ダンジョン。
恵理須にはなかった、この世界にのみ存在する施設。
その実態は、過去を再現したもの──"過去を切り取ったもの"であると、梓・ライラックや彼女の連れていた妖精族、エルフのロティスが解明した。キスキルの結晶を核に過去の再現……再演を流し続ける場所。それがダンジョン。
再演される過去は、その地の記憶であったり、入った者の記憶であったりと様々。だけど、共通して言えるのは"最も強烈に残った記憶"である、ということだ。ただしそれは、経験していない記憶でもソレになることがある、という点に気を付けなければならない。
「それで? お前は既に答えを知っているのだろう。キリキリ吐いたらどうだ」
「答え……ってのは、つまり、ダンジョンがどこへ繋がるか、の法則についてか?」
「それ以外に何がある」
「……ま、知ってるよ。聞きてェか、ポニテスリット」
「キリキリ吐けと言っているんだ。勿体ぶるな、馬鹿者」
学園エデンの敷地内にあるダンジョン──国内でも最大規模のそれは、かつては罪人の監獄だったとか、病院だったとか、諸説。
梓・ライラックはここを"監視塔"と呼んでいただろうか。
「この先。同時に入った者達で、ターニングポイントになり得る場所。過去、現在、未来ァ関係ない。あるいは長い長い人生というものを線分で表した時、その全員が交わる事になる部分をダンジョンは再演する。だからもし、ダンジョンに入って死の世界に出た、というンなら──」
「その2人、ないしは2人以上が最も強烈に交わる場所は、死後である、ということか」
「あァさ。だからあんまし良くない事なんだ。死後の世界が再演されちまう、ってのは」
2人で、ダンジョンへ足を踏み入れる。
長く暗い道のり。光は差しているけれど、本来ならばとっくにエデンの敷地内を出ているだろう距離を歩く。
歩き。
2人は、そこへ辿り着く。
「……ここは、エデン?」
「国家防衛機構EDEN……俺もお前も知らない世界の、知らないエデンの姿さ」
「国家防衛機構……だと? それは……何故だ。魔法少女がそんなものを営んでいたのか?」
「使われてた、って方が正しいだろォな。いや……それくらいあっちの世界は切羽詰まってたンだ。溢れるくらい出てくる魔物。即時蘇生の術式なンてもんは無く、1人1人が使える魔法もこっちほどバリエーションに富んでない。魔法は1人につき1個しかない世界──考えられるか?」
「そんな類のもので、どのようにして魔法を発展させる。1人につき1個、察するにその魔法は他人には使えないのだろう。それでどうやって人類は前に進む?」
「だから、もう滅ぶ一歩手前だったンだよ。残った人類を魔法少女達が防衛するだけの、ジリ貧世界さ。世界そのものにも寿命が来ていて、世界総人口はこっちの世界の何万分の一とかだ。エデンの下の国と、輝きの園という場所。そこにしか巨大な国や街は存在せず、他にあるのは点々とした集落のみ。魔物に襲われたり、魔法少女同士が争ったり、誰かの実験場にされたりして、どんどん数を減らしていった」
見た目は同じ、だけど違う。
そんなエデンを歩く。国家防衛機構EDEN──その名に相応しい、と言えるのだろうか。
どこか、ずっと。
ピリピリとした気配が漂っている、ような。
「何故そんな場所が私達の交わる場所なんだ? 他に……あっただろう。それこそ学園での日々なんかの方が」
「残念ながら」
学園塔に入って行く。
前を行く英雄の足取りに迷いはない。当然だ、と言わんばかりに進んでいく。
「残念ながら……今の俺とお前は、夢の存在だ。俺達の間にどれほど強い思い出があっても、俺達の存在を支えているのはあっちの世界の梓・ライラックとミサキ・縁なのさ。まァ梓・ライラックは死んだが」
「……またそれか。あぁ、なるほど。つまり、私とお前の最重要記憶というのは、あちら側の私、というものに引っ張られると。お前も然り」
「そゆこと。んで──アイツの記憶における、アイツとポニテスリットの出会いの時。それこそがこのダンジョンの再演になる。……ただし」
英雄梓が、その手に真っ黒な棘を生成する。それを見て、ミサキも魔法の展開準備をした。
「ポニテスリット。俺との出会いを覚えているか?」
「当然だ。火砕流に飲み込まれかけていた私をお前が救い出した。あの出会いを忘れるはずがない」
「はは、そォだな。だが、アイツらにとっちゃそりゃまるで夢見てェな話なのさ。なンで火砕流に飲み込まれかけていたンだと、何故学園にいなかったンだと」
「それは」
「あァ、いいのさ。俺も覚えてるから。……アイツとあっちのポニテスリットの出会いは、刺激的ではあったがそこまで珍しいモンじゃなかった。あっちのアイツはな、初めの頃は魔力量が少なすぎて、飛行魔法もロクに使えない奴だったンだよ。身体強化でさえほとんどできねェ弱者。魔法も2回だか3回使ってゼーハーしちまうよォな体たらくだった」
「……お前とは、違うな」
「あァさ。けど、アイツはなんつーか……正義感……というか、目の前で死ぬ命、ってのが耐えられない性質でな。割り切っちまう俺と違って、死を前にすると体が先に動く、みてェな奴だったのさ」
がらりと教室の戸を開ければ。
窓の外──誰かを抱え込み、落ちていく梓・ライラックの姿。
そして、誰よりも早く反応したのだろう、既にベランダの柵に手をかけている、身を乗り出しているミサキ・縁の姿。
「これが、2人の出会いだ。勿論その前から互いの名は知っていたし、なんなら同じ班に組み込まれたから他よりは強く意識した仲だった。けどな、互いが互いに、互いの本質を知らなかった。……あっちの世界ってな、即時蘇生こそねェが、蘇生槽っつーモンから蘇生ができたンだ。死んだって別に生き返れる。だから学園塔から落ちた程度を気にする奴ァいなかった。梓・ライラック以外な」
「……優しい、のとは違うか」
「あァさ。無理なんだと。アイツは、自分の前で命が失われるのが、心から嫌なンだと。ただそれだけで、自分が死ぬかもしれねェ高さを飛び出した。ぶっちゃけ馬鹿だたァ思うよ。この高さだ、この抱かれてる奴も、梓・ライラックも、どちらもが死んでた可能性の方が高い。……だが、あろうにコイツは、自身の教室の前で叫んだんだ」
英雄梓が──その黒い棘を床に刺す。
途端だ。教室内が命を吹き返したように色を取り戻す。ざわめきを取り戻す。影法師のような他の生徒や教師までもが生を取り戻したように、落ちる2人を見る。
そして、彼女は言った。叫んだ。
「頼んだぜ、ポニテスリット!」
「──全く、馬鹿かお前は!」
今ここにいるミサキではないミサキが叫ぶ。罵倒する。
だけど、しっかりと梓・ライラック達を抱き抱いて──魔法を展開する。
シェイブシールドに似た、けれど──違う。
世界を退ける魔法。世界を圧す魔法。あれは、あれなるは。
あれこそが、魔法だと。
痛感させられる。
「……【波動】」
「そうだ。お前はその魔法でアイツを救った。死ぬ命も見たくなければ、死にたくもないアイツを。既に死にきった夜の使徒が、それでもまだ死が怖いと言っていたアイツを。お前は、救ったンだ。アイツに呼ばれるまで、見逃しても良いとさえ思っていたお前が」
──何故だと思う?
そう、英雄梓はミサキに問いかける。
「頼られたから……か?」
「それもあったのかもしれない。お前は伸び悩んでいたからな。身近にいた2人の天才……シェーリースと、そしてフェリカ・アールレイデに追いつけない事を、どこかストレスに感じていた。だから自身が頼られて嬉しかった。それはあるのだろう。だけど、それだけじゃァない」
床に刺された黒い棘が、枝葉をつけていく。
罅を這わすように、黒く染まっていく床。
「……今の目を見れば、私にもわかる。当然だ、と。そう思われているのがわかったからだ」
「あァさ。"助けてくれ"でも"いけるか"でもなく、"頼んだぜ"ってなすげェ言葉さ。アイツはお前の能力を十全に把握し、自身の精神性を把握してくれていると信じ切って、だから託した。この時のポニテスリットにもそれが伝わったンだろう。ハ、そこまで想われて拒否できる奴なんざそうそういねェってな、馬鹿げた話だが、アイツはそれを平然とする奴だった」
教室がボロボロと崩れていく。
英雄梓の魔法の効果か──そういうダンジョンなのか。
「俺が"全てを導く英雄"なら、アイツは"全てを預けた蛮勇"とでも言ったところかね。絶対無理ないばらの道に単身入って行って、血だらけになりながら道をつけて。その後ろを通る、ついていくやつらの心配や心労は一切気にしねェ。俺みてェに振り返ったりしねェのさ。その在り方は……あァ、けれど、多くを惹きつけたンだろう。人間、魔法少女。果ては魔物や神まで」
崩れ果てたそこに。
どこか──真っ黒な宮殿があった。突然変わった景色に、けれど驚いている暇は無い。
現れたのは、神だった。
「……記憶の切り取り。過去の再現ですね。この私は生死より解き放たれたゆめまぼろし。そして」
「あァさ。すまねェな、アンタの大事な使徒じゃねェ方だ。代走者と呼んでくれ」
神だ。神だとわかる。
その神々しさは勿論として、心が叫んでいる。
これは。あれは。
死だと。
「……つまり、こちらが本来の、私と梓の出会う所、か」
「そうだ。俺はあくまで代走者だからな。俺とポニテスリットの出会い、その記憶の重要地には行けねェ。この体が梓・ライラックを名乗る限り、こっちのポニテスリットとあっちの梓が出会う場所がダンジョンになる。そしてそれは、冥界──死後であると、そォいうこった」
「ふふ、そうとも限りませんよ。今、始の点は冥界にありますからね。揺蕩う巨塔の中で、刺激的な事があるのかもしれません」
「あー……すまねェな、外の事情についてはあんまし詳しくねェんだ。俺が知ってンのは梓・ライラックの記憶と、チィっとばかしの裏事情だけでよ」
「構いません。……改めまして。私はハキタ。冥界にてその支配者として在る夜の神。仮初の身体と記憶ではありますが──聞きたいことがあるのでしょう? あの子の影であるというのなら、少しくらいの口も緩みましょうや」
死は。
温かい笑顔で、そう言った。
「まず、梓・ライラック……アンディスガルってのは、誰だ。どォにもしっくりこねェんだよ。アイツが夜の使徒、ってのはよ。俺はいくらかの夜の使徒に会った事があるが、そのどれもがもっと自分本位な奴らだった。自己保身、野望、自己研鑽。他者の命に目を向ける……ってな、あまりに夜の使徒らしくねェ」
「アンディスガルは異界の水底にいた魂です。異界において、死んだ魂は"畔"と呼ばれる場に行きつくのですが、その時に意識や記憶というものは消えてなくなります。ですが──あの子だけは、ずっとずっと自我を保っていた。ゆえに私はそれを拾い上げ、己が使徒にしました。世界を変えるに足る器。それを見出したがためです」
「お、おい待て! これ……私が聞いていい話か? どう考えても場違いなんだが……」
真剣な顔で話を始めた梓と、終始にこやかなハキタという神。
どう考えても、どう聞いても、場違いな私。
「悪いな、ポニテスリット。お前が出てったらこの場は崩壊すンだよ。死の世界を、そして夜の宮をこの場に呼び出せるのは、俺とポニテスリットの組み合わせだけなのさ。利用する形になってすまねェな」
「……それで、私を選んだのか。シェーリースやユノンではダメだったのか?」
「背中メッシュじゃダメだな。んで太腿忍者はもう死んでる。あァ、目を覚ましてる、って言った方が的確か」
「……何?」
「後で説明するから、今は待っててくれ。頼むよ、ミサキ」
「ム……はぁ、わかった」
自分でもチョロいとは思うけれど。
久しぶりの名前呼びは……少々、思う所がある。
「待たせたな」
「いいえ。……アンディスガルの話でしたね。あの子は私が拾い上げ……けれど、当時は酷く弱っていました。己の周囲で起こり続ける自殺。あまりに死に彩られた日常。友も、大切な人も、仲間たちも、何もかもが自死を選び続ける中で、最後の最後まで生き続けた高潔な魂。それがアンディスガルの元となった人物です」
「……なるほど、それで」
「ええ。ああも死を嫌うようになったのは、これが要因でしょう。ただ……あの子をアンディスガルにしたとき、あの子にとっても私にとっても、異常事態と呼べるものがアンディスガルに備わってしまいました。貴女が聞きたいのは、それですね?」
「あァさ」
アンディスガル。
今、世界を脅かさんとしている大魔王が、その名を冠していた。
あれはつい最近まで接していた梓・ライラック──私の知る方ではない梓の本来の姿なのだと、こちらの梓から聞いた。
世界を壊し尽くす大魔王。しかし彼女からは、そのような悪意は感じ取れなかったが。
「アイツ──いつから、自分の体を大事にしなくなった。初めの頃は保身も入ってたはずだ。命を失いたくないと。生きていることが嬉しいと。だってのに、今のアイツはまるで」
「もう、終わりたがっている。……そう映ったのですね」
「あァ。俺の見た記憶通りのアイツなら、違う道を取ったはずなンだ。世界言語が自らを引き裂くものであるのなら、たとえ強力であるとしても使用を控え、他の事で補う。だってそうだろう。あいつは、あっちの世界での遠征任務の時、死を選ぶことを躊躇した。死に戻った方が早くて安全なのに。同じだ。世界言語の方が強くて確実だけど、死の危険性が伴う。死に戻りを拒否したアイツが、世界言語で死ぬことを受け入れた。それは──あり得ないことだ」
何も知らない話だ。
だというのに、頷く自分がいる。
「貴女がそれを知っているかはわかりませんが、あの子は世界を生き、生者に迷惑をかける夜の属性持ちに対して非常に過剰な敵愾心を持ちます。それはアンディスガルになってしまったがためだと私は認識しています」
「……」
「敵愾心。いいえ、使命感でしょうか。アンディスガルとは私の側近、夜の使徒の一番上。夜の使徒をまとめる存在。それは使命なのです。アンディスガルにとって、他の使徒や生物の前で夜を貶めるような行いをする者は許せない──たとえその身を削ってでも冥界に連れ帰る。そういうロジックが働いてしまう」
「……成程。ソテイラ、ゲヘナ、そしてキスキル。奴らに対する態度はソレか。だけど、ネベトフートやフクン・ティザン、其夢盗に対してはそこまでではなかったように思うが」
「彼女らはただ夜の神として生きているに過ぎません。生者に迷惑をかけていない、というと少々語弊がありますが、彼女らは己を果たしているに過ぎません。ですから、アンディスガルも反応しなかったのでしょう。現在のアンディスガルは人格の大部分を"畔"の魂に依存していますから、使命感の湧かない相手に対してはその"畔"の魂が表出します」
「……ならよ。今、ヒトの形を失い、アンディスガルとしての体を取り戻したアイツが……ソンヒューィやリラ・キスキルを目前にしたとき。その理性のタガは」
「簡単に外れるでしょう。保身など欠片も考えずに強大な力を揮い──あるいは道連れを選ぶかもしれません」
その危惧に。
口が勝手に開く。
「させないさ」
「……ハハ」
「ハキタと言ったか。あまり舐めてくれるな。全てを忘れていても、AクラスA班は何かで繋がっている。いいや、それだけじゃない。アイツが紡いだものは、決して血みどろの道だけじゃあない。だから安心しろ。大丈夫だ。アイツには、存外。仲間がたくさんいる」
自分で言っていて、意味の分からない箇所が沢山あった。
だから多分これは、あちらの私。私のことだ、溜め込むだけ溜め込んで、ギリギリまで溜め込んで──決壊して。出てきてしまったのだろうことは想像に易い。
「ま、そォいうこった。俺はあんまし繋がりはねェけどよ。アイツがいなかったら俺は存在してねェし、アイツが救い続けたものの中には俺の大切なものもあった。だから」
「死なせない。もう。私達も死なないし、アイツも死なせない。そう約束する」
だから。
「梓。こちらの事は、お前に任せる。──私は一足先に帰る。そうして私達はあちら側からアイツを抑えよう。──頼んだぞ」
「あァさ。……じゃあな、ポニテスリット。そんで」
勝手に動いていた口が閉じる。
閉じて。
何かが──心の中から、抜けたような感覚に陥った。喪失感とは違う。むしろ、今まで重なっていた何かが剥がれ落ちたかのような。
「おかえり……になンのかね。ミサキ、ようやくそのままのミサキだ」
「……別に、特に久しぶりの感じはしていないが」
久方ぶりに。
彼女の、笑顔を見た──気がした。
「あ、あちら側のその子が抜けたので、崩壊しますよ、ここ」
「っと、そーだったそーだった! ミサキ、出口まで走るぞ!」
「あ、ああ。だが、いいのか? キスキルの結晶は……」
「どーせンなもん俺達には壊せねェよ! 大丈夫だ、応援は呼んである! 行くぞ!」
慌ただしくも走り出した梓。
その、隣を走る。
「ハキタ! 勝手に切り取って呼び出して悪かった! どうか、この先で! 安らかな日々があらんことを! 最愛の使徒と幸福な日々が訪れんことを!」
「ええ、ありがとう。あの子とは違う、あの子の影。貴女にも、幸せがありますように」
そんなやり取りを横目に見て。
──私達は、ダンジョンを出る。
「おォ、よーやく出てきたか。予定の時間過ぎまくってたから心配したじゃねェか」
「悪ィな。──んじゃ頼むわ!」
出口ですれ違うのは──これまた神。
右手に幼子を抱いた、銀の髪の神。
「久しぶりに行こうか。此度ばかりは風でなく、夜に捧げよう」
「クロムクラハ……」
「あァ。俺は、黎無暗刃だ」
神の翼が、黒く輝きを持ち始める──。
アオンを2人に預けて、朗々と詠唱を行う。
「
精神に軋みはない。
どこかが悲鳴を上げる事も無い。
俺はもう。
夜に近づいて、死に至るよォな──不完全なものではない。
「
俺の名は。
「
クロムクラハ──戦いと死と太陽の神なりて!
「
掲げ上げた手に、その握る空に。
バキバキバキ、と。罅が走る。空間に、何か、できる。それは。だから。
引き抜け。
「
引き抜いた。
長大な剣だ。重い剣だ。両手で持たなければいけない剣。
だけど、しっくりくる。
ようやくこれが、俺の剣だ。
だから、安らかに。
「壊れろ──キスキル!!」
監視塔ごと、奥の、奥深くのキスキルの結晶を、叩き斬った。