遠吠えは遥か彼方に   作:劇鼠らてこ

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六、造物編
20.是阿亜須無伏零須有集琉土能登捨手伏恩.


 昨日の夜は別になんも無かった。

 安全な海域──海のど真ん中にぽっかりと出来たサンゴ礁での、【排析】を用いた一泊。予想通りの寝心地の良さと、予想通りにウザ絡みしてくるオーレイア隊の面々。つってもまァ撫でられまくるくらいなンで放置して寝たら、朝には銀バングルと委員長に挟まれて起きたンだから驚いた。

 魔法少女は寝る必要無ェからさ、久しぶりに眠ったって委員長は言ってたよ。ちなみに虹色ロングは普通に寝るらしい。

 

 全員の魔力回復が終わったところで、また出発。【排析】を使ってる光眼鏡は委員長の【引力】でぶら下げられてる時に回復するとかで、なるほどもォシステムが組みあがってんのなと感心したもんだ。

 

 サメだのカメだのイッカクだのがいた海域からは、海の色も結構明るくなってきてる。

 温暖な気候に入ったってのもあるだろォが、海が浅いんだろォな。透明度もあがってるンで、化け物がどこにいンのかもわかりやすくなってる。いたとしてもそこまでデカくねェのも大きい。

 段々陸地に近づいてる証拠かね、なんて思いながら、けどクルメーナってなは人工島だったなと思い出す。

 

「なァ、冷静メイドはクルメーナに行った事あンのか?」

「はい。30年程前に一度向かいました」

「ほォか。んで、どんなトコなんだ?」

「美しくも荘厳。儚くも危険。妖しくも武骨。そんな場所でした」

「……それで伝わると思ってンのか?」

「いいえ。クルメーナについては、当時の様相を述べてもあまり意味を成しません。ディミトラは彫金師である、という情報は既につかんでいますね?」

「あァ」

「故にあの島は【鉱水】の魔法により、常に形を変えます。様相も地形も雰囲気も大きさも、なにもかもがディミトラの意思一つで変わるのです」

 

 EDENに属さぬ魔法少女、ディミトラ。

 一応の等級区分で言えばSだったか。なるほど、殺傷能力も殲滅力もありそォだが、それ以上に色々と厄介そォだな。

 島全体がソイツの魔法となると……たとえば、EDENに見られちゃマズいモンを隠すのもお茶の子さいさいってワケだ。物だろォが者だろォが、な。

 

「ですが、もし襲われた場合、ライラック様の魔法は無類の強さを発揮するでしょう」

「あァ、分け与えられた生命だから、か」

「はい。倒せども倒せども一度【鉱水】に還る事で復活を果たすあの島のガーゴイル種も、ライラック様の【即死】であれば死にます。精神体……ゴーレム種との戦闘経験はありますか?」

「あァ、迷宮最深部周辺でな」

「なるほど、そうでしたね。それならば問題はありません。基本的な対処法は同じです。ただし、ガーゴイル種は飛行するものも多く存在しますので、そこにだけ注意を払っていただければ問題は無いでしょう」

 

 ガーゴイル種。 

 本来は石像やら銅像やらに精神体が宿って成る化け物を指すんだが、【鉱水】で作られたそれも一応ガーゴイル種と見做されるって話だ。ただまァ順序が逆だな。初めから命あるものとして生み出された石像か、単なる石像に命あるものが宿ったか。

 過程が違っても結果が同じなら同じものとして見做されるワケだ。

 

「ディミトラ自身は戦うのか?」

「少なくとも私の行った30年前、及び今に至るまでに、EDEN側と敵対、交戦した、という記録は残っていませんね」

「情報が無ェわけだ」

「ですが、流体を操る魔法少女はEDENにも存在しますので、大まかな戦闘スタイルは変わらないものと思われます」

「あァよ、その辺は大体抑えてあるよ」

 

 敵についてわかってンのは魔法少女ってことくらいだ。んなら、魔法についての造詣も深いに越したこたねェ。特に【鉱水】なんて名前だ、水系統の魔法の使い方は大体調べてきた。

 鉄砲魚よろしく貫通力の高い水鉄砲や、水を用いての拘束、霧や雨での攻撃、中には指定対象をピンポイントに窒息させる、なんつーこえーのもあった。

 

 水っつーのが不定形であるから、かなり色々出来るって印象が深い。

 代わりと言っちゃなんだが、俺の【即死】や光眼鏡の【排析】、あるいは班長の【凍融】みてェな、明らかに自然にァ発生し得ない現象みてェなのには弱い感じだ。汎用性ァあるが、際立っちゃいない、ってな所感。

 その中で、唯一際立ったのが【鉱水】って話なンだろォが。

 

「……さっきからよ、海ン中泳いでるの。気付いてるか?」

「肯定します」

「魚、じゃねェよな」

「ガーゴイル種かと。水中を潜航可能なガーゴイル種となると、自然形成ではありませんね。恐らくはディミトラの作品です」

「監視、か?」

「恐らくは」

 

 浅い海で、透明度のたけェ海だからでけェ化け物がいねェんだとばかり思ってたが……こいつァ、掃除屋がいるから、だな?

 主の元へ危険になりそォなのを近付けさせねェための、国で言う軍みてェな哨戒班。たァ言え遠隔にメッセージのやり取りだのをできるってワケじゃないんだろう。だったら鳥みてェなの作ってコッチに寄越せばいい話だし、そもそもEDENにそういう端末みてェなのおいてないって事は、あくまで一個の命を作るに過ぎねェ、ってことだ。ケータイなんざ夢の夢、国でもそォいう技術ァ発展してないしな。

 

 なんにせよ、不気味であることにァ間違いない。

 石の魚──ソレがこうも、ゆらゆらと。一匹二匹じゃねェ、周辺海域に数十はいやがる。俺がわかってねェだけで数百かもしれねェが。

 

「あーこれ、あんまり気にしなくていいよん。魔法少女に対しては無害だから」

「なンだ虹色ロングもクルメーナにァ行った事あんのか?」

「何度かねー。えーと。あ、ほらあれ。あそこ」

 

 ふよふよ近づいてきた虹色ロング──よォく観察すりゃ、確かに吊り下げられているなっつー動きをしてる──が、少し遠くの雲を指差す。

 

 そこに、いた。

 

「天鷲ッ!?」

「あれは嵐鷲ですね。天鷲よりも高位の魔物です」

「いや何をそンな冷静に……な」

 

 いたんだ。

 ソイツ。嵐鷲、だけじゃない。

 

 ──数十からなる、翼をもった石像の群れ。

 遠目だからこまけぇディティールはわからねェが、太い腕とゴツい体躯に、くそでけェ翼でバッサバッサと、空を飛んでいる。飛んで、飛びながら──嵐鷲を追い詰めている。

 主な攻撃手段は殴打だ。そのクソ硬ェなだろう拳で殴って、たまにいる武器……トライデントかなンかを持った奴がぶっ刺して。

 連携の取れた、秩序だった動きで嵐鷲を退治しにかかってる。

 

「海も空も、島も。ディミトラの作品がいっぱいいるから、この辺りは安全な海域なんだよね」

「安全、ね……」

 

 嵐鷲も抵抗していないワケじゃない。

 だが──数が数だ。それに、一度壊されたとて、ガーゴイル種。落下し、海に落ちても……ものの数秒で元の身体になって帰ってきやがる。

 精神体だからな、効かねェんだ、物理攻撃ァ。

 

 あ。

 ああ。

 ……あー。

 

「討伐されたようですね」

「ねー。私達がやったら多分、もっともっと時間かかっちゃうだろうから、ありがたい限りだよねー」

 

 翼に穴開けられて、バランス崩したトコを一網打尽。

 

 ……安全。ありがたい限り。

 俺にはどォもそーは思えねェや。

 

 が、まァ。

 ガーゴイルってのをあらかじめ見とけたのは、でけェな。

 

えはか彼

 

「主ディミトラの作り給うた造物島・クルメーナにようこそいらっしゃいました、EDENの魔法少女の皆さま。私は主ディミトラの作り上げた汎用型給仕ガーゴイル・シエナと申します。主ディミトラは現在作業中のため、今しばらくお待ちください」

「……」

 

 開いた口が塞がらねェってな、こういう時のための言葉だ。

 そしてそれは──オーレイア隊の面々も同じらしかった。つまり、前はいなかった、新しい技術。新しいガーゴイルってワケだ。

 

 その中で、ただ一人。

 

「国家防衛機構・浮遊母艦EDENより参りました、遠征組調査班オーレイア隊に仮配属されています、コーネリアス・ローグンと申します。本件は緊急を要する調査のため、ディミトラ様へ可能な限り性急な対応を求めます。これはEDEN軍事部キリバチ及びEDEN中央部ジャハンナムからの要請です。以上、お伝えください」

「かしこまりました。では、遠征組調査班オーレイア隊の皆さま。客間へとご案内いたしますので、こちらへ」

 

 冷静メイドが用件を伝える……って、知らねェ名前が出たな、今。

 ジャハンナム。中央部ってことは、お上の一人だな? ソイツが俺をこの遠征に組み込んだ奴か。俺の腕の強化のためにってのはやっぱ鬼教官殿の後付けだな。

 あるいは可能性として──俺と敵対する可能性のある奴ってこった。

 その思想の違いから。

 

 ……ま、ンなこたないとァ思うが。

 

 こちらへ、と促されたンで、大人しくついていく。

 

 なるほど、美しくも荘厳。儚くも危険。妖しくも武骨、ってな、今もそォ変わらねェらしい。

 島のあちこちに石像がある。よくわかンねェモニュメントとか、柱だの壁だのに走る意匠だとか、そういうのもわんわんさかさか。わんさかある。

 俺ァ芸術にァちょいと疎いんでよ、それがすげェのかどうかわかんねェんだが、確かに価値はありそォだなって素人考えがつらつら出てくる。剣だの盾だのを持った石像。槍だの弓だのを構えた石像。別に石だけじゃねェ、銅像やらなんぞわからねェ鉱石の像もある。石像が多めだが。

 ……アレか? 銅像は今──哨戒に出てるから、とか。

 はは。

 

「こちらでお待ちください」

「あァ、ありがとな」

「……失礼します」

 

 客間から出て行くシエナ。

 ん。なんか溜めあったな。

 アレか、礼言われるのは慣れてねェのか? つかそォか、AIみてェなもんだもんな。前世でAIと喋る事ァ無かったとはいえ、あれだ、ヘルプデスクとかのチャットボットに礼言ってるみてェなもんか。そりゃ確かにおかしいかもしれねェ。

 

 まァたまにァいいだろ。それで感情が芽生える、なんて感動秘話にでもしといてくれ。

 

「……驚いたわね、本当に」

「はい。前回訪れた時にはいませんでした。新作ということなのでしょうが……あれほどまでに人間を模し得るものなのでしょうか?」

「知子、どう?」

「い、いまの所は、おかしな魔力反応とか、なな、ないです」

「何かあったらすぐに教えてね」

 

 なんの話かと思ったら、光眼鏡の手先。

 そこに極々小さな【排析】が展開されていた。

 

 へェ、そォいうこともできんのか。周囲の探査ができるってな、別に全身入ってなくともいいと。

 そりゃ確かに有用だ。銀バングルがあんだけ褒めて欲しそうにしてたのもわかる。これは自慢できる奴だ。

 

「……」

「ケトゥアン、どうしたの?」

「……気配。多い。……ここ。苦手だ」

「過激無口。適当で良い、一番やばそうなのはどこにいる? 私ァ気配ってのがわかんねェからよ。教えてくれ」

「……下と、上」

 

 お、すんなりあだ名受け入れてくれた。

 ホントに受け入れてくれたのかどォかは置いとくとして、ちゃんと話してくれるのはありがてェ。

 

 下と上、ね。

 頭においておこう。

 

「さっきのメイドさんさ、可愛かったねー」

「ん? あァ、なンだ、それは当然なンじゃねェのか? ガーゴイル、つまり造形物だろ? 化け物のカッコよさってなあんま理解できねェが、ヒトガタ作るってんならできるだけ美形にしてェもんなんじゃねェのか」

「ってことは、あのメイドさんがディミトラの理想のカタチなのかなー?」

「あー。確かに。魔法少女ってな成長しねェし変わらねェんだ、理想の自分ってなありそォだな」

「……ねね、梓はさ。どっちが好き?」

「何が?」

「おっきいのと、ちいさいの」

 

 ……ンン?

 虹色ロングは15歳の時に魔法少女になって、魔法少女歴もまだ10年、とか言ってたよな。

 

 なんだその話題。

 男子高校生か?

 

「もう一度聞くが、何が?」

「えー? わかんないか。梓はまだまだお子様だねー。いい? ──おっぱいのこと。大きいのがいいか、小さいのがいいか。永遠に変わらない魔法少女を語る上で外せない議題だよー」

「あァ。生憎誰かと魔法少女を語ったってことがないんでな」

「え。え? 国の学校とかで、どの魔法少女が好きかとか、えっちだとか、そういうの話さなかった? 私の時はもうみんなそういう話題で持ちきりだったよ? ちなみに私は隊長くらいの持ちやすい大きさで、且つおしりは大きめなのが好き」

 

 んー。

 なんだコイツ。

 おっさんか? いいよ? こんな大っぴらなトコじゃなければ話すよ? 話せるよ? おじさんはちゃんとおじさんだから少女についてァともかく大人の女性については話せるよ?

 いやいや。

 話さねェよガッコでそんなこと。そもそも魔法少女についての話題なんか……ああいや、男子連中たちがそォいや話してたっけ? なんぞ、魔法少女を特集した雑誌があったよォな、無かったよォな。

 

「魔法少女はさ、もう人間とは結婚できないから。魔法少女同士で恋愛するしかないから、梓も早い内にコッチへ来た方がいいよー。それで悩む子も結構いるからねー」

「コッチってな、どっちだ」

「ん? 女の子同士でイチャイチャする道、ってこと。ちなみにウチは、隊長と全員が関係持ってるよん」

「……」

「へー? そういう知識はあるんだ。進んでるねー。あ、13歳ならそれくらい普通か」

 

 いんやさ。

 なんだコイツ。いや、コイツだけじゃねェ、って事か?

 ……爛れてんなァ。

 

「梓はさ、学園に誰か好きな人いる?」

「今んところはいねェな。みんな良い子だとァ思うが、妹……いやさ、娘か? 違うな、良くて娘の友達かね。それくらいにしか思えねェよ」

「娘って……え、結婚、じゃない、もしかして産んでたの?」

「比喩だよアホ。13歳でそれァ色々無理だろ」

「だよね、びっくりした。……え? 比喩にしてもおかしくない? 私ですら自分の子供、なんて感覚を持つ魔法少女いないよ?」

「私ァ早熟なんだよ。ちなみに虹色ロングも光眼鏡も委員長もそォ見えてるよ」

「む。なにそれー。自分の方が大人です、って言いたいワケー? ──じゃ、今度教えてあげようか。ホントのオトナがどーゆーことしてるのか、って」

「あァ、はいはい。今度な」

「……ほんとにやるからね」

 

 いんやさ、あの狼引き連れてた魔法少女もそォだったが、あんまりそーいう言葉を少女の見た目で言わねェでほしい。言われてる俺が犯罪やってるみてェになるからよ。

 つーか、確か安藤さんの話だと元の年齢に魔法少女歴足して成人したら成人っつてなかったか? だから俺に手ェ出したら普通にロリコンの誹りを受けると思うンだが。つかその辺の法律ってなどォなってんだろな。あんま詳しく調べてねェや。

 

「それはおいといてさ、どっちが好きなの? おっきいのとちいさいの」

「話終わったンじゃねェのかよ」

「だって暇なんだもん。ね、梓はちょっと小さめじゃん? まぁ13歳って考えても背もちっちゃいし、身体が大きくなる前に魔法少女になっちゃったからなんだろうけど……自分のが小さいと、大きいのに憧れたりするの?」

「……憧れるだのなンだのは、別に無ェなァ。それこそさっきの話じゃねェが、私にァ理想の姿ってのが無いんでね。中学にいた頃も、このまま順当に成長して、なるよォになんだろな、くらいにしか思ってなかったし。まァ妹に背ェ抜かされた時はちっとばかしキたがよ、そんくらいだ」

「正直に言うとさ、梓って結構ど真ん中なんだよね。ちっちゃいくせに生意気で、ちょっと陰あって胸もちっちゃくて、その上で──少し、カッコイイ」

「あァそォかい。そりゃありがてェ評価だこと」

「その塩対応もいいよねー。その顔が夜にどう蕩けるのかも見てみたい……」

 

 ん-。過激無口に過激なんてあだ名つけた手前アレなんだが、虹色ロングも過激だなァ。

 過激の種類が違うが。

 

「なンだ、委員長とかはそォいう過激なのァ苦手そォに見えたが」

「委員長って、フェニキアのことだよね?」

「あァさ」

「全然。隊長と一番に付き合い始めたのフェニキアだし」

「へェ。そりゃ意外だな。告ったのはどっちからなンだ?」

「それもフェニキアからだよ。というか、隊長から私達に手を出す、みたいなのは一回も無いよ。あの人そういうとこの線引きちゃんとしてるからねー。だからみんなで協定組んで襲ったんだけど」

「……災難な」

「ちなみにちゃんと魔法使ったんだよね。私の魔法って【弱化】っていうんだけど、文字通り相手を弱くできるんだ。弱くしたところで殺せるわけじゃないからいつまでたってもD級抜けられないんだけどさ、他に近接がいる場合は別。赤ちゃんみたいに弱い力しか出せなくなった隊長をみんなで抑えて……ね?」

「ね? じゃねェよ。つかこえー魔法だなオイ。それ、心臓だの肺だのに使えァ殺傷能力上げられるだろ。心臓弱めりゃ生き物は死ぬぞ」

「瀕死にはもっていけるんだけど、機能停止まで持っていけないんだよねー。あくまで弱めるだけ」

「……使い方次第でどォとでもなりそォだがなァ」

 

 要はデバフ要員か。

 確かに過激無口のあの突撃する魔法とは相性良さそうだな。委員長が引っ張った相手の耐久性能【弱化】して地面だのに叩きつけてぶっ壊す、なんて連携もできンだろうし、単純に敵の攻撃威力の低下も狙える。虹色ロングの言う通り機能停止までもっていけねェってな確かに不便そォだが、そいつァ俺の領分だしな。

 何より遠隔で使えるっぽいのがやべェわ。魔力さえどォにかなれば、目に映る全ての化け物【弱化】させて、S級だのSS級だのが殲滅すりゃいい話。

 

 なるほど、確かに魔法自体はD級かC級なンだろォが、そォいうのもいるって話だな。

 サポートに特化した魔法少女。突撃しねェで撤退が基本な調査班には持って来いか。

 ……それを魔法少女に、しかも自分の隊の隊長に使うのはどォかしてると思うんだが。

 

「だからたとえば、こういうこともできちゃう」

「ん? ──ひゃっ!?」

「あははっ! ひゃ、だって。やっぱカワイー!」

 

 あァよ自分でも思ってねェ声が出てびっくりしたわ。

 ……なんだ、お嬢ばりの速度で背後に回られて……脇に手を入れられた。そのまま脇のやわらけェとこを高速でもにゅもにゅされた後、元の位置に戻って……それを、口へ。

 

「変態かよ……」

「えー? 今更? 今までの会話聞いてたらもっと早い段階でそう思うと思ってたんだけど」

「あァ、今身に染みたってだけだ。……で? 今のはなンだ。身体強化使ったよォには見えなかったが」

「だから、【弱化】だよ。梓の目と脳にかるーく【弱化】をかけて、反応できなくしただけ。私はそんなに速く動いてないよ。今のは梓がゆーっくりになってただけ」

「……やっぱりこえー魔法じゃ、ひぁっ!?」

「えへへ、ゆっくりになってる間に蓄積した"触れられた刺激"は消えないからね。くすぐったいでしょ。身体には【弱化】かけてないから触覚はそのままに、頭だけおいついていかないカンジ。そして唐突に流れ込んでくる感覚。……どう? 今のはお腹をこちょこちょしただけだけど……病みつきになっちゃった?」

「……」

「へー? 無視する気? じゃあもうちょっと強めの【弱化】かけて、みんなでくすぐっちゃおっかなー?」

「……対策は思いついたが、あんま余計な魔力使わせねェでくれ。私ァ魔力低いんだよ。そっちもそォだろ」

 

 やべーわ。

 コイツ、何の躊躇もなく魔法使いやがる。一応敵地になり得るかもしれねェって場所で、いたずらのためだけに魔力浪費とか何考えてんだホント。

 対策はまァ思いついた。強化すりゃいいんだ。【弱化】された分戻せるくらい強化すりゃいい。ただし、先手として【弱化】打たれたらきつい。強化の逆……世界の方が速すぎるってなってる中で、虹色ロングの手が俺に触れる前に強化を、ってなると、多分かなりキツい。

 

 この魔法、殲滅力と殺傷能力がないだけで、本気でこえー魔法だ。

 知性ある化け物相手にァ効きすぎるんじゃないかってくらい。

 

「結、あんまりいじめちゃダメよ?」

「はーい。あーあ。怒られちゃった」

「そのまま怒られまくって禁固刑にでもなってくれると助かる」

「あれ? 今の今までもう生意気なこと言っちゃダメだよ、って躾をしたつもりだったのに、まだ言うんだ?」

「あァよ、学園に帰ったらもうオーレイア隊にァ近づかねェでおくわ」

「つまり遠征中にヤれってこと? 結構難しいこと言うねー。でもわかった。検討しとくよ」

「頭パッパラパーかよ。常に【弱化】発動してんじゃねェか」

 

 あー。

 苦手だ、こういう手合いは。

 オーレイア隊、今んとこ銀バングルも虹色ロングも苦手だ……。多分だけど光眼鏡も苦手な部類。

 

 ……過激無口と委員長はこォでないことを祈る。

 

えはか彼

 

 

「お待たせいたしました。主ディミトラがお呼びです。こちらへどうぞ」

「ええ。みんな、行くわよ」

 

 よォやく、と言ったところか。

 それなりの時間を待たされたが、ついにディミトラってのとご対面らしい。

 

 客間を出て、シエナについていく。

 冷静メイドは護衛だってな話で俺にぴったりとついてくるが、オーレイア隊の面々は結構自由だ。前回来た時と変わってるっつー場所をきゃいきゃい喋りながら、主に虹色ロングと委員長が「あー!」とか「あれ前もあったよねー」とか「あれは……可愛らしい猫ですね」とか、なんだ、観光にでも来たんじゃねェかってはしゃぎ方で、それはもう煩い。

 アレのどこをオトナの女性に見ろってんだよ。修学旅行中の女学生が、良くて若いOLの旅行って感じじゃねェか。

 

「ライラック様」

「あァ、気付いてるよ」

「もしもの場合は、盾にお使いください。問題はありません。私は貴女が思っているよりは、死に難くできています」

「……ヤだね、とは返しとくよ」

「はい」

 

 尾行されている。

 上空に一匹、でけェの。通路の外に一匹、小さェの。俺達の真後ろから、足音しねェの。

 過激無口も気付いているようで、臨戦態勢って感じの雰囲気出してる。他の奴らはどォか知らねェが、虹色ロングと委員長は守った方が良さそうだな。

 

 しかし、なんだって尾行なんざするんだ。

 これから向かうのはディミトラ本人のトコで、案内人もディミトラ作のガーゴイル。俺達が不審な行動すりゃすぐにわかるし、ディミトラのトコに誰か一人でも辿り着かなかったらその時点でお察し。だから尾行なんざする意味は無いと思うんだが。

 

 それとも、こいつらはディミトラのガーゴイルじゃねェのか?

 

「こちらです」

「ええ」

 

 シエナが立ち止まる。

 そこには、外の荘厳なそれらとは違って、結構普通めな扉。殺意の類は感じないンで少なくとも即死トラップなんぞかは仕掛けられていないんだろう。

 その扉の中に、銀バングルと過激無口、光眼鏡、委員長と虹色ロングの順番で入っていく。

 

「……」

「どうかされましたか?」

「いや。……案内ありがとうな、シエナ」

「……」

 

 なんか気になったんで、もっかい言ってみた。

 すると──。

 

「……これを」

「ん」

 

 小せェ声で、くしゃくしゃに丸められた紙、っつか何かの切れ端か。それを渡してきた。

 

 やっぱり、そォいうことか。

 特に詳細も聞かずに受け取れば、今度こそシエナは沈黙。俺の後ろにいる冷静メイドにも何も言うなのジェスチャーをして、俺達も扉に入る。

 

 尾行されていたのは──シエナの方、ってこったな。

 

 

 

「これで全員ね。で? 改めて聞くけど、何用? 緊急を要する調査って、何?」

 

 そこに──いた。

 ちっせェ子供が。

 

「……」

「あ! そこのチビ! 今私の事ちっちゃ、って思ったでしょ。許さないからね!」

「そりゃすまんな。事実を心に浮かべただけなンだが」

「な──むっかァァァア! ちょっと、オーレイア! 何なのよコイツ! 失礼過ぎない!?」

 

 いやさ。

 老獪というより奇怪、だの。呑まれるな、だのさ。

 随分とこえーこえー奴を想像してきたんだが……なんだこのちびっこは。

 

「ごめんなさいね、ディミトラ。梓はまだ魔法少女になったばかりで、貴女の凄さを知らないのよ」

「……ちなみになったばっかりって、どれくらい?」

「まだ一年と経っていないわ」

「そ……それなら、仕方がないわね。エデンで私の伝説を習うのって五年度以降でしょ? まだ入ったばっかりの子だっていうなら、失礼も許してあげる」

「ほォか。あンがとよ、ちびっこ」

「ね、殺していい? アレ」

「ディミトラ、あの子は貴女より遥かに年下よ? そんなムキになって、淑女たる自分、はどこへ行ったの?」

 

 いんやさスマン。煽るべきじゃないのはわかってたんだが……どうにもちょっと、なんかキちまって。

 久しぶり……ってほどでもないか。

 あれだ。狼引き連れた魔法少女とも、なんぞこういう子供みてェな煽り合いした覚えがある。アイツもちびっこだったな。

 なンだ、俺ァちびっこと煽り合うタチだったっけか?

 

「そ……そうね。そう、私は淑女よ。もう500年も生きているんだから、そろそろ貞淑さを身に付けないと」

「500年。へェ、すげェな。その間ずっとチもご」

「ありがとうフェニキア。ちょっと梓抑えといてね。話進まないから」

 

 いや口塞がれたが、ありがたい。

 俺自身もびっくりするくらい軽口が出てくるんで困ってたんだ。

 

 ……いや。

 おかしくねェか、流石に。俺ァ……もうちっと自省できたはずだ。

 こんな、軽口叩きまくるって性格でも……いやあるにァあるが、心内に留めて置けるくらいの冷静さは持っている。

 

 さっき貰った紙を、見る。

 

「ディミトラ。最近、反魔鉱石の加工はしている?」

「ええ、勿論。何、追加発注なの?」

「いいえ。そうではなくて」

 

 "主はそこにいません"。ただそれだけが書かれた紙を。

 ──強化し、委員長の拘束を振りほどく。

 

「っぷは、銀バングル下がれ! 光眼鏡、【排析】だ!」

「ありゃ、気付いちゃうんだ? 凄いね、殺意は向けてないんだけど。聞いてたのと違うじゃない」

 

 ドパァ! と。

 周囲──チビの座ってた椅子だの、作りかけの工芸品だの銅像だのなんだのなんだの全部が全部──液体になった。それだけじゃない、地面も壁も、天井もだ。

 それらは光眼鏡や委員長の身体に纏わりつき、その黒い液体の中に沈めて行く。

 

「ディミトラ、何を──!」

「何を、も何も。──叛逆だけど?」

 

 液体は銀バングルにも纏わりつく。魔法を発動しようとしていた過激無口にもグジュリと巻き付いて、その両者ともの変身が解除された。魔法少女の衣装から、普通の服になる。

 

「反魔鉱石か!」

「そりゃねー、魔法少女を捕えるためだもん。使ってくるよ。でも」

 

 身体が後ろに投げられたのを感じた。

 黒い液体の部屋から急激に遠ざかる。視界。視界いっぱいに溢れる黒。閉じる黒。その中で、虹色ロングが笑顔でこっちに手を振っていた。

 自分は巻き込まれてンのに──笑顔で。

 

「ッ、冷静メイド!」

「すでに布石は打ちました。シエナさんとお逃げ下さい、ライラック様」

「ちょ、うッ!?」

 

 ぶん投げられた身体を、更にラリアットで押し出す冷静メイド。大分腹に来たが、そういう事言ってられない。

 見れば──冷静メイドもまた、その身に黒を纏わりつかせている。魔法少女の衣装が剥がれ、下のメイド服が見えたまま、ぺこり、と彼女は目礼をした。

 

 背後、扉が開く音。 

 硬いモンに身体がキャッチされたのを感じる。

 

「脱出します」

「ちょ、待てシエナ、まだアイツらが──」

「申し訳ございません。脱出を最優先とさせていただきます」

 

 通路に大穴を開けて。

 シエナが、俺を担いで、外に出る。

 急速にクリアになっていく思考。そォだ、そもそもなンで、俺ァあんなにも無策に敵陣に突っ込んだんだ。保険の一つくらいかけておけ。

 

「──敵性存在を確認。排除──不能。逃走経路計算中」

「シエナ、ちょいと離せ、私も戦う!」

「梓・ライラック様を敵に奪われない事。それが私の至上命令です」

 

 なンだと?

 ンなこと言うってことは、コイツEDEN側か? いや、でも、確かにこの感触は鉱石……。

 

「逃走経路算出終了。疑似飛行魔法・背面噴射機構解放。人格分割型戦闘用ガーゴイル死得無(シエナ)、発進します」

「馬鹿、空は──」

 

 何言ってンのか全然わからねェが、それだけはわかった。

 それがだめなのもわかった。過激無口が言ってただろ、上と下は危険だって。

 

 だってのに。

 

「噴射」

「ダメ、ッ──!?」

 

 シエナは──高く高く、空へと打ちあがった。

 その速度、その轟音。

 

 空中で噴射を停止し、姿勢を変え──再噴射。

 風圧も、かかるGも。

 

 ……ジェット機かよ。

 

 俺は意識を失って──そのまま、どこぞへと連れていかれたのだった。

 

えはか彼

 




名前あだ名【魔法】等級
オーレイア銀バングル【白亜】S
ケトゥアン過激無口【槍玄】A
フィニキア・各務委員長【引力】A
残府知子光眼鏡【排析】B
結・グランセ虹色ロング【弱化】D

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