遠吠えは遥か彼方に   作:劇鼠らてこ

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二十三、連理編
158.阿夢生武座頭月塔地当瑠守.


 ダメだな、と理解したのは数分前のこと。

 

 俺達は今、命の気配がしないよォな岩山や無理矢理形だけ整えられた北方山脈をぶっ壊したりしてるンだが──どォも、魔法少女連中が出てくる気配が無い。

 なんぞか話し合いがあったのか、それとも諦めたのか。

 巨大さにおいて、その視認性において比類なき存在であるはずの俺達を見失う、なンてこたねェだろうし、これァこっちの意図を理解して犠牲者を出さないよォにしてるンだろうなァというのが尖り前髪との見解。

 しかしそれじゃァまァ困るワケだ。

 ソンヒューィを引き摺りだすためにも、魔法少女にゃ出てきてもらわなくちゃならない。

 

「国を襲うか」

「そりゃ本末転倒ってンだわ」

「だが、他に方法があるか?」

 

 ……無いんだわ。

 命の気配が無い所を辿って破壊している分、もうそろ命の気配が密集するところばかりが行っていない場所になってくる。俺達の身体はでかいからな、割合簡単にこの世界を歩き回り得る。

 ジョームンガンダーが途中で上を目指すことを諦めた気持ちが少しわかる。

 狭いし、小さい。自分がデカいと……自分から行く必要ァ無いんじゃないかって、そう思えてくる。

 

 ふと。

 俺達に、影がさしかかる。

 雨でも降るのかと顔を上げれば──。

 

「見つけましたのよ──!!」

 

 眼前に、目の前に。

 矮小で──懐かしい顔が、降って来た。

 懐かしいって。そんなに時間経ってねェのにな。

 

 

 

「むーっ、何を言ってるかわかりませんの……。それに、私の光も相殺されているようですし……」

「アンタよくその魔物にそこまで近づけるわね……。こう、ないの? 生物的本能の忌避とか」

「私が梓さんに抱いていた生物的本能の忌避をそっくりそのまま感じるから本人だと認識しているんですのよ?」

「確かに、根源的な恐怖に近いものを覚えますね、この魔物」

「え、そんなの感じてたんだ。ちょっとショック」

「冥界でハイになっていたお前からは確かに似たものを感じる事はあったな」

「あァなー」

 

 それなら理解できる。

 冥界にいるときの、つまりアンディスガルである時の俺からは、死そのものの気配がするだろォから。

 

 さて。

 

「マッドチビ先生に、冷静メイド。こいつらは記憶取り戻してンのかね」

「でなければこんな所にはいないだろう。だが、完全に思い出した、というわけではなさそうだな」

「……あァさ。んでもって」

 

 そう、金髪お嬢様だけじゃァない、マッドチビ先生と冷静メイドまでいたのだ。

 更にはLOGOS……っぽい銀龍と。

 

「……」

 

 銀龍のハッチから、微かに浮きて、こちらを見つめる少女。っつか幼女。

 

 見たことの無い奴だ。

 だけど俺ァ、コイツを知っている。

 

「……恵理須」

「なに?」

 

 アイツは、恵理須だ。

 わかる。俺が殺したンだ。だけど肉体は完全に新規のものだし、魂も変質している。少なくともあの婆さんな恵理須じゃァない。所謂転生か。記憶の粗方を引き継いじまってるよォにも見えるが……。

 

「通訳さん、早く降りてきてくださいまし!」

「通訳?」

 

 銀龍のハッチ。そこで佇む恵理須の、その背後から──2人。

 これまた見知った気配が落ちてくる。

 

「ったく、人使いが荒いというか、いやまァアタシらは人じゃないんだけど」

「なら別に降りてくる必要はなかった。私1人で十分」

「あのねぇ、アタシはアンタの監視役につけられてんのさ。一時たりとも目を離せばすぐに悪戯しようとするだろ?」

「否定はしない」

 

 背に、大きな蝙蝠の翼を広げて空中に留まる少女。

 足から炎を噴射し空中に立つ女性。

 

「──あぁ、本当に。顔合わせるのが日に日に億劫になってたんだけど……久しぶりだねぇ」

「こっちも久しぶり、とは言っておく」

 

 L・アルカナと。

 

 安藤さん。

 

 ……いや、なンでこの人らがお嬢と一緒に行動してンだ。

 

 

えはか彼

It's a story of prayer dedicated to the night.

 

 

「成程、ソンヒューィをおびき出すための破壊活動。面白いね」

「まァな。俺ァ別にソンヒューィを殺して、この世界からみんなを解放して、そんでもってこの世界が寿命まで存続すりゃァあとはどうでもいい。そんな高ェ望みじゃねェだろ?」

「首が痛くなる程高いと思うんだけどねぇ……」

 

 流石は人外、俺達の言葉がわかるときた。

 俺にァ未だに安藤さんが神だー、っつーのは実感湧かねェんだが、確かに命の気配が神っぽい。L・アルカナは元同僚なンでよし。

 しかし、そーなってくるとお嬢たちが蚊帳の外になっちまう。あと上空でまだじぃっと俺を見続けてくる恵理須も。

 

 そうして、我慢が決壊する。

 

「お二人とも! 私は通訳で呼んだんですの!」

「あぁ、そうさね。積もる話はあるんだろう。けどそれはアタシらも同じでね」

「アンディスガル。1つ忠告がある。上にいるエリスは」

「一旦!! 私の番!!」

 

 退かされる2人。

 そうして俺の前まで浮いて来たお嬢は──その剣を、俺に向けた。

 尖り前髪がピクりと反応する。

 

「いいですの!? もし次、勝手に死のうとしたら、今度こそ私が殺しますのよ!?」

「……あー、エルヴンシードの話か。あれァまー、すまなかったよ。事前に説明しておくべきだった」

「反省の色なし」

「どうせ"事前に言っとけばいいってこったろ?"などとでも言っているのでしょうね……」

「なんだい、通訳いらないじゃないか」

 

 金髪お嬢様が安藤さんをキッと睨む。顔を逸らす安藤さん。

 なんだ、随分仲良くなったな。

 

「……まぁ、ご無事そうで、良かったですわ……梓さん」

「梓・ライラックは死んだよ、お嬢。それはこっちの俺か、アズサの奴に掛けるべき名前だ。俺はもう梓・ライラックじゃない」

「梓・ライラックは死んだ。ここにいるのはアンディスガル。名は正確に呼ぶべき。相手が魔物ともなれば、尚更」

「……アンディスガル。夜の使徒アンディスガル、ですのよね」

 

 何度か名乗ったからな。

 覚えてンだろう。

 

「それは、あず……アンディスガルさん。貴女の記憶の中にはもう、私達は残っていない……ということでしょうか?」

「ン? ンなこたないぞ。覚えてるよ、フツーに。なんもかんも覚えてる。……あァ、そうか。魔法少女じゃなくなったら忘れちまうとか思ってンのか。あのな、俺ァ元々死人なのさ。まァ死人の脳に何が蓄積されンだって話ではあるが、死人の時から忘れてなかった事を、死人に戻ったところで忘れるわけねェだろ」

「忘れてないって」

「そ……そう、ですか」

 

 コイツ通訳としてダメだろ。簡略化しすぎ。

 

「では……私が貴女に告白したことも、貴女の神に剣を向けた事も、全て」

「覚えてるよ。当然」

「おい、勝手に喋んな」

 

 まァ覚えてるが。

 ……ん-、不便だな。人間と言葉が通じねェってな。

 

「……その目は、翻訳機の類を開発しろ、って目かい?」

「できるだろ、安藤さんなら」

「あのね、アタシは武器類専門なのさ。魔工具の開発の本命はシエナがやってた。あぁ、ポマネイ・リコと言った方が伝わりやすいか」

「できねェのか」

「……翻訳機は、本当に無理さ。魔物の言葉も人間の言葉も等しく理解しているとは言えないアタシじゃ無理。ただ、アンタを一時的に人間っぽくすることなら、できる」

「蘇生ァ勘弁だぜ。俺はそれを望まねェし、なんならその技術を見せようとした時点で──殺す」

「おいおい、アタシに生命を操る御業なんてものが使えるように見えんのかい? アタシの本職は武器作りだって言ったばっかだろ」

 

 ……。

 だって。シエナ作ったじゃん。あんなあからさまな機械生命を。

 いやまァアイツの魂はザグルスって話だけど。

 

 あ。

 え、そういうこと?

 

「そういうことさ。ま、シエナ程の高性能となるとリコの力添えがいる。アタシ1人じゃ無理さ。だけど──ブゥリの人形くらいのものなら、アタシにも作れる」

「え、アレ安藤さんが作ったのか?」

「元はザグルスの試作品としてね」

 

 あぁ。

 そういやあいつら、同じダンジョンの。

 

「アルカナ、アンタ外法はどれくらい使える?」

「なんにも」

「そうかい。っとに使えない奴さね」

 

 外法。聞いただけで嫌な予感のする言葉だが。

 

「あの! 私がお話をしている最中なんですけれど!!」

「だからその話を円滑にできるようにしてやろうとしてるんじゃないか。……あぁそうだ、フェリカ。アンタ、錬金術使える奴が知り合いにいたりしないか? 脳眠の【合成】レベルの高位クラスの錬金術師」

「……いますけれど」

「よし! それじゃあソイツのとこに連れて行ってくれ」

「……」

 

 お嬢は二度、三度と安藤さんと俺を見て。

 

 溜息を吐いた。

 

「わかりましたの。……という事ですわ、お2人共。閻魔刃塔へ向かいますのよ」

「はいはい。何がという事なのかさっぱりなんだけど、わかったわ」

「ディミトラ様。それはつまり、何が何だかさっぱりわからない、という事かと」

「そうだけど、だからって止まる子じゃないでしょ。というかここで拒否したら、勝手に飛んでいきそうだし」

「あ、はいですの」

 

 だろうな。

 お嬢なら安藤さん乗せて飛ぶのは楽だろうし。

 

 ……お嬢の言う錬金術師は、アールルゥ・ヘズナガル、だよな。

 けど……会わせていいのか?

 ソンヒューィがその存在を知らないと言っていた彼女。それは、何か不都合があって身を隠していたか、あるいはソンヒューィから記憶がすっぽり抜け落ちるよォな大事件があったからなんじゃ──。

 

「行くわよ。そっちの魔物2匹、ちゃんとついてきなさい!」

「ん……尖り前髪」

「ああ」

 

 んじゃまァ、魔王軍が増えたよォに見えんのかね。

 黒い獣。黒い阿修羅。そして銀の龍。

 

 俺達は北方山脈を越え、閻魔刃塔へと向かう──。

 

 

 

 ついた。

 相変わらずの防御魔法は全部殺して、あの時と同じよォに出てきたミケルのおっさんに止められて。

 

 背中メッシュに対面する。

 

「CA-リース。それ以上近付くな。死ぬぞ」

「わかって、いる。……梓」

「梓・ライラックじゃねェよ、俺は」

()()()()()

 

 反応する。

 俺と、そして尖り前髪と。

 

 安藤さん。

 

「……今のァ、通じたか?」

「みたいだね。いやはや、閻魔刃塔なんて名前を聞いた時からもしや、とは思っていたけれど……そうかい。ここは、外法の使い手の集まりかい」

 

 そういえば閻魔刃塔ってな安藤さんの元来の姿、加具土命の投げた閻魔刃を基にしてる……みてェな話をされたが。

 何か、思う事あんのかね。

 

「魔物を合成したか」

「うん。お母さんの錬金術で、私に魔物を混ぜ込んだ」

「……それがどういうことか、理解してるのかい?」

「悪魔を殺すに、必要な措置。違う?」

「……確かにそうさ。2神の力あれば、キスキルには対抗し得る。けどそれは」

「寿命を、縮める行為。うん、知ってる」

 

 背中メッシュが、こちらを見る。

 寿命を縮める行為。それをした背中メッシュが。

 

「梓。アンディスガル。私は自ら、寿命を縮める行為をして。貴女と共に、戦いたいと。そう思った。──怒る?」

「怒らねェ。……自殺、自決の類ァな、俺は大っ嫌いだ。絶対にやめさせる。……けど、自分の生を燃えるよォに使い切りてェってな、まァ、俺の止めるトコじゃねェ。若死にが嫌なのは変わらねェが……だとして、お前が満足して、幸せに、ってンなら──俺は」

 

 彼女の姿を見る。

 その輪郭から消えた、黒い影。

 

「お前をシェーリースと呼ぶ。改めてよろしくな、シェーリース」

「……! うん!」

 

 元気な声だ。

 

 そしてシェーリースはお嬢へと向き直り。

 

「名前で、呼ばれた」

「エ!? なんですの!? いきなりマウントですの!? シェーリースさん、貴女そんな性格の方でしたか!?」

「魔物が入って、性格変わった」

「嘘ですのねそれは嘘ですの! ユノンさんもシェーリースさんも元からそういう方ですわ知ってますのよ私!!」

「うん、変わってない」

 

 おーおー。

 なんか懐かしいなァ。この空気。

 ……戻りたい、たァ思ってねェが。

 もう戻れないのは、ちったァ悲しいのかね、俺も。

 

「ここに錬金術師は何人いる?」

「20人は、いる。お母さんも、そう」

「そうかい。んじゃ、人形1つつくるくらいはワケないか」

「それなら、あまりがある。改良すれば、できる?」

「在庫もあんのかい。はぁ、流石はというべきか。ならとっとと作っちまおう。アタシはここにあんまり長居したくないんでね」

「うん。それが、いい。ここは、良い所じゃ、ないから」

 

 あまり。在庫。

 ……聞きたくねェ言葉ばっかだ。まァ、誕生には喜びを。俺はその生を否定しやしねェよ。

 

 しっかし、KA-ローラインはどっから魂引っ張ってきてンだろうな。

 

 

 

 

「……」

「どうした、尖り前髪」

「いや。……少し、昔を思い出しただけだ」

 

 夜。

 俺達ァ巨体過ぎて閻魔刃塔にゃ入れないので、人形は安藤さんに任せて野宿。まァ今までと同じだ。

 

「そういや尖り前髪、なんぞ……ソンヒューィに言われてたよな。【亜空】に並べて、世界をどうのって」

「ああ……なに、私の【飛斬】は新生前の魔法である、というだけの話。私には既に、新生後……"役割の統合"を行った後の魔法がある」

「……そりゃおかしな話だ。もう恵理須はないし、零の魔法はない。どこの役割を統合したってンだ」

「もっと昔に統合していた。使う機会がなくて使っていなかったが」

「マジか」

「【秘漸】という。端的に言えば、世界を切り裂き得る魔法だ」

 

 また、零の回収リストに無い名前。

 ジェーンとかいうのの【影劫】といい、アイツでも知らない魔法があったって事か? つか、俺の【死漸】とよく似てるな。

 

「……アンディスガル」

「ん」

「私の名も呼べないか」

 

 ……。

 

「呼べねェ。なんでかはわかってンのか?」

「ああ、大体は察しがついている。……そうか。ならば私の最期は……」

 

 珍しくナイーブだな。

 何か思う所でもあるのだろうか。

 

 尖り前髪……ソードマスターとなった彼女は、星空を見上げる。

 

「世界は……広いな」

「あァ、前の世界にゃ星空なんぞなかったからなァ」

「この世界には天幕がない。ならば……この先には、何がある」

「宇宙っつー、なンだ。冥界よりかは明るくて、でも空気がなくて、死ぬほど寒い場所があるよ。生物なンてもんはほとんど生きられない場所。まァ生きられる場所もいくらかあるンだろうけど」

「その、外は?」

「さァなァ。そこまでは解明されてないっつーか、遠すぎて行けねェ、行くに時間がかかりすぎるっつーか」

「お前は、行ったことが無いのか」

「ないねー。興味もない。生き物がいない世界ってな、死者もいねェ世界だよ。俺ァ死が嫌いだが、無も同じくらい嫌いさ。……あそこにゃ、戻りたかねェ、ってな」

 

 覚えている。

 梓・ライラックになろうと、メイアートになろうと、アンディスガルになろうと。

 覚えている。

 

 あの、粘り付くような、纏わりつくような、無。己を分解するような黒。回帰を願い、無駄を押し付け、戻るべきだと、還るべきだと甘く囁かれる──何もない場所。

 "畔"。神さんはあの場所をそう呼んでいた。

 

 ……死んだらさ、先に逝った奴らに会えるかもしれねェって思ってたんだ。あの世があるんじゃねェかってな。俺の行く先なんざ天国地獄とわからねェ人生だったが、43年間。まぁ、ちったァ、走り抜けて、関りを作って。

 みんなおっ死んじまったが、それなりに友人はいたんだ。ホントにな。

 だから──死なば先があるとか。あの頃は、思っていた。

 

 はは、行ったらみーんな無に還ってたわけだが。そりゃ前世持った人間が創生より出てこねェわけだよ。あそこで全部バラバラになっちまうンだから。

 

 俺が耐えられていたのは……なんでだろうね。

 無念だったから、とか。いんやさ、俺より無念抱えて死んだ奴なんざたくさんいるだろう。

 ただ、見つけられたのが早かったからだって思ってる。

 分解される前に、かなり早い段階で神さんが俺を見つけて、拾ってくれた。

 

 それが最初で最後の奇跡。

 あれからも神さんは時たま"畔"を観測しているらしィんだが、自我ある魂なんざ見かけることはないそうで。

 

「無。……それは、冥界よりも静かな場所か?」

「静かって概念さえも無い場所だ。つか、冥界は賑やかな方だろ。ワン公達もいるし、神さん達もいる。夜の使徒もたくさんいる」

「あと、アンゲルの軍勢もな」

「あァ、懐かしい話だ」

 

 静かなんて優しい場所じゃねェよ、あそこは。

 あそこに来た事を覚えてる奴がいンなら、誰しもが忌避するだろう。そうやって多分、生物ってな刻み付けられてきたンだ。本能に死を嫌う感覚を。

 この世界……冥界に包まれた世界は、どうなンだろうね。

 輪廻の車輪。あそこも賑やかな場所だったし、冥界はさっき述べた通り。

 

 魔法少女ってな魔物と大差ない。だから、蘇生槽で蘇生できずに死にきった魔法少女達も、あの賑やかな場所にでも行くんだろうか。輪廻の車輪はぶっ壊れたが、そこんとこぬかるウィドアルじゃねェだろうし。

 

 なら……人間は。

 そして、神は。

 

 どこへ行くのか。

 

「安寧が欲しいなら、改宗するか?」

「……どういうことだ」

「まァ、お前らは自覚ねェだろうけどな。魔法少女の時は太陽に、魔物の時は風に信仰を捧げてンのさ。よってその宗派である内は、死後それに準じた場所に行く。そして夜に改宗すれば、死後、冥界で夜の使徒になる」

「……」

「その代わり生まれ変わり……所謂転生って奴ァ起きねェ。夜の使徒はそこで終わりだ。今死んだら、後は死者として安寧を享受し続ける。それが夜だ」

 

 怨念を、無念を。

 ゆっくり癒すのなら、夜がいい。引き継ぐことも、バラされることもなく。

 そこで終わりなら。

 

「私には合わなそうだ」

「そうかい」

「だが……成程、お前がそこまで死を忌避する理由はわかった」

「そうかい」

 

 だからこそ、夜の使徒は生者に迷惑かけちゃいけねェ。

 もう終わった存在が生きとし生ける者の足を引っ張るなんざダメなんだ。夜の使徒、夜の神。夜の属性を持つナニカ。

 それらが生者の足を引っ張るなら──俺は粛清しねェと。

 

 ま、一回冥界に行くまでなーんも覚えてなかった俺にゃ説得力っつーモンが無いんだが。

 

「……魔物と言うのは、眠らないのか」

「いや、ンなこたねェよ。俺達がオリジンで、生物を基にしてないからねないってだけだ」

「お前は鼬だろう」

「そりゃもとになった神話があるのさ。そんだけ」

「神話?」

「……ま、そこまでは話し過ぎだな。夜に改宗するつもりがない奴に聞かせるモンでもねェさ」

 

 それは本来この世界には無い神話。

 だからこそ神さんは俺の魂をこの形に変えた。

 この世界に無い要素だから、この世界を変えるに足ると。

 

「夜は、長いな」

「別に魔法少女だって眠らなくてよかったじゃねェか」

「ああ、だが……最近は割と睡眠をとるようにしていた」

「そりゃまた、どうして?」

「どうしてだろうな。……この世界が悪夢のようだったから、かもしれん。現実逃避さ」

「……昔の知り合いか」

「流石に透けるか」

 

 珍しくナイーブが過ぎるからな。

 

 そうか。 

 そうだよな。侍衆の頭領。

 

 殺してきた命は数知れず。失ってきた命も、それこそ星の数程だ。

 

「昔も昔だ。国を捨て、魔法少女となる前の話。私がただの女だった頃の話。……とうに忘れたものと思っていたのだが、過去に追いつかれた気分だ」

「過去に追いつかれる、ね。ぞっとしねェ言葉だ」

「……お前は、13歳……ではないのだろう。今更聞く事でもないようには思うが、魔法少女になる前の年齢は幾つだったのだ。アールレイデ達からの恋慕を拒否しているのは、年齢差が激しいからだろう?」

「う」

 

 う。

 ……今それ聞きますか。

 

「言っておくが、アールレイデもミサキも20は超えているぞ?」

「……そりゃ魔法少女暦を足して、の話だろ」

「勿論だ。足さない意味があるか? 魔法少女になったとして、肉体の年齢は止まるが、知識や経験は溜まっていく。ルナのようにいつまでも若く自堕落な魔法少女もいるが、大抵は年相応の落ち着きを持っていくものだ。ふん、まぁアールレイデは些か幼く振舞ってはいるが、あれは一種の甘えだろう。お前がいる所以外では、ああいう仕草は見せんからな」

 

 そうなのか。

 ……そりゃそうか。

 

 いや、頭じゃわかってンだけどな。

 どうしても、幼く見えちまう。

 

「で、何歳だ」

「……梓・ライラックの年齢は13だよ。間違いない」

「そうか。で、何歳だ」

「圧が強ェよ」

「暇だ、ということをわかれ。……夜は暇だぞ、夜の使徒」

「そうかい」

 

 言うべきか、言わずでおくべきか。

 

 ……別に、良いんじゃねェか。年齢は。

 俺が秘したいのは……嫌われたくねェって、キモがられたくねェってヒタ隠しにしてンのは、おじさんだった、って方だ。

 

 なら、年齢くらい。

 

「56、だな」

「つまりプラス43か。ふ、想像の倍以上だ。とすると、あるるららと同い年くらいか」

「ま、そーなるな。だから、アイツらがたとえ魔法少女歴プラスして20幾らかでもソウは見れねェさ。俺ァもう、老人の域に足突っ込んでる」

「だがおかしい話だ」

「何が」

「ナリコは、1000を超える月日を生きる魔物だ。50そこらでは赤子扱いだろう。何故奴の恋慕を受け付けない?」

 

 ……。

 それは。

 

「だって、怖いだろ。好きになった奴が……死ぬのは」

「また死か。お前の行動原理はそればかりだな」

「経験って奴さ。……昔な、俺を好いてくれてたやつが、死んだんだよ。死の直前にお互いの気持ちがわかって。──けど、死んだ。あの喪失は耐え難い。いや、もう耐えられない。……恋仲になった奴が死ぬ。もう会えない。とりとめのない思考。取り戻せない事実は、俺を」

 

 俺を──駆けださせた。

 死んだのかは、本当は知らない。

 

 先に俺が死んだから。

 

「……俺は、好きだったんだ。自分の命がそこまで長くないと、見舞いに行ってもずっとしかめっ面なアイツがさ。読書もしねェ、音楽も聞かねェ。果ては食事もしねェで耳も目も塞いで、ずーっと縮こまってたアイツ。俺はさ、そいつになんとか外を見てもらいたかった。別に嫌われてても良かったんだ。俺のことになんか興味なくたって、迷惑だって思われてたって、それでよかった。俺はまたアイツに、外を、空を見てもらえたら、それで」

 

 好きだった。でも、良かった。思いなんか通じるはずねェって思ってたし。

 幾許かの命。対して俺ァ健康も健康で、アイツからしたら見せつけられてるみてェな気持ちになってただろう。元気を、命を見せつけられている。

 それは嫌だったんじゃねェかな。羨ましいのに手を伸ばすことさえできねェってな、苦しかっただろう。

 

 でも、そんなことを強いてでも、俺は。

 

「ようやくアイツが空を見てくれたのは──自殺の間際だった。もう疲れたって。もういいって。それで、俺はアイツを引き留めたくて、言葉の限りを尽くして……ホントの気持ちまで伝えてさ。そしたらアイツは、笑って──」

 

 身を投げた。気持ちを伝えてくれた後、すぐに。

 だから俺も、それを追った。一緒に死にたかったわけじゃない。助けるためだ。

 

 それくらい大事だった。

 もっと早く言えと言われた。その通りだ。後悔はこびり付いて離れない。

 

 助けられたかどうかは怪しい。抱き締めた程度でなんとかなる高さじゃない。

 でも俺は、地面とぶつかるその瞬間まで、アイツを抱きしめていた事を、その体温を、涙を覚えている。

 

 覚えている。

 

「怖いよ」

 

 素直に言う。 

 素直に吐露する。

 

「この世界の奴らは、すぐに傷つく。すぐに死ぬ。怖いよ。即時蘇生の術式。蘇生槽。知らねえよ、ンなもん。目の前で命を、大事な命を失う哀しみに、濃度なんかないんだ。……怖いよ。もう俺は、お嬢達も、何もかも。好きになり始めてる。失うのが怖いのに、俺は……また」

 

 絶対は無い。そんなこた知ってる。

 いや、だからこそ、絶対を愛したのかもしれない。神さんは絶対だ。剣を向けられても死ななかった。ああ、それで愛は一層深まった。

 

「こんなとこさ。俺が恋愛できねェ理由は」

「……ならばお前が守ればいい。できるだろう、その身体なら」

「できねェさ。この体も、魔法も。守るための魔法じゃねェ、殺すための魔法だ。魔法は本質を表す。今更な話だがな、【即死】、【死漸】、【世涯】。それらが俺の魔法なら、それはもう変わらねェって話だろ。零の奴にも──」

「まだ、あるだろう。お前の魔法」

「あァ【光槍】のことか? これァまァ裁断した魔法だからなァ」

「違う」

 

 尖り前髪の。

 ソードマスターの瞳が、俺を貫く。

 

「【天愍】、そして」

「お、おお。よく知ってたな、ソレ」

「【召天】だ」

 

 それは。

 

「……よく知ってたな、それ」

 

 今度こそ、茶化せないものだった。

 

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