遠吠えは遥か彼方に   作:劇鼠らてこ

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136.泥恣意磁肆図遅延時地割琉土. 『変更』

 霧が深い。

 2m先も見えねェような濃さの霧は、しかし命の気配で他人の場所を探れる俺にァ関係がない。ただまァそれが無い奴にとっちゃ十二分に迷いの森と言えるだろう。

 ロティス曰く。

 直上から落ちていくのは襲撃と勘違いされかねないので、普通に徒歩で行くべきであると。

 うん、確かに、って。そう思った。

 

「しかし、これァ必要あンのか?」

「梓は問題ないのかもしれないが、私達にとっては死活問題だ。この霧は声も阻害する。だから、その縄を離すな。はぐれたら霧から排出されるまで一生出会うことはできない」

「……いやいーんだけどさ」

 

 なんか。

 縄片手に持って、それにみんながついてるっていう……何? 列車ごっこ、みてェな形で進んでいる。先頭車両は俺で、ロティス、背中メッシュ、ポニテスリット、最後尾がお嬢と言った形。

 お嬢が最後尾である理由は一番強いってのと、なにかあったらみんな引っ張って上へ飛ぶため。

 ロティスの言う通り声も聞こえないンで背中メッシュ以降にいる奴らの声はほぼ届いていない。時たま背中メッシュが相槌打ってる声が聞こえるくらいだ。

 

「この霧は意図的に発生させてるもの、ってことだよな。あの甘雲含め」

「この霧は意図的だが、甘雲は何かの実験の結果湧いてしまうもの、だった気がする。私もそこまで詳しいわけではない。あの雲はそのまま南方に流れていくから、雲の存在自体を知っている者は多いだろうが、まさか魔女によって作られているとは思っていないのだろうな」

「いやまァ魔女の存在自体知らなかったし……」

 

 さて、こんな雑談をしているの自体何故かってーと、かれこれ30分くらいは歩いているからだ。

 なんというか、そこまで遠くに降り立った事はないはずなのに──遠い。これは俺が迷ってンのか、それとも空間が歪んでンのか。

 命の気配を偽造する技術とかあったら確かにやべェんだよな。

 

「安心しろ。迷っているのならこの縄がたわんでいる。これがまっすぐになっているということは、お前は真っすぐ進めているという事だ。それに、妨害の類が無い時点で歓迎こそされていないものの拒絶はされていないと見て良いだろう」

「妨害?」

「スプライトやウィスプといった人造の魔物を使役する魔女も少なくはない。それらに襲われていないということは、拒絶されていないということだ」

「ほーん」

 

 んじゃ俺が短気なだけか。

 ……なら、この際だし聞いておくか。

 

「ロティス。予言ってなは、お前等にも伝わってンのか?」

「……どうだろうな。私は伝えられているが、知らぬ妖精も多いだろう。予言とは聞いただけでその者の一生を狂わせる。どうしても意識してしまうからな。意識した所で何も変わらないのがフクン・ティザンの予言の恐ろしい所なのだが」

「でも、ロティスは知ってたと。時期とかはわかってたのか?」

「いいや。ジジフス様がお前に告げた通り、時期については予言に示されていない。他の予言を知らぬ故大きな口は叩けないが、恐らく場所と対象だけだろう」

「ほーん……」

 

 なんか中途半端な予言を遺すモンだな。

 クロムクラハの時は結構明確だったのに。恵理須と山脈月で何か違うのか?

 

「"行くは地獄。帰りも地獄"ってなどーいう意味だと思う?」

「そのままの意味ではないか? 行きも帰りも地獄のようだと」

「んじゃ"遠からん島。浅からん夢"は?」

「……わからない。遠い島と浅い夢ではないのならば、私にはわからん」

「だよなァ」

 

 それ以上の解釈は無理か。

 だとして、それがなんだよ、っていう。

 

 ……。

 

「ロティス、そろそろ辿り着くかもしれねェから、後ろの奴らにも伝えてくれ」

「わかるのか?」

「あァ──ちょいと異様だが」

 

 一番強く、濃い気配を中心に、円状になって配置された薄い気配。

 魔女だ、っつー先入観があるからかわかんねェけど──儀式、って感じだ。何かいる。何かある。

 

 それが、もうすぐ見える。

 

 段々と霧が晴れて──。

 

 

 

えはか彼

 

 

 

「──よォ、チビドラゴン。何俯いてンだ。地面にゃなーんにも無いぜ。顔上げな」

 

 言葉は自然に出ていた。

 霧の晴れた先。陰鬱な空気の漂う里。その一部だろう村で、怪しげな灯りの灯る家々。

 円形に並べられたそれ。中心には十字架と──磔にされた竜の子供。翼も首も胴も足も、乱雑に、しかし決して外れぬよォに括り付けられ──抵抗すらしていない。

 

 確実にコレが"磔の子"だろう。

 

「喋れねェか。喋れなくしてあるか。どっちかだな」

 

 口は動いていないが、何かを伝えよォとしているのは伝わってくる。

 念話の類を使えるのか、他の方法か。

 なんにせよ、だ。

 

「ロティス」

「ああ。任せろ、縄の扱いはエルフ族が最も長けている。すぐにほどいてやる」

「気配、異様」

「警戒を怠るな。ここは……私達のいて良い場所ではない」

「"目的を果たしたのならすぐに帰れ"という感じですのねぇ」

 

 お嬢やポニテスリットの言う通り、明確な拒絶こそされちゃいないが排斥せんとする意思は伝わってくる。

 磔の子を眠らせ、と予言にはあったが──なンだ、どう考えてもこのチビドラゴンを殺すってな発想には至らねェ。早々に予言間違ったンじゃねェか、って思ってる。

 加えてこの匂い。

 

 血の臭いだ。

 死の臭いだ。

 

 申し訳ないけど、磔の子をどォにかしてすぐに去る、ってなできそォにない。

 

「ロティス、言葉は通じそうか?」

「この魔物とか? ……無理だろう。妖精と魔物は違う。私はエルフだが、自身の事を妖精だと思ったこともほとんどない」

「そォかい。じゃあ魔法……儀式の類を必要とする魔法についてはどォだ。なんか知ってるか」

「それは……少しなら、わかる。梓、お前が聞きたいのは生贄の儀についてだろう。この街並みの形を見た時、真っ先に私も思いついた」

 

 少しずつ解かれていく縄。

 自由になっていくチビドラゴン。

 ……死の気配が濃いな。

 

「お嬢」

「いいですわよ」

「頼む」

 

 途端、その姿を掻き消すお嬢。猛スピードで動いて身を隠したのだ。

 ……動きはなし。

 

「儀式魔法は、形が全てだ。生贄の位置、触媒の位置。それらによって、本来個人では成し得ないような巨大な効果を齎す魔法を完成させられる」

「ああ、儀式魔法というのは魔法陣を使う魔法のことか」

「魔法陣?」

「多分、時代の違い」

「エデンで同じような魔法を習ったことがある。シェーリースの言う通り、時代と共に呼び方が変わっていったのだろう」

 

 ほーん。

 ……。

 

「つーことは、なンだ。今俺達は、魔法陣の上にいンのか?」

「そうなるな」

「それってやばくねェの? なンか、魔法の対象になったりしそうなモンだけど」

「儀式魔法は触媒を深く理解している必要がある。ここに来たばかりの私達を触媒に使う、というのは難しいだろう」

「そんなものなのか」

 

 それじゃァよ。

 今──俺達の真上に出来上がりつつある、血色の円錐は、なんだってンだ。

 

「──梓さん! あれ、私では止められませんの! 悠長にしていないで防御を!」

「守りは任せろ!」

 

 折角身を隠したというのに余計なお世話がどこぞから飛んでくる。

 わーってるわーってる。クリスを狙撃銃の形態にしてー。

 大した狙いもつけずに撃って、【即死】を発動。

 何の抵抗もなくぐちゃぐちゃのびちゃびちゃな血液に戻る円錐。周囲に血の雨が降り注ぐ。

 

「シェイブバリア! ……全く、傘替わりか」

 

 その降り注ぐ赤を防ぐはポニテスリット。

 使い方からして【波動】によく似たその魔法は血の雨を防ぎ──。

 

 

 ガクン、と。

 ポニテスリットの身体から力が抜けた。

 

 落ちる。

 受け止めたのはお嬢だ。

 

「ミサキさん!?」

「ポニテスリット!」

 

 すぐさま駈け寄る。首筋に手を当てて、脈を確認。

 大丈夫だ。死んでいない。だが。

 

「──【即死】」

「シェイブリング」

 

 曰くポニテスリットの最大火力。

 世界を圧し退ける力場を回転させることで対象を磨り潰す、かなり極悪な魔法──が、俺の手に触れた瞬間に死ぬ。飛び退くお嬢。

 

 またか、という感想はまァしまっておこう。

 

「……意識はあるか、ポニテスリット」

「……ある。すまない。恐らくは血液だ。……魔力を含め、体が言う事を聞かん……!」

 

 操り人形を思わせる動きでポニテスリットが言う。

 意識はある。口も動かせる。ってこた、脳は無事か。

 身体だけを操る魔法? なンでわざわざそんな面倒な条件を。

 

「しかし……動かない、だけだ。今の以外……何かをさせられる気配はない」

「そりゃまた、変な話だな」

「ターゲットが、違う?」

 

 ふむ。

 成程、ポニテスリットが防ぐとは思って無かったって感じか? 余計な被害は出さない……なんぞ、大人の意思を感じるなァ。んで且つ、操ってンのは場の状況が見えてねェ奴かね。

 

「梓さんっ! 第二波来ますわ!」

「はえーな。そんな簡単に使えるモンなのか、儀式魔法ってな」

「いや、それなりの準備期間を要するはずだ。触媒の再設置もしなければならないし……すまん、もう少しかかる。防御は頼む」

「そりゃいーンだがよ!」

 

 撃つ。

 一瞬こちらをちらっと見た背中メッシュが、雷の防壁で俺達を守ってくれる。そのまま着地した背中メッシュは──。

 

「仕事、終了」

「動かないってこた動かなくていいってか」

「戦力にされたら、ごめん」

 

 自分から食らいに行きやがって。

 だがまァ、時間は十二分に稼いでくれた。

 

 ガチン、と。ロティスがミニドラゴンの縄を外す音が聞こえる。

 

「オッケーだ。お嬢! 2人担いでこっから出るってなどうだ!」

「それは推奨しない。少なくとも儀式魔法によって2人の体には硬直という悪影響が出ている。つまり、魔法の一部に組み込まれかけている。それを無理矢理引き剥がそうものなら──最悪、魔法が暴発してこの里が吹き飛ぶだろう」

「魔法陣の安全な解除方法ってなエデンじゃ教えてねェのかよ」

「始めたものは、最後までやり遂げる」

「しっかりと完遂させること。それが最も安全な解除方法だ」

 

 完遂させる、ねェ。

 血が円錐状になって、それがドリルみてェに落ちてきて、壊したり防いだ場合、血液を浴びた者は体の自由を奪われる──ってな魔法じゃねェってことか? 

 そもそも本来の目的は何だ。

 このチビドラゴンに血液浴びせることか? それとも殺すことか?

 

 "磔の子を眠らせ"、の一文から──チビドラゴン操って暴れさせて、それを俺に殺させる、ってなが筋書な気がするンだけど、予言ばかりを気にしてたって仕方ねェ。

 つか完遂するまで永遠行われ続けるってどんな魔法だよ。どういう……そうだ。

 

「どういうリソースだ? どんな形でも魔法は魔法だろ? 魔力はどこから供給されてる」

「本来ならば術者と触媒からになる。だが、それらが見当たらない」

「第三波来ますわ!」

「私が防ぐ。梓は早く考えをまとめろ。フェリカはこの子を」

 

 すまねェ、なんていう前にソレが降ってくる。

 しっかりと【即死】させ、けれど降り注ぐ血が──ロティスの投げた爆弾による爆風で吹き飛ばされた。

 地面に着地し、動かなくなるロティス。

 

「そもそもなんで【即死】しねェんだ。こんだけぶち込んでンんだから、完遂だろォが完成だろォが関係なく死ぬはずなんだが」

「……もしかしたら、死んではいるのかもしれませんわ」

 

 ハ──ははァ。

 成程成程。どォやら、余程被害を広げたいらしい。

 

「チビドラゴン。──あの中にいる奴らは、大切か?」

 

 言葉が通じるとは思っていない。

 けれど、なんとなくコクンと頷いたよォな気がした。

 

「だそォだ。お嬢──誰1人傷つけずに、周囲の建物全部壊すってな」

「無論、お任せあれ、ですの。──【神光】」

 

 陰鬱で霧の濃い魔女の隠里に、神なりし光が降臨する。

 太陽を彷彿とさせる光の噴出。対となったそれは翼となりて、その羽先から幾条もの光を発する。1秒、どころではない。

 コンマ数秒だ。

 たったそれだけの時間で、金髪お嬢様は周囲の建物を破壊しつくした。

 

 ──建物から零れるは、血液。

 

「お嬢!?」

「わ、私ではありませんの! しっかり避けましたし……それに、私の光条にやられていたら、血液なんて出る間もなく蒸発しますの!」

 

 そりゃ怖いが。

 じゃァ、なんだ。すべての建物から出ている血液は。

 

 答えはすぐに出た。

 建物から流れ出た血液が、まるで滴るよォに──天へと向かっていくのだ。

 逆さに降る雨のよォに。

 どろりとした血が、天へと集中していく。

 

 わかる。

 アレは。

 否──今、家の中で()()()()()()()()()魔女たちが──触媒だ。

 

「ハ──は、は、は! それは! それは勇気があるな! 俺の前でソレをやるってなどォいうことかわからねェらしい!」

「梓さん、世界言語はダメですのよ!」

「ンなもん使う必要は無ェさ──【引力】」

 

 出来上がりつつある円錐に魔力の紐をくっつける。

 んで──引っ張る!

 

「そもそもの狙いは俺だろう!? チビドラゴンなんざ釣り餌に過ぎねェ、俺がチビドラゴンを庇う事を予測した上での魔法だ! だったらまァ、"やり様"ってな腐るほどあってな!」

 

 固定されているワケでもねェらしいそれは、引っ張られるがままに俺の方へ落ちてくる。

 見かけだけなら巨大質量だが、軽い軽い。

 もうすぐぶち当たる──というところで地面から【光槍】弐式・杭柵を出して空中に固定。更に更にと杭柵で血の円錐を囲いあげ、その血液が外に出ていかないよォにする。

 こちらの意図を理解したのか、お嬢も光条で隙間を埋め始めてくれた。それによって余裕ができたンで、てくてく歩いて倒壊した家の中に近づき──【即死】を発動する。

 

 バキン、と。

 大きな音が鳴った。

 

「ま、発想としては優秀なンだろう。この世界の今の法則となりつつある即時蘇生。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってな発想は中々できるモンじゃねェ。自分たちを触媒にし、何があったとしても必ず成功させることのできる儀式魔法さ。何度失敗したって即時蘇生で再発動するンだからな」

「……」

「ただ、まさかだったンだろう? 俺の仲間まで──あるいは俺も、会ったばかりの魔物を守らんと動くたァ思って無かった。最小限の被害で抑えようとしたンだろう。自分たちの死だけで、ってな。だぁが残念。そりゃ逆効果だ」

 

 世界が変わっても、死をツールに使うか。

 種族が違っても、死を便利なモンとして使うのか。

 

「俺はあのチビドラゴンを殺さねェ。つまり予言にあった"磔の子"はアイツじゃねェ。──なァ、聞くがよ。お前らに渡されているか? 3歩目の予言って奴は」

「……()()()()()()()()()()()()()

「あン? そりゃどォいう……」

 

 しゃがれた声だった。

 瓦礫の下。魔女らしい黒ローブに、魔女らしい尖がり帽子。それが見えた。血だまりの中で、それが。

 けど──そのしゃがれた声が聞こえた途端。

 

「聖なる言葉はここに無く。次なる場所で、歴史が作られる。──被害を最小限に抑えるつもりであったが、予言の子がそれを望むのならば仕方がない。魔女の里で起きる悲劇はこれで終わりだ。──忘れるな。甘えた選択をしている限り、被害は広がっていく一方だということを」

 

 霧が濃くなる。

 突然だ。2m先どころか、鼻先三寸さえ見えねェくらいの濃さ。

 瓦礫どころか血だまりも、円錐どころか杭柵さえも見えなくなって──。

 

 

 

「……は?」

「は? じゃない。この魔物をどうするつもりなのか、と聞いているんだ。まさか連れていくなどとは言わないだろうな」

「え──何言ってんだ、ポニテスリット。つか、動けんのか」

「動ける? ……何を言っているのだ、はこちらのセリフだ。あれだけ離すなと言った縄を離してどこかへ行って、戻って来たかと思えば小さなドラゴンを連れていて……少しくらい意図を説明して行動しろ。混乱するだろう」

「……他のみんなは?」

「上にいる。お前がいなくなった時点で魔女の隠里に辿り着くことは困難であると判断したためだ。いいか、お前のせいだぞ」

「なんで、ポニテスリットはここに」

「1人くらい元の場所にいないとお前が混乱するだろう。問題ない、この縄は上空にいるフェリカ達と繋がっている。……はぁ。それで、何度も言わせるな。その魔物、どうするつもりだ」

 

 どうする、って。

 そりゃ。

 

「……連れていくよ。なんぞ、捨てられたのか──あるいは独り立ちさせられたみてェだし」

「そうか。お前が決めたならそれでいい。で、魔女の隠里はどうする? もう一度向かうか?」

「いや、いい。あそこに磔の子はいなかった。先を急ごう」

「まさかとは思うがお前、単身魔女の隠里に行って来たんじゃ……」

「まさかと思うンなら違うよ。コイツはさっき拾っただけ」

「拾うな!」

 

 ……正直頭ン中ハテナでいっぱいなんだけど。

 どうやら俺はまた化かされたらしい、ってことで、いいのかな。

 

 ただ、ちょいと気になる。

 なんだ──"次なる場所で、歴史が作られる"って。

 なんだ、"今、渡されていないことになった"って。

 

 それじゃまるで、予言に従って歴史が動いている、みてェな。

 

「梓、行くぞ」

「……あァさ。行くよ」

 

 フクン・ティザン。

 運命の神。

 

 っとに……。何なんだ、ふーちゃんは。

 

 

 

えはか彼

 

 

 

「──よォ、チビドラゴン。何俯いてンだ。地面にゃなーんにも無いぜ。顔上げな」

 

 自分の役割を理解した途端、その子は現れた。

 銀糸を風に靡かせる少女。霧満るこの里にあっても、月光すら通さぬこの隠里にあっても、尚輝きを放つ銀の髪の女の子。

 

 この子が、夜?

 

「残念ながら──なのかはわからねェが、お前は"磔の子"にはならねェ。()()()だ。勘違いしねェでもらいたいンだが、これは俺の決定じゃねェ。夜の使徒の決定だ。俺は代走。夢幻の誰かさんだと思ってくれりゃァ良い」

 

 よくわからないことを楽しそうに話す夜。

 ううん。さっきまで夜だったのに、今はとっても──普通の子。

 

「安心してるトコ悪いが、お前さんが行くのは夜の使徒のトコだぜ。けどまァ安心しな。アレのそばにいりゃ死ぬことは早々ないよ。……この里の不死の研究はアイツにとっての逆鱗だから、とっとと霧を深める事を推奨する、とだけは言っておくかな。聞こえてんだろうその辺のばーさん達に」

 

 私は、どうして夜の所へ行くの?

 私は、何をさせられようとしていたの?

 

「この世界はどこまで行っても夢の世界なのさ。最初は違ったのかもしれねェが、もう実体が無い。実体も実態も無くなって、個人ですら誰かの眠りに接続されるよォな状況だ。俺達が生きた軌跡は、俺達より確かな奴が夢を見る事で掻き消される。()()()()()()()()()()()()。……それを悲しいと思う心はあるよ。俺はなんのために、ってな。けど」

 

 少女は話を聞いてくれない。

 こっちの声が聞こえているのに、疑問を無視して話を続ける。

 

 まるで、もう時間が無いとでもいうかのように。

 

「お前たちは、そうじゃない。あっちの世界にいない存在は──コピーになっていない存在は、"その時"が来ても此方に残り続ける。たとえこの世界が崩壊したとしても、そうでない存在だけで世界を作っていける。バーステットが遺したとびっきりの魔法は、ちゃんと残っているんだ」

 

 縄が解けた。

 そのまま、私の小さな手を引いて、その子は歩き出す。

 村の外へ。深い霧の、一度入ったら里には戻ってこられないと言われている森の中へ。

 

「いいんだ、もう戻らないから。──魔女たちよ! あまり悪趣味な実験はやめておけ! 少なくとも夜の使徒が訪れている間はな! ただ、彼女が去った時──彼女が存彪位を倒さなかったのならば! その力を借りるやもしれん! その時にまた会おう!」

「……勝手な事を」

「導く者として、責務くらいは果たすさ」

 

 霧の森の中に入る。

 一瞬で村の灯りが見えなくなって、不安になる。けれど。

 

「大丈夫。俺がちゃんと、連れて行ってやる。ははっ、命の気配とか言ってたっけ? そんなものがなくたって、この霧は法則通りに進めば簡単に行き来できるのになぁ」

 

 問う。

 声の出ない口を開いて、意思を伝える。

 すると彼女は「ン?」と──楽しそうに笑って、振り返って。

 

「自分は何をすればいいのか、って? 好きな事をすればいい。大丈夫だよ。お前が思っているより、世界は広いし、アイツは優しいから。──勿論俺もな! 全部が終わって、アイツが目覚めたら。また会いに来る。それまでお別れだ」

 

 銀色の髪の少女はそこで止まる。

 何もない場所。けれど、どこかで、かすかに、声が聞こえる。

 

「少しだけ、おまじないを教えてやるよ。声に出しちゃダメだぜ? けど、誰かが──ああいや、アイツがよくわからねェ言葉喋ったら、心の中で思うんだ」

 

 頷く。

 言葉は通じないから、体で。

 

「──それは夢に寄り添う導きの英雄譚」

 

 少女の体が薄れていく。

 霧のように。ガラスのように。

 

「──私はあなたと共に生きる」

 

 それが、最後。

 靄になって消えていった少女を目で追って、空を見上げれば──そこにはいつも通りの深くて白い霧。

 そして。

 

 

「……は?」

「は? じゃない。この魔物をどうするつもりなのか、と聞いているんだ。まさか連れていくなどとは言わないだろうな」

 

 なんだか、気の難しそうな女の子が、さっきの銀髪の子……によく似た、恐ろしい程の死を纏う夜を叱っていた。

 ──"お前が思っているより世界は広いし、アイツは優しいから"。

 彼女の言葉が脳裏をよぎる。

 

 確かに、夜を叱れる子がいるなんて、思いもしなかった。

 夜が素直に叱られているなんて、思いもしなかった。

 

「お前さん、名は? 俺は梓。梓・ライラックっていうンだ」

「……」

 

 名前。

 そんなものはない。あの里に名前のある存在が1人でもいただろうか。おばば、長老、里長、爆発、禁忌。あだ名で呼ばれる者は沢山いたけれど、名前なんて聞いたことはない。

 名前は危ないから、だった気がする。

 名前は契約に使われてしまうから、と聞いたことがある気がする。

 

 だから私の名前はない。

 

「無ェのか。じゃ、今からお前はチビドラな痛った!?」

 

 気に入らなかったので尻尾で殴ってみた。

 でも私がする必要はなかったらしい。さっき夜を叱っていた女の子が、同じく拳を振るっていたから。

 

「拾ったのならもう少しまともな名前をつけてやれ」

「だ、だからって殴るこたねェだろ!? こっちのポニテスリットはちょっと過激が過ぎる……」

「お前の知る私、とやらに興味が無いわけではないが、恐らく我慢に我慢を重ねた結果、手が出ていなかっただけだろう。こちらの私は自制が利かん。納得が行かなかったらちゃんと殴るぞ」

「……えー、じゃあ」

 

 あの子の顔をした夜が、あの子の笑みでこちらに振り返る。

 

「エイトス。意味は、出発点だ」

「……ふむ。まぁ、いいのではないか?」

 

 エイトス。

 名前。

 ……まぁ、良い。そう呼ばれてやらんでもない。

 

「お前は死の気配が一切しねェからな。俺からしたら癒し極まり無いよ」

 

 貴女は、夜の気配しかしないくらい恐ろしいけれど。

 言葉は出ない。発声器官がない。

 

「今度念話も教えてやるよ。何、すぐできるよォになる。そォしたら言葉も喋れるよォになンだろ」

「案外魔物の方がお前より物覚え良いかもしれんな」

「否定しねェ。去年の事言われてもなーんにもだし」

 

 けらけら笑う夜……梓。

 

 ──それは、夢に寄り添う導きの英雄譚。

 ──私はあなたと共に生きる。

 

「んじゃ、戻ろうぜ。この霧の感じ、多分完全拒絶だ。もう入ってくんなっつってるよ」

「もう、という事はやはりお前、1人で行ったな?」

「さァて、どうだろネー」

 

 上昇していく2人の少女。

 夜が、梓が、こちらにてを差し伸べた。

 

「行くぜ、エイトス。外の世界へ」

 

 私は、その手を──。

 

 

 

 ──噛んだ。

 

 

「あまり懐かれていないようだな。ん、なんだ。私の方に来るのか。いいぞ、連れて行ってやる」

「……俺昔からなンだよなー。動物に好かれた試しがねェ」

 

 そんなに夜を纏っていれば当然だと思うけれど。

 

 そんなこんなで、私の新しい生活が始まるのでした。

 

 

 

えはか彼

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