遠吠えは遥か彼方に   作:劇鼠らてこ

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SSD壊れてデータが飛んだので遅くなりましたが再開です。


二十四、厭離編
162.地譜明日途対夢伊豆泥不意刈留都不応得鰤湾.


 噂に噂を重ねられているアールルゥ・ヘズナガル。

 いったい何者なのか、とか、嘘吐きなんじゃないか、とか、信用できない、とか。

 色々言われている中──彼女は。

 

「……魂覆剝離の術式、普通に難しいのよ」

「世界最高の錬金術師殿でもそう?」

「我の得意分野ではないのよ。というか、その点で言えばKA-ローライン、あなたの方が詳しいのではないのよ?」

「専門外。そも、私は錬金術師ではないから」

「生命改変の禁を破っている時点で我と同じくらい外道ではあるのよ」

「それは認めるけれどね」

 

 すごく、真面目に、魂覆剝離の術の研究にいそしんでいた。

 

 カチャコチャと動かしている手は素早いものの、結果は芳しくないらしい。

 術式を羊皮紙に書いて、肉塊らしきものを載せて魔力を注入、けれど上がるのは白煙ばかり。何かが起きるのだろうそれは、けれど何も起きない。

 つまり、術式が違うのだと言う事。書き直し。

 

「安請け合いをした、と後悔しているのよ、我」

「けど、どの道必要なコトだったでしょう。魂覆剝離の術式は」

「……そうだけど」

 

 不満そうに口を尖らせるアールルゥ・ヘズナガル。

 

「あなたは神の使徒だと聞いたわ。超常の存在。であるならば、術式の一つや二つ、簡単に描けるものと思っていたのだけど」

「使徒を何だと思っているのよ……。我がいうのもなんだけど、使徒にできることってほとんどないのよ? 夜の使徒を見ていたらわかるでしょ」

「夜の使徒。……梓・ライラック、あるいはアンディスガルなる魔物、か」

「そ。アレを見れば、どれだけ自由が無いかわかるというものなのよ。まぁあれは正規の使徒ではないけれど」

 

 また試し、失敗する。

 魂覆剝離の術式。今ソンヒューィのせいで二重(ダブル)になっている魂を剥離し、恵理須のものは外にある始の点へ、こちらの魂はこちらに残す。

 大事な術式だ。

 

「神としての権能は持てど、自由に揮えるわけでもなし。記憶制限、能力制限、何か保護を受けるわけでもないから簡単に狙われ、簡単に奪われ……。我みたいな強さがないモノを使徒にする時点で、ハキタも相当好き者というべきなのよ」

「あなたは強いの?」

「それなりには……お?」

 

 テーブルの両側でポフンポフンと白煙を吹いていた中で、アールルゥ・ヘズナガルの眼前の肉塊が変色する。赤黒いそれから、紫色に。

 

「おお」

「ふむ……やっぱり早い。もっとかかると思っていたから」

「KA-ローライン。我を見くびってもらっては困るのよ?」

「第一段階で何を偉そうに。そもそも安請け合いした、ってさっき言っていたばかりでしょう」

「我、都合のいい時しか耳が聞こえないのよ」

「一度死んでくるべきね」

「即時蘇生はもうないのよ~」

 

 特に険悪でもない、腹の探り合いもない。

 隠し事の塊が人間の形をしている、みたいな二人が向き合ってする雑談がこれだけ平和なのは、偏に作業が難しいから、に尽きる。

 そういう事やってる余裕が無いのだ。

 

「時に、KA-ローライン」

「なに? 余計なことは話したくないけれど」

「CA-リースについてなのよ。娘に魔物を混ぜたみたいだけど、何を混ぜたのよ?」

「……随分と踏み込んでくるのね」

「その辺の魔物を自分の娘に混ぜるとは思えないのよ。けれどこの世界、オリジンなんてほとんど残ってないのよ? 我的観点から言うと、CA-リースの得意な雷系の魔物で、且つ秘蔵のオリジンだと思うのよ。増幅するのが目的だとね」

「ふむ……なら、クイズにしましょうか。まず雷系の魔物ではないわ」

「実験中に他の思考にリソースを割きたくないのよ……」

 

 ポフンポフンポフン。

 白煙が連続で上がる。なお、二人とも、だ。

 色の変わらない肉塊。何の肉塊であるかは言及しないものとする。

 

「ううん……雷を増幅させるものというと、水系……だからスライムとか?」

「あなたね。娘にスライム混ぜる親がいると思うの?」

「普通の親は娘に魔物を混ぜないのよ……」

 

 違う、ということだ。

 まぁスライムっぽさは確かにないのよ、とアールルゥ・ヘズナガルは独り言ちる。

 

「うーん、あとは風を操る天鷲とかなのよ?」

「違うわ」

「えぇ……じゃあ雲を纏う……」

「違うわ」

「もしかしてアプローチが違うのよ? むしろ特別な力のない、力の強い魔物とか」

「いいえ、特別な力はある。けれど、自然現象系ではないわ」

「ううむ」

 

 記憶を探るアールルゥ・ヘズナガル。

 先に述べた通り、この世界に残るオリジンは少ない。どころか魔物というものがほとんどいない。それは即時蘇生というあまりに人間側に有利すぎる法則が働いていたがためであり、その残ったオリジンでさえ逃げるように秘境へと身を隠している。

 このあたりにいるような魔物。特別な力を持つ魔物。

 

 となれば。

 

「……念動力……精神体の類なのよ?」

「ええ、正解。イブリス、というオリジンよ。最も夜に近い精神体。無論、アンディスガルには劣るけれどね」

威武理須(イブリス)。……それはまた、大物を」

「知っているの?」

「是磑の旧知である──といえば、危険さは伝わるのよ?」

 

 KA-ローラインの手が止まる。

 アールルゥ・ヘズナガルの手は止まらない。

 

「神、ということ?」

「それは違うのよ。ただ、神といえど魔物と仲良くすることはある、ということなのよ」

「……あるいは、ジーウィースの怒りを買うかもしれない、かしら」

「大丈夫だと思うのよ? イブリスは神の如き力を纏う魔物。それが何の抵抗もなく混ぜ込まれたというのなら、イブリス自身がCA-リースを気に入った、という証拠。是磑もそれはわかっているだろうから、特に何もなく受け入れられると思うのよ」

 

 ボフン、と煙が上がる。

 また、紫色の肉塊が出来上がった。

 この実験──二人がやっているのはとても簡単なこと。

 肉体に見立てた肉塊に魂に見立てた魔法を貼りつけ、馴染ませ、それを剥がす、という実験。ただそれだけの実験に、錬金術と魔法の最高到達点にあるだろう2人が苦戦している。

 できるのだ。

 ただ剝がすだけなら、簡単に。けれどそれだと、元の肉塊には戻らない。酷く傷ついたものになる。

 無傷で魂を剥がすためには、完全に元の状態に戻す必要がある。

 

「しかし、イブリスなんてどこにいたのよ? そう簡単に見つかる魔物じゃないのよ」

「……CA-リースが連れてきたのよ。この子にする、ってね」

「ふぅん。……あの娘、我からしても異質だけれど、本当にあなたの娘なのよ?」

「どういう意味?」

「メタ的な考え方をするのは閻魔刃塔の気質。それを抜きにしても、あなた……いえ、閻魔刃塔の誰よりも、全く別のところを見据えている……そういう目をしているのよ」

「……昔からよ、それは。あるいは鮮明に思い出せるわけではない"前"でもそうだった……ように思うわ」

「珍しいのよ。根っからの研究者であるあなたが、疑問をそのままに放置するなんて」

 

 ボフン。

 ──今度は、KA-ローラインの肉塊も紫色に変色した。

 

「やっぱり特別なのよ? 娘、という存在は」

「……さてね。ただの実験動物と……考えていた頃もあったけれど」

「今は違うのよ?」

「もし、私に。"前"の記憶が欠片程度も混じっていなければ、この考えは変わらなかった。けれど……あの未練の日、私は確か、その最期に言葉を発したわ」

 

 朧げでノイズのかかった記憶。

 この閻魔刃塔にいる誰もが感じている、自らは一度完全に死んだのだ、という自覚。

 

 自らの作り出した実験動物の叛逆。あるいは暴走で、閻魔刃塔の職員は一夜にして一つの石になった。

 脳眠──NO-ネームという実験動物の魔法、【蟲独】。それにより全てがぐちゃぐちゃに纏まって──それに飲み込まれゆく中で、KA-ローラインは手を伸ばしたはずだ。

 

「あなたがいなくて良かった──そう言ったはず」

「……ちゃんとお母さんなのよ」

「そうね。そうでありたかったのかもしれないわ」

 

 決して常人(つねひと)の関係性であるとはいえないだろう。

 KA-ローラインとCA-リースの関係は、親子の仲であると言い切ることは難しい。それでも、それでもと。あの時、あの日、あの最期の瞬間、KA-ローラインは安堵したはずだ。

 

「あなたは娘とか作らないの?」

「……我は神の使徒なのよ? 番という概念がないのよ」

「別に番がいなくたって娘は作れるでしょう。私だって、別にミケルと性交してCA-リースを産んだわけではないもの」

「だとしても、要らないのよ。我は我のことで手一杯なのよ。これ以上背負うものを増やしたくはないのよ」

「あなたが何を背負っているのよ」

「人間には到底理解できない色々なものなのよ」

 

 その時、二人の前の肉塊が同時に煙を上げる。

 上げて──びちゃ、と。潰れ、壊れ、ぐちゃぐちゃになった。

 

「……回数を重ねると肉体の方が耐えられなくなって"こう"なるわけね」

「即時蘇生が無い時点で、安定しない術式は全て失敗作なのよ」

「一からやり直し、ねぇ」

 

 世界最高峰の錬金術師だろうが、世界最先端の魔法学者だろうが。

 今までやってこなかった──即時蘇生の術式のおかげで考える必要のなかった"安全性"なるものを考慮しての術式作りは、非常に難航を極めるものであるらしかった。

 

 

えはか彼

It's a story of prayer dedicated to the night.

 

 

 さて。

 ところ変わって、ヒノモトへ向かう一行である。

 カネミツ、リージュ・アルカナ、ナリコ……ではなくヨウキ。

 

「ヨウキ……ヨウキ。ヨウキ、だな」

「フフ、どうした、カネミツ。吾がそんなに気になるか?」

「……どうしても、な。お前は……ナリコに似すぎている」

「そういわれてもな。なんだ、汝が呼びにくいのなら、ナリコと呼んでくれてもかまわないぞ?」

「そういわけにはいかんだろう」

 

 カネミツからしたら、ナリコとヨウキは似ているというレベルではないのだ。

 梓曰く"二人称と笑い方が違う"らしいが、ぱっと見が同じ過ぎて一瞬混乱してしまう、というのも無理のないことだろう。カネミツとて目の前の存在がナリコでないことなど重々承知しているけれど、戦闘時の呼びかけなどで突っかかる可能性は捨てきれなかった。

 

 そんな二人に、ずっと黙っているものだとばかり思われていた者が口を開く。

 

「狐のオリジンなんて大体こんな感じになる。さらに言うなら、多分同郷だろうし。似てて当然」

 

 アルカナである。

 

「同郷?」

「貴女達がオリジンと呼ぶものには大別して三種類がある。ただの獣が長くを生きていくうちに魔物になるものと、魔力溜まりから出現したルーツと呼べるもののないもの、そして人工的に生み出されたもの。ジョームンガンダーやフルオブズヴィトニーは最初の例。ベルウェークや難陀竜王は二番目の例。カンコウやクロムクラハは最後の例」

「……とすると、ヨウキやナリコは最初の例で、且つ同郷である、と?」

「そこまで姿かたちが似るのなら、そうだと思うけど。あとジャカンとかいうのもそうじゃないかな。姿かたちが似るということは、獣を魔物にする環境が……魔力を多分に含んだ環境が同じということに他ならない。無論、その上でオリジンに至れるのは稀有なことだけど」

 

 ここに梓が、アンディスガルがいたら、こういうだろう。

 "おいおい嫌に饒舌じゃねェかよ"、と。

 

「同じ魔力溜まりから生まれた魔物は別個体ではなくクローンに近いものとなるように、同じ魔力環境から生まれた魔物の姿かたちは自然と似る。……ま、あのナリコとかいうのには別の物も混じっているようだけど」

「ああ、インキュバスの血が入っているはずだ、奴には」

「フフ……ああ、懐かしい記憶を思い出した。そうだな、吾は確か、北方山脈……恵理須におけるその山脈のさらに向こう、昏き森の高き塔で生まれたはずだ。吾の姉妹は二つ……あるいはそれが、ナリコであり、ジャカンであるのかもしれんなぁ」

「それならばお前にもインキュバスの血が混じっているはずではないのか?」

「フフ、吾は役割を手放した者。火を扱い、魔力を穿つ吾の役割に、もしかしたらインキュバスの何らかが混じっていたかもしれん。フフフ、今となっては確認のしようもないがの」

 

 役割の放棄。

 果たしてその概念は、カネミツがしっかり勤勉であったことで伝わった。

 

「"役割"、か」

「フフ、聞き馴染みはあるだろう?」

「ああ、恵理須にいた頃は特に聞く言葉だった。"役割の統合"、"役割の分割"、そして"役割の放棄"。ふ……私も少女らしく考えたこともあったな。私の役割とは何なのか。【飛斬】が、いいや【秘漸】が司る役割とは、と。答えは出なかったが」

「何って、消しゴムだよ」

「……何?」

 

 なんでもないかのように。

 リージュ・アルカナは、いいや、彼女にとっては本当に何でもないことなのだろう。

 

 淡々と、何の感慨も込めずに言う。

 

「梓・ライラック。アンディスガル。アレの役割は"白紙に戻す"こと。謂わば全消しかな。オールクリア。今までの積み重ねの全てを否定し、無かったことにする。一方で【秘漸】は一部だけを切り取る権能。ああいや、SSS級魔法【秘漸】と言ってあげた方がいいかな」

「……そこまでの強さを持っているとは思えんが」

「たとえば、今」

 

 リージュ・アルカナは、あらぬ方向を指差して、言う。

 

「ソンヒューィの存在を、その位置まで正確に想像して【秘漸】を揮えば──存彪位という存在はこの世から切り取られる。それができる、と。君は理解できるはず」

「フフフ、汝よ、それは人の身に収まっていい力ではないように聞こえるぞ?」

「当然。太陽神レイの権能にまで至った魔法が人の身に収まるはずがない。だからあんなにも簡単に暴走するし、あんなにも簡単に洗脳される。太陽の言葉を聞いた程度で認識を操作されるし、魔法をうまく操れなくなる」

「……そういえばお前は、始の点へ侵攻しに行ったときの……私たちを暴走させた主犯格だったか」

「ジャハンナムの命令。私は実行犯だけど、首謀者じゃない。それに、ちゃんと罰は受けている」

「罰?」

「……耳が壊れるかと思った」

 

 それは誰も知らないささやかな反撃。

 特例組潜入班たちの仕返しは、しっかり効いていたのだ。

 

「フフフ、歓談の最中で悪いがな──客だぞえ?」

「ああ、気にするな。気付いた上で無視している」

「でも何用だろうね──人間の野盗、みたいに見えるけど」

 

 野盗。

 でも、餓鬼のようでもあった。

 瘦せこけた体で、ぜぇぜぇと荒い息を立てる数人の男。

 カネミツ達を取り囲み、その手には棍棒や剣といった武器類。

 

「女を襲う、ということは、魔法で反撃をされても仕方のないと思っているということだ」

「フ──まぁ、そうさな。吾には人間のことなど何もわからないが、少なくとも此奴らの目に映る吾らは、()であるらしい」

「私に戦闘力はないから、頑張って」

 

 空腹なのだろうか。

 金が欲しいのだろうか。

 性の捌け口を求めているのだろうか。

 

 何にせよ──即時蘇生の術式の無い状態でこの3人を襲う、ということの恐ろしさを、果たして彼らは知っているのだろうか。

 梓・ライラック。アズサ/ミズメ。クロムクラハ。代走者。

 ここにいる3人は、今や4人まで増えた"彼女"ほど甘くない。

 

「何の躊躇もなく殺すが──文句はないな?」

 

 答えは、下卑た嗤いと。

 直後に巻き起こる断末魔──。

 

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