「帰省を?」
「はい。少し国の様子が気になりまして」
「……それは、私もついていっていいものなのかな?」
「隊長が? ……別に構いませんが」
「との話ですが」
「え、隠れて聞いてるって状況わかってます? 声出したら普通にバレるってわかんないんですか?」
「お言葉ですが、母様。母様にとっても関係の無い話ではないと思い、わざと声を出したのです」
「やめてくれませんか!?」
「なら、引率が必要だろうな」
「いつの間に!?」
そんな話があって。
無理矢理失踪した梓・ライラックとは違い、正式な手続きをした上での小旅行……ジパング、あるいはヒノモトへの5人旅が決定した。
割と。
秘密裏というか、それなりに血腥い事をする予定での帰省だったために、気の引ける部分はある。が、メンバーを考えるにした所で何を言う奴もいないだろうと思いなおせる。
「しかし、このタイミングで帰省という事は……カネミツさ……カネミツ。もしや、殿のことで?」
「ああ。恵理須では終ぞまみえる事はなかったが、ミチサネ様の世継ぎが表舞台に出てくる頃合いだ。──お前も気になるだろう、元姫」
「余計な気遣いっていうんですよソレ。はぁ、こんなヘンな世界にとはいえ、ようやくゆったり学園生活が楽しめるかと思えば……」
「母様。私は母様と旅ができて、とても楽しいです」
「聞いてないです」
「忍軍の頭領としての言葉を発するのならば、忍軍は完全にヒノモトから撤退した。ゆえ、国に残った侍衆の動向は気になる。頭領たるカネミツもいなければ、参謀たるナリコもいない。そのような侍衆に果たして何ができるのか」
「それこそ余計な世話だがな。──侍衆など、ほぼ全てが死んだのだ。それを叩き起こしている時点で奴らは妖魔同然。出会い頭に切り伏せてもいいくらいだ」
「騒ぎになるのでやめてくださいね!」
面白いものだ、とは思う。
忍軍の頭。ヒノモトの姫。侍衆の頭領たる己。
それがこうも歩を揃えて帰省、などと。
そういう意味では、単なる民衆の1人である教師えるるーと、本当に何の関係も無い隊長ヴェネットは肩身が狭いのではないだろうか。
こうして盛り上がるのもヒノモトの裏の話であるわけだし。
と思って背後を振り返れば。
「えるるーさん、あの人とはどこまで行ったんだい?」
「な、なんのことだ」
「とぼけなくてもいいよ。ふふ、社交界では結構有名な話でね。あの。あの、冷静沈着な完璧メイドさんであるローグンさんの下に、ついに春が、って」
「……アイツ」
「ちなみに情報の出所はカンザキさんだ。世界一口が軽い事で有名なあの方にそんな話をしたらどうなるか。わかりやすいだろう?」
「……今度エミリーに激辛ソースでも食わせるか」
「ぷっ、おいおい、母親の不始末を娘に背負わせるのかい? 良いね、一口噛ませてほしい。演技は得意なんだ」
何やら恐ろしい話をしていたので聞かなかったことにする。
EDEN……国家防衛機構たるEDENが消えた世界であるゆえか、人々の関係性の線というものが非常にわかりづらくなっている。知らないところが繋がっていたり、あるいは繋がっていると思い込んでいたところが繋がっていなかったり。
自らの横を跳ね回る姫もその1人だ。
そも、いるとは思っていなかった。無論己とてエデンには通園していないのだが、母国であるヒノモトが崩壊していないこの世界において、自分たちはエデンに来る意味がない。
教師えるるーは除外する。元からヒノモトに興味の無かった人だから。
ただ、姫は。ユノンは、その実態こそ奇々怪々であるとはいえ、ヒノモトの崩壊さえなければあちらにとどまっていた可能性の高い人物だろう。殿であるミチサネ公が死んでおらず、妖魔の心配もない。己がエデンに着いた頃には当然のようにいた彼女に思う所は沢山ある。
……そして、その隣を並走する彼女の娘、ユクナも。
そもそもの話だ。
この2人の関係性……赤子と魂を入れ替えた、というげに恐ろしき話は、シエナ、あるいはポマネイ・リコなる存在ありきの話であったはずだ。
それが何故、こちらでもそうなのか。
「む……熱烈な視線。なんですか、侍衆の頭領さん。何か用ですか」
「特にはない。しかし、良かったのか、と思ってな」
「何がですか!」
「騒ぎになるからやめろ、と先ほどお前は言った。だが、姫たるお前が戻れば必ず騒ぎになろう。顔も隠さず国入りする気か?」
「え、何言ってるんですか頭領さん。密入国に決まってるじゃないですか」
……決まってはいないと思うが。
まぁ、忍軍がなんとかするのだろう。5人での帰省とは言ったが、後方をぴったりとくっついて走ってきている忍軍の存在は捉えている。
奴らが恵理須のことまで覚えているかどうかはわからないが、忍として忍軍の頭に付き従うことに疑問はないだろう。
「手続きを踏まないと言うのなら、入国は少し待て。私と隊長、えるるー教師が入国したあと、北の墓場からお前たちを手引く」
「いえ、お構いなく。忍軍には忍軍のルートがありますので」
「そうか」
今はもういがみ合う仲ではないが──やはり相容れぬか。
仲良しこよし、は柄ではないのだ。
「そういえば、ヒノモトにもダンジョンがあったな。後で行かないか?」
「えっと……えるるー先生、もしかしてそれ私達に言ってるんですか?」
「そうだが。……なんだ、その目は」
教師えるるーは恵理須の記憶が無い組だ。
ゆえに、この提案は恐らく本当に純粋な心での誘いなのだろう。
が。
「お言葉ですが、母様は大衆に顔が割れている身。ダンジョンに入るには手続きを必要とします」
「だから、夜にでも行けばいいだろう。何も真昼間から行けと言っているわけではない。こうして私がついて来たんだ、課外授業としての体裁を少しでも保てば、単なるサボりではなく意味のある小旅行に変わる。嘘は吐けんが誇張はできるからな」
「それってもしかして、内申点くれるっていうことですか?」
「そう言っている」
目を輝かせるのは姫だけだ。
他は別に学園に通っているわけではないからな。
ただ──。
「隊長」
「ああ。こっちのを確認しておく、というのは良い事だと思う」
死の世界に繋がっているダンジョンを探す、というのは、梓・ライラックのいない今、私達のやっておくべきことの1つだ。
超高速移動のできるクロムクラハが各所の伝達役を買って出ている今、ここで何か見つけることができれば、遠く離れたところにいる梓にも伝えられることがあるかもしれない。
「【凍融】は、使わない方が良さそうだね」
「私は普段から【飛斬】を使っていますが」
「君のは判別しにくいからね」
それを言うなら【光線】も判別しづらいはずなのに、姫が使っている所は見ない。
何かあるのだろうか。
「そろそろですね。母様、こちらに」
「あー、ダンジョンの件は、文か何かを飛ばしますから、それまで保留で!」
「そうか、わかった」
瞬時に消える2人。
速く跳ねただけだ。だが、つい先ほどまで踏んでいた木の1つすら揺らさずに消えるのは流石だと思う。あればかりは忍軍の身ごなし。侍衆である己らに真似のできることではない。
……後ろにいた忍達も消えたな。
「では、隊長、えるるー教師。そろそろ歩きましょう」
「どうしてだい? ジパングはあまり飛行魔法の使い手がいないとか?」
「ヒノモトには対空防衛機構……無人の絡繰りがあるのだ。妖魔……あー、エデンでいう魔物の中でも、飛行能力を持つ妖魔がこっちは多くてな。昼夜問わず出てくるものだから、そういう仕組みが造り上げられている」
「それは……誤射とかないのかい?」
「毎年あるな。瓦版に"今年も旅行者、絡繰りに誤射され憤怒"なんて記事があがる」
「国民にとっては苦笑いで済む話ですが、時折カンカンに怒る者もいます。それで面倒ごとを起こす者も。今から手続きをしにいくというのに、関所の者に面倒がられてはこちらとしても面倒でしょう」
「成程……」
あの絡繰りは無駄に精度がいいからな。
人間大のものであっても、的確に頭蓋を撃ち抜いて堕とす。即時蘇生があればこそ、か。
「さぁ──見えてきました。一応言っておきましょうか。ようこそ、隊長。我らがジパング──ヒノモト国へ」
崩れていない城。国。
廃墟、あるいは幽霊屋敷などと揶揄されても仕方がない程にボロボロだった国は見る影もなく。
そこには──美しき黒白があった。
「と──頭領!? な、何故……じゃなくて、帰って来るなら言ってくださいよ!」
「壮健そうで何より。ストク、全隊に連絡を」
「いや、いい。今日は単純な帰省だ。やることはあるが、私1人で問題ない」
懐かしい。
何もかもが、懐かしい。
国の北方にある屋敷が侍衆の拠点だ。その周辺に点々と個人宅がある。南方には忍軍がいる。侍衆の拠点が北方にあるのは、主に北方から強力な魔物が来るため。この世界ではあまり意味の無い立地に思えるが。
「ユアサジはどこだ?」
「ああ、奴ならまだ地下牢ですよ」
「未だ治ってはいない。殺せ、殺せと。──口枷をしていなければ、自ら死を選ぶだろう。而して死なず。血をまき散らすばかりの公害となる故、牢にて座させた」
「そうか、わかった。私はユアサジと話をしてくる。誰1人入れるな。鼠1匹とて、だ」
「へい、わかりやした」
「ご存分に」
変わらぬ2人への挨拶も少なく、地下へと降りていく。
教師えるるーと隊長は今観光中だ。40年ぶりのヒノモトと、初めてのヒノモト。どうか心ゆくまで楽しんでほしい。こちらのすることに関わることなく。
さて──コツ、コツと。
音を立てて、降りていく。
騒いでいる気配は無い。私に気付いたか。
「久方ぶりだな、ユアサジ」
冷たい地下牢。狭い狭いそこに──その鎧武者はいた。
戦時下でもないというのに鎧に身を包み、怒気の混じる呼気を荒くする者。
「夢は覚めたか」
「……頭領、カ」
「そうだ。私だ。……再度聞く。夢は覚めたか、ユアサジ」
刀を抜く。
格子はそこまで密度がない。
バキッ、と口枷を噛み砕いたユアサジは──私に、その薄暗い目を向けた。
「まだ、ダ。有り得ヌ……この身は、死んだ、はずダ。死に、死にきれズ……式鬼としテ彷徨い続けタ。恨み。憎み。苦しみ。忘れてはおらヌ。──平和など。有り得ヌ」
ユアサジは侍衆の中でも特に身内意識の強い奴だった。
だが、件の会合の中で死に──その身を妖魔に落とす。落として尚、その殺意は留まる事を知らず、ナリコに封印される形で式鬼となった非業の者。
他の式鬼が式鬼に死した侍衆の魂を宿らせたものであるのなら、ユアサジだけはユアサジの体を式鬼で封じ、操っているモノ、になる。
その術者たるナリコがいない。
となれば──ユアサジをコントロールする者がいない、というわけで。
この世界にあっても、ユアサジは魔物として自身を律せず、暴れ、苦しみ、死にたがっていると。
なまじ理性があるだけ哀れだ。苦しみと殺意と怒りがあるにもかかわらず、民衆を傷つけてはならぬという理性が自身を制している。それは自殺という形で、あるいは殺害懇願という形で現れ、それゆえの拘束だ。
縛りつけ、口枷をつけていないとすぐに死んでしまう。
それでも生き返るのがこの世界だ。
この世界は死にたいものを死なせてくれない。
「死にたいか、ユアサジ」
「無論──既に死した身──無様に生きさらばえるなド、有り得てはならヌ」
「2つ、方法がある」
格子に鎧がぶつかる。
詰め寄って来たのだ。
「頼ム……どうか、どうか、どうか殺してくレ。気が狂いそうなのダ。否、狂っていル。頭領。術があるというのなラ──頼む」
「1つは、私の仲間である梓・ライラックという者。それが行わんとしている革命……世界にかけられた即時蘇生という名の悪夢の解除。これが成功することで、お前は素直に死に得るだろう」
「できる、の、カ。そんなことガ……」
「可能だ。奴ならば、必ず成し遂げる」
「……耐え、忍べト」
「1つ目の方法であればな」
ただ、奴はわかっているのだろうか、とは思う。
即時蘇生があるからと死を気にしない世界。
ならば、突然。何の報せも無しにそれを解除した時──どんな地獄絵図ができ上がるのか。
ユアサジだけではない。
何も知らない民草たちも、相手に魔法をぶつけ合う
そこにどんな悲痛が訪れる。そこにどんな悲嘆が、苦痛が、慟哭が訪れる。
奴がそれを考慮していないとは思わないが……さて。
「2つ目は、ナリコをこちらに連れてくる事だ」
「コチラ……?」
「ああ、なんだ。お前はわかっていなかったのか。そうだ。そもそも此処は異世界。実感は湧かないだろうがな。死したお前が生きているのはそれが理由だ。死しても尚蘇ってしまうのはそれが理由だ。ナリコがいないのも、それが理由だ。私達は大規模に転移させられ、お前は単なる再現映像として蘇った。お前の怨恨。お前の悔恨。お前の憎悪。お前の正義。全てがお前の基になったユアサジという男の再現でしかない」
「……頭領、頭でも、打ったカ」
「冗談を言える余裕があるのか。……いや、成程? お前わざと狂っているな?」
「……!」
狂いたくて狂っている。
狂えないから。何故狂えないのか。
……まさか、この世界で言う死とは……狂気に陥ることさえも、なのか?
一瞬でも正気を失ったのなら、正気に引き戻される。即時蘇生──いや、まさか、だが。
「普通に話せるのなら普通に話せ。聞き取り難い」
「……ああ」
「ふん、役者にでもなったらどうだ。新しい道として紹介してやる」
「要らぬ。儂は……死にたい。どうしたら死ねる、頭領。梓とは誰だ。儂は……死んだはずなのだ。わからぬ。狂えぬ。だが、この記憶は何だ。儂は死んだ。確実に死んだ。……だというのに、生きている。頭領。先ほどの話が真実だとして、ナリコとは誰だ。その者ならば、儂を殺し得るのか?」
「一度に多くを喋るな莫迦者。ふん、悪癖も変わっていないか。狂うフリはさぞ楽しかったと見える」
ナリコがコイツを式鬼にしたとき、言葉を制限したのは英断だったな、と。
「ナリコは妖魔だ。だが、我ら侍衆の参謀でもあった」
「……頭領、頭でも、打ったか?」
「奴は強力な術を使う。お前を世界の終わりの時まで眠らせておくこともできる」
「世界の、終わり」
「先に言った梓──奴は即時蘇生の仕組みを解除するだけに飽き足らず、この世界を壊すつもりだ。この夢幻をな」
「……」
さて。
牢を斬る。狂っていないのならばいいだろう。拘束も口枷も、ユアサジに刃の欠片も届かせずに切り落とし、自由にする。
「ショウモンが泣くぞ」
「何故だ」
「牢を直すのは奴の仕事だからな」
「ああ。まぁ、いいだろう。特に私が何かを被るということはない」
というか、散々壊しまくっていたのはお前なのだろう。
「して──なんだ。儂を自由にした理由は。ナリコとやらを喚ぶのに必要なのか」
「特には必要ない。ユアサジ。今でも死にたいか。今すぐに死にたいか」
「無論だ。何度も言わせるな」
「──お前を蘇らせ、世界に苦痛を強いた神を殺してからでは、遅いか」
刀を向ける。
ユアサジ。
十二分な強さを持つ此奴をみすみす手放すのは──惜しい。
「神を、殺す?」
「そうだ。神がこの世を強いている。神がこの世を陰らせている。私はその神を斬りたい。ゆえに手を貸せ、ユアサジ。私にとって貴様は死して蘇った妖魔でしかないが──その腕に衰えがない事だけは信じている」
亜空間ポケットから刀を1本取り出す。
放って投げれば、しっかりと柄を取るユアサジ。
「神とは、どこにいる」
「まず──この国に、1つ」
「ほう」
刀を向ける方向はユアサジから反転して、南西方向。
私が国の様子を見に来た理由。
さて──国家転覆は、どのような罪に問われるのやら。
「で、誰なんですか。お殿様が見初めた私以外の相手、って」
「現在調査中です。ただ──恐らくは、ヒトではないものである、と」
「あー、やっぱりですか」
あのお殿様はどこか禁忌に惹かれる性質でもあるんですかねー。
私然り、新しいお姫様然り。自身が魔物になったことだって、そういうことな気もしますし。
「どうなさいますか、姫」
「どうもこうもないですよ。私は忍軍の頭ではありませんし。騒がしい事は侍衆の方々がやるんじゃないですか?」
「静観、ですか」
「ただ……民草の方々の避難は一応させておくべきですねぇ。死んでも死なないこの世界なら要らない気もしますけど、それを覆しかねないのがカネミツさんなので……」
「姫様が……他人の心配を?」
「有り得ぬ……頭、この方は実は偽物なのでは?」
「普通の方であればご成長なさいましたなぁ、なのですが、あり得ません。頭、姫はどこですか」
「ぶっ殺しますよ」
全く、忍軍は騒がしくていけません。
お殿様の騒ぎがあった後からエデンにも忍軍が立ち入るようになりましたが、やれ「流石姫様空気が読めない」だとか「これでこそ姫様他人のことなんかどうでもいい」とか……他の人には聞こえないように、且つ姿を見せずにささやいてくるのが本当にタチ悪い。これいじめられてませんか私。
……とりあえずまぁ、えるるー先生とヴェネットさんだけでも退避させないと。あ、いや、えるるー先生だけでいいですかね。ヴェネットさんは魔法使えるみたいですし。
魔法。
ここでいうそれは、ライトレーザーとかそういうのじゃなくて──【光線】とか【凍融】とか、元の世界で言う魔法のこと。
一度奪われたので使えないはずなんですけどね。
何故か、私にも使える、と。
まぁ使ってないんですけど。こっちの魔法の方が使い勝手いいですし。
「手配は任せました。私はちょっと、お殿様に会ってきますよ」
「……危険です、母様」
「この世界に危険なんてないでしょう。死んでも即蘇る──甘っちょろい世界」
「ですから、危険なのです。囚われた場合、どこに戻る、ということもできません」
「戻ってこなかったら攻め入ればいいじゃないですか。いえ、どの道侍衆が多分一斉蜂起するので問題ないと思いますけど」
少しばかりの準備運動。
梓さんは勘違いしていましたけど、実は私忍者なんですよね。
忍者のコスプレをしている忍者じゃない娘──をコンセプトに学園生活してたので勘違いして当然なんですけど。
そもそもの話、忍軍を立ち上げたのが私のお婆ちゃん。ですから母親、私と、なんらおかしなこと無く忍を継いで──私の代で、私はユノンになりました。
子を産んでから突然痴呆を患ったが如く言葉も発せなくなった
悪い事をしたなぁ、という自覚はあります。
でもそのために近づいたわけですし、そのために産んだわけですし。
外道外道ってよく言われますけど、お互い様でしょうとしか。
話が逸れました。
だから、まぁ。
短い間でしたが、私は忍者だったんです。生まれてから結婚するまでの間。凡そ16年くらいですかね?
忍者だったので、忍術が使えます。といってもこれは魔法の類ではなく、埒外の筋肉の動かし方、とでもいうべきもの。
普通の人より高くジャンプしたり、速く走ったり、それだけ。
それだけで──他の人より、凄い事が沢山出来ます。
「じゃあ、行ってくるので。多分お城壊れるんで、周辺域に、主に小さな子とかは近づけないようにしてくださいね」
「また姫様が他人の心配を……! あぁ神よ、この世はどうなってしまうのですか!」
「ぶっ殺しに行くんですよ」
お殿様が、私とナリコさん以外に好意を寄せるワケないじゃないですか。
知ってるんですよ。
私がどれだけお殿様の求愛を受けてきたと思ってんですかって話ですよ。
「とはカッコつけたものの、やっぱりブランクが凄いですねー」
天守閣。
その上に座って独り言ちる。
ヒノモトは元から風の強い国。周囲に遮蔽物が無いことと、背後に山があること。この地形から横風山風がビュウビュウ吹き荒れる。
この小さな身体だと簡単に吹き飛ばされそうになるのだ。
吹き飛ばされること自体はいいんですけど、上り直しがダルいです。
あと間違えて咄嗟に魔法でも使おうものなら台無しですし。
「さーてと」
お殿様の部屋は天守閣……にはありません。
1つ下の階ですね。なのでここに来た意味はお殿様に会うためでなく。
「お姫様に、ご対面──っとわわっ!?」
突き出された刀をギリギリで避ける。
いえ……避け切れてないです。頬に傷がつきました。
「何者かと思えば……ユノン姫か」
「あー、侍衆の声の大きいお爺さん。ここで何してんですか?」
「妖魔狩りだ」
「妖魔?」
こちらを傷つけたことなど何にも悪びれず、普通に雑談を……いやこの人苦手なんですよねぇ。
なんというか、現実をちゃんと飲み込めてしまう所が。
今だって、本来はあり得ないんですよ。
消えたはずのユノン姫が忍者装束で出てくる、なんてこと。
まぁ侍衆が城の天守閣にいるのもおかしいんですけど。
で?
妖魔とな。
「──ク」
おや、特徴のある笑い声。
少しばかり声色は違いますが、これはこれは。
「ナリコさん?」
「──クク」
狐面をつけた和装の女性が、そこにいました。
「──ク。時にお前たち、嫌な予感、というものを信じるか?」
「はい。予感というものは、これまで経験してきた事柄から脳が演算する予測……未来予知の類ではなく、全ての観測結果であるとされています。ゆえ、嫌な予感というものは存在します」
「私も信じる側よ。でもまぁ、嫌な予感がしようがしなかろうがやるしかないときに限ってそういうのって来るから、どうしようもないのよね」
「ククッ──いやな。まさか、まさか、だ。まさか──吾が1番とは思わなんだ」
楽しそうに。
あるいは面倒臭そうに笑う、ナリコの背後。
そこに空間が開く。
斜めに、一文字に。
まるで──切り裂かれたかのように。
「──【亜空】!?」
「ナリコさん。下手人がわかっているような口ぶりですが」
「ククク──何、この荒っぽい手腕は、うちの頭領ぞ。では行ってくるゆえ──土産は何が良い?」
「あちらの世界にしかない美味しいものなどあれば」
「夢の世界から持って帰ることできる? できるなら、魔物が食べられるこっちにはないお肉の類を」
「ツッコミ無しか。つまらんなぁお主ら」
開いた空間から手が伸びる。
それは的確にナリコの首根を掴み。
「──休暇は終わりだ、ナリコ」
「あと3か月ほど休んでいたかったのだが」
「ならん。来い」
「ク──承知」
ナリコは腕と共に──空間の裂け目に消えていったのだった。
「ああいうの、どう思う?」
「怖いですね。私は長い間迷宮の主をしてきましたが、ああいう上司になっていないか心配です」
「私はなってないわ」
「なっている、と。群れの皆様からお便りをいただいております」
「それ送ったの誰? お仕置してやるんだから」
今日も。
始の点は、平和である。