世界言語が紡がれる。
しかしそれは、停滞という事象によって阻まれることとなる。
「……ダメか」
「ザグルスさんの世界言語もダメ、物理攻撃も一切通らないですねー。うーん」
ミサキとユノン。
夢の世界アルシナシオンからいち早くに目覚めた二人は、ルルゥ・ガルやザグルス達ととあることに挑戦していた。
とあること。
「外に出られない……これでは調査もままならん」
即ち始の点の外に出ること、であった。
無論、素のままの状態でミサキやユノンが外──冥界に出れば、冥界の魔力によっていずれは死んでしまうのだけど、そこはザグルスの力添えで多少はやりくりできる。その猶予時間を用いてハキタやレイらに梓達の、アルシナシオンの現状を伝え、助力を乞う……というプランだったのだが。
だが、である。
出られない。始の点の外へ干渉する力の全てが停滞し、固まってしまうのだ。
「停滞……時間のずれが起こす境界線の壁か」
「はい。これは推測になりますが、恐らくこの始の点の時間は五千倍程の遅延がかけられていて、通常速度の外の世界とのずれが生じてしまっているように考えられます。こちらの世界から外の世界に干渉するためには、同じく五千倍の時間をかけなければならない、と」
「何かほかに手段はないのか?」
「世界言語及び魔物による攻撃が意味を為さないとなると、あとは神々の力に頼るほかありませんが……」
「ウィドアルの馬鹿が一回でも会いに来てれば気付けたでしょうけど、あの馬鹿まだ一回も来ていないから無理ね」
為す術無し。
クロムクラハがいない今、実質的なトップであるザグルスも、魔物を束ねるルルゥ・ガルでもどうにもできないとなると、魔法を失った魔法少女など本当になんでもない。
「だが、私達の意識がアルシナシオンから戻って来た事実がある以上、繋がりは失われていないはずだ」
「精神体を扱えるヤツ、いないじゃない。あ、私がやってきてたのはアニマの疑似【幽拐】があったからだから。私には無理だから」
「あれ? でもルルゥ・ガルさんって精神体なんじゃないでしたっけ」
「……まぁそうだけど、精神体の全てが精神に干渉できるってわけじゃないもの」
「魔物にはいないのか? 精神に干渉できる奴は」
「いるにはいると思うけど、少なくとも私は知らない。私が距離関係なく意思疎通できるのはボスたちだけ。他のコは、直接訪ねてみないことにはわからない」
なら、話は簡潔である。
「まずはブゥリとアームドゥラから、が妥当か。あの子なら何かを知っているかもしれん」
「お気を付けを。争いを禁じているとはいえ、今縛りを設けることができるのは私ただ一人。数での一斉蜂起などが起これば、あるいは、ということもあります」
「アナタね。自分も魔物だってのに、魔物を馬鹿にしすぎじゃない? みんなその辺の区別はしっかりできてるし、そもそも輪廻の車輪がなくなったんだから魔法少女を食べたりしないわ」
「いつの時代も、何の理由がなくとも魔物の精神を逆撫でるのは人間の特権ですから」
ザグルスがこの場を離れることはない。
だから。
「む? 何をしているんだ、ルルゥ・ガル。早く来い」
「……はい?」
「貴女がいないと人語を解さない魔物と意思疎通できないじゃないですか。早く来てください」
「……頭おかしいの? 私は別に外と連絡できなくても構わないし、魔法少女が起きなくてもどうでもいいんだけど」
「アズサがあと五千年起きないとしてもか?」
「……。……ヤな奴」
ちゃんと。
ちゃんと純朴ちゃんとの関係は大事に想っているルルゥ・ガルは、その重い腰をあげたのだった。
始の点の探索……とはいえ、内部地図などもう全員頭に入っている。
どこにどの魔物が住み着いているのかもある程度把握しているので、少しでも気性の荒い、あるいは荒れている可能性のあるフロアには近づかず、セーフティーゾーンを見極めて進んでいく。
「私達には感じ取れないことだから聞いておきたいのだが、ウィドアルは壮健なんだな?」
「多分ね。冥界に来てから一度も会ってないから断言はしないけど、繋がりが切れたら流石に分かる。それで繋がりがまだあるから、大丈夫なんでしょ」
「その繋がりを辿ってウィドアルさんに連絡を! というのはできないんですか?」
「夜の使徒がどうかは知らないけど、風の使徒はそこまでの権限を持ってないの。なんというか、ウィドアル自身が湿っぽい奴だから分かりづらいと思うけど、基本アイツは恵理須の中を駆け巡る風で、私達に何かあればすぐに感じ取れるような奴だったから……私から何かを、ってより、アイツから訪ねてくることの方が多かったのよね。というかそれが大半だった」
「使徒、か」
道中の雑談。
もう隠すことでもないからか、聞けば大体を答えてくれるルルゥ・ガルをいいことに、半ば質問攻めの形となっているミサキとユノン。
「何よ。使徒になんか……ああ、それこそ夜の使徒か。貴女の想い人」
「まぁ、そうだな。だがそれを抜きにしても、私達は神々や使徒についてよく知らん。確か、あのメイアートとかいうのが太陽の使徒で、梓が夜の使徒、そしてお前が風の使徒」
「梓・ライラックが、というよりはアンディスガルが、だけどね」
「はい! 質問です! 前々から気になってたんですけど、梓さんがアンディスガルというのは、実際のところ、具体的にどういうことなんでしょうか!」
足を止めるルルゥ・ガル。
ふむ、と口元に手を当てて、言葉を探す。
「詳しいことはわからないけど、私の推察でいい?」
「構いません!」
「じゃあ、そもそもの話だけど。神々にはそれぞれ最低一匹の聖獣……ゲヘナであればソテイラ、ウィドアルであれば私、みたいなのがいるのよ。まぁ今日に至るまでの過程で命を散らしてしまうのもザラでね。レイの聖獣とかはずっと昔に死んじゃったらしいわ。良く知らないんだけど」
「では、ハキタの聖獣がアンディスガルなのか」
「うーんと、そこも微妙な話なんだけど。ハキタはずっと、長い間聖獣の役割を浮かせていたらしくてね。"アンディスガル"という聖獣の役割は手元に置いてあるけど、そこに収まるべき存在がずっといなかった、っていうか。けど13から15年前? そのあたりで、ようやくハキタがアンディスガルを創り上げた。それが今のアンディスガルよ」
「正しく梓さんの生まれた年っぽいですね、それ」
梓は魔法少女になってから1年の時を経た、元13歳の少女。
その幼さは、けれどここにいる誰もが感じたことの無いものである。
「で、そのアンディスガルは死を司っていて、同時に
「途端に俗っぽくなったな」
「役割的にそう、というだけだから。でも、アンディスガルの本体は翼の生えた巨大な鼬なわけで。その姿で恵理須には来られないでしょう? 何よりアレ、死の塊だから存在してるだけで危ないし」
「あ、もしかしてルルゥ・ガルさんも本体はでっかい魔物だったりするんですか?」
「しないし、魔物じゃない。で……えっと、そう。だからハキタはアンディスガルのために人間の身体を用意した。それが梓・ライラックよ。ただそれは……それこそ純朴ちゃんみたいな人工的な肉体というわけじゃなくて、そういう存在が生まれる運命にした、というのが正しいかしら。梓・ライラックは正しくライラック家の子供だし、その子供の魂を押しのけてアンディスガルが入った、とかじゃないけれど、彼女が生まれる運命は決まっていた、みたいな」
そこまで語ってから、ルルゥ・ガルは「あ、多分ね?」と付け加える。
「今のはウィドアルの話を聞いて私が考察したものだから、全てがすべて正しいとは限らない。ただ使徒というのはどこもそう変わらないはずだから、特殊な生い立ちである部分を除けばそこまでおかしなことは言っていない、はず」
「成程です。……ちなみにこれは答えたくなかったら別にいいんですけど、ルルゥ・ガルさんは最初から精神体だったんですか?」
「……実を言うと私も特殊な生い立ちなのよ。元々私は……ええと、死にかけていた魂、だったらしいの。人間のものでも魔物のものでも魔法少女のものでもない、ただまだ死んではいなかった魂。それが偶然ウィドアルの目に留まって。で、ウィドアルもウィドアルで目の前で自分の使徒を亡くしたばかりで傷心中だったみたいで」
「それは、死者蘇生ではないのか?」
「だから死んでないって。肉体を失くして消えかけていたのは事実だけど、決して死んでいなかった私を保護するために、ウィドアルは自らの使徒を材料にした人形を作ったの。それが今の私の身体」
だから、元が精神体かどうかは知らないのよね、なんて独り言ちるルルゥ・ガル。
「そんなわけで、私はそこからウィドアルの使徒になったのよ。ルルゥ・ガルという名前も……まぁ、元々の使徒の名前から取った名前でね。私は自分の事を覚えていなかったから。ただ同じ名前だと、ウィドアルが湿っぽくてウザかったから」
「ちなみに何て名前だったんですか? 私達も知ってる魔物ですか?」
「何万年も前の話だから、絶対に知らない」
「おおっと! これは舐め腐られてますね! これでも私は博識なんですよ!」
「アールルゥ・ヘズナガルよ。ああ、そう呼ばれても反応する気無いから」
「知りませんね!」
「でしょうね」
呆れ返っているルルゥ・ガル、溌剌とアホな発言をしているユノン。
対し、ミサキは信じられないものをみるかのような目でルルゥ・ガルを見ている。
「アールルゥ・ヘズナガル、だと?」
「……なによ。知ってるはずないんだけど」
「いや、知っている。……アールルゥ・ヘズナガルは、私の名付け親だ。育ての親でもある」
「はぁ?」
今度こそ一行は完全に足を止める。
「あのね。私がアールルゥ・ヘズナガルになったのは、さっきも言ったけど何万年も前なの。貴女そんな歳じゃないでしょ」
「ああ、魔法少女歴を加算しても全く届かない」
「で、私は貴女を育ててはいない。だから、似た名前だったってだけじゃないの?」
「いや、アールルゥ・ヘズナガルという名は間違いない。捨てられていた私を拾い、育てたのが師匠だ。……アレが偽名を名乗っていた、という可能性はあるが」
「少なくとも恵理須においては、名前被りは発生しない──って、今考えたらおかしな話でしたね!」
「それは神々が管理しているから……だから、そうね。やっぱり偽名か、騙っていたか。でもアールルゥ・ヘズナガルを騙って何になるの?」
恵理須において同じ名前の存在というのは存在しない。
それは役割が……たとえ魔法少女でなくとも、恵理須から賜る極小の役割をそれぞれが担っていたからだ。だからディミトラとディミトラ、梓とアズサは最終的にどちらかが改名することになった。同一世界に同一の名前は存在できない。
それは"法則"だ。
「アールルゥ・ヘズナガル、という神の使徒は、どんな役割を担っていたんですか?」
「ん-。まず風への改宗勧誘と、輪廻と使命の遂行ね。それは転じて元の物を別の物に変化させる【錬金】という権能にもなってたわ」
「私の師は錬金術師だ」
「ルルゥ・ガルさんが忘れているだけで、実はミサキさんを育てていた、とか!」
「ないわ」
「ないな。記憶にある師匠の姿と違う。声も違う」
「そもそも私は【錬金】使えないし。……同じ名前の、同じ特徴を持つ、全くの別人、か」
「……」
「あ、ミサキさんも思い至りました?」
ふと、浮かんだ。
そういえば。
「ゲヘナ。……アルシナシオンにいたアレは、何か関係があるのか?」
「ああ、夢の世界。それこそそっちにアールルゥ・ヘズナガルはいなかったワケ?」
「無論いたし、会った。だがお前とは似ても似つかなかったぞ」
「じゃあソイツなんじゃない? フクン・ティザンもアニマもアルシナシオン出身なんでしょ? ならソイツが出張ってきててもおかしくないじゃない」
「ということは、アルシナシオンのアールルゥ・ヘズナガルさんも風の使徒なんでしょうか? あっちはつまり、ウィドアルさんの目の前で死ななかったアールルゥ・ヘズナガルさん?」
「蓋を開けてみれば簡単な話だったわね。ま、あっちの世界のアールルゥ・ヘズナガルが何をしにこっちに来ていたのかはわからないけど、神の使徒がやることなんて大体そんなものよ。常人には理解できなくて普通だから」
「……引っかかるが、まぁ、そうだな。……すまん、時間を取った。ブゥリの元へ急ごう」
「ちょっと怖いですねー。目的の分からない神の使徒が、目的を隠したままに梓さん達のそばにいる、ってことですもんね!」
「……一刻も早くこの檻から抜け出る手段を探そう。私も何か、イヤな予感がしてきた」
「とことん信用無いわね、あっちのアールルゥ・ヘズナガル」
さて。
真相は如何に。