遠吠えは遥か彼方に   作:劇鼠らてこ

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15.藍日亜土湯上薄井栖.

 ぶっ飛ばされたと分かった時には、金髪お嬢様が後ろにいた。

 

「──ッ!?」

「くそっ!」

 

 あァよ、骨折したなコリャ。いてーいてーの。まァ前世のバイクでずっこけた時よりはマシかね。お嬢がだいぶん助けてくれたみてェで、いんやさ、油断したつもりはなかったんだが。

 

 階段降りてすぐ、だ。あらかじめ待ち構えてたのか、降りてきてすぐに反応したのか。

 どちらにせよ無理だな。反応できねェや。どんだけ強化したって今の俺にァ無理だ。反応できたとしても、完全に避けなきゃ死ぬ。ハハ、小せェ身体で良かったよ。少女の体躯だからこそ、軽くていいカンジにぶっ飛ばされた。

 腕はポッキリ逝っちまったが。

 

「お嬢、離れろ! 狙いは私だ!」

「ッ!」

 

 そこで我儘いうお嬢様じゃァねェ。しっかり離れてくれた。

 んで、もっかいぶっ飛ばされる俺ね。うわやべェ、マジで反応できねェ。狙われてるのが俺だってわかってんのに──コイツ、殺意がねェ。ただ、一番弱いのを狙ってるだけだ。

 

 迷宮の端の方まで飛ばされて、床転がって壁にドン、だ。

 転がれたのはでけェ。そこである程度時間稼ぎができた。一瞬だけ全身強化ってのをしてみたんだが、あァ、多少はダメージを削げたよ。っとに気分程度な。

 

 ……いやよ、俺ァ、久方ぶりにこんな大怪我したんじゃねェか。

 そォだ。確か、魔法に【回復】や【治癒】が無ェって知った時から、怪我負ったら死ぬしかねェんだって忌避感があった。だから、あの敵の魔法少女と戦った時でさえ、ちゃんと怪我はしないようにしてた。

 が、なんだ。こんな──なんでもねェ、俺がついていきたいといった場所で、片腕バキボキさ。

 

 

 遠く。っつか、俺が端っこにいったンで、階層の中心部で二人が戦ってる。

 金髪お嬢様はまだ戦えてる。けど、ポニテスリットがキツそうだ。【波動】の防御が間に合っていない時があるし、間に合ったとしても押し返されて飛ばされてる。【波動】そのものもへこんじまってるように見える。魔力の干渉……強度か。あの大蛇と同じさね。

 

 あー。

 なンだ。おいおい。

 意気揚々ってワケじゃねェ。この先必ず死ぬと、無理なものは無理と言われて、嫌だって拒否してさ。

 

 この程度、じゃ……カッコつかねェだろ。

 ハハ、無理だってよ。敵じゃなく、他ならぬ仲間に言われてさ。

 

「ひひ……あァ、ダメだな、っとに。てめェで言ったんだろ、仲間が傷付いていくのは悲しいって。苦痛を負うのはつらいってさ。……なんで笑ってんだよ、オイ」

 

 誰に向けるでもない、俺に向けた罵倒だ。雑言だ。

 なんでだ。ホントにさっきから──気分が高まって仕方ねェ。俺ァよ、こんな奴だったか? 前世にあっても、別にそこまで蛮勇な奴じゃなかっただろ。ちったァ前に出ることはあったよ。部下を持つ身だ、それくらいはあった。けどちゃんと冷や汗かいてたし、ちゃんと腹ァ痛めてただろ。

 何が変わったんだよ。前世の俺と、今生の俺で──何が変わったよ。

 

「ンなもん、決まってらァな──」

 

 片手で、拳銃を構える。

 魔法少女だ。別に強化しなくとも、片手で銃撃てるくらいの力はある。変わったことはンなことじゃねェが──あァ、それはイイコトだ。

 

 視界の真ん中で──金髪お嬢様が、打ち上げられたのが見えた。ポニテスリットじゃねェ。お嬢が追いつかれたんだ。

 打ち上げられて、その落下地点に槍を構える奴がいる。敵がいる。

 ようやく見えたんだ。ようやく化け物の姿が見えた。あァ──皮肉な格好してやがる。

 

 白い翼。鋼のような胴体。手に持つ槍は鋭く長く、その眼孔は何を映す事もない。荘厳な装飾の為された籠手と、目に見える程に圧縮された魔力。それらは光球と天輪を召し上げ──この階層を、強く照らす。

 ここだけ迷路になってねェんだ。ここは、ただ、奴と戦うためだけの場所。

 

 虚ろなる天使──そんなヤツだ。あの化け物は。

 天使が、少女を相手に、その命を摘み取らんとしている、なんて。

 

「天使が死なねェって、んなこたねェさ。死なねェのは神さんだけなんだよ。お前に永遠は与えられちゃいねェ」

 

 撃つ。

 弾速は遅い。天使の速度にも、お嬢の速度にも、ポニスリの速度にさえ敵わないだろう弾丸が──お嬢を待ち構える天使にすっ飛んでく。

 

 それに対し、天使は。

 

「──!」

 

 手に持つ槍で弾丸を打ち払うと同時、コッチに向かってきた。

 お嬢からも、ポニスリからも意識を逸らして、コッチへ。一番脅威度の低いはずの俺を、狙って。

 速いなんてモンじゃねェ。おかしいんだ。こっちに真っ直ぐ向かってきてんのに、消えたように思う。もう目の前にいるってな、一体どういうコトだって。

 

「ばァか」

「!」

 

 超至近距離で炸裂が起きる。

 絶対来ると思ってたから、撃った直後にばら蒔いておいた弾倉だ。全弾だ。後の事とか知らねェ知らねェ、今を生きるために全部やってやる。

 

 ──が。天使は、それさえも避けやがった。なんだ、槍の一振りで全ての【即死】を発動させて、自分は一瞬で後ろに退いたンだ。近接魔法少女みてェな戦い方をしやがる。あるいはてめェの方が先か?

 強制的に発動された【即死】の魔力が大気に溶けていく。あーあー、勿体ねェことしやがる。俺の毎日の頑張りがよ。

 

 ──"死ネ(理単.)"

「!」

 

 寸前で避ける。

 避けた? 俺が?

 見えてもいねェのに?

 

 ──"死ネ(兎修)死ネ(伏理伊豆)死ネ(遭上意.)"

「……!」

 

 避ける。避ける。

 わかるってワケじゃねェ。何の攻撃されてんのかもわかンねェけど、避ける。斬られてンのか、突かれてンのか、薙がれてンのか、あるいは別の何かか。

 一切理解のできないまま、理解のできない攻撃を避け続ける。

 

 ──"死ネ、我々ヲ脅カス者(泥椅子伊豆能登湯上伏零須.)"

「──死ね」

 

 今、わかった。

 いや何されてンのかは何にもわかンねェままだが、わかった。

 どこへ行けば、死なないのか。わかった。

 

 ──"死ネ、此処ハ聖域ナリ(理単戸減琉,葉阿歩止琉.)"

「──死ね」

 

 攻撃が見えたわけじゃねェ。相変わらず反応はできてねェ。けど、わかる。俺の死なない位置が。どこにどう身体を動かせば、俺に死が訪れないのか。全てが必殺。全てが必死。

 だから、か?

 敵の攻撃が、俺にとって【即死】だからこそ──わかる、みてェな?

 

 ──"死ネ、彼女ノ愛シキ子(悪世伏戸恵田兄茶印地迎斗負不出栖.)"

「──死ねよ、そろそろ」

 

 言葉に従い、意思に従い、【即死】が発動する。

 

 今まで俺が触れた場所。今まで俺に触れていた場所。掠めただろう。気付かなかっただろう。俺を傷つける度に──俺から漏れていた、微々たる魔力に、など。

 魔法とは魔力によって為される。目に見える程濃密な魔力があるなら、感じ取れぬほど希薄な魔力も存在する。魔法少女達はそれを、余剰魔力と呼ぶ。

 自らの魔法を発動するにあたって、込め過ぎた魔力。敵を殺傷することにおいて、使わなかった魔力。それらが本来世界へと溶けて行く所を、掴んで、引き戻して──己が魔力と再認させる。

 

 世界に、だ。誰にでもない。自己と世界。自分がそうだと言っているから、世界にもそうだと認めさせる。

 

糸伊豆阿派青磁負不伏零矢堕千経度戸地内途(それは夜に捧げる一節の祈り).」

 ──"死ネ()! 世界ノ忌ミ子ヨ(寝具栖座頭集琉鈍斗微陽亜)──!!"

藍出内沙米紫遠(私は救いを否定する).」

 

 

 触ったんだ。触れたんだ。浸透したんだ。

 俺の中でそうなったから──世界(お前)も認めろ。

 

 

 死んだんだ。コイツは。俺の中で──もう、とっくに。

 

 

「……ん?」

 

 倒れてくるのは、わかった。もう速く無いから。

 ただ──めちゃくちゃ重そうな鎧が。俺の方に──倒れてきたのだけ、わかった。

 

「ワァオ」

 

 それを避ける余力は残って無かった。

 

えはか彼

 

 何が起きたのか、と問い詰められて、腕折られたんだよ、と答えたら、知ってますの! って言われた。

 

「いんやさ、すまねェけど、何が起きたのかはわからねェんだわ。ただなんか、アイツの意思が分かったような気がして、殺されねェとこに移動しまくって……最後ァよくわからねェが、【即死】させられた。そんだけ」

「そんだけ、じゃないですの! 倒したんですのよ!? 迷宮の! 最深部前の! SS級が束になっても敵わなかった魔物を! ほぼ梓さんお一人で!」

「……フェリカを打ち上げた後、お前の元にアンゲルが向かったのはわかった。だが……それ以降は、見えなかった。フェリカよりも速い奴の攻撃を、お前が躱していたというのなら、お前はフェリカよりも速く動き得るということになる」

「いや、なんねェよ。どこに行けばいいかわかったってだけだ。つか、んなことより止血ポーション持ってねェか?」

「あるが……痛むぞ?」

「知ってるよ、んなこた」

 

 魔力に余裕があるのだろう、ポニテスリットが亜空間ポケットを開き、それをくれる。

 知ってる知ってる。超絶いてェって知ってる。

 

 けど片腕グチャグチャでよ、やべェんだわ。だから、血ィ止めに──。

 

「い──ッてェなァおい!」

「そも、腕を折られた時点で十二分な怪我だと思うのだが……死には、しないのか。それでも」

「たりめェだろ馬鹿かお前。すげェんだろ、アレ倒したのって。やべーよ。クソ痛ェ。けど生きたんだぞ。なんで痛いことなんかのために死ななきゃなンねェんだアホか」

「……いや、そう、だな。……そうだった。私達は、生きるために戦ったのだから、そうか」

「そォだよ。今更だろ」

 

 いてーいてーよ。死ぬほどいてェ。ポーションふりかけた腕が無理矢理内部で動きまくってるカンジ。やべーわ。死ぬほど痛い。いや、つか、魔法少女って骨折とか治んのかな。切り傷擦り傷くらいなら治るのは知ってンだが、ここまで来ると自然治癒じゃどォしようもねェぞ。

 死ねば治る、が魔法少女だから病院ってのもエデンには無ェし。

 

 ……まァ、死ぬよりはマシだがね。片腕だとしても。

 どうせ人間の頃でもこんなんは治らなかったんだ。同じだろ。なんなら神経殺して痛み感じねェ盾にでもする。

 

「まだ私は納得していませんのよ梓さん!」

「いやそォ言われてもな。私だってもっかいやれって言われたら無理だよ。極限状態だったからこそだし、敵がアイツだったからこそだ。アイツは多分、ここに生まれてから長かったんだ。だから知性があった。知能が高かった。じゃなきゃ私に意思なんか届けられねェ」

「それが! 何故! 梓さんが勝てる理由になりますの!!」

「なんだよお嬢、私のこと信じて無かったのか?」

「階層初めに何も出来ずに二回も吹き飛ばされた方が何言ってるんですの──!!」

「そりゃそォだったわ」

 

 あー、じゃァあれか。

 随分とご心配をおかけして申し訳ねェ、って奴だ。

 

「まぁ、フェリカの言いたい事もわかる。梓、本当にあり得ないことなんだ。私はアンゲルについて知識では知っていたものの、このフロアは未踏だったし、アンゲルとも戦闘経験はない。ただ書物で知っているだけ。戦闘経験のある者に話を聞いただけ。それだけで、その恐ろしさがわかる。SS級を束ねても、遠隔をどれほど揃えても、死者が出る。討伐した、という話がないわけじゃない。ただ、恐ろしい時間をかけて、凄まじい損害を受けて、の話だ。怪我はしたが、全員が生き残ったというのも、これほどまでに短時間で討伐したというのも、こうして話している今でさえ信じられない」

「私が何度挑戦しても、他のSS級を誘っても攻略できなかった相手を、初見で! こんな短時間で!! ……信じるとは! 言いましたけれど!!」

「ぜってェ無理だろって思ってたワケだ」

「だって無理に決まってますのよ……。そんな練度の低い部分強化と、よくてA級な使い方の魔法で……倒せるはずがないのですわ……」

 

 ま、こればっかりは【即死】のピーキーさが出たってことで一つ。

 相手が単体で助かったってのもある。天使っつったら軍勢なイメージだからな、これで複数いて、全部が俺を狙ってきてたら今頃ハチの巣だろう。

 上の階の獅子もそうだが、俺ァ一対一ならやりようがあンのかもしれねェ。あと背後が壁であることな。

 

「……よし、血も止まった。お嬢とポニスリは大丈夫か? 身体」

「大丈夫、とは言い難い。私も骨折やら打撲が無数にある。……フェリカもそうだろう」

「私はそこまででもないですのよ。まだ戦えました。……打ち上げられて一瞬意識を失っている間に、梓さんが全て終わらせてしまいましたけれど」

「意識失うくらいダメージ食らってんじゃねェか」

 

 相当だろそりゃ。

 

「で、どうするよ」

「何がですの?」

「どう、とは?」

「この先だよ。最深部。私ァ行くぜ。お前ら休むか? 大丈夫じゃねェんだろ?」

 

 二人は顔を見合わせる。

 そして溜息を吐いた。

 

「私達、そこまで安い挑発で激情すると思われているんですのね……」

「梓、少しばかり私達をなめすぎじゃないか?」

「あァさ、私から見たらどっちもちびっこだからな」

「一番身長の低い奴が何を言っているのやら……」

 

 お嬢にだって、ポニスリにだって、プライドがあんだろ。

 俺に気遣って、俺を否定したくなくて、言葉を濁しまくったけどさ。

 

 A級が、SS級が、手も足も出なかったヤツを……良くてB級な奴がさっさと倒しちまう、なんてのは。

 

 積み上げてきたものに対して、譲れないモンがあるんだろう。

 それは心の狭い事なんかじゃねェし、なんなら俺だって何が起きたかよくわかってねェんだ、実力で勝ったって感じはしねェから悔しい。

 ずりィんだ。理解できねェものってなな。

 プライドも先入観も常識も、決して悪ィモンじゃねェ。強いて言うなら今のは俺が悪ィ。俺がちゃんとやったこと理解して、二人に納得させられる説明ができりゃよかったんだが……マジで何が起きたのかよくわかってないと来た。

 そんななぁなぁな奴に負けた、ってのは。

 やっぱ受け入れらんねぇだろ。

 

「んじゃ先行くぜー」

「あ、待て! ここから先は情報が無いのだ、もっと慎重に行け!」

「私が先に行きますの!!」

 

 ……やっぱちびっこじゃねェか。

 特にお嬢。

 

えはか彼

 

「ようこそ迷宮最深部へ。お疲れだろう、肩でも揉んであげよーか?」

「……いや、遠慮しとくがよ」

 

 あれ。

 俺達さ、なんか死線くぐってさ。いざ秘宝のある最深部へ、みたいなさ。

 ……あれ。

 

「ここ、は?」

終の因(ついのよすが)……と呼ばれていたのは過去の話。数十年前かな、数百年前かなー。魔法少女を名乗る団体さんによって迷宮の主は倒され、征服され、絶対服従を誓った事で、ここは楽園と呼ばれるようになりましたー。みたいな」

「迷宮の主、とは」

「勿論あたしの事だけど」

 

 褐色肌に、プラチナブロンドの長髪が美しい、スラっとした女性。ポニテスリットよりも深いスリットの入った黒い服は、ところどころがシースルーで目に悪い。いんやさ、魔法少女は結構露出激しい子もいるから慣れてきたつもりだったんだが、妙齢の女性ってなるとやっぱり話が違う。

 色気っつーの? おじさんさ、色々思い出しちゃうなー。

 

「ええと、魔物、ですの?」

「分類上は? 君達が、君達と人間と獣以外を魔物と呼ぶのなら、魔物で合ってる」

「じゃあ、戦いますの?」

「えー。やだー。っていうかできないー。さっき言ったでしょ、征服されて絶対服従を誓った、って。その時さ、詐欺られたんだよね。絶対服従の相手は目の前の相手だけかと思ったら、ギアススクロールには魔法少女に、って書いてあってさー。あたし、魔法少女には絶対服従なのであります」

「なら、お前はここで何をしているんだ?」

「なにって」

 

 女性は。一応魔物だという迷宮の主は、俺達三人を見て。見まわして。

 ぱちぱち、と。拍手をした。

 

「……迷宮踏破のお祝い?」

「安い報酬だなァ」

「あ、そう! それですの! エデンの地下迷宮の最深部には秘宝が眠っている──という噂! 真実ですの!?」

「この部屋に秘宝とかあると思うの?」

「……」

 

 この部屋。

 なんか、学園塔の寮の部屋、みてェな、クッソ普通の部屋。

 上階へ続く階段だけが異色だが、それ以外はマジで普通の女性の部屋、って感じ。

 

 ……あァよ、なんだったんだ、さっきまでのは。

 

「あ、でもあたし迷宮の主だから、結構色々できるよ。何かしてほしいことあるー?」

「えーと。では帰還のため、地上への直通ルートをお願いしますわ」

「おっけおっけー。迷宮の主だからね、迷宮を作り変えるのはカンタン! はい次の子!」

「……私達全員の怪我を癒す、という事は可能か? 高位の魔物は、同族へ体力を分け与える、というのを聞いたことがあるんだが」

「君たちとあたしは同族じゃないので無理! 他は?」

「ならば、この籠手……これの材質をより硬いものに変える、というのは」

「おっけおっけおっけー! はい、変えましたー。次!」

 

 ちゃんと、迷宮の主らしいことはできるらしい。

 怪我は治せねェと。了解、と。

 

 でも、欲しいモンはなんでもくれそうだな。

 結構融通が利きそうだ。

 

「……ならよ、この迷宮に、もう化け物が生まれないよォに、ってのは、できンのか?」

「えー。君さ、酷いよー。私達を否定するだけじゃなくて、居場所まで奪おうっていうのー?」

「できンのか、できねェのか」

「ちょっと、怖いこーわーいー! できる、できますぅ。できるけど、やりたくないですぅ~!」

「いいからや──むごっ!?」

 

 いいからやれ、とっととやれ、と言おうとした所、背後から口を塞がれた。

 

「やらなくていいですの!」

「おー、君は優しい! 良い子良い子! そっちの悪い子とは違うねー」

「っぷは、おいお嬢!」

「やるなら私が勝ってからにしてほしいですの!!」

 

 オイやっぱ子供じゃねェか。

 またとないチャンスなんだぞ。この迷宮で死ぬ魔法少女を無くせる、最早唯一かもしれねェチャンスだ。それを不意にしろってのか。

 

「君さー、自覚無いだろうからちょっと言わせてもらうけど、ホント酷いよー? あの子達だって生きてるんだよー? それをさ、生きる機会まで奪って、生まれる可能性すら取り上げて……君の魔法自体酷いのに、そこまでするー?」

「ンだよさっきから。否定否定って。別に私ァ化け物を否定してなんかいねェよ」

「してるよー! だってそれ、あの子達が積み上げてきた経験とか、感情とか、そういう記憶の一切を無に帰す魔法でしょー? 生きるために必死で身に着けた術も、君の魔法の前には意味が無い。強きとして生まれた種としての堆積も、君の魔法に触れたら全部消えちゃう。本能に取り残された使命も、絶対を誓う約束も、全部全部なかった事にして、無理矢理"終われ"っていう魔法じゃん。否定だよ、それは」

 

 ……。

 やかましいな。こっちだって生きるのに必死なんだよ。知るかよ、化け物の気持ちなんざ。

 

「他のにしてよー。お願いだからさー」

「私からもお願いしますの! というか、もう一度言おうとしたらその口に手を突っ込みますのよ!」

「……ンなことを懇願されたって、私ァここで誰かが死ぬのが嫌で、だから攻略してやろうってここまで来たんだぞ。否定否定言うなら、それこそ私の否定だ。私の決意の否定だ」

 

 だから、そんな顔するなよ。

 そんな、泣き落としなんかが通じるかよ。

 

「わかった! じゃあ、こうしよう! ──もう、魔法少女は殺さない。意識を摘み取るに終わらせる。そうして、気絶した魔法少女は地上に戻す」

「ンなことできンのか?」

「私は迷宮の主だからね。それくらいはできるよ」

 

 ……だが、怪我は負うんだろう。

 それじゃ……、意味は。

 

「梓。ここは迷宮だが、魔法少女達の実践的な修練場でもある。修練塔とは別に、な。その上、ここは学園の所有物だ。それを勝手に変えたとあれば」

「あ! さっき言った直通ルート、私達が通った後は元に戻して欲しいですの!」

「うん、それは勿論だよー」

「……変えたとあれば──所有者が黙ってはいない、かもしれない」

「いいよ。誰か知らねェけど、魔法少女への罰は死ななきゃ意味がねェとか言ってる奴らと同じだろ。真っ向から反抗してやる」

 

 ポニテスリットまでそっち側か。

 当然、なんだろうな。ここはもうすんげェ前からそういう場所で、俺がおかしいってだけで。

 

「頼む、梓。怪我は負うのだろう。だが、負った上で生きて帰ったのなら、それは指針となる。その後どうするかはその者の勝手だが、少なくともここまでならば死なない、ここまでやったら死ぬ、という境界線を見つける事には繋がるだろう。そしてそれは、ゆくゆくの魔法少女の練度を上げる事にもつながる」

「そんな説得で、私が納得するとでも?」

「だから、頼んでいる」

「ッ」

 

 お前まで、そんな顔を。

 ……なんでそんな、寂しそうな顔をするんだ。

 

「あ、じゃあもう一個! ここの子達を消しちゃいけない理由いいまーす!」

 

 空気の読めねェ奴が、声を張り上げる。

 

「ンだよ。何言われたって私ァ」

「当然の事だけど、ここで生まれる事が出来なくなったら。居場所を失ったら。ここの子達は外で生まれるようになる。外に順応した身体になって、生まれ出でるようになる。──さっき君達が戦った子みたいなのがね」

「──オイ、そりゃ特大のデメリットだ。先に言えアホ」

 

 もし、あんなのが外の世界を闊歩するンなら。

 やべーなんてモンじゃねェだろ。世界滅亡だわ。

 

「やめだやめ。消さなくていい。つかこの場にずっと留めてろ。その上で、さっき言ってた通り、戦闘は気絶に留めてくれ。餌とかが必要なら私が何とかする」

「いらないよー。勝手に湧くし。あの子達は魔法少女を食べているわけじゃないからねー」

「んじゃそれでいい。はァ、あぶねェ」

 

 あやうく世界が終わる所だった。

 あんな天使が外に降臨してみろ。国なんか一瞬だぞ。

 

「おっけー。それじゃ、はい」

 

 ゴゴゴゴ、と。

 上の方で何かが動いて──天井に、ぽっかりと四角い穴が空いた。

 

「直通ルート!」

「ええ、ありがとうございます、」

「そして──重力阻害!」

 

 ふわ、と。

 身体が浮く。

 

「の──ッ!?」

「クソ、やっぱり魔物か!?」

「あーこりゃ、快適なこって。地上についたら解除してくれるンだろうな? オイ」

「勿論! じゃーねー!」

 

 そんな感じで。

 

 俺達の迷宮探索は終わりを告げた。

 正直失ったモンはでけェ。色々。得たモンもでけェが、あー、なンだ。

 

 腕一本で、【即死】への理解やA級への向上心を得たって思えば、安い買い物だったのかもしれねェな。

 

えはか彼

 


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