遠吠えは遥か彼方に   作:劇鼠らてこ

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17.座頭伊豆亜捨邸琉初場風泥不意津御土.

 遅い。

 身体が重い。

 鋭敏化された聴力は既にソレを捉えている。高速回転する脳は命令を出し終えている。

 ただ、身体が。反応しない。重い。重い。重い。

 

 重いが──動け!

 

「──だァ! っはァ、はァ、っは」

「ほう。避けたか」

「あァさ……だが、ダメだなこれじゃ。集中に体力使い過ぎて意味がねェ」

「ふむ」

 

 随分と手加減されて、ゆーっくり振り下ろされた刀。

 それを避けて、ぜぇぜぇと息を荒くする。

 なンだ、何が悪いんだ。マジで進歩しねェな俺。

 

「思うに、強化をしすぎているやもしれん。今の半分……いや、四分の一ほどの魔力で知覚神経の強化をしてみるがいい」

「なる、ほど?」

 

 助言に従う。

 聴力と脳にかける魔力を1/4に──刀を構える音。逆袈裟。左から右へ向かっての振り上げ。速い──が、俺の身体も、そこまでは重くない。これなら、強化をかけて回避ができる。

 上体を後ろに逸らす。鼻先を掠める刀身に少しばかりぞっとしながらも、急速に時間の早くなっていく世界に浮上して──言う。

 

「すげェ、っとに教えるの上手ェな、尖り前髪!」

「褒めるのは良いが、呼称の変更を要求する」

「悪ィがそれはできねェ。もう定着しちまったからよ」

「……もう、いいが」

 

 俺はまだ、訓練中である。

 

えはか彼

 

 遠征の日が近づく中で、詫びる気持ちがあンならと、ちょいと班長に相談をしてみた。キラキラツインテがあンだけの助言をくれて、俺ァちゃんと強くなったからな。とすると、班長からも色々貰えばすげェのが出てくんじゃねェかと。

 まァ出て来なかったんだが。

 

 というのも、班長は最初からすんげー強かったそうで。魔力量もピカイチでそこに【凍融】なンてすんげー魔法があったんで、強化に際してなんぞか工夫ってのはあんまりしてないんだと。その分自分の魔法に関する研究はしたって話だけど、遠隔な【凍融】と近接な【即死】とじゃ色々と勝手が違い過ぎて、参考にァならなかった。

 役に立たなくてごめん、なんて謝ってくる班長に、じゃァ誰か紹介してくれ、なんつって罪悪感の逃れ先を与えたら、この尖り前髪が教えてくれることになったって次第なんだが……。

 

 いやこのサムライガール、教え方が上手いのなんのって。

 

「今のは良かったな。当然の事だが、強化後の身体能力と強化前の身体能力に差があればあるほど、余計な集中力を使う。魔法少女故素の身体能力を鍛え上げるということはできないが、その差を段階付ける事はできる」

「なるほど。つまり、見極めの時は最大限強化して、避けるにあたって緩めていけばいいわけだ」

「そうだ。そして、身体の強化にも同じことが言える。腕部や脚部の強化は非常に強力な攻撃力を生むが、立ち尽くしている状態で強化していても意味はない。接触の瞬間だけ、回避の瞬間だけ。それが理想だ」

「つってーと、もしかして他の魔法少女もそォなのか?」

「完全に切り替え式にしている者もいるだろうが、近接魔法少女は段階的な者が多いな。その切り替えをどれだけ滑らかな段階に分けられるか。己の中においては段階的であるそれも、傍から見たら一瞬一瞬のものになる。故に切り替えているように見えるやもしれないが、最大強化を常にしている者はいない」

 

 面白い、というのもある。

 尖り前髪は【飛斬】っつー遠隔にも近接にも対応できる魔法を使う。戦闘スタイルは近接そのもので、前回の遠征時にァ見られなかったが、突撃班の中でも最も近距離での戦闘を得意とするんだそうだ。

 そんな奴の、しかも魔法少女になる前から戦ってたとか言う奴の話。その教え。

 すげェ面白い。

 

「もう一度行くぞ」

「あァ、頼む」

 

 じわり、と。

 水が滲むように──強化をしていく。一瞬じゃない、段階的に、けれど余計な魔力を使うわけにァいかねェんで、素早く。

 刀が構えられる。今度は横薙ぎだ。身体は重い。だが、横薙ぎを避けるなら上体を逸らすんじゃダメってなわかる。頭がわかってりゃ、遅くした世界の中でも次の行動が判断できる。

 選ぶべきはバックステップ。脳や目に回してた魔力を減らしていくと同時、足への強化を増やしていく。すでに脚は曲がり始めていて、つま先にも力が入ってる。段々と軽くなっていく身体。当然動きやすくなるし、強化に関する集中力も要らなくなる。

 

 ヒュ、と。

 先程まで俺がいた場所を通り抜ける刀。

 さっきみてェなギリギリじゃなく、ちゃんとした──回避。

 

 消費魔力はさっきよりも多いが、迷宮でやってた頃に比べたら天地の差がある程効率化されてる。

 

「今のは完全に避けたな」

「あァよ。今ので、等級区分はどンくらいだ?」

「B級の魔物、といったところだろう」

「成程ね」

 

 ま、ホントに尖り前髪を相手にしてンだったら、今の選択はミスだ。斬撃飛んでくるから、姿勢低くしないといけねェ。

 今は魔法使ってこねェからよかったけど、そういう判断もあったな。多分及第点はもらえてンだろうが、百点満点じゃァねェんだろう。

 

「回避で教えられるのはこれくらいだ。【即死】による防御だったか。それにも応用できるだろう」

「あァさ、ありがとう」

「まだだ。攻撃の指導もしておく」

「ありがてェ」

 

 教えるのが上手い、だけじゃねェ。

 面倒見も良い。最初班長に抱かれた俺を見てた視線からは考えられねェ程良い奴に見える。いや、あの嫉妬は正当なものだたァ思うけどな?

 

「回避と違い、攻撃は己が意思によるものである、ということを前提に考えろ」

「あァ、それはカウンターでもか?」

「そうだ。敵の攻撃を回避した後、自らの攻撃をする。反撃とはその二段階を踏む。回避については教えた通りだが、攻撃も同じ、というわけにはいかない。何故かわかるか?」

「ふむ」

 

 回避と攻撃の違いか。

 普通に考えるなら、相手の出方を窺ってから判断や選択をする、ってのが回避で、相手に狙いを付けてから判断や選択をする攻撃と、そォ大した差は無ェように思うが。

 

 ……いや。

 

「回避を継続するかどうかの判断か?」

「継続かどうかはその状況によるが、回避を選択するかどうかの判断でいい」

「なるほど」

「理解したようだが、説明はするぞ。敵を攻撃するにあたり、考えなければならないことは二つ。自らの攻撃をどう当てるかと、攻撃した場合に己を守り得るかどうか、だ。先に反撃に関する問いをしてきたが、その通り、魔物とて反撃を行う。回避や防御という選択をしない魔物もいる。そんなものに攻撃を選択することは、自らそれに当たりに行くことに等しい」

 

 そりゃそォだ。

 回避はただ見りゃいい。聞きゃいい。相手の出方さえわかりゃなんとでもなる。

 だが、こっちから攻撃するってなると、相手の隙を窺わなきゃいけねェと。そういうこったな。隙の無ェ奴相手に愚策に愚直に突っ込めば、待ってる未来なんざ知れてると。

 当たり前だが大事な話だ。

 

「故に、攻撃の際には知覚神経の強化、姿勢制御、そして攻撃における強化と、回避よりも多い工程と魔力を求められる。さらには魔法の魔力も使用しなければならないとなると、お前の魔力量では些か厳しい」

「つまり、絶好のタイミングで絶対に殺す、ってことか」

「そうだ。幸いにして【即死】の殺傷能力はSSに届き得る。故にお前はどんな強敵と当たろうとも、攻撃を考えてはならない。回避と防御を徹底しろ。たとえその腕で殴り得る機会が訪れたとしても、たとえその他の手段で……拳銃などで攻撃できたとしても、【即死】を確実に行える機会だけを見極めろ」

「あー、ならよ、拳銃はどこに使い道あンだ? 一応威力も上げてもらったンだが」

「自分より劣る敵。【即死】を使うに値しない敵だ。一瞬でも自らに勝ると思ったのなら。あるいは初見の相手であったら、拳銃の使用は諦めろ」

「わかった」

 

 素直に従う。

 多分だけど、殺意を最高点にまで込めた弾丸であろうとも、尖り前髪の言う事は聞いた方が良いんだと思う。初見の相手。確かに、弱そうに見えても、ということはあるだろうしな。

 ためになる。

 

「とはいえ、部位の【即死】を行えるほど判断に優れてきたら、この考えは捨ててもいい。あくまで今のお前の実力を鑑みての話だ」

「あァ、っとにありがとうな、尖り前髪」

「……謝意だけは受け取っておく」

 

 全部が全部、細かい話ではある。多分近接魔法少女の一部は考えずにもできることなんだろう。

 だが、今の俺にとっては至極ありがたい。凄くありがたい。

 

 班長にも感謝しねェとだな。

 

「もう一つ」

「ン?」

「お前の、殺意、あるいは殺気を感知する、という能力についてだ」

「あァ」

 

 ──強化、回避。無理だ。しゃがめ。全身強化だ。これ以上ないってくらい強化しろ!

 

「ッ!」

「ほう」

 

 避けた。避けた。

 真上を飛んでいく。いやさ斬り裂いていく、半透明の何か。それは背後、修練用に作られた非常に耐久性の高い人形をバターみてェにスッパり両断し、そのまま反魔鉱石の壁にぶち当たるまで飛んでいった。

 

 確実に、殺す気だった。

 

「その能力が確かなものであると、これでわかったな」

「いや──試し方」

「【神速】や【波動】、【神鳴】に【光線】。お前を本気で殺し得る者がいるか? あるいは班長やあるるららでもいい」

「……あァさ、助かった。もうこの感覚には逆らわねェし疑わねェ」

「そうするといい」

 

 いんやさ。

 やっぱこえーわこの人。

 

 でも。

 

「世話になった」

「ああ。お前が死ぬ事なく、奪われる事なく、そしてA級としての務めを果たして帰ってくる事を祈っている」

「ありがとう」

 

 本当に、ありがとう。

 

えはか彼

 

「自分でつくっといてなんだけどね、本当に飲むのかい?」

「あァさ、一回は確かめとかねェと」

「……おすすめはしない、と言っておくよ」

 

 フリューリ草の煎茶が完成した、ってんで、安藤さんのトコに来ている。

 見た目は結構いい。ティーカップに淹れられた茶の色はオレンジがかったブラウン……なンだ、紅茶っぽい。匂いもシトラスハーブが強いから、ハーブティーかなんかみてェだ。

 ま、味はアレなんだろォが。

 

 口を付ける。

 

 !?!??

 

「あ!? ぇ、ぁ……っげっほ、ぇ!? ぁ、う!?」

 

 舌が斬られた。

 マジでそう思った。灼熱の何かに舌を突き入れちまったか、斬られたか。どっちかだと思った。

 

「だから言ったじゃないか……」

「ぅ、ぅ? ぅ?」

「アタシもそうだったよ、最初に飲んだ時はね。喋れないんだ。舌の感覚が無いだろう?」

 

 頷く。

 舌先半分がどっかいっちまったって感じだ。舌も、なんなら唇も。

 煎茶に触れた咥内全てに、感覚が無い。

 

「……ぁ、あー。あー。あァ。あーァ。か……あー」

「慣れてきたかい」

「ん。……あァよ、ちったァ耐性あったな。っけほ、あァ、こりゃやべェ。間違ってもお嬢たちにァ飲ませられねェや」

「回復量は、どうだい?」

「……すげェな」

「だろ?」

 

 すげェ。

 今、口を付けただけだ。口にちょみっと含んだだけ。

 それで──フリューリ草10枚くらい食った時と同じ回復量がある。

 

「これァ、武器になる。けど、これ一杯で。いんやさ、水筒にたっぷり入れて、フリューリ草どんくらい使うんだ?」

「100や200はくだらないね。どれだけ煎じても、ほとんど魔力回復になる成分を出さない。ま、花の方に回してるからだろうけどね。花の無いフリューリ草じゃこれが限界さ」

「……自分で栽培するのもテだな」

「どこに生えているかすらわかっていないのにかい?」

「なンだ、国の植物学者だのでもわかんねェのか」

「軍が哨戒帰りに見つけてくることはあるけど、生息地がわかってるってワケじゃない。仕入れてんのはもう死んだフリューリ草だし、栽培方法もわからない。誰かが育ててるって話も聞いたことはないねぇ」

「だが、花さえ手に入ればいいんだろ? 花から芽を出すって安藤さん言ってたじゃねェか」

「手に入ればね」

「……まァ私も見つけてねェけどよ」

 

 フリューリ草。謎の多い植物だ。

 つか、他の草花はなンで魔力を溜めなかったンだろうな。溜めれねェのか?

 

「一説によると、だけど」

「ん」

「フリューリ草は──魔法少女が死んだ場所に咲く、とか。そんな噂もあるね」

「……そりゃこえー話だな。つか嫌な話だ」

「まぁ、それが本当なら、大規模な侵攻のあった場所や激しい損害の出た戦場がフリューリ草の花畑になる。そんな話は聞いたことが無いから、噂は噂ってことさね」

「そォかい。そればっかりはそれでよかったよ」

 

 だが、もし。

 見つけられたのなら。その株を、栽培方法を。

 ……この煎茶を常備できたら。

 

「あー、不味ィ。まっっっずィな」

「よく飲み干せたね、それ……」

「勿体ねェもんよ。それに、今の内に慣れとかねェと、戦場で不味い不味い言ってられねェだろ」

「なんだい、またどっか行くのかい?」

「あァ、ディミトラっつー魔法少女に会いにな。つか、すまん。そういや忘れてたわ、ルルゥ・ガルだっけ? その子の捜索」

「……【鉱水】か」

「ん、ああ。ディミトラの方な」

「別に、捜索はしなくていいよ。知らないならそれでいい。で、【鉱水】に会いに行くんだね」

「おう」

 

 何か思うところがあンのか、安藤さんは難しい顔をして──「ちょっと待ってな」と言い、店の奥へと入っていった。

 安藤さんも歴戦の魔法少女だ。何か知ってンのかもしれねェ。

 

 待つ事──約10分。

 いんやさ、ちょっとってそンなかね。

 

「安藤さーん?」

「もうちょい待ちな!」

「……おゥ」

 

 更に10分。いやさ20分。

 ……もうちょいって、そんなかね?

 

えはか彼

 

 結局一時間くらい待たされて、ようやく安藤さんは出てきた。

 

「有った有った、ようやく見つけた!」

「おォ、そいつァ良かった」

「これを持っていきな」

 

 そう渡されるのは……ワッペン?

 何か、得体の知れない力を感じるワッペンだ。

 ……なンだよ得体の知れない力って。

 

「こいつはディミトラの作った紋章でね。つけてると、アイツの作品に嫌われずに済む」

「作品? なんだ、作家か何かなのか?」

「なんだ、そんなことも知らずに行くのかい? ディミトラは彫金師だよ。【鉱水】を用いてあらゆる鉱石を扱う造形芸術家。【鉱水】は特殊魔法の中でも更に特殊な魔法でね。魔法をかけた鉱物に、命を分け与えることができるのさ」

「ン? 特殊ってな全部そォだろ? だから魔法を殺すと魔法少女も死ぬっつー」

「共有じゃない、分け与えるんだよ。ディミトラの作品は個別の命になる。その上で死んでも蘇生する魔法少女とくれば、あの島がどうなっているか想像がつくだろう?」

「ははァ、通りでEDENの庇護無しにいられるわけだ。自軍もってるってワケか」

「そういうことさ」

 

 そんで、このワッペンつけてるとそのガーゴイル達に嫌われなくて済む、と。

 こえーよ。着けずにいったらどーなってたんだよ。

 

「これ、くれンのか?」

「貸すだけ、といいたいところだけどね。どの道アタシにはもう必要ないものだから、永久に貸し出しておくよ」

「あァ、ありがたく貰っとく」

 

 ディミトラ、ね。

 中々厄介そォだ。ま、鬼教官的にァ、あるいはお上様的にァそれでこそ、って奴なんだろォが。

 

「ちなみにだがよ、安藤さん」

「なんだい」

「ディミトラってな、魔法少女歴で言うとどんくらいなンだ?」

「少なくとも100年は超えているね。EDENが反魔鉱石の加工技術を得るまで、ほぼすべての反魔鉱石技術はディミトラが握っていたと言われるくらいだ。100年、ないしは200年。あるいはEDENの創立者たちの時代まで遡るかもねぇ」

「油断するな、ってことだな」

「ああ。アイツは敵じゃないけど、味方でもないからね」

「りょーかい」

 

 んじゃ、と。

 ワッペン付けて、水筒受け取って。

 

「行ってくる。またな、安藤さん」

「無事は願っとくよ。次はもう片方の腕も、とかなってたら承知しないからね!」

「あァよ!」

 

 っとに、良い人だな。

 

えはか彼

 

「で?」

「……なんだ」

「なんだ、じゃねェよ。四六時中尾行けてきやがって、何の用だっつってんだ」

「別に、用など無い」

 

 尖り前髪の印象がガラっと変わっただけに、コントラストでコイツの株が急落中。

 ブラックホール。容姿でのあだ名じゃねェ、魔法の見た目でのあだ名だったンだが、よくよく見りゃ黒い衣装に胸ンとこぽっかり穴あいてるんで、あながち間違っちゃいなかったなって。

 

「用がねェならついてくんじゃねーって」

「ついてきてもいない」

「あァそォかい」

 

 何か用があンのはわかってんだ、さっさと済ませてほしいモンだが、一向に話したがらねェ。んじゃ他の塔や学園塔に行こうってな思えば、一定の距離保ってついてきやがる。何をしてくるってわけでもねェけど、気になって気になって仕方ねェ。

 

「……しにきただけだ」

「なんてェ? 聞こえねェよ。もっとはっきり喋ってくれ」

「助言を! しにきただけだ!」

「ほォ。そりゃ助かるな。何言ってくれンだ?」

 

 なんだ、ねぼすけ以外の突撃班全員が来てるワケだが、それで自分だけ行かないのは耐えられなかったとかかね?

 ねぼすけには一応魔力の増幅法聞いたしな。「えーねてればいいよー」だそォで参考にァならなかったが。

 

「……あの時敵性存在が使ってきた、仮称【隠蔽】という魔法について……特殊寄りの遠隔魔法を使う者として少し纏めてきた。それと、あるるららの【透過】やお前の【即死】などの、殲滅力はないが殺傷能力に長ける魔法の使い方についても一通り纏めてきた」

 

 言って、ブラックホールはそれを出す。

 分厚いってほどじゃねェが、結構な文量のしたためられた手帳サイズの書類。綺麗にファイル化されたそれは、付箋での目次やら色ペンでの強調やらと、随分とまァ見やすくされてる。

 渡されたそれを素直に受け取って中身を見てみりゃ、これまた事細かに書かれた分析と対策、傾向、そのソースと……。

 

「すげェな、これァ」

「私からお前にできることはこれくらいだ。感覚や経験などは……私ではお、教えられない、が……」

「いやさ、助かるよ。すまねェ、ちっと短気が過ぎた。謝る」

「別に……問題は無い。私の方こそ、あれだけの敵意を送っていた、のだし……嫌われても当然だ」

「嫌っちゃいねェって。大好きな班長がぽっと出のよくわからねェのに取られたら誰だってあーなるよ。ま、安心しな。盗らねェからさ」

「だ、だ、大好き、などでは……ある、のだが」

 

 すげェ。今はまだ軽く見てるだけだが、図解付きでわかりやすく纏められてるうえに、色合いも鮮やか過ぎないおじさんの目に優しい仕様。俺が書き込める余地も残してあるし、聞き込みでもしたのか、班長やキラキラツインテ、尖り前髪のコメントもある。

 いやさ、頑張りすぎじゃねェ? これ売れるよ普通に。

 

「その……私は、長い間B級だった。遠征において役に立つという理由であの班に入れられ、あの方に出会い……それでもまだ、私はA級を目指さなかった。目指そうとしなかった。己の魔法はB級止まりだと思い込み、信じ込み、それ以上を追求しなかった」

「そォなのか」

「私の【吸呑】は、元は周囲の物体全てを吸い込む魔法だった。魔物だろうと地形だろうと何もかも。当然消費魔力は莫大で、膨大で……だが、あの方が改良してみないか、と言ってくださって、その……色々と付き合って頂いて、いまの形に収まった。地形に干渉せず、命ある魔物だけを吸い込む【吸吞】に。そうなってから、魔法を研究、改良するようになって……つい最近、私はA級として認められた」

「そこまで変えられるのか」

「──そう。魔法は使い方次第でその形を変える。お前の【即死】も、何か別解とでもいうべきものがあるはずだ。……これで助言になった、だろうか」

 

 そう、不安そうに。

 俯いて、ちょいと悔しそうに言うブラックホールに。

 

 いやさ。

 おじさん感動しちゃってさ。

 

「十分だよ。十二分だ。すげェよブラックホール。この手帳も、その助言も。私にとってめちゃくちゃ助かる情報だ。貴重な情報だ。ありがとな」

「そ、そうか。あ、ではなく、そう、ええと。ふん! これが全てと思うなよ、じゃない、ああ……なんだ。その、油断はするな。お前の死を恐れる理念は、私には理解できないものだが、お前の【即死】が奪われてはならない、ということくらいはわかる。だから、決して油断をするな。敵にも──状況にも」

「状況?」

「どんな場合でも、可能性は必ずある。魔法がそうであるように、世界もそうだ。だから──その、だから、……」

 

 この子、見た目ちょいキツめなんだよな。釣り目でよ、初見でキツい印象を与える。

 けどすげェ良い子だ。純朴な子だ。

 言葉っ足らずだし、言い淀みがちだが──ちゃんと相手のことを考えられる子だ。

 

 おじさんは良い子には優しいぞ。思わずなでなでしたくなる。

 キモがられるだろうからしないけど。

 

「だから、どんなに絶望的な状況になっても、お前次第で世界は変わる。状況は好転する。その可能性は、必ずどこかにある」

「あァよ」

「諦めるな。油断するな。妥協するな。──そして、死ぬな。……私から言えるのは、これくらいだ」

「肝に銘じるよ。ありがとうな」

「ふ、ふん!」

 

 っとに魔法少女ってな、純粋無垢な子ばっかりで。

 おじさんほっこりしちゃったよ。

 

 ありがとうな、ホント。

 

 必ず無事に帰ってくるからさ。

 

えはか彼

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