遠吠えは遥か彼方に   作:劇鼠らてこ

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140.承斗承斗.

 ヒノモトがミチサネ公は、未婚のままに死を遂げた末代の殿である。

 ユノン姫との確執……彼女が魔法少女であったこと、そしてそもそも"その気"なんて欠片も無かったことを要因として、彼が妖魔となってしまった。それがヒノモトという国が潰え、途絶えた理由。であるからして、ミチサネ公の妻というものは存在せず、子というものも存在しない。

 

 その、世継ぎ様。

 恵理須では存在自体が無かったそれが、有死無死穏ではある。

 それが何者であるのかと気になるのは当然の性だろう。

 

「と、いう次第だ」

「ははぁ。それは確かに。正直ユアサジさんって声の大きい頑固お爺さんってイメージだったので、そうやってモノ考える頭あったんですねって驚いてます」

「相変わらずデリカシーの無い姫だ……。とはいえ、儂も混乱している最中よ。頭領に聞かされ、信じろ、余計なことは聞くな、と念押されていなかったら、信じ切れる話ではなかった」

 

 真実、というものを聞いた。

 一切合切を全て信じられたかと言えば噓になるが、信じられずとも従い、命を為すのが儂らだ。侍衆も忍軍も、在り方そのものはそこまで変わらない。

 そうなのだ、と言われた。

 そうなのだろう。

 

 そしてその──忍軍の装束を纏う姫。

 彼女のことは、少しだけ覚えている。それが"真実"の後押しでもある。

 知らない誰かの記憶。知らない誰かと話し合う記憶。知らない誰かを殺し、知らない誰かを助け、知らない誰かを憎み、怨み、死して堕ちた。

 その記憶が、儂の中には確かにある。

 

 城内外の忍軍の気配。憎き忍軍に思う。此方の世界においては、そのようなことは経験していないはずなのに──憎い。だが、こちらも相応の事をしたはずだ。

 すべての記憶が曖昧なまま──だが、儂自身が死のうとしていたことが、何よりの証左。儂は記憶が無いにも関わらず、死のう、死のうと。なればやはり、恵理須とやらは本当に合って。

 

 儂は、死んだのだ。確実に。

 

「なんですかその哀愁に満ちた目」

「……いや、なんでもない。それで──どうする。儂は殺す以外の択はないと思うが」

「それは私もです!」

 

 見る。

 

「ク──なんだ、忍軍と侍衆か。ここがどこで、儂が誰なのか。わかっているのか?」

 

 着物の女。

 狐面を着けたその顔を見る事は適わない。

 ただ、気配でわかる。

 

「妖魔が偉そうな口を利く。殿に近づいて子を成したか、さてその子はヒトか妖魔か」

「お子さんの事は正直どうでもいいです。まぁお殿様のこともかなりどうでもいいです。ですけど、見ず知らずの誰かが私の所にいる、っていうのが気に入らなくて。それで質問なんですけど、いいですか?」

「ククッ、なんだ──この馴れ馴れしい忍は。それにまだ、子供ではないか」

「あ、好都合ですユアサジさん! 知り合いかと思ったら知り合いじゃないっぽいので、殺してもよさそうです!」

「儂が言うのもなんだが、恐ろしい娘子よな」

 

 敵は妖魔。

 この世にかけられた即時蘇生なる呪いは、ヒトにしか適応されない。

 

 つまりこの狐めは、殺さば死ぬ、と。そういう事だ。

 

「問いがあると。そう言ったな」

「あ、いえ。大丈夫です。知り合いじゃないとわかった時点でどうでもいい話になりました」

「クク……良い。言え。直に城の者が来るだろう。あるいは儂が手ずから殺してやる。だが、何を問いたかったかのかは気になる。だから言え、娘」

「え、なんで上から目線なんですかこの方」

「一応、現ヒノモトの姫だから、ではないか?」

「なるほど!」

 

 何が成程だ。

 まるで初めから考慮していなかったとでもいうかのように。

 あるいは、本当に。

 

「そうだ。儂はヒノモトが姫。なれば──儂の問いには是以外を返すな」

「ライトレーザー」

 

 ユノン姫の指から、光の魔法が飛ぶ。

 警告も忠告も無しに。

 

 しかしそれは、突然現れた炎によって止まる。

 光が炎に遮られるか。

 

「ク──クク、ククク。儂に矛を向けたか、娘」

「うーん、やっぱりこっちの魔法って出力に難ありなんですよね。色々できる代わりに」

「まぁ、だが確かに。──迷う理由はないな」

 

 踏み込み、斬る。

 既のことで、とどまった。現れた炎に身を投げるところであったと──。

 

「何止まってるんですか? 死なないんだから、突撃してください。あっちでの話を聞いてこっちでの戦闘経験消えちゃったんですか?」

 

 思い、直す。

 そうだ。何を怯えている。何を留まっている。

 既に死した身。死の目を見た兵が、怪我を恐れる等。

 

「死ね、妖魔」

 

 炎に巻かれる。

 肌を焼き、喉を焼き、眼球を、肺を、手を、全てを灼いていく炎に、更に1歩と踏み込んで──刀を振り下ろす。

 

「おっと、危ない危な、」

「【光線】」

「ッ!?」

 

 更に、儂の背を。

 燃え盛り、火だるまとなった儂の背を貫くもの。

 一条の光。ライトレーザーの太さはない。激しさも無い。

 ただ──凄まじい貫通力を以て、その光は進行上の全てを貫く。

 

「カ──」

「止まる必要はないですよ。痛みなんか、一時の夢でしかありません。苦しかったら死ねばいいんです。けど今、やらなければならないことがあるのなら、進みましょう。ユアサジさん。いいえ、侍衆の方。耐え忍ぶのが忍軍なら──侍衆は、斬るものでしょう」

 

 笑う。

 こんなことがあるのか。朧げな記憶。何もしない、何もできない。何の役にも立たない、湯を飲むだけの姫。ユノン姫。それが──儂の後を押す。背を押す。否、圧す。

 踏み出す足が燃えている。

 切り伏せる腕が燃えている。

 

 妖魔の姫は。

 

「クククッ、なんともまぁ、覚悟の決まった者が来たものだ。これは、返さねば礼を欠くというもの」

 

 その尾で、儂の刀を受け止めている。

 届かぬか。

 

「意識を落とさないように。治りゆく身体を意識すること。そして、今すぐ死ぬこと」

 

 言葉通り、自らの首を懐刀で斬る。

 壮絶な痛みと共に遠ざかる意識を無理矢理掴み──こちらに背を向け、しっかりと立つ姫を見る。

 

「蘇生が終わったら加勢してください。その間、私はこの魔物を殺し尽くします」

「ク──」

 

 なんとも。

 げに、恐ろしき──姫よ。

 

 

 

えはか彼

 

 

 

「【光線】」

「まぁ待て、待て。改めて名乗ろう。儂の名はジャカ、」

「聞いてないです! フラッシャースコール!」

 

 フラッシャースコールで部屋を照らし、ライトレーザーを4本放つ事で逃げ場の固定化。

 そしてそこに【光線】を──太さと速さを変えた形で放つ。織り交ぜる苦無は2種類。毒の塗られたものと、塗られてはいないけれど返しのついたもの。

 敵の名などどうでもいい。死に行く者の名を聞いて、一体何になる。

 

 ……なんて冷静な思考をしつつ、困りました困りましたねーと心情吐露。

 人にすり寄るだけの魔物だと思っていた。だから楽勝だと。

 けれど、ここまで防御に秀で、火力もある妖魔。となれば、こちら側の火力が足りない。常套手段である話している最中の攻撃や、完全な不意打ちになる太陽神レイの魔法ですら効果が無かった。否、効果が無かったかどうかはわからないけれど、少なくとも即死を為せているわけではない。

 

 本当に。

 ほんっとうに、ずるいですよね、梓さんの【即死】って。あれがあれば、楽なのに。

 だって突っ込んでいって触るだけでいいんですから。

 

 なーんて、ないものねだりはここまで。

 

「──意外に余裕が無いな、娘子。何を急ぐ?」

「短期決戦の方が疲れない! それだけです!」

「成程、疲労は嫌か」

 

 途端、体が重くなる。

 これは……魔法? まさか、こちらの魔法はヒトにしか許されていないはず。

 魔物が使うなんて。

 

「どれ、顔をよく見せろ──っ、おっと」

「こういうことであろう、ユノン姫」

 

 無用心に近づいて来た魔物。余裕にも私の顔に、顎に、手を伸ばしたりしちゃって──そんなことしているから、斬られるんです。

 ユアサジさん。ナイス判断。そうですよ、こっちの世界では即時蘇生があるんですから──。

 

 味方ごと斬る、なんて。

 当然の戦略。

 

「そ゛し、で……油断しない、ごど、でずっ!」

 

 袈裟懸けに、斜めに断ち切られる己が身。

 正直めちゃくちゃ痛いです。けど、前の世界でも似たような経験は腐るほどあったので。

 溶かされたり、融かされたり、焼かれたり斬られたり千切られたりバラバラにされたり爆破されたり。

 いやぁ、死亡経験だけは豊富ですよ。恵理須出身の魔法少女は。

 

 なんで、いつまで意識があるのか、とか。

 どういう斬られ方なら、どこを動かせるのか、とか。

 色々知ってるんです。

 

「クッ、」

「残念──避けられません゛よ」

 

 今投げた苦無は、先に投げていた苦無に繋がっている。

 別に刺さらなくてもいいのだ。その刀身にたっぷり塗られた毒が、その一滴が触れるだけで。

 

 意識が遠のく。

 けれど、それの抱き留め方も知っている。

 

「【光線】」

「ウ!?」

 

 苦無を投げた手。指先を起点に、前後へ向かう【光線】を放つ。

 今度は確実に妖魔を貫いたそれは、私の心臓も貫いて。

 瞬間、この世界に施された神の御業が私を包む。開いた穴を塞ぐ何か。千切れた半身を繋ぎ戻す何か。まるで無数の手で抑えつけられるかのように、私と言うお人形さんが修復されていく。

 恵理須では色々な種類の死を経験しました。

 そしてこの有死無死穏では、効率的な死に方を覚えました。

 

 即時蘇生、本当に便利です。まぁ梓さんが解除しにいっているらしいですけど。

 

「【光線】」

「はァ!」

 

 私の【光線】とユアサジさんの斬撃。

 魔物を挟む形で放たれた2つは、確実にその身に傷をつけます。

 

 ……傷を、つけただけ。

 決定打にならない。

 

「ク──クク。酷い話だ。一国の姫に対して、この仕打ち。それも、国を守るべき侍衆と忍軍が」

「【光線】」

「少しは話を聞かぬか、娘子」

「お断りします!」

 

 仕方がない。

 目立つからあまりしたくはなかったけれど、こうなれば最大火力を──。

 

「双方、矛を収めよ──何をしているのか」

「【光線】!」

 

 あっ。

 つい、条件反射で。

 

 

 

えはか彼

 

 

 

「あなたは……まさか、ユノン、か?」

「あ、いえ人違いです。いきなり攻撃してごめんなさいそれではこれにて失礼!」

「おい逃げるな」

 

 首根を掴んでくるのは──なんと、カネミツさん。

 その隣にはユクナと……あれ。

 

「な……リコ、さん?」

「クク、なんだその反応は。まるで瓜二つの誰かをつい先ほどまで見ていたかのような」

「クク、なんだ──ミチサネよ。妻の前で堂々と浮気か? それとも、己が見ていたゆめまぼろしに、ようやく気付いたか?」

 

 とても似ている2人が。顔は狐面で隠れていてわかりませんし、着物も少し柄が違うだけ。声は魔物の方がちょっとだけ高い──それくらいの違いしかない2人。

 

 もしかして。

 

「ご姉妹、ですか?」

「いや? 吾に姉妹などいない」

「ククク、儂に姉妹か。いたとして、既に死んでいるだろうな。──幼き頃の儂に、喉を食い破られて」

 

 違うらしい。

 もう、魔物は見た目が似ていて、けれど違う種、というのが多くて紛らわしいですね。

 

 ちら、と。

 お殿様の方を見れば、即時蘇生したようで。

 いやだって、無理矢理襲おうとしてきた相手ですよ? そりゃ声聞いたら撃っちゃいますって。

 

「頭領。説明を求む」

「ユアサジ。事態とは大本を叩くことで急速に解決するものだ。妖魔かどうかを確認せねばならん姫と世継ぎに相対するよりも、どういう意図があってのことかを殿に問い詰めた方が迅速だ。違うか」

「……それができるなら、そうしますが。儂の身分で殿を呼びつけるなどできるわけもなし」

「ふん、私にもそんな権限はない。ただ夜道を歩いていた殿を攫っただけだ。たかだか10人の護衛、何の役に立つ」

 

 それなりに役に立つと思いますけど。

 まぁこの人多対一の時の殲滅力半端じゃないですからね。

 

「は……ではなく、ユノン様」

「あっ、馬鹿、名前はっ」

「……やはり、ユノンなのだな。あなたは……」

 

 うわぁ面倒臭いっ。

 母様、と呼ばなかっただけいいですけど、えーと言い訳言い訳。

 

「クク……良いのか、ミチサネ。お前の妻が、瀕死の重傷に喘いでいると言うのに──昔語りに花を咲かすか、不貞者」

「……だが、あなたとは……たった数日前に会ったばかりだ。愛を確かめ合った日々も、縁を深め合った過去も無い。余はあなたの名前すら知らないよ」

「ク──そうか」

 

 仕方がないので、受け止めてあげます。

 この中で一番速く動けて、この中で一番自分を大事にしない存在。そんなの私だけなので。

 

 なので──受け止めてあげました。お殿様の返答に、声色から表情を失くした魔物。そこから伸びた、凄まじい威力を秘めた尾を。

 お腹を抉られた痛みはいつも通り壮絶ですが……これは。

 

「ほう? まさか身を挺して庇う者がいるとは」

「……捕まえました。逃げるならばどうぞ、尾を切り落としてください」

 

 これは。

 なんというか。

 損な役回りですねぇ。自業自得、でしょうか?

 

 大きく血を吐く。ふさふさで鋭い尾にかかります。

 

 即時蘇生は──発動しません。

 梓さんがタイミング悪く解除した、とかではないようです。

 

「妖術・式鬼城郷」

「【飛斬】」

「【道連】」

 

 死んでいく。

 目の前の魔物が──ではなく。

 

 私が。私の、全てが。

 

 

 

 

「……! ……ノン! ユノン!」

「……うわ……近づかないで、くれますか。浮気性の、お殿様」

「何故だ。何故……」

 

 即時蘇生で感じる、何かおぞましいものに包まれる感覚。

 それがない。いえ、ぽっかりと穴が開いたように、それが働かない部分がある。それは貫かれた箇所であり、致命の傷。

 なんでしょうかねぇ。

 

 この世界を一番楽しんでいたのは私だったと思うんですけど……ダメですか。

 いいじゃないですか。便利なんですもん。自分の死をどう使ったって、私の勝手じゃないですか。

 ダメですか。神に仕立て上げられなければ。誰かに管理されなければ。やめてほしいと、懇願されなければ。

 

 ふふふ。

 何泣いてるんですか、お殿様。この世界においては、あなたとの接点なんて、ほんの少ししかなかったというのに。

 あんな魔物に現を抜かして、子供まで設けて──幸せだったのでしょう。

 何を、泣いているんですか。こんな、何の役にも立たない姫のために。

 それにどんな価値があるんですか。

 

「どういうことだ。何故即時蘇生が……」

「そういう性質を持つ攻撃だった、というだけだ。吾の妻がよく使うだろう? 世界を殺したり、魔法を殺したりする世界言語。アレの、オリジンが固有能力だった──それだけだろう」

「どうにか、できないのか」

 

 本当に嫌な役割ですねぇ。

 最初は私、ですか。

 

 いっつもそうですよね。

 私かシェーリースさんか、どっちかが最初です。そういう役回り。もしかしたらシェーリースさんもあっちで苦労しているのかもしれません。

 いやぁ、痛いですねぇ。

 早く死にませんかねぇ。

 

 別に。

 生き返らなくてもいいので……死にませんかね。面倒臭いし、痛いし。

 大丈夫です。

 この3人がいれば。どうにかなります。

 

 だから──。

 

「──お前が、ナリコか」

「クク、如何にも。どうした、吾のことも忘れたユアサジ。何用か」

「対価はここにある。この娘子に続きを」

 

 ?

 あー、もう。

 死にそうなんだから、口を開かせないでくださいよ。

 

「い、りませ、ん」

「母様、ダメです! 喋っては、死が近付きます!」

 

 あーあー。

 母様って呼んじゃってるし。この子、確かに見た目相応の歳ではないとはいえ、大人として十分な時間を過ごしたんじゃないんですか? なんでこう融通が利かないんですかね。

 あー。

 考えるのも。文句を浮かべるのも。

  

 面倒になってきましたね。

 

 さて。

 もう周りの音も。景色も。

 見えないし。聞こえないし。

 

 これが死、ということで──よろしいですか?

 

「いいや、ダメだね」

「……梓さん?」

「あァさ。久しぶりだな、太腿忍者」

 

 いつの間にか真っ暗な空間。

 どこでしょうか、ここ。

 そして何故、梓さんがいるんですか?

 

「俺ァまァ代走っつか、水先案内人だからよ。お前の行く先を示しに来たのさ」

「……それはもしかして、生き返れ、とか。言わないですよね」

「言わねェよ。むしろンなことする奴がいたらぶっ殺してるわ。……俺の知らねェあの魔物娘も、そこの分別はしっかりしているよォで何より」

 

 梓さんは、真っ黒な空間に腰掛けます。

 え、そこ何があるんです? あと今どこから魔煙草取り出しましたか?

 

「簡単な話だ。夢の世界で死んだ奴が、冥界に行くってな……困るンだと。ハハ、俺も勝手な話だと思うけどよ。曰くンな奴お断り、あとで元の体探さなきゃならねェから面倒で仕方がないとかなんとか」

「えっと、いつものことながら、何の話ですか?」

「お前の行先の話さ、ユノン。言っただろ、久しぶりだ、って。示し、導く英雄譚。俺についてきて、道を違えたことがあったかよ?」

 

 あ、と。

 ようやく気付きました。

 

 この人は、梓さんじゃないです。

 正確には──こっちの梓さん。

 夢の世界の代走者。去年、梓・ライラックとして英雄譚を作り上げた──誰か。

 

「そそ。その代走者さんだよ」

「そんな悲しい顔されてそうですか! ってなると思いますか?」

「太腿忍者ならするだろ。マイペース過ぎて空気読めない民代表だし」

「あのですね。私だって去年の事は覚えてるんです。だから──あなたを偽物だ、なんて思いませんよ」

「でも、梓・ライラックではない誰かだ、とは思っただろ」

「そりゃあ勿論」

「これだよ。これ」

 

 梓さんは楽しそうに笑います。

 魔煙草を吸って、吐いて。

 

「お前は死なねェ」

「はあ」

「夢が覚めるだけだ。お前たちを夢に繋ぎとめてる術式は即時蘇生の式。夜の使徒が解除しに行ってンのは大正解ってこった。そっから目覚める方法はただ1つ」

 

 死ねばいい。

 即時蘇生の無い状態で、死ねば。

 

「たったそれだけで、お前たちは目覚めることができる」

「へぇー。でも良いんですか、それ教えちゃって」

「いいのさ。だってお前はもう目覚める。夢の世界では死んだんだ。生き返ることはできない。ただ、冥界で。あー、なんだっけ。なんとかのともしびで、ふわァと目ェ覚ますんだよ。よく寝た、ってな」

 

 はぁ。

 えーと。だから。

 

「じゃあ結局便利で便利な即時蘇生の世界とはおさらばなんですね。残念です」

「言うに事を欠いて感想がそれかよ」

「起きたら死んじゃいけない世界、と。はぁ、面倒ですねぇ」

「……ま、そういう所がお前らしさだよな。──さて、そろそろだぜ。言い残す言葉はあるか?」

「誰かに伝えられるんですか?」

「さァな。俺も好きな時に出ていけるワケじゃねェ。今回は、夜の使徒の役割の代走だ。ンなの知るかってな話だがよ、まァ導く者として、ちったァ共感もある。って、ンな話はどうでもいいのさ。ほれ、遺言」

「えー。……じゃあ、お殿様に」

「へェ?」

 

 暗い世界に光が差す。

 自分が大きく息を吸ったのがわかる。肺に酸素が入り、脳が活性化していく。

 重い瞼が開こうとしている。

 

「"私が死んだときのことですけど、気に病まないでください。お殿様を想っての行動とかじゃないんで、変な感傷も要らないです。単純に効率が良いのが私だったからってだけで、他に適任がいたらその人に任せたと思うので。あと私の死体で変なコトしないでくださいね。あなたの言い寄って来たユノンではない誰かより"……と、こんな感じで」

「ひでー」

「それじゃ」

「あァ」

 

 殻が割れるように、光が。

 日が昇るように。水が零れるように。風が吹くように。

 

 光が──溢れる。

 悪い夢はこれでおしまい。

 別に、私にとっては悪い夢ではなかったけれど。

 

 それでは──おはようございます。

 

 

 

 

 

「……わ」

「……」

 

 目覚めたら目の前に狼。

 流石の私も驚きます。

 

 ……あ、魔力が無い。というか身体の臭いが大変なことに。それにその……いえ、乙女として、はい。

 周りを見れば、同じように並べられた方々ばかり。周囲をウルフ種やらレーヴァン種が……ええとこれは、一応守られている? なんというか巡回していて、危害は無さそうです。そして臭いが。うう。

 それに、お腹が減りました。

 

「──おはようございます、ユノン様」

「わっ!?」

 

 次に現れたのは──それはもう、生物として有り得ない色と形をしていて、周囲に幾何学模様で且つ光った線の走る──どの生物と比較しても似ていない魔物。

 でも喋る声はすごく綺麗で、おちつきのある女性という感じ。

 

 の。

 

「ザグルスさん」

「はい。悪夢の神の呪縛から解かれたのですね。尚、今回の件よりお目覚めになられたのはユノン様が初となります」

「えーと、それは喜んでいい情報ですか?」

「お好きなように。湯浴みの用意はできています。お食事の準備もまた同様に。──では」

 

 言って、去って行ってしまうザグルスさん。

 ……悪夢の神の呪縛。

 案外、楽しかったですけどねぇ。

 

「……まずお手洗いに行って、お風呂入って……アールレイデ隊の皆さんの顔に落書きでもしましょうか」

 

 先に起きた者特権──!

 退屈なので、皆さんも早く起きてくださいね。

 

 

えはか彼

 

 

 

「死んだ、か」

「ユノン……ユノンッ……!」

 

 悲哀に包まれた天守閣。

 殿を誑かし、ヒノモトに巣食おうとしていた悪妖ジャカンは退治された。

 ユノン姫を救うための手段──ユアサジの頼みは2つ返事で却下され、ユノン姫は敢え無く死亡。即時蘇生は破られ、致命傷は彼女の命をあっさりと奪って行った。

 冷たくなった死体を抱くはヒノモトの殿、ミチサネ。

 その隣で黙禱を捧げるは侍衆が達人ユアサジ。

 

「どけ、ミチサネ。──焼く」

「な──何を」

「クク、なんだ。お主を思っての言葉だぞ? 醜聞だろう? 昔好きだった娘と今の妻が殺し合い、どちらも死んだ、など」

「……ナリコ。余にも怒りというものがある。今……余計な煽りを入れるのはやめてほしい」

「どちらもお主の業であると言っている。煽りだと? クク、被害者面も良い所だな」

 

 それは、彼女にしては珍しく責めるような口調だった。

 ミチサネに対し、その判断を。その決断を。

 

「……頭領。世継ぎ様は」

「そんなものはいない。ただの人形だった。ふん、悪趣味にも斬れば血が飛び出て、爆発する……絡繰りの類だ」

「そうですか」

 

 絡繰り。

 ヒノモトにもその文化はある。人形師の誰か、だろうか。

 ユアサジが思案を巡らせる中で、ソレは起きる。

 

「死体が……!」

「……消えていく」

 

 ジャカンとユノン。

 両者の遺体が、まるで空間に(ほど)けるようにして消えていく。 

 

「魔物、あるいは魔法少女の消え方に似ているな」

「ク──案外、そうなのやもしれぬな。この世の生物はすべて魔物であり、夢を見た者だけがヒトの意識を持っている……と」

「どちらでもいいな。しかし、弔う必要が無くなったのは良い事だ。突然死、で行ける」

「【道連】」

 

 黒い光がカネミツとユクナを包む。

 それが晴れた時、カネミツの刀はユクナに向いていた。

 

「何のつもりだ、忍軍」

「母様の死を冒涜した発言。その復讐を」

「……ふん、それで、気は済んだのか?」

「はい。ですが、これより先、忍軍の支援は受けられぬと思ってください」

「元より頼りになどしていない」

 

 険悪な雰囲気──でもない。

 元に戻った、というだけだ。

 

「それでは」

 

 言葉と共に消える忍軍の気配。

 ユクナも、城の中にいた忍軍の全ても。

 完全にいなくなった。気配の欠片さえも、足跡の1つさえも、残ってはいない。

 

「私達も帰るか。行くぞ、ユアサジ、ナリコ」

「……頭領、お言葉ですが、ミチサネ様をこのままにしておく、というのは……」

「ではなんだ? 何か代案でもあるのか?」

「クク、吾がいるだろう?」

 

 その提案が一番"無い"と思っていただけに、目を剝くカネミツ。

 ナリコはクツクツと笑いながら言う。

 

「容姿も声も似たようなもの。吾は此奴の事をよく知っているし、此奴も吾のことは知っているはずだ。短期間民を騙す程度ならばできようさ。頭領には分身でも渡しておく。それでよいだろう?」

「お前がいいなら、それでいいが。では、ユアサジ。今日の所は帰るぞ。ヒノモトに巣食った膿は摘出した。我等侍衆の仕事は終わりだ」

「承知」

 

 カネミツとユアサジも天守閣を出て、夜の闇に飛び出していく。

 残されたのは、未だ膝をつくミチサネと、くつくつ笑うナリコのみ。

 

 これにて。

 西方──ヒノモトにおける妖魔騒動は、民の誰もが知らぬ形で幕を閉じる。

 事の真相を知るのは極一部。

 国からの旅行者たちと、忍軍、侍衆だけ。

 

 その後、旅行者達が予定していたダンジョンへの挑戦手続きは、キャンセルが為されたという。

 

 

 

えはか彼

 

 

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