170.洲多跡脱出.
「"果たして世界の滅亡は訪れる。予言の巫女の言葉はその通りになる。嗚呼、嗚呼、しかし、今は空を仰ぎ見よ。天を仰望せよ。夢幻の世界の神ならんとする三元のクロムクラハが道を付ける。つるぎにて縫い留められた方舟へ急げ。唯一の現実たるあの場へ急げ。それは唯一つの救いとならん"」
言葉と共に【帰述】が励起し、空にいるクロムクラハのもとへ幾条もの道が伸びる。
天空にある罅よりは下で、けれど地を覆い尽くそうとしている黒よりは上で。
そういう"高度"とか"幅"とか、具体的な数値を出し過ぎると現実感が出過ぎて魔法のイメージに翳りが出る……という「実は」な弱点を一切見せず、プリメイラの【帰述】は世界の架け橋を作り切った。
多少口の中に広がる血の味など無視するプリメイラ。蘇生できなくなった魔法少女。こちらが夢幻にせよ、【帰述】のつかさどるものとは果たしてなんなのか、なんて。
「ピンクカチューシャ、こっちはOKだ」
「あたしもいけるのだ。……けど、本当に大丈夫なのだ? 神になったからって……」
「心配はありがたいが平気だよ。つか、俺のことよりアンディスガルとかアズサ……ミズメの奴らのことを心配してやれ」
「それは勿論なのだ。でも、あたしは君達全員に幸せになってほしいのだ」
「大丈夫さ。俺にはアオンがいるからな」
「……クロムクラハ。でも……」
そのアオンの顔が翳っているから言ったのだ?
とは言い出せないプリメイラ。今しか話せないことなのに、今じゃないことはわかるからだ。
世界が終わる。
これほどまでに明確な滅びを二度も体験しようとは。
「クロムクラハ。こちらも準備完了」
「……おう」
「……どうかした?」
「いやなに、俺の認識じゃァ、あんたはどっちかっていうと黒幕寄りの魔法少女って感じだったからな。こうも……協力的なのが違和感しかないというか」
「説明の手間が重複することが面倒だから、アンディスガルと合流した時に真相を話す、と伝えたはず」
「人間、そう簡単に割り切れるモンじゃないのさ。俺ァもう人間じゃねえが」
ノーコメントである。
プリメイラ……彼女とて、敵になったり味方っぽくなったり、かと思えば敵側にいたりと忙しい人間だ。ポマネイ・リコと行動を共にしていた時点で黒幕寄りどころの話ではないのだし……と。
まぁそれで言うなら「一番それっぽかった存在」たる梓が大魔王なんてものになっているので、『この激動の世界』の主人公は誰になるのやら、なんてことを考えたり考えなかったり。オムニバス形式なのだ……とか考えたり。
ずしん、と大きく世界が揺れる。
「っと……雑談はここまでか。いいか、ピンクカチューシャ。俺自身には干渉するなよ? それを徹底しろ」
「わかってるのだ。神に対する事象改変とか、反動であたしがぐちゃどろになりかねないのだ」
「クロムクラハ。閻魔刃塔に到着したあと、二秒ほど間を空けてほしい」
「【亜空】が開くタイムラグだろ? わかってるよ」
「では」
再び天空へと飛翔するクロムクラハ。
彼女の腰にぴったり張り付くアオンがぽふんと光弾の魔法を発射する。
「"夢の世界にかかる光の橋。笛の音に導かれ、夢遊を渡るはすべての命。光の王よ剣をかざせ。闇の王よ槍を掲げろ。25の守りと10の矛に彩られた、彼のものの通り道をここに降ろす。──
文字が魔力を帯び、事象の改変を働かせる。
高空にて巨大な両手剣を持ち上げる神、クロムクラハ。その身の指す方へ伸びる極彩色のトンネル。
「
世界言語が紡がれる。
「
一人の文字書きとして、そして言語による改変を行う者として、プリメイラはこの世界言語なるものをどうにか解読しようとした。
一聴して唸り声にしか聞こえない、しかししっかりと法則性のある言葉。神や使徒、聖獣といった冥界に属する者の扱う異言語。聞こえないのに、聞き取れないのに──本能へ訴えかけてくるような、懐かしい言葉。
「
消える。銀髪の少女の姿が、一瞬にして。
それでも声は残る。世界に刻まれる言葉は響き続ける。
「
夢が、穿たれた。
ふぃー、っと一息を吐く。
事実大仕事をしたのだ。プリメイラはもう長期休載してもいい気分になっていた。
大仕事。そう、大規模な……インフラ工事。
プリメイラの【帰述】とクロムクラハの権能による合わせ技。視認すれば誰でも入ることのできる光のトンネルを世界に設置し、唯一の安全地帯たる閻魔刃塔のある土地へ繋げる、というもの。
これによって自己覚醒を選ぶにせよ選ばないにせよ、もう少しばかりの猶予は生まれてくれた。
猶予。
今この世界に起きていることを、プリメイラたちはそこそこ把握している。
なりたての神でしかないクロムクラハを除き、すべての神が消えうせた有死無至穏。であるが故に、二重存在である魔法少女ら全員が目覚めたいと思ってしまったが最後、夢を夢として成り立たせることができなくなった、と。
本来はそれでいい。目覚めることこそが最優先課題だったのだから。
けど、現状の魂というのは酷く曖昧な存在になっている。夢の中の肉体への結びつきができてしまったせいで、正式な手順を取らずに目覚めると、最悪現実の肉体が夢に侵食される、ということが起きかねないらしいのだ。
そしてそれは夢の流出にも繋がり、折角捕まえたソンヒューィの存在拡大の一助にもなってしまう、と。
だから一度すべての魔法少女をここ閻魔刃塔に集め、どうするか、どうしたいかを聞く必要があった。
というわけでプリメイラとクロムクラハが道をつけ、レーテーがその道を【亜空】で補強した、と。
「以上があたしたちの功績なのだ」
「……功績、ねぇ? 元をただせばアンタらが単独行動しなけりゃ終わった話じゃないのかい、これ」
「うっ」
「アタシも色々やってた身だ、とやかくは言えないけどね。あの子……梓が大魔王なんてものになっちまう前に防げたことがどれくらいあったか……」
「うっ、ぐっ」
現状、空から降ってくる罅を大魔王アンディスガルが一手に引き受けている。ただし、罅を迎撃すると同時、極光に抱えられた鳥かごも殺そうとしているから手助けをしようとするのは危険だ。
夜の使徒の性質が強く出た状態。瀕死のソンヒューィを今すぐにでも殺したくなる衝動。
その矛先を閻魔刃塔内部へ向けないために、フェリカ・アールレイデが一人鳥かごを抱えて外にい続けている、らしい。
「あー……安藤さん、ピンクカチューシャ。今割と緊急事態なんだよ。いびり合いは後でやってくれねェ?」
「いびり合いなんてしてないよ。……って、クロムクラハじゃなくて、アンタらかい。無事辿り着けたようだね」
「おう。……で、ちょいと……内密に話し合いてェことがある」
ミズメ。そしてその傍らにいる薄っぺらいやつは。
「あれ……梓、なのだ?」
「ん、初めましてだったか? 俺はこの世界の梓だよ。ま、クロムクラハにアンディスガルにと本物が一堂に会しているせいで、極限まで擦り減っちまってるが」
英雄梓。話には聞いていた存在。
だけど……と。
プリメイラは、自身の直感的な言葉を吐く。
「ほんとに梓なのだ?」
「……ってェと?」
「あたしが……クロムクラハとアンディスガルに感じているような、
「……。……鋭いな、アンタ。まぁ、そう感じたんならそうなんじゃねえの。ハハハ、俺は否定も肯定もしないよ」
「ピンクカチューシャ。思うところなんかあるのかもしれないけど、今は味方だ。それじゃダメか?」
「あ、ダメとかはないのだ。ただ……」
ただ。
今から二重存在たちにやろうとしている目覚めの儀。
それをこいつが受けたら、どうなるのだ?
なんて。
アールルゥ・ヘズナガル、KA-ローライン。
この両名から"説明"を受けた魔法少女らは、それはもうざわついていた。
現実が受け入れられないから、というのも勿論ある。ただ大きな理由は──。
「あの……デモンストレーションの実験体、それしか用意できなかったんですか?」
「ん? 最も効果的なのよ。視覚的にも魔力的にも」
「ええ、そこは私も認めるところだけど」
魂覆剥離の術式。そう紹介された魔法のデモンストレーションとして用意された……紫色の肉塊。
数多くの触媒を扱ってきた魔法少女たちでさえ何の肉塊かわからないそれ。さらに術がかけられることでボフンとラメ入りの黄色っぽい煙を吐き出して、緑色に変わるそれ。
得体が知れないにも程がある。
「さ、この悪夢から目覚めてしまいたい子は、この術式を受けるのよ。大丈夫、安全性は確保されているから」
その補足余計だと思うのだ。
プリメイラは隅っこの方で突っ込む。
外ではアンディスガルとフェリカがあれほど頑張っているのに、どうにも緊張感に欠ける……のは、死が常態化してしまった世界が故だろうか。
まだシリアス一辺倒というのに慣れていないのだろう。
「"風が音を届ける。誰にも気付かれず、誰にも悟られない調べ。書き手の耳にだけ届く囁き"」
だからプリメイラはそちらから興味を外し、もう一つの方へ意識を向けることにした。
なにやら内密な相談──ミズメ、英雄梓、安藤アニマ、ポマネイ・リコらが行っている密談へ。
「──やっぱり私、あいつは信用ならねェと思うンだよな」
「あいつって、アールルゥ・ヘズナガルが、かい?」
「あァさ。ジェーン・Dと同じ錬金術師で、突然現れた使徒。……使徒っつーのはさ、基本的に自分たちの元へ改宗を迫るような奴らで……なんつーのかな、だってのにアールルゥ・ヘズナガルからはそういう気配が一切ないっつーか」
「何か別の目的を隠している、と?」
なんだかとんでもない内容が聞こえてきてビビるプリメイラ。
もし本当だとしたら何を悠長に話し合っているのだ? ともツッコむ。だって今まさにアールルゥ・ヘズナガルが魔法少女らへ術式を施そうとしているのに。
と、とにかく時間稼ぎをするのだ。
害のない範囲で気を散らす文章を考え始める彼女……の耳に、さらなる爆弾が落とされる。
「つーか、『アンディスガル分散作戦』だっけ? レーテーがやろうとしてる計画」
「あの子を安全に弱体化させる作戦、とだけ聞いてるねェ」
なにぃぃいいい!? なんで計画漏れてるのだ!?
その計画はあたしとリコとレーテーしか知らないはずなのだ!?
どこから漏れたのだ……!
「あれも怪しいよな」
「ちょっと……作戦立案には私が協力しているのだから、なんでもかんでも疑うものに含めないでくれるかしら」
リコなのだ!? 何やってるのだ!?
「つったってな、レーテーは……敵だろ」
「改めて協力してくれるというから話したのに、それができないというのなら……プリメイラに頼んで記憶処理でもしてもらおうかしらね」
そんなことできないのだ!?
「ハハハ、できんのか、そんなこと」
「……可能性はあるよ。ピンクカチューシャは原初の魔法少女の一人だし、その魔法もとんでもねェし」
「今は仲間割れしてる場合じゃないだろ? そんなに気になるなら確かめたらいいじゃないか。別にあの二人しか使えない術式ってわけでもないんだ、自分たちで使うから、と言って解析すればいい」
ナイスなのだアニマ! 基本的に魔物寄りなのは知ってるけどなんだかんだ常識人で頼れるのだ!
「クク……なにやらおかしな風の流れがあると思えば、なにをしている?」
「どわっほい!?」
首筋に吹きかけられた吐息に跳ね上がるプリメイラ。ちなみに奇声を発しても密談チームに聞かれることははない。遠いから。
彼女はちゃんとマージンを取れる魔法少女である。
「え、えーっと……ナリコ、だったのだ? 確か」
「いや、吾はヨウキぞ」
「えぇ……そっくり過ぎるのだ」
「魔物ゆえな。そういうこともある」
そういうこともある。それで納得することにしたプリメイラ。だって今それどころじゃないから。
「とりあえず……説明が面倒なのだ。"狐の魔物はかくかくしかじかですべてを理解した"。のだ」
「む……ほう? 奇妙な魔法を使うものだ。……クク、成程……信用か」
プリメイラの持っている情報をぶち込むこの手法はみだりに使えるものではない。
ないけど、今忙しいから良いにした。
「汝はどう考えているのだ」
「どう、って……」
「この世界のあの子は、本当に味方か。……ククク、そうさな、一つ思考の欠片を授けるのならば……あれなる影は、代走者を名乗っていたそうだ」
「代走者……」
「聞き覚えはないか?」
ある。
直近で、似た者に出会っている。
けど……そんなことがあっていいのか。
というよりこの魔物はなぜそんなことに辿り着いて。
「クク、吾も信用ならんか」
「それは当然なのだ。初対面だし」
「ならば、誰ぞかへ信を預けることを、一度やめてみたらどうだ? 視野狭窄に陥れという話ではないがな……クク、一度自らの感覚と魔法だけに信を寄せることも大事だと思うぞえ」
「……信じるのをやめることを教唆してくる魔物とか、大分悪寄りに見えるのだ……」
「魔物故な。そういうこともある」
でも。
「金言だったのだ。──"書き手の耳が澄まされる。花弁が拾うは真実だけ。隠し事のある言の葉は花園から追い出される"」
SS級魔法少女プリメイラ。
その魔法、【帰述】。「文字で書いたことを現実に起こす」というシンプルな魔法だが、原始的かつ誰もが思い描く魔法なだけあって、事象への改変能力は他の追随を許さない。
物事を思い通りに動かす、だけではないのだ。
機能を追加したり、逆に除去したり。
究極どんなことにだって対応できる。プリメイラという少女の幻想が保つ限り。
「──これで、ようやく念願叶う、か」
「長かったな──なぁ、大魔王」
「予言の成就は必ずや。そのためにも──」
考えるより先に手が動く。
空間に書き起こすは彼女の知らない言語。
"地須品負不地服回向初図地冨栄有図昼."
"地篇智伏冷水悪路素地泥氏居比育."
"畏怖愛甲類度照未舞不意輪具塔亜理取場途,"
"愛視野留美噛地須通射手羅負不地割土!"
読めはしない。自分で書いておいて発音の一切が分からない文字列。
けれど、彼女の魔法はそれを現実に起こす。今まで音でしか刻まれてこなかった世界言語が初めて文字の形を取ったことで、それは果てしないまでの力を得る。
だから、悟った。
「リコ、レーテー!! 後は任せるのだ──あの子のこと、ちゃんと守るのだ!!」
天より降り注ぐものではなく、内側からにじみ出るようにして罅が現れる。
それは瞬く間にプリメイラの身体を包み込み、彼女を世界から消し去った。
あまりにも一瞬の出来事。あまりにも唐突な出来事に、誰も動くことはできなかった……けれど。
「……チッ」
「え、舌うち? ど……どうしたんだよ」
「ん……なんでもねェよ。そろそろ体力がキツいってだけさ」
確実に、そいつの企みは阻止できた。
の、だ。
なのだ。なのだ。のだのだのだ……。
「ハッ! のだ……!」
「……独特な目覚め方だな」
目を覚ましたプリメイラの視界に入り込んだのは、ミサキという少女。
直接のかかわりはそんなにない彼女だけど、わかることはある。
「あの子の……梓のためを想って動ける子、なのだ!?」
「あ、ああ。勿論だ。だがそれよりまずは喉を潤すなどした方が良いぞ。必要なくとも現実感はあった方が──」
「"書き手に浴びせかけられる冷水! 胃に直接入ってくる食べ物の感覚!" ……うっぷ」
確かに効果はあった。ここは現実だ。夢の世界ではない。
というかそんなことどうでもいいのだ。
「梓が危険なのだ! 協力してほしいのだ!!」
「それは勿論だが、現状私達にできることは……」
「任せろなのだ──このあたし、プリメイラ様にできないことはないのだ!!」
では、ここから。
坂を転がり落ちるように、である。