遠吠えは遥か彼方に   作:劇鼠らてこ

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148.苦労図努差来琉.

 死が、そこにあった。

 誰もが死んでいる。生き返っては死に、生き返っては死に。痛みはあろう。苦痛はあろう。だが、()()()()()()()()()()()()()()()()に比べたのなら、些細なこと。

 大陸においてはジーウィースが主神とされている中で、ソンヒューィを主だとする教団。

 失楽の園──。

 眠りこそが唯一の死である、という教義は、ゆえにこそ死に一切の忌避がない。それは一般市民の何倍も薄く、狂気的。

 彼らは眠りを求める。悪夢を求める。もし、この世が既に夢であるというのなら──この世を悪夢に作り替える。何故ならばそれこそが死。何故ならばそれこそが安寧。

 

「何故ならばそれこそが、我らが真実になるただ1つの術であるからだ」

「……聞いてない」

「だが、聞かざるを得ない。あなたがどれほど強い力を持っていようと、あなたは仲間を大切にする人だ。ならばボクの話を聞かなければならない。それが唯一の手段なればこそ」

 

 油断したなァ、という話。

 あると思っていなかったのだ。ソレ。

 この世──夢の世界に、まさか。

 

 反魔鉱石があるだなンて。

 

 

えはか彼

 

 

 簡単な話だ。

 要は罠だった。そンだけだ。死の無い世界において拷問に大した意味はない。ソレに対し、私の理解度が浅すぎた。そンだけの話。

 あの不審者を問い詰めて得た位置に、確かに失楽の園の教会はあった。郊外も郊外、町はずれの森の中。ひっそりと──廃棄され、外敵をおびき寄せるための罠たっぷりの教会が。

 最初にやられたのは理央とリキュア。鳥籠に入れられ、四肢を鎖でつながれたウィジとリジを見て動揺したンだろう。あっという間に黒ローブの集団に捕まって、何らかの手段で眠らされた。

 当然私にも来たけど殺して、黒ローブ達に銃を向けて──女が1人、降りてきた。

 

 他の奴らの何百倍も豪華な服装だ。一目でソイツが一番偉いとわかった。だから【終焉】を放って。

 それが、奴の取り出した反魔鉱石によって打ち消されて今に至る。

 

 こっちの奥の手に対しちゃんと反魔鉱石が効くとわかるや否や、完全に優位に立ったと思い込んでペラッペラ教団の教義を喋る女。聞いたことの無い声だ。少なくとも知り合いじゃない。

 銃は捨てさせられた。まァどうでもいい。無くても魔法は使える。反魔鉱石を加工する術は持ってねェのか、枷の類をつけてくることはない。意味があるのか無いのか、理央とリキュアの首筋にナイフを突きつける黒ローブが一応脅しにはなっている。

 2人は……起きそうにない。魔法薬かそォいう魔法か。前者かね。どォにもこの敵は魔法薬学に精通している気がする。

 

「……貴女達の、崇高な、目的は、わかった。2人を。そして、そっちの、2人を。助けるための、条件。何?」

「良い友達愛だ。ボクの言葉を遮ってまでとなれば、余程だろう。本来ならば"酸のプールに漬けて溶けて行く過程をじっくり観察するの刑"を執行するところだが、今回ばかりは話が違う。……ははは、そう怖い目をするな。とっても簡単だ。とーっても簡単な任務だ」

「……任務?」

「そう。──これよりこの場の幻術を解く。驚くだろう。だが安心しろ害はない。幻術自体にはな。……あそこにいる2人の少女。アレは人質、あるいは救助対象だ」

「……」

「わからないか? わからないだろうな。良い。そう愚昧でなければ、このような大がかりな仕掛けをする意味もない。──オイ、ファントムキャッスルを解け」

 

 言葉と同時に指を鳴らす女。

 瞬間──まるで絵具を水に流したかのよォに、今の今まであった教会が消えて行く。周囲の森も、何もかも。

 ソレに驚いている奴はいない。

 

 ああ、でも。 

 私だけは。

 その、晴れた世界に──私だけは、驚いたのだろう。

 

 そこは。

 

「……ここ、は」

「重ねて言おう安心したまえ君の友人は今解放する。気付け薬も吸入させてある。直に目を覚ますだろう。それまでは君が守るか、即時蘇生に頼るがいい」

「……湿地帯」

 

 いない。女も黒ローブも。

 アレら含めて幻術。そんな大がかりな事をしてまで私を、私達をここにおびき寄せた。

 

「失敗条件は2つ。人質の破損、及び少女らのロスト。ボクらの育てた狂暴な魔物が潜んでいるから早く行った方が良いとは言っておこう。人を襲わない魔物ではなく、むしろ積極的に人を襲うように躾けた魔物だ。あの程度の鳥籠は簡単に食い破り、中の少女を──食べても食べても無くならない肉塊を、さぞ喜んで食べる事だろう。腹は空かせているだろうからな」

「……質問が、ある」

「よかろう。だが、ボクは急げ、と言ったはずだぞ?」

「……貴女達の真意。知らない。聞かない。必要ない。……ただ──失敗した場合、どうなる? ……何か、貴女達から、罰則でも与える気?」

「ほう、失敗した場合か。そんな事を聞くという事は、失敗する可能性があると思っていると──そういうことかね?」

「……質問しているのはこっち。……質問を了承したのも、そっち。答えて」

「ああ、うむ。そうだな、罰則は特にない。失敗はつまりそのまま君の友達が餌になると、ただそれだけだ」

「そう」

 

 どこからか聞こえてくる声。

 それがどこか、なンて。

 

「──んじゃァ、速攻でいいなァ」

 

 2人が眠ってンなら好都合だ。

 あの()()ごとここにいる奴ら全員終わらせてやるよ。

 

 

 

 

「まず1人」

「──ッ!?」

 

 似ているのはわかっている。というか確実に知っててやってる奴がいる。

 私達の任務。湿地帯でアビスワームの巣に投入された人形を助け出すアレ。懐かしい、あまりに懐かしい話だ。

 その再現をさせられている。

 

 が──。

 

「2人目。加えて1匹」

「──!」

 

 あんな、ゴミみたいな魔力とあまりにも幼稚な魔法しか使えなかったあの頃と一緒にされても困る。感知能力は莫大に上がっている。身体能力は常人の何百倍とあり、その上で魔力による強化ができる。亜空間ポケットには数多くの武器が入っているし、何よりこの腕は他のどんな物質よりも硬い。

 一緒にするな。C級魔法少女梓・ライラックはどこにもいない。たとえ多少なりと任務の難度が上がろうと、この程度に苦戦する程弱くはない。

 

「ッ、出てこいアビスワーム! 奴を食え!」

「馬鹿が。てめェらも一端のドラゴンならわかるだろ? 巣伏利種金党利点魚棟,損駄画陽亜(難陀に逆らうか、木端風情が)

「──」

 

 脳か、喉か、心臓か。

 どこかわからないところに走るズキりとした痛み。自分でも意味の分かっていない言葉。だけど、私の精神が言う言葉だ。グクマズとは違う、あるいはジョームンガンダーと同じく──地を這う龍(ワーム)。その種別における、かつては最上位の一角であったオリジンとして。

 食い合い結構。共食い結構。

 だが、勝てねェ相手くらいは見定めろ。人間に躾けられた程度で忘れるな。

 

「ッ、なんだ!?」

「アビスワームが逃げて……」

「馬鹿、狙うのは俺達じゃない! アレを──うわぁ!?」

 

 反旗を翻す。

 当然だろう。死なないだけの人間などより、私の方が怖い。魔物にとってオリジンは絶対に近い存在だ。クロムクラハがおかしいだけで、一般魔物がオリジンに楯突くことはまずない。

 そんなことも忘れてしまったのなら、今すぐに死ね。

 私は仕方のない死は許容するぞ。

 

「──緊急命令だ! あのお方より賜った命令では手を出すな、とのことだったが、変更変更! 今すぐにアレを殺せ! 殺して手足を杭で縫い打ち、磔にしろ!」

「判断が良いなそこだけァ褒めてやる。だが遅い。てめェの位置も、アイツら本物じゃねェってこともわかってンだよ!」

「ひ、」

 

 湿地帯、中央。

 両手首、両足首を杭に縛りつけられた状態のリジとウィジ。

 魔力の気配もするし、呼吸をしているよォにも見える。けど見えるだけだ。アイツ程じゃないと何度も言うけどな、私だって生命の気配は辿れンだよ。終わるか終わらないか、っつー気配だけどな。

 

 さァ、空を駆ける。

 普段使ってるエア系の魔法なンて、難陀が得意としていたことの延長に過ぎない。雲を掴み、宙を泳ぐ難陀にとって、空を足場にすることは呼吸と同じくらい日常だ。

 だから駆ける。駈け寄る。沼地になど触れもせず、人形2体と──そして、声の出所へ。

 

「マッドスパイク!」

「【終焉】」

 

 良い判断だ。湿地帯。沼地。ゆえに周囲にあるものを惜しみなく使う魔法で、且つ攻撃力が高く、敵の動きを止められる魔法。防御魔法は必要ない。反魔鉱石があるから。

 ってのが通じるのは普通の奴だけ。

 

 私の【終焉】がどォいう形してンのかお前知らねェだろ。

 

「ギ──!?」

「あァさ、アンタの誤算は2つだ。1つは私の魔法を見くびった事。もう1つは私の耐久力を見誤ったこと。……私の腕が、泥の槍如きに貫かれるかよ」

 

 私だって防御魔法は必要ない。この腕は折れない。割れない。貫かれない。燃えないし凍らない。融けない。そもそもが自然の鉱石でなく、非人道的行為によって作られた命の塊なれば。

 

「何故、ボクの腕が、腕が!」

「やっぱりな、アイツが異常なンだよ。【終焉】は目に見えねェんだぞ、どォやって相殺すンだよ。それも、剣振るった時に飛び散る水滴を的確に当てるとかどォかしてる。なァ、そう思うだろ?」

 

 アイツの、なンだっけ。死飛沫だっけ。

 それを的確な場所に飛ばす、ってこと自体がどンだけ難しいか。それを仲間に当てず、敵の魔法にだけ当てるってのがどんだけ難しいか。

 ……なんか最近の私アイツの事ばっか考えててヤだな。やめやめ。安直ちゃんの事でも考えよう。

 

「ッ、ぐ!」

「へェ?」

 

 徐々に終わっていく腕に恐怖していた女。けれど、覚悟を決めたよォに顔つきを変え、瞬間肩口から終わっていく腕を切り落とした。

 確かに対処法としては間違ってねェ。だから私は首を狙うンだし。末端から終わらせて、切り離されたら面倒だってことさ。

 

 だが、当然。

 そんなことをすれば、凄まじい量の血液が飛び出る。私が終わらせなくともこいつは死ぬだろう。死んだところで生き返り、欠損も治るンだろうが──その時にはもう、私の銃口が口ン中に入っている。

 

「──羽衣世零触霊途不応外堆韻具(忘れじを言祝ぎて),綯宇藍明日来有塔同磁生無(今ここに願い奉る)!」

「あン?」

 

 突然獣のよォに唸り始めた女。

 それが唸り声でなく、世界言語だと気付くのに数秒を要してしまった。

 

低句身塔湯上伏例巣(ボクを御身のもとへ)!」

「【終焉】──チ、逃がしたか」

 

 その場から消失する女。

 ……転移魔法なんざ、恵理須でも存在しなかった物だ。しかも今のは世界言語……あーくそ、私が聞き取れりゃなァ。

 っと。

 

 それよか、理央とリキュアを。

 

「……」

「……」

「……あはは」

 

 速攻だった。凄まじく速攻で片付けた。

 けど、気付け薬、というのはちゃんとしたものだったらしい。

 

「……おはよう、2人共、お寝坊さん、だね?」

「流石に無理があるかな、ミズメ」

「嫌ったりしませんから、ちゃんと話してくださいますすか?」

「あー……あァ、わかったよ」

 

 まァこれで、結局こっちでもバレちまったと。

 ……んじゃまァ、白紙に戻ったウィジとリジ探しをしつつ、ネタバラシってもんをしますかね。

 

 

 

えはか彼

 

 

 

「っは、っはぁ、っはぁ」

 

 女が1人、走っている。

 片腕の無い女。道行く人々は「何故死なないのだろう」と思うだろう。死なばすぐにでも回復するというのに、何故、と。

 腕。否、肩口は無理矢理集めた周囲の肌や筋肉によってグロテスクに固まっている。見る者が見れば止血ポーションをかけた結果だとわかるだろう。

 止血と同時に激痛を伴うそれ。

 けれど女には、それを使ってまで死なないでいる必要があった。

 

「はっ、っはぁ、はっ……」

 

 主神ソンヒューィを讃える教団、失楽の園。

 かつては細々と存在していたこの教団だが、近年に入ってその姿を変えつつある。それなりに長い年月、司祭の1人として教えを説いて来た女とって、その変貌は到底許せるものではなかった。

 だけど、従ってきた。従わざるを得なかった、と言う方が正しいか。

 だって──逆らえばどうなるか、など。

 

「こんばんは」

「──ッ!」

 

 女の前に、少女が舞い降りる。

 薄い灰色。プラチナかシルバーか、少しばかり紫も入っているだろうか。

 月夜にキラキラと輝く髪。ツインテールのそれは重力を無視したようにふわふわと揺れ動き、どこか幻想的な空気を醸し出す。

 

「……申し訳、ありません」

 

 その少女に対し、女は即座に膝を、否頭を地に擦り付けた。

 判断が早い。女は少女のことなど何も知らなかったが──状況と、起こり得る全てから最悪のものを掴み取り、即座に行動に移したのだ。

 

 即ち、彼女がソンヒューィであると。

 

「謝る必要はないよ。大丈夫。今、ソンヒューィは眠っているからね」

「……では、あなたはいったい……」

「私はあるるらら。世界に溶ける者」

 

 この邂逅によって──全てのピースが揃う。

 残りの余白は、各人の勇気次第だろう。

 

 忘れられたこの世界が、世界になるための第1歩。それが今、ようやく浮き上がったのだ。

 

 

えはか彼

 

 

 

「おらァ!」

「カチコミです!」

「逆らうならぶっ飛ばすよ!!」

 

 失楽の園。その教会が国内にあると知ったのは、単純に国民に聞き込み調査をしていた時の事。

 入った事はないけど場所なら知っている、と、名前も顔も全く知らねェ兄ちゃんから詳しい場所を聞き、向かえばほらまァこの通り。

 

 私のキックと理央の拳で教会の扉をぶっ飛ばせば、中にいた黒ローブ達が一斉にコッチを向く。

 向いて。

 

「……あン?」

「梓・ライラック様。李・理央様。リキュア・アールレイデ様とお見受けいたします」

「え、ええ。そうですが……」

「ご友人がお待ちです。どうぞ、食堂の方へ」

「食堂ォ?」

 

 一斉に傅いたのだ。

 まァ、当然罠を疑う。さっきそォだったし。

 だけど、魔力反応も無ければそもそも黒ローブ達が武器を持ってない。個々人が持ってる魔力もかなり低い。加え、気配としてリジとウィジが動いてンのがわかる。

 

 ……最大限警戒しながら案内された食堂に行って見りゃ、ものっそい勢いで料理を食べる2人の姿。

 おいおい睡眠薬かなンかで眠らされたばっかだろ、どォ考えても危険だろ……という言葉は、私達を案内した黒ローブがそのローブを脱いだことで飲み込まれた。

 

「……え、あ……お姉様……?」

「はい。初めまして、でしょうね。お2人も初めまして──私はアムリタ・アールレイデ。リキュアやフェリカの姉です」

「な、……んでそんな人が、失楽の園の信徒なんかを?」

「簡単に言えば、潜入調査、という奴ですね」

 

 アムリタ・アールレイデ。確か、【重圧】だったか。

 彼女の言葉を機に、近くにいた黒ローブ達が一斉にそれを脱ぐ。

 

 下から現れるは、どいつもこいつも見たことのある顔ばかり。

 

「お姉様……どうして」

「学園長からの命です。ソンヒューィを崇める宗教団体の全てを調べること、そして害ある行いをしていた場合、問答無用で潰すこと。国からの許可も取っています。今回の場合は学園エデンへの干渉及び生徒の誘拐……問答無用とは言われましたが、十分な罪状でしょう」

「それは、確かに」

「ただ、主犯格と見られる女性、名をジェーン・D。彼女と、彼女の直属の配下の姿だけはありませんでした。貴女達の知っていることを話してください」

「……知ってる、前提」

「ええ、それはもう。ジェーン・Dの私室にありましたよ。地図と計画書。そして、あなたの写真。敵の狙いが貴女、ミズメさんであることは確定していました」

 

 私が狙い。

 そりゃ……おかしな話だ。

 だって今回私がこの件に当たったのは、学園内で怪しい事が起きてるって噂を理央が持ってきたから。リジとウィジに囮役を頼んだのだって私の思いつきだし、失楽の園って言葉を知ったのだってあの不審者を拷問したからだ。

 接点が無さすぎる。こんな教団に狙われる理由が無さすぎる。

 況してやミズメだ。何もしていない単なる魔法少女を何故狙う。

 

「……その、私室。見てみたい」

「はい。案内します」

「ミズメ、私は一応リジさんとウィジさんのもとにいるよ。また幻術という可能性もゼロじゃない。今度の今度は最大限警戒して、何かあった瞬間この教会ぶっ飛ばすから、覚悟はしておいてほしい」

「……その意気」

「では、私はミズメさんと共に行きます。理央、お気をつけて」

「そっちもね」

 

 疑われる事はわかってる、とでもいいたげだ。何も言わず、歩き出すアムリタさん。

 

「ああ、1つ」

「……何」

 

 かと思ったら、やっぱ文句の類を。

 

「先程の入場の流れで、貴女の話し方が本来のそれでない事はわかっています。喋りやすい方でどうぞ」

「……あァよ」

「うう、あの大人しくて可愛らしいミズメさんは幻だったんですね……」

「なンだよリキュアはこーいう私が嫌いか?」

「嫌いなことありませんけど、……ありませんけどぉ……」

「リキュア。人の見た目や言動を他者である貴女が決めつけるものではありませんよ」

「は──はい、申し訳ありません、お姉様」

 

 なんぞ。

 アールレイデ家は特殊な成り立ちだと、むかーし昔お嬢に聞いたことがある。

 姉ではあるが、姉として認識して育ったわけではない。妹ではあるが初めて会う。

 それでも……なんか、やっぱり似てるなァって。

 

 そう思った。

 

 

 

 

 で、私室とやら。

 

「……うわ」

「その反応はとても正しいかと」

「うわ……」

 

 私とリキュアで似たような反応を零す。

 うん。

 うわ。

 

 確かに、計画書やら地図やらはあった。綿密に文字の書かれたそれは、今さっきまで私達が戦っていた湿地帯のそれそのもの。禁止事項やルールなどが書かれていて、日時の指定まである。

 日時の指定まである、ってことは……理央に情報掴ませた所も故意ってことか?

 

 でもそれより、だ。

 

「……一歩間違えればストーカーだな」

「一歩間違えなくともストーカーですよ、これ」

「初めて見た時は私達も引きました。……好意がないのだとすれば、相当な執着です」

 

 壁一面、天井一面に張られたミズメの写真……。

 様々なアングルから、そして様々なシーンを切り取ったそれらは、いや、その、うん。

 

 引くわ。

 

「どういう……なんで私を」

「……ミズメさん。貴女は、錬金術、と言う言葉に聞き覚えはありますか?」

「まァ、多少は。鉱石操作魔法の発展途上系、だろ?」

「一般にはそう言われています。ですが、その本質は──2つの対象を合成する事にあります」

「……」

「金属を作り出す、などの役割も存在しますが、それについては魔法が確立されているため本質であるとは言えません。一般に秘された本質。その最奥。それが合成」

「……それが、私と何の関係が」

「ジェーン・Dは、失楽の園の司祭である前に──錬金術師でもあったそうです」

 

 関係は有りすぎる。

 合成。合成獣。私の本来の姿。

 太陽の肉体。風の精神。夜の心の合成獣。……恵理須において、マッドチビが生み出した私。その技術が魔法ではなく錬金術だったとしたら──関係は大いにある。

 

「これ以上は貴女個人の問題ですので踏み込みませんが、忠告です」

「あァ──気をつけろ、って事だろ」

「はい。貴女の正体を知る者にとって、貴女という()()()はあまりに稀有な存在。聞いただけの私では到底信じられる話ではありませんが、妄信、妄執という形で学問を推し進める方々にとって、貴女は──」

「いや、いいよ。それ以上はいい。リキュアもいるしな。……大丈夫、自衛はできる」

「失礼いたしました。……それではそろそろ撤収と行きましょうか。現場はエデン及び警察機構によって押収、調査が為されます。あまり良い事ではありませんが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「え、お姉様それは」

 

 ハ、アールレイデってなみんなそォなのかね。

 思えばお嬢もちょいとワルな所がある。リキュアもさっきカチコミです! とか言ってたし。

 アムリタさんのこれは、サツに取られたくないものがあったら取っとけってな、少なくとも正義の味方が言う台詞じゃァない。

 

 それじゃ、ありがたく。

 合成獣に繋がりそうな、辿りついてしまいそうな資料を奪う。ミズメが狙われている、ってな事実はまァ良い。護衛がつくとかそんなんだろ。いらねェが、色んなことの体裁としては丁度いい。

 そんで……あとこれ。

 

「それは?」

「ン? あァ、知らねェのか。ま、これ自体はサンプルだから触ってもなんも無いけど」

 

 青みがかった、結晶。

 間違いない。これはただのガラス細工だが、この特徴的な文様と表面の感じは──キスキルの結晶だ。

 

 繋がって来たなァ。

 

 ──ん?

 

「あ、ちょっと今から私消えるけど気にしなくていいから。屋上行くだけだから」

「え?」

「何を、」

 

 瞬き。

 次の瞬間には、目の前に神がいた。

 

 いつも唐突だけど、なンかちょっとわかってきたな。狙いを定められる感覚がある。

 ……となると、これ多分アイツなら殺せるな。

 

「よォ、間に合ったよォで何よりだ」

「間に合うも何も、教徒たちは全員スパイだったじゃねェか」

「そォじゃなかったンだよ、少し前まではな」

「はァ?」

 

 ……意味わからん。

 相変わらずこいつは……なんというか、神の視点に立っちまっててたまに話が通じない。

 

「で、何用だよ。またキスキルの結晶壊しか?」

「あァまァそれもしてもらわなきゃなんねェんだけど、ちょっと忠告っつーか、言っておきてェことがあってな」

「?」

 

 クロムクラハは──妙に真剣な顔で。

 うすぼんやりとした輪郭でも、わかる。真面目な話だと。

 

「お前、最近世界言語使うようになっただろ。意味は……多分、わからずに使ってンだろうけど」

「あ、あァ。私の中のオリジンに身を任せると、なんとなく使えるンだよ。でもそんな頻繁には使って無いぞ」

「やめとけ。クソ頻繁に使ってる俺が言うのもなンだが、そいつは毒だ。俺は神ゆえに、アイツは死者ゆえに使い得る。けど、お前さんはこの世界で生まれた存在だ。あァ恵理須と山脈月の話じゃないぞ。この冥界全体の中で生まれた存在、って話だ」

 

 それは。

 まるで……お前たちが違う、かのような。

 

「夢が覚めても、生きていけない身体になってる可能性がある。それくらい危険な言葉だ。お前は身体能力や魔法でなんとかできるポテンシャルがあるンだから、使用は控えろ。やばかったら仲間を頼れ。頼りねェたァ思うが、魔法の指示をするだけでもいい。手足みてェに使うンでもいい。だから、できるだけ世界言語は使うな」

「……確約はできねェが、わかった。これに関しちゃお前らの方がわかってるからな」

「あァ、そうしてくれ。アイツも俺も、お前に死んでほしいとは思ってねェからよ」

 

 それが伝えたかったことらしい。

 クロムクラハは大きく翼を広げる。

 

「あ、待て。クロムクラハ」

「ン?」

「錬金術師だ! 錬金術師に気をつけろ!」

「……──あァ、わかってる」

「それって、どういう、」

 

 わかってる、って。

 どういうことだ。

 そォ聞こうとして──。

 

 もうそこに、彼女の姿は無かった。

 遠くの空を飛ぶ銀色。……せっかちかよ。

 

「ミズメさん? そこにいますか?」

「あァ、今降りるよ」

 

 失楽の園。ジェーン・D。錬金術師。

 またよくわからねェモンが出てきたが──アイツは上手くやっているかね?

 

 

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