ぺろり、と。
顔を舐められて──起きる。
真っ黒い空。真っ黒い月。
真っ黒い犬。そして、美しい花畑。
「……これを、息を吹き返した、って言っていいのかはわからねェけど」
起き上がれば──周囲には無数の双頭の犬たちが。
ブラックドッグ。冥界における唯一の獣。番人にして掃除人。死者には優しいけどそうでないものには──文字通り死ぬまで食らいつく冥界の砦。
亜空間ポケットを開く。
取り出したるは──魔法少女の核。
「韻伏蘭帝紫遠」
胸に押し当て、言うのは世界言語。
罅の入る精神を冥界の魔力が即座に修復する。
……。
……。
「痛ッッッたいな、オイ」
なんか多分、別の方法があったンだと思う。
零曰く、【裁断】に痛みは無いらしいし。実際にされた奴らも痛んでる様子はなかった。なら移植するときも痛まない方法があるンじゃねェかと思うが──まァ、いい。傷ついた筋繊維も冥界の魔力が癒してくれる。
さて──。
「ヴァス。……ん? ヴァス。
「馬鹿か、貴様。アレはメイアートにくれてやった武器だ。アンディスガルたる貴様に使えるはずもないだろう」
「おわ」
その声は背後からした。
脳裏ではなく──肉声って奴だ。
「……よォ、零」
「気安くオレの名を呼ぶな」
「じゃァなんて呼べばいいのか教えろよ、そろそろ」
「……名前でいい」
なんじゃそら。
零と共に冥界を歩く。
走ってどォにかなることじゃねェらしい。急いだほうがいいと思うンだが。
「今、恵理須は?」
「キスキルから流出した結晶……貴様が水晶と呼んでいたものにより、多大なる苦痛を受けている。全く、【透過】が封印したというのに、何故わざわざ解放したのか理解できん。やはり魔物か……。まぁ、抵抗できん様子ではあったが」
「全体が水晶……結晶化したらどォなる」
「貴様、自分で体験しただろう。結晶に置き換わった肉体はどうなった?」
「……自分のモノじゃなくなって、砕けた」
「認識としてはそれでいい。アレも世界を覆い尽くせばそれを自身とする。恵理須はそのままに、魔法のほとんどを受けつけん結晶球の出来上がりだ」
「……そォはさせねェさ」
歩きながら見るのは、零が持ってきた手鏡みてェなもの。
氾濫していく結晶と、それから逃げる始の点の様子が映っている。
なんでも。
やっぱり、今恵理須に【占幽】を使うのはダメなのだそうだ。今の俺の精神ではあの結晶に耐え得る手段がない。だから──今から向かう場所で、俺の精神に防護をかける、と。わざわざ太陽の庭園から出てきて俺い会いに来たンだから、まァすげェことだわな。
曰く、
マージでそォいうとこきっちりしてるンだよなコイツ。
「この辺りでいいだろう」
「何にもねェけど、いいのか?」
「周囲に何かがある方が困る。──【始原】といったか。既にオレの知る魔法名に無いものだが、問題はあるまい。仰向けに寝転がれ」
「……え、なンか怖いんだけど」
「早くしろ。恵理須を結晶球にしたいのか」
まァ確かに四の五の言ってらんないンで寝っ転がる。
何にもない荒野。冥界にはこういうとこ多いけど、その中でも何にもない場所。
そこに仰向けになって──。
「……えーと、零? なして俺に馬乗りに?」
「何を言っている。貴様に防護をかけるために決まっているだろう」
「ちなみに方法は?」
「肌を合わせる。──勘違いするなよ。オレとて業腹だ。既にオレの使徒でもなくなった貴様と、限りなく冥界の魔力に近い貴様に肌を晒す事自体嫌悪の対象だというのに──肌を合わせるなど。だが、現在動ける神がオレしかいない。ならばオレが動くのが道理だろう」
言って、零は。
その衣を脱ぎ始めた。……え、ちょっとちょっと。
ソレは──不味い。
「何だ、どこか痛むのか? 痛んだところで止めないが」
「いや痛みとかはねェけど……」
「それともなんだ。女の肌を見るのは初めてか? 同性愛に対してオレから言う事など特にはないが、些か珍しいな。魔法少女──オレの使徒でなくなった者達は大抵同性の肌を見慣れている印象だったが」
マズい。
いや、お嬢とかポニスリとかのちびっこならまだいいンだよ。いや良かねェけど、恋愛対象にねェちびっこ相手ならまだ大丈夫。
けど──これは冷静メイドや着物狐にも言えることだけど、なンつーの?
俺にとっての妙齢の女性がさ、そーいうことすると……普通にソウイウ目で見ちゃうっていうか。いやさいんやさ、今がそんな状況じゃねェってなわかってンだ。いやでもこんな野外で、あァおいおい、まさか全部脱ぐ気か? 婚姻も結んでねェ奴の……おじさんの前でソレは、ちょっとは恥じらいってのをだな。
「そも、何を恥ずのかわからんがな。貴様は常に肌を晒しているようなものだろう」
「……いやまァ、確かにそうなンだけど」
実はそうなのだ。
冥界の魔力取り込み過ぎて完全なアンディスガルになった時に、衣服の類は消え去った。この黒い肌にラインの走る身は、衣服のない全裸状態だ。獣みてェなモンだからな。まァ女性的な凹凸は少しばかり見えど、全体が真っ黒だからそんなに気にならん。
……気にならなかったのに、指摘されると恥ずかしくなるのやめてほしい。
「つか、肌を合わせるってナニ? 抱き合うってこと?」
「貴様……少しは学のある方ではないのか? 衣服を脱ぎ、肌を合わせる。即ち目交わうということだ。安心しろ、女同士では子は生まれない。というか神と使徒の間にも、太陽と夜の間にも子は設けられん。知らないのなら教授してやるが、子を作るには精子と呼ばれる種子と卵子と呼ばれる──」
「あァいい、いい。その辺は知ってるよ。ンな事細かに説明されなくても知ってる」
「知っているなら聞くな。時間の無駄だ」
「聞いてねェだろうよ」
そして──零が、俺を抱き寄せる。
うわー。う、うわー。
あの時はツッコミ入れなかったけど、キスキルに言われた「もしかして女の子だらけの空間でウキウキだったぁ?」がここで初めて成立しているというか、いや成立しているのかどうかはわからんけど俺にとっては致命的というか、うわコイツなンでこんな暖かいンだそうか太陽だからかとか。
「あーっと……やっぱり抱き締めるだけで……」
「そんなわけがないだろう。口を出せ。舌を突き出すだけでもいい」
「そ、それマジで必要あるのか?」
「必要が無かったらやっていない。貴様、オレが好きでコレをやっていると思っているのか? 必要だからしているのだ。納得も理解も要らん。早くしろ」
「うー……」
……観念する。
して、まァ、スる。
いいのか。いいってなんだ。俺なにやってンだ。いやナニやってンだけど。
今世界ではクロムクラハが頑張ってみんなを脱出させよォとしてて、神さんは天空で療養中で、アズサの奴とかも多分なんか頑張ってて……俺は零とヤってるって。
おいおいおいおい。やっぱなんか違わね? 幻術? これ幻術? まだキスキルの幻の中にいたりする?
「揉むぞ」
「っぷは、はァ、え? え、なンで」
「理解は必要ない。が、良いだろう。揉みながら説明してやる」
救いがあるとすれば、この体は炭化してるも同然なので特に感覚がないという事だろう。このまま腕を切られても足を切られても痛みはない。
だから、何? えーと、まァR18的な快楽は無いってこと。
「知っての通り、魔法少女の因子、あるいは核は胸の中にある。ゆえに胸に触れる、揉む、という行為は因子への作用を促すのに適切だ。核そのものを弄ることもできるのだがな。それをすると意思に対して影響を与えすぎる。肉の鎧たる胸を挟んでの刺激の方が安全だ」
「へ、へェ……」
「なお、これは神に行っても意味はない。神に核はないからな。だから貴様がオレの胸を揉んでも意味はないし、オレが不快なのでやめろ」
「やってねェだろ」
「貴様が同性に欲情するというのなら、そういうことをしてくる可能性があった。いいか、貴様は動くな。オレは肌を触られる事を好かん。貴様は動かず、ただオレの施術に身を任せろ」
いや。
いや……良いんだけどさ。いいよ。うん。それが一番健全だと思う。
……ただ、その、こう、何かしらのパワーで気絶させてくれないかな。おじさん部分が出てき過ぎちゃうからさ。わかってンのか? 俺43のおじさんだぞ。その上に全裸で馬乗りになって、金髪美女がさ、俺の体を弄って……ああダメダメ、形容しちゃいけない気がする。
無心。俺の心は平静。波一つ立たない湖面を想像しろ。
「……よし、これくらいでいいだろう」
「あァさ、終わったか。んじゃ早いトコ──」
「急くな。まだだ」
まだあンのか……。
もう勘弁してくれないかな。
「触るぞ」
「どこをだよ──う、ぉ!?」
不快感。違う。なンだこの感覚は。
本来触られることの無い場所に──手を突っ込まれている。あァR18なアレソレじゃないぞ。
手が入っている場所は、首。でも穴が開いているワケじゃない。
「今触れているのは貴様の精神だ。精神体ではなく精神……これより、防護を施す」
「ぅ……ぁ、あ?」
「多少痛むだろう。多少苦しむだろう。我慢しろ」
「……──!?」
ちょ、全然多少じゃ──。
「クロムクラハ様! 後方、前方、左方より模倣体の襲撃が続いています! 特筆として後方の攻撃が激しく──迎撃側の損耗が激しい事態となっています! どうか、ご決断を!」
「決断も何ももォやってるよ! けど、クソ……これ以上はマジでやべェんだよな……!」
やーばい。
船体を傾ける場所はみつけた。後は天幕に穴を開け、始の点を冥界に出すだけ──なンだけど、天幕の穴を開けるってのは俺1人だとかなりキツい。いつもは神さんに手伝ってもらってたンだけど、今神さんの声聞こえねェし、この大きさのモンを開けるとなると消費する精神の規模がでかすぎる。
何か別の方法考えねェと。メイアートに言われたことだけど、今回ばっかりは保身を考えなきゃいけねェ。なんでって俺は始の点の主で、俺が死んだらこの舟落ちちまうンだ。
「ザグルス! なんとかできねェか!」
「貴女はその術を知っています。何をすればいいのかはわかっているはずです」
「わかってねェから聞いてンだよ! ……クソ、まだ2人魔法少女見つかってねェってのに……!」
リゾ・マータとL・アルカナ。
お嬢と着物狐は世界の中心にいたけど、この2人だけはマジで見つかってない。あと安藤さん。あの人は別個で脱出方法ありそうだから気にしてないけど。
「……アンゲルだ。クロムクラハ! アンゲルを出せ!」
アズサが天啓を得たとでもいうよォな顔で。
はァ。
「あァ!?」
「アイツは迷宮の主の守護者だが、尖兵でもある。模倣体を抑えるにァ丁度いいはずだ!」
「馬鹿が、俺が俺の部下を死にに行かせるよォなコトするかよ! あァさザグルス、これが俺のわかってること、だってンならそりゃ大間違いだ! 既に俺にとっちゃこの迷宮のアンゲルも俺の所有物! 死なせるために突撃させる、なンてことはしねェんだよ!」
「ッ、必要な犠牲だ! それに、アンゲルは迷宮の魔物。どのアンゲルも同じ個体だ。死んだって問題は無い! それを気にしてたら何にもできねェぞ!」
「うるせェな必要な犠牲なンざこの世にはねェんだよ!」
死んだって問題ない命なんかあるものか。
宙の莽のアンデッド共とは違うンだ。アンゲルに意思があるってな俺が一番知ってる。あそこから全部が始まったンだから。
それをむざむざ死にに行かせる程俺は割り切れてねェ。
「じゃあ、全員で死ぬか!?」
「黙ってろてめェ、今考えてンだよ!」
「考える時間無いから言ってンだよ!」
考えろ。
誰も犠牲にならず、誰も死なず、この場を切り抜ける方法。
ここには何がある。
そうだ。
「……シエナ! あァガーゴイルの方じゃねェ、俺の体使ってる方のシエナ! レーテー寄越せ!」
「何?」
「お前じゃねェ、魔道具の方のレーテーだ!」
「これですね。あらかじめ奪っておきました」
「ナイス冷静メイド!」
横合いから出される紋章。
それを起動し──中に入ってる水筒を引っ張り出す。
「──久しぶりだ。あァさ──コレならいけるだろ」
水筒の蓋を開ける。
そこから香るはシトラスハーブ。なんとも美味しそうな匂いがして。
ソレを、舌とか使わずに体に取り込む。
──精神の修復を感じる。
いいね。フリューリ草ってな冥界の魔力を多く含んでる。だから冥界産の俺の精神はフリューリ草で回復できる。魔物食った方が効率良いのは確かだけど、ソレを知れたってなデカい。
ハハハ──レーテーの中に詰まった、草草草草。
ぜーんぶフリューリ草さ。
それを、腕から体内に取り込んでいく。
その時、ガクンと。
船体が揺れた。
「──船尾を掴まれました」
「やべェ……おいクロムクラハ! 何やってやがる早くしろ!」
「……これは、無理かもね」
修復……修復、修復、修復。
失った分を完全修復しろ。俺がまた十全に世界言語を使える程に。いやさ、もっとだ。全盛期──アンディスガルだった頃の俺に近づけ。
「──迎撃に出ている魔物、魔法少女を全員ひっこめろ! 離脱する!」
「わかった。【亜空】」
外で無数の【亜空】が開くのがわかる。
コイツやべェよな。視認してなくても【亜空】開けるンだもん。
「全員格納した」
「ナイスだ! ──ウィドアル! サポートしろ!」
「いいよ。ここまで来たらもう少しくらいの特例は許すよ。アールルゥ・ヘズナガル。君も手伝ってくれるかい?」
「手伝うって、何をすればいいの?」
「私の背に触れていてくれるだけでいい」
「……ま、いいわ」
船体に衝撃が入る。
わかる。座に座っているから、船尾が水晶に侵され始めているのがわかる。
──大丈夫だ。安心しろ。
「
──
──
──
──
──
──
──
──
──
──
──
「……こんなんで、いいか」
「十分だ。届いたよ。それは──風の頂点からの祈りとして受理しよう」
ごっそりと持っていかれた精神。
上体を起こしていることさえ億劫になった身体で──けれど、まだ終わりじゃないとふんじばる。
風だ。
始の点が風を、暴風を纏っている。
模倣体も、船尾にくっついた結晶も全部砕き散らして──発進する。
天幕に穴など無い。だが関係ない。
この舟の行く手を阻むことは、たとえ世界の一部であってもできはしない。
──出た。
冥界に、出た。
感覚でわかる。ブリッジともいえる俺達のいる場所。そこは既に冥界だ。ここは冥界だ。
そして、マッドチビ先生とレーテーの施した改造ってなしっかり機能しているらしい。生体が分解される様子もない。
成功だ。
そのまま──始の点の全体が冥界に現出する。クジラが跳ねたか、沈没船に浮袋でもつけたか。
恵理須の魔力を水のよォに落としながら、真っ黒で真っ暗な冥界に浮上する。流石にザバァンとは鳴らねェが。
「……ふゥ」
「お疲れ様です、クロムクラハ様」
「あァ。だが……まだやることは残ってる」
「?」
始の点を自動走行状態にする。船尾の結晶は剥がれ落ちた。やっぱり冥界じゃ活性化しねェか。してたらとっとと冥界に侵蝕してるはずだもんな。
座を降りて、翼を広げる。
行けるか?
行くしかねェだろ。
「クロムクラハ様?」
「ちょいと、行ってくる」
「どこへ……」
「おいてきちまった2人を助けにな」
まだだ。
そのために逃がされたンだから──それくらいの働きはする。
最後の大仕事。
迷子探しと行きましょうかね。
さて。
無事世界を脱した始の点を見届けて──ようやくこの、反魔鉱石を織り込んだローブを脱ぐことができる。常に力をそがれているようなものなので非常に不快であったが、十分な効果はあったらしい。
「メイアートは壊れた。零は夜の使徒にお熱。大悪魔は好き放題していて──今が一番、絶好と言える機会」
「アタシがいなければ、だろう?」
「そう。でも、貴女はそこの木端を守りながら戦わなければならない」
「……」
北方山脈の頂上。
折角1人になれたと思ったら、余計な監視が2つ。1つはどうでもいいけれど──1つは気にしなければならない。
「L・アルカナ。──キスキルだけが悪魔なもんか。もう1人、ずっとずっと動いてた悪魔がいるだろうに、零は何やってんだか」
「私は悪魔じゃない」
「悪魔じゃないだけ、だろ。種族的にそうでなくともやってることは変わらない。──なぁ、L・アルカナ。アタシらの世界から抜け出して、この世界で好き放題やった感想はどうだい?」
「最高だった。堅苦しい法則に縛られない世界。何をやっても最も悪い者のせいにできる世界。従順な素振りさえ見せていれば──支配下に置いたのだと誰もが勘違いしてくれる、易しい世界」
いい世界だった。
様々な世界を渡り歩いてきたけれど、五指に入る楽な世界だった。
死を忌避しない魔法少女。そうであるがゆえに甘く、警戒心が薄い。
死を求める魔物たち。そうであるがゆえに目先にものに囚われ、大局をみることができない。
何かを画策する者達。そうであるがゆえに視野が狭く、最も危険なものをみすみす見逃す。
死を嫌うナニカ。
そうであるがゆえに──周囲を巻き込み、私やキスキルを覆い隠していた。
楽な世界だ。潰れてしまうのがもったいないと感じるくらいには。
「選びな。今ここで死ぬか、アタシらの世界に帰るか」
「さっきから気になっていたけれど、何故そんなにもこの世界に入れ込んでいるの、加具土命」
「……ま、アタシなりの反省って奴さ。無理矢理呼び出されたからって──好き放題やりすぎた」
丸くなったものだと思う。
加具土命。志那都比古。天照。
あっちの世界からこっちに来た神の中で、最も尖っていたのが加具土命だったはずなのに。志那都比古はシャミャコなんてけったいな名を名乗り、天照もテンショウなどと隠す気の無い名を被った。
「あ、あのー……」
「何」
「なんだい?」
「い、いえ、その、なんで私ここにいるのかなって……。全然、普通に、私もあの脱出船に乗りたかったのに、なんで隠されたんだろうって……」
「そりゃあ簡単だよ」
「難しい話じゃない」
ポン、と。
2人して、木端の肩に手を置く。
そういう所、気が合う。
「えっ、えっ」
「アタシらには依り代ってのが必要でね」
「次の世界へは連れて行ってあげるから、協力して」
次の世界。
恐らくこれから作られるだろう世界。梓・ライラックの手腕も気になる所だけど──キスキルの末路も楽しみで仕方がない。
「加具土命。さっきの質問だけど、一度あっちに帰るのはアリ」
「なんだ、戦わないのかい。んじゃ、この子、連れていくかい?」
「良い考え」
「えっ、えっ……もしかしてこれ」
あっち。
この世界ではない世界。勿論冥界のことでもない。
ジーウィースやフクン・ティザンのいた世界。
「──でも、それには障害がある」
「……来ちまったか」
視界一面が青色に染まっていく。
キスキルの結晶は既に全世界を覆い尽くしている。ここも時間の問題。
そこに──違う色が現れる。
「お前か! リゾ・マータってな!」
「はい! そうです! 梓に似てる人! そして助けて! どっかに連れてかれそうなの!」
「……」
「全く……他のが迎えに来てたら、手加減無く叩き潰してたんだけどねぇ。アンタが相手じゃ、アタシはちゃんと戦えるか自信ないよ」
「1つ言えることがあるのなら、私にも戦闘手段はない。完全に加具土命頼りだった」
「……【渡磁】!」
反魔鉱石のローブが奪われる。その他、北方山脈に埋蔵されていた金属鉱石の類が持ち上がった。
もしかして君結構強い子?
「L・アルカナに、安藤さん。……遭難してた、って雰囲気じゃねェな」
「あぁ、そうさ。アタシらはそもそもこの世界の住民じゃないからね。この世界がどうなろうと知っちゃこっちゃないし──キスキルの結晶程度に飲まれるアタシらじゃない」
「そォかい。じゃ、助けは要らねェな」
「ただアタシらにも弱点がある。──魔力を持った依り代が必要なんだ。ほら、師匠はただの人間に戻っちまっただろ? そうなると困るんだよ。だからこの子は貰っていく。何、取って食おうってわけじゃない。用が終わればそっちの世界に返してやってもいい。──だからこの子貸しちゃくれないかねぇ」
「却下だ」
「そうかい。じゃあ、コイツと踊ってな! ──【業焔】、須留途!」
加具土命の配下たる巨人の招集。
深紅に燃ゆ巨人。さて、どれくらいで倒せるか見もの──。
「──
「え」
「……ん?」
気が付けば──彼女、クロムクラハの腕に、木端の子がいた。
あれ。
「誰がマトモにやり合うかってンだ! ──世話になったな、安藤さん! また会う機会があったら、今度こそ敵じゃねェ事を祈る! そっちの奴は知らねェけどどっかで会ったら友達くらいにゃなってやるよじゃァな!」
言って。
飛んでいく新しい神。
須留途に落とされる巨大鉱石。
「……拍子抜けもいいトコだ。アタシは次の世界に行くよ。アンタは?」
「勿論」
「じゃ、置いてけぼりはキスキルだけだ。──どうせアイツは死なない。また封印されるだけだろう」
それじゃ、さようなら。
次の世界で会いましょう。
「【占幽】!」
とても形容できないコトを超えて、俺の精神に防護が張られたらしい。
ので、さっそく恵理須に【占幽】を行う。
まばたき。
瞬間──痛みと苦しみがどばっと襲い掛かってきた。
「……こりゃ、いてェ。これを数万年か。そりゃァ死にたくもなる」
視点がどこにあるのか、口がどこにあるのかはわからない。
ただ──俺が世界になったのだと強く感じる。
そして、病巣。
今なお全土を侵蝕し続けるキスキルの結晶も。
「……問題ない」
わかる。
恵理由知穏に要素を与える、その方法が。
ただ。
愛せばいい。それだけだ。
「……昔の俺なら、できなかったことだ。けど」
俺は愛を知っている。
だからできる。
「お前が新たな世界となり──ヒトを乗せていく事を。そのために、全てを受け入れる事を。心の底から信じている。だから──だから」
縮小する。世界が、空が。
役割を失い、要素を抜かれた世界が縮小する。キスキルの結晶は目前だ。それが天幕に届いた時、本当に結晶球になってしまうンだろう。
安心しろ。
そうはさせねェ。
させねェために、俺がいる。
「【始原】」
俺の精神に齧りつかんとしている結晶。けれどそれァ零の防護が弾いてくれている。
だから俺は安心してコトに臨める。
「天地はここより始まり、ここにて終わる。キスキル。リラ=キスキル。──異空の彼方へ飛べ。この世はお前にゃ勿体ねェよ」
本体がどこにいるか、なンて。
世界を【占幽】した俺にァまるわかりなンだ。
だから、断末魔もなく。
キスキルは──異空の狭間に落ちていく。伴い、結晶の侵蝕が止まった。
「そんでまァ、なンだ。後は──」
役割は消した。要素は与えた。
ならば、最後。最後の最後。
ようやくだ。
アンディスガルに再度【占幽】し、戻る。
ようやくだ。何度でもいう。
「──世界よ。俺に、様々なものをくれた世界よ。恵理須よ!」
振り上げるものはなんだろう。
クリスはクロムクラハが持っている。ヴァスはお前のじゃないと取り上げられた。
ならばこれは──ただの拳か。
「漸く
冥界の地面を。
その先にある恵理須を──ぶん殴る。ぶん殴って浸す。大きな丘の時と同じよォに、死の水を浸す。
「さよならだ。そしてありがとう。──おやすみ、恵理須」
──"ありがとう"
それは多分幻聴だったのだろう。
彼女の声は、彼女の中にいないと聞こえないはずだから。
だから。
「あァさ、ありがとう! もしアンタが夜の使徒になったら歓迎するよ! 俺も、もう人間にゃ戻れねェだろうからな!」
世界は。
恵理須は。
──漸く、死んだのだった。