遠吠えは遥か彼方に   作:劇鼠らてこ

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156.阿土番須野呈素伊豆韻歩単斗.

 クロムクラハが正式な神になった。

 その報せは、神連中……ふーちゃんやネベトフートから伝わっている。今までは神モドキ、神に近い魔物だった所から神になったのだ。そういうキャリアで神となったのはクロムクラハのほかにはオーディンしかおらず、そのオーディンがクロムクラハの中にいるとなれば、クロムクラハへの警戒も強まる。即ち、乗っ取られてやしないか、と。

 しかしその警戒は杞憂に終わる。

 彼女が神になってすぐ、彼女が俺達の前に現れたからだ。

 

 彼女は酷く理性的に己の現状、エデンの現状、目下の危険を俺達に伝えた後、またすぐに行く場所がある、と去って行った。

 その様子にオーディンの影は見られず、何よりアオンがちゃんと引っ付いていたから問題ないものと判断。これを受けて俺達リマキアも行動を再開することとなる。

 

「バーステット、存彪位の居場所ってなわかるのか?」

「あの神は常に夢の中にいます。現実への干渉を行う際は、自らの使徒や他者の身体を使ってのものとなるため、見つける方法は2つ。1つはその操られている人間を見つけ、目を覚まさせる事。それによって存彪位はその身体から出ざるを得なくなりますので、そこを捕まえればいいです。2つ目は、夢に入り込む事。ただしこれは夢の神でなければ難しいです」

「……夢に、ねェ。ヨウキ、ふーちゃん」

「フフ、問うてくると思っていたよ、アンディスガル。よい──だが、すまぬな。吾らでは力に成れぬ。吾らはカシヨの村に漂着しただけの魔物、あるいは魔法少女だ。夢の力を持っているわけではない」

 

 だよなァ。

 俺も別に夢の力を持っているわけじゃあないし。こっちの世界でいう夢の神は其夢盗1人で、彼女は俺が殺したンだ、もういない。

 しかし、そーなると手掛かりなしか?

 あの夜に会ったキラキラツインテか、レーテーを探さないといけない……となると、かなり面倒だな。結局アイツら人間大だから探すに向かねェ。

 

「ご安心ください、アンディスガル。あの神を見つける方法は限られていますが、あの神を引き摺りだす方法はいくつか確立されています」

「へェ」

「あの神はこの世界を玩具としか見ていませんが、だからこそ玩具が壊されるとなればしっかり動きます。ですので、貴女には大魔王らしい振る舞いをしていただければそれでいいのです。具体的には」

「山ァ壊したり、世界を闊歩したり、か? 言っとくが、殺しはお断りだぜ」

「無論です。それはこちらの望む事でもありませんので。ゆえ、当初貴女の言っていた通り、向かってくる魔法少女らの魔法を蹴散らしてください。人間では敵わない事が証明されたのなら、あの神は貴女を消すために出てくるでしょうから」

 

 んじゃま、最初やろうとしてた通りってことだ。

 ただし、アレだな。

 

「近接……触れられるのはちと不味いか」

「一瞬なら大丈夫だと思うけどー、あたしがチリチリするくらいだから、ふつーの人間が触れると結構な火傷みたいになるかも? ずっと触ってたら死んじゃうねー、これ」

「近接戦に持ち込まれた無敵であるがゆえに不利、と。難儀な身体だな、吾の妻」

「ヨウキか着物狐のどっちかが付いてきてくれりゃいいんじゃねェの。得意だろ、近接」

「フフフ、吾にもう戦う力など残っておらんよ」

「クク、吾よりも適任がいる。──なぁ、頭領?」

 

 着物狐が近くの岩肌で胡坐をかいていた尖り前髪に声をかける。

 精神統一でもしていたのだろう、尖り前髪はそれなりの時間をかけてから目を開ける。あんまり話振ってやるなよ、とは思う。だってアイツ俺の言葉聞こえてないだろうし。

 

「ククク、だから聞こえるようになるのだ、吾の妻。……頭領、そろそろ()()()()()?」

「急かすな莫迦狐。……だが、問題は無い」

 

 成る。

 何に?

 

「私にはわからない言葉だが、脳裏にこびり付いている。ゆえに、使える。──".椅子低区座矢羅栖琉粗暹羅氏(目を覚ませ、太陽の使徒)"」

 

 世界言語。それも太陽の言葉。

 止めようとした時には遅かった。言い切った後だった。

 

 鼓動が、脈動が響く。

 

「【飛斬】──私を、食え」

 

 それはあるいは、懐かしい光景。

 金髪お嬢様が新生したあの日が思い起こされる光景。

 

 風と光が集束する。鋭利に、巨大に。

 圧力は増し、尚も圧し広がり。

 

 そこに、一匹の剣客が現れる。

 

「……ソードマスター」

 

 呟いたのはバーステットか。

 その声色に含まれる驚きは、この世界にないものだからか。

 

「ク──どうだ頭領。意識ははっきりしているか?」

「問題ない。……はっきりしているか、と問われると微妙だがな。常語り掛けてくる殺意さえ無視すれば、会話もできる」

「大丈夫なのかよ、尖り前髪。こんな姿の俺が言うのもなんだけど、今のお前だいぶ人間やめてるぞ」

「自ら辞めたんだ、それくらいわかっている」

 

 ソードマスター。

 所謂阿修羅像のような三面の顔に、全身から生えた刀。真っ黒で、嵐を纏うオリジン。

 久しぶりだ。オリジンの圧をこの身で受けるのは。

 

「クク、吾もオリジンなのだがな?」

「着物狐にァ貫禄ねーから」

 

 さて、んじゃまァ役者が揃ったンだ。

 いつまでも立ち往生してねェで、行こうじゃねぇの。存彪位を殺すために、世界をぶっ壊しにさ。

 

「くれぐれもご自重はいただきますよう……」

「わーってるって」

 

 知ってるかバーステット。

 自重ってな、自身の加減なんだぜ。

 

 

えはか彼

It's a story of prayer dedicated to the night.

 

 

 吠え声を上げる。

 世界を震撼させるその声は、ただ聞いただけで震えが止まらなくなるだろう。

 音は海を割り、大気を殴打し、雲に波を起こす。

 

 ずるりと結界から身体を引き出した真っ黒な鼬。その横で黙すソードマスター。

 2つの黒い魔物は、海へと歩を進める。

 

「今のは、挑発か?」

「あァさ、その状態なら聞こえるンだもんな。そーだよ、挑発……っつか宣戦布告かね。存彪位に対して出てこいよォ! って言った感じだ」

「成程」

 

 ソードマスターがその剣を振るう。

 たったそれだけで、海が割れる。【飛斬】は健在か。

 

 割れた海を2人……2匹で歩く。なんつーか、尖り前髪と2人旅ってな変な感覚だな。

 

「ん……来たな。雑談する時間は無ーみてェだ」

「構わん。元より雑談などを目的にしていない」

「なんか余裕ねェな尖り前髪」

「殺意がな。多くのリソースを割いて抑えつけておかなければ、今すぐにでもお前に斬りかかりそうなんだ」

 

 こわ。

 やめてくれよ、手加減できる自信ねーからさ。

 

「世界を殺す魔王、及びその配下らしき魔物を発見しました! 隊長!」

「ああ、一斉砲火だ! 各自魔法を準備しろ!」

 

 こっちの世界は魔物が少ないってのもあってか、魔物が人間の言葉を理解している、とは思って無い人間が多い。

 筒抜けだってな、まァかつての俺もそうだったが。

 

「尖り前髪、まずは俺がやる。手始めに絶望を見せつけねェと、蛮勇で突っ込んでくる奴が出てきかねねェからな」

「そうか。任せた」

 

 前に出る。

 チャージ……じゃないんだっけ、この世界じゃ。まァ練り上げられている数々の魔法は、梓・ライラックだった頃の俺が食らえば間違いなく死に至るレベルのもの。

 だけど残念、この体は神々の特別性。この身に宿る魔法は太陽神の特別性。我が魂は、特別な神より拾い上げられた平凡なれば。

 

「撃て!」

「【死漸】」

 

 それは咆哮に乗せた死の魔力。

 ただし、人間を殺すことはない。この魔力は魔力だけを殺す。ぶっ飛ばすでも掻き消すでもなく、殺す。

 もしこの世界に魔力の総量、なんてものがあるとしたら、ごっそりとそのプールから水が減った事だろう。

 

 俺達に向けられた火、水、氷、雷、風、その他諸々。 

 その全てが咆哮と共に死に尽くしたのだから。

 

「ッ、怯むな! 第二波撃て! 攻撃の手を休めるな、奴とて一生物だ! 疲労は来る!」

「あン? 死者に何求めてンだよ。ゾンビが疲れると思うのか?」

 

 もう一度。今度は準備段階の魔法を消し飛ばす。

 潤沢だ。ウィドアルによって造られたこの体は、あまりに魔力が潤沢でびっくりする。クロムクラハよりも多いんじゃないか?

 

 歩を進める。

 海を割り、魔法を殺し。

 世界を横断せんとする魔王に──魔法少女たちは。

 

「ならば! 私が直接仕留めてやる!!」

「隊長、危険です! 私達にはもう即時蘇生は──」

「問題ない! たとえ失敗しても、ソンヒューィ様がお救いくださる!」

 

 言って突っ込んでくる隊長サン。

 それを受け、尖り前髪が俺の前に立つ。

 

「殺すなよ」

「わかっている」

 

 刀を振るう。

 その、余りにも殺意の乗った斬撃に、隊長サンは魔法による防御を行って──遥か彼方へぶっ飛ばされた。

 

「峰打ちだ」

「ぜってーちげーだろ」

「峰で打撃した。何も違わん」

 

 絶対違う。

 が、目的は果たせたらしい。

 

 恐怖が広がりゆく。

 

 それじゃァここで手品を1つ。

 昔はできなかったっつーか、やろうと思えばできたンだろうけど、やんなかった──後々教えられた手品をご披露しよう。

 

 身体を持ち上げ、口元に【死漸】を溜めていく。

 イメージするのはジョームンガンダーの虚滅雨(クハリジャ)だ。液体の魔力をスフィアにして、はち切れんばかりの死を注いでいく感じ。

 そしてそれが満杯になったら──解放する。

 

 光線に近い、死の奔流。

 透明な黒が駆け抜けるは魔法少女の塊。そしてその後ろの空。

 

 何か防御をしたのだろう。何か攻撃魔法を準備していたのかもしれない。

 だが、無駄だ。

 

 その全てを殺し尽くし、そしてこの攻撃は、魔法少女の身体にある魔力さえも殺す。

 

 飛行魔法が維持できずにふらふらと落ちる魔法少女達。落下先は海だ。

 

「【世涯】」

 

 あるいは泳げない魔法少女もいるだろう。

 だから、海を殺す。

 

 そうして意識の混濁しかけた魔法少女達は見上げる事になる。

 真っ黒な2つを。死を纏う鼬。嵐を纏う剣客。

 鼬が口を開ける。その奥に覗くは真っ赤な下。ギザギザの歯。深淵が如き喉。

 

 その頃になってようやく、殺し尽くされた魔力が回復の兆しを見せるだろう。だから逃げる。命からがら、2つの化け物に背を向けて。

 玉砕覚悟、なんてもうできない。死ぬのだ。死んだら、死ぬ。

 

 何度でも生き返り得る素晴らしい法則を、ほかならぬ目の前の魔王が奪った。

 だから死ぬ。魔法少女も人間も、世界も。

 

 魔王の前に──為す術無く。

 

「雑魚寄越すンじゃなくて、てめェで来いよ存彪位!!」

 

 大きな咆哮は、もう、彼女らが逃げ出すに十分な理由だった。

 一目散に、蜘蛛の子を散らすのように逃げていくその背を追いはしない。

 

 ただ。

 

「雑魚とは、よく言えたものだな。少し前まで一番の雑魚だったお前が」

「うるへー」

 

 またゆっくりと歩を進め始める。

 

 せいぜい怖がってくれ。心底。

 死に恐怖するなら、生きようと抗うのなら。

 俺はそれを評価するからさ。

 

「アンディスガル。お前は確か、命の気配がわかるのだったな」

「ン? あァ、まぁ」

「島や岩山などで、命の気配が無いものがあれば言え。(kill)

「あァさ。幸い俺達の気配で虫だのなんだのも逃げてくからな、そーいうのは沢山あるよ」

 

 だから魚も殺してはいない。

 俺達の近くから急速に命が逃げていく。人間以下の知能しか持たない者は、気付き得るのだ。

 俺の身体から溢れ出る冥府の気配を。本来この世界の生物には馴染みないはずの、死者の世界の気配。

 

 言語や理性といった邪魔なものが存在する人間では魔力を失くしてからでないと気付けない、原初の恐怖。

 

 ──前。

 

「死ね──」

「【飛斬】」

 

 攻撃を受け止めたのは尖り前髪だった。

 ギリギリまで気付かなかった。本当にギリギリになるまでわからなかった。殺意も害意も、命の気配もないソレ。

 

 これは。

 

「砲門用意──ってぇ!」

 

 今度は背後。尾を振って両脇の海を叩き、波を発生させてそれを防ぐ。

 こっちはわかった。殺意があったから。けれど、おかしい。突然現れたように思う。

 砲門……実弾だ。魔法が効かないと理解して、物理に切り替えたのか? にしちゃあ早すぎるが。まださっきの魔法少女達帰ってないだろ。

 

「クイネ! 一旦下がって!」

「わかった……でも気を付けて、カギネ! こいつ、やばい!」

 

 懐かしい名前に意識がそちらへ向く。

 その隙を突かれた。

 

 全身が何かによって打撃される。

 嘘だろ、俺に打撃できる奴がいるとは思えねェんだが。っつかどこからだよ。

 

「アンディスガル」

「あァ──まァ、殺すか」

 

 咆哮を上げる。

 それだけで、打撃もその他も地に落ちる。後ろの砲門も……って、消えた?

 命の気配は……無い。どういうことだ。まさか瞬間移動の魔法がこっちの世界にゃあるのか?

 

「面倒だな。一旦生物以外を殺すか。【世涯】」

 

 思考を回すより、魔法でゴリ押しした方が早い。

 先ほど魔法少女達を助けるために使った【世涯】よりも広い、半径10km圏内を覆う巨大な【世涯】。それは世界と魔法を削り取る死の空間。

 案の定というべきか、それによって消えたと思っていた魔法少女や武器類が現れる。

 

「消えていただけ……ってーと」

「まずい、バレた! ハイドレート!!」

「わかってる。ゴーストバレット」

 

 遠くの海底に、いた。

 数多の魔法少女を担ぎ上げる人影と、こちらに鞭を向けて魔法を撃ち出す少女の影。

 

 ……仲間だと、こっち側だと思ってたンだがな。

 連絡ミスか?

 

「幽体の弾丸か……まぁ、(kill)ればいい」

 

 ゆらりと動くはソードマスター。

 尖り前髪はその剣に魔力を這わせ、かつてであれば精神体を抜き取る、此度は精神体に直接打撃を加える魔法を──斬る。

 なんかさっきから発音おかしい気がするんだけど、大丈夫だよな。また暴走しないよな?

 

「ソードマスター! オリジン種なんて久しぶりに見た……アレも仲間!?」

「大魔王。魔物の王なら、在り得る」

「でもアレって梓なんでしょ? なら話が通じる可能性も──」

斬是無折(斬殺する)

 

 やばい感じがする。

 殺意が、害意が。

 他に何より、尖り前髪からばかり感じる。

 

「このッ!」

 

 身の毛がよだつ感覚に逸ったのだろう、脳筋娘がその身に強化をかけて向かい打たんとする。

 ダメだ。

 今の尖り前髪は──加減を知らない。

 

「ダメ、ビーファン!」

「おいおい呑まれてんじゃねェよ! 【引力】!」

 

 あの尖り前髪に限って、なんて先入観が初動を遅らせた。

 不味い、間に合わない。

 

 斬られるぞ──脳筋娘、避けろ! 今のソイツは格上だ!

 

「バーンフィスト!!」

 

 炎纏う拳と斬撃が衝突し、いとも容易く炎が割断される。

 驚きの表情と共に、脳筋娘に死の影が色濃く纏わりつき──。

 

 

「間一髪!!」

 

 

 重厚な大剣に、止められた。

 

 

 

 

「──クロムクラハ!」

「あァよ、アンディスガル! どういう状況か聞いとくぜ!」

「そのソードマスターは尖り前髪だ! 暴走中! 暴走はこっちで抑えるから、お前ァ魔法少女らの退去を──」

 

 言葉は途中までしか紡がれなかった。

 ソードマスターがその無数の剣を振るったからだ。

 

 受け止めるは先日引き抜いた剣、主相座。

 

(kill)

「魔法に食われてる? 何だってこんな状況になってンだよ、アンディスガル」

「状況説明ァあとで良いだろ! お前、手加減はできるか!?」

 

 自身の握る両手剣は凄まじく重厚だ。

 ゆえに、いくら無数の剣があれど、受け止めるのは容易い。

 

 だがこちらから攻撃に転じ、手加減をするとなると。

 

「生憎だがまだそこまで使いこなしてねェ!」

「そうか! ならお前ァ守りに徹しな! そっちの世界の奴らから信じられる神になるンだ、英雄譚の1つくらいは必要だろう!」

 

 ゴポリと溢れ出るは黒。

 あれは冥界の魔力だ。それが海の代わりの水となって、その場に満ち始める。

 

 意図は理解した。なら、俺の仕事は。

 

「飢えてんのか、斬りあいに」

(kill)……」

「いいぜ、やろうか。初陣さ──ハハハ」

 

 握りしめれば伝わる。

 強い力。神の力。

 

 目の前のオリジンを歯牙にもかけない、神の力。

 

「俺の名は黎無暗刃だ! お前は!?」

「【飛斬】」

 

 ここに、魔法に呑まれた魔法少女と、神の戦いが始まる──。

 

 

えはか彼

It's a story of prayer dedicated to the night.

 

 

「うんうん、やっぱり悪に立ち向かう美しい神、という構図は大衆受けがいいのだ。これを何度か続ければ、クロムクラハはこの世界の神として受け入れられるのだ」

「プリメイラさん」

「うん? なんなのだ? ──あ」

「【帰述】、でしたか。成程、非常に強力な魔法ですね。神も魔物も、魔法少女も。何もかもをシナリオ通りに動かす魔法……」

「あ、いや、これは」

 

 少しばかり離れた岩山。

 そこに3人がいた。少女と女性。

 

 冷や汗をダラダラと流すプリメイラと、エデンの学園長室以外では見る事がまずない学園長グロアである。

 

「怒っているわけではないので、そう萎縮しないでください」

「あ、そうなのだ? なら良かったのだ。でもそれならなんでそんな怒気を」

「事前連絡、という言葉を知っていますか?」

 

 笑顔だった。

 グロアは、笑顔で。

 プリメイラの背筋に冷たいものが走る。

 

「そんな言葉、コイツが知っているわけないだろう」

「……ジャハンナム」

「そ、そうなのだ! あたしはゲヘナに唆されて!」

「うん? お前が言い始めたんだろう。新たな神になったクロムクラハを大衆に受け入れさせるには、巨悪があった方が良いと。お前がどうしてもというからあのオリジンにエモーショナルブーストをかけたんだ。ああグロア、初めに言っておくが、私から奴らに思う所があるとかそういう事は一切ないぞ」

「いいいいいや、そのっ! えと、あの」

 

 最後の1人は、ゲヘナ。

 国でお巡りさんをしているはずの彼女がここにいる理由は、その言葉の通り。

 

「ですから、怒っているわけではありません。貴女のシナリオ通り、この邂逅だけでクロムクラハを受け入れる心は広まってきています。ただ事前連絡をしてください。今回はソードマスター……元魔法少女の方の暴走なので問題なく終わりそうですが、これがアンディスガルの方だったらと思うと……」

「ふん、それは杞憂だ。私の干渉力ではあの魔王に魔法をかけることなどできん。周囲の魔法少女にブーストエンチャントをかけて影響を与えるのが精々だ」

「そうなのだ! だから本当に問題なかったのだ! だから問題ないと思って連絡しなかったのだ」

「問題があるのでこれからは連絡してください」

「はいなのだ……」

 

 説教はここに終わる。

 

 あとは、目の前で行われる怪獣大決戦を見るだけ──に思われた。

 

「──母さん。やっと外に出てきたね」

「え?」

 

 影から声。そして、彼女の身体に突き刺さらんとする──槍。

 

 受け止めたのは、黒い騎士だった。

 

「いきなり何してるのだ! 即時蘇生の術式はもうないのだ、死んだら死ぬのだ! わかってるのだ!?」

「邪魔が……」

「ふむ。プリメイラ、攻撃系のをいくらか出せるようにしておけ。囲まれている」

 

 ここなるは海の岩礁、その壁となっているところ。

 ああ、けれど、周囲の足場に──数多くいる。

 

「影……?」

「なんらかの魔法生物のようだが、皆目見当つかんな。グロア、大丈夫か?」

「……ええ。そしてこれは、私の娘の仕業でしょう。【影劫】というSS級魔法です。こちらの娘に恵理須の魔法を思い出させた誰かがいますね」

「SS級なら負けないのだ。ゲヘナ、ブースト頼むのだ」

「いいだろう。だが肝心の私を守ることを忘れるな。私はブーストしかできんぞ」

「勿論! ――"かくして戦端は開かれる。此方の陣営は三人だけ。対して敵は無数に連なる未知の化け物達。だが、少女の窮地となれば、彼らが来る。取るのは剣、黒い剣士。誓いにより現れるは白き騎士。友誼のもとに、2つに敗れた者達が次々と現れる。赤き烈火の戦士。青き智謀の策士。儚き悠雪の踊り子。深き暗闇の王"」

「スペルブースト」

 

 プリメイラが筆を執り、空中に文字を書いていく。その執筆速度は比類なきもの。凄まじい、などという言葉では言い表せぬ速度で織り綴られゆく文字は、書かれた端から書かれた通りの姿を取り始める。

 背中合わせに現出する黒鉄と白銀の剣士。大きな斧を持って現れる血の気に溢れた大男に、その傍らで眼鏡を持ち上げる青い外套の青年。扇子と刀というジパング風の格好をした真っ白な少年と、何か闇のオーラ的なものを発す骸骨面の男。

 

「"陽光は岩壁に光を齎す。影は光に押され、減衰するだろう。光が強ければ影も濃くなる。けれどそれは、影に光が当たっていない場合だけ。影を直接消し飛ばす光を知らぬのならば、今ここに刮目せよ"」

 

 プリメイラの全身を渦巻く文字たちが、空、太陽に向かって飛んでいく。

 まるで太陽に飲み込まれるかのようなその光景は、あまりにも幻想的で。

 

「"顕現する──美しき太陽の君を!"」

 

 そこに、上裸の美形が現れた。

 顔を隠している者達を除き、どれもが美形なれど──この太陽の君は格が違う。

 

 一部の女子なら泣いて手をすり合わせるような美形(イケメン)。その出来に、プリメイラもふんすと満足気な鼻息を放つ。

 

「『黒鉄と白銀の剣士』70巻、『逸滅せよ、影の獣の哀しき野望』より引用、なのだ!」

「……毎度思うのだが、お前の書く話には何故強い女が出てこないんだ?」

「そんなの入れたら男同士の熱い友情に罅が入るのだ。それに、男同士の方が色々都合がいいのだ」

「ちなみに学園エデンでは禁書扱いになりましたよ。隠し持っている子は沢山いますが」

「何故禁書!? というか最近妙に売り上げが悪いと思ったら!!」

 

 一気に弛緩した空気もそこそこに、本当に戦端が開かれる。

 

 群がるは影の化け物達。魔物とも神とも違うソレは、奥で暗い目を見せる少女によるもの。

 

「……ジェーン」

「行くのだ、あたしの可愛い登場人物達! 存分に戦って戦果を挙げるのだ!」

 

 言葉と共に、書き出された英雄達が雄叫びを上げて影へと突入する──

 

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