遠吠えは遥か彼方に   作:劇鼠らてこ

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168.暗得楠伯苦手取負不差婆図不応琉韻羅武.

 不義理であることは自覚している。不透明であることは理解している。

 それでも──それでも、シエナは。ポマネイ・リコは、魔法少女や神たちに己を明かすことができなかった。

 

 もうわだかまりが無い、なんてリコの口からは到底言えた言葉ではないけれど、ザグルスのこととか、シエナのこととか、……梓のこととか。少なくとも話し合いの余地がある、ということはわかっている。

 彼女だって紛う方なき恵理須のリコで、アルシナシオンのリコではないのだから。

 

 それでも。

 

「はぁ……」

「つ……疲れているのだ? ココア、飲むのだ?」

「ああ……そうね、貰おうかしら」

 

 先の騒ぎが収まって、静寂の訪れたここ──かつては飛鷲の巣と呼ばれていたそこで、どこかよそよそしいプリメイラと二人になる。

 無論、リコからしてみればプリメイラは追い出してしまいたいのだけれど、彼女の【帰述】は色々と役に立つし、何より──。

 

「ココアなのだ! あ……え、えっと、あたし何かしたのだ? そそそ、そんなじっと見つめられると怖いのだ!」

「……いいえ。なんでもないわ」

 

 外辺那と名乗っていた神。本来の名をエイドスというらしい太陽の神に連れられ、リコとプリメイラはここに来た。

 遂行せんとしていたのは『アンディスガル分散計画』──そちらも本来を『アンディスガル討滅計画』というらしいそれは、リコの目から見て「実現可能であるもの」に分類される。

 問題があるとすれば……『分散計画』ならまだしも、『討滅計画』には参加したくない、という点だろう。

 

 色々があった。色々なことがあった。

 思うところはもちろんあるし、それは相手……数多の魔法少女からもそうだろう。だけどそれでも、リコはもう。

 

「……ねぇ、プリメイラ」

「な……なんなのだ」

「あなたは、梓・ライラックを……アンディスガルを、殺したいの?」

「……普段なら言い淀むのだ。でも、こればっかりはハッキリ言うのだ。あたしは梓を殺したくないし、どうにかして、どうにか頑張って……()()()には、幸せになってほしいのだ」

 

 あの子には幸せになってほしい。

 ああ、なんて真っすぐな言葉だろう。

 

 そうだ。リコもプリメイラも、十二分に長い時を生きた者。魔法少女の精神年齢というのはそうなった時に止まるものではあるけれど、それでも生きた年数は経験となって積み重なる。

 母性、あるいは老婆心が芽生えるのだ。

 だから……いずれ「使う」とわかっていながら、リコはあのガーゴイルに「シエナ」の名を与えたし。

 だから、いずれ「使う」とわかっていながら、あの人工魔法生命体を人間のように扱った。

 それが余計酷な運命を生むのだとわかっていても、そうせざるを得なかった。

 

 だってリコは、元々が母親だから。

 

「あたしからも、聞いていいのだ?」

「答えるかどうかは別だけれど」

「それで構わないのだ。……その、残酷な質問になるのだ。一応前置きだけしておくのだ」

「ええ」

 

 プリメイラはうつむき加減の顔で問う。

 

「会いたく……ないのだ? 折角、ようやく、ザグルスと過ごせるようになったのに……この世界に」

「……はぁ。本当、とても封印措置を受けた魔法少女とは思えないほどに情緒が育って……」

「まだ言い切ってないのだ! だから、この世界に」

「それ以上は」

「言い切るのだ! 言い切らないと、曖昧になってしまうから。──ようやく娘と共に幸せを掴めるチャンスをふいにして、この世界に根を張ろう、なんて……悲しくないのだ!? それが……確かにそれが、この世界存続に必要なことだとしても、あたしは!」

 

 まっすぐな言葉だった。

 ひねくれ続けて生きて来たポマネイ・リコを、真正面から否定し、肯定する言葉。

 

 ザグルス。魔物に名を奪われた娘に、会いたいか、会いたくないか。

 

 そんなの──。

 

「……当然、会いたいわ」

「なら!」

「でも……無理、じゃない。『アンディスガル分散計画』において、確かにエイドスは目的を偽っていた。けれど私とあなたの役割は変わらない。大魔王アンディスガルを弱体化させて、この世界を守るためには……私が帰ることなんて」

「ッ! "彼女は秘す。心をひた隠す。けれど、零れ出でるものもある。それは愛であり慈しみであり、彼女の本当のコトバだ。唯一無二の、母親の言葉であった"!」

 

 エイドスには効かずとも、神でも何でもないリコには効く。【帰述】。レイの劣化権能。

 事象を書き換える能力を持つその魔法は、精神にも行動にも、万事万象に対して凶悪なまでの強制力を持つ。

 

 だから、止まらなかった。

 止められなかった。意志の力でどうにかなるものではなかった。

 

「──会いたい。会いたい。会いたい。だって……ずっとずっと、本当にずっと……待ったのよ。そのためだけに数多を犠牲にして、そのためだけに非道を働いて。どれほどから憎まれたか。どれほどから死んでほしいと願われたか。それを他者のせいに、運命のせいにするつもりはない。けど、けど、けど……ッ!」

 

 口を押さえても、閉じようとしても、無理矢理に肺から空気を失くそうとしても止まらない。

 

 声が出る。本音が出る。

 言葉が出る。

 

「会いたくないわけがない……!!」

「──では、もし。同じく贖罪の意味で私があなたに手を貸すことは、ずるいこと?」

 

えはか彼

It's a story of prayer dedicated to the night.

 

 一瞬で臨戦態勢へと移るプリメイラ。反対に、何の反応もしないリコ。

 出てくることが分かっていたから、ではない。

 仮に、突然。誰かに、何かに理不尽に殺されたとしても……仕方のないことだと思っているが故の無反応だ。

 

 突如空間を破って出て来た者。それは。

 

「……レーテー、なのだ?」

「はい。長らく息を潜めていたけど、ここが契機と見定めた。……真相はアンディスガルたちに話す。だから、プリメイラ。頼み事がある」

「あたしに?」

「そう。──ポマネイ・リコの本音を、もっと暴き出して欲しい。私は己の罪悪感を埋めるためだけに、彼女の願いを利用しようと思う」

 

 もう、あんまりにも堂々と言うものだから、あんぐりと口を開けてしまうプリメイラ。

 ただリコの行動は早かった。()()()()()はさせまいと逃げ出そうとし──足を【亜空】に飲み込まれる。

 

「ッ……!」

「巻き込んでしまった数多の魔法少女への贖罪。傷つけた心への謝罪。そして……幼稚な神の一人遊びに付き合わされた私からの、反抗」

「……あたしが心を暴いたら、ハッピーエンドになる、のだ?」

「してみせる。……今、元凶である私と、あるるらら、そしてその二人を操っていた存彪位が捕らえられている。エリスも保護され、唯一の懸念点であった落とし子エイトスもまた自由意志を得た。……最後の懸念点はジェーン・Dだけど、それも私がどうにかする」

 

 怒涛だった。

 怒涛に……解決している。そこまで話が進んでいたとは、プリメイラもリコも知らなかった。

 ただ。

 

「エイドスは、どうするのだ。ゲヘナに【代替】していた太陽の神は」

「問題ない。あれができるのはあくまで【代替】。対処法を知らなければ勝ち目のない神であるように聞こえるだろうけれど、もしそうなら恵理須の神はレイではなくエイドスになっていた。エイドスには明確な弱点があり、レイには遠く及ばない理由がある」

「……本当に、信じていいのだ? その、あたしは周りから言われるくらいちょろいみたいだから、ちょっと怖いのだ」

「……それ以前に、私の心を暴くというのだから、私に許可を取るべきでしょ」

「許可を取ったらNGが出ることくらいわかっている。意味の無いことはしない」

「出さない、といったら?」

「? それはおかしい。先程の一部始終は盗み見ていたけれど、どんな問いに対しても『あなた達に話すことは何も無い』と突き返していた。開く心を有さぬ者とする問答ほど無駄なものはない」

 

 だから、と。

 少しだけ。本当に少しだけ……頬を赤らめて、言うのだ。

 

「プリメイラのおかげで……私でも気付いていなかった、私自身が蓋をしていた感情に気付くことができた。……だったら、もう、いい。これ以上意固地になっても仕方が無いのなら……せめて()()()に会いたい。そのためなら、協力くらいする」

「で」

 

 で。

 

「デ──デレたのだ!? ツンデレ通り越してツンギレというかツンヤンというかツンマッドみたいなシエナがデレたのだ──!! 明日は槍が降るのだ──!!」

 

 ブチ、と何かが切れた音がした。

 直後残骸……量産型シエナの残骸からロボットアームが伸びて来て、プリメイラの口を塞ぐ。

 

 そして。

 

「むむぅううううう!? んむっ、んむっ、ぬんむぅううううう!?」

「……彼女には、何を?」

「別に。微細アームで咥内を擽っているだけよ。口蓋垂を擽られる、なんて体験は中々しないだろうから、新鮮で嬉しがっているのでしょう」

 

 ふむ、と。

 レーテーは……手を打つ。

 

「では作戦概要へと移ります。一応、エイドスが語っていたという『アンディスガル分散計画』についても教えてください。私は【亜空】の魔法少女。穴を見つけるのも穴を作り出すのも、得意分野ですので」

「ぬんむぅううううう!!!」

 

 多分、因果応報である。

 

 

 

 

 その夜。

 粗方の計画を詰め終わって……リコは、久方ぶりの夜の外気、というものを吸いに外へ出た。

 

 見える。

 遠くの海に坐する、超巨大な黒。翼の生えた鼬、アンディスガル。

 

「……それで、何か用?」

「素っ気ないじゃないか。一度は足並みを揃えた仲だというのに」

 

 音もなく……彼女が。

 エイドスが、リコの隣に現れる。

 

「ああ、安心しろ。私の本体は別のところにいる。これはホログラムという奴だ」

「そ」

「で? こっちこそ聞きたいのだがな。そこまで協力的になったのはなぜだ。私との契約においても嫌々で渋々だっただろうに」

「当然でしょう。私にメリットの無さすぎる計画だったもの」

「メリットを提示できていれば、お前はこちらについていた可能性があった、と?」

「そそ。……どうせ私がどこにつこうが、私のやってきたことは消えないもの。今更善悪も正誤も是非もないわ。……ただ一つ、はっきりさせておくべきことは、あるかもしれない」

「なんだ。──私の目的、とかか?」

「そそそ。わかっているじゃない。……あなた、この世界を壊さないために尽力する、なんてタチじゃないでしょう。私もだけど。……だから、聞きたい。本当の目的は何? アンディスガルを討滅すること?」

 

 飛鷲の巣は高所にある。だから、普通以上に夜風が冷たい。

 その冷たい夜風が空へと流れて行って、二人の間に壁を作る。

 

「ふむ。……普段であれば、そうだな。私も言葉を濁すのだが……本音を吐いたお前に敬意を表し、私も本音を零すことにしよう」

 

 エイドスは黒髪をかき上げて、白磁のような長い腕を天へと伸ばす。月の出ていない空に、何もない暗黒に。

 

「私として、死ぬ。それが……私の目的だよ」

「……自殺なら一人でやっていれば? 周囲を巻き込みすぎでしょう」

「それがな、難しいのだ。私の権能は【代替】。この世に神として生まれ出でたその瞬間以外、私は私として死ぬことができない。刹那の後には他者に【代替】していたし、【代替】し続けることで世界を渡って来た。私は誰かに成り代わることはできても、己でその役割を脱ぎ捨てることができないのだ」

 

 神の【権能】。

 それは魔法少女の使う魔法とは少し違う。権能は在り方に近い。だからこそ魔法も「恵理須においてそれを司る」という後天的な意味を有していたけれど、権能は逆だ。

 世界における概念。意味。それそのものとして生まれ出でる。

 

 太陽の神レイならば【魔法】。

 風の神ウィドアルならば【巡環】。

 夜の神ハキタならば【揺籃】。

 

 その他、あらゆる神が劣化権能以上の意味を持って世界に生まれ出で……決して、その役割から離れることができない。

 

「誰にでもなれる【代替】は、誰かがいないと成り立たん。……もし、過去に戻ることができるのなら、私は私を殺し、【代替】を使うだろう。それでようやく私は私へと戻ることができる。……今のこの人格や性格も、外辺那の席が空いたが故にこうなっているに過ぎない」

「典型的なタイムパラドックスね。あなたが過去のあなたを殺せば、あなたはいなくなる。だから【代替】も……って、ああ。だからあの大魔王に?」

「そうだ。神の力を結集すれば、事象の変換など……まぁ容易いとは言わないが、できないことはない。だが、お前の言う通り過去の私を殺さば今の私がいなくなり、【代替】は行われなくなり、過去の私は死ななかったことになる。それがどうにもできないと理解した時から、私は私のまま死ぬ術を模索し始めた。……そして、辿り着いたのだ」

 

 暗黒へ向けた手をぐ、と握りしめるエイドス。

 その目に映るものは。

 

「カシヨの村、という場所があった。かつて其夢盗という夜の神が管理していた夢の世界。存彪位が憧れ、真似をした常楽の国。……梓・ライラックが新生を行う前、その場所へ赴き……とあることをした」

「遠い昔のように感じるわ。私達からしたら、そこまで昔の話ではないのに」

「そうか。……そうだな。……梓・ライラックはな、己が何者であるかわからなくなっていた其夢盗を殺して見せたのだ。それもただ【即死】を使うのではなく……彼女の全てを暴き、彼女の"本当"をむき出しにした上で、殺した。……私はあれに焦がれる。私はあれでありたい」

「どちらにせよ迷惑な話でしょう。今すぐにアンディスガルへ突っ込んで来たら? それじゃダメなの?」

「ああ、ダメだ。それでは【代替】されている外辺那が死ぬだけ。エイドスが死ぬことは無い」

 

 焦がれる目は、段々と蕩けて……恋をしているかのように変わっていく。

 ようやくリコにも理解できる。ここで、ようやくだ。だってゲヘナはこんな表情しないから。

 

「お前と同じだよ。待ち侘びた。幾星霜も待った。様々な種を仕込み、芽吹きを待って、影を潜めて……ようやく私は、死に得るのだ」

「どうして、そんなに死にたいのかしら」

「ただ耐えられなくなっただけさ。私が私でないことに。……そういう意味では、お前のことは尊敬している。数世代に渡って自ら己を消し続けた魔法少女。……魔法少女、という呼び名もおかしいか。ただの被害者だからな、お前に関しては」

「……。……一つだけ、という制約をつけていないから聞くけれど……ヒースウェルガーを操ってあのエルフや神たちを殺そうとしたのはなぜ?」

「あれらは強いが、弱い。どれか一つでも殺して席を飛ばせば、あれらになれる。この外辺那という女は……私の考えていた以上に強き存在でな。加えて余計な経歴も背負っている。……ただ、あとあとになって気付いたが、あれらの誰かに【代替】したとて、アンディスガルは私を殺してはくれなかっただろう。あれは仲間殺しを嫌う」

 

 つまらなさそうに言うエイドスに、リコは呆れの溜息を吐いた。

 だって、あんまりにも当然のことだったから。

 

「あの子が命を奪うことを嫌う、なんて今更過ぎる話をここでするの?」

「だが、梓・ライラックはアンディスガルになった。必要であれば死を与える存在に変わった。存彪位を見ろ。あれもあれで、ただ幼稚であるというだけなのに……殺されようとしている。全ての元凶であるから、程度の理由でな。……であれば私も、アンディスガルにとっての逆鱗を踏み抜くような行為をしたのなら、殺してくれるはずだ。私の【代替】を全て剥いで、私というものを」

「……本当に呆れた自殺だったのね。……で? それを聞いてしまった私は、殺されるのかしら」

「まさか。さっきも言っただろう、この身はホログラムだと。加えて……お前はまだ利用価値がある。それに、お前を殺してしまえばお前は娘と再会するだろう? 癪じゃないか。似たような境遇で、似たような非道を行って来た奴に先を越されるのは」

 

 今度こそ大きな溜息を吐くリコ。

 どうしてこう……神というのは、幼稚なのか。

 

「もう寝るわ。あなたと違って私には休眠が必要だから」

「そうか。──気張れよ、ポマネイ・リコ。もうすぐで世界が動くぞ。なんせ今は──」

 

 その後の言葉を、リコは聞き取ることができなかった。

 世界言語だからか。それとも。

 

 

 ──天理編、だからな。

 

 

えはか彼

It's a story of prayer dedicated to the night.

 

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