう。王よ、ご想像ください。世界の全てを。球体であるこの世界をその手に収める──そうして感じ取るのです」
ザグルスに言われた通りのイメージをする。
……いやムズいって。ああでもやんなきゃ置いてけぼりになっちまう。それだけは避けなきゃなンねェ。着物狐……紙束みてェな気配。お嬢の光り輝く気配。……いや無いよ。ええ? マジで無いけど。
リゾ・マータ。L・アルカナ。L・アルカナの方はアレだろ。魔法少女迎え撃った時に余計なコトしやがった奴。あの太陽の気配……無いなァ。メイアートの気配が強すぎるってのもあるが。アイツ、ちったァ抑えやがれ検索妨害だぞ。
……やっべー。
わからん。
「とりあえず、EDENを除いた全土を全速力で回ろう。すれ違いが怖いってなあるが──どっかで当たると信じて」
頼む、早めに見つかってくれよ……。
「──等という会話が繰り広げられていると予想する。クク、お主はどう思う?」
「全面的に同意しますけれど、だからこそこんなところにいてはいけないのでは?」
「ク──まぁ、そう気を急くな。吾がわざわざお主を抱き込んだのだ。相応の理由があるに決まっているだろう?」
「相応の理由、ですか……。まぁ、確かに。そもそもここどこですの? とても綺麗ですけれど……」
フェリカの言う通り──そこはとても綺麗な場所だった。
青い水晶で彩られた洞窟。先ほどから2人の足は奥へ奥へ、深くへ深くへと向かっていて、進めば進むほどその幻想的な光景は広がっていく。
紙が晴れたら、ここにいた。
だからフェリカにはここがどこかわからない。
「ここは世界の中心ぞ」
「……といいますと?」
「クク、他の意味など無い。この世界が球体であることは知っているな? その中心部だ。もう少し上の方には輪廻の車輪がある。そこよりもさらに深い場所。魔物は疎か、この世界が始まって以来生物の訪れたことはただの1度しかない場となる」
「ええと……その1度とは何で、誰で、そしてそんな場所に私達が何用ですの?」
「ここに初めて訪れた者。名をあるるららと言う」
「はぁ」
成程、という名だ。
どうせ彼女は興味本位に地面を潜り続けて──そこへ辿り着いたのだろう。やっぱり【透過】ってずるいですの。とか思わないでもないフェリカ。
「奴はここで、あることを行った。何かわかるか?」
「わかるとお思いですの? 情報が少なすぎますわ」
「封印だ。──ここには元々、ヌシがいた。生物が訪れたのは1度きり。吾らを含めると2度目だが──そもそもここにはある生物が住んでいた。あるるららはそれと鉢合わせ、戦い、倒し、それを封印した」
「それはなんとも……勝手に来ておいて、さらに勝手な、という印象ですけれど」
「ククッ、吾もそう思うよ。故の尻拭いという奴だ。ここに封印されたヌシを解放し、殺す。そうでなければ世界は苦しみを抱えたままだ。魔法に関しては【亜空】と太陽の使徒がなんとかするだろう。だが、魔物に関しては──管理する者がいない」
コツコツと足音を立てて。
水晶の道を進んで。
そこに、辿り着く。
先導するナリコが止まった場所。
巨大も巨大──あまりにも美しき水晶が1つ、あった。
その中に。いた。
「……ヒ、ト?」
「ク──何故、神がヒトの姿をしているのか、と。考えたことは無いか、フェリカ」
「いえ……私達が神の姿を模しているのでは?」
「成程、そのような考えもできる。だが、神はヒトの姿を模しているのだ。吾ら魔物もまた、ヒトの姿を模すことが多い。それは何故だろう。このヌシも、世界創造に関わった3柱も、何故ヒトの姿をしている。ベルウェークのようにヒトガタを逸れる事もできただろうに、何故、と」
「……ヒト、という姿が最も優れているから……ですの?」
「そんなことはあるまい。頭蓋を支えるには細すぎる首。重要なものが通っているにもかかわらず防護は無く、折れやすく壊れやすい。物を掴むことに長けている反面打撃力に劣り、耐久力も優れない手。二足で歩かば視点は保てようが倒れやすい。持久力はあっても速力に秀でる事は無い。視界は狭く、急所も多い。──何より、失ってはならない部位が多すぎる」
「はあ。ええと、ナリコさんは人間がお嫌い、という事ですの?」
「話を急くな、と言っているだろう。フェリカ。故に何故、と問うているのだ。弱点ばかりのヒト。その姿を神や魔物が模す理由を」
「……」
ペタペタとナリコが紙を水晶に貼り付けていく。
式鬼か何かなのだろう、紙──札には文字が書かれていて、けれどフェリカにそれを読む知識は無い。
ただ問われた事を反芻し、考える。
「──ヒトが先にいたから、ですの?」
「ク、なんだつまらん。一足で正解に辿り着くなど、問答の醍醐味を知らぬかえ?」
「だってそれ以外思いつきませんもの。もっと効率の良い姿があるのならそちらを取ればいい。けれどそれをしないということは、それができないということに他ならない。何故できないのかと言えば──神とはそうあるべきと定義されているから。魔物がそれを真似る理由は……わかりませんけれど」
「魔物にも、そう定義された者がいる、というだけだ」
「成程」
ナリコはクツクツと笑いながら──1枚の札を取り出した。
亜空間ポケットより剣を出すフェリカ。感じ取ったのだろう。臨戦の空気を。
「そうだ。この世界にはヒトが先にいた。この世界……恵理須と呼ばれるそれではなく、冥界と呼ばれるものを含む世界全体の話だ。生者が存在できぬ冥界にあっても、ヒトが先にいた。その後神々が生まれ、魔物が生まれ、此度の恵理須に至っては魔法少女などというものも生まれた」
「まるで、見てきたことかのように言いますのね」
「ククク……見てはいない。吾もそこまで長寿な魔物ではないからな。ただ、魔物と言うのは記憶を継承するものだ。究極なる一を目指し、記憶を継いでいく。吾にも幾らかの記憶が宿っている。──その中で、最も古いものを引き出して話しているに過ぎん」
「……ええと、こういうことをいうのはあまりよろしくないとは思うのですが──話が長いですわ。そのヌシとやら、解放するなら早くしてくださいまし。速攻で片付けて梓さんたちに合流しますのよ」
「──時に。吾が魔法少女となった経緯を覚えているか、フェリカ」
一切聞く耳を持たない様子のナリコに、フェリカは溜息をつく。
時間は無いはずなのだ。世界の滅びが近いことなど肌で感じている。それを、何故こうも悠長に。
「確か……魔法少女を1人、食べた、のでしたか」
「ク──そうだ。本来魔物が魔法少女を食らえば、その因子を我が物とし、生の終わりにて記憶継承の核となる。だが、何の因果か──吾が食らった因子はその直後に再覚醒を果たした。既に覚醒していた因子の再覚醒。それがあり得ないことであるというのはわかるな?」
「それは、確かにそうですわ。一度覚醒した核が再度覚醒する、など。それがあり得てしまうのならば、魔法少女は成り立ちません。蘇生槽に預けた核がいつ暴走するかわからない、など。危なくて仕方ありませんから」
「しかし、吾の食らった魔法少女の核は覚醒した。──その理由が、あるるららだった。知ったのは最近だがな」
「はあ……」
またあるるららの名。
何が言いたいのかわからずに苛立ちを溜めていくフェリカ。それを見ても尚、ナリコはクク、と笑うだけ。
「吾が魔法少女を食らった──その時丁度、あるるららがここのヌシを封印していたのだそうだ」
「へぇ。では、その余波か何かがナリコさんの元に届いた、ということですのね」
「ヌシの名は──キスキル。あるいは、ライラックと言う」
ピシリと水晶に罅が入る。
それは止まる所を知らず、ピシリピシリと蜘蛛の巣状に罅を増やしていき──伴い、周囲の水晶が音を立てて崩れ落ち始める。
無論、そんなものに当たるフェリカではない。ナリコも問題はないのだろう、そこを動くことをしない。
「面白い偶然ですのね。梓さんの家名と同じ、なんて」
「吾が食らった魔法少女。名をリラという。魔法は【使魔】」
「聞かない魔法ですわね。EDENの魔法少女ではありませんの?」
「その者は、長い間青い洞窟にいたそうだ。誰もいない青い洞窟。水晶ばかりの洞窟。それが──気付けば吾の前にいた。そう言っていた。その少女を吾は食らった。あるるららがヌシを封印し、吾は魔法少女になった」
「ええと……結局、何が言いたいんですの?」
「キスキルはリラであり、その心とでもいうべき者を吾が食らったということだ。冥界には初めからヒトがいて、神々はそれを参考に形を取った。リラは、キスキルは、冥界における最初のヒト──ヒトガタだった。心を食われたキスキルはあるるららに封印された。そして今」
「──成程」
フェリカは剣を構える。
そして──突き刺した。何の躊躇も、何の迷いも無く。今の今まで話をしていた──ナリコを。
「ク──問答の醍醐味をだな」
「キスキルなる魔物は突然の外敵を前に、それを模した形を取らせた心を地上に送り、逃がしましたのね。けれどナリコさんに食べられてしまって──身体の方も封印されてしまった。ただ、そのキスキルというのは余程強い魔物だったのでしょう。あるいは神か、始まりのヒトか。長い年月をかけてナリコさんをここへ呼び寄せましたの。心を返却させるために。それを悟ったナリコさんは、抗えぬがゆえに──自身を討滅し得る存在として、私を選んだ。違いまして?」
「正解だ。ただし1つ訂正がある。──吾とて、戦わぬわけではない」
それが──割れる。
水晶が完全に割れる。割れて、それが、目を開ける。ナリコもまたそれに近づいて──キスを一つ落とす。
ああ、それだ。それが完成だ。
リラ。リラ。リラ=キスキル。誰かが聞けばあり得ないというのだろう。それがヒトだなどと、とんでもないというのだろう。
悲しいかな、ここにはその知識を持つ者はいない。
それが何かを知る者がいない。
「──今、奴の心である魔法を返却した。【傾刻】……対象の体感時間を操作する魔法は奴のものになった。ク、どうだ。フェリカ、お主ならば問題なかろう?」
「ええ、確かに。他の方ならいざ知らず、こと時間においては私が適任でしょう。──それで、貴女は?」
着物を着た狐面の女性。
──そんなものは、もういない。
ここにいるのは大妖。九つの尾を持つ黒い狐。数多の紙を侍らす狐の怪異。
「クク──なんだ、別にヒトの姿を取るのに魔法少女の因子など必要ないのだがな。此方の方が──本来の力を出せる。今、外では梓達がそれぞれの命運を懸けた戦いをしていよう。だから、どうだ、フェリカ」
「ええ──良い舞台ですわ」
「伴をするのが吾で申し訳ないがな。──誰にも知られぬ、誰にも悟られぬ最後の尻拭い。その力、存分に頼らせてもらう」
フェリカは。
瞬間、世界の流れから脱した。
「世界を乗っ取って変えて、【死漸】で死んで、恵理由知穏の糧にする。──ねェ。ハハハハ──あァ、そりゃ
「な、何よ、相応しいって」
「だってそォだろ? てめェみてェな負け犬が考える末路にゃあまりにも相応しい。馬鹿みてェだ。もっとやり方なンざあったろうに、もっと簡単な方法はいくらでもあっただろォに──最も馬鹿みてェな手段を取ろうとしてンだから」
「な──何よ。何も知らないクセに……!」
耳心地が良い。
俺の声で、そんな悔しそうな声を。
俺の顔で、そんな苦しそうな顔を。
俺の体で──自殺宣言、だァ?
ああ、ああ、笑えて仕方がねェ。
「ふざけンなよ」
「ふざけてなんかッ!」
「馬鹿が。
「私の苦労なんか知らないクセに! 何を──は? え? 何を、言っているの?」
悲しい身の上話だ。お辛い過去があったンだろう。
同情に値する。憐憫に値する。
我が子を解放せんがために身を粉にする母親。素晴らしい話だ。拍手も涙も出よう。
でェ?
最後の最後になって──死ぬって?
「ふざけンなよクソが」
「……何よ、さっきから。意味わかんない……」
「生きろよ。てめェ」
「何を怒ってるのか理解できない。何なのよ、アンタ」
笑える。
涙が出る程笑える。あァ、あァ。
「生きろよ。生きたいって言えよ。は? ふざけてンのか。子供のために尽力して、周りに甚大な被害出して、迷惑かけて人道外れてクソみてェな事やらかして──死ぬ? 死ぬ? 死にてェだと!?」
「い、いきなり大声出さないでよ……」
「ザグルス解放して! 一緒に生きてェって言えよ! はァ!? 死ぬ!? 子供のために自己犠牲で命散らす!? ──ばっかじゃねェの!?」
あァ──イライラする。
よォやく感情が追い付いてきた。苛立ちが勝ってきた。なんだって? え? なんて?
なんで? なんでだよ。そこまで考えて、そこまでやってきて。
なんでそこに辿り着く。なんでそこで死を選べる。
「折角整ったンじゃねェか。ザグルスの解放手段も整って、新たな世界も作って! 神々を新造して、自分も永遠得る手段まで揃えて! 幸せ一直線じゃねェか! 確かに最低なことしてきたし、色んな奴に恨まれてるだろうよ。けどお前ンなこと気にしねェだろ! お前は独り善がりに周り巻き込んで最悪な実験して醜悪な人生歩いて──それでも我が子のために世界作るよォな奴だろうが!」
それを! それを!
「そんな奴が、なンで死ぬなンて言う! 俺を踏み台にしてでも、誰かを踏みつけ、蹴落としてでも──生きたいと言えよ! 生きて、ザグルスと、自分の子と幸せに暮らしたいって言えよ死にたいなンて言うな死んで糧になるとか死んでも言うな! 俺が聞きたくねェ!」
「な──何を、そんなに怒ってるの? あ、貴女には関係ない話じゃない。そりゃ貴女の身体よ。貴女の魔法よ。だから、それは悪いと思っているわ。それは、それ自体は非道をしている自覚があるわ。──けど、私が死ぬという、私が自分の命を自分で散らすっていう選択に、口を挟まれる筋合いはないでしょ!?」
「あるに決まってンだろうが!」
ああ、ああ。あああ。
いやだいやだいやだ。またか。またなのか。
俺の前で自殺!? 俺の前で死ぬ!? おい、またか。何も学ばねェのか。
俺は嫌なンだよ。何回言ったらわかるンだ。
死ぬなよ。死ななきゃ、なんだってできるだろ。
「てめェの命は、っつか、俺に関わった奴の命は全部俺の縁だ。俺の所有物だ。勝手に死ぬンじゃねェかってにいなくなるンじゃねェ勝手に捨てるンじゃねェ!」
「横暴が過ぎ──」
「ザグルスと一緒にいたくねェのか! また昔みてェに、ザグルスが迷宮の主になる前みてェに、一緒にいてェって! 一緒に暮らしてェって、欠片も思わないのか!?」
「思うに決まってるでしょ!? 何度それを夢見たことか! 何度それが出来ればと願ったことか! でもできないのよ! この世界を作った神が、あんなにも短い寿命を設定するから! この世界が私の生まれた時代に寿命を迎えてしまったから! 私の子がザグルスとして生まれてしまったから! 色んなことが重なって──できないの。できないのよ。できないから最大限のことをして、今全てを終えようとしてるんじゃない。今──これが、あの子のためにできる最後の事だ、って!」
「ふざけンなつってンだろ」
親が子供のためにできる最後の事が死ぬことだァ?
誰だよ。それ決めたの。俺がぶっ飛ばしてやる。
「俺にやらせろ。この世界を殺すのも、要素や役割をあっちの世界に与えンのも。新しい世界をちゃんと新しい世界として機能させるのも。アンタら親子が──罪を償いながら、あるいはあらゆるものから逃げながら、幸せな生活を送るために。それがあれば死なねェっていうンなら、俺はその手伝いをする」
「どう、いう……」
「いいか。俺は夜の使徒だ。今は太陽の使徒の身体だけど、俺の本質は夜の使徒だ。夜の使徒、アンディスガルだ。いいか。俺は死の運命にありながら生きてェと抗う奴には全力で立ちはだかる。それは俺が死そのものだからだ。俺は現象として、事象として、概念として、生きてェと抗う奴の壁になる。だがな」
ヴァスを、クリスを突き付ける。
「死の運命に無ェにもかかわらず、死にてェ死にてェとほざく奴からは──その死を奪う。それは俺ンだ。てめェが貰っていいもんじゃねェ。さっき言ったな。自分の命をどう使うかなンて自由だ、って。ほざけ。ンなこたねェんだよ。てめェの命をてめェで管理できるのァ神だけだ。たかだか人間にその権限は与えられちゃいねェ」
だから。
「返せ。既に拒否権は無い。これより行うは一方的な略奪であり搾取であり──てめェが単なる人間に戻り、我が子と楽しく暮らすための儀式であると知れ」
「──ッ【死漸】!!」
「【召天】」
誰が許すか。
20で死ぬのァ、十分若死にだよ、馬鹿野郎。