遠吠えは遥か彼方に   作:劇鼠らてこ

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153.安堵耐務夢生部恩.

 境界面に触れる。

 薄膜のよォなそれ。俺が触れたら、あっさり、簡単に破れたそれ。

 

「……脆い、か」

 

 その身をしならせて世界に入り込む。

 黒い鼬。今の俺の姿だ。

 

 ではこの姿だと目立つのでヒトガタに……とかはできない。もう俺は梓・ライラックじゃないから。アンディスガルは人にはなれないし。

 だから、鼬のままコトを終わらせる必要がある。

  

「んで……ここはどこなのやら」

「ここは、かつて恵理須において"大きな丘"と呼ばれていた場所ぞ」

「ン?」

 

 山のふもと。霧の多いその場所に、2つの人影があった。

 懐かしい言葉。あれは何年前か。まだ一年も経っていないのか。

 

「ク──なんだ、吾の全盛期より大きいな」

「見た目は完全に魔物だな……。意思の疎通はできているのか?」

「問題ない。頭領には聞こえないだろうが」

 

 人影が前に出てくる。

 もう、シルエットでわかる。声でわかる。

 

「なンだ、お前ら。俺が来るってわかってたのか──着物狐、尖り前髪」

「……」

「クク、ああ、そう。そうだ。吾らはお主を待っていたよ、吾の妻。いや、いや。これで、フェリカより吾が少し優位になったか。言語の壁というのは大きいからなぁ」

「無駄話はいい。話を進めろ、ナリコ」

 

 ……言葉は通じてないのか。着物狐は魔物だから通じるけど、どーにも人間には無理っぽいな。

 それもまた懐かしいけど。なんだ、式鬼の言葉でも使ってみるか?

 

 ま、通訳がいるンだ。現状問題ないだろ。

 

「ク、せっかちよなぁ頭領は。まぁ、気持ちはわかる。……吾の妻、此度はどのような用向きでこの世界を訪れたのか、教えてはくれぬか?」

「ソンヒューィを殺しに来たンだ。この世界を壊すつもりはないよ。ソンヒューィ殺してキラキラツインテ救い出して、みんなを解放して元の世界に戻って起きて。こっちの世界がその後どうなるかは知らないけど、アールルゥ・ヘズナガルがなんとかすンだろ。俺はあくまで、みんなを連れ戻しに来ただけだ」

「そうか……そうか」

 

 ふと、着物狐が懐から紙を一枚出す。

 

「頭領。──交渉は、決裂ぞ」

「そうか。【飛斬】」

 

 突然斬りかかって来た尖り前髪に、けれど【世涯】を発動させることはない。

 殺意くらい見分けられるぞ。誰の弟子だと思ってやがんだ。

 

 そしてそれはやはり、寸止めに終わる。クツクツと笑う着物狐。

 尖り前髪は大きなため息を吐いて、剣をしまう。

 

「行くぞ」

「行くって、どこに?」

「安全な場所、よなぁ」

「安全な場所? そりゃまた、なんで」

「クク、吾の妻。お主、自分が命を狙われている存在であるという自覚はないのかえ?」

「……命を?」

 

 なんでだよ、と聞こうとした、その瞬間だった。

 

 一気に霧が晴れる。轟音と爆風。高熱の何かが──空から迫る。

 それは雲を割る岩石だった。

 赤熱した岩石。空気摩擦から、だけではない。初めから超高温である岩石が──ピンポイントに俺を狙って落ちてきている。

 

「メテオストライクか。どうやら連中本気らしい」

「クク、だろうよ。なんせここにいるのは、神の恩恵を断ち切った巨悪──」

 

 余裕にごちゃごちゃ言ってる二人はおいといて、口に魔力を集中させていく。梓・ライラックの頃には無かった、あるいはクロムクラハの時にも無かったクラスの魔力。メイアートでどっこいくらいか? 今のクロムクラハは知らんが。

 とかく、巨大な魔力だ。それを収縮させて。

 

夜驚声(トート)

 

 放出する。

 俺の口から出るは、黒の奔流。漆黒の極光。フルオブズヴィトニーの希風川(ヴァン)を参考にしているこれは、直線状にあるもの全てを貫き、蝕み、食み壊し、さらに俺の特性として死を齎す効果を持つ。死ね、死ね。どうせ自然現象じゃなく魔法だろう。自然現象なら【世涯】で消すけど。

 その読みは当たっていた。夜驚声によって見るも無残に崩れて行く巨岩。周囲の暗雲や霧も殺し、大きな丘に晴れを齎す。夜だけど。

 

「怪我ァ、無いか。2人とも」

「ククク、無い。無事だ。だが──」

「これで危険度は跳ね上がったな。ナリコ、さっさと移動するぞ」

「ああ。説明は後だ、吾の妻。行くぞ」

「……ま、いーけどさ」

 

 遠くの海岸線。

 そこにある、無数の船。空には小さな粒が沢山飛んでいて、そのそれぞれから魔力が発されているのがわかる。

 全部が、魔法少女か、魔力を持った人間か。

 

 ……神の恩恵を断ち切った巨悪、か。

 なるほどねェ。

 

えはか彼

It's a story of prayer dedicated to the night.

 

 着物狐の紙を併用し、辿り着きましたはとある島。

 この断崖絶壁とジャングルは……。

 

「さっきの大きな丘もそうだけど、ここも無かったってクロムクラハから聞いた気がしたンだがなァ」

「あァさ、隠されてたらしい。俺も連れてこられたときはびっくりしたよ」

「ン──おお」

 

 眼前に降り立った、小さな少女。その威光は果てしないものだが、単純に大きさの比較というか目線の関係上めっちゃ小さい子に見える。

 

 元、俺。

 あっちからしてもそォだろうけど。

 

「よ、クロムクラハ」

「ああ、久しぶりだなアンディスガル」

「ク……良い良い。吾の妻が2人……2匹か?」

「フフ……成程、カシヨの村で吾の求愛を受けなんだのは、汝のせいか」

 

 うわ、って。思わず声が出そうになった。

 岩陰から現れたのは、それはもう瓜二つな着物狐。だけどこっちは。

 

「ヨウキ。お前も来てたのか」

「フフ、吾だけではないぞ」

「そう! あたしもいるよーーん!」

 

 突然背中に乗られる。

 ……軽いからいいけど、大丈夫か?

 

「わ……なんかチリチリする」

「そりゃ俺の体は死の権化みてェなもんだからなァ。今を生きる者であるなら触るのもキツいだろうし、生きてねェ奴にとっちゃ天敵も良い所だろ」

「うひゃー消えるー!」

 

 ふーちゃんも一緒、と。

 ……消えたいんじゃなかったのか、とか。余計なことは今はおいとこう。

 

「クク、なんだ。吾が言えたことではないが、お主胡散臭いな」

「フフ、その言葉、そっくりそのまま汝に返そう」

 

 ここにジャカンも入れたら三つ子だなァ。三つ子と言えばバツの三姉妹を思い出すなァ。

 

 って、ほんわかしてる場合じゃねーのよな。

 

「お前さんらの類似性とかはそっちでやってもらうとして、なンで俺をここに連れてきたのか話してくれ。俺ァとっととソンヒューィを殺しに行きたいんだがよ」

「それは、私の口から話させていただきます。異界の魔王、アンディスガル。世界を壊し尽くす者よ」

 

 言って。

 ……ン? えーと。

 

 どこ?

 

「下です。下」

「下ァ……おーん?」

「もっと下!」

 

 もっと下。

 そこに、いた。

 

 太陽みたいな金色に黒の毛が混じる──ちょっと虎っぽい毛皮の、猫。

 猫だ。にゃーん。

 

「猫だ」

「はい」

「猫?」

「はい。別に構わないでしょう。アナタは鼬です」

「おーん……確かに。狐が2匹に、よーわからんのが2人。じゃあ猫と鼬がいても不思議じゃァないな」

 

 猫だ。

 かなり小さい猫。というか普通サイズの猫。俺がかなりデカいのでそォ見えるだけ。

 

 えーと?

 

「誰だ、アンタ」

「芭須哲途……と言って、聞こえますか?」

「へェ、アンタが。覚醒の神。太陽の神。……零の奴に感じるよォな威厳は欠片もねェなァ」

「余計なお世話です。それに、私はもう神の位を失くしましたから。──ようこそ、異界の魔王アンディスガル。私達はアナタの助けとなるものであり、同時に障害となる者の集まりです」

「具体的な組織名は?」

「……」

「リマキア。あたし達は、そう名乗ってるよ」

「意味は?」

「反逆戦争……みたいな」

 

 ふゥん。

 ま、らしいっちゃらしいが。

 しかし、芭須哲途ね。これでよォやく全員と相まみえたわけだ。

 

「それで、説明は?」

「すみません、脱線しましたね。……アンディスガル。まず、アナタはアナタが命を狙われている事実、そしてその理由を理解していますか?」

「即時蘇生の術式ぶっちったからだろ。俺にとってどんだけ歪でも、人間に取っちゃ神の恩恵だった。ソンヒューィの齎した最上級のソレだった。ンなもん殺して恨まれねェはずがねェさ」

「はい。さらに言えば、即時蘇生の術式とはこの世界の寿命を取り払うものでもありました。それが無くなった今、この世界は緩やかな死に向かいつつあります。それを、一切の噓無くソンヒューィが説明したため──この世界の民はアナタを巨悪と認定しました」

「……存彪位の奴が、自ら降臨したのか?」

「ええ。案外どこにでも現れますからね、奴は」

 

 奴て。

 しかし、そっか。恵理須の、あるいは"前"の常識に囚われてたけど、そんな気軽に神が降臨するんじゃ、その恩恵も実感しやすいのかもな。だってそもそもソンヒューィを嫌った奴らは国にいないンだ。そォいうのは妖精として僻地に追いやられてるから。

 でも成程ねー。確かに巨悪だわ。ま、9割方わかっててやったけど。

 

「ゆえに、この島の結界範囲外に出た瞬間、アナタの命を狙って人々が動くと考えてください」

「おー。まァ構わねェよ。全部蹴散らすさ」

「それだとこちらが構うんです。ルルゥから聞いていませんか? こちらの人間は死者ではないと」

「あァさ、"接続"されてるだけで、こっちの人間はこっちの人間だって話だろ?」

「はい。ですので、蹴散らされるのは困ります」

「何も殺すたァ言ってねェよ。対魔法なら、俺ァ無類の強さを発揮するンでね」

 

 しかし、ルルゥね。

 気安い仲と見た。

 

「で、助けとなり障害となる、ってのは?」

「前者は文字通りです。存彪位を殺す手助けをします。しかし、世界を壊す方については、全力で阻止します」

「あァなら大丈夫。壊す気ないから」

「……フクン」

「はぁい」

「貴女の読んだ運命において、アンディスガルは何と呼ばれていましたか?」

「世界を壊し尽くす大魔王!」

「はい。わかりましたね。つまり、アナタがどう思っていようと、アナタは世界を壊し尽くす大魔王なのです。よって私達はそれを阻止します」

 

 ……ん-と。

 多分、ふーちゃんの予知を心底信頼しているが故の言葉、なンだろうけど。

 

 それはやっぱり、読まれた未来は絶対に変えられないってそォいう事なのか?

 

「ま、勝手にしてくれ。俺ァさ、いいのよ。こっちの世界にァあんまし興味ない。一切興味ないわけじゃないぜ? こっちの世界で出会った奴らもいるんだ、それを無下にはしない。けど、やっぱり俺は冥界のケモノでさ。夢の世界の魔物じゃないンだ。だから、自分たちの世界を守るのは、勝手に全力でやってくれ」

「はい。それで、なのですが。早速やっていただきたいことがあります」

「お、おう」

 

 なんか、こんなちまっこい猫なのに……圧が凄いな。

 流石は三元神ってとこか? 元だけど。

 

「アナタの亜空間ポケットと呼ばれる場所に、こちらの世界の生物が入っていると思うのですが」

「あ!! そうじゃん、忘れてた!!」

 

 すぐに開いて出す。

 出すのは、エイトス。

 

「忘れてた?」

「ごめんって!」

「……シエナといっぱいお話しできたから、いいけど」

 

 なんかテレパシーじゃなくて普通に喋れるよォになってるとか、ああそれは俺が魔物だからだな、とか色々考えながら──彼女も、出す。

 

「……あの、できれば砂浜に出すのはやめていただきたかったです、梓・ライラック様」

「そりゃァすまねェ。いやさ、ずっとじゃ窮屈かと思ってよ。あと俺ァもう梓・ライラックじゃねェから、アンディスガルって呼んでくれ」

「おー……もしかしてシエナか? そんなチップみてェな状態で喋れるンだな」

「クク、なんだシエナ。吾の妻の亜空間ポケットなんぞにいたのか」

「なにこれなにこれ平べったいのが喋ってる面白!!」

 

 うーん。確かにシエナをどーにかしてやりたい。

 流石にこの体じゃサブメモリーつけらんないんだよな。クロムクラハも……無理そうだし。ふーちゃんは無くしそうだし、着物2人組はなんかヘンなトコにいれそうだし。猫にペンダントはアレだし。

 

「……なんだ」

「いや、適任だな、って」

「ナリコ、コイツは何と言っている?」

 

 じゃあ尖り前髪だよな。

 

 ずっと、俺達の話を静かに聞いていた尖り前髪。多分魔物同士の会話だ、あんまし聞き取れちゃいなかったンだろうけど、ずっと待っててくれた。

 そーいやなんで尖り前髪はここにいるンだろう。班長とかと一緒じゃないんだろうか。

 

「再登録完了。アンディスガル様、私を亜空間に戻していただけると助かります。その、サブメモリーはちょっとやそっとのことでは壊れませんが、あまり砂や埃などに触れているのは推奨されません」

「着物狐。シエナを尖り前髪に渡してくれ。んで、守っといてくれって伝えてくれ」

「良い良い」

 

 着物狐がサブメモリーを拾い上げる。

 そして──自身の、開けた胸の谷間にしまい込んだ。

 

 ……。

 ……。

 

「あの、すみませんナリコ様。サブメモリーは汗も大敵なので、できれば亜空間ポケット内部がいいです」

「クク、つまらんなぁ。ほれ、頭領。吾の妻が預かっていてほしいそうだ。亜空間ポケット内部に入れておいてくれ」

「……まあ、いいが」

 

 いいらしい。

 ただのチップなのに、どこか恨みがましい目をこちらに向けている……よォな気がした。

 

「エイトス、シエナとは何を話したンだ?」

「あっちの世界のこと。色々」

「へェ、そりゃまた」

 

 ま、蓄積だけで言えば相当だろうし。

 そいやマッドなりかけチビ先生はシエナの体直してくれたのかねェ。流石にまだ奮闘中か?

 

「あ、もう来てたんだー。やっほ」

「おー、ネベトフートか。なんだ、アンタもここに呼ばれてたのか」

「まーね。ママの招集なんてかかる日が来るとは思って無かったから、驚いたけど」

 

 ママ。

 猫。

 ……いや頭では理解してるんだけどね?

 

「そして、もう1つお願いがあります、アンディスガル」

「何だ?」

「──生命の神ジーウィースを、どうかご解放ください」

「ダメだ」

 

 即答、だった。

 

 

 

 

「ダメ、ですか」

「ああ、ダメだ。危険すぎる」

「ジーウィースのことでしたら、問題ありません。アレは放任主義とはいえ善性の存在。事情を話せば必ずや力になってくれます」

「ジーウィースがどーのじゃねェのよ。一緒の空間に封印してる奴が危険すぎるのさ」

 

 俺がこっちに戻る前、零の奴にそれとなくは聞いている。

 返してもらった権能──殺すことに特化した俺の力が救いに向かないから、という話の流れで返却された魔法や権能だ。【即死】、【死漸】、【世涯】だけ──な、はずがない。

 零に否定された通り【極覇】や【裁断】はダメだった。けど。

 その先で手に入れた【天愍】は、曰く"オレの権能にそんなものはない"とのことで。

 

 使えはする、と思う。

 試していない。異空間を開くのが怖いから、やめている。

 

「ゲヘナっていう、危険思想の夜の神が入ってる。ソイツこそがジーウィースを俺達の世界に呼び込んだ張本人で、【増幅】っつー厄介な権能を持ってる。もし外に出したら絶対やばいことになる。それだけは自信を持って言える」

「……ですが、私達にジーウィースは必要です」

「元から放任主義だったンだろ? 帰ってこなくたって同じだろォさ」

 

 芭須哲途は、首を振る。

 猫だからわかりづらいっつの。

 

「それではダメなんです。世界には三元のバランスが必要です。太陽と夜と風。そのどれかが欠けていれば補わんとし、余計にあれば削り取らんとするもの。今、存彪位という巨大な夜があるのに対し、太陽と風に選出されたのはどちらもアナタの世界の存在。そこにいるクロムクラハと、アズサ、あるいはミズメと呼ばれていた少女です」

「あー」

「もし今後アナタが彼女らを連れて帰る、というのなら……わかりますね? 此方の世界にいたミズメという少女に神が如き力はありません。クロムクラハに至っては眠っての接続ではなく直接の来訪であるため、同一存在がいない、という事態にもなります」

「……つってもよ、ジーウィースは風の神だ。太陽の神はどーする。ふーちゃんもネベトフートも夜だろ?」

「そだよ~」

 

 夜と風だけあっても意味ない。

 そーじゃねェのか。

 

「そのためのエイトスです」

「?」

「貴女には、新たな太陽の神になってもらいます」

「……エイトスは魔物だぜ?」

「はい。ですが問題はありません。同じく魔物であるクロムクラハが選出されたように、ようはその要素を強く持っていればいいだけなので。なお、アンディスガルの同位存在である英雄梓・ライラックは太陽、夜、風、そのどの属性も持ち合わせていないので代わりにはなりません」

「へェ、俺のクセに使えねーなオイ」

 

 俺の影ならなンか持ってろよ。

 

「つか、エイトスの気持ち最優先だ。エイトス、神になんかなりたくないよな?」

「うん」

「ほらな!」

「……今、なりたくないよな、となりたくない方に誘導したじゃありませんか。エイトス、この世界を救うために、神となり、統治をしていただくことはできませんか?」

「やだ」

「ほらな!!」

 

 誰だって神になんかなりたくない。

 あ、いや、神さんを貶してるとかじゃないぞ。神さんは凄いんだ。凄い神なんだ。ただ神に成れって言われてハイって頷くかってーと。

 

 クロムクラハを、見る。

 

「こっち見んな。……俺も同じこと考えてたよ」

「クロムクラハ?」

 

 彼女が1歩、前に出る。

 しっかし……段々、マジで。

 

「そも、ソンヒューィは殺すんだ。そうなればバランスは壊れる。三元の均衡が保たれていなければいけないのなら、その全てがいなかった場合、世界はどォなる?」

「……寿命が早まるのでしょう。この世界の寿命は紆余曲折を経て後1000年程ですが、ここより神がいなくなった場合、多く見積もっても200年程。悲観的に考えるなら……20年と経たぬ内に崩壊するかと」

 

 20年。

 ……どうなんだろうな。恵理須は何万年と保ったが、それは生かされたが故だ。

 世界の平均寿命なんざ知らねェが……。

 

「なら、決まりだな。……俺が、この世界の神になるよ」

「アオンはどうする」

 

 意外にも即座にソレを聞いたのは、尖り前髪だった。そんなこと、欠片も興味ないもんだと思ってたんだけどな。

 

「聞く。俺と一緒にこの世界に残りたいか、起きて俺と別れるか。どの道死んだら起きるんだ。別れってのは必ず来る。そうだろ?」

「始の点は?」

「迷宮の主の交代方法くらいザグルスが知ってるだろ。それで適任者を探せばいい。まさかいないってことはないだろォさ」

「……そうか」

 

 尖り前髪が引く。満足したのだろう、また岩陰に身を預け、目を瞑る。

 クロムクラハ。戦いと太陽と死の神。その身は今でこそ風に分類されているが──その本質は、太陽と夜と風の全てを持つハイブリッドの神だ。

 

「だから、アンディスガル。お前に聞いておきたいことがある」

「ん」

「俺の名には、どんな意味がある。クロムクラハとは……お前には、どう聞こえる」

「黎無暗刃」

 

 俺には。

 そう、聞こえている。

 

「字を、知りたい」

「字?」

「……俺はもう、魔法少女じゃない。もう覚えてないンだよ。"前"の字。だから、教えてくれ」

 

 ……と、言われましても。

 俺の手こんなんだぞ。それでもいいなら、まァ。

 

 砂浜に字を書いていく。

 つか俺よく漢字とか覚えてるよな。脳に記録されてるワケでもねェのに。まァそう聞こえるからなんだけど。

 魔法少女じゃないのは俺も同じだよ。

 だからそこに差があるとしたら……。

 

「クロムクラハ」

「ん……なんだ」

「お前の中の王鼎は……本当に安全なンだろうな」

「へェ? 棒動作の方じゃなく、そっちで呼ぶとは思って無かった。ああ、安心しろよ、半身。俺はコイツの事気に入ってんだ。わざわざ自分から手放したりしねーって」

「したら俺が殺しに行く。今度こそ確実に殺し尽くす。覚えておけ」

 

 クロムクラハ、ではなくオーディンは、楽しそうに笑って。

 すぐに表情が変わる。憤慨した顔のクロムクラハ。……ちゃんと主導権握っててくれよ?

 

「話は決まりだ。ジーウィースは解放しない。エイトスは太陽の神にならない。クロムクラハがこの世界の神になる。そのための引継ぎなンかは追い追いやるとして──これで、心置きなくソンヒューィを殺せる。そうだな?」

「……はい」

「なンだよ、不満そうだな」

「1つの神が、世界を左右する。……ソンヒューィの前例を考えると、少しばかり抵抗があるだけです」

「あー、まァな。でも大丈夫だよ。クロムクラハはソンヒューィみてェにガキじゃねェからさ」

「何を言っている。お前と同い年なんだ、子供同然だろう」

「尖り前髪さ、ほとんど会話聞こえてねェクセに要所要所入ってくるよな」

「聞こえる部分だけで推測は可能だ」

 

 でも確かに、傍から見りゃそうか。

 つか神基準で考えたら43年なんざペーペーも良い所なんじゃねェか?

 

 それでもまァ、どうにかはなるだろ。

 

「ふーちゃん、このリマキアーってのにはどんだけメンバーいるんだ? レジスタンス全員入ってるとかか?」

「ううん。基本は人間じゃないのの集まりだね。アールルゥ・ヘズナガルは入ってはいるものの、今は研究に没頭中だし。南のレジスタンスで入ってるのはそこのツーちゃんとネイちゃんくらい?」

「ツーちゃん……が尖り前髪だとして、ネイちゃんって誰だ」

「ネイビー・ブルー。【寄生】の魔法少女……覚えてるかな?」

 

 その名前は。

 至極久しぶりに、聞いた。

 

えはか彼

It's a story of prayer dedicated to the night.

 

「先生、世界がこんなことになっているので私早退したいですわ」

「ダメだ。アールレイデは特にここ最近いなかっただろう。事情は知っているが、ルールはルール。出席日数足りなくて卒業できない、ということもあるんだぞ」

「卒業とかそんなこと言ってる場合じゃないんですけれど」

「フェリカ、えるるー先生が無理だと言ったら無理だ。それに、この授業は無関係ではないだろう。集中しろ」

「はぁ、真面目ですね、ミサキさんは……」

 

 学園エデン。

 そこではいつもの光景が……広がってはいなかった。

 いない生徒がそれなりにいる。

 

 ケガをした。あるいは。

 

「今日は神と悪魔の話だ。大悪魔リラ・キスキルやその他の悪魔、そして三元神。知っている者も多いとは思うが、改めて確認しなければならないことがある。それゆえの授業だ」

「観念、して」

「シェーリースさんまで……うう、南西に現れたという魔王、絶対梓さんですのにぃ……」

「アールレイデ。私語は慎め。周囲の者もだ」

「申し訳、すみま」

「略すな。申し訳ありません、えるるー先生。以後気を付けます」

「うー」

 

 未だ不満を呈すフェリカ。

 一刻も早く出て行きたい。そう願ったことが通じたのだろうか。

 

 風を取り入れるために開かれた窓から、突然──銀の糸が伸びてくる。

 それはフェリカの胴に巻き付き。

 

「へ?」

「──フェリカ!?」

 

 引っ張り上げた。

 

「ちょ──!?」

 

 神速の名を恣にする彼女が気付けなかったのは、単純に殺意や害意と言った類を感じ取れなかったからだ。本当に、友人がその肩を叩くかのような勢いで彼女に巻き付いて、彼女を持ち上げて。

 気付けば空にいた。眼下、ミサキ・縁やえるるーが何かを発しているが、もう聞こえないくらい高い所にまで。

 

 その下手人は。

 

「あー頭痛い! けど、アンタ、アンタね! 思い出したわ──多分、私に関係あるヤツ!」

「ディミトラ様、これ間違いなく誘拐です。しかも恐らくアールレイデ家のご令嬢なので、罪状が凄まじい事になってそうです」

「今更でしょ! くっそ、頭に靄がかかって……ああもうじれったい! アンタ! 早く名乗って!!」

 

 なんか、とーっても見覚えのある2人だった。

 

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