「起きてください、梓・ライラック様」
「──……あァ。……あ?」
起きる。それはもう勢いよく起きる。
周囲を見渡せば──そこは、絶海の孤島。美しい意匠も荘厳な石像も無い、ただの小島。
「こ、こは」
「ここはクルメーナより北方に200㎞程進んだ海域にある島です。梓・ライラック様。これを」
「ん? ──うわっ!?」
これを、なんて軽い言葉で渡されたのは──人間の手。
いやいや。
いやいやいや。手だ。手だぞ? 手首から先の千切られた手。
「な、なんだこれ」
「貴女様方が主ディミトラの部屋へ入る際、ローグン様より預かったものです」
「預かった、って……あ、じゃあアイツの魔法なのか」
「いえ。あの方は自らの手首を斬り落とし、これを私に預けました」
「……」
……息を飲む。呑まざるを得ない。唾も飲む。
なんだ、そりゃ。
「これ……生きて、る?」
「膨大な魔力を検知しております」
「……じゃァもしかして」
受け取った手首を──地面に置く。
その瞬間、ザァッ──と地面……孤島の砂浜の砂が、一気に集まり始めた。
砂は手首に触れると、それが骨となり、筋となり肉となり皮膚となり──腕となる。
腕はクネクネと、あるいはじたばたと何かを探すように動き回り、けれど周りに何も無い事を悟ると、ぐ、と。
まるで、その腕の先に。あるいは肩の先に、人間がいるかのような仕草で力を込め。
そのままその通り、砂の中から一糸纏わぬ冷静メイドが出てきたではないか。
……いや、ではないか、じゃねェよ。
「お前……冷静メイド、か?」
「はい」
「はい、ってお前……だが、あの時確かに」
「言ったはずです。私は貴女が想定しているより死に難いと。【侵食】は大気以外のあらゆるものに侵食し、世界を己に変質させます。問題はありません。この身が反魔鉱石によって封じられようと、髪の一本でも世界にある限り、私は続きます。問題があるとすれば」
冷静メイドは、空間をなぞる。
そこに亜空間ポケットが開いた。
「復活の際、衣服がない事くらいでしょうか」
「……いや、こえーって。つか絶対B級じゃねェだろお前」
成程、鬼教官殿がくれた護衛。最初の一人だ。相当に信頼できる奴を渡してくれた、ってことだろう。俺の理念も鑑みて──相当、死に難い奴を。
……でも、魔法で復活するから大丈夫ってなよ。エデンで蘇生するから大丈夫と、なんら変わんねェんだわ。そこんとこは、わかってくれてないのかね。
「そうですね。では、改めて自己紹介をば。私はコーネリアス・ローグン。EDEN防衛班エミリー隊隊員、元S級魔法少女です。魔法は【侵食】。エミリー様を守ることができず、あの方の心に多大なる傷を負わせてしまった責より、姉と共に中央部に降級を願いました」
「ああ……そォいや言ってたな、暴走繭。目の前で仲間を食われて……それが、アンタだったのか」
「はい」
そォだ、確か言ってた。
手足の一本一本、指の一本一本を食ってく悪質な化け物で、【劇毒】のおかげでなんとかなったものの、トラウマになっちまった、って。
それが。
それをされたのが、コイツと、その仲間か。
「で、そっちの紹介も頼む。結局なんなんだ、アンタ。あの島で起きてる事含めて、洗いざらい話してくれや」
亜空間ポケットから服を取り出し、それを着込んでいる冷静メイドから視線を外し、こっちの話し合いに一切かかわらずに待ってたガーゴイルに目を向ける。
シエナ。一応、俺を助けてくれた奴。
「はい。私は主ディミトラの造形物。汎用型給仕ガーゴイル・シエナとは仮の呼称であり、本来は人格分割型戦闘用ガーゴイル・
「遺作……おい、まさか」
「その辺りの説明も含めて、どうぞこちらへ。島の奥に洞窟があります。そこが私達の本拠地となりますので」
「あ、おい。待てって!」
チラ、っと冷静メイドを見る。
そこにはもう、メイド服姿でもない、魔法少女としての衣装を身にまとった彼女がそこにいた。
「問題ありません。向かいましょう」
「あァよ。……っとに大丈夫なんだろォな?」
「これが道中での答えとなります。いかがでしょうか?」
「……あんまり嬉しかねェよ。アッチのアイツが死んだ事にァ変わりねェんだ。……あ? いや、つか、それだったら……EDENにもお前が蘇生されてることになンねェか?」
「なりません。その場合、こちらでの【侵食】は起きませんので。あちらの私はまだ生きていますが、行動が完全に封じられてしまったため、人格権を放棄しました。よってこちらの私が【侵食】により形成、人格権を得ました」
「……みんなも生きてる、ってことか?」
「恐らくは。最後に確認した限りでは、皆様一様に拘束されてはいましたが、死んではおりませんでしたので」
それは。
……それは、良かった。本当に。
良かった、が。
「人質……いや、生け捕り、か?」
「はい。ですが、詳細をここで考えるより先に、シエナ様の主に会いに行きましょう。議論はそこで」
「あァよ。……ン、主?」
「恐らくは、ここに。【鉱水】のディミトラが」
「……なンで、って疑問も、とりあえず行ってみてからか。今回も罠ってこたねェよな?」
「ライラック様がそうも冷静に様々なコトを考える事が出来ている時点でないかと。私も自らの手を切り落とすまで、妙な安心感に包まれていました。精神に作用する系統の魔法が使われていたのだと思われます」
「気付けに手首斬り落とすのはやべェな」
魔法のためとはいえ。
……なんにせよ、行くか。
今度は最大限警戒して──その、ホントの主の元とやらに。
「よ」
「……あー、アンタがディミトラで?」
「そ。私がディミトラ。そっちは梓・ライラックであってる? 合ってなかったらシエナの認識装置直さないといけないんだけど」
「あってるよ。間違いねェ。だが、アンタほんとにディミトラか?」
「なによ。チビって言いたい? 別にいいわよ、事実だし。ただ、私がディミトラであることも事実」
おォ。
どォやらホントのディミトラらしい。
容姿はクルメーナのディミトラとまんま同じだが、中身が大人だねコリャ。500年だっけ? その意思を感じる。歴戦感出てる。軽口も叩く気にならん。
「状況はどれくらい把握してる? 何もしてないなら、イチから説明するけど」
「何も把握してねェに等しい。コッチで考察はしたが、先にそっちの持ってる情報貰ってから色々考えてェんで、頼む」
「りょーかい。えーと、じゃまず事の起こりから話すわよ」
アッチの島のディミトラの部屋に似ちゃいるが、コッチのが工房って感じがあるな。
洞窟の奥深くによくこんな設備を作ったもんだ。
「──少し前、クルメーナは襲撃にあった。数多の高位魔物を従える魔法少女によって、クルメーナは壊滅状態に陥ったの。情けない話だけど、私の魔法で作り上げたガーゴイルの軍隊も、なすすべなく飲み込まれたわ」
「ソイツの容姿は?」
「青い髪。毛先は燃えるように紅く、年の頃は9歳くらい。衣装は白と黒を基調として、寒色の装飾が所々に為されたもの。髪飾りに六芒星と、手には五芒星のついた杖を持っていた」
「あァ、私を襲ったのと一緒だ」
「そ。続けてもいい?」
「頼む」
今尚EDENにおいて指名手配中であり、俺を追い詰め、しかしお嬢に細切れにされた魔法少女。その容姿と合致している。細かいとこまでばっちりだ。
「私も一応抵抗したのだけど、勝てなかった。手足を全部持っていけたのは上々よ。それでもとどめを刺す前に殺されてしまった。……問題はここから」
「……」
「エデンのように、私の島にも蘇生槽が存在するわ。そこに戻るはずだった私は、けれどそうならなかった。多分蘇生槽に何か細工をされたのね。私の造物に対してそんなことができるのは私くらい。……なのだけど、実際にやられてしまってはぐぅの音も出ない。偶然というか不始末というか、遥か昔に作ったまま放置してあった試作品の蘇生槽の方で蘇生できたからいいものの、【鉱水】は奪われてしまった」
「奪われた、ってな。どういうこった」
「完全に理解したわけじゃないけど、いい?」
「ああ、所感でいい」
「多分だけど、あっちには魔法の使える私がいるのよ。魔法と魔法少女が一心同体であることは知っているわね? まぁ知らなくてもそうなのだけど、なんらかの方法で魔法と魔法少女が分離される、なんてことが起きた場合──魔法の使えない、つまり単なる肉人形であるアッチと、ディミトラの精神である私に別たれる。魔法少女は人間には戻れないから、当然ではあるけれど、同時にありえないことでもある」
「単なる、肉人形?」
「そ。だって私が本物だもの」
なるほどなるほど、ってなるにァ結構な情報が入ってきてるが、一応見えては来たな。
あの敵の魔法少女は【洗脳】でも【簒奪】でもなく【分離】を使うってことだ。いやさ、呼称はどうでもいいんだが。
分離して……魔法だけを使っている? 自身の手駒にして……。
いや、違うな。
「アンタの【鉱水】は造形物に命を与えると聞いた。それァどういう原理だ? 【鉱水】にァそういう作用無いだろ」
「目の付け所がいいわね。そう、【鉱水】にはガーゴイルに命を与える、なんて力はない。だからそれは私の技術力によるもの。作り上げた石像や銅像に、
「……精神体化した、だと?」
「そ。長年に渡って魔物を、とりわけ精神体を研究してきた私は、ある一つの結論にたどり着いた。魔物、人間、魔法少女。それらは全て精神体が操っている肉人形であり、精神体を押さえつつ肉体から乖離させれば、その精神体が取り出せる、とね」
……魂、って奴か。
嫌な話をする。そんで、嫌な技術を思いつきやがる。
「嫌悪感むき出しね。でも、私はそれを魔物にしか使ってなかった。クルメーナを襲ってくる魔物から精神体を抜き出して、精神体化した魔物を銅像に詰め込む。すると、銅像はガーゴイルになる。まぁ肉人形から銅像に肉体を替えただけよ」
「そォいう風に言うってことァ、アンタもその可能性に行きついたって事だ」
「勿論。……私のこの長年の、本当に長年の苦労と苦難の結晶は、恐らく魔法少女にも使われてしまった。私のようにEDENに属さない魔法少女を狙っての襲撃。それによって生け捕りにした魔法少女を精神体と肉人形に分離して、精神体はガーゴイルに、肉人形には魔物の精神体を入れて、それもある種のガーゴイルよね。マリオネッタが近いかしら」
あァ、嫌な話ばかりしやがる。
コイツに限って言えば殺されたのが幸いした。しっかり殺されたから、別の蘇生槽を使って蘇生する事ができたが──EDENに属さぬ魔法少女や、そして今しがた捕まったオーレイア隊の面々は違う。
冷静メイドの証言によればあいつらは生きたままだ。
生きたまま、精神体を抜かれてガーゴイルに、魔法の使える肉体は生かされたまま次なる魂……化け物の精神体を入れられ、そちらも魔法少女のガーゴイルに。【隠蔽】、湧きポ作成、【統率】、【皇爛】。その他数多の魔法は、そういう工程を経て作られた、化け物の入った魔法少女によるもの、と見てよさそうだ。
「なんで抵抗しねェ、と言いたいが、してるか、十分」
「そ。こっちの私は魔法使えないから、技術と知識だけでどうにかするしかなかった。悲しい話、周辺海域空域共に私の放ったガーゴイルがわんさかといて、それらの制御権も奪われちゃっててどうしようもない。私自身【鉱水】以外の魔法は使えるとはいえどこに助けを求めることもできない。遠回りしてEDENまで行くにはちょっと遠すぎるし、何より私がここにいるってバレたくなかったから」
「それで──コイツを作ったのか」
「ん。シエナはね、私の精神を少し切り分けて稼働させてるの。【鉱水】を用いない、500年以上に及ぶ知識と技術のみで作り上げたガーゴイル。他のガーゴイルより精密で壊れやすいのが難点だけど、他のガーゴイルにはできないことが沢山できる。たとえば──敵に乗っ取られた基地の調査、とか」
あァ、もう完全にロボット、いやさアンドロイドだった。
ウィーンガシャガシャと背中に穴開いてジェットパックが出てくンのも、空中で姿勢制御するために足先から噴射したり、両腕からメタリックな翼出てくんのも、ホントにアンドロイドだ。鉄腕ナンタラだ。
これを、この化け物共によって文明の滅びまくっていく世界で、たかだか500年で辿り着き、完成させきるってな、相当な天才なンだろう。
もうちっと倫理を持ち合わせて欲しかったが。
「その、ガーゴイルにされた魔法少女を救う手立てってなあンのか?」
「あるわ。そのために貴女を調べさせてもらったわけだし」
「……あァさ、そういうことかよ」
なンで俺の名前知ってンのか、とか。シエナの至上命令が俺を奪われないようにする事ってなどォいう事だ、とか。
そォかそォか。
クソが。
「殺せ、ってか」
「そ。EDENの魔法少女の蘇生槽は、EDENが厳重に管理している。だから、ガーゴイルになってしまった精神体の方と、魔物の精神体を入れられてしまった肉人形の方。そのどちらもを殺せば、EDENの魔法少女はEDENの蘇生槽に還る。そこで蘇生する。肉人形の方はこっちでもなんとかできるかもしれないけど、ガーゴイルは無理。【即死】させることでしか殺し得ない。だからこその、貴女。梓・ライラック」
「……──」
あー。
あァ。
あァ。
「それァ、断る事はできンのか」
「別に良いわよ? その場合、敵勢力はさらに拡大し、オーレイア隊の面々も還っては来ない。利用されるだけにあるEDENに所属しない魔法少女も、勿論私も泣き寝入り。貴女の嫌悪する外道の増大を、ただただ見ているだけ、なんて。それを良いと言えるのなら、別に良い。どう? 梓・ライラック?」
なんなんだよ。
なんだってんだよ。
なんでそんな、俺にそれを求めんだ。折角見つけたかと思ったのによ。そんな悲しい理由じゃない、ちゃんとした理由で、俺が使いたいと思える理由で、この魔法を使えるかもしれないって可能性を。折角教えてもらったんだ。魔法は使い方次第で、可能性はいくらでもあるって。俺がどうにかすれば、どうにかなる可能性は絶対にあるって。
そんな風に言われたんだ。無事に帰って来いって、願ってるって、祈ってるってさ。
言われてさ。
それで、仕方が無かったから、仲間を殺して帰ってきました、って。
そんな。
「なんで、死が救いになるようなコトばっか起きるんだ」
「……それ、貴女が言う?」
「何が」
「いいえ。なんでもないわ。やりたくないならそう言って。そうしたら私は、貴女を殺すから」
「ッ、どういう」
「少なくとも今ここで貴女を殺せば、敵に貴女を奪われない。貴女の【即死】は唯一ガーゴイルから精神体を解放できる手段だから、私はなんとしてでも貴女をEDENに還す。貴女があの島に向かい、彼女らを、そして私の島を解放しないというのなら、私は私のために、その手段を取る」
「脅し、かよ」
「貴女が貴女のために殺さないという手段を取るなら、よ。勿論今の私は魔法を使えない。だから貴女を殺せず、貴女に殺される事も十二分に考えられる。そのままここの蘇生槽を破壊してしまえばはいオシマイ」
俺が、俺のために。
……死なないで欲しいから、なんてのは。
俺の心が傷付かないためのエゴだ。俺が悲しくなりたくないから、ただそれだけのために、死んでほしくない。そんな、エゴ。
やめてくれよ。
怪我をして、苦痛を背負って。それで俺に死を懇願してくるのは、キツい。
どうしようもなくなって、捕まっちまって、ただ利用されるだけだからって──殺さなきゃいけない、なんて。そんなのも、キツい。
やめてくれよ。
俺はそういう風に、【即死】を救いみたいに扱いたくないんだよ。死ぬってのは怖い事なんだ。死ぬって言うのは悲しいことなんだよ。
やめてくれよ。
そう、せざるを得ない、なんて。
やめてくれよ。
本当に。
「……わかった。みんなを──殺す」
「ん。理解があって何よりね。そうしてくれるというのなら、私も最大限手を貸すわ。まずは貴女のその義手。作りが粗いにも程がある。多機能且つ高性能で耐久性の高いものに代えてあげる」
「いや、機能も性能も要らねェ。耐久性は欲しいが、もっと欲しいモンがある」
「そ。何かしら。注文主の要望には応えるわ。私は彫金師、造形芸術家だから」
「魔力だ。私ァ魔力量がちょいと低くてな。そも、アンタを訪ねたのはそれが理由でもあった。この腕に、魔力の増強を施す仕組みを付けたせねェか?」
「……なるほど。なるほど。キリバチかしら、その提言をしたのは。それに、その紋章。私が昔アニマにあげた奴。良いわ。良い。凄く良い。とっても良いね」
ちょいと、雰囲気が変わった。
今までの飄々としてたのから──なんぞか、マッドな空気を感じる。口調も女性的なソレから、どこか無機質な──けれど妄執を感じさせるそれに変わっていく。
「良いね。あァ──とても好い。好ましい。ソレはさ、私への課題。私への挑戦だ。過去、唯一応えられなかった要望。それが完成しているのだと思ったのかな。ああ、それは、それはさ、私への期待だ。素晴らしいよ。EDEN。本当に、依頼主としても注文主としても素晴らしい。だから君たちとは同盟を組んでいるんだ。──貸して、それ。そして三日欲しい。【鉱水】の無い私ではそれくらいの時間がかかるけれど、仕上げて見せる」
鬼気迫る、というか。
そのやべェ雰囲気に、「あ、あァ」なんて言って、俺ァ腕を外す。
一応自分で色々できるように着脱方法は覚えてンだ。
ゴトン、と外れたそれを、シエナがひょいと持ち上げた。
「主ディミトラ。どうぞ」
「うん。貴女達は三日間、ここには入らないで。入ってきたら外敵として処理する。それくらい集中する。天候的にここから五日は雨も降らないだろうから、三日。島で過ごして。あまり南側には寄らないように。クルメーナから見られる可能性があるから、そこも注意ね」
そんな感じで。
俺達は洞窟の工房から追い出されてしまったのである。
……。
ふゥ。
「冷静メイド」
「はい」
「ちょいと、考えたい。都度都度助言をくれ」
「わかりました」
まず、ここから三日の間に何が起きるか、だ。
あっちのディミトラ……あだ名、マッドチビとかでいいか。マッドチビは銀バングルに「叛逆」という言葉を残していた。それが文字通りのソレなら、EDENへの叛逆、という事だ。だが、何からの叛逆だ。EDENがあっちの魔法少女に何かしたのか?
……そもそもの問題。
結局あの魔法少女はなんなんだ、って話。
「冷静メイド。化け物を従える魔法ってな、EDENにも存在すンのか?」
「魔物への洗脳、催眠効果を持つ魔法は記録されていません。ですが、SS級魔法少女ネイビー・ブルー様の【寄生】であれば、疑似的にではありますが、似たような事も可能でしょう」
「あァ、特殊魔法少女の到達点か」
「はい。【寄生】は文字通り対象に己を寄生させる魔法であり、その対象は自然物、人間、魔物と、ありとあらゆるものに及びます。【寄生】された対象はネイビー・ブルー様の意のままに操られ、その身その命の終わりまで自己を取り戻す事はありません。その状態で死が訪れた場合、ネイビー・ブルー様は死にますが、魔法少女ですので蘇生が可能です」
「……だがまァ、多分ソイツじゃねェな。ソイツ普通にEDEN側だろォし」
「はい。軍事部も中央部も関与を一度は疑いましたが、特に怪しい繋がりは見えませんでした。そも、ネイビー・ブルー様は基本的にEDEN内にいらっしゃるため、外部との接触が極めて少ないのです」
違うが、似たようなコトなんじゃねェか、とは思ってる。
化け物を従える。そして化け物と心を通わせる。あン時、あの魔法少女は確実に狼の化け物と喋ってた。思えば狼の化け物が小学校に現れた時の外部からの侵攻。あの化け物共もなんぞかなぁなぁで、様子がおかしかった。
やる気が無かったのは、囮だって知らされていたから、か?
「EDENに所属していない魔法少女ってな、自然に湧いて出るモンなのか?」
「魔物の様に形成されるわけではありませんが、人間として生まれ、唐突に魔法少女に覚醒する、ということであれば、当然の様にあります。ライラック様も、そして私も。EDENに所属する魔法少女の全てがそうであったように」
「あァ、そォか。つまり、国民じゃねェ奴で、外のどっかで生き残ってる人間の集落なりがあったら、そこで魔法少女が生まれる可能性もあるワケね」
「はい。ただし、その場合蘇生槽を確保する事が難しいため、死が訪れたのであればそのまま死ぬ、という事も多いです。それら魔法少女にEDENから蘇生槽を貸出することもありますが、その場合その方の魔法はEDENに記録されます」
「ってこたァ、蘇生槽を元から有していて、且つEDENじゃねェ集落で生まれた魔法少女なワケだ。蘇生槽ってなそんな簡単に作れるモンなのか?」
「否定します。その製法は知らされていませんが、数を生成できるのならば、EDENは各地に支部などを作る事ができているかと」
「そいつァ、そうか」
やっぱりちょいと無理がある。
製法の知られてねェ蘇生槽をEDENに隠し持ってた人間の集落? んなもんあったら目立つだろ。どこぞに隠れ住んでいた……ってのを言うには、地下だの天空だのじゃねェとキツい。EDENの魔法少女は遠征に行ってるんだ。もう何百年と。それからどォやって逃げて生きてきたってんだ。
あんましEDENを妄信すんのも良くねえたァ思うが、どォにもしっくり来ない。
来ないが、こっから先は何とでも言える。推測予測ってなしっかりした情報あってこそだ。妄想混じりじゃ単なる憶測に終わる。んじゃ意味は無ェ。
「これ以上は無理だな。とにかく、こっから三日で何が起きるかを想定しておく。まず、一番やべェのは化け物の精神体ってのが入ったオーレイア隊の面々がEDENに帰投するってパターンだ。マッドチビの叛逆をEDENに伝えるのやもしれねェし、蘇生槽に細工ってのをするのかもしれねェ。そうされたらお手上げ。だが、三日じゃEDENにギリギリ辿り着けるかどォか、ってとこだ。海を渡るのに二日、あの廃墟群からEDENまで一日半。私の腕の改良が終わったら、速攻で全部を片付けりゃあるいは、だな」
「……魔物の精神体の入った魔法少女のガーゴイルなるものが、人間の言語を喋り得るのでしょうか?」
「あァ、そォいやソレがあったな。……言語を教えるのにちィと時間がかかるんじゃねェか? そォでなくとも、人間らしい振舞いや元のアイツらっぽい言動にさせねェと、EDENに帰した時怪しまれる。……となると、そう簡単には帰さねェか」
「楽観視することは危険ですが、悲観的過ぎる考えは焦りを生みます。最悪の場合を想定しつつ、どのような状況にも耐え得る中立の状態で動くのが最善です」
「あァよ」
確かに中身が化け物だったら気付きそォなもんだ。
ただそォなると、銅像だのに入れられてガーゴイルになってる魔法少女はどォなんだってとこだよな。なんで大人しく付き従ってんだって。あるいは強制する何かがある、とかか。制御権がどォのとか言ってたしな。
「……冷静メイド。お前の魔力量でクルメーナ及びガーゴイルらの警戒域を避けて遠回りしてEDENに帰る場合、どんくらい時間がかかる?」
「四日は要します。ですが、今ここで死を選べば問題ありません」
「ダメだ」
「事態の緊急性、及びオーレイア隊の面々を殺す事について承知したものだと思いましたが、違いましたか?」
「……」
ダメ、だ。
それは。俺が一番嫌いな奴だ。
だけど、冷静メイドのその問いはもっともだ。
オーレイア隊の奴らを殺すのを納得しといて、EDENへの伝達のために死ぬ冷静メイドを看過できねェなんてのは、ダブスタにも程がある。仕方が無いから。仕方がなく無いから、なんて。
そんな理由で死への態度を簡単に変えるンなら、そんなエゴとっとと捨てちまえって話だ。
けど。
「……い、や……だ」
「嫌、ですか」
「無理言ってる自覚はある。意味わかんねェってその顔も理解できる。でも、私ァお前に死んでほしくない」
「……ひとつ、問うてもよろしいでしょうか」
「あァ……なんだ」
事態の緊急性。その通りだ。今すぐにでもEDENに仔細を伝える必要がある。応援が欲しいのもそォだし、蘇生槽の管理を厳重にっつーのも伝えなきゃならねェ。本当にその通りだ。だから、通達手段は可能な限り早いものがいい。
唯一敵の魔法少女の拘束から逃れ、情報を有して帰ってきた冷静メイドは、それらをEDENに持ち帰る義務がある。使命がある。それを阻害する、というのは。
言った。俺はマッドチビに言った。あいつらを殺すと、わかったって、はっきり言ったんだ。
それを、今更、なんて。
「ライラック様。貴女は、貴女のその死を忌避する言動、及び作戦方針において──その結果、更なる死を生んでしまった場合。貴女の心は、それに耐えられますか?」
「……」
「比較することが失礼であると承知の上で言わせていただきます。私達の隊の隊長であるエミリー様は、私達を失うことに耐えられませんでした。私自身、あの時は大層絶望したものですが、その作戦そのものには納得していました。【侵食】や【劇毒】はその凶悪性とは裏腹に、触れなければならない近接魔法です。故に私や姉、隊の面々が近接によってあの魔物を削り、出来た穴にエミリー様が【壊糸】を入れ、壊す。魔法少女として、多少の被害は出るだろうと思っていました。私や姉、隊の面々、あるいはエミリー様。誰もが無事であることは難しく、そして死した方が楽だな、とも。私と姉などの場合それは顕著ですね。捕食された方が、【侵食】や【劇毒】の効果を発揮しやすくなる。故に私は納得いたしました。
淡々と。
けれどどこか──後悔するように。
冷静メイドは、言う。続ける。
「故に私達は、私と姉は、特に抵抗らしい抵抗をしなかったのです。悪意のある捕食……高位の魔物故、遊ぶ、という事を覚えていたのでしょう。私の身体を少しずつ千切って食べて行くソレに嫌悪感を覚えましたし、多大なる苦痛を背負いました。けれど、それが最も近道であると知っていたため、抵抗しなかったのです。捕食されてから【侵食】を行えば。捕食されてから【劇毒】を放てば。問題は無い。作戦に問題は無い。無駄に抵抗して戦闘を長引かせる方が悪であると、私は私のために、効率という名の信条を取りました」
懺悔だ。
目を閉じて、手を組んで。
何かに、告白する様に。
「──結果。私達が無抵抗で捕食される様相は……エミリー様の心に多大なる傷を負わせてしまいました。私も姉も、それを望んではいませんでした。当然の事だったのです。私達にとって死は手段であり、それを取る事は当たり前の事でした。効率を、あるいはEDENの守護を目的にするのなら、私達の命が失われることなど当然だと。……けれど。いいえ、ですが、ですね」
冷静メイドは。
コーネリアス・ローグンは。
「ですが、違ったのです。私の取った手法は──最終的に、エミリー様の心を傷つけるだけに終わってしまった。今尚隔離塔に籠るエミリー様と会話をしました。【壊糸】の繭に籠り、心を閉ざすエミリー様と、話をしました。……あの方と。彼女と、話をした時。
あァ──そォか。
俺と比較してンのは、暴走繭じゃなくて。
お前、か。
「私は嫌で、それを取ったのです。私がエミリー様の手を煩わせるのが、作戦が失敗するのが、非効率であるのが嫌で、抵抗せずに捕食される、という手段を取ったのです。その結果、作戦こそ成功したものの、効率的とは言い難く、さらには傷付く必要のないエミリー様の心まで傷つけて、彼女に必要以上の恐怖を与えてしまいました。……それが、耐え難かった。冷静メイド、などと呼んでくださっていますが、そんなことはありません。私は今も後悔しています。今も動揺しています。今も──恐れています。私の効率を重視する行動が。私の信条に、信念に基づいた行動が。もっと、大きな、私の大切にするものにまで被害を及ぼす結果にならないか、と」
故に、問うと。
俺に。冷静メイドは、問うのだと。
「もう一度、同じ問いをします。ライラック様。貴女は、貴女のその死を忌避する言動、及び作戦方針において──その結果、更なる死を生んでしまった場合。貴女の心は、それに耐えられますか?」
その問いに。
俺の心は、ようやく決まった。