学園エデンにおいては実技より座学の時間の方が長く取られている。
即時蘇生が常識的な世界において、危険がゆえに制御を学ぶ、なんてものは建前でしかない……と思われがちだけど、それはあくまで対人の話。
当然だけど建物などの構造物が即時蘇生するわけじゃないし、自然物も同じ。何のルールも無しに破壊破壊破壊を続けていたら、この世界はとっくに更地になっていることだろう。
だから、それを学ぶための学園。
そして魔法を扱う少女らの中でも、とびきりの才能……言い換えればとびきり暴走した場合の被害が大きくなりそうな者を才能というラベルで採用し、集め、育成しているのがお嬢様学園エデンであると言える。
だというのに実技より座学に重きが置かれているのは、やっぱり、それが建前であるからなのだろう。
暴走の危険がある子なんて1人もいない。
学ぶべきはバリエーション。魔法の種類や歴史、そして。
「……儀式魔法?」
「ええ、そうです。触媒を媒介に、個人では成し得ない複雑且つ大規模な魔法を行使する……」
「それが今学園内で流行っているみたいなんだ」
その制御法、あるいは再現法……なんだけど。
悲しいかな、暴走の危険性はない、と述べたばかりで心苦しい限りではあるが、知らない魔法、新たな魔法を発見・開発した場合、試してみたくなるのが人間の性であるらしい。
私達はパパラッチとして。というか主に理央が話を持ってくるン……んだけど、情報入手が早い。
正直捏造、偏向報道ギリギリの情報じゃないか、と思った時は止めているんだけど、どうやら今回のはそうでもないらしい。
儀式魔法、というのは、恵理須には無かった魔法……だと思う。
知識に無いだけで私の勉強不足と言う可能性もあるけれど、少なくともあっちにいた頃は目にすらしなかった。こっちだけで発展した特異な魔法、と考えるのが普通だろう。
さて、ではコレの何が悪いのか、という話だ。
「……命を、媒介にする、魔法?」
「ああ。血と肉と骨と心臓。それらを触媒として適切な位置に配置し、何かを呼び出す魔法……というのを最終目標に、儀式魔法の練習や座学講義が秘密裏に開かれている」
「何かを呼び出す、ですか……。具体的に何を、とはわかっていない、んですよね?」
「そこまでは掴めなかったよ。というか、呼び出すモノはなんでもいい、と……つまり未知の魔法を教師に頼らず自分たちで開発していく工程を楽しんでいる子が多数でね。不明瞭な部分が多いんだ」
命を使う魔法。
……あまり、私はとやかく言えない、気がする。だって私の存在自体がまさに命を弄んだ結果だろうから。
それを無視していうのなら、これは阻止するべきだと思う。
仕方のない死は許容して然るべきである、という考えは変わっていない。アイツほど潔癖症じゃない。けれど、果たしてこれは仕方のない死だろうか。
何かを呼び出す……召喚する魔法。話にしか聞いたことはないけれど、恵理須にてニヤニヤ丸眼鏡が使用した魔法を彷彿とさせる。此方の世界の神、ジーウィースを呼び出したあの魔法に類するものが使用されるのだとしたら、そこから出てくるのは何になるのか。
決して。
探求のためだけに犠牲にしていい命でも、好奇心のためだけに呼び出していいリスクでもない……気がするから。
私が【終焉】で終わらせることのできる相手なら良い。
けれど、それが神の類なら。
「……この件は、とりあえず、教師に、報告した方が、いい」
「ミズメさんもそう思いますか?」
「やっぱり、ミズメはそういうと思ったよ。確かに隠しておく理由が無いからね。……だけど、これを先導している存在が教師であるかもしれない、と言ったら……どうかな」
まぁ、そうだろうとは思っていた。
自分たちだけで何かをやる、というには、こちらの魔法少女達は勇気に欠ける。軍属であったあちらと比べるのは悪いとは思うけれど、ただの学生でしかない今のエデンの少女達だけでは踏み切れない領域であるように感じていた。
でも、先導する者が。大人がいるなら話は別だろう。
その教師に口止めされているから話が広まらず、その教師が背後にいてくれているという安心感から危険にも臨める。
無論だからこそ気が緩んで理央に話してしまう、漏らしてしまう、という事も発生したようだけど、なるほどこれは少し面倒だ。
私達はパパラッチを名乗っているだけで、そこに拘束力なんかがあるわけではない。勿論学園長に直で告発できる……する胆力のある私がいる、というのは大きなアドバンテージだけど、学園全体に作用させられる何かがあるかと問われたら微妙だ。
やめろ、と言われてやめるものなら、初めからやっていない、ような気もするし。
「私達が調査している、という事を知らせぬように、且つ迅速に儀式魔法とやらの出所と目的を掴まなければならない、ということですね」
「その通り。ミズメ、どうだろう。これは無茶かな」
「……無茶か、無茶でないかでいえば、無茶。……エデンの、全教師の、目を掻い潜っての、調査。無理。だけど」
「だけど?」
「……協力者が、必要。3人じゃ、どこまで行っても、無理。別働隊が、必要」
「別働隊、ですか。けれどそんな方……」
「……いる。……先日、転入してきた、2人。……私の、知り合い、だから」
「そうなのかい? 確か、リジさんとウィジさん、だったか。遠くの国から来てすぐにエデンに編入できるんだ、相当優秀なんだろうね」
2人には既にミズメに関して説明してある。
両者ともにすっぱり「わかった」の返事だったので、いやはやなんて良い人達なんだと感心したものだ。
少し気になることがあるとすれば、2人は恵理須での記憶は持っていなかった。持っていなかったにもかかわらず恵理須での魔法が使えた。特にウィジの方はメイアートに裁定されていたはずなのに、だ。
……触れると長くなるので今は割愛するけれど、その謎も残っている。メイアートに裁定されたはずの、つまり人間であるはずの魔法少女でも太陽神レイの魔法を使うことがある。そこの法則性は未だ掴み切れていない。……私が掴んだ所で感は否めないけれど。
「……2人は、あっち」
「今日から動くのかい?」
「何事も早く動くのが基本、ですよ」
「それはわかっているけど……ミズメ、いつものはいいんだね?」
「……いつもの?」
「ああ。最近、ミズメさんが夜中に1人出掛けている事を気にしているんですね」
「……知ってたの?」
それは、有り得ない。
だってクロムクラハの【移様】で抜け出しているし、超距離移動を行っている。人間に感知できるものではないはずだ。
「どのようにしていなくなっているのかはわかりませんけれど、寮から貴女がいなくなったことくらいはわかりますよ。魔力感知、理央はともかく私は得意ですから」
「あ、なんだその言い方。私だって最近は上達してきたっていうのに……」
「ではリジさんとウィジさんを探すのは理央さんに任せましょうか。あまり覚えのない魔力がどこにいるか、を察知してくださいね」
「……いや、その、それは……難しいかな。よく知っている魔力じゃないと、私には……」
じゃれ合っている2人を余所に、少し考える。
魔力感知でバレていた、というのは意外だ。だって私は2人が近くにいないことを魔力感知で確認してからクロムクラハへ合図を送っていたのだから。リキュアのこの言い方だと、一定時間おきに私の所在を確認しに来ている、ということになる。
……いやまさか、まさか。
「……問題無い」
「では、行きましょうか、ミズメさん。……ミズメさん?」
「……あ、うん。……ソウダネ」
なんか。
ちょっと怖いなァ、とか。思ったりして。
「成程……そちらは調査を。こちらは直接聞いて回り、ヘイトを、と」
「……うん。……任せられる?」
「問題ない」
「ウィジ、難しい事は私に任せればいい、とか考えてない?」
「リジ。そんなわけがないだろう。難しい事も、だ」
そう、この2人にやってもらうことは、とても簡単な囮である。
転入早々で立場を悪くさせる……というのは心苦しい限りだけど、それはパパラッチの手腕。やらかした、ではなく裏で活躍していた、という記事を精一杯書かせてもらう。
ありがたい事に私達の発行する学園内新聞はファンも多く、鵜呑みにしてくれる子も多い。
「それで、理央。目星は付いているんですか? その、怪しい教師、という方には」
「いいや。いる、ということしかわかっていない。恐らく参加者だろう子が、"先生が"と零していた、というだけだよ」
「成程。……では、お2人方。突然のこんな危険な依頼、心苦しいのですが」
「任せておけ。戦闘においては私達の方がお前たちより強い」
「ウィジ。その言い方は失礼に値する。事実であっても隠すのが礼儀」
「む、リジ。仲間に隠し事をしても良い結果を生まないだろう。違うか?」
「あ、ははは……。どうやら独特な人達のようだね」
私もよく知らない2人だけど、アイツが信頼を置いていた、ということは、癪だけど信頼するに値する根拠になる。
「……お願いします」
「任せろ」
じゃあ、動くとしましょうか。
と言っても、口下手設定のミズメは基本聞き込みには参加しない。
周辺警戒と万一対象が逃げようとしたときの拘束──あるいは脅迫を担当する。
人当たりの良いリキュアがまず取り入って、あまり頭がよくないと思われがちな理央が懐に入れてもらう。相手が自ら理央を招き入れる事で彼女の信用度は増し、聞き込みをしやすくなる。
まァ、これでも偽物として侵入した身だからな。
こういうのは経験が物を言う。と、思う。
でもまァ今リキュア達が聞き込みをしている子からは脅威と言える程の魔力を感じない。
だから、ちょっとだけ出る。
彼女が妙に隠したがっている部屋……魔法薬学第二準備室。入口は1つだけ。でも、薬学研究用の準備室だ。窓があるはず。
外から回って行けば入れるはず。
……疑似【隠涜】があればなァ、なんて。
ないものねだりはやめよう。
とっとと身体強化して、もともと高い身体能力の底上げをして、廊下の窓から一気に塔の外壁に出る。こっちの魔法で空気を固めて蹴り飛ばし方向転換。
塔をぐるりと回りつつリキュア達の位置を確認し、お目当ての窓に辿り着く。
中には、誰もいない。
さて、窓を割る──というのは流石にダメだ。音が大きいのもそうだけど、私達パパラッチが破壊という強硬手段に出る、なんて噂が広がりかねない。だからどうにかして窓枠を……ン?
開いてるじゃん。
……換気目的か?
なんにせよ、侵入成功。
少しばかりの刺激臭。……これは、睡眠薬? それに麻痺毒の類……。
私には毒物の類は効かないけど、さてどういうことだろう。さっきまであの少女はこの部屋にいたはず。彼女も薬物、毒物に耐性が?
……考え難いな。
「っとと……妙なぬかるみ……は、血痕?」
血痕……じゃない。
ぬかるんでるってことは、まだ新しい……。
「……加えてこれは……魔法陣か」
暗い室内。
他の薬品類や書類に紛れて、床に敷かれた布に描かれるは黒い円形の線。様々な図形と共に、その角には……赤黒いソレら。
自分のもの……じゃないだろう。即時蘇生で死体は残らない。じゃあ、誰かが内臓を失ったままでいる……? 激痛だろ、そんなん。いや、だからこその睡眠薬や麻痺毒か?
人間のものじゃない、ことはない。これは確実に人間のものだ。それに、複数人……心臓や肺の類はないけれど、これは……個人の仕業じゃない、よォな。
「【終焉】」
とりあえず、儀式場含む全てを終わらせる。
なんらかの方法で保存していたのだとしても、私の【終焉】の前に意味はない。全てが朽ちて行く中で、魔法陣の描かれた布もガラスのよォな音を立てて割れる。窓に配慮した意味は無かったかな。こりゃこの部屋全部ぶっ壊した方がいいくらいだ。
つか、魔法薬学の授業の時に入らねェのか? あるいは魔法薬学の教師全員が黒、とか?
なんにせよ、これは完全に黒だ。
1人目から大正解とは運が良い。しかも、何をやっているかわからずに、って雰囲気じゃない。直で黒幕に辿り着けるかもしれない。
──気配。思考を切り替える。身体強化はまばらに、魔力感知へ多くを割く。物陰に隠れ、様子を窺う。
魔法薬学第二準備室に入ってくるは、少なくとも少女ではない足音。理央とリキュアは……少し離れているな。何かがあって移動したとみるべきか。
「何者だ。そこで何をしている」
「……てめェこそ何者だ」
「なに、その声……梓・ライラックか?」
わざと変装を解いた。アイツには悪いが、罪を擦り付けさせてもらう。
何、アイツはこっちじゃちょっとした英雄だからな。不法侵入でもあっちが悪になる可能性もある。
「聞こえなかったのかよ。てめェは何者だっつってンだ。あァさ、言えねェか。じゃあ具体的に聞いてやる。──召喚儀式の先導者か?」
「ッ!?」
おーおー、わかりやすすぎんだろ。
いいのか、それで。あァいや相手が梓・ライラックだから、ってなあるンだろうが。こっちのアイツは悪事の一切合切を見逃さず、全部崩していくよォな奴だったからな。
「名は? 声を聞く限り、エデンの教師じゃねェな。先生、なンて呼ばせてたみてェだが、はン、気色悪ィ趣味もあったもンだ」
できるだけ、なんならちょっと誇張したアイツの口調で。
矯正しよォと頑張ってた軛を解いて、盛大に馬鹿にした声で言う。
「……ふん、声だけ似せた所で意味はない。私の前に姿を現さない時点で梓・ライラックではない。そんなところにこそこそと隠れている時点でな」
「はァ、そりゃァ梓・ライラックを勘違いしてらァな。わ……俺が敵前に姿ァ晒すのは、勝ちを確信した時だけだ」
「そうか。では、確信の無いままに──死ね」
殺気。別にアイツじゃなくともわかるほどのそれは、なんらかの魔法の準備をした証拠。
けど、即時蘇生がある世界で「死ね」とは……。
「……儀式場を破壊したか」
「あン? もしかして今なンかするつもりだったのか? ハハッ、そりゃァ残念。ここにあるモンは魔法陣も触媒も全部殺したぜ。1つも再利用できねェ程終わってる」
「丁度いい。新鮮な内臓が目の前にいるんだ、新たに収穫すればいいだけのこと」
やっぱりさっきあった内臓類は生きてる人間から採取したものか。それを、内臓の無いままに保存しておく魔法か技術かで留めて……となると、話が一気にデカくなった。
とりあえずコイツを殺して情報収集を行うべきだな。
……リキュアと理央は、まだ遠くにいる。あの少女が引き離したか? もしあの少女も何らかの手段を持っていた場合がヤバいが……。
「ロックスピア」
「エアプレス」
準備室の破壊など気にせず魔法を撃ってきた──事への驚きは、まァ無い。教師じゃないことも否定しなかったくらいだ。学園エデンへの愛着なンてもんはないんだろう。
となると、完全に外部の魔法使用者。それが学園に根ェ張ってる時点で司令塔とか教員塔の怠慢なンだけど、そォいうのはまァおいといて──さて。
変装道具はもう亜空間ポケットにしまってある。
つまるところ、私の姿は完全に梓・ライラック。この身を晒していいものかどォか、っつー……まァ、私の良心に問うているワケだけど。
いいだろ。今更アイツに罪悪感とか無いし。
「エアスマッシャー!」
「ッ──本当に梓・ライラックだと!?」
「あァ? 馬鹿かお前。俺が2人といるワケねェだろ。声を似せた、だァ? はン、似せられるモンなら似せてみろってンだ」
躍り出る。
捉えた姿は、完全に知らない物。大きなとんがり帽子に真っ黒なローブ。手には杖と……。あー、プリメイラの書く創作物に出てくる魔女に酷似している。
はン? そォいやなンかクロムクラハから報告が入ってたなァ。
「魔女か」
「……かくなるうえは!」
炎の気配。
魔女の前に集中するのは、爆炎。その収束。この部屋1つは簡単に吹き飛ばせる程の熱量は、けれど。
「【終焉】」
「──!? 今、何を」
「残念だったな、たァ言っておくぜ」
拡散していく爆炎に義手を突き入れ、その奥の首を掴む。
枯れ木が如き首。まァこのまま折っても良いンだが、それじゃあ聞き出すモンが聞き出せねェ。
そうさ、私の【終焉】は【即死】に速度の点で劣る。だからこそ。
「私はアイツ程潔癖じゃねェんだ。仕方のない死に関しちゃ抵抗が無い。──エデンに害為す者。十二分に殺す価値があらァよ」
「ク……か、ァ……!」
「そら……少しずつ終わっていく感覚に震えろ。ハハ、即時蘇生があるンだ。何度も何度も【終焉】を味わえ。洗いざらい話したくなるまでな」
「ギ──ィ、ガ、ガァ……!」
ローブの下。足先、指先。末端から少しずつ腐敗し、朽ちて行く。
速度はこれ以上上げられねェがな。【終焉】を遅くする、ってなできるンだよ。ハハ、勘違いしてもらっちゃ困る。私だって苦痛は嫌いだ。悲痛は嫌いだ。
けどなァ。
「敵に容赦する程、私は甘かねェぞ」
さて、お前は何度終わる?
「ミズメさん!」
「ミズメ!」
「……どうしたの、2人共。……そんなに、息切らせて」
「どうしたの、じゃないです! 突然魔力が消えて……」
「それに、知らないのかい? 園内で不審者が出て、私達がいたすぐ近くの教室が破壊されているんだ。心配しないはずがないだろう!」
「……私、強いよ?」
「それは! ……そうですけれど」
有益な話は聞けた。
魔女……つっても妖精である魔女じゃなく、それを模した犯罪集団。国に巣食う怪しい教団。主神の名を問えば、ソンヒューィと言いやがる。アイツを主に祀るなンて正気の沙汰じゃねェ、つってな。
既にアレの身柄は学園側に引き渡してある。これで学園内で流行していた儀式魔法も終息に向かうだろう。先導者がいなけりゃ単なる少女だからな。
だが。
「……ごめん、2人共」
「もしかして……お出かけ、かい?」
「……わかるの?」
「わかるさ。わかるけど、それに私達が付いていく、と言うのはダメなのかい?」
「私達では、力不足でしょうか」
リジとウィジが消息を絶った、というのだ。
堂々と聞き込み、と言う名の乗り込みをしていた2人。協力者であり、アイツの知り合い。魔法少女として、というよりは戦士として強いあの2人が消息を絶ったという事は、薬品類を使われた可能性が高い。
ゆえにその捜索へ出向こう、というつもりだったのだが、さて。
2人を連れて行く……ことは、可能だろうか。
あの歴戦2人を連れ去るよォな相手に、この2人が通じるだろうか。
「……危ないよ?」
「承知の上!」
「わかっています!」
まァ。いざとなれば私が終わらせればいい、か。蘇生槽の無い世界ゆえ殺しての長距離移動はできないものの、敵の術中にはまる前に【終焉】をかければ逃がすことはできるだろう。
それに、この世界は一時の夢だ。
これくらいの夢があったって問題は無い。
「……うん。わかった」
「ありがとうございます」
「それで、どこに行くんだい?」
あの魔女より聞き出した敵の根城。
ソンヒューィを祀る教団の本拠地。
失楽の園、とかいう場所。
「……ついてきて」
さて──仲間を奪った敵に、死よりも恐ろしい終わりを見せようか。
「梓・ライラックだと?」
「馬鹿な……奴は国を出たはず」
どォすっかねェ、と1人上空で伸びをする。伸びる筋肉なンかないんだけど。
とりあえず青バンダナと赤スカーフは無事だ。それは確認している。ただ、俺が介入すると面倒な事になるンだよなァという懸念が渦巻いている。
魔物だ。
オーディン曰く、不変不死たる元来の神に近づきつつある魔物、らしィんだわ、今の俺。
それが降臨して人間の施設を壊す、ってなると……面倒なことに、討伐隊の類が組まれかねん。んじゃ【移様】で2人を奪還、ってのもちょいと違う。いや、最終手段でソレは考えちゃいるが、結局俺が関与したことがバレると面倒オブ面倒なのだ。
だからアズサになンとかしてもらいてェんだけど……なンかアイツ、見当違いの方向に行ってンだよなァ。
エデンに出た不審者とやらから情報を聞き出した、とかなんだろうけど、即時蘇生のある世界で死に慣れた奴らがそォ簡単にゲロるわけねェんだよな。どれほど残忍な手段で拷問したとしても、それ以上のものを経験している可能性が高いンだから。
ならこォやって魔力を探知して来た方が楽だってのに。
「なァよ、アンタならどうするね」
「……流石に驚いたな。俺に気付けるたァ思って無かったンだが」
「あァさ、まァ気配が不自然すぎる。俺っぽくはあるが、そォも不安定なのはなンでだ。他がかっちりしてるだけに、アンタは浮彫になってンだよな」
語り掛けるのは虚空。
声が返ってくるのも虚空。視覚的には何もいないそこに、けれど確実に1人、いる。
煙のよォな、影のよォな存在が。
「俺は代走者だからな。夜の使徒も、今や最も人間らしくなりつつある合成獣も、そしてお前も。誰もが辿り着かず──悲劇が起きそうになった場合。俺は修正用の代走として出て行く必要がある。けど、そォならなかったら要らねェ存在だ。だから不安定なンだよ。その時々で、お前らの気分1つで俺の存在が揺らぐ」
「そォかい。それで、そんなお前を助ける方法ってなあンのか」
「無い。……が、お前らがソンヒューィを倒し、世界からゆがみや脅威たる異物を除去し、その上で起きてくれたのなら、俺達は自分の存在を取り戻せる。……お前は直でここに来たから、目覚めるのではなく帰ってくれるだけでいいンだが」
「そりゃまァ、難儀だな」
代走者。
いるとは思っていた。つか、存在はずっと知っていた。その活躍も聞いた。
梓・ライラック。
此方の世界で偉業を成した、全てを導く英雄──らしい存在。
「俺は、クロムクラハってンだ。知ってるたァ思うが、名を教えておくぜ、薄っぺら」
「はン、そりゃ意味の無いあだ名だ。……が、いいぜ。俺は梓・ライラック。あンま調子乗ンなよ、半透明」
「ケッ、言ってろ」
まァ、似た者同士なんだろうな。
俺はいつ俺じゃなくなったのかを覚えちゃいねェが……どこまで行っても俺はアンディスガルじゃなくなってる。アンディスガルたるアイツはアイツだけだ。アズサも俺も、そしてコイツもアンディスガルじゃァない。
夜の寵愛を受けるアンディスガル。神さんの愛し子。まァアズサに至っちゃありゃもう完全な別人だが、俺とコイツはちゃんと影だ。
「ソンヒューィを倒したら、世界は平和になるか?」
「どォだろうな。更に混迷を極めるかもしれねェ」
「だが、お前がいりゃ十分だろう。全てを導いた英雄サマがいりゃな」
「肉体も精神も脆い夜の使徒じゃなく、あっちでみんなを支えてンのはお前なンだろ? 戦いと死と太陽の神」
「あァさ懐かしい呼び名だこと」
「この件が終わったらでいい。いつまでも知らないどっかの神を待ち侘びてるチビに会いに行ってやれよ?」
「……あァよ」
どっちにしろ、俺達はバックアップだ。
アイツがいない今──2人を助けンのはお前だぜ、アズサ。
「面倒な世界だことで」
「お互い様だろ」