時に、と切り出したのは、カネミツだった。なんでもないかのように野盗を斬り殺してから、その後現れた野盗も斬り殺して、しかし雑談に花など咲くはずも無かったこの面々で、時に、と。
「リージュ・アルカナ。お前はこちらの協力者と見て良いのだな?」
「まだ疑われていたことに驚きだけど。あくまで協力者だよ。仲間じゃないし、味方じゃない」
「そのスタンスを貫く理由はなんだ」
「……敵対する可能性があるから」
瞬間、カネミツの刀はリージュ・アルカナを捉えていた。間合いというものの関係がない彼女が、けれど切っ先を向ける意味。
「そのような者に預ける背中は無い」
「元より夜の使徒の言葉で同行しているに過ぎない。あなた達に信頼される必要はない」
「……フフ。カネミツよ、吾の意見を言っても良いか?」
「なんだ」
「どの道同じであろう? この者は悪魔。仲間になる、完全な協力者となる、と口にしようとも、いとも簡単に裏切る可能性を孕む。逆も然り。吾らは此奴に背を預けず、信頼せずにすべてを終わらせれば良い」
「……確かにそうだ」
「汝も、真面目なカネミツをからかいたくなる気持ちはわかるが、少し抑えるとよい。吾は面白いが、そのたびに立ち止まって諍いを起こしていれば、時間がすり減っていくばかりだぞ?」
ヨウキ。
ナリコと瓜二つの姿をしながら──なんたる常識人か。その事実にカネミツは頭を振った。冷静さを欠いている。ソードマスターであった頃の気が抜けていない、と。
「そろそろ訂正するのも面倒だけど、私は悪魔じゃない。この世界に当てはめると性質的に悪魔であるというだけで、キスキルのように世界を壊したいとか思ってないから、あんまり敵意を向けないでほしい」
「キスキルは世界を壊したいのか?」
「壊したいというより侵食したい、……自分にしたい、が正しいかな」
「自分にする……」
「簡単に言えば【侵食】と同じだよ。上位互換に近いけど」
リージュ・アルカナは、はぁ、と一つ溜息を吐く。
それは疲れたというより面倒くさがっているような溜息で。
「恵理須はキスキルに侵蝕され、結晶化した。こっち……有死無至穏のエルヴンシードもそう。夜の使徒がキスキルの種を殺さなかったら、あそこから始まって、世界はキスキルになっていた。人も街も、海も空も」
「固体かどうかは関係ないのか」
「ない。大気中、水中共に伝播して結晶化する」
「対処法はあるのかえ?」
「ない。【即死】で殺すのが最も適したやり方。他、魔法で侵食を遅れさせることはできるだろうけど、根本的な解決にはならない」
「……お前とは、随分格の違いを感じるな」
「だからそう言っているんだけど。私はこの世界に当てはめると悪魔というだけで、悪魔じゃない。でもキスキルは元の世界でも悪魔だった。普通に格上」
格上。それは、そうなのだろう。
なにせこのリージュ・アルカナには戦闘能力が欠片も備わっていない。ただ飛べるくらいだ。それをしてあのキスキルに対峙させるのは酷というもの。
「もしヒノモトにキスキルの分体がいた場合、どうする」
「どうもこうも、もしいたらヒノモトは壊滅しているはず。存彪位がそれを許すとは思えないけど」
「そうさな、フフ、自身が好む場所に棲み処を移そうというのだ。カネミツ、そこを結晶化されるなど、あの幼稚な神は黙っておらぬだろうよ」
「そうか」
納得し、刀を納め。
「ならばアレはなんだ、リージュ・アルカナ」
アレ──と、カネミツが指を差した先。
ヒノモトはミチサネのいる城の上部に出来上がりつつある、巨大で巨大な、水晶の塊。
「ああ、まぁ、確かにアレがキスキルの結晶」
「【秘漸】」
距離は関係ない。視認し、把握したソレを、神の権能に程近き魔法が刈り取る。この世から消し去る。
抵抗は無かったが──それを皮切りに、無数の結晶がヒノモトの上空で形成されていく。
「チ、何が起きている!」
「キスキルが存彪位に反旗を翻した、とか?」
「フフフ、そうであれば楽なのだがな。どれ、カネミツ、リージュ・アルカナ。吾は彼の狐のような式鬼は使えぬが、こういうことはできるのだと教えてやろう」
プチプチとヨウキが自らの尾の毛を抜く。無造作に、30ほどだろうか。
それを放る。投げられたソレは地面に落ちる前に……可愛らしい狐へと変化した。
「乗れ。フフフ、そこらの魔物よりは頑丈ぞ?」
「助かる! この異常事態、梓の作戦は一旦無しだ。まずはキスキルの所在を突き止める! 可能なら殿とナリコの式鬼も回収する!」
「一般市民はいいの?」
「私は梓ほど優しくはない」
「そ」
「フフ、ほうらお前達。結晶には触れず、人間を集めるがよい」
飛び出し、駆け抜けていく27の狐たち。
残る3匹にカネミツ達が乗り、混乱の最中にあるヒノモトへ駆けつけ行くのであった。
「!
リージュ・アルカナの口から言葉が零れる。
太陽の言葉。それを理解できる者はここにはいない。
ただ。
「偽装・メイアート。……まぁ、これで少しは戦える」
「ほう? 変化の術とは。なんだ、戦闘能力がないのではなかったのか?」
「私には無い。だから有る者の姿を借りただけ。劣化するし、私自身に戦い方が備わっているわけじゃないからただ力を揮うだけになるけど、ないよりはマシでしょ」
「フフ、違いない」
リージュ・アルカナの姿が変わる。
金の髪を流し、豊満なボディに好戦的な笑みを浮かべたダレカに。
その手に持つは、ヴァスと呼ばれる武器。
「カネミツ。キスキルの結晶は何もない中空に生成することは不可能なはず。つまり、全ての結晶は繋がっている」
「有益な情報だ」
瞬間、カネミツより上空へ【飛斬】が飛んでいく。狙いも何もないそれら乱射は、しかし時折何かを切断する。
「ヨウキ! 先に行け! 殿とナリコの式鬼と合流しろ! ただし存彪位がいた場合は何を犠牲にしてでも戻ってこい! 所詮奴らは夢幻だ!」
「フ──吾もそうなのだがな。よかろう、先に行く」
メイアートとなったリージュ・アルカナとカネミツが背を合わせる。
笑みをこぼしたのはもちろんカネミツの方。
「背を預けることはできないと、言ったばかりなのだがな」
「安心していい。私が裏切っても、私が何かをする前に貴女は斬り捨てることができる。あなたも私より格上」
「そうか、それは安心した。──地上は任せるぞ、リージュ・アルカナ! 私は空中の結晶を全て消す!」
そういって目にも止まらぬ速さで刀を振り始めたカネミツに、リージュ・アルカナは……メイアートはまた大きなため息を吐く。
さっきの言葉は嘘だ。本当の所、出力は1/10も出ない。劣化というより劣悪。
それで。
それで、地上に落ちて、まだ目覚めたばかりのキスキルの分体を倒せ、と。
無理だ。
「むり」
リージュ・アルカナに戦闘能力はない。ただ前任の太陽の使徒から受け継いだ幾つかの太陽の言葉が閊えることと、飛行能力、あと隠しているけれどちょっとばかりの運命操作が行えるだけの一般グレムリンである。
無理だった。今あの寝ぼけた分体に殴りかかっても、意識する間に死ぬだろう。だから今まで戦闘を避けて来たのになぁ、なんて思いながら。
「──では」
ざ、と。
誰か達が、リージュ・アルカナの横に並ぶ。
アルカナの前に出た一人が、その刀を抜いて、アルカナへと振り向いた。
顔。見覚えは、ある。
「お久しぶりです、アルカナ隊長」
「久しぶり。だけど、C級に何ができるの?」
「少なくとも貴女よりは戦えます」
「死んだら死ぬよ、もう」
「死んだら死にますよ。初めから」
幻剣公佳。キフ・心。ワンド。ぺんたん。
既に記憶を取り戻しているのか、恵理須の頃に似た魔法をそれぞれ手にしている。最弱の部隊遠征組観測班アルカナ隊。ぺんたんがヒノモト出身であるから、丁度ここにいたのかもしれない。
持つ魔法は【心眼】、【抑制】、【目印】、【念写】と……今見ても酷いラインナップだとアルカナは思う。それが汎用化した魔法を使うのだとしても、どの道酷いものになるのだろう。
おかしなものだ。
アルカナにとって人間は──餌に近い存在。取って食うようなことはないが、その感情を糧に生きているような節はある。それに守られるとは、中々。
恵理須では"そういう役割"だったから納得もできていたけれど、まさかまさか。
「……まぁ、少しくらいの茶目っ気は許されるか。アンディスガルもキスキルも好き放題やってるんだし」
せっかく着たメイアートの殻を脱ぎ捨てる。
そうして──大きく広げるは、ふさふさの毛の生えた翼。蝙蝠か鼠か。あるいは鳥か。そのどれにも属さぬ、魔物と称すべき生き物がそこに現れた。
「隊長?」
「気にしないで。これが私の本当の魔法。……気に成るなら、この場を去ってくれても構わない」
「いえ。遠征組のどの班より格好いいですよ」
「そう。どうでもいいけど」
息を吸う。吸って吐いて。
言葉を口にする。それは夜にも太陽にも風にも属さない言葉。
「Ann't haf you mennow to duxito oharisel」
直後、アルカナを守るように前に出ていた四人に変化が訪れる。
それは万能感に近いもの。否、今ならばできないことは無いという
「戦闘を許可する。地上に産み落とされたキスキルを殺して」
「了解!」
絶命。収束した光はまるで【光線】のように、しかし桁外れの威力でキスキルの分体を貫いた。理解が及ばないのだろう。キスキルの分体は「え?」なんて言いながら倒れる。
当然の反応ではある。彼女らの知らぬことではあるが、あのミサキの最大威力を受けて傷一つつかなかった彼女らである。まさか素養D級の魔法少女に殺されるなど思ってもみなかったことだろう。
その前方で、公佳が分体をバターのように切り裂く。また反対側ではアムリタ・アールレイデのようにキフが分体たちへ重圧をかけていた。
「……お先に失礼します」
「わかるんだ」
「はい。少しでも……隊長と一緒に戦えて、嬉しかったです」
ワンドがそう言って、その魔法を……【目印】ではない、あるいは過去に存在した【誘導】に近いような魔法をひと際大きなキスキルの結晶へかけて、すぐのこと。
消えていく。
ワンドも、公佳も、キフもぺんたんも。
けれど誰も混乱しない。その定めは知っていたから。
「いつか、私達が目覚めた先で、あなたに再会できることを心より願っています!」
「あなたが何者でも、あなたが私達の隊長であることに変わりはありません」
消えていく。
アルカナがかけた魔法ではない何か。それは、言うなれば過剰すぎる強化、とでもいうべきものだ。かけられた者は一時的にSS級も夢ではない力を得るが──その効果が切れたら、死ぬ。シンプルで、あまりにも悲しい力。
「私も祈っています。それではさようなら、隊長」
「……聞こえたの?」
「いいえ。でも、そんな感じに聞こえたので」
笑って。
最後の一人が、消えた。
「……現れる時も、消える時も一瞬だなぁ。まぁ消えるのは私のせいとはいえ」
またメイアートの殻を着て。
アルカナは、少しだけ、少しだけ上機嫌でキスキルの分体退治に参加するのであった。
人間と悪魔が空と地上をどうにかしようとしている中で、ヨウキは一匹、城の中を歩いていた。
かつてヨウキが住んでいたころの城とは趣が違うけれど、これはこれで風情のある城。
「異な事……いや、奇な事か」
呟く。
ヨウキの夢はもう終わったはずだった。フクン・ティザン含め、あの村でようやくの終わりを迎えた。そのはずだった。
だのに引き留められて、役割を与えられて。
奇妙なものだとしか言いようがない。
「フフフ、そこな狐の式鬼。ナリコの式鬼だな?」
「ククク、なんだ、主の知り合いか。お主、名は?」
「ヨウキだ。汝と殿という存在の救出に来た。存彪位はいるか?」
「それならば丁度いい。──吾の腹に式鬼城郷を作り、そこに存彪位なる神を封じてある。今すぐ吾を滅せ。それで事は終わる」
「そうか」
淡々と。
通路の奥からドタドタと駆けつけてきている男性を目にしながら、しかしヨウキは迷わない。鋭く捩じった尾で──ナリコの式鬼を串刺しにする。
「得子!!」
「……やはり、魔物は思い切りが良い。ありがたい、限りだ」
そうして。
そうして。
「……む?」
「死ぬな、死ぬな得子! お主が式鬼であることなど理解している! だが、余は、余は──のわ!?」
むくっと起き上がる。
穴だらけになった身体。ナリコの式鬼は今確実に消し殺された……はずなのに、生きている。
「フ──貰い受けるぞ、未熟者の未熟な式鬼よ」
穴が塞がっていく。幻術、ではない。何か糸のような、いや、毛のようなものが縫い合わせているようなのだ。
「汝も
「……貴女、は……誰だ?」
「ヨウキ。瑶姫と書く。昔々のそのまた昔の愚か者の名だ。覚える必要はない」
踵を返す。
目的のものは手に入れた。コレがヨウキの手にあれば、あの二人がキスキルに狙われることもないだろう。
ゆえに、あとは。
「吾が逃げ切れば良いと、それだけの話か」
吾ごと滅してくれ、など。
ヨウキにはそんな術の用意がない。できるとしたら、やはり。
「アンディスガル……フフフ、また世話になろうぞ……!」