「おーい、お嬢、ポニスリ、大丈夫か?」
「それはこちらが言いたい事ですのよ梓さん! まったく、私達がどれだけ探したと……」
「いやすまん、上階でキラキラツインテと魔法の勉強しててよ」
「ほう? 何か進展があったのか?」
「あァさ。ちったァ強くなったぜ、私ァ。ま、お前らの足元にも及ばねェが」
……一瞬、試されるんじゃねェかって聴力の強化をしたが、二人はそんなことしてこなかった。あの班長のせいだ。調子乗った事いうと試されるんじゃねェかって身構えちまうのは。
魔煙草を取り出して、吸う。ふぅ、不味い不味い。余計な魔力使っちまったからな、回復しねェと。
「なるほど、部分強化ですのね。それならば確かに、今までよりは強くなれたかもしれませんわ」
「だが、それだけでは無理だぞ、梓。この先は……今までの比ではない」
ここは第二の休憩地点。
第二にして最後。つまりこっから先が、最深部周辺って奴だ。今までのも十分ヤバかったが、俺が相手したのはこいつらに殲滅された撃ち漏らしと、キラキラツインテに見逃された奴だけだからな。これ以上、なんだろう。
まったく、国の奴らは知ってんのかね。
ンな危ねェもんがわんさか湧いてる迷宮が、自分達の頭上にある、ってコトを。……あァいや、迷宮の化け物は迷宮外じゃ生きられねェんだったか。だが、あのヘビだのトカゲだのは固定湧きって感じしなかったよな。普通にいる化け物って感じだった。
そう考えりゃ定期的に掃除しねェとダメって理由もわかるか。上の弱い奴らを追って、あんなのがわんさか出てきたら大変だ。まァ上の弱いのでも魔法少女以外なら簡単に殺せそうだが。
「引かないんだな」
「あァさ。私ァ踏破するよ、ここを」
「部分強化程度で調子に乗るな、と言いたい所だが……いいだろう。ここから先は、私達も余裕がない。お前を守りながら、というのは厳しい。だから、自分の身は自分で守れ。あるるららさんのことだ、そのための技術を教え込んでくれたのだろう?」
「大正解」
「おォ、防御方法をな。教えてもらった」
「なら、いい。フェリカも私も、前に集中できる」
「ええ──ここから先は、至難にして至高。一度は攻略された迷宮なれど、倒れていった魔法少女は数知れず。迷宮の材質も変わるので本気を出しても問題ない──最上の修練場ですわ」
へェ。そーなのか。
確かに今までは、迷宮を壊しちゃいけねェからセーブしてたんだったな。
……ポニテスリットや金髪お嬢様の攻撃に耐え得る材質が使われてて、そこに住んでる化け物、か。そりゃまァ、強いんだろォな。
「梓さんの死んでほしくない、死にたくない、という思いは受け取りました。けれど、はっきり言います。無理なものは無理ですわ。貴女を守る事を含めて──この先、私達は必ず死に至るでしょう。ですが、もう逃げてくださいとも、帰ってくださいともいいませんの。ですから」
「あァさ、一緒に戦わせてくれ。そこばっかりはそっちの懇願じゃなくて、私の意思でよ」
「……一緒に戦ってください、と。格好つけようとしたんだろう、フェリカ?」
「梓さんってたまにノリというものを理解してくれませんわよね……」
いんやさ、俺だってカッコつけてェのさ。
よく被るだけで。
「じゃあ、私はここまでかな」
「ん。そォか。ここまでありがとうな、キラキラツインテ」
「うん。君達が誰一人死なずに帰ってくる事を、中央塔で祈って待ってるよ」
「死ぬと思ってンじゃねェか」
蘇生してくる前提じゃねェか。
「またね」
言って。
キラキラツインテは、ふわーっと浮かんで、天井に吸い込まれるようにして消えて行く。
……【透過】、ずりィな。
「【透過】ってずるいですの……」
「ま、彼女にも私達の魔法をずるいと思う事はあるだろう。得意不得意はそれぞれだからな」
その通りなんだがよ。
いやでもずりィだろ。どこでも行き放題って。
「気を取り直して──魔力回復も十分ですわね?」
「ああ。問題ない」
「おォさ、行けるぜ」
「では──行きますのよ、迷宮の最奥!」
やべェやべェと噂の迷宮最深部周辺。
攻略開始、ってな。
やっべーわ。っぱねー。
「ミサキさん! 後ろですの!」
「分かっている──くッ!?」
「止まりゃこっちのモンさ! って、オイ避けんな!」
「逃がしませんの!」
速い。何だってんだってくらい速い。視覚強化は意味ねェってわかった。遅くなった世界の中でも自動車くらいのスピードで向かってきやがる。あとお嬢がその中でも更に速い。見えねェくらい速い。
その上で、凄まじい威力の攻撃だ。ポニテスリットが大半は防いでいるが、しっかり押されてる。力逃がして壁に叩きつけさせたりもしてるみてェだが、そん時の音が尋常じゃねェ。くそでけェ鉄球同士を射出してぶつけあったみてェな音がする。アレでいて殴った側の拳が潰れてねェのもやべェ。
つか俺の銃、弾速おっせェ。化け物の速度に一切追いつけてねェ。これァばら蒔いた方がまだ使えるな。
「後方、左角! さっきの鎧騎士だ!」
「【波動】!」
「からの、ほらよ!」
強化された聴力が金属の擦れる音を聞く。口は簡潔な報告をし、手は弾丸を一つ握る。
その瞬間にはポニスリの【波動】が俺の後ろに展開されていて、鎧を纏う精神体の斬撃をガード。握った弾丸を放れば──その弾丸ごと、お嬢が鎧騎士を突き貫く。
「梓さん、もっと速く投げられますの!?」
「あァよすまんな! もうちょいいける!」
さっき開発した連係だ。俺の弾丸じゃ鎧騎士の鎧を貫けなかったンで、俺の弾丸を剣先にお嬢に貫いてもらう作戦。それでもしっかり【即死】は発動するんで、お嬢の攻撃に【即死】のエンチャントがされた、みてェな感じだ。
ただそれにァ俺の対応が必要。四の五の言ってらンねェんで腕の強化もしてある。
当然消費魔力は膨れ上がるが、【即死】の分の魔力は使ってねェ、元から込めてあったモンだからな、そこの差分でなんとか、だ。
ちょいと休憩があればすぐにフリューリ草を食べる。不味いとかの話じゃねェ、食わなきゃ死ぬんだ。
「ポニスリ、上!」
「お前の後ろもだ、梓!」
「そいつァわかってるよ!」
ノールックで炸裂弾を連発。壁や地面に向かってな。
銃弾を避けられるってンなら、避けられねェ面攻撃をすりゃいい。後ろには味方がいねェんだ、俺から5m離れてりゃどこに撃ってもいい。
頭を下げる。
「すまん、撃ち漏らしだ!」
「問題ありませんの!」
聴力だ、強化すべきは。
その音が何かを判断する前に、どこに向かってるのかさえわかりゃ避けられる。相手が俺より小さけりゃ、だが。
「謝る暇があれば戦え、梓! 敵は待ってはくれないぞ!」
「あァさ! ──お嬢、右に跳ねろ!」
「──ッ!」
落ちてきたのは、鉱石が如き拳。
ゴーレム種だ。精神体の宿った岩人形。無限に再生し続ける厄介な化け物。凍らせるとか縛り付けるとか、行動封じ以外では倒せない近接魔法少女殺し。まァ精神体系の化け物は大体そうなんだがよ。
「おら、たんと食え!」
「突き入れますの──!」
それに対し──だが、殺し得る手段を放り投げ、ばら蒔く。
銃弾。発砲ではなくただただ放られたソレを、お嬢が【神速】を用いて的確に突いていく。百突きって奴さな。百発もねェけど。
それは確実にゴーレムの体内に入る。
「ポニスリ!」
「ああ──砕け散れ!」
トドメはポニテスリットの【波動】。こういう硬い系にはめっぽう強いからな、【波動】は。無論柔らかいのにも強いんだが。
ゴーレムの体内にあった弾丸がそれぞれ【即死】を発動する。行動封じをしなければ殺せないゴーレムを──中の精神体が逃げる間も場もなく、完全に殺し尽くす魔法。
「ハッハァ──精神体が私に勝てるかよ!」
「突き入れたのは私ですわ!」
「砕いたのは私だ」
「なンでそこで対抗してくンだよ」
あァ。どうだ。おい。
戦えてんじゃねェか、少しは。
……なんて調子には乗らねェ。俺ァ今お嬢とポニスリのサポートをしてるだけだ。便利な【即死】をばら蒔いてるだけだ。
「──【即死】!」
「何を──上か!」
「助かりましたわ、梓さん! 下がって!」
殺気を感じた、なんて言ったらファンタジーかね。
さっきの鎧騎士もそォなんだが、どうにも俺ァ殺気や殺意ってモンを理解できるようになってきた気がする。いんやさ、遠征の時のアレも気のせいじゃなかったし、なんか来るんだよな。
殺してェ。あるいは死ね、っつー感情が、流れてくる。
ネズミやコウモリ、ヘビやトカゲにァ無かった感覚だ。
……知能が上がっている、とかかね?
「今のは完全に助けられたな」
「いんやさ、とどめ刺したのはお嬢だ。私ァ腕を殺したに過ぎねェ。……あー、なんだこりゃ。これもゴーレムか?」
「マリオネッタという。精神体の一種だが、コアがある分近接魔法少女でも倒し得る魔物だ」
「あァ近接魔法少女でも精神体って倒せんのね」
「当然だろう。得意不得意はあれど、我々魔法少女に倒せぬ魔物がいるものか」
いんやさ。
俺のレアリティはやっぱそんなでもないんだなー、とか。
別に落ち込んじゃいませんよ。
「お二人とも! 雑談している余裕はないですわよ!」
「あァよ! つかお嬢、しゃがめ!」
「ッ!?」
SRを大して狙いもつけずに撃つ。
お嬢には当たらねェコースだが、化け物にも当たらねェか、これじゃ!
「場所が分からずとも!」
しゃがんだお嬢が仰け反るように跳躍する。
ピンと伸ばした切っ先は俺の弾丸を確実に捉え──そのまま、背後にいた化け物を貫き殺した。おいおい、どんな反射神経してんだ。つか体のバネどーなってんだ。
足音。
「ポニスリ、背中側全面に【波動】を展開しろ!」
「っ、またゴーレムか!」
「踏み止まるな、そのままぶっ飛べポニスリ!」
ポニテスリットの後方に展開された【波動】はゴーレムの拳を受け止めている。その衝撃そのものは殺せているけれど、ゴーレム側に引く気がないんでポニテスリットは押されるしかない。が、人間の構造上後ろからの衝撃ってな前からのモンより耐え難いはずだ。だからそのまま押し出されてもらう。
その、腕。ポニスリのじゃねェ、ゴーレムの腕だ。それに触れて──【即死】させる。
背後、ゴーレムに触れてねぇ方の手で投げるは【即死】の弾丸。
「【神速】──っ!」
ゴーレムは防御をしようとした。同族の死を見て学習しているのか、弾丸を体内に入れなきゃ問題ないと悟ったのかはわからねェ。が、防御しようとしたのは事実だ。
出来なかったが。
「ははは! わからねェだろ、腕が死ぬってな感覚は! 体験したことねェだろ!」
その腕は俺が殺している。
戸惑いが見て取れる。お嬢の突きが身体に入るまでの短い間、ピクりとも言わねェ腕に困惑したまま、ゴーレムは【即死】した。
……やっぱり知性があンな。厳しい環境で生きて行くために身に着けたってトコか。
知性がありゃ、殺気も感じ取れる。
「二人とも、こっちだ! 下層への階段を見つけた!」
「ナイスだポニスリ! 行くぞお嬢!」
「っ、ええ!」
見逃さない。俺ァそういうのには聡い。
けど、今は言ってられねェ。だから行くしかねェ。
無理なものは無理?
嫌だね。
戦闘は激化する。
マトモに相手をするのではなく、弾いて生きて防御して逃げて、下層への階段を見つけるしかなくなってきた。地図なんざ見てる暇ないンで、ある程度の場所だけ覚えて方向感覚を頼りに進んでるだけだ。
地面に少しばかりの水が張ってるせいか、滑りやすい。その分化け物の歩く音は聞き取りやすいんだが、同時に俺達の歩く音も化け物に聞こえてるはずだ。聴力強化してんのは何も俺だけじゃねェようで。
「っはぁ、っはぁ……ふぅ」
「大丈夫か、梓」
「梓さん……」
フリューリ草を食う。つかもう飲む。噛まずに飲む。咽る。やっぱちゃんと噛もう。
なんだ、反応は出来てる。ギリギリだが、聴力の強化がいい仕事してる。脳の強化も。
だが魔力が足りねェ。回復においつかねェ量の敵が来るもんで、【即死】弾丸以外の……つまり通常の【即死】も求められる。上にいた大蛇みてェに、外皮のかてェ奴とか、図体のでけェ奴に、だ。
このままじゃジリ貧もジリ貧。んなこたわかってるが、どうしようもねェと来た。
「私ァ大丈夫だ。つか、見逃してねェぞお嬢。お嬢も結構魔力キツいんだろ?」
「えっ?」
「【神速】がどんだけ魔力食うのか知らねェけどよ、さっきからずっと使いっぱなしだ。私達よりもずっと長い間、身体強化と【神速】を使い続けてる」
「だ、大丈夫ですの。これくらいではSS級は負けませんのよ!」
「何強がってんだよ。ほれ、食え」
「あそっち……じゃなくて! 嫌ですの、それ不味いのでしょう!?」
何がそっちなんだ。おじさんにわかる言葉で話してくれ。
つか不味いから嫌って子供か。
「どうせ魔煙草も亜空間ポケットにしまったままなんだろ。微々たるモンだろうが、回復量は馬鹿にできねェぞ。ポニスリ、お前も食うか?」
「私は遠慮するが、確かにフェリカの魔法は発動時間が長い。その消費も激しいだろう。食べた方がいいと思うぞ」
「うぅ……うー。……でも、そうですわね。我儘は言っていられませんわ……」
フリューリ草を渡す。手に取るお嬢。
匂いを嗅いで、一瞬安心したような顔を見せる。そのまま、恐る恐る舌を突き出し、葉に触れて──この世の終わりをみた、みてェな顔をした。
「よく、これ、たべられ、ますの、ね」
「あァさ。生きるためだ。不味ィもんも苦ェもんも生きるために必要なら食える」
「……なら、私も貰うか」
「ん。なんだ、ポニテスリット。お前は割と効率的に魔法を使ってるように見えたが」
「いや、生きるため、と聞いてはな」
俺からフリューリ草を受け取り、舌を付け、やっぱりおんなじような顔をするポニテスリット。
今化け物がいなくて良かった。こんな状態の二人じゃ戦えたかわからねェ。
「……そうですわね。私達は……生かすための戦いはしてきましたけれど、生きるための戦いというのはしたことが無かったかもしれません。魔法少女は生体兵器。故に国の壁となり矛となり死兵となれ。それこそが私達でしたが──今の敵は、国に仇為すモノではありませんわ」
「あァよ、死ななきゃ罰になんねェって考えなんだろ? 今回の命令違反への罰ってなよ。じゃあ、無傷で帰って、生きて帰って、すまねェ罰になんなかったわ、つってよ、開き直ってやろうぜ」
「そんなことをすれば更なる刑罰が待っていそうだが……中々面白い考えだ。乗った」
苦い顔をしながら。
けれど、なんだか……ちょっとだけ、楽しそうにしながら。
「不味いので、もう一枚貰えますの?」
「あァさ。私も食べる。ポニテスリットは? まださっきの飲み込めてねェか?」
「んぐ。いや、今のみ込んだ。貰おう」
「強がるねェ」
意識改革になったかどうかはわかんねェ。んなことする必要があるのかもわかんねェし、俺の理念に付き合わせることもねェってわかってる。
だが、今はよ。
少なくとも死に行くのではなく、生きるためにいくんだと。そう思ってくれたみたいでよかったよ。
「んじゃ──【即死】」
「……!」
「今のは」
はっはっは、読めてきたぜ段々。
物食った後が一番隙だらけって知ってるよな、知性付けた獣なら。あァ、群れてる相手を絶望させんならそこだ。狙い目だ。そうして一匹やった後に、動揺して一緒の方向に逃げねェ散らばったのを、一匹ずつ食っていくんだ。
強い奴のやることさ。獅子の考えだぜ、そいつァよ。
「ポニテスリット、次に私が合図したら、この通路塞ぐくらいでけェ【波動】張ってくれ。強度はそんなになくてもいい」
「わかった」
「お嬢はその後ろで待機だ。神経研ぎ澄ませて、後続に来るだろう奴らを狙ってくれ」
「……それは、梓さんが前に出ると。そういうことを言いたいんですの?」
「あァさ。ここまでくれば、私の独擅場さ」
「……」
心配、って顔してるな。
まァそうだろう。俺ァさっきキラキラツインテにB級と認めてもらったくらいの奴だ。戦闘に関しちゃ素人に毛が生えた程度で、強化もそこまで上手くない。
だがよ、敵の狙いがわかるってなら、話は別だ。
数も少ない。逆三角錐だ、迷宮も狭くなってきた。ははは、俺ァ死地を前に笑う奴だったかね? なんぞか知らんが、どうにも昂揚感みてェのが抑えられねェ。
なんでか、あァ、どーにも──テンションが高い。ボルテージが上がってるってー奴だ。
「お嬢もポニスリも、私より強ェからな。私の前にいたら上手くいかねェんだ。私の強さは信じなくていいんで、私の考えだけ信じてくれ」
「いえ。信じていますわ。梓さんの全てを」
「そりゃァいいな」
言って、引き下がる金髪お嬢様。
あァ、いいな。信じられるなら応えたくなる。後ろにいるヤツの信頼に応えんのが前を進む者の役目さ。
「さァ来いよ、クソデカライオン。あァいやスフィンクスか? どうでもいいか。四角推でもねェしな」
そこに、いた。
なんぞ──ちいせェ獣をわんさか引き連れる、四足の化け物。さっきの様子見みてェな攻撃をした後から、ずっと。ずっとこっちを静観する、まァ、なんだ。
ボス、って感じの奴。見た目的に一番近いのは、メスライオンかね。鬣の無ェライオンだ。翼生えてるが。
まだ最深部じゃねェはずなのに、はは、このフロアの主ってか?
「まずは一発、ドカンだ」
発砲。SRじゃなく拳銃。
だが──この弾丸に込められた【即死】はさっき詰めた代物だ。いつものなァなァなそれじゃねェ。
死ねと。殺すと。世界を呪う想いを──殺意を込めて作り上げた、他の弾より禍々しさの増した弾丸。
それは真っ直ぐに獅子へと突き進み。
「今だ!」
ほぼ同時、俺の身体は【波動】と獅子に挟まれていた。
クソ程速い。嫌になる程重い。
だが──止めたぜ。
「すまんな相棒! 安藤さんトコでまた会える日を願ってる!」
止めた。手じゃねェ。身体じゃねェ。
背後を【波動】に任せて、SRの銃身で獅子を止めた。
一瞬だ。一瞬だけだ。もう銃身は曲がりつつある。否、折れつつある。
大きく口を開けた獅子に、その鋭い爪に。
引き裂かれそうになる身体は──しかし、【波動】の丸みに助けられる。それだって一瞬だ。耐久度を求めてねェから、すぐに破られるだろう。
絵面的にはもう、俺の身体が獅子の口ン中に入っている形だ。
「ハハハハハ! 知らなかったかよ、百獣の王! 拾ったもん食ったら腹ァ壊すぜ!」
その咥内を。
その喉を。
その頭蓋を──殺す。死ね。死ね。速く死ね。即座に死ねと。
発動する。【即死】を──今回ばかりは、あのヘビと同じく、全てに。顎の筋肉を、脊椎を、翼を、脳を、瞳を胃を頭蓋骨を腱を肋骨をいんやさ全部だ全部を全部さ殺す。
知ってるよ。プライドあんだろ。一番弱い奴殺して号令だ。俺ァ知ってんだよ。考えがおんなじだからな。
お前が来るって知ってたし、誰を狙うかも知ってたし、お前が──最後の最期まで全力を尽くすのも知ってんのさ!
「生きるためだもんなァ! ああ、そりゃ私と一緒さ!」
あの弾丸で悟ったはずだ。
コイツは弱いが、自らを死に至らしめる者だと。なれば絶対に殺す。王であることは関係ねェ。子供のためさ。後ろにわんさかいる子ライオンのために、次なる王のために、あるいは番のために。後ろに続く奴らのために、前に出る奴がすることさ。
何も無いならそれでいい。何かあってからじゃ遅い。
勝てるならそれでいい。だが、勝てねェんなら、死力を尽くす。
おんなじさ。
「だからよ、お前に何ができたのかは知らねェが──ソレごと潰すぜ!」
何かをしようとしていたのはわかる。
全身が死滅し、崩れ落ちて行く中で、けれど瞳はこちらを向いて、何かをしようとしていた。魔法の類か。精神体のようなものを放つつもりだったのか。
知らねェ。知らねェのさ。生きるために何かをするつもりだった。生かすために、多分、自分ごと俺達をどうにかするつもりだったんだ。侵入者は俺達の方だ。誰も入って来なけりゃ、誰かがどっかで諦めてりゃ、こいつらは平和だったんだ。
それを脅かすものとして。
お前を食い破って、生きて行く者として。
「お嬢!」
波打つ壁を破壊して、金色の風が俺の横を駆け抜ける。
敬意を払う。
一瞬の戦いさ。一瞬だ。お前達の築き上げたものは一瞬で崩れ去る。
だから、あァ、生きるために向かってきたお前は──俺が殺してやる。
死にゆくものでなく、死を願うものでもなく。意思のないものでも、知性をつけたばかりのものでもない。
明確に、生きるために殺す、というのなら。
「私達が! 生きるために──死ね!」
世界を呪う言葉ではなく。
俺達が進むための、障害を払う言葉として。
死ね、死ね、死ねと。散々吐いてきた言葉の中で、初めて。
禍々しくない──何か、眩しいものが生まれた気がする。世界と自己。その中に、別のものが。
「ポニテスリット! 私をお嬢の元へぶっ飛ばせ!」
「馬鹿が、誰が味方に攻撃するものか。共に行くぞ、梓!」
「あァさ!」
グン、と引っ張られる。
何かを成そうとして、けれどなにも成せずに塵となっていく王を崩して。
俺とポニテスリットは──その金色の風の中に、突っ込んでいった。
「危ないので次からはやめてくださいの!!」
「おォ、そんな怒らなくていいじゃねェか。万事上手く行ったんだし」
「もう少しで私が梓さんを斬ってしまう所でしたわ!!」
「すまねェって」
いんやさ、普通に怒られた。
どうにも本気で子ライオン共を殲滅していたらしく、そこに突然現れた俺とポニテスリットに大層驚いたそうだ。まァそォだよな。見えるモン全部殺す気でいたところに仲間が現れたら驚くわな。
「一緒に突っ込んだポニテスリットも悪い」
「お前がぶっ飛ばせ、などというものだから、何か策があるのかと思ったのだ。まさか無策に加勢に行こうとしただけとは思わないだろう」
「無策じゃねーって母ライオン殺したら子ライオンもいけるんじゃねェかって思っただけだよ絶対動揺するし」
「ならば、どのようにして加勢しようとしていたか言ってみろ」
「……そりゃ、なんだ。銃撃ってよ」
「どっちも同じですの!」
割と決戦に近い雰囲気だったんだが、ほっかりしちまった。いやさお嬢が強い強い。
俺の大一番は確かに役に立ったが、他の化け物を殲滅したのはお嬢様だ。殲滅力、ってのは【即死】じゃどーにもならんのかねェ。
「でも、梓さん。凄いですのよ。あれはアンヴァルといって、SS級の魔物ですわ。速度は私に匹敵しますの。膂力に至っては、私を超える程。それをああも華麗に【即死】させるとなると、A級も夢ではないですわ!」
「いんやさ、ありゃ状況が整ってたからだよ。平地でアレと戦ったら普通に死ぬ。だから逃げるね」
「それでも反応できたのが凄いと言っているんですの!」
「反応も何も、視力強化もしてねェからな、アレは。来るってわかってたトコに来た感じだ」
「そうだったのか? まったく、危ない事をする……」
目ェ見てわかったんだ。
コイツは俺とおんなじだって。生きるために相手を殺すヤツで、俺より覚悟決まってる奴だ、って。
なら、俺みたいに遠回りじゃなく、真っ直ぐ来るって思った。そんだけだ。
「で、これでどんくらいなンだ、迷宮は」
「あと1層ですわ! その奥が最深部!」
「おォ? んじゃなンだ、私は戦えてンのか、結構」
「戦えていると思うぞ。魔力もまだ底を尽きてはいないだろう。あれほどのものを【即死】させたというのに、だ」
「……確かに」
あれ、そォいやそォだな。
なんでだ? あんなでけェライオン【即死】させたのに、魔力は十全に近い。そんなワケねェんだけど。
……十全、っていうか。
「ちょっと、増えた……か?」
「何?」
気のせいでなければ。
十全に近い、という感覚は、上限があがったからで、元の魔力量的には十全、というか。
……なんだ、これ。
あの眩しいものが原因か?
「なんにせよ、回復したのなら良かったですの。さぁ向かいましょう!」
「ちなみに次の層でフェリカが、私は今の層で死んだ。前回の話だが」
「気を引き締めろ、って事か」
「お前は十分に戦えている、という事だ」
「へェ、ポニテスリットが褒めるのは珍しいな」
「そうか?」
「いーきーまーすーのーよー!」
あァさ。
なんで魔力が回復したのかとか、さっきの高揚感みてェな感覚はなんだったのかとか、まァ色々気になる事はあるんだが。
次と、次で最後。
──割と行けるんじゃねェか、なんて油断はしねェよ、もう。