遠吠えは遥か彼方に   作:劇鼠らてこ

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二十五、天理編
166.韻地合歓負不地御土負不初図柁無.


 ジョームンガンダーは滅びの酸。フルオブズヴィトニーは死の氷。

 そして今、ネベトフート達に激しい風を叩きつけているヒースウェルガーもまた、特異な特徴を有している。

 

「……こりゃマズイね。フクン!」

「死なないでね、寝覚めが悪いからさ!」

「あいよ」

 

 その特性を瞬時に察したネベトフートがフクンに合図を出す。この二人はもうツーカーの仲だ。ゆえに細かい指示など要らず、フクンはバーステットとロティスを持ち上げて大きく退避する。

 いつもはおちゃらけているけれど、プリメイラも歴戦の魔法少女の一人だ。危機感の察知はお手の物なのだろう、何を言うまでもなくゲヘナ──エイドスのとは別方向に退散した。

 

 残されたのはネベトフートとエイドスと、吹き荒れる風だけ。

 

「"過密の風"。不可視であり圧力であり、つまり風としての特性は失われていないけれど、同時に水よりも重く強い、か」

「あまりあっさり見抜いてくれるな。ヒースウェルガーが自信を失くしてしまうだろう」

「相当鍛えてなけりゃ立ってることさえままならないレベルの風圧は大したものだけどさ。後ろのみたいなヒョロヒョロは倒せたとして、アタシみたいなのは無理だよ」

「まぁそうだろうな。そもそもが単なる魔物だ。魔法少女はいくらでも食い殺せようが、神々となると話が違う。だが──そこに私が手を貸してやれば、それこそ話も違ってくるものだ」

 

 吹き荒れる突風。何かが強化されたものとみて強く強く足腰に力を入れたネベトフートは、けれど寸前で回避に思考を切り替える。

 果たして、それは正解だった。

 数瞬前まで彼女がいた場所。そこにあった草木花々の全てが──死滅している。

 

「よく避けた。そうだ。貴様が今感じ取った通り、今の風は、その全てが【即死】だ」

「……同じ太陽神だからってなんでもありすぎじゃない?」

「レイの劣化権能程度、【代替】に何の苦もない。ただまぁ安心しろ。本家本元アンディスガルのものほど理不尽ではない。ただ風の形をしていて、ただ神々をも殺し得るというだけの、ただそれだけの性能だ」

 

 ネベトフートは歯噛みする。

 実は近接攻撃メインな彼女にとって、【即死】及びそれの派生魔法は天敵である。

 梓・ライラックの場合は「その前に」本体である彼女を殺し切ればよかったので対処は容易だったが、相手が未だ実体を見せない風であるとなると話が変わってくる。

 ここは一時撤退するべきか、なんて考えが頭に過る。

 

「──"しかし疑念が残る。本当にあれが死を孕む風だというのならば、彼の者は何故死滅しないのか。あれを死へと変貌させた太陽神。その死を纏う風の王。導き出される答えはただ一つ"──」

「なんだプリメイラ。貴様、完全に敵対するのか?」

「お前が自分をゲヘナだと言うから信じてついてきたのだ! でも違うのなら──このプリメイラ様を騙した罪は重いのだ!」

「そうか。ならば貴様から死ね」

 

 羽ばたきと突風がプリメイラに向かう。

 彼女の【帰述】は強力な魔法だけど、立ち上がりの遅い魔法でもある。

 死を孕む風。それに対し、元より基本的に後方支援型として戦って来たプリメイラに為す術などあるはずもなく。

 

「エル・ヒ・ボム!」

 

 その眼前で爆発した爆弾が、爆炎と共に命を散らした。

 投擲したのはロティスだ。

 

「ん? なんだ? 何故こいつを助けた、エルフ」

「妖精が神に使役されている。それがおかしな状況であるということくらい私にもわかる」

「ほう」

「そもそも、私がここに来たのは、ここで妖精たちを見守っていたヒースウェルガーの安否を確認するためだ。……彼女に何をした、太陽神」

「私の問いの答えになっていないが、まぁいいだろう。何をしたか、と問うたな。答えをくれてやる」

 

 顔色一つ変えずに。

 エイドスは、さも当たり前であるかのように。

 

「殺したよ。今ここにいるのは、精神体を【代替】されたヒースウェルガーの死体だ。なに、先に逝ったジョームンガンダーとフルオブズヴィトニーのもとへ送ってやったんだ。ヒースウェルガーも浮かばれるだろうさ」

「そうか」

 

 殺意の籠った一矢がエイドスへと飛ぶ。

 けれどそれは、寸前で風に遮られた。

 

「危ないな。当たったら死んでしまうぞ?」

「全然、そのつもりだけど!」

 

 槍の穂先。

 それもまた直前で止まる。こっちは持ち主が止めたのだ。自身に迫る風を察知して。

 

 ただ、隙ができたのは事実。その隙をついて、プリメイラはバーステット達のいる方へ向かう。

 

「ぷーちゃん。ネベトフートを【即死】から保護できる展開とか思いつかないー?」

「今考えてるけど、【即死】とかいう理不尽魔法強すぎるのだ……梓から【即死】の弱点とか聞いておくべきだったのだー!」

「【即死】に弱点などないでしょう。夜の使徒、あるいは大魔王アンディスガルの権能。それは即ち、万物に本来ならば存在する死と同義のもの。仮にあるとするのならば、それは担い手の隙でしかありません。そしてそれは、先ほど貴女が見抜いた通りのものと思われますよ」

 

 プリメイラが見抜いた弱点。

 そうだ。【即死】の風は何故かエイドスとヒースウェルガーに効果を及ぼしていない。どちらも元来の使い手でないにも関わらず、だ。

 なれば何か絡繰りがある。

 そしてそれはプリメイラが辿り着いていたはず。

 

 フクンもバーステットも、目線こそ向けないがネベトフートもロティスも。

 プリメイラに期待を寄せる。

 

「あ、いや、あれは……その、所謂"投げっぱなし"という奴なのだ。作者はまだ思いついていないけれど、キャラクターが思いついたことにして、あとはその場の流れで解決策を……だ、だってネベトフートは神なのだ!? というかあのエルフとシエナとプリメイラ様以外神なのだ! 何か思いついて当然なのだ!」

「宝の持ち腐れとはまさにこのことだな。【帰述】が報われん」

「うるさいのだそこ! ──けどまぁ、プリメイラ様が無能だと思われるのは癪なのだ」

 

 中空をペンが走る。それは音として紡がれ、事象となって世界を織る。

 

「──"夜の神の子は気付くだろう。その手に持つ槍が【終焉】の息吹を纏っていることに。これなるはレイの権能に非ず。かつて空を征った難陀の咆哮。その偽証。ある意味においてそれは【即死】の【代替】であるが故に、【即死】を切り裂く刃とならん"……っ」

「大丈夫ですか?」

「え、ぷーちゃんもしかして魔力切れ? 今の魔法そんなに魔力持ってくの?」

「……わかっていた、ことだから……大丈夫、なのだ。ふぅ……他人の魔法の再現は、普段の数百倍の魔力を持ってかれるのだ」

 

 いいや、他人の魔法の再現などプリメイラにはできない。それを可能としたのは安藤アニマの疑似魔法だけであり、彼女が行うそれが成功した事など一度もなかった。

 ただ、【終焉】だけは別である。

 この魔法はレイの劣化権能ではない。シエナ、ゲヘナ、安藤アニマが研究し開発した、いわば人工の魔法。無論そんな暴挙が許されたのは梓・ライラックの肉体と難陀竜王の精神体があってこそではあるが、劣化再現ならばレイの権能程難しくはないのだ。

 

 ただし、十分ではない魔力で編まれたそれの効果時間は一瞬。

 

「十分!」

 

 突風が切り裂かれる。不可視の肉体が突き刺される。

 エイドスは見誤っていた。ネベトフートという神がどれほどのポテンシャルを……武人としての極致にいるのかを。

 見えていなくとも、察知できていなくとも。

 勘だけで全力を揮い得る──それが武人である。

 

 果たして。

 

「……ち」

 

 べしゃ、と音を立てて、巨大な鳥が地面に激突した。

 喉を一突きにされたらしい鳥──ヒースウェルガーは、何を言い残すこともなく沈黙する。

 エイドスの言葉が正しいのであれば、もううんと前に死んでいるのだから、当然だった。

 

「これだから魔物はアテにならん。……わかったわかった。私はこの場から退く」

「待ちなさい。エイドス、私の問いに答える気はないのですか?」

「問い? あぁ、私がソンヒューィ、キスキルと何の契約をしたか、か」

 

 ヒースウェルガーが死したことを見るや、すぐに撤退の素振りを見せていたエイドスが、しかしふむ、と考える様子を見せて、そして言う。

 

「具体的な話は言わないが、そうだな。──アンディスガルを殺すための準備、とでも言っておこうか」

 

 言った。

 言って、消えていく。如何なる手段か、その姿は靄と化し──その場から完全に消失した。

 

 

えはか彼

It's a story of prayer dedicated to the night.

 

 

 それで。

 

「……」

「……」

「……」

 

 ロティスの目的であったヒースウェルガーは死していた。だからロティスの目的は消えた。

 バーステットの目的であったエイドスは逃げた。だからバーステットの目的も消えた。ネベトフートとフクンはバーステットについてきただけだから、この二人に主体性はない。

 つまり元の目的を失った者達ではあるのだが、それはさておき。

 

「……いつまで居座る気?」

「そうですね。どうするべきでしょうか」

 

 シエナ。そう呼ばれた女性のことは、あらかたアンディスガル達から聞き及んでいる面々。

 だからおいそれと帰ることができない。あわよくば何か情報を、と考えるのは普通のことだと言えた。

 

「何か。……何か情報を欲しているのなら、他にあたって。私にはもう、何もないから」

「そ、そうなのだ。シエナはもう黒幕とかじゃないから、今回のソンヒューィ騒動においては蚊帳の外なのだ。だから帰るのだ!」

「でもさっきついてきてもらってる、とか言ってたよな?」

「ギク」

 

 騙されやすく、嘘が分かりやすく、動揺が顔に出やすい魔法少女No.1。

 それがプリメイラである。

 

「……私から話すことは何もないけれど、貴女の目的を話す分には問題ないでしょう。勝手にして」

「あー。……まぁ、敵では、ないし。騙されていた側だから……わかったのだ。話すのだ」

 

 では、と前置いて、プリメイラは亜空間ポケットから──ホワイトボードを取り出す。

 そしてそこに何かを描き出した。

 

 プリメイラは文字書きだけど、絵もそこそこに上手い。そんな彼女が描いたのは、翼の生えた鼬。

 

「──大魔王アンディスガルの分散作戦。それが、エイドスに言われていた作戦なのだ。ただ最後の言葉を聞くに、討滅作戦の隠れ蓑だったっぽいのだ」

「……梓の」

「作戦内容は至って簡単なのだ。現在アンディスガルの巨体を構成しているのはほとんどが冥界の魔力なのだ。ゆえにアンディスガルから冥界の魔力を奪ってしまえばアンディスガルは弱体化する。ただし冥界の魔力なんてこのプリメイラ様を以てしても易々とは扱えないから、シエナの協力で、シエナの作る機構で分散を図る予定だったのだ」

「はいはい、ぷーちゃん。質問しつもーん」

「なんなのだフクン」

「一応さー、ぷーちゃんもこっち側っていうか、あーちゃん側だったわけじゃん? なのになんであーちゃん弱体化作戦なんてのに協力してたの?」

「のだ? それはむしろフクンの方が分かっているはずなのだ。世界各地に予言を残したのはフクンの方なのだ」

 

 予言。

 ──世界を壊し尽くす大魔王の予言。

 

「あー」

「もし今この世界が壊し尽くされちゃったら、ここに住まう命も、この世界でしか生きられない命も、みんな死んじゃうのだ。状況が違えば……たとえば前にソンヒューィが言っていた通り、ここの命が全て再現映像だった、というのならそれでもいいのだ。でも違うってわかった今、させないように動くのは当然なのだ?」

「ですが、実態はアンディスガルの討滅が目的の作戦でした。つまりこれを実行すれば、アンディスガルは弱体化に留まらず、その命を散らす可能性が高い。プリメイラさん。貴女はこれを受けて、どう動きますか?」

「そこはまだ考え中なのだ。プリメイラ様にとっても梓は恩人だから、殺す、なんてのはしたくないのだ。というか梓を殺したら周りが怖すぎるのだ。けど、このままにしておくといつか梓がこの世界を殺すのだ。多分それは梓の意志に関係なく、予定調和に殺すのだ? それもそのままにはしておけないのだ」

「……成程。理解しました。そして、困りましたね。あの予言はフクンがまだ運命に干渉できていた頃に残したもの。つまり誰も抗えない絶対性を有しています。よってアンディスガルは予言通り世界を壊し尽くすでしょう。ただ、ここで考えるべきは彼女をどうするか、ではなく、どのような手段で世界を壊し尽くすのか、だと思います」

 

 ぴく、と眉を上げたのはシエナだ。

 興味がない素振りで、ちゃんと話を聞いているらしい。それに気付きながらも、バーステットは変わらぬトーンで続ける。

 

「どのように、って。普通に壊し尽くすのだ?」

「仮に、です。先日のようにアンディスガルとソードマスターが暴れまわったとしても、世界はそう簡単に壊れませんよ。彼女の権能を考えれば生物が死滅する、まではあり得るでしょうが、世界を破壊するには至りません。そして、生物を殺し尽くす、という予言ではない以上、生物が必ず死に絶えるということもないでしょう」

「た……しかに。……のだ?」

「フクン。どーやって壊し尽くすのかは予言できなかったのか?」

「そーいう細かいとこまで予言できたらふーちゃんは封印されてなかったんじゃないかなー、って思うんだよね」

「使えないのだ」

「ぷーちゃん程じゃないかな」

「ネベトフートがヒースウェルガーに勝てたのはあたしのおかげなのだ」

 

 封印措置の魔法少女同士。

 いがみ合うのは当然だ。どちらも我が強すぎる。

 

「あれ、けどさ、バーステット。フクンの予言って確か5歩目に世界の全てを殺せ、ってフレーズが入ってなかったか?」

「や、やっぱり殺されるのだ?」

「"魔王が来る。魔王が来る。世界を壊し尽くす大魔王が来る。予言の子。予言の日。全てが終わる刻。すべてが無に帰す時。訪れぬ安寧を齎す者よ。安寧とは眠り。永久なる眠り。4歩進んで世界を壊せ。5歩目に世界の全てを殺せ。"……っていうのが、あたしの予言だよ」

「ふむ」

 

 殺し尽くすとは言っていない。だが殺せとは言っている。 

 楽観的に見るのも難しいラインだ。

 

「シエナさんの作る機構とやらを、アンディスガルを殺さない程度で止められるような仕組みにする、というのは不可能なのでしょうか」

「ど……どうなのだ、シエナ」

「私から話すことは何もないと言ったはず」

「そうですか」

 

 取り付く島もないシエナ。

 力尽くで、と動こうとしたネベトフートをフクンが止める。

 

「わかりました。この話は一旦持ち帰らせてもらいます。ロティスさん。私達はアンディスガルのもとへ戻りますが、貴女はどうしますか?」

「私の用事もほぼすべて終わった。共に帰る」

「ではプリメイラさん。貴女がアンディスガルを殺したくないというのならば、彼女から目を離さないようお願いします。ただし、エイドスが再度攻めてきた場合はその限りではありません。命を大事にしてください」

「……わかったのだ。事の発端は騙されたプリメイラ様にもあるのだ。あたしもあたしで、全力を尽くしてみるのだ」

「お願いします」

 

 収穫はあった。

 エイドスの存在の露呈とその計画。

 ソンヒューィこそ見つけられなかったものの、十分な働きであると言えるだろう。

 

 して、拠点へと帰った彼女たちが知るのは、彼女らが持ち帰った収穫のさらに上を行く様々になるのだが──。

 

 それはまだ誰も知らない話である。

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