遠吠えは遥か彼方に   作:劇鼠らてこ

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15.Say choice root show jaw touch.
146.泥舞図


「ふぅ……」

 

 万感の意……でもないけど、それなりの充足感を以てベッドに倒れ込む。

 質の良いベッドだ。睡眠の必要の無い魔法少女にとって、睡眠は単なる娯楽──であったのは、前の世界での話。今や全人類が睡眠を必要としないためか、その需要は前の世界より多い。同じ境遇の者が多くいれば、母数が大きくなればなるほど需要も増える。

 だから、それなりに安い。日々のバイトで得たお金で買える程度には、安い。

 

「……」

 

 かつて魔法少女は軍属だった。バイトなんてする必要もないくらいの給金を貰っていた。

 私の場合、所属期間はほぼ無いに等しい──とはいえ、それなりの富を得ていた。

 その点に関していえば、こちらの世界ではお金持ち、とは言えないポジションにある。ただの学園であるエデンから給金が出るわけもなし、私達学生はバイトするか、親からのお小遣いなんかでしかお金を得る手段がない。

 プリメイラの書く物語に出てくるような依頼……冒険者ギルド、みたいなものがあるわけでもなし、この世界には働き口というのがあまりに少ない。それは上述の通り誰もが最低限魔力を扱え、眠る必要が無く、食べる必要もないため……であるのだけど、それ以上にやっぱり「死なないから」だと思う。

 ヒトは衣食住を穴埋めするために働く。勿論働くのが好き、という者もいるにはいるのだろうけど、大半は生きるために働く。けど、この世界は働かなくても生きられるから、働かなくていい。

 

 商売をする人は大抵が芸術家だ。美術品。細工品。

 日用品なんて最低限でいいから、切り売りするものは自分のセンス。それが、この世界。

 

「……いいのかなァ」

 

 ポツりと呟くは──罪悪感の言葉。

 楽しい学園生活を送っている。私にしかできない、ちょっとしたバイトもしている。学友……主には理央とリキュアだけど、他の1年生とも仲良くしていて、遊びに行ったりダンジョンに行ったり、甘いものを食べたり。そういう生活を送っている。

 

 知っている。

 今、アイツが何をしているのか。

 世界を駆けずり回って、性懲りもなく命を危険に晒している。クロムクラハは世界中を飛び回り、その他……事情を知っている皆も、自分にできることをしている。

 私だけだ。

 私だけ、ちゃんと知ってて、でも──この幸せを享受してしまっている。

 恵理須において命を落とした3人でさえ尽力しているというのに、だ。

 

 右腕を持ち上げる。

 巧妙に偽装が為された、義手。見た目は人間の腕。触感も肌のソレだけど、強度はアイツのクリスとかいう武器とも渡り合えるほどに高い。

 それだけじゃない。今の自分の顔も、声も。全部が偽物だ。

 

 ミズメ……なんて。

 ちょっと潜入した時に使っただけの名を、私は気に入っている。ちゃんとライラック家で過ごした記憶もあるってのに、だ。

 

 ミズメに家族はいない。

 当然だ。ぽっと出て湧いた存在に家族なんているわけがない。……それはあるいは、私自身にも。

 

「押し付ける、なんて言われてもなァ」

 

 アイツが出ていくとき、そんなことを言われた。勝手すぎる言葉だ。

 本当に。

 ……ほんっとうに、最近よく感じる。

 その最近がいつからなのかはよく覚えていないけれど、アイツは……どこか、死に急いでいる。元から死んでいる存在なのに。いや、だから、なんだろう。

 自分はここにいちゃいけない、って。そういう空気をひしひしと覚える。

 アンディスガルを名乗り始めてから、な気はしている。幸せの享受ができないんだと……そう。

 

「だからって……」

 

 だからって、私じゃないだろう。

 ……勿論、他に候補が浮かぶかって言われたらいない、けど。クロムクラハは流石に魔物が過ぎるし。私も魔物だけど、見てくれはちゃんと人間だし。

 

 適任なのはわかる。

 わかるけど……納得がいかない。

 

 だって。

 ……だって、アイツは頑張ったじゃないか。ちゃんと、自分の役割を果たした。

 何度も死にかけて、何度も痛くてつらくて苦しい思いをして──全てをやり遂げた。

 なのに、自分には資格がないと言わんばかりのあの態度だ。

 

 不満も、覚えるというもの。

 

「──よォ、なンか燻ってるみてェだな、アズサ」

「!?」

 

 気付いたら、どこかの鐘突き塔の上にいた。

 私は今の今まで寮のベッドに横になっていたはずなのに。

 

「おいおい、今更だろ。【移様】だよ」

「……お前、オーディンか?」

「いんや? オーディンなら遊び疲れて寝てるよ。今日は一日明け渡してたからな。主導権の無い身体を動かすのァ疲れるンだと。なんだ、用があるなら叩き起こすが」

 

 何か──今までのクロムクラハとは、雰囲気が違う。

 気のせいでなければ。

 

 また1つ、位が上がった、かのような。

 

「いや、良い。それより何の用だよ。私はこれからベッドでぬくぬく眠る予定だったんだけど」

「手伝ってくれ。ちょいと、荒事だ」

「……私である必要はあンの?」

「お前さん、まだ【終焉】使えンだろ? 俺が失敗した時の尻拭いを頼みたくてな」

「相当やばい事なのか」

「あァさ。──とびきりの爆弾だ」

 

 ……まァ。

 断ることもない。私だけやることなくて罪悪感を覚えていたところだ。

 むしろありがたいくらい、かもしれない。

 

「期間的にはどれくらいになる? 長いようなら書置きを残しておきたいンだけど」

「夜が明けるまでには片付くよ。俺が無理そォだったら、俺がどォにか動き止めるンで【終焉】を使ってほしい」

「……了解」

 

 そんなこんなで。

 私と、元私……であるかわからないクロムクラハとの危険な夜遊びが始まったのだった。

 

 

 

えはか彼

 

 

 

 飛ぶ、飛ぶ。飛ぶ。

 私の飛行魔法なんかよりもはるかに高い速度で、高高度を飛んでいく。

 半透明の翼から零れる光の粒。それが尾を引き、傍から見た私達は火球か何かに見えている事だろう。……下は一面の海なので、傍から見る者なんていないのだけど。

 

「空の旅は初めてってワケじゃねェだろうに、何をそんなそわそわしてンだ」

「いや、こんな速いのは初めてだよ……。ていうかお前、私乗せた上でこんな速度出せるんだな」

「不思議な事でもねェだろ。俺はずっとアオンを……って、あァすまねェ。お前と分たれたかなり後の事だった。最近記憶の前後とか連続性を思い出すのに時間がかかってよ。悪気はねェんだ、許してくれ」

「誰も怒ってねェよ……」

 

 あァ、いけないいけない。

 最近頑張ってるんだ。口調の矯正。だってのに、コイツといたり、激しい戦闘になったりするとすぐに出て来ちまう。

 お淑やかに、っていうのは無理だとしても、輩みたいな口調は控えたい所。

 

「……クロムクラハ。なんか来るぞ」

「あァさ。──おい、立ち塞がるつもりなら聞くぞ。アンタ、名は!?」

 

 クロムクラハが叫ぶ。

 その方向にあるのは、霧。自然発生した──にしては突然すぎる濃霧。

 

 それが、()()()()

 

「名は──メイズアート──」

「それで、何用だ!」

「貴殿を──食べる者なれば──」

「そォかい! 俺はクロムクラハだ。──輪廻の車輪無き世界で、死に行く事。その意味を理解しているか!?」

「無論──問うまでも無し──」

 

 魔物が食い合いをするのはあくまで究極なる一に辿り着くためのこと。

 この世界には、というかもう輪廻の車輪自体が無いので、そういうことをする魔物はいないと思っていた。

 

「【移様】──」

 

 食べるためならば。

 クロムクラハに、殺すことへの忌避はない。

 呟いた権能と共に、海が持ち上がる。海。海だ。まるで巨大な海蛇でもいたかのように、鎌首をもたげる海流が8本。それが一斉にメイズアートへと殺到する。

 が、当然というべきか、メイズアートは雲散するだけ。濃霧の魔物。ミストヴェイルに似た魔物だろう。だから物理攻撃は意味がない。そんなことがわからないクロムクラハでもないはずだ。

 

「左様──ゆえに──」

「……わかってンなら、挑んでくンじゃねェよ。命を大事にしろ、アホ」

 

 もう一度彼女が「【移様】」と呟く。

 すると今度はメイズアートの体が引き剥がされ始めた。海流の槍によって結合の弱くなった部分を無理矢理こちらに引っ張っているのだろう。

 クロムクラハは。

 集めた端から──メイズアートの濃霧を食らっていく。

 

「──何を求む」

「この先の――海底火山──埋まりしは──大悪魔の欠片」

「そうか」

「侵蝕は甚大──望み、求むるは──解放と、対処」

「確と承った」

「──ならば──言う事は無し」

 

 その言葉を最後に。

 メイズアートと名乗った魔物は、完全にクロムクラハの体内へ吸収される。

 

「……キスキルの結晶、って奴か」

「あン? ……あ、そォか。お前さん魔物の言葉わかるンだったな」

「私の精神体は魔物だよ……何度言ったらわかるンだ」

「すまねェすまねェ。俺達の中で、お前が一番人間らしいからよ、時折忘れちまうンだ」

 

 俺達の中で。

 それは……つまり。

 

 いや、いい。わざわざツッコむところでもない。

 

「今回の用件はソレ関連であってるか?」

「あァさ。お前さん、まだキスキルの結晶見た事ないだろ? ああいや見たこと自体はあるか。でも【終焉】を試したことはないだろ?」

「……まァな」

 

 キスキルの結晶。

 それが破壊すべき対象にして、この世界にダンジョンを乱立させている原因である、という話はアイツが調べ上げた事。それがクロムクラハを経由してこっちのレジスタンスの全員に伝わっているため、見つけたら破壊、もしくは報告するように、という話でまとまっている。

 少なくともこっちの魔法をどれだけぶつけても壊れないし、お嬢の【神光】の光条でも壊れなかったらしいので強度は相当だ。

 

 また、恵理須を覆い尽くしたあの結晶と同じくあらゆるものを侵蝕する性質を持っているそうで、ダンジョン内にあるのならば問題は無いけれど、外に持ち出したり、そもそも触れること自体が厳禁と。

 私はまだエデンの外に出てダンジョンを探す、という行為をしたことがないから、国内のダンジョンにさえも行けていない。

 

 こちら側にあるというキスキルの結晶を見たことが無い、というのはその通りなのだ。

 

「今、世界中でキスキルの結晶に関する問題が起きてる。ある国の王宮、その宝物庫。集落唯一の井戸の底。巨木の洞、枯れた湖の底、曰く付きの別荘の奥……と、関連性はそんなに無い所から、ある日突然キスキルの結晶がコロっと出てきて周囲を侵蝕して大パニック、ってな話だ」

「関連性はあるじゃねェ……じゃんか」

「へェ?」

「ダンジョンが湧きそうな場所。……だろ?」

 

 恵理須でいう所の、魔物が自然形成される地点になりそうな場所。

 魔力の流れが阻害されやすい所だ。関連性なンてそれくらいしか見つからねェ。

 

「流石、たァ言っておくよ。そう、その通りだ。ダンジョンの発生しそうな場所。あるいは誰も知らない内にダンジョンになっていた場所。そこからキスキルの結晶が現れている。丁度、梓が1つ目……森の中で見つけたってダンジョンにあったキスキルの結晶をぶっ壊したあたりから、続々とな」

「それ……国のは大丈夫なのか?」

「鬼教官に手配してもらってあるよ。前ほどの権力は無いけど、それなりの発言権はあるらしくてな。この前寄った時に説明した」

「んで、他の奴でどォしようもないのを私に、ってか。確かにアイツはアイツのやる事あるしな。適任は私だろう」

「あァさ。俺も世界言語で対応できるっちゃできるンだけど、リスクがでかすぎてな。……今のメイズアートみてェに、世界と仲間と自らを天秤にかけて、その身を差し出してくる奴もいるンだけど」

「……そうか。ウィドアルも安直ちゃんもいねェこの世界だ。魔物にとっての希望は」

「俺しかいねェってな、そういう事さ」

 

 この世界の信仰において、魔物の神と言える神は存在しない。

 悪夢の神ソンヒューィ。生命の神ジーウィース。覚醒の神バーステット。バーステットの子供と言える神は幾らかいるけれど、それにしたって魔物の神はいない。

 魔物を愛してくれる神は、風の神だけだ。

 

 ならば、クロムクラハがその神として認識されるのも無い話ではない。

 

「つっても俺にとっちゃ人身御供なンざくそくらえだ。ヒトじゃねェが。名乗られ、名乗り返し、食事と言う形を取っているからこそ無理矢理納得してるが、別に普通に頼んでくれりゃ頑張るこたできる。……が、頑張りにも限界はあってな。さっきも言ったが世界言語は俺のリソースをかなり食い荒らすンだ。そこで選ばれたのがお前さん」

「まァ【終焉】は大した魔力消費無いからな……」

「普通にずりィよなァそれ。【即死】に似てて、遠隔魔法で、【即死】より少ねェ魔力で発動するとか」

「【移様】も大概だよ」

 

 言えば、クロムクラハは「そりゃそォだ」と乾いた声で笑う。

 どちらも権能。ただ、【移様】はオーディンの……単なる魔物でしかなかったオーディンが次々と神を経た事で手に入れた権能ゆえに、私の【終焉】とは根っこが違う。

 私の【終焉】は……。

 

「そろそろだ、アズサ。当初の目的地はもう少し後だけど、それはまた今度にして、今はメイズアートに言われた部分の結晶をぶっ壊したい」

「あァ」

「ちっと飛行魔法で浮いててくれ。俺が今からアレの破壊を試みるンで、無理そうだったら【終焉】を頼む」

「りょーかい」

 

 飛行魔法を使用。

 こちらが浮いたことを見るや否や──クロムクラハは海に向かって猛スピードで突っ込んでいった。

 

 そして、私には理解できない唸り声を上げる。

 

 直後──眼下の海が涯に至ったのがわかる。確か、【世涯】という魔法。使い手が誰なのかも知らなければ、本当に魔法なのかもわからないソレは、自身の周囲にある世界を終わらせる魔法、だったかな。

 銃を構える。

 

 なぜって、クロムクラハが出てこないから。

 

 照準をクロムクラハの潜った地点に定め。

 

 

「馬鹿、下だ! ──リジ!」

「【静弱】。──数秒と保たない。退避して」

 

 

 私がよく知らない、アイツと仲の良い2人に助けられたのだった。

 

 

 

 

 

「っぶねェな、オイ!」

 

 命からがら──と言った様子で海から出てくるクロムクラハ。

 その足が片方ない事に気付き、大丈夫か、と叫ぼうとして、瞬時にそこが再生、回復したことにハッとなる。

 そうだ、アイツは精神体。魔力は削れるかもしれないが、部位欠損なんて起こりえるはずがない。

 

「クロムクラハ! どうだ!?」

「やっぱダメだ! 頼むわ!」

 

 改めて銃を構える。

 そこ。

 クロムクラハの出てきた場所は、既に異様な光景になっていた。

 幾本幾本もと突き出る結晶の柱。途中から幾重にも枝分かれし、その先々で枝分かれを繰り返し、まるで何かを追い求めるか、追い縋るかのようにその手を開いている。

 

「──梓!」

「あン? ……おォ、青バンダナに赤スカーフ!」

「久々の再会くらい名で呼べ!」

「ウィジ、この足場もそろそろマズい。牽制の槍、撃って」

「【喧槍】!」

 

 ウィジが手を翳した所から、百を超える槍が形成、射出される。

 それは私達を捕まえようとしていた結晶を叩き伏せ──けれど侵食され返しているのが見て取れた。

 

「──ウィジ、前に使ってた太い槍、出せるか?」

「む? あ、あぁ。出せるが……」

「リジ、アンタは槍の形成途中に結晶の攻撃が来たら防いでくれ。数秒で構わない」

「わかった」

 

 状況は把握した。

 ならば最善を尽くすのが私のやるべきことだろう。

 

 大した自己紹介もしていない2人に命令を飛ばすのは些か忍びないけれど、この場ではとりあえず従ってもらうしかない。

 

 恐らく。

 あの結晶の樹は、その枝に【終焉】を当てたところで意味が無い。

 切り離せばいいからだ。私の【終焉】はあくまで強制的に終わりに向かわせる魔法であって、即死させる魔法じゃない。これほどまでに巨大に育ったものに対しては、あまり強い効果を発揮するとは言えない。

 ならばどうするか。

 

 そりゃ勿論、本体を叩くしかないだろう。

 

「【喧槍】弐式……!」

「あァ成程! んじゃタイミングは任せるぜ!」

「──来た。【静弱】!」

 

 ウィジの槍ならぬ塔を見た途端、全てを察したらしいクロムクラハが空中、高い所に待機する。

 そこが奴の中心点ね。

 んで、こっちを脅威と断じたのか、キスキルの結晶が私達の方に枝を伸ばしてくる──けれど、半透明の盾がそれを防ぐ。一瞬の拮抗。すぐさま圧され始めるリジに、ウィジが唸り声を上げる。それはクロムクラハやアイツの使うものと同じ。

 

「我らを気にするな! 我らアインハージャ、誰かを守る者なれば!」

「やはりヴァルメージャは荷が勝る。私達は──守っているくらいが、丁度いい」

 

 塔が如き槍が完成する。

 私はそれを掴み。

 

「行け!」

 

 射出された。

 

 

 

 

 凄まじい速度で空を飛び、一瞬にしてクロムクラハの所に辿り着く。

 こちらの意図を汲み取っていたクロムクラハが槍を【移様】で掴み、その速度を失わないように周囲を泳がせ始める。

 

「俺の真下、ど真ん中だ」

「あァ……んじゃ、露払いは任せるよ」

「任された」

 

 真下を見る。

 あァ──あるな。異様なモノ。この世にあってはいけないもの。ソレが、自身の領域を増やさんと這い出てきている。

 ふと、リジとウィジに構っていた枝葉たちが、こちらの脅威に気付いたのだろう。一斉に殺到し始めた。

 

「はっはっは、馬鹿が。てめェらの相手は俺だよ!」

 

 その枝を、その全てを、巨大な塔がぶん殴る。

 本来その程度では折れないはずの結晶が、しかし【移様】という権能による概念移動を受けて、道を開ける。それは実質割れ砕けた事と同義であり。

 

 一瞬、視界の全てが開けた。

 

「──てめェの敗因は、鎮座した事だ。植わって動かねェモンを外す程甘かねェよ、私は」

 

 撃つ。

 ……口調の矯正はどこへ行ったのか。調子に乗るとすぐこれだ。

 

 どうでもいい。

 そんなことより──【終焉】を纏った弾丸が、開けた空間を、そして海に向かう。

 

 その奥。海中で、新たに生えた結晶の枝が弾丸を捉え、弾いたのがわかった。

 

「ハハ──ばァか。私の【終焉】が、銃弾に乗せなきゃ真っすぐに飛ばねェよォな欠陥品なワケねェだろ」

 

 銃弾は確かに勢いを失った。

 けれど私が放ったのは【終焉】だ。

 だからそれは、何の抵抗も無く、何の阻害も受けずに直進し──本体である球状にまで成長した結晶へ辿り着く。

 

 瞬間、断末魔が響き渡る。

 少女の声。女性の声。有り得ない事に驚き、嘆き、怒り狂う声。

 

「終わるまで、何秒かかる!」

「5秒は要、」

 

 もう、目の前にいた。

 恐ろしい形相でこちらを睨む少女。全身の所々に結晶を散らし、けれどそれが気にならないくらい──私の中のオリジンが身を竦ませる程の殺気を放って、ソレは。

 私の首を──。

 

「そいつをさせねェために俺が待ってンだよ。なァ──久しぶりだな、キスキル。分体だかなンだか知らねェが」

「シネ」

「終わンのは、てめェだってな!」

 

 その手は私に辿り着かなかった。

 斬られた。否、ぶっ叩かれて弾かれたからだ。

 

 クロムクラハの手。そこに握られた、あまりに無骨な剣。

 銀色。白。あるいは血色。表現のしえないソレは、余りに鋭利な刃を光らせる。

 どこか動物の牙を思わせる剣は、余程硬いのだろう。少女の腕を叩き落とした後、その身体をもぶっ飛ばす。フルスイングだ。

 

「ついでに食らえ!」

 

 ぶっ飛んだ少女。

 その身体に直接あたるように、ウィジの塔槍が突き刺さる。

 けれどそれに意味は無かった。一瞬にして水晶と化し、粉々に砕けた塔槍。

 そしてまた、瞬きをした直後には少女が目の前にいて。

 

 指先が、私に。

 

「【移様】」

「ッ!」

「あ、ぁぁ、ぁあああぁあ!」

 

 ……当たる前に、私は強制移動させられた。

 すぐさまこちらを目で追ってきた少女だったけれど……流石に。

 

 急激に"終わって"いく身体に、断末魔を上げて。

 

 最後の最後に私を睨みつけて──完全に崩れ、消滅した。

 

「……」

 

 眼下、結晶の樹木もバラバラの粉々になって消えていく。

 つまり、やっぱりアレが。

 

「そォだ。あれが、キスキル。リラ・キスキル。分体だけどな。……俺達が倒すべき大悪魔。神の敵だよ」

 

 まるで心を読んだかのように。

 ……あんなの、相手にしてンのか、アイツ。

 怖すぎだろ。

 

 

 

 

えはか彼

 

 

 

 

「いや、っとに久しぶりだな、2人とも。俺結構探したンだけど、どこにいたンだ?」

「隠れていた、ということはない。私達も海上や各国を飛び回っていた。だから、恐らくは」

「単純なすれ違い。行き違い」

「マジか。運無いなオイ」

 

 とりあえず【終焉】がキスキルの結晶に有効である、と言うことは分かった。

 それだけでも大収穫だとクロムクラハは笑っていたけど、私は割と気が気じゃない。

 

 情けない話だけど……キスキルに睨まれた瞬間、私の奥の奥。梓・ライラックではない、オリジンである難陀が怯え竦んだ。それが私にも伝播し、ゆえに私はキスキルに恐怖を覚えている。

 これから何度も、アレを。

 

「……梓」

「ン? つか、あァ。俺の事はもうクロムクラハって呼んでくれ。梓って呼んでくれるのは嬉しいけど、ややこしいからよ」

「わかった。クロムクラハ。……この少女は、アズサであっているか?」

「あァ。つっても俺じゃねェ方のな。ほら、ややこしい」

「……」

 

 ウィジ。

 アインハージャ、とかいう魔法少女。私との思い出はほぼ無いに等しい。隣のリジと共に、やっぱりアイツの仲間、という認識の強い2人。

 

「戦士ではないな。恐怖を覚えている。クロムクラハ、ダメだ。この者を連れまわすのは」

「ウィジの言う通り。クロムクラハ。戦士で無いものを戦場に連れまわしてはいけない。それはあるいは、かつての梓のように」

 

 見透かされたのだと理解した。

 ウォムルガ族の戦士団、だっけ。マッドチビからチロっと聞いたことあった気がするけど。

 戦士。そうだ。

 私は、違う。結局……自分より弱い奴にだけ強く出られる小心者だ。どっかの馬鹿みたいに、死地に対して高らかに笑う性格じゃない。

 いつかのアンゲル戦の時は故意に真似たけれど。

 いっつも「梓・ライラックなら笑え」って言い聞かせてきたけれど。

 

 それはやっぱり、私の性格じゃない。

 肖って勇気を得るにも限界があるんだと、今回でわかった。

 

 あんなに怖いものがあったなんて知らなかった。

 

「……あー、そォか。すまねェ、完全に神になってから、あんまり相手の機微ってのに気付けなくなってンだ。……すまねェな。お前さん、まだ子供だもんな。あ、馬鹿にしてるわけじゃねェぞ。……お前さんは、守ってもらう側だって話さ」

「歳変わんねェだろ」

「どォだろうね。俺は……お前が思ってるより歳食ってるよ」

「意味わかんねェ」

 

 分たれただけなのに。

 それとも、オーディンの記憶を共有してたりするのか? それならまァ、何万年と歳食った感覚に陥るのもわかるけど。

 でもそれを言うなら私の難陀だってかなり生きてる。

 歳、とかじゃないんだ。

 もっと根源的な恐怖があった。だから、それを。

 

「ま、気が向いたら協力してくれ。俺ァ他の手段探すからよ」

「クロムクラハ、私達も手伝うぞ」

「うん。……ところで、ずっと気になっていたことを言いたい」

「リジ、それは私も聞きたかったことだ」

「何だよ」

「……なぜ、体が透けている? 何故羽が生えている?」

「ア? 何故って……何を今更」

 

 気が向いたら。

 ……気が向くことなンて、あるのか。

 私は。

 ……ああ、でも。

 

 こっちもすごく情けない理由だけど……そういえば、そうだった。

 私、この仕事断ったら、また唯一何にもしてない奴になるじゃん。

 

「待て、お前ら恵理須って知ってるか?」

「? アインハージャの言葉にそこまで短いものはない」

「というか、クロムクラハにアインハージャの言葉を教えた覚えはない」

「……オォケィ、理解した。お前さんら、思い出してるワケじゃねェんだな」

「だから何の話だと言っている」

 

 恐怖と、怠惰。

 どっちが勝るかって話だ。

 ……そりゃ簡単だよなァ。

 

「でも俺と知り合い……しかも人間の俺、ってこた、去年の俺か。ったく、ちったァ情報残して行きやがれ。俺も梓も何にもわかんねェんだっつの」

「クロムクラハ」

「ん……ん、あァ済まねェ、おいてけぼりだったな」

 

 息を吸う。吐く。

 ……うん。

 

「やるよ、私。キスキルの結晶壊し」

「……けどお前さん、怖いンだろ?」

「クロムクラハが覚えてるか知らないけどさ、アンタがアイツだった時、言ってたんだよ。死が怖い、って」

「あァ言ったな。いつ言ったかは覚えちゃいないが、いつでも言うだろ。今でもこえーもん」

「でも、戦ってる。お前もアイツも」

 

 まぁ、簡単なことだ。

 私だけ、なはずがない。世界には恐怖を抱えて、それでも戦い続ける奴がごまんといる。恵理須の頃ならさらにいただろう。この世界でも、即時蘇生があったとしても、恐怖に抗いそれを討ち果たさんとする奴はいっぱいいる。

 で、私だけ、戦士じゃないから……逃げて、閉じこもって、友達ときゃいきゃい遊んでりゃいい、って?

 

「ヤだね」

「……」

「私は戦うよ、クロムクラハ。ウィジとリジ。気遣ってくれたのはありがたいけど、それじゃ私の納得がいかねェ。別になんか理由があるわけじゃない。私には戦える力があるから、とか、私だけなんもしてないから、とか。まァ完全に無いって言ったら噓になるけど……違う。やっぱり違う」

「……」

「私が嫌だから、やるよ。なんか文句あっか?」

「……っぷ」

 

 ずっと。

 ずっと黙って聞いていたクロムクラハ。

 それが、最後の最後に吹き出した。思わず銃を構える。

 

「あ、あァ待て待て。馬鹿にしてるワケじゃねェ」

「じゃァなんだよ」

「いやァ……」

「選択に対し、"ヤだね"と返すのは、梓・ライラックの癖だからだ」

 

 言いよどむクロムクラハに対し、明朗と答えるのはウィジ。

 ……あー。

 

「与えられた選択肢を前に、それをいったん自分の中で咀嚼し尽くして答えを出し、その過程を口に出さぬまま"ヤだね"などという拒絶を示す。うむ、まさに梓のやることだ」

「あー、あのな、青バンダナ。それは禁句っつゥか」

「む、そうだったのか?」

「ウィジ、空気が読めない」

 

 ……。

 いや、あのさ。

 禁句……なのは、そうかもしれない。少なくともアイツに似てる、って言われても嬉しくないから。

 

 けど何より梓・ライラック(クロムクラハ)がそれを禁句だって認知してるのが心よりウザい。

 

「すまない、アズサ。気に障る言葉を吐いた」

「あァ、いいよいいよ。えーと、改めて自己紹介させてくれ。私は梓・ライラック。……だけど、アズサ呼びすンのはアイツやクロムクラハだけでいいや。アンタらはミズメって呼んでくれたらいい。そうすりゃややこしくないだろ?」

「わかった。よろしく、ミズメ。私はリジ。"盾"のアインハージャ」

「む……承知した。よろしく頼む、ミズメ。私はウィジだ。"矛"のアインハージャをしている」

 

 おー、物分かりの良い奴ら。

 そりゃアイツが好んで一緒にいるのもわかる。

 

「つーわけで、クロムクラハ。私も学園生活があるからよ、ずっとってワケにはいかねェが、一応今も世界の危機にはなってンだろ?」

「あァ、刻一刻とな」

「んじゃ、できる限り時間空けて行くよ。ただし、ちゃんと守ってくれ。私はどっかの馬鹿野郎みたいに避ける事さえしない、なンてのは無理だから」

「勿論だ」

 

 私の方が身体能力に長けていても、キスキルの接近は気付けなかった。

 多分クロムクラハが気付けたのは死の気配とかいうものに聡いからだろう。ならば、私の恐怖はクロムクラハに拭ってもらう必要がある。

 

「私達も協力しよう」

「数秒とはいえ結晶を留めておける盾。有用でしょ?」

「お前らの事はハナから信用してるよ」

「む? いや、それはわかっている。だから、私達はミズメについていく、と言っているのだ」

「うん。弱い方を守るのは当然」

「あ、そう……」

 

 えーと。

 えーと?

 

「つまりまァ──エデンへの編入手続きは任せろって話さ。俺ァ学園長殿に直で話付けられるンでな」

「……まァ私は構わないけど」

「それはまるで運命のよォに、ってな、あんまり好かねェ言葉だが……5人だ」

「?」

 

 最後の言葉はどォいう意味か聞いても答えてくれなかった。

 

 とまァ、こうして。

 私の新しい仕事と──新たな友人が出来た、というわけである。

 

 

 

えはか彼

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