154.謝意忍具須界.
「即時蘇生の術式……ソンヒューィの悪行、世界の成り立ちに私達が眠っててここは夢の中……ああもう、一気にそんなこと言われたってわかんないわよ……」
「ですが、確かに……貴女と話していると、懐かしい気分になります。関わり合いはほぼ無いに等しいものと思われますが……」
「お2人とも、完全に思い出した、というわけではないんですのね。その状態で誘拐された事にはさしもの私も遺憾の意を唱えますが、仲間が多いに越した事はありません」
アッチの梓さんが言っていた、"各地で目撃されている銀の龍"。心当たりしかなかったのですけれど、やっぱりそうだったのですね、という感想です。
ディミトラさんと、ローグンさん。私にとっては馴染の、けれどこの世界においては異色のコンビ。それが私を空へと攫った銀の縄……【鉱水】によって造られた銀龍に繋がっていました。こちらの名はまだつけられていないようですが、恐らくはLOGOSなのでしょう。
「ディミトラさんは、ご自身の魔法については完全に理解していますの?」
「ああ、これ? 記憶は曖昧よ、まだ。でも、理解はしていると思うわ」
「私も……【侵食】でしたか。なんとも奇妙な魔法ですが、使い方はスラスラと脳裏に浮かんできますので、問題はありません」
「結構ですの。神々と戦うのなら、恵理須の魔法は必須。十全に使いこなしておいてくださいね」
何も知らずに飛び出してきた、という2人に、簡単なあらましといいますか、現状起こっている事を説明したのも束の間、ディミトラさんにお願いして"ある場所"に船首を向けてもらっています。別に自分1人でも行けるのですが、流石にこれほどの混乱する情報を話すだけ話して「では!」は薄情というもの。
ですのでせめてお2人が落ち着くまではご同行させていただく次第となりました。
「それで、アンタ……フェリカだっけ。アンタは大丈夫なの?」
「はい? 何がですの?」
「話を聞く限り、アンタあの子の事好きなんでしょ。それが死んだって、今や魔王になってる、なんて聞かされて……平常心保てるワケないじゃない」
「……まぁ、仰る通りですわ。今すぐにでも魔王とされた魔物の所に行きたい……のですが、同時に私がやるべきことも理解していますの。皆が皆やるべきことをやっていて、何よりこちら側の梓さんに協力を、と言われたからには……それを無下にはできませんわ」
「やるべきことをやっている、って。アンタの想い人がそんな自由にやってて、よくもまぁ、って感じだけど」
「あはは……まぁ、それが梓さんの良い所なので」
「成程。惚れた弱み、という奴ですね」
「あ、良いトコ取られた」
確かに、梓さんは自由極まり無いです。後ろを省みることなく、ただ前に前にと突っ走って……挙句の果てに、死んでしまって。
そうあってもいいと言ったのは私ですけれど、なんだかむかむかしてきましたわね。
「別に、良いと思うわよ」
「何がですの?」
「ホントのホントに、大事な時。世界と梓を天秤にかけなければいけないような時。そういう時は、自分の恋路を大事にしてもいいのよ。誰かが怒るかもしれないけど、そんなのアンタには関係ないでしょ?」
頬杖を突きながら、こちらへ手をひらひらさせて……なんだか、大人の余裕を感じるニヤっとした笑みで。
「あんまり自分を殺さないでくれる? 見ててイライラするから。感情ってのは、留めとけば留めとく程煮詰まって本質を変えてくのよ。私はそーいうの嫌いだから。もっとぶっちゃけてはっちゃけなさい。アンタ、自分が思ってるよりまだまだ子供なんだから」
「つまりディミトラ様は老けている、と」
「言っておくけどアンタもそうだからね。メイドだから、とかなんとか思ってるのかもしれないけど、私利を殺して自我を殺して、今回みたいにやるべきことじゃない、やりたいことに突き動かされて行動したみたいに、もっと自由にしてくれれば……って、……ん? 私、アンタのことそんなに知ってたっけ」
思わず笑みが零れます。
忘れてしまっていても、やはりディミトラさんはディミトラさんですね。
LOGOSのお母さんと言いますか……。恵理須において、私の母、というものはとうの昔に死んでしまっていましたけれど。ディミトラさんは、どこか母を思い出させてくれる存在ですの。
見た目はこーんなに小さいのに。
「何よその生暖かい目」
「いえ、なんでも」
「……まぁいいけど。というか、そろそろ着くわよ。お目当ての場所に」
「ええ、はい。ありがとうございますわ」
叶わない夢とはわかっていますし、あの時それを壊したのは私達だとも自覚していますけれど。
もし──どうにかなるなら。また、皆で平和な日常を過ごしてみたいものです。そこには勿論梓さんも──。
それで、その目的地。
そこには……予想外の光景が広がっていました。
「……ここまでの街に」
「なんでもいいけど、用があるなら一旦外してくれる? この銀龍を見てか、なんか攻撃的な目つきの奴らがわらわら集まって来てるのよね」
「であれば、ディミトラ様。アールレイデ様は私が護衛いたしますので、一度空へお戻りください。どこかへ停泊させたのち、再度合流しましょう」
「それが一番か。わかった、じゃあアンタ達、気を付けて。即時蘇生の術式がないんだから、死なないようにね」
再飛翔するLOGOS(仮)。確かに何か魔法が飛んできますが、その全てを銀龍の体から出た触手のようなものが弾いて事なきを得ました。そのまま、雲の中へ消えて行く巨龍。
次いで、私達の前に現れる集団。
「お久しぶりですわ、モーゲン・真凛さん」
「え~、ひと悶着とか起こす前に挨拶してくるんだ~?」
「ええ、ひと悶着起こすの面倒なので。こちらに梓さんとミサキさんは来ていますか?」
「ちょっと前に来て、すぐどっか行っちゃったよ~。……それで、さっきのドラゴンは、魔王には関係ない……んだよね~?」
「はい。私の乗り物なので」
今、世界各地は魔王に対して敏感です。即時蘇生の術式を解除したのが魔王と言われているのですから当然に、更にはフクン・ティザンさんの予言の一部が一般市民にまで漏れてしまっているのも原因と言えるでしょう。
即ち、世界を壊し尽くす大魔王と。
「……うん、大丈夫そう。久しぶりだね、フェリカちゃん。で、そっちのは……」
「これは、お初にお目にかかります。と言っても何度かすれ違ってはいますが……コーネリアス・ローグンと。以後お見知りおきを」
「ああ、やっぱり。グロアのとこで良く見る子だね~」
真凛さんは恵理須でのことを思い出してはいません。いませんが、個人的で偶発的な繋がりがあったことと、創設者──学園長の繋がりで、大体の事情は知っているとのこと。魔王についてはあまりよく知らないようですが。この世界の梓さんも、何故説明しないのでしょうか。
「それじゃ、みんな下がって下がって~。私はこの子達と話す事あるから~」
その一声で、武装集団が下がっていきます。
ふむ、権力をお持ちのようですね、ここでは。
「ペルチットさんもいらっしゃるんですの?」
「あ~、ペルチットは今ちょっと塞ぎ込んじゃってて~。まぁ、用件なら私が聞くよ~。ペルチットがいなくても大丈夫~」
「では」
剣を抜き──真凛さんにつきつけます。
突然の事に真凛さんも、そしてローグンさんから動揺の気配が。
「な、なにかな~?」
「動かないでくださいまし」
発動するのは魔法【神光】。近接魔法少女ではない真凛さんでは反応する間もなく、声を上げる間さえもなく。
私が通り過ぎた事も、知覚できなかったことだろう。
──空間が妙な形に凹む。
「……何者」
「何者と分からず、剣を向ける?」
「悪い予感がした──私にとって、敵を討滅する理由はそれだけで十分ですの」
「怖い子」
何かが翼を広げる。負けじとこちらも光翼を。
透明で、私の刃を受け止めた何か。鳥……いや、コウモリ? とにかく悪意を感じる。今まさに、私達に……真凛さんに何かをしようとしていたと。
私の【神光】が統合した3つ目の魔法が、強く疼いている。
「あ、そうか。君、浄化の――」
「今更気付いても遅いですの! 【神光】──!!」
私の背より発射された光条が、その何かに猛追します。これなるは神の浄化、太陽神レイによる浄化を纏いし光。
悪しき者など、一瞬で──。
「須留途!」
刹那、真凛さんとローグンさんを抱いてその場を離れる。
そこへ叩きつけられる、灼熱の腕。
こちらには悪意がありませんが、覚えはあります。なんだかんだ言って因縁の相手な気がします。
「まったく……出てくる気、なかったんだけどねぇ。こっちでのアタシは死んだんだから……」
「加具土命。助かった」
「巻き込まれて死ねばよかったのにねぇ」
その声に。そして、何かだったその影に。
ようやく、あたりがついて。
名を呼んだ。
「……お久しぶりですわ、安藤アニマさん。そして……遠征組観測班アルカナ隊、L・アルカナさん」
「その呼称は懐かしすぎる」
「っとに、妙な勘が冴える子だよ……」
知識として共有された、異界存在。
神と悪魔の2人が、そこにいました。
さて、因縁がある……と言っても、そこまで詳しい事を知っているわけではない2人。
ですがL・アルカナさんの方には明確な悪意があります。未だ透明なその身も、時折見せる影から形を推測するに、梓さん達と向かった島にいたグレムリンに似た形状であると言えるでしょう。
そして安藤アニマさんは、なんでもない、普通の……割烹着と言われる格好で、そこに立っていました。……私服すぎませんか? あ、いえ、私服でもない……のでしょうか。
「さて、正直言うとね、疑似魔法の持ち合わせのないアタシらじゃ、アンタに勝てる未来が見えない。見逃してもらいたいんだけど、どうだいね?」
「構いませんわ。私の目的は貴女方にありませんので。ですが、そちらのアルカナさんは、私達に用があるようでしたの」
「ちょっと悪戯しようとしただけ」
「だったらそろそろ姿を見せてくださいまし。また浄化しますのよ」
言えば、渋々、と言った感じで滲み出てくる……少女。その背に動物の翼があることを除けば、たんなる少女だ。ただ、身体から発される悪意がこれでもかと私達を貫いている。
……これで何もする気がない、悪戯しようとしただけ……ですの? 全っ然信じられませんけど……。
「コイツはね、大分すると悪魔に括られる。正確には悪魔じゃないんだけど、まぁ大部分悪魔だ。だから直接対面すると悪意が伝わっちまうんだけど、本人に悪意があるわけじゃない。そう認識してはくれないかね?」
「悪魔なら、浄化が必要ですわ。──貴女の故郷も、私達が滅しましたので」
「故郷? ああ……別にいいよ。あんなの劣化品の集まりだし」
「そういう所が悪意の塊に見えるのですが」
まぁ、一応信じて。
未だ何が起きたのかわかっていない、という顔をしている真凛さんと、言葉を発さずに冷静に状況を見ていたローグンさんを降ろします。
ただ、まだ地面がぐつぐつと煮えかえっていますので、そこは避けて。
……これ、私の速さを信頼して、なのでしょうけど……当たったら死にますわね。
「にしても、あの子はどこ行ったんだい? ソンヒューィの奴が好き勝手やってる世界だ、危険性を見ても一緒にいるものだと思ってたんだが」
「はい? 梓さんですの? でしたら、大きな丘なる場所で確認されたのを最後に、行方はわかりませんわ」
「大きな丘? なんでそんなのがこっちの世界に……。というか、確認された、って。そんな、伝説の魔物みたいな言い方するじゃないか」
「……えっと、もしかして俗世には興味ないとか、そういった感じですの?」
何か、話がかみ合わない。
知識の前提条件が違う、という感じがします。それは梓さんにもたまに感じるんですけど。
「あー……実を言うとね、アタシらがこの世界に来たのは、ついさっきなんだ。ちょっと前までなんもない恵理由知穏の観光をしててさ。それで、ほんっとに何もなかったから、久しぶりの里帰り……と思ってこっちに来たトコで」
「嘘。梓・ライラックに顔を合わせる事にうじうじしていただけ」
「アンタが出不精だっただけだろう」
えーと。
この2人って、どこまで信用していいんですの? 確かどっちも裏切者、ではあるんですのよね? 何食わぬ顔でEDENにいて、けれど敵の内通者だった、という。
こんな毒気の抜かれたような行動する方々なんですの?
「まぁ信じられないのもわかるけど、本当なんだ。……と言っても、確かに俗世に興味は無いからね。こっちで起きている事情に首を突っ込む気はないよ。いつの間にかソンヒューィの即時蘇生が解除されてるみたいなのはラッキーだけど、こっちじゃアタシらも命は1つ。あんま無茶できないからねぇ」
「神が何を」
「ああうるさいな、この蝙蝠は」
神。ソンヒューィ。
……ふむ。
「アールレイデ様」
「ええ、私もそう思っていました」
「え、え、何が~?」
何もわかっていない様子の真凛さんはおいておいて。
「悪意はともかく、害意がないことは理解しましたの」
「それは良かった。ところでなんで構えてんだい?」
「至極簡単、ですわ」
同時に魔法が発動する。
私はアルカナさんを。そして、地面から生えた無数の手がアニマさんを。
「貴女方……役立ちそうなので、確保しましたの」
「……凡そ、お嬢様とは思えない思考だねぇ」
「痛い痛い。チリチリする。抱き着かないで欲しい」
敵を鹵獲して戦力アップは基本ですわ!
気を取り直して。
アニマさんとアルカナさんの拘束はディミトラさんにお任せしましたの。ようやく合流できると意気込んで現れたディミトラさんには申し訳ないのですけれど、反魔鉱石を扱えるディミトラさんが一番適任でしたので、お願いしました。
ディミトラさんはぶつぶつと文句を言いながらも快く引き受けてくださって、ついでに現状起きてる事も伝えておいてもらうようお願いいたしました。
ですので、気を取り直して、です。
本来の目的を達成するために、そこへ向かいます。
「……へぇ、こんな所に井戸が……。私、結構長い事ここにいるけど、知らなかったな~」
「私も知識として知っていただけですの。クロムクラハさんとお話しする機会があって……それで、この場所の事を聞きましたわ」
それは暗い井戸の底。
梓さんの足が動かなくなった原因の戦いがあったとされる、そしてかつて恵理須の心臓ともいえる場所。確か、ミズメさんとルルゥ・ガルが輪廻の車輪なるものを壊しに向かった場所、でもあったのでしたか。
「あれ、でも梓ちゃんが、"いると思ったンだが井戸にもいなかった"って、それこそさっき言ってたような~」
「それ、先に言ってくださいますの? ……とはいえ、恐らくですが……梓さんの前には姿を現さないと思いますの。それがこちらの梓さんであっても」
「なんで?」
ちゃぷちゃぷと、薄く水の張ってあるそこを歩く。暗い空間だ。どこか寒気もする。
「……アールレイデ様。ここの水……」
「ええ、恵理須では毒とされていましたの。ここでもやはり、そうですの?」
「はい。先ほどから【侵食】、及び各種魔法の効きが明らかに悪いです。毒類だとするならば、納得です」
「毒の沼ってこと~?」
沼ではないですけれど。
毒の湖、という認識で間違いないと、クロムクラハさんは言っていたような気がします。
「私に頼まれた人探し……こちらの世界に来ていると思われるエリスさん。かつて私達の世界そのものだった彼女は、梓さんによって殺されましたの。それはエリスさん自身の懇願によるものでした。……ですが」
暗い空間に、ぼんやりと。
本当にぼんやりと……光が映る。
「エリスさんは死したといいます。その魂がこちらに来ていたとしても、そのエリスさんは元のエリスさんではないはずです。ただ、その記憶に」
光の中に、いた。
小さな小さな、まだ幼児といってもいいだろう──少女。
「梓さんに殺された、と。そんな記憶を持っているはず」
「あ~……じゃあ、苦手意識凄いわけだね~」
「はい。そういうことですの。彼女の前に現れる、ということがない理由がここにありますのね」
蹲る少女の前に立つ。
近づいてくる私達に気付いたのでしょう、少女はゆっくりと顔を上げ。
「……【神速】?」
そう、私の昔の魔法名を呟きました。
「フェリカ・アールレイデと言いますの。エリスさん。私と一緒に来てくださいますか?」
「【神速】、じゃない、の?」
「ええ。もしかしたら、貴女の夢の中では、貴女は私をそう呼んでいたかもしれませんけれど。私にはフェリカという名がありますの。ですから、そちらで呼んでくださるとうれしいですわ」
「……フェリカ」
「はい」
手を差し伸べる。
その手を……エリスさんは、ちゃんと取ってくださいました。
彼女を包むぼんやりとした光が消えます。
「わたし、は……エリス」
「はい。ずっとずっと、お世話になりましたの」
「……【侵食】と、【槌憶】」
「コーネリアス・ローグンといいます。エリス様」
「モーゲン・真凛! よろしくね~」
あるいは。
曰く、お婆さんだった頃のエリスさんも、こういう純粋な方だったのでしょうか。
こんな子が、死を望む。
……この世界もそうですけれど、やはりこの世界というシステムは、あまり良いものとは思えませんのね……。
「フェリカ……お姉ちゃん」
──!?
……なんですの、今の。
今……胸を、撃たれましたの?
リキュアにも"お姉様"と呼ばれていますけれど、やはりアールレイデにそう呼ばれても特に何を感じることはなく、だからこそこうして純粋に姉と呼ばれると……ほほほ。
ええ、気分がとってもいいですの。
「私もお姉ちゃんって呼んでいいからね~!」
「まりん」
「何故!?」
この子、わかっている……。私の独占欲を掻き立てる……将来悪女になりますのよこの子は!
ですが、とりあえず。
こんな暗くて湿っぽい所、出てしまいましょう。
「エリスさん、こちらに」
「……うん」
その身を──抱いて。
光の翼を全開にして。
「あ、あれ。フェリカちゃん、もしかして」
「ええ。ちょっとひとっとびしてきますので……ローグンさんと真凛さんは、また後で」
「え~! 私も飛びたい~!」
そっちですか。
というか別に飛行魔法使えるでしょう普通に。
「行きますよ、エリスさん。私だけの景色。私だけが見る事の出来る──光の空。貴女にも、特別に見せてあげますわ」
直後、私の体は空にありました。
「クロムクラハ」
「ン、どーしたアオン」
「……私、邪魔じゃない?」
「なんだよ急に。邪魔じゃねェよ。邪魔だったらこーやって一緒にいないって」
「……そっか」
クロムクラハ。
その名は、本来私の中に無いものだった。
私が生まれた村はとても閉鎖的な村。知識の探求を続けると言いながら、外界にとんと興味を示さない──どこか矛盾を孕んだ村。
そこで生まれ、けれど私には何か、喪失感のようなものがずっとあった。
何かを忘れているような。
何かを取り戻さなければならないような。
……その日、空を飛ぶ少女らを見た。
その中の1人に見覚えがあって。けれど彼女は、こちらを見向きもしなくて。
最近になって──神が降臨した。
動揺と畏怖に震える村の人々を、けれど見る事さえなかった神。空を飛ぶ少女と似た容姿の神は、だから、私の前に降り立って。
──"行くぞ、アオン"と。
それだけで、色々なものが蘇った。
大切なものが。
「クロムクラハはさ、誰かを待ってた事って、ある?」
「……あったはずだ。けど、もう覚えてねェな。俺にも、大切な……ああいや、なんでもない」
「忘れちゃったの?」
「あァさ。……もう、どんどん忘れて行く。忘れたくねェことまで。……忘れちゃならねェ事は、アイツが覚えてるから……聞きに行けばいい、たァ思うが」
「あいつ?」
「アンディスガル。今巷じゃ大魔王とか呼ばれてる奴だよ。俺はさ、元々アイツだったんだ。分たれた。ほら、覚えてるか知らねェけど、俺最初の頃クロムクラハって名乗ってなかっただろ?」
「……覚えてないや」
「そォかい」
ホントは、覚えている。
けど、それを認めてしまえば……彼女が彼女でなくなってしまうような気がして。
「クロムクラハ」
「ん」
「私は、ずっと。クロムクラハと一緒にいるよ」
「……あァ、わかった」
ただ──叶わない、我侭を。