遠吠えは遥か彼方に   作:劇鼠らてこ

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16.Matter at Day.
150.有鈍斗新戸亜論具峰図印地不愛成悪.


 エルヴンシード。

 恵理須においては終ぞ聞かなかった名の国。

 けれど、今にして思えば最終戦……キスキルと戦ったあの青水晶の洞窟こそが、その成れの果てだったのではないかと考えられる。

 そこへの行き方。それは。

 

「これだ」

「これかァ」

 

 これ……とは。

 それは。

 

 井戸、だった。

 石造りの井戸。水汲み機のついていない井戸。けれど、ああ、その中は。

 

「深いな」

「深いぞ。奥の奥、この大地の最深部にまで達する」

「熱ィのか?」

「どちらかと言えば寒いな」

 

 相変わらずワケのわからねェ環境だこと。

 

「落ちればいいんですの?」

「そうだ。落ちる。次第に明るくなってくるから、その頃合いで飛行すれば問題ない」

「ちなみに間に合わなかったら?」

「地面に叩きつけられるだけだ」

 

 ああ即時蘇生の価値観ね。

 なんでそんな出入口にしたンだよ。

 

「それは恐らくエルヴンシードが外との関りを完全に断っているから、だろう」

「それで国としてやっていけますの?」

「エルヴンシードは国をこそ名乗ってはいるが、その実地獄、などと自虐される場所だ。具体的には行ってみればわかるが──つまり」

 

 話を最後まで聞くことなく背中メッシュが井戸へ落ちる。

 此方を見て肩をすくめたポニテスリットも井戸に足をかけた。なんで、俺達も互いに頷き合って井戸に身を乗り出す。

 

「世界に疲れた者達が辿り着く、終わりの場所、ということだ」

 

 ポニテスリットの、そんな呟きを聞きながら。

 

 

 

 

 落ちる。落ちる。落ちる落ちる落ちる。

 それはもうあり得ない距離だ。海抜どころか海底をも優に超えている。セイタスが眠っていた海溝よりも深い穴。だというのにまだ先が見えない。真っ暗。

 俺達が落ちている事を知らせてくれるのは、耳を打つ風切り音と──急速に近づいてくる超高密度の魔力の奔流。

 魔力感知の苦手な俺でもわかる。一切集中していなくともその存在感を訴えてくる──あるいは、命の気配、のよォな。

 

「梓、ぼーっとするな。もうすぐだぞ」

「あ……あァ」

 

 その言葉の直後、下の方が仄かに明るくなってきた。凄まじい速度になっている事は承知しているので早めに飛行魔法を準備する。

 

「ロティス、エイトス。叩きつけられるなよ」

「ああ、問題ない」

「……!」

 

 あんまりこォいう考え方はしたくないんだがな。

 この2人……というか1人と1匹は1個の命だ。他の奴もそうであるはずなんだけど、今は歪められてるから議論に値しない。

 とにかくこの2人は死んだらそこで終わり。……ああ、ダメだな。俺まで即時蘇生の術中に嵌りかけてる。

 

 全員、大切な命だ。

 

 さて──飛行魔法を展開する、のは。

 みんなだけでいい。

 

「苦理主」

 

 一瞬魔力を噴射して加速する。落下速度が跳ね上がり、ポニテスリットの「おい!?」という制止の声も遥か彼方に消えて行く。引き抜くは剣。波打つ蛇行剣クリス。

 その威力の元に打ち払い、切り伏せるは──ギラつく目の少女。

 

「あァさ! ちっとは久しぶりだって感覚はあるぜ、おい!」

「っ、タイミングの悪い……!」

「なンだよ、歓迎ムードじゃねェな!」

 

 その身を傷つけることに躊躇いはない。

 その身を切り裂き、叩き落すことに何の抵抗も無い。

 

 キスキル。リラ・キスキル。

 大悪魔の分体。今ここに死ね。故に──魔法を使う。

 

「【即──」

「ああ待った。それは勿体ないのよ」

 

 突如──液体の狐が現れる。

 キツネ?

 

 ソイツはキスキルの体を食い。

 キスキルは絶望の顔のまま──活動を停止した。

 ……何?

 

 わからん、が。

 さっき加速したから急には止まれないんですよね。

 

 

 

 

「ふゥ、死ぬとこだった」

「馬鹿でしょう」

「馬鹿だろうな」

 

 酷い言われ様だ。

 真っ先に気配感じて殺しに行ったってのに。もし誰も気づかずにすれ違ってたらどーなってたか。

 

「いやぁ、助かった、助かったのよ。我ってばお茶目にも1匹取り逃してしまって、外に出られたらやばいやばいってなってたとこなのよ」

「……相変わらずですね、お師匠」

「相変わらず? ……ああ! ナナシなのよ!?」

「お師匠、アナタが名付けた名で呼んでください」

「……あんまり昔の事は掘り返さない主義なのよ、我」

 

 ポニテスリットの肩をバシバシと叩くは──青毛の少女。

 毛先は燃えるように紅く、年の頃は9歳くらい。衣装は白と黒を基調として、寒色の装飾が所々に為されたもの。髪飾りに六芒星と、手には五芒星のついた杖を持つ──見覚えどころか。

 

「……なァ、お嬢」

「わかっていますの。警戒は十分に、ですわ」

「あァ……」

 

 ルルゥ・ガル。

 姿かたちは──もう、本人そのもの。

 けれど気配はだいぶ違う。少なくとも魔物のソレではない。

 

 アイツ……敵であり、敵ではなくなったあの少女は精神体である。

 人形に乗り移っているだけの、本来はクロムクラハに似た強大なオリジン種であると思われる。その肉体。その人形と同じ姿の女性。

 

「あ、お連れさんをほったらかしにしてしまったのよ。ごめんなさい」

「あァ、別に良いんだがよ。とりあえず自己紹介と行こうぜ。してる暇はあるか?」

「今は大丈夫。けど、できるだけ早く大本に来てほしいから、手短に。我の名はアールルゥ・ヘズナガル。錬金術師で、一応ナナシ……じゃない、ミサキの名付け親なのよ」

「梓・ライラックだ。つっても巷で騒がれてる英雄じゃあない。俺は夜の使徒の方さ」

「ネベトフートとフクン・ティザンから大体聞いているのよ」

「あいつらなんて言ってた?」

「死地にこそ笑う狂人、と」

 

 ……まァ間違っちゃいねェか。

 ふーちゃんにまで言われるのは心外なんだけど。

 

「うんうん、我も相当変な自覚はあるけれど、面白い面々を連れているのよ。あ、でも名乗りは結構。仲良くする気は無いのよ」

「そ……そうですか」

「フェリカ、気を悪くしないでほしい。お師匠はいつも、誰に対してもこんな感じだし、なんなら梓にさえも興味が無いはずだ。あるのは梓の魔法だけ。未知にこそ惹かれ、既知を忌む。それがお師匠だ」

「我、というよりは科学者がそうなのよ。特に我みたいな錬金術師はそうなのよ」

 

 魔法少女なんか大体変人だからなァ。

 会話が成り立つ時点でまァまァ普通だろ、とか思ってしまう。

 

「さて、雑談はこのくらいにして、大本を叩きに行くのよ。今は秘術でキスキルの氾濫を抑えているけれど、我の錬金術だけでは限界がある。さっさと根本を殺してほしいのよ」

「りょーかい。そのために来たんだしな」

 

 アールルゥ・ヘズナガルが指パッチンをする。

 するとどこからともなく水が集まり、先ほどのキツネの形を取った。……九尾、ではないな。

 

「さっきも見たけど、ソイツは?」

「水狐、というのよ。我の扱う錬金術によって生み出した液体生物で、キスキルの結晶化に対してのみ高い耐性を持つのよ。他の攻撃に対しては無力だけど、キスキルの結晶の結晶を飲み込んで無力化することなら水狐の右に出る者はいないのよ」

「へェ、そりゃ頼もしい」

「とはいえあくまで一時的な無力化。長期間体内にキスキルの結晶を置いておくとこの水狐も結晶化してしまうし、何よりキスキル自身が外へ出てしまいかねないのよ。だから」

「あァさ──【即死】」

 

 水狐が体外に放出したそれを殺す。部分即死、ってな久しぶりにやったが、まァ十分だろう。

 見事キスキルの結晶はその活力を失い停止した。

 

 しかし……なるほど、特化ね。

 科学者らしい対処法だ。万能ではなく専門。

 

「んじゃ行こうか、その大本とやらに」

「れっつごー、なのよ」

 

 なんぞ。

 気の抜ける奴だなァ、とか。

 

 

えはか彼

 

 

「それで……アンタがこっち側のレジスタンスのリーダー、でいいんだよな?」

「あっているのよ。そして、ある意味でこの世界を作り上げたのも我」

「何?」

 

 この世界の……そういやツイウがなんか言ってたな。この世界におけるある種の中核、だっけ。

 

「我、アールルゥ・ヘズナガルは恵理須の住民ではないけれど、恵理須の事をよく知っていたのよ。何故なら風……君の知るウィズヌとは違う風の神の、始まりの使徒。それが我だったから」

「理由になってねェけど」

「そう? つまり、神の使徒であったから、新生された恵理須の事を知っていた。ただそれだけなのよ」

「はァ、そォいうモンかね」

「そーいうものなのよ」

 

 神の使徒。風の使徒。

 ルルゥ・ガルも、そうだ。

 

「それを見て我は空想の世界を作り上げたのよ。箱庭の世界、と言ってもいい。自らの住まう風の地平で、我の権能たる【錬金】を元に世界のミニチュアを作り上げた。それがこの世界、山脈月──あるいはアルシナシオンの始まり」

「ミニチュア、ね」

「そう。けれどそのミニチュアは、ある日奪われてしまったのよ。その時はまだ反転していなかった老神彪伏盗によってね。彪伏盗は我のミニチュアを面白がって世界にした。それがこの世界の開始」

 

 頭こんがらがるな。つか面倒な遠回りしすぎだろ。

 

 ただ、フォコ婆から聞いた話と統合するに、まったく酷い話であるのは事実だ。

 コイツが趣味で作っていたものを取り上げた挙句、自身は反転して、その取り上げた玩具に他の世界のものをコピペした、ってことだろ?

 ……なんつーか、もっとやりようあっただろ。自前で世界を用意するってなできなかったのか。

 

「そんなわけで、我はこの世界に対して責任を感じているのよ。元をたどれば我が生み出した世界。更には神の暴走によって他の世界にまで迷惑をかけてしまった。……けれど、だからといって手放しに君達を応援する、ということはできない。夜の使徒、君のやろうとしていることは」

「被害が大きすぎる、だろ。わーってる。生き返った仮初の命に興味はないが、ロティスやエイトスみたいなこの世界にしかいない命だっているんだ。世界を壊す、ってな言葉は撤回するよ」

 

 それらを殺すのは、ダメだ。それくらいはわかる。

 何より──俺の領分じゃァねェ。

 

「そのことだけど、そもそもこの世界に仮初の命、なんてものはいないのよ」

「あン? 恵理須で死んだってのに生き返った奴らは仮初だろォがよ」

「既に死した人間が再現映像以外の行動を取れると思うのよ?」

「……ふむ?」

 

 まァ──それは、無理だと思う。

 蘇生ってな禁忌だが、それ以上に死した魂が戻ってこねェってのがでかい。仮に恵理須で蘇生が適ったとしても、「あー」だの「うー」だのしか喋れねェ存在になると予想される。魔物みてェに輪廻の車輪に囚われてるンなら話は別だが、少なくとも人間には無理な所業だ。

 

 ならば。

 

「そう。彼ら彼女らはこの世界の住人なのよ。ただ、君たちが接続してきたことにより存在を上書きされた──記憶も感情も恵理須の同一存在になったというだけ。ただ、その肉体はこちらの世界の住人のものだし、固定先もアルシナシオンだから──生きている」

「それは──数百年を生きる魔法少女、あるいは数百年前の人間でも、か?」

「勿論なのよ。ソンヒューィの即時蘇生とはそういうものだった。より正確に言うなら、この世界が元箱庭であるがゆえに、魂の取りこぼしをジーウィースが許さなかった、というのもあるのよ。知っての通り、この世界に天幕はない。それは冥界が無い、ということでもあるのよ? 死んだ魂、生きた魂。その双方がこの世界から出る事が出来ない。構造が輪廻の車輪に似ているのは、我が造り上げた世界だから。風の基本理念なのよ。全ては巡り続ける、というのはね?」

 

 生きている。

 ……そォか。だから──この世界の住民から夜を感じなかったんだ。死んでいる存在が無理矢理生かされてンなら、ちったァ夜の気配を覚えるはずだからな。

 そォかそォか。

 んじゃよ。

 

「それならよ。それなら、俺はこれから即時蘇生の術式をぶっ壊して、存彪位をぶっ殺して──それだけでいいんだな。そしてそれは、この世界の住民の命を殺すことにはならないんだな」

 

 ソイツらが本当にゾンビだってンなら、俺は気にしなかったけどさ。

 生きているなら……やる前に気付けて良かったって。そう思うよ。

 

「あの……それについてなのですけれど、口を挟んでも良いでしょうか?」

「ン、あァさ。なんだ、お嬢」

「……今の世界の皆さんは、即時蘇生ありきで生活しています。空腹でも死ねば満たされる。怪我を負っても死ねば回復する。死ねば回復するのだからどんな無茶をしてもいいし、どれだけ傷つけても良い……と。しかし」

「今即時蘇生を断ち切れば──頼らんとした者達が死ぬ。そう言いたいのよ?」

「そりゃ自己責任だよ、お嬢。たとえ即時蘇生があっても生死を蔑ろにしてた代償ってだけだ。ま、一応手は回してあるけどな。混乱時に周知をするよう──英雄、梓・ライラックの姿を真似た偽物が即時蘇生の術式を壊した、ってのを全体周知できるよォに、鬼教官と尖り前髪に頼んである。俺にしては準備の良い方だろ?」

 

 別に自己犠牲の精神、とかじゃない。

 それが一番丸いのだ。

 

 どォにも──陰でなんか動いてる"代走者"がいるっぽいんで、俺なりに配慮した。ソイツがいなけりゃ英雄梓・ライラックに全部の罪を押し付けたンだがな。

 

「ヘイト先が固まれば混乱も減る。合理的だが、破滅的だな」

「人間だってエルフだって、強大な悪には一致団結するものだろ? そも、それが俺だとは言ってねェしな。後々少しずつ、そんなことができるのは悪魔のようなヤツしかいないと──悪魔しかいねェとズラしを行っていきゃいい。そォ上手くいくかは知らねェが」

「うまく行かなかったら?」

「そん時は逃げるよ。逃げ回って帰る。俺達が帰るための手段は構築してくれてンだろ?」

「無論なのよ。ただし、あの魔物……クロムクラハとであってるのよ? アレだけは帰還方法が別だから適用はできないけれど」

「なんか違うのか」

「アレは眠っての接続ではなく直接この世界に送り込まれたのよ。他にそういうのがいれば同じ対処になるけれど、直接来た場合は直接返す必要があるのよ」

 

 あー、なンかそれも聞いたなァ。

 調査してたら無理矢理連れてこられたンだっけ、アイツ。

 となると……俺達が帰る前にレーテーをどォにかしなきゃだな。まァどっちみち存彪位の使徒っぽいから激突はするンだろうが。

 ……そういえばキラキラツインテは今どーしてンだろうね。色々と迷走してるけど、そもそもの原因はアイツだったよォな。

 

「さて、お喋りはここまで。そろそろ着くのよ、根本──即時蘇生の術式の大本であり、この国を侵蝕する最大のキスキルの結晶へ」

 

 どこ、と探すまでも無かった。

 ──地面に広がる木の根のよォな水晶。住居はそれに侵食され倒壊し、ちらっと見えた限り、ヒトも……。

 

 アールルゥ・ヘズナガルがぼやけた立体映像で説明してくれた時の緊迫感は嘘ではない、ということだ。

 国の滅び──それが目に見えてある。

 あるいはそれは、どんな痛みなのだろう。

 

「アレからは、キスキルが出てくるってな無いのか」

「水狐と同じ液体を散布してあるから、しばらくは大丈夫なのよ」

「ふゥん」

 

 どォやら本当に有能らしい。

 ルルゥ・ガルとの繋がりは気になるが──ひと先ずは信用してみよう。

 

「……!」

「ン、どうした、エイトス」

「この先……何か、おぞましい気配がある。気をつけろ」

 

 翼をバタつかせるエイトスと、額を顰めるロティス。

 おぞましい気配。そりゃキスキルの結晶があるから、じゃないのか?

 

「……梓」

「ン」

 

 ここへきて──エルヴンシードに着いてから一言も発していなかった背中メッシュが口を開く。

 振り返れば。

 

「……スポットライトが、当たっている。気を付けて。今、見られている」

「そりゃどォいう、」

 

 ──地面だ。散開の指示をする前に口を動かせ。

 

褪戦死遠(【世涯】)!」

 

 瞬間、俺達の周囲を取り残し、その場所に水晶の樹木が成立する。

 1本2本じゃァない。国の全てを破壊し取り込みながら、水晶林が俺達を飲み込まんとしてくる。

 そして──少しばかりマズい、と感じるレベルの痛みが来る。閻魔刃塔で余計なコトし過ぎたな。そろそろマジで壊れそうだ。

 

「ッ、お嬢、背中に乗せて飛べるのァ何人までだ!」

「2人、いえ3人なら余裕ですわ!」

「んじゃ背中メッシュとロティス連れてってくれ! 指示は逐一出すから、ある程度の距離で!」

「了解しましたわ。【神光】」

 

 金髪お嬢様の背中に光の翼が生える。そこへ背中メッシュとロティスが乗って、次の瞬間には見えなくなっていた。

 ──喉にせりあがるソレを無理矢理飲み込んで、前を見る。

 

「ポニテスリットは防御魔法をいつでも出せるよォにしといてくれ。攻撃は必要ない」

「ああ、いいだろう」

「エイトスはコレだ。怖いだろォけど、入ってくれ。中にもう1人いるから」

「……!?」

 

 亜空間ポケットを開いてコレ、と指させば、エイトスはものすごく嫌そうな顔をした。ドラゴンなのに表情わかるよォになってきたなー。

 まァンな発見は後で良い。時間が無いンだよ、という意思を目で訴えかければ、エイトスは渋々とその中へ入る。シエナと仲良くしろよ?

 

「アールルゥ・ヘズナガル!」

「既に水狐は放っているのよ。けれど、こうも数が多いと……」

「ンなこたどーでもいい。お前さん、どンだけ戦える? 全部水狐とかの錬金生物頼りか?」

「魔法ならある程度使えるのよ? そも、我は神の使徒。権能を用いれば水晶から逃れる事も可能なのよ」

「逃げれるか、なんざ聞いてねェよ。その大本とやらのトコまで突っ切っていく。それができるかどォかを知りたい」

「……できるのよ。けれど、直線にしかできないのよ。それでもいい?」

「十分だ。時間はどんだけかかる?」

「20秒もあれば、可能なのよ」

 

 よし、それが聞けたら十分だ。

 

「ポニテスリット、アールルゥ・ヘズナガルを抱きかかえて逃げ回るのはできるか? 防御魔法は自身の足場に使え。どうせキスキルの結晶自体は弾けねェだろうしな」

「わかった。それで、お前は?」

「あン? 決まってらァな──」

 

 空間から引き抜くは──クリス。

 ま、ぶっちゃけた話、俺の役割ってなここまでな気がしてる。

 存彪位を倒すのは、適任がいるだろ。俺よりもっと神に近い奴が。

 

 だから──ここだろ。出しどころ、って奴は。

 

「クリス、もう一回だ。──いいぜ、気にしなくて」

 

 どろりと解ける。クリスの刀身が溶けて解けて、俺の爪になる。翼が生える。隣のアールルゥ・ヘズナガルとポニテスリットがぎょっとするのがわかる。そォか、あン時いなかったもんな。

 ヒヒ、と。どォにもフルオブズヴィトニーに似た笑いが漏れる。

 

糸伊豆阿派青磁負不伏零矢堕千経度戸地内途(それは夜に捧げる一節の祈り)

 

 とうとう、壊れた音がした。

 バキンと折れた音がした。

 

 ここまでだ。

 だから──全力を出す。

 

 現れるのは翼の生えた鼬だ。真っ黒な鼬。鋭い爪と牙を持つ、一匹の鼬。冥府の靄を纏い、死を纏い、怪しく瞳を輝かせるケモノ。化け物。

 

「行け、ポニテスリット。アールルゥ・ヘズナガルを起点にした作戦だ。その身の安全とその魔法の成功可否はお前にかかってる。頼むぞ」

「ああ。だが……」

「時間が無い。──先行くぞ。その空間はそんなに長く保たねェから、とっとと行けよ?」

 

 返事を待たずに飛び出る。

 

 蛇のよォにしなやかに、狼のよォに鋭く──鷲のよォに力強く飛ぶ。

 口から出る咆哮は既に人のモノでなく。

 向かってくる枝葉の全てを爪で受け止める姿に知性さえも無い。

 

 最後だ。夢の中で、最後の最後。

 中途退場を許せ。俺は──お前たちに託すから。

 

「……私よりよっぽど化け物じゃん」

「あァ──出てきやがったか」

「そんなに私を殺したいんだ?」

 

 水晶の樹木の間から、その声は響いた。

 少々デカくなった体。けれど聞こえた。その声は。その憎らしい声は。

 

「ああ、そうだ。俺はてめェを殺したい。このクソみてェな魔法を殺したい。存彪位を殺したい。──これが、殺意だ」

「そっかー。それじゃあ」

 

 あるいは逆の構図だ。

 まるで俺の方が倒されるべき化け物のよォだと思った。水晶の林。黒霧を纏う化獣。ソレに立ち塞がる1人の少女──。

 ハハ、結構。

 

「生きるために、抵抗させてもらうよー」

「──」

 

 その上で、正解まで引きやがるたァ──わかってやってンのか。

 いい。いいぜ。てめェは生者じゃねェが、生きるために抗うってンならさらなる全力を賭して立ち塞がることができる。

 

「お嬢、指示出すのはやめた! 任せた──勝手にやってくれ!」

「だと思ってましたわ!」

 

 直上から声。

 上を見上げるキスキルに落とされるのは1つの爆弾。それを防ぐまでも無いと断じたキスキルは微動だにせず。

 

 直撃を食らい、ぶっ飛んだ。

 

「!?」

「ハハハ! どォだすげェだろ。あァ驚いてるトコ悪いが俺も原理ァ知らねェよ! 権能でさえ五分に持っていけるかどォかってなてめェの体をぶっ飛ばせる爆弾──ハハ、意味わかんねェな!」

「……脅威度を上方修正」

「んで余所見厳禁だ」

 

 爪を振り下ろす。クリスと同じ強度を誇るその爪。けれど、こっちはちゃんと避けられる。本体ならまだしも分体じゃァ受けきれねェと知っているから。

 

「梓さん! 1秒キスキルの動きを止めてくださいまし!」

褪戦死遠(【傾刻】)!」

 

 死んだのを感じる。

 精神が死んだ。夢の中だろォとそれは変わらない。

 

 今更だ。

 元より死人。なれば何を恐れる。

 

 そしてそこへ。体感時間を狂わされたキスキルに、紫電を纏う矢が直撃する。雷こそ纏っているが、弓から放たれた矢でしかないそれ。速度なんてそこそこしか出ていないソレが──キスキルの肩口に深く深く突き刺さった。

 

「な──」

「【神光】、弐式。開光」

 

 その矢を目掛け、数多の光線が飛んでくる。完全な一点集中。キスキルの全身を包む、ではなく、矢の矢じりだけを目指す光線は──キスキルの体をこじ開けて行く。

 抵抗の隙も逃走の隙もない。

 光が、光が光が光が。

 キスキルの体内へ入る。こじ開けて、破壊して。

 

「あ──ぐ……!?」

「礎は水。標は風。先照らす灯りは火、未知を拓くは土の滝」

 

 後方。数多の枝葉に襲われながら、時折半透明の球体を出すポニテスリットの姿。

 そして響き渡る朗々とした声。詠唱、だろうか。世界言語ではない詠唱を初めて聞いた気がする。

 

「逃れられぬ怨嗟の声。我が身引き戻す神の声。我は使徒。神の使徒。風の使徒なりて」

糸伊豆阿止理負不伏零矢堕千経度戸地内途(それは夜に捧げる祈りの物語).」

 

 お嬢たちが開いてくれたキスキルの胸の傷。

 そこに爪を立てる。両の爪。閉じないよォに、再生しないよォに。

 

 そしてそれへ向けて、口の魔力を集中させていく。

 

「……!」

「今ここに奇跡を賜らん──錬金豪砲!」

 

 放たれたのは見えない砲弾。恐らくアールルゥ・ヘズナガルの最大火力なのだろうそれは、お嬢やポニテスリット達でも成し得なかったキスキルの結晶へ傷をつけるという偉業を成し遂げる。

 否、それだけに収まらない。

 直線だ。一直線に──砲弾が通り抜ける。豪砲、名に違わず。

 

夜驚声(トート)

 

 そして今度こそ、だ。

 今度こそ──何もかもの瞼を降ろさせる、究極なる一。黒く深く恐ろしい光。

 黒光。極光。

 

 それは今しがたアールルゥ・ヘズナガルによって開けられた水晶の林のトンネルを通る。キスキルの胸の傷を抉って、トンネルへ、だ。だから──キスキルの分体はその半身を消し飛ばす結果になる。

 水晶樹木も同じ。幾本ものそれが根を折られて倒れて行く。

 

「梓・ライラック! あの先に、全ての元凶がある! 殺してくれ!」

「あァよ──はン、やっぱ喋り方作ってたか」

「うるさいな、行け!」

 

 言われずとも、だ。

 半身ぶっ飛んだキスキルを捨てて駆けだす。ハハ、鼬の移動速度なめんな。水晶樹木が再生する前に通り抜けてやるさ。

 んで。

 

「追手がこねェよう頼んだぞお前ら!」

「勿論ですの!」

「ああ」

「……気を、つけて」

 

 俺は、ようやくそれに辿り着いた。

 

 

えはか彼

 

 

 

 水晶。巨大な水晶だ。

 そこに術式が刻まれている。読めはしないが、これが即時蘇生の術式なンだろう。

 

 そして、そのすぐ横。水晶に取り込まれた石に──こんな文言が掘ってあった。

 

 ──"再来の日は近い。再編の日は近い。訪れぬ安寧を齎す者よ。安寧を脅かす者に剣を向けろ。4歩目を踏み出す勇気はそこにある。"

 

「……は。ふーちゃんよ、ここまで来てたンなら……なんか残しといてくれてもいいだろォに」

 

 残していく事への不安はある。泣かれるか、また怒られるか。

 はは、知らねェや。

 

「頑張れよ、アズサも、クロムクラハも」

 

 俺は先に行く。

 

「──【即死】」

 

 無駄な言葉はかけない。 

 ただ、そう呟いて。

 

 

 この世界を呪う祝福を、殺し尽くした。

 

 

えはか彼

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