遠吠えは遥か彼方に   作:劇鼠らてこ

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124.恵碑録?

 後日談である。

 

 晴れて健康な生身の肉体を失った俺は、アンディスガルとして冥界を闊歩している。正直ヒトガタのブラックドッグって言われても不思議じゃない容姿をしているので、冥界にいてなんの違和感もない。ブラックドッグの群れと戯れていると見分けがつかないと言われるくらいだ。

 とはいえこの体はクソ程脆いので、ブラックドッグが戯れに噛みついてこようものなら一瞬でボロっと崩れ落ちる。すぐに治るけど。その度にこの黒いワン公はとても申し訳なさそォな雰囲気を出すので、いんやさなんだか可愛くなっちまって、うん、ペットを飼うっていいよなって。

 

「な、ワン公」

「がう」

「……ちょいとプテラゴイルが恋しいなァ。お前ら元から犬だから喋れねェもんなー」

「がう」

 

 冥界に然したる変化ってな無い。

 神々がごっそり減った事、恵理須が滅んだ事、恵理由知穏が世界としての1歩を踏み出したことにより、恵理須を覆っていた冥界の土が少しずつ恵理由知穏に張り付きつつある、ってことくらいかな。見た目としてわかりやすい変化は。

 あァ、恵理由知穏はまだヒトが住める環境じゃないンだ。っつーのも、あの世界には精神も無けりゃ心も無い。俺がやった、あるいはポマネイ・リコがやろォとしてたのはあくまで肉体を十全にする準備であり、心になる予定だったアズサが健在で、精神になる予定だった恵理須がちゃんと死んだンで、そこが空席の状態ってワケだ。

 それじゃあ意味ないじゃないか──ってな、まァ大丈夫らしい。

 

「ワン公、お手」

「……」

「おいおい、俺ってば夜の使徒の中でも結構上の存在なんだぜ。アンディスガルってンだけどよ。だからほら、お手」

「……」

 

 そも、恵理須だってどっか他の世界から精神と心をぶっこ抜いてきたってワケじゃない。あの世界を作った3柱から少しずつ貰ったンだそうだ。それから、長い時間をかけて成長してきた。

 となれば、此度その役目を担う3柱は決まってる。

 そう、封印していた新たな神──脳眠、イントロストップ、そしてソテイラになる。

 

「……平和だな」

「わぅ」

 

 まァ、起こすだろ。

 当然反発するンだけど、こっちは過剰戦力も過剰戦力。こっち、なんて言って俺別にアイツらと一緒にいないんだけど。

 あんま詳しい事知らないンだけど、説得だか調教だかなンかして今世界を構築中らしい。それができるならなンで恵理須を、って話だけど、まァ長いんだと。時間がかかる。時間がかかるし、上手く行かなかった場合最初からやり直しになる、らしい。上手く行かないってながどーいう状態なのかわかんないんでアレだけど、まァあっちにはクロムクラハがいるから倫理に外れたコトにはなんねーだろう。

 

 つーことで、こんなところが恵理由知穏の顛末。これからどーいう世界になるかはまァ楽しみだ、って言っておく。

 

 んで──こっちの話。

 まず、恵理須。

 

 キスキルの結晶は止まった。が、消えたわけじゃない。

 置き換わっちまった部分はまだ消えてない。冥界の魔力がゆっくりゆったりと分解してってるけど、まーまー結構な時間がかかるだろう、って感じ。今地面が剥がれていってンのもあって、いずれはあっちが天体になるんだろう。トゲトゲの天体――落ちてはこねェけど、なんか痛そうだよな。

 恵理須は死んだ。完全に死んだ。その魂の行方ってなわからねェ。今はまだ冥界の空を彷徨ってる状態だろう。

 

「……俺は、何かを成せたのかねェ」

「がぅ」

「ン、なんだ。慰めてくれてンの?」

「……わう」

「ありがてェけど腹に乗るのはやめとけなー。砕けるぞ俺」

 

 次に、神さんか。

 神さんは無事だった。神さんの本質はゲヘナにはわからなかったらしい。

 けどまだ療養中。神ってな自分から手放すか、本質を貶められて殺されるか以外じゃ死なない──が、怪我は普通にする。なンで夜の宮で療養に専念してる感じ。

 ウィドアルは風の地平に、零も太陽の庭園に戻った。たまに遊びに行くとアンゲル共が追い返してくるんで後者2人とは全然会えてない。いーじゃんかなァ。俺はもう別に人間じゃねェんだしさ。

 

「いい天気だな」

「?」

「てめっ、ワン公のクセに"何言ってんだコイツ"みてェな目で見やがって」

 

 そっから、始の点か。

 魔法少女と魔物、人間、動植物が混在してる始の点。アレは今冥界の空を巡行中。恵理由知穏がマトモになったら移住するらしい。広さはかなりあるし、争いも起きてねェんだとか。そりゃ素晴らしいことだが、どォいうことなのかよくわからん。魔物は魔法少女の因子を無しにしても食わなきゃ生きていけねェだろうし、レーテーが魔法少女の因子取り除くつってたのも全員が全員頷くのか微妙だし。

 ……全部がわかんねェとからしい、ってのは、俺がほとんどあいつらと交流取ってないから。

 

 いや、まァ。

 無理だろ。

 

 梓・ライラックとメイアートが同一だって知ってる存在が少ない、つったって、俺はアイツらに対し完全に敵対した。エルバハ・イドラを殺し、委員長と過激無口を殺した。俺側の禍根はそこに残っている。それだけじゃねェ、魔法少女側も……その敵意を冥界に向けている。

 何より俺は神さんに刃を向けたお嬢を──あんまり、許せそォにない。

 俺は、魔物でも魔法少女でもなく、夜の使徒だ。その立ち位置は変わらない。だから、あれからずっと会ってない。

 

 ま、クロムクラハがいるし大丈夫だろ、とか。

 うーん。どーなんだろうね。俺は、果たして……とか。まだまだ悩み事は多いんだけど。

 

「で、なんでお前さんここにいるんだ」

「私もちょっと、居づらくなっちゃったからね」

「へェ?」

 

 なんでか。

 ホントになーんでか──キラキラツインテが、よく俺のとこに来る。当然ブラックドッグは反応するンだけど、ぜーんぶ【透過】して関係ないとばかりにふよふよ浮いてやがるからタチ悪い。

 

 自分の魔法を捨てる気は無いらしい。

 まァ恵理須の苦しみが無くなった以上、魔法を云々ってなそこまで問題のある話じゃねェ。ただ一応感染……魔法少女が死んだ場合、近くの人間に感染する可能性があるンで、始の点を管理してる奴らからするとあんまり遠出してほしくないみたいなんだけど、まァそれを聞くキラキラツインテじゃない、と。

 正直オーレイア隊の事があるからマジで俺は魔法少女達と顔を合わせづらい。銀バングルや虹色ロング、光眼鏡に……合わせる顔は、無ェわな。

 

「なんかあったのか」

「私がもっと攻撃性能に長けた魔法少女だったら、という悔恨と、オーレイア隊の2人に、ちょっとね」

「……なんだよ」

 

 オーレイア隊の2人、と言われてドキっとする。

 

「結・グランセと残府知子……彼女らは、私達を探してくれていたらしくて。襲撃の際にも、オーレイアの窮地にも駆け付けさせてあげられなかった」

「……それの何が心残りなんだ」

「私達は、兵器だからね。探されて味方の戦力を下げることは、本来あってはならないんだよ」

「兵器、ね。もうそンな事ないんじゃねェの。魔物も襲ってこねェんだ、ただの長命種だろ」

「そうなるといいね」

 

 ……なんだ、その不穏な台詞。

 よーやく平和が訪れたんだ。ちったァそれに浸りやがれ。

 

「つか、それを悪いと思うンなら、大本はレーテーだろ。お前ら誘拐したのはレーテーなんだから」

「そうだね」

「そうだね、って……。あァさ、いい。そーいやそーいう奴だったよ、お前さん」

「うん」

 

 噛みあった試しがねェもんな。

 ……何が好きで、俺のトコにいるんだか。

 

「相談がね、あるんだ」

「相談? お前さんが俺に?」

「うん」

 

 なん、だろう。

 言っちゃなンだけど、キラキラツインテ相手には俺の43年間なんてあってないようなもの、な気がする。なんつーか、コイツの方が深淵を覗いている……みたいな。どこか末恐ろしい感覚がある。

 そんなキラキラツインテからの、相談。

 

 

「──全てが元に戻るとしたら──君は、君だったら。何を選ぶかな、梓」

 

 

 そんな、問いを。

 ──どこかで遠吠えが響く。

 

 

 

えはか彼

 

 

 

「ハキタ」

「……あら、レイ。珍しいですね、貴女が夜の宮に来るなんて」

「快癒祝い、という奴だ。珍しいという評価は認める。オレにとってもこの行動は想定外だ」

「そうなのですか? ならば何故?」

「貴様に死なれるのは困る。──冥界における治安維持は貴様の一手にある所が大きいからな」

「死? どうしてそう思われたのですか?」

「貴様の愛し子が消失したからだ」

 

 2人の美女。

 黒髪と金髪。目が痛くなるほどの美しさは──しかし、周囲に誰もいない事が幸いし、何の影響も齎さない。

 金髪の美女が持ってきた盃を黒髪の美女が受け取り──乾杯をする。

 

「気付いていましたか」

「無論だ。オレも多少は気にかけていたからな。……死んだ、というわけではないのだろう?」

「ええ。ただ、冥界からその姿を消してしまいました。多少の太陽の気配がしましたから、貴女の仕業だとばかり」

「オレの使徒もどきの仕業であるのは間違いないだろう。奴が集めた魔法……それに含まれない、未だ魔法を保持し続ける者。それが犯人だ」

「殺してしまおうかしら」

「やめておけ。貴様の愛し子に嫌われるぞ」

「……なんですか? 随分と丸くなりましたね、レイ。私が私の愛し子に嫌われる──それを貴女が心配するなんて」

「ふん、それほど奴には価値があるということだ。恵理須……エリスを殺した功績は大きい」

 

 金髪の美女──レイが、大きく盃を傾ける。

 零れ落ち、口に収まるは黄金色の液体。芳醇な香りのするそれは、走馬(ソーマ)、などと呼ばれている。

 

「……そうですね。エリスには本当に可哀想な事をしました。私達が眠らせて上げられたらよかったのですけれど……」

「ウィドアルの馬鹿は幾度か手を下したようだがな」

「ちょっ、黙って聞いてれば馬鹿とはなんだ馬鹿とは!」

 

 緑髪の美女が現れる。現れる──その前に、その手前に盃と、黄金の液体が注がれていた。

 馬鹿は、もといウィドアルは、それに驚くことも無く盃に口をつける。

 

「ふん、馬鹿だろう。その場の雰囲気に流されて規則を破り──少なくない損耗を負っている。本当は一刻も早く貴様の使徒に会いに行きたいのだろうが、地平で身を休めない限りは無理だと判断した。違うか?」

「……それは……それは、だって仕方がないだろう。怖いよ、彼女は。あのオーディンすら容易く御する精神力は、尋常じゃない。私は……彼女を恐れている。従う他なかったんだ」

「私の愛し子の分け身ですよ? ちゃんと愛しなさい」

「うわ、出た。ハキタの変な愛し方」

「貴女の愛も相当偏屈だと思いますけれどね」

「オレの前で不毛な争いはやめろ。オレからしてみれば、使徒を愛すという行動自体不可解だ」

「……私の使徒を無理矢理襲って抱いたクセに」

「必要なことだった。他に神がいればソイツにやらせたさ。あの時動けるのがオレだけだった、というだけだ」

 

 3柱は──ふと、同じ方向を見る。

 そこにあるのは、恵理由知穏。青に黒が混じり始めた天体。

 世界の赤子とでもいうべきソレは、しかし未完成も良い所だ。

 

 ()()()()()()()

 

「ハキタ。一応ね、君に伝言があるんだ。そのために来たんだけど」

「伝言、ですか?」

「うん。君の使徒ではなくなった、元君の使徒から」

「あら……ふふふ、律儀な子。それで、彼女はなんて?」

「"色々考えた結果、どォやら俺から抜けだしたのは神さんへの愛って奴らしい。アンタとの出会いも何もかも覚えてるってのに変な話だとは思うが──ソレを持ってるのはやっぱり、アンディスガルだけだ。だから、決して忘れないでやってくれ。多分、アンタに忘れられるのが、アイツにゃ一番効くからよ"……だそうだよ」

「ふん、馬鹿だな。神の愛というものを舐めすぎだ。人間のそれとは違う。どれほどの執着を見せると思っている」

「へぇ、君が神の愛を語るのかい? 使徒を愛すのは不可解だ、というのに?」

「知り得なければ不可解だという判断もし得ん。嫌うには情報が必要だ。それくらい理解しろ馬鹿が。まぁ、嫌ってはいないが」

「2人共、喧嘩しないで。今あの子の言葉を噛み締めているのだから」

「……どうでもいいが」

「いいなぁ。私の愛し子は……そういう、はっきりとした言葉を告げてくれないって言うか、はっきりはしているんだけど、愛は伝えてくれないっていうか……」

「嫌われているだけだろう。貴様に好かれる要素が1つも無い」

「それはお互い様だけどね。君も誰かに愛される事はぜーったいに無いと宣言するよ」

 

 語弊を恐れずに形容するのなら──子供の喧嘩のようなソレ。

 冥界における最高権力を持つ者達の会話ではない。

 

 それでも、3柱は神だった。

 

「キスキルがいた」

「うん。そうだね」

「いつの間に紛れ込んだのかしら」

 

 キスキル。リラ=キスキル。

 その名は──神々にとって、最も忌むべきものであると同時、自らの先祖を表す名でもある。

 

「他、カグツチ、スルト、アーカナの姿を確認している。あぁ、ゲヘナが呼び込んだものならば、ジーウィースもいたな」

「過去にはフクンもいたよ。……由々しき事態、といえるのかな、これは」

「別に、世界の境を閉じているわけではないのだから、出入り自体は自由なはずよ。──それで私達の世界を壊されるというのなら、こちらも動く、というだけで」

「そこに異論はない。だが──」

 

 レイは盃を呷り、ハキタを見る。

 見つめるように、見る。

 

「貴様の愛し子。──アレも外なる存在ではないのか?」

「……さぁ、どうでしょうね」

「それが答えのようなものだがな。……例外は隙を作る。ウィドアル、貴様にも言っている事だ。いいか、奴らに隙を見せるな。新しき神は未だ未熟。であるならば、オレ達が死ぬわけにはいかん。その時が来るとしたら、オレ達の使徒が独り立ちするときだけだ」

「っぷ、レイ、君の口から独り立ち、なんて言葉が聞けるなんて──あ痛ッ!? ちょ、盃で殴るのはどうかと思うよ!?」

「うるさいぞ、馬鹿。……油断をするな、と言っている。外なる存在には特にな」

「……私の愛し子に手を出すというのなら、今までの関係を断つことも辞さないわ」

「気を急くな、馬鹿。しっかり手綱を握っておけ、と言っているんだ。──今回のように見失う、などということは本来あってはならない」

「え、いなくなったのかい? ……あ、ホントだ。気配が無い」

「……真面目に話しているのが馬鹿らしくなってくるな」

「ええ、そろそろお開きにしましょう。ソーマが勿体ないわ」

 

 それは神々の会話。

 誰も知らない、夜の宮での──旧知たる3柱の、少しだけ賑やかな酒盛りのお話。

 

 

 

えはか彼

 

 

 

 

 ──目を開ける。

 

 暖かい布団。当然、自分の体温だ。嘘吐け。俺に体温なんざあるわけが。

 時計。針は午前7時。仕事に行く時間……違う違う。俺はもう仕事になんか就いてない。強いて言えば学校に行かなくちゃならねェ──か?

 

 息を吸う。

 吸える。……そんなはずがない。俺は……俺の肺機能なんて、停止しているはずだ。

 けれど、吸える。大きく息を吸って、吐いて。

 

 もう一度目を瞑る。

 

「ママ、お姉が二度寝しようとしてる!」

「梓、今日はクラス替えの日でしょ? 早く行くんだ、って。昨日張り切ってたじゃない。いいのー?」

 

 跳ね起きる。

 内容に対し、じゃない。

 

「……菫?」

「お姉、起きたー」

「梓、朝食できてるから、着替えて早く行きなさいねー」

 

 久しぶりに聞いた。

 久しぶりに聞いた声だ。

 

 お袋と、妹の声。一応体裁を気にして母さんと呼んでいる──いや、あり得ない。

 俺は。俺は。

 冥界で……。

 

「菫」

「な、何?」

「今何年何月で──ここはどこだ」

「……ママ、お姉がおかしくなっちゃった!」

 

 怖気が走る。

 そんなこと──そんなこと、やっていいはずがない。できて良いはずがない。

 俺の過ちを。俺の軌跡を。

 

 全てを掻き消すような──そんなこと。

 

 そも、なんでだ。

 何があったらそうなる。何故。いや──心当たりはある。思い当たることはある。だけど、なんでそんなことがアイツにできる。なんでそんなことをアイツはした。

 

「っ!」

「あ、お姉!?」

 

 家の間取りも、靴の入れてある場所も同じ。

 朝食。いい。今は良い。今は確認しなきゃいけねェことがある。だから、良い。

 

 家を──出る。

 そして、上を見た。

 

「……無い──?」

 

 空に広がるは──青。一面の青空。蒼穹。筋のある雲が広く流れていて、春か、夏の空、って感じだ。

 無い。

 EDENが無い。

 

 時間が巻き戻ったってワケじゃねェのか……?

 

「お姉ー? どうしたのー?」

「……菫。EDEN、って。知ってるか」

「エデン? うん、知ってるよ。というか知ってない方がおかしくない? お姉の通ってる学校なんだし」

「……」

 

 情報が足りない。

 無い。EDENは国の上に無い。それは確実だ。だってないんだもん。EDEN自体が【隠涜】されてるとかじゃなければ……流石に無ェよな?

 その辺の石……魔力は。魔力は……ある、な。ある?

 既に覚醒している? いや、時間が巻き戻ったワケじゃねェんならあって当たり前なのか?

 

「ちょ、お姉何持って……」

 

 ──腕部強化。いや全身強化でいいか。別にこの後ぶっ倒れても問題無ェだろう。

 石ころを──振りかぶって。

 

 投げる!

 

「……え」

「無いか……」

 

 本当に無いらしい。

 流石に天幕には届かねェか。

 

「お姉……」

「ン。あァ、ちょいと動揺してただけだ。心配かけたな」

「お姉」

「あン?」

「野球選手なれるよ……!」

 

 何の話だ。

 

 ──知覚強化。及び腕部強化。

 落ちてきた石を受け止める。

 

 真上に投げたからな。まっすぐ落ちてくるよォに投げた。それができるのが魔法少女だ。

 

 ……魔法少女だ。

 

「菫」

「何、お姉」

「──魔法って、知ってるか?」

「さっきから変だよ、お姉。魔法なんて誰でも知ってるって!」

「……そォか」

「それとも私の成績が悪い事を言ってるの? 私だって初級の魔法くらいは使えるんだから!」

 

 菫は。

 そォいうと──掌に水の球を浮かべた。

 

「なんだ、それは。魔法名は……」

「ウォーターボールだけど……お姉も使えるでしょ?」

 

 なんだその陳腐な名前。

 ウォーターボール……? 【水球】とかじゃなくてか?

 

「って、お姉、そろそろ時間やばいって!」

「ああ……」

 

 問い質す必要がある。

 キラキラツインテ──あるるららに。

 

 

 

 

 

 チャイムはあの音階じゃねェものの、鳴る。

 久方ぶりに魔法少女の衣装じゃない──制服に身を包んでの登校。自分の銀髪も懐かしい。つか体に感覚があるってなが懐かしい。

 沢山の人間。……じゃねェ、ええと、いや人間でいいのか。

 人間が、いっぱいいる。

 

「……」

「……」

「……どうした、ライラック。新年度早々遅刻する気か?」

 

 エデンだ。

 EDENの中の、魔法少女育成学園エデン。その入り口に──先公がいた。

 俺の事は知っている……と?

 

「先公、アンタなんで……こんなとこに突っ立ってンだ」

「……ライラック。お前の口が悪い事は1年の内で把握していたつもりだったが、更にひどくなっているな。これは罰を望んでいると見た」

 

 罰。

 まさか──と。身構える。

 

「どうした、ライラック。罰は受けたくないだろう。なら、さっさと教室に行け」

 

 ダメだな。

 疑心暗鬼になって敵わねェ。

 

 頭を下げて──学園内に入る。

 入って。

 

「あ、おはようございますわ、梓さん」

「珍しく早いな。何か良い事でもあったのか、梓」

「おはようございます! いい朝ですね!」

「冬休み、何かした?」

 

 その──眩しい光景に。

 俺は。

 

 

 

えはか彼

 

 

 

「で、逃げてきたと」

「あァ。……ちょっと、耐えられなかった」

「……言っておくけど」

 

 ここは──人工島クルメーナ、ではなく。

 さる富豪のお屋敷クルメーナ。

 

「私はまだアンタが未来から来た、とかいうの、信じてないんだからね」

「未来かどォかはわかんねェ。少なくとも違う場所から来たのはァ間違いない。……マッドチビ先生は、何にも感じてねェのか」

「そのマッドチビ先生っていうのやめてくれない?」

「……ディミトラ」

「いやそんなに苦しそうに言うなら別にいいんだけど」

 

 耐えられねェ世界から逃げた先がマッドチビ先生ってな、俺も随分と依存しちまってるけど。

 マッドチビ先生も、何にも覚えてなかった。知らなかった。その上で相談に乗ってくれてるからホント助かってンだけど。

 

「それで、何? もう学園には通えそうにないのかしら」

「……キツい」

「そう。じゃ、ここに住む? 流石にタダってワケにはいかないけど、住み込みメイドとか雇ってみたかったのよね」

「それもキツい」

「アンタね、自分が選べる立場にあると思ってるの?」

「……いや、けど、……俺は」

 

 優しい人だと思う。

 どーやら"今回"は悪事に手は染めてねェようで、マッドチビ先生じゃなくチビ先生らしい。だから、ホントに良い人だ。

 だからこそ──ここもキツい。

 優しくされると、折れそうになる。

 妥協しそうになる。

 

 いいんじゃないか、って。

 俺は──今を享受して、いいんじゃないか、って。

 

 そんな、恐ろしい事を。

 

「んー、まぁアンタの葛藤は大体わかったけど、そのあるるららって子に会わないコトにはどうしようもないんじゃない? アンタがその……冥界? に戻るのだとして、その子が鍵であることは間違いないだろうし」

「それは……そうだ」

「なら、多少のキツさなんて我慢して、全力でその子を探すしかないでしょ」

「……」

 

 そうだ。

 その通りだ。少なくとも、っつか100億劾以万%キラキラツインテが原因だろう。

 アイツを見つけて──帰してもらう。

 

「じゃ、帰りなさい。またキツくなったら来てもいいから」

「……うん。ありがとう」

「はいはい」

 

 一刻も早くだ。

 一刻も早く──キラキラツインテを見つける。そして問い質す。

 

 ……それで、帰るんだ。

 何もない──静かな冥界に。

 

 

 

 

 

 

 

「ライラック。魔法少女にとって一番大切なこととはなんだ」

「……」

「ライラック?」

「……わかりませんわ、そりゃ。今──今の魔法少女にとって、一番大切なコト。みんな、なんのために魔法を学んでるんだ。なんのために──魔法少女になって、なんのために……」

「わからないか。では、アールレイデ。答えられるか?」

「はいですの。魔法少女にとって一番大切な事。それは、正しく魔法を学び、誰かを傷つけないようにそれを制御し、使いこなすこと。そしてそれを世界のために役立てる事、ですわ」

「うむ。完璧だ」

 

 あァさ。空気が読めてねェなァ俺は。

 そーいう雰囲気じゃねェだろうに。ちったァ取り繕うとかできねェのか。

 

「ライラック。お前も多感な時期だ。何かを思い、何かを悩むことはあるのだろう。だが、お前も2年目となったからには模範的な生徒になってもらう。今までのような特例扱いは出来ん。それは肝に銘じておけ」

「……ういす」

 

 今までのような特例扱い、ね。

 去年の俺は──何をしてたんだか。

 

「特に、一限をすっぽかした事は相応の罰を受けてもらう」

「……ああ、いいスよ」

「そうだな……よし、ライラック。お前は今日の昼休み、学園長室の掃除をしろ。いいな?」

「……学園長室?」

「知らんわけではあるまい。中央塔の最上階にある部屋だ。学園長に粗相のないようにな」

「──」

 

 それは。

 ──許せる事じゃ、ないぞ。

 色々なものが"戻って"いる。あるいは無かったことになって、進んでいる。それは理解した。

 でも。

 

 死んだ人間が生き返るのは──ダメだ。

 許せない。俺は、それを許せない。

 

「いいな?」

「……うす」

 

 それとも。

 それとも──なんだ。

 

 本当に、時間が巻き戻ったとでもいうのか? 巻き戻って──何か致命的な部分が変わったとでも。 

 なァ。

 

 早く、早く、説明してくれよ、キラキラツインテ。

 壊れちまうよ。

 

 

 

えはか彼

 

 

 

「初めまして、梓・ライラックさん。どうぞ、そちらにおかけくださいな」

「いや、俺掃除しに来ただけなんで」

「ええ、ええ。でも、この部屋の掃除は常に為されていますから──どうぞ、おかけになってください」

 

 第一印象は──物腰柔らかな婆さん。

 EDENにおける唯一のお年寄り。老婆となってから因子が覚醒した、後にも先にもこの人しかいないっつーレアケース。

 魔法名は【畏相】。対象Aと対象Bの位置を固定する──空間に作用する魔法。生物、非生物関係なく固定できるというそれは、文句なしのSSS級魔法。

 ……だった、はずだ。

 

「フフフ、何もしませんよ。大丈夫、ご安心くださいな。少し──貴女とお話をしてみたかっただけですから」

「俺と?」

「ええ。……梓・ライラックさん。()()()()

 

 スッと底冷えする感覚があった。

 あァさ。──またかよ、ふーちゃん。あァ、でも、でも。

 すっごく安堵している自分がいる。心の底から安心している自分がいる。

 

 この世界はちゃんとおかしいんだって。

 だってふーちゃんが言い残す言葉だ。ぜってェロクな事じゃねェ。

 

「フクン・ティザンすか」

「ええ、そう。予言の巫女、フクン・ティザン。あの方の残した予言に、貴女がありました。──この世界を壊し尽くす大魔王。そんな風に言われていましたよ」

「……まァ、あながち間違いじゃないスね」

 

 なーに言ってやがんだ、とか言おうとしたけど。

 もし──俺が冥界に帰るって行動が。

 つまり、夢から覚めるよォな行為ってなが──この世界を崩す事に繋がるのなら。

 

 壊し尽くす大魔王、は。合っているのかもしれない。

 キスキル扱いは御免だが。

 

「それで──ンな危ねェ奴だとわかったンだ。学園長殿は、俺を追放するか?」

「いいえ。そんなことはしませんよ。貴女だって大切な生徒なのですから」

「そりゃァあまっちょろい。学園長なら学園の治安維持をするのも役目じゃねェんですかい」

「ふふふ、そんな喧嘩腰にならないでくださいな。言ったでしょう? ()()()()()、なのですから──貴女が世界を壊し尽くすその時まで、お喋りをしたいのです。ダメですか?」

 

 初めまして。

 そうだ。俺は──恵理須において、終ぞ学園長には会わなかった。

 まさかそれを言ってンのか? だとしたら、自分が死んだことを自覚してるって事になる。

 

「していますよ。朧気ですが」

「!」

「……私は皆が思っているような誰にでも優しいだけのお婆ちゃんではありません。()()()()()()()()()()()──そんなこと、とっくに気付いていますとも」

「そォか。じゃァ遠慮なく言うが、アンタは死んでる。確実に。他殺自殺じゃねェ、寿命だ。それが今、こォして生きてるってなおかしい」

 

 言い切る。

 俺は夜の使徒だ。死者だ。

 だから俺もおかしい。こうして健康体でいることはあり得ない。俺の体はポマネイ・リコにやったはずだ。クローンだった俺の体は冥界の魔力によって炭化したはずだ。

 俺がこの梓・ライラックの体を取り戻すことも、学園長殿が生き返ることも──あってはならない。絶対に。

 

「俺からの話ァ以上だ。死人と話す事なんざなんも無ェよ」

「ふふふ、これは手厳しいですね。──では、生きていてはおかしい私を、貴女は殺しますか?」

「……いや、それはしない。矛盾だらけで悪ィがな。許せねェけど、俺は殺したくない。それだけはずっと変わらない。──この手が既に血に染まっているのだとしても、俺はそこを曲げたくない」

「そうですか」

 

 思い出す。

 その感覚を──覚えている。忘れていない。

 エルバハ・イドラ。過激無口。委員長。

 その命を絶った感触を、一滴たりとも忘れていない。

 

「もう少し、この世界を巡ってみてくださいな。予言の子。貴女にとって、この世界は壊すに足るかどうか──貴女自身がご判断ください」

「……あァさ」

 

 壊すもなにも、その役目は今ここで知ったンだがな。

 ……世界を巡れ、か。ハハ、学生の身に何をたァ思うが。

 

「1つ、聞きたい」

「なんでしょう」

「他の奴らはいるのか? 紺碧ベルト……あァいや、ハイドレート、モーゲン・真凛、ペルチット、ビーファン。EDEN創設者が他の4人」

「今はいません。この星の裏……輝きの園という場所で、新しい魔法学校を拓いています」

「……そうか。わかった」

 

 輝きの園はある。

 始の点もある、と見ていいのか、全くの別物か。EDENも浮いちゃいねェからな。終の因が無い時点で始の点もないのかもしれない。

 だがそォなると、魔力の循環はどうなっている?

 

「世界は」

「……」

「貴女が思っているより、小さくはありませんよ」

「……あァ、知ってるよ」

 

 そも、この世界ってな。

 恵理須、なんだろうか。

 

「学園長殿、聞きたいことがもう1つ、」

 

 けれど、チャイムが鳴る。

 学園長殿はふふふ、と笑って。

 

「聞きたいことがあるのなら──また来てくださいね。いつでも歓迎しますよ」

「……あァ。またな」

 

 また。

 嫌な約束だ。死人と再会の約束、なんて。

 

 ……教室に帰ろう。また余計な罰則つけられても敵わねェからな。

 まさかの学園生活──2年目と来たか。

 

 

えはか彼

 




第二部・完
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