遠吠えは遥か彼方に   作:劇鼠らてこ

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165.地塔留須座頭波土微院慰霊図度.

 さて、存彪位が本当にジパングにいた、なんてことは露知らずの三者。

 ネベトフート、フクン・ティザン、バーステットの旅は──あまり緊張感が無かった。

 

 当然ではあるのだろう。

 

「野盗ねぇ。久しく見なかったけど、即時蘇生がなくなるとこういうこともあるか」

「今までがおかしかっただけです。……誰も飢えない世界ならいざ知らず、誰も死なない世界など」

 

 ネベトフート。神でありながら、武人としての練度は最高位にある彼女。ひとたび槍を振るえば野盗の30や40敵ではない。

 

「……そろそろさ、聞いておきたいんだけど」

「はい?」

「暴走し過ぎな存彪位に対抗するために、って生み出されたアタシ達はさ、存彪位が殺されたらどうなるわけ? 言っちゃなんだけど、また勢力図が崩れるっていうかさー」

「ああ、それは問題ありませんよ。どのような道を辿ったとしても、この世界は混乱に満ち、それが収まる頃には原初の3神の話など忘れられているでしょうから。それ以前にこの世界の寿命が保つかどうか」

「ふぅん……」

 

 あるいはクロムクラハがここで統治を敷けば、また別の未来も見えるのだろう。

 まだ。

 まだ、決まりきった未来ではない。だからフクンは何も言わない。

 

「で、目的地ってアレであってる?」

「はい。ティザン、あなたは登れますか?」

「ふっふーん、恵理須にいた頃は、人間に倣って飛行魔法を使っていたからよゆー!」

「……本来は叱るべきなのでしょうが」

「あっ、あっ」

 

 行ってはならないとされていた恵理須。

 加具土命は召喚されたゆえに不可抗力だとしても、フクン・ティザンは自ら赴いたのでアウトだ。その後恵理須で罪を犯し、封印措置まで食らって死んだというのだから、バーステットも言葉が出ない。

 ただ、その生を縛る気はないのだろう。バーステットはネベトフートの肩に掴まりながら、少しばかり笑って言う。

 

「好きに生きなさい。死んでも構いません。この件が終わりを告げた時、あなた達がどのような道を辿るのか。私にはもう強制力がありませんから」

「生まれた時から命令の一つもされた覚えはないけどねー」

「恵理須には行かないように、くらいじゃない?」

「確かに」

 

 神と神と、それを生み出した神の会話。

 切り立つ崖を登りながらの和気藹々。

 

 それをぶち壊したのは、他ならぬバーステットだった。

 

 小さな黒猫の身である彼女は、「あ」なんて言って──ネベトフートの肩から滑り落ちる。

 

「ちょ、なにやって」

「マズい、間に合わない!」

 

 ふよふよ飛んでいるだけのフクン・ティザンも、両手を登山に使っていたネベトフートも、咄嗟の方向転換は無理だ。今まさにネベトフートが崖を蹴って急加速で落ちようとしているけれど、生憎と雲が出てきていて正確な位置が掴めない。

 それでも構わないと自らを射出しようとして──それよりも速い何かが自らの横を通り抜けたことに気付いた。

 

「グリーンアイビー!」

 

 雲の中から何か緑色のものがでてきて、崖へと突き刺さる。

 蔦だ。植物に関する魔法、だろうか。

 

「暴れ……ないか。良かった」

「おーい、ごめんなお姉ちゃん! その猫うちらの連れなんだ! キャッチしてくれて助かった!」

「あ……ああ。ならば頼みがある!」

「なんだ?」

「引き上げて欲しい! 安心してくれ、この蔦は縦方向にはうんと強い!」

 

 お任せあれ、である。

 ネベトフートは蔦を掴み……ふと思う。

 

 掴んで登り切って、その後手繰り寄せた方が早くないか? と。

 

「今手繰り寄せるより私達が昇り切ってからの方が効率よくなーい?」

「可能であればそうしてほしい!」

「だってさ。神に対して可能であれば、って」

「いいね。なら腕の見せ所ってことで、爆速で行くよ!」

「ぶら下げてる二人をぶつけないようにねー」

 

 その後、筆舌に尽くし難い絶叫マシンが一人と一匹を襲ったのだが、それは語られない話。

 

えはか彼

It's a story of prayer dedicated to the night.

 

 

 バーステットを助けたのは、ロティスだった。

 

「久しぶりじゃん、お姉ちゃん」

「ああ、そういう気はしないが、そうだな。……この猫は返すぞ」

「別に持っててくれても構いやしないけどさ、あんがとさん。こんなんでも一応アタシたちの生みの親でね、大事にしてるんだ」

「生みの親……? まさかバーステット神か!?」

「私はもう神と呼ばれるような存在ではありませんよ」

 

 突然喋ったバーステットに驚くロティス。子猫を抱くように、前足だけ出させて抱きしめていたものだから、それはもう驚いて放してしまう。放ってしまう。幸いまた崖の下へ、ということにはならなかったけれど、放り投げられたバーステットは空中で一回転して、飛行魔法でふよふよ浮いていたフクンの頭に乗っかった。

 

「子猫みたいに扱うことより投げる方が無礼じゃなーい?」

「からかってはいけませんよ、フクン。……エルフの子。ですが、……? あなたからは、酷く懐かしい魔力を感じます。遥か昔の……ジジフス、という名に聞き覚えは?」

「……! 長老様を、知っておられるのですか?」

「では貴女は、ロートスの一族の末裔ですか?」

「末裔……いえ。私はロートスの一族の最後の生き残りです」

「ですが……ロートスの一族は数百年と前に滅んだはず」

「はい。ですが、ダンジョンとして時を止められ、生き永らえておりました。そこをある者に助けていただき、今があります」

 

 探り探り。あるいはお見合いのような空気。

 

 耐えられなくなったのは、ネベトフートでもフクンでもなく。

 

「だぁー! 家の前でそのたどたどしい展開繰り広げるのやめるのだ! やるなら許可取ってからにしろなのだ!」

「全くだ。何を見せられているのやら、だな」

「居候は黙ってるのだ!?」

 

 切り立った崖の上。

 そこポツンと存在した家の扉がダァンと開いて、中から二人が出てくる。

 

 ピンク色のカチューシャをつけた少女と。

 幽遠な雰囲気のある衣と丸眼鏡をつけた女性。

 

 そして。

 

「居候というのなら、あなたもだけど」

「ぐはぁっ!」

 

 気怠い様子を隠そうともせずに出て来た──かつてシエナと。

 あるいはポマネイ・リコと、そう呼ばれていた存在。

 

「……神と、神と、神と、エルフ。……厄介ごとね」

「いや、厄介ごとじゃねーよお姉ちゃん。聞きたいことがあるだけだ。ここにソンヒューィっつー神は来てないか?」

「そ。来てないわ。じゃあ」

 

 そっけない様子で後ろ手を振り、家の中へ帰っていくリコ。

 追いかけようとしたロティスの前に、二人が立ちはだかる。

 

「申し訳ないけどここは通さないのだ。安寧であることを条件に彼女には()()()()()()()()()()()から、騒がしくすると逃げちゃうのだ」

「我々の計画上必須の存在でな。"灯台もっと暗いし"と言うだろう?」

「言わないのだ」

 

 ロティスとは違い、いないならいーや、と帰ろうとしていたネベトフート。

 けれど、他二人……フクンとバーステットがのっぴきならない目でこの二人を見つめる。睨みつける、と言っても良い。

 

「……久しぶりー、ぷーちゃん。あたしのことわかるー?」

「む、そのヘンな呼び方をしてくるのは……まさかフクンなのだ? ヤバい奴がいるのだ……ゲヘナ! すぐに精神系の抵抗を上げるのだ! アレは目に付いた女全員食い散らかす化け物なのだ!」

「そうなのか。だが無理だな。今私が指一本でも動かせば、そこの猫が何かをしてくるだろう」

「……外辺那? あなたが、ですか?」

 

 同じ封印措置を受けた仲間であるフクンとプリメイラ。

 そして同じ神である……あったはずのゲヘナとバーステット。

 

 だが。

 

「ご冗談を。あなた外辺那ではないでしょう」

「え!」

「……喋る猫の妄言、と聞き流すのは難しいか? プリメイラ」

「ま……まず、猫は喋らないのだ……」

 

 これはだから、最後の一人のお話。

 既に出た名前でありながら、ずっとずっと秘されていた名を持つ誰か。あらゆる人間を隠れ蓑にして生きて来た──ジェーン・Dでも、ゲヘナでもないその者の名は。

 

「エイドス。太陽の神が、なぜ夜の神の真似事を?」

「……参った、と言っておくか」

 

 

 

 

 

 かつて。

 そう、それはかつての話だ。

 恵理須での話。まだポマネイ・リコがシエナと呼ばれていて、アズサがルルゥ・ガルとそこまで親しくなくて、プリメイラがちゃんと封印措置を受ける性格をしていて、ゲヘナがすべてを隠していた頃に行われたミーティング。

 "役割の統合"に関する話題の中で出たSS級魔法少女。果たしてこれはジェーン・Dかに思われていたが、違ったのだ。

 

 エイドス。

 その名を知るのはあの場にいた者達と神々だけだろう。

 

「……エイドス? EDENを陰で操っていたっていう、あのエイドスなのだ?」

「申し訳ありません。恵理須での内情は知りませんので、どのエイドスかはわかりませんが、彼女の権能は【代替】。他人が空けた位置に収まる権能を持っています。それで何か思い当たることはありませんか?」

「あ、あるのだ! だって今ゲヘナは、梓・ライラックの話がホントなら、異空間にいるはずなのだ!」

「おいおいプリメイラ。貴様騙されやすすぎだろう。今の私はただのお巡りさんだよ」

「だったらなおさら違うのだ!?」

 

 プリメイラが、退く。隣から、離れた所へ。

 

 その様子にゲヘナは、いいやエイドスは笑みをこぼした。

 

「認めよう。私はエイドス。太陽の神が一柱だ。恵理須にいた時はSS級魔法少女もやっていた」

「……あれ? けどさ、目的地はここなんだろ? だったら」

「はい。私はエイドスに会いに来たのです。ですからそう険悪な雰囲気にならずとも構いませんよ」

「……」

「フクン?」

 

 構わない、と言われてはいそうですか、となれない。

 フクン・ティザンは【運勢】の魔法少女だ。否、神だ。その力は死したことで失われたけれど、残り香はまだ彼女の中にある。

 

 だからわかる。

 

 敵だと。

 

「不快だ」

「っ──」

「おっと」

 

 不可視の手のようなものがフクンに伸びた。それを切り上げたのがネベトフートだ。知覚はできずとも、勘でなんとかなるのが武人の理不尽たる所以だろう。

 

「さて、バレてしまっては仕方がない。この場所にポマネイ・リコがいること含め、アンディスガルに知られるワケにはいかないのだ。プリメイラ。お前はどうする。敵となるか?」

「……"ついに正体を現した太陽神は言う。「少しばかりの考える時間をやろう。塵芥共にとっては必要な事だろうからな」と"!」

「レイの劣化権能など効きはしないが、いいだろう。話し合いでもなんでもするといい」

 

 一目散にロティスたちの方へ駆け寄ってくるプリメイラ。その様子に危険はないと断じたのか、フクンの警戒はエイドスにだけ向けられている。

 

「こ、ここには何用なのだ? 用がないなら逃げるのだ!」

「ああいえ、彼女は存彪位と知り合いですから、ここにきている可能性を賭けただけです。いないのであればすぐにでも帰ります」

「じゃあ帰ろうなのだ!」

「……すまないが、私は私で別の用がある。帰るのならばあなた達だけで済ませて欲しい」

 

 そう協調性のないことを言うのはロティスだ。

 無論それもそのはずで、ロティスはついさっきネベトフート達に合流したばかり。バーステットの目的など、彼女には関係がない。

 

「な、何用なのだ。場合によってはこのプリメイラ様が片付けてやるのだ」

「ここにはヒースウェルガーという妖精がいたはずだ。それがどこに行ったか知らないか?」

「ヒースウェルガー? ……あー、恵理須で聞いたことがあるような、ないような……のだ」

「フルオブズヴィトニー、ジョームンガンダーに並ぶ魔物だよ、ぷーちゃん。随分と昔……ああ、恵理須での、私の代でいう昔に姿を消したと伝えられていたけれど、まさかこっちに来ていたとはね」

「魔物、なのか? 妖精ではなく」

「うん。だからもう討伐されちゃったか、どっちにしろここにはいないんじゃないかなー」

 

 そうか、と肩を落とすロティス。プリメイラはフクンに向かって「ナイスなのだ!」という目線を送る。

 

「一つだけ、良いですか、エイドス」

「む? ああ、構わないが。……ああ、お前バーステットか。今更気付いたよ。弱くなったな」

「ええ、もう何もできません。それで、質問ですが」

 

 だから、だから、プリメイラは本当にやめてほしかった。後生だからやめてほしかった。

 自分の事情なら全部話すから本当にやめてほしかった。

 

「エイドス、あなたとソンヒューィ、そしてキスキルは、何の契約を交わしているのですか?」

「……相変わらずだな、バーステット。馬鹿のフリでもしていれば見逃してやっていたものを。そこまで知られているのなら見逃せなくなったではないか」

 

 ばさり、ばさりと。

 羽ばたきが聞こえる。見上げるほどの空にそれがいる。

 

「ほら、お望み通りのものをくれてやろう。──行け、ヒースウェルガー。久方ぶりの魔法少女だ。神もいると来た。存分に食い散らかせ」

 

 突風が──来た。






エイドスの名前は66話が初出です。是非探してみてください。
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