2人の人間が来た。
依頼者ではなく、若い男女。どこか見覚えがある。
私を見るなり、2人は飛びついて来た。咄嗟に魔法で防御するけれど、どうにも殺気がない。害意というものが感じられない。
だから解除して。
大人しく、抱き締められる。
「な……何よ、アンタ達」
「見つけた。……ようやく、見つけた」
「立派になったのね。……ごめんね、ずっとずっと、1人にして」
聞き覚えがあった。見覚えがあった。
こんな格好ではなかった。古ぼけた記憶。昔の記憶。"そうであった"と押し付けられた記憶などではなく、私が過ごした500の歳月。その、始まりの、始まり。
覚えがあった。
覚えがある。
男女だ。こんな服装ではなかった。もっとボロボロの服だ。襤褸布。身体なんか上手く隠せない──隠す必要はないとされていたから。それでも覚えがある。顔を。声を。優しい声だった。ずっと、「大丈夫、大丈夫」と。「泣かないで」と。「ごめんなさい」と。
覚えている。
"そうであった"と押し付けられた記憶をかき分けて、"そうじゃなかった"歴史を覚えている。
自然──涙が零れていた。
2人。男女。若い男女だ。まだ若い。
けど。
「ディミトラ」
「また会えるとは、思っていなかったよ」
私は、その2人を。
「……悪い夢ね、ほんと」
奪われたはずのソレは、しかし記憶の通りに動く。
あぁ。最悪だ。最悪の夢だ。怒りが沸いてくる。苛立ちが募る。
「ディミトラ……何故……!」
「ようやく、ようやく会えたのに──!」
「ごめんなさい」
悲痛な声が石壁越しに響く。
知っている。多分、この2人に悪意はない。害意はない。知っている。2人にあるのは無償の愛だ。己を隠し、育て続けた時と同じ、無償の愛。本物だ。本当に彼女らは──自分の。
それでも。
「ごめんなさい──パパ、ママ。それでも貴女達は、私のパパとママじゃない。あの2人は死んだ。それは覆らない事実。たとえこちら側の貴女達が本当の両親であっても、私の両親じゃない。──だから、ごめんなさい」
先ほどまで充足を感じていた思考が冷たくなっていく。
未知の技術の解析に燃えていた心がある者へ向けての怒りに変わっていく。
今の今まで感知しきれていなかった全て──この屋敷と、隣接する街区のあらゆる鉱石の所在に自身を浸していく。
ため息をちゃんと吐けているだろうか。
私の口から出ているのは、コールタールが如き黒ではないだろうか。
「殺しはしない。貴女達の本当の娘は今眠ってる。だから、私が出て行くまでの間、貴女達も眠っていて。……ここは良い所。それは認める。楽園なのでしょうね。誰も死なない。死んだ者も蘇る。全てが元に戻る世界。……ええ、それは認めるわ」
どぷん、と。
彫金用に貯めた鉱石や在庫のそれぞれが溶けて行く。
霞がかった頭。
それを1度、吹き飛ばす。
ああ──スッキリした。
「残念。私のいるべき場所は、地獄よ。こんな居心地のいい場所じゃない」
想像する。干渉し、形を作る。
音を立てて翼が生える。右翼。左翼。それを支える骨と皮膜。ごつごつした胴体と強靭な脚。尾。恐ろしい顔にはぎょろりと目玉が揃い、牙の奥には黒が覗く。
一瞬、ほんの一瞬だけ躊躇して──けれど、2人を排出する。
さようなら。
会いに来てくれて、嬉しかったわ。
ああ──本当に。
「どうせ今もどっかで命を危険に晒してるんでしょ……ああ、イライラする。ちょっとは頼りなさいよ! 忘れてたのは悪いと思うけれど、事情を話すとかできるでしょ!?」
咆哮を上げるは巨竜。
銀の体を持ち上げて、高く空へと飛びあがる。
地上からいくつかの魔法が飛んでくるけどすべてあしらう。その程度の出力で抗ってこようとするんじゃない。初見の魔物を相手にするときは様子見から、って習わなかったワケ?
ああ。
あああ。
「いらっいらする──」
「同感です」
「きゃぁ!?」
まだちゃんと思い出せない自分が何よりもイライラする、と吐き捨てようとして。
耳元から聞こえた声に、情けない悲鳴を出して仰け反った。
「知っていることを洗いざらい話してください」
「ふむ……ローグン。その言葉を向ける先は、仕えるべき主君で間違いないか?」
「本来ならば違いますが、そうも言っていられない状況であるのは理解しましたので」
「そうか」
ずっと、夢を見ている気はしていた。
夢のような時間。夢のように楽しく、幸せな時間。仕えるべき家の誰1人欠けておらず、己の周囲から誰もいなくなっていない──不可思議な空間。
あり得ないという理性を抑えつける何か。自身の成り立ちを、この忠誠の形成になくてはならない出来事を無理矢理消してしまったかのような違和感。
それがなんであるのかを理解したのは、あの夜。
キリバチ様とエミリー様の誕生日。あの夜に、キリバチ様と話をしていた──あまりにも神々しい魔物。ライラック様と同じ顔をした魔物。あるいは神の一端とも取れる程の威圧は、私の中の何かに火をつけた。
違う。
今の私は、違う。
夢のような時間。夢のように楽しく、幸せな時間。
でも──それは。
「キリバチ様。貴女は何を知っているのですか。何を抱えているのですか」
「抱えている?」
「……時折見せる憂い顔に私が気付かないとでもお思いでしたか?」
「ああ、なんだ。目ざといな、ローグン」
キリバチ様が見せる、悲しそうな顔。幸せを享受できない顔。
私達がソレに気付かないはずがない。
「私が何を言っても、信じられるか」
「はい」
「そうか。……いいか、ローグン。この世界は夢だ」
「やはり、そうですか」
「なんだいやに軽いな。気付いていたのか?」
「そんな感じがしていた、というだけです」
夢のようだった。
だから、この世界が夢だと告げられて。
夢なのだろう、と理解した。
「母上も父上も、もう生きてはいない。私は両目を失い、エミリーは魔法を失った。お前たちの家族も死している。この家で働く数多のメイド。その全てが……ローグンとリヴィル以外の全てが、既に死んでいる」
「……」
「世界は寿命を迎え、終わった。現在の私達は冥界を漂う始の点に住まい、魔物と魔法少女と人間が共存する状態にある。国の人間の行方は知れないままであり、現在捜索中だ」
「そうですか」
「ああ、そうだ。なんだ、受け入れが早いな」
早い、わけがない。
死んでいる。……どのようにして? 何故蘇らなかったのか。死んだままになっているのならば、何故蘇生しないのか。
生きてはいないのならば。
何故。
「何故」
「理解できないのならば理解できないままでいろ。その方が幸せだ。夢が終わるまで夢の中にいた方が良い」
「……いえ」
夢だとして、夢でも構わないと……そう思う自分もいる。
現実である必要が無い。
ではなぜ、私はキリバチ様に洗いざらい話せ、などと言う言葉を放ったのか。
そんなもの、決まっている。
「これが夢である場合──誰かが、困りますか」
「死んだ者が蘇り、誰もが幸せを享受し得る世界で、誰が困るか、か」
「誰もが幸福であるかはわかりません。世の中には誰かが生きているだけで不幸であるという方もいますので。そうではなく、これが夢であると。現実ではないと。それによって苦痛を得ている方がいるのでしょうか」
「いないのだろう。だから誰も、積極的には動いていない。誰もがただそれではいけない気がする程度で生きている。夢だと気付いている者でさえ、だ。解放せずとも、いずれ夢は覚める。その時まで待ってもいいのではないかと──そういう者もいる」
「キリバチ様は」
「私も、そうだ。頼まれたのならば動きはするがな。誰がどう考えても過酷な現実と、誰がどう見ても幸福な夢。どちらを選ぶかなど決まっている。何が悪い。夢であることを、誰が咎める」
誰も咎めない。
誰も困らない。誰も悪くはない。終わりの無い幸福に溺れたところで、誰も。
「ローグン。お前が幸せを手放す必要はない。お前が身を粉にする必要はない。憂う事も、悩む事も、傷つく事も──全てが必要ない。だというのになぜ、お前は夢から覚めようとする」
そんなこと。
それもやっぱり、決まっている。
「私の主人は、もう1人います。この夢の中にいては、その方に仕えることができません」
「夢から覚めてもできないやもしれんぞ」
「いいえ。少なくとも現実ならば、現状を変える努力ができます。それがどうしようもないことであるのなら、どうしようもないという事実を手に入れることができます」
「そんなものをどうして欲す」
「──その方が、燃えるので」
キリバチ様は、ハ、と短く笑う。鼻で笑う。
「ならば行け、ローグン。この世界では私達の世話など必要ない。夢の中くらい、好きなことをしろ」
「御意に」
だから、呟く。
自分の知らない言葉。自身で世界を侵す言葉。
「【侵食】」
こちらの私を放棄し。
「こちらの私が私になった、という次第です」
「何かという次第です、よ! 心臓止まるかと思ったじゃない!」
「止まってもすぐに動き出すのでは?」
「そうだけど……そうじゃないでしょ……。というか、アンタ誰よ」
「それは此方の台詞かと。貴女はどちら様でしょうか。そして何故私は衣服を纏っていないのでしょうか」
「知らないわよ!!」
さて、やはり上手く思い出せません。
問答だけではどうにもこうにも。なんだか、そうだった気がするし、そうじゃなかった気がする、程度のあやふやな記憶。
とりあえず衣服を着たい所です。
「……ちょっと、目に毒だから、とりあえずコレでも着てなさい」
と言って少女が差しだしてきますは……えー、甲冑、でしょうか。
甲冑の下に何も纏っていない女性、というのは事件性がありますね。
「ところでここはどこですか?」
「私が作ったドラゴンの中よ」
「……ふむ。えらいえらい」
「馬鹿にしたでしょ、今」
「はい」
額に青筋を浮かべる少女。
……どこかで……見たことが。
「ああ、確か、彫金師の……」
「ディミトラよ。因みに私はアンタに見覚えなんかないから」
「コーネリアス・ローグン、と申します。初対面で申し訳ないのですが、貴女に同行させていただけないでしょうか」
「なんでよ」
「さぁ?」
理由を聞かれても困る。
やりたいことに従ってやっただけだ。私だって理由など知らない。
「……いいわ。多分アンタは私の小間使いかなんかだったんでしょ。連れて行ってあげる」
「ありがとうございます。ですが、私が仕えるべき相手は3人だけなので勘違いかと」
「どこへ行くか、を聞かないのね」
「どこへ行こうと同じですので」
少女──ディミトラ様は、まぁそうね、とだけ呟いて。
自称彼女作のドラゴンは、西へ向かう──。
「いやはや、吾に斯様な日々が訪れようとは。なぁミチサネ、お主もそう思うであろう?」
「……思いはするが、あなたはもう少し節制を覚えた方が良い」
「クク、何を言うかと思えば。ユノン姫には大層甘くしていただろうに、吾にはさせぬと?」
「余はそれを覚えていない。それ自体を悲しむ心はあるが、思い出せないのも事実だ。そして、その事実があったとして、あなたに国庫を湯水が如く使わせる理由にもならない」
「ク──変わらずつまらぬ男よなぁ」
西方はヒノモト。
国唯一の城が天守閣にて男女が1つ。
眼下に広がる国を肴に、女がくつくつと笑っている。
「わかっているのかえ? 吾が動けば、夢の終わりは早まる。そうすれば」
「余が魔物となり、そして死した事実を受け入れることになる。そう言いたいのだろう、あなたは」
「そうだ。己でない感情に動かされ、己でないものになり、そして死する。これからの話ではない。もう終わった事、過ぎたことだ。この先、夢より覚めるものが現れても、お主はついていけない。先に起きたユノン姫に会う事もできない。主の死は必定だ」
現実の話。
ミチサネ公……あるいは魔物、オリジンであるカンコウ。
彼の行く末に、未来というものはない。あるのは冷たい死だけ。
「悲しいと思う心はある。虚しいと感じる心もある。……それだけだ。余はもう、十分だと考えているよ」
「そうか。それではあの時吾に語った、もう一度愛し合えたのなら、という言葉も嘘か」
「余はそんなことを言ったのか?」
「クク、言うと思うか?」
「言わないだろう。余の覚えていない余であっても、大きな違いはそうないだろうから。もし、余が最期に瀕した時。あなたに対して、言う言葉があるとすれば──」
女は、ナリコは。楽しそうに、愛惜しそうに、言葉を重ねる。
「あなたを忘れない」
カンコウは口を突いた言葉の重なりに驚き、ナリコは可笑しそうに笑う。
「わかるよ。余にも、これがおかしな世界だと」
「ああ。こうして言葉を交わすことさえ冒涜だ」
「そうなのだろう。死別に、どんな感情があったことか。……余は惜しまれて死んだのだな」
青空。
そこに天幕など存在しない。
地中。
そこに輪廻の車輪など存在しない。
「余は、消えるべきなのだろうな」
「否定はしない」
「ふ……冗談でもそんなことを言うのはよせ、と。あなたがそんなことを言ってくれる存在ではないと、余も知っているよ」
死人に会える。
死人と会話ができる。ゆめまぼろしでなく、その本人と。
夢のようだ。
だからこそ、其処に意味がなくなる。
「ナリコ。あなたはゆめまぼろしではないのだろう?」
「そうさな。吾は頭領により無理矢理呼び出された存在だ。ゆめまぼろしではない」
「この、眼下に広がるヒノモト。その民草に、生きている者はどれほどいる」
「全てが生きているのだろう。少なくともこの世界では」
「夢が覚めるとき、それは苦しいのだろうか」
「それを知る事が、お主の行動を左右させるか?」
させなかった。
カンコウは、善に生きようとした者だから。
「余は、どうすれば死ねる?」
「殺し得る存在が3つ。エデンに在籍しているだろう、ミズメという少女。今は遠い所にいる吾の妻、梓。そして世界を飛び回っている神に近しき魔物、クロムクラハ。かつては同一であった、しかし既に異なる3つ。それならばお主を殺し得よう」
「ならば、ナリコ。余と共に国を出る事を許してはくれるだろうか」
問いに、ナリコがにやりと笑う。
鋭い犬歯を見せて、待っていた、と言わんばかりに。
「吾にこの贅沢三昧を捨てろと?」
「余と親密な夫婦ごっこを続けるのが好みだったか?」
「ク──言うようになったな。良い良い。それで、国はどうする。殿と姫の両方が消えれば混乱も起きよう」
「構わない」
「構うわバカ殿が」
音もなく現れたるは、腰に刀を佩いた少女。開口一番不遜にもほどがある言葉を吐いて、彼に詰め寄る。
「来る時のために均衡は必要だ。なんのためにナリコをそこに残したと思っている」
「クク、頭領……あまり水を差してくれるな。もう少しで吾と死人の愉快極まりない小旅行が始まろうとしていたというのに」
「カネミツ。あなたが何を言おうと、余はもう決めたのだ。余は死ぬ。生きていないものがこれ以上生きているのは余が許せない。けれどそれを民に押し付けるようなことはせぬ。せめて余だけでも、」
「感傷に侵され過ぎだ馬鹿殿め。そんなお前に伝言があるそうだ」
「えェ、今かよ。絶対今じゃねェだろ」
今度こそ、本当に音が無かった。
折り重なった空間の隙間から滲み出るように。部屋の暗がりからぼんやりと光るように、表出する影が1つ。
姿は──梓・ライラックのもの。ここにいるミチサネには靄がかったかのように思い出せない少女。
そして、ナリコには。
「クククッ、誰かと思えば……誰だ、貴様」
「おいおいそんな殺気ぶつけンなって。確かにアンタの知る俺じゃねェのはそうだがよ、アンタんトコの頭領が連れてきた時点で害あるモンじゃねェってなわかるだろ」
「……そうさな」
それは、一見して梓・ライラックのようであった。
けれど、纏う雰囲気が違う。違い過ぎる。
ナリコが好く梓・ライラックは、どちらかといえば非戦闘員だ。無駄に前に出たがる癖はあるものの、殺しを、血を嫌い、死を疎む。
だけどコイツは違う。これは英雄の空気だ。戦場の匂いを纏う、何者か。
誰よりも先だって前に立つ者の気配。
「あァまァそう長くいるつもりはねェよ。伝言がある。生者から死者への伝言だ」
「……この場でいうのなら、余だけか、死者は」
「おォさ。いいか、一言一句違わず言うぞ。えェと、」
銀髪碧目の少女は思い出すように、あるいは読み上げるように、少しだけ誰かを真似して。
「"私が死んだときのことですけど、気に病まないでください。お殿様を想っての行動とかじゃないんで、変な感傷も要らないです。単純に効率が良いのが私だったからってだけで、他に適任がいたらその人に任せたと思うので。あと私の死体で変なコトしないでくださいね。あなたの言い寄って来たユノンではない誰かより"」
と言って──しんと静まった空気に後頭部を掻いて、ため息を1つ。
「ほらな、絶対今じゃなかったって」
「良い。馬鹿殿は今感傷に浸り、この馬鹿狐と駆け落ちに出ようとしていた。だから、思い出させなければならなかった」
「愛は人それぞれだと思うけどなァ」
そんなぼやきを零しながら、今度は薄れるようにして消えて行くダレカ。
やはり梓・ライラックではない。もっと深くを知る何者か。
「わかったか? お前の役割が」
「……余は、悲しい。仮にも殿である余に向かってこんな粗暴な口の利き方をする者が侍衆の頭であることに悲念を抱いているよ」
「うるさい。……あのユノン姫が遺した言葉だ。気に病むなと。いいか、馬鹿殿。ユノンの死も、お前の死も、お前が気に病むことじゃない。お前は何も知らない殿でいろ。お前が行動すべきはここじゃない。お前はただ、民のための殿であればいい」
「クク、それは酷いのではないか、頭領。此奴にもやりたいことの1つはあろうよ」
「なるほど、誘惑か。……はぁ、余の周りの女性はこのような者ばかりかな」
何かに納得したのか、ミチサネは肩で落ち込んで……前を向いた。
「余は死人だ。……死人が、死して尚やりたいことをやろうとする、など。それこそ摂理に反しているな」
「ク、吾は別に良いと思うがな?」
「ダメだ。死人はせめて何もせず生者の邪魔をするな」
ナリコの本心はどうあれ、きっと誘惑はしていたのだ。あるいはその在り方を全うするが如く、国を傾けるようにミチサネを導いた。ミチサネの心に火をつけんとした。果たしてその誘いに乗っていたら、ナリコは彼を留めただろうか。見捨てやしなかっただろうか。
ため息だ。何度も何度もため息を吐く。
「来るべき時とは、なんだ」
「もうすぐ来る。その時、確実に混乱が起きる。それまで待っていろ、死人」
「ほう……つまり、頭領。その時まで吾は国庫を湯水が如く使い、節制のせの字も考えずに贅沢三昧をしていてもいいと?」
「良いわけがないだろう。紙分身でも残して私と共に来い」
「だ、そうだ。クク、斯様な日々は、得てして長続きしないものよのぅ」
「……もう行くのか?」
その問いが出たのは、カネミツの横に現れたナリコを見てのものだろう。
今の今まで語り合っていた存在は、その懐から紙きれを取り出し、それを雀の形にして飛ばしている。
「なんだ、恋しいか」
「恋しくないと言えば嘘になろう」
「ク──ならば、精々悲しめ。惜しめ。吾との、何にもない日常を惜しみつくせ」
言葉を最後に、2人は消える。
紙吹雪となってヒノモトの空へと消えて行く。
残るは1人と1つだけ。
「……死人、か」
「クク、まぁ安心しろ。此方の吾とて偽物ではない。本物に近しい分身だ。この吾とであっても幸福な日常は送れるぞ?」
「節制はしてくれるのか?」
「ク──最初に求めることが、それか」
ならば、来る時とやらまで。
ミチサネは──想いを秘めて、座する事にした。
この、くつくつと煩い紙人形と共に。
最近身体がおかしい。
俺の戦闘スタイル上、どうやったって消耗の方が激しい。フルオブズヴィトニーの爪剣があるたァ言え、それはどうやっても剣でしかない。権能として【移様】があるとはいえ、魔法だのなんだのの所謂火力が俺には存在していない。
だから世界言語でなんとかするしかない……ンだけど。
本来、世界言語ってな諸刃の剣だ。使えば使うほど夜に、風に、太陽に近づく。更には精神を損耗し、最期には……な言語。
多分に漏れず、俺もそうであったはずだった。
だけど。
「
「──【終焉】!」
「
少しは慣れてきた、アズサと共闘してのキスキルの結晶壊し。
その最中に感じ取った事だ。
「……」
「どうした、クロムクラハ。まだなんかいるのか?」
「いや……大丈夫だ。それよりアズサ、お前魔力は大丈夫か? 大丈夫ならもう1つ行きたいンだが」
「あァさ、大丈夫。というか私よりお前こそ回復しなくていいのか?」
「大丈夫だよ」
そう、大丈夫。
あり得ないことだが──大丈夫なのだ。
これだけ世界言語を使って、これだけ無理をして。
だというのに、俺にほとんど消耗が無い。
「お前が何かしているのか?」
「してねーよ。摂理って奴だ」
「……」
「そんなに疑うなよクロムクラハ。俺とお前の仲だろ?」
内にいるオーディン。
最近は仲がいいというか、コイツのことも少しはわかって来た……気もしているけれど、完全に信頼していいかと言われると微妙。
俺を乗っ取ろうとしていた、ということは事実として存在していて、その上で俺は付き合っている。知識の面では結構依存しているし、権能も借りている。神性として言えば、"前"の俺でも知っているよォなやべェ存在だ。それを相手に油断はまァできない。
智慧ある者、オーディン。
「そんなに気になるなら、近い内にアイツに会いに行くと良い」
「アイツ?」
「アイツだよアイツ。お前じゃないアイツ。アンディスガルとか言ったか、俺達より俺達を俯瞰で見る事のできる奴」
アンディスガルに会いに行く。
梓・ライラックに。
首を振る。
今はそれよりもやることがある。
「先延ばしにしたって解決しないぜ?」
「……ああ」
でも、やっぱり今は、こっちを優先したい。
俺の事より。
世界の事を。