遠吠えは遥か彼方に   作:劇鼠らてこ

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23.地羅止湾藍符哀鳴符阿雲度.

「ライラック様!」

「ン──問題ねェよ」

 

 EDENへの侵攻。

 聞きてェ事が増えたが、まァ腹積もりはわかった。委員長の記憶を持ってァいるが、コイツは敵側だ。敵だ。ただその肉体を傷つけちゃいけねェだけの、敵。

 

 飛んできた鉄の棒みてェなのを避ける。

 殺意は感じなかった。流れ弾かね。

 

 っ、いや違う、全身強化で屈め!

 

「──【槍玄】」

「な、ァ!?」

 

 壁。壁に、突き刺さった。

 過激無口が。そのコースは、俺を巻き込むもの。屈まなかったら壁にぐしゃってなってた。

 

 だが、隙だらけの腹だ。今の内に冷静メイドの髪を……いや、逃げるが先!

 冷静メイドとシエナの方に合流する。

 

 ダメだ、さっきから昂揚感による酔いのせいで、隙あらば攻撃だの拘束だのを考えてる自分がいる。今のだって髪の毛巻き付けてる間に過激無口が復活する可能性は十分にあったし、そもそもきかねェ可能性もあった。隙あらばどころか隙じゃねェかもしれなかったんだ。

 確かに【即死】を撃ち込む隙でァあるんだろう。【即死】させられる相手なら、今の判断で攻撃しにいくのは正しいように思う。

 だが、他の手段で──絶対でない手段での攻撃はダメだ。俺ァそんなに強かない。思い出せ、自分がお飾りA級だってこと。

 

「冷静メイド、どォだ。糸口ってな、ありそォか?」

「フェニキア様ならば拘束は可能です。問題ありません。ですが、ケトゥアン様は……」

「お二人とも、来ます!」

 

 シエナの声と共に、俺は左に、冷静メイドは上に逃げる。

 過激無口の【槍玄】。その魔法について詳しく知ってるワケじゃねェが、道中の戦いや今のあれそれを見るに、己の身体を槍に見立てて突っ込んでくるっつー、すんげェ近接も近接な魔法ってなモンなんだろう。突撃中は貫通力を増す上、推進力もあンな。海の中を突き進めるくらいの推進力があって、水平方向に突っ込んでくるのもできるって感じか?

 だが、一度狙いを定めたら何かにぶち当たるか魔法を解除するまで止まれなそォだな。そこが狙い目か。

 

「……俊敏」

「そうですね。ではケトゥアン、これを」

「……」

 

 委員長の元に戻った過激無口。仲間意識は消えてねェっつか、銀バングルへの愛情ってながちゃんと残ってる以上、普通に委員長や過激無口としての戦い方も消えてねェと見るべきだ。

 つまり、連携力も十二分。あるいは同じ種族の化け物が入ってて、そこでも群れだったンならそれ以上の可能性もあンな。

 

「【槍玄】」

 

 まァでも愚直な直線の突撃に当たる程俺ァ──。

 

「ライラック様!」

「!?」

 

 知覚強化はちゃんとした。そのコースは確かに俺を狙ってきていたけれど、その貫通範囲を踏まえた上で避けた、はずだった。

 

 だが、今こうして──守られている。

 回避を行った俺を押しのけて、真っ白い盾を持った冷静メイドに。

 

「長くは持ちません、退避を!」

「ッ」

 

 転がるようにして冷静メイドの背後から外れる。

 ──いや、違う。こっちじゃない。

 

「冷静メイド、委員長から離れた方へ逸れろ!」

「承、知……!」

 

 盾で過激無口を弾き、俺が逃げ直した方へその身を翻す。

 衝撃でばらばらと崩れ落ちる盾。白いそれは、地面へと落ちると、真黒な金属へと変じた。

 

「【侵食】でその辺のもんを骨にして組み合わせて盾にしてたのか」

「はい。ライラック様は私が怪我を負う事も忌むかと思いましたので」

「いいね、私の事をわかってきたな」

 

 少し離れた所にいるシエナを見る。

 ……分析中って感じか? 何か見てるな。

 

「今のは」

「多分、【引力】と【槍玄】の合わせ技だな。【引力】の紐を付けた過激無口が突っ込んできて、その紐を引っ張る事で無理矢理【槍玄】の軌道を変える。助かったよ、ほんと。今のはやられてたかもしれねェ」

「いえ。……ですが、そういう原理であるのなら」

「あァ。無防備な奴がいらァな」

 

 弾かれ、壁にぶち当たった過激無口が出てくる。

 さっきから殺意ってな感じねェが、どォにも狙いは俺らしい。

 

 んじゃ、囮は任せろってな。

 

「ちょいと吸わせてもらうぜ」

 

 魔煙草を取り出し、起動。

 義手ン中に全部入れてたやつだが、マッドチビに返してもらって良かったぜ。ったく、昂揚に溢れた俺ってな、ちょいと考え無しが過ぎる。

 あ──いいね、慣れ親しんだ、良い不味さだ。脳がクリアになる……。

 

 ──聴力強化。踏み込みではなく、風を切る音を聞く。まっすぐに進むソレは俺を突き破るコースだが、委員長の位置からして左側には曲がれねェな。【引力】ってな引っ張る魔法であって押し出す魔法じゃねェ。んじゃ左側に……いや、待て。委員長の記憶まで持ってンなら、そんなもう見破られた戦略使うか? 聴力強化。思考速度も上げる。どんどんゆっくりになる世界に、深く深く潜っていく。

 

 一度見破られた技。且つ、自分達だって弱点はわかってるはずだ。その上でもっかい同じことしてくるってこた、委員長もその戦略も囮。確実に俺を仕留める──あるいは捕まえるための一手に過ぎない。そォだ、敵は俺の【即死】を欲しがってたんだ、殺意なんかあるわけがねェ。【槍玄】の威力を理解してンのかどうかはともかく、生きてさえいればいい、程度の考えで来てる可能性が高い。

 直感は発動しねェってことだ。んでもって、たとえ委員長が拘束されようと、確実に俺を捕まえに来る。範囲の分かってる攻撃、なンかじゃなく──。

 

 視覚強化。部屋全体を見て、ソレを探す。

 あァ、やっぱりあった。ギシ、という音。

 

「だから、取るべきは、下!」

 

 思考を一気に浮上させ、全身強化で寝そべるくらいしゃがみ込む。

 そのスレッスレを通り過ぎて行く過激無口。その軌道は、委員長側、ではない。

 

「きゃ!?」

「拘束します」

「何するんですか、ローグンさん!」

「拘束です」

 

 偽マッドチビのいた椅子の辺りで棒立ちだった委員長に、それはもう馬乗りになって、その周辺の床からざぁざぁと髪の毛を出し、めちゃくちゃの雁字搦めにする冷静メイド。

 効率的な縛り方、などではない。これでもかというほどの髪の毛を委員長の身体に絡めさせ、【侵食】を解く。

 

「う……!」

「──分析完了。対象の魔法【槍玄】の破壊力は、最初の勢いが無ければ発揮されません。梓・ライラック様、これを!」

 

 シエナによって投げつけられるは──肘で折り畳まれた女性の腕2本。オイオイなんてものを投げてやがる、なんてツッコミをしてる暇はない。

 投げられたソレを受け取り、過激無口の胴体に絡ませる。

 その【侵食】も、解けた。

 

「……む。……だが」

「なら、私が抑えます!」

 

 まだ腹に金属の枷二個つけたまま、けれどまだ動こうとしていた過激無口。その背にドスンと鈍い音を立てて、シエナが降り立った。

 背骨、大丈夫だよな?

 

「……!」

「シエナ様。お任せを」

 

 そこに冷静メイドが来る。委員長と同じように髪の毛をふんだんに絡めて絡めて絡めまくって、いやささらに念入りに、指の一本一本に至るまでを縛って──【侵食】を解いた。

 

「──制圧完了。お怪我はありませんか、お二方」

「損傷はありません。戦闘続行可能です」

「あァ、私も問題ねェよ。先を急ごう」

 

 金属やら石やら何やらで構成された細い紐に雁字搦めにされた二人。

 過激無口の方は未だ抵抗しようとしてるが、動けやしねェ様子だ。あァ、【侵食】ってなこえー魔法だが、使い方次第だな、ホント。

 

「下階への扉はこっちです」

 

 とりあえずァ、無力化完了ってことで。

 

えはか彼

 

 階段を下っていく。これァ、結構潜るな。

 

「ライラック様。何故あの場で下を選択したのでしょうか」

「ん? あァさっきのか。いんやさ、委員長ってなもっと賢い奴だと思ったからよ。確実に私を仕留めるか捕えるかすンなら、もっと自由度のある攻撃をしてくるって思ったんだ。んで【引力】は引っ張る魔法ってなわかってたが、その長さはあんなモンじゃァねェ。この二つを加味すると、どっかに委員長側じゃねェ方向にも引っ張れる【引力】を仕込んでる可能性が高ェんじゃねェかって考えたのさ」

 

 押し出せないなら、反対から引っ張りゃいい。それで同じ結果を出せる。

 どうやって反対側から引っ張るかって、そりゃ。

 

「部屋の隅のどっかに【引力】の紐をひっかけて、そっちも過激無口の身体につけとく。そうすりゃ、獲物がどっち行こうと仕留められる。最初にアレを見せた時は冷静メイドが傍にいたからな。その奥の手を見せたらお前は私の傍から離れようとしなかっただろ? お前が私から離れるとしたら、種も仕掛けもわかって、最優先に潰すべきモンが見えた状況って時だけだ。絶好の隙なのさ、そこが」

 

 冷静メイドは反射神経だけで俺を守り得る可能性があった。シエナは離れたトコにいたんで問題は無いが、冷静メイドがいるってだけで確実性を欠く。

 だから、目に見えた餌……制圧しやすそォな委員長っつー餌をぶら下げて、冷静メイドを引き剥がそうとしたってワケだ。その目論見は成功しつつ、俺も高ァ括ってなんでもなく左側に逃げようとしてた。もしそォしてたら、過激無口は俺を捕まえて逃げるなりしたンだろう。んで敵の魔法少女の元に献上ってな具合だ。

 

 シエナが追いついてァくれたかもしれねェが、数十のガーゴイルの群れに入っちまったら終わり。シエナ一人じゃ対処しきれねェだろうからな。

 そんなシナリオだったんだと思う。細部まで合ってるかどォかは知らん。委員長ともそんな腹ァ割って話したわけじゃねェしな。

 

「なるほど。ご教授ありがとうございます」

「んな大したモンじゃねェがよ。で、シエナは何してたんだ? 分析の類だと思うんだが」

「私には魔力を検知する機能や、対象魔法の発動条件などを計算、調査する機能が備わっています。それらを用い、【引力】及び【槍玄】の効果範囲や必要魔力などを分析していました。申し訳ございません。戦闘のお手伝いをすると言ったにもかかわらず……」

「いんやさ、適材適所だ。私ァどォにも敵さんから狙われるみてェなんで、囮として役に立つ。冷静メイドは色々できる上、拘束に長けてるから役に立つ。お前さんはその機能ってなで、私達のわからねェ事に気付けるから役に立つってこったろ?」

「はい。次は、必ず」

 

 二人ともよくやってくれてる方だ。

 多分だけど、シエナが戦闘にあんまり参加しなかったのは、その武装に殺傷能力がありすぎるから、ってのもあるんだと思う。俺が最初に言った殺すなって言葉に従うと、選択できる武装に限りがあンだろう。だから戦闘でなく、分析に徹したってトコか。

 冷静メイドの方もちゃんと防御と拘束に振ってくれてる。ありがてェよ、ほんと。

 

「次。そォだな。次だ。次を考えよう。まず、気を付けるべきは虹色ロングだ。アイツの【弱化】は果てしなく厄介だ。アイツの話聞いてる限りじゃ、生物以外にァ効かなそうなのが救いか。拘束ァ今と同じ方法でいいだろォが、どォやるかだな」

「先手必勝、ではどうでしょうか」

「そォ言って突っ込んだら思うつぼだ。【弱化】は遠隔魔法だから、触れなくとも発動できる。……光眼鏡の【排析】の中にいたりしたら最悪だ。そン時は、ちっと作戦立てるために引き返す必要があるかもしれねェ」

「【排析】の強度は、どれほどと思われますか?」

「あのイッカクの突きってなどんくらいの攻撃だった? 化け物の等級区分でいい」

「恐らくはAからSです」

「なら、それくらいにァ負ける程度の強度だ。シエナ、お前の武装ってな、一番つえーのでどんくらいの威力が出せる?」

「魔法少女の等級区分に従うのなら、殲滅力はS、殺傷能力はA程度です」

「なるほど」

 

 マルチミサイルかなんかでも積んでんのかね。その殲滅力の高さは。

 

「熱源反応を2つ検知」

「あァ、多分光眼鏡と虹色ロングだ。組み合わせとしちゃ絶好だからな。さて、どォするか──」

「ッ、魔力を検知! 後退してください──!」

 

 ぐい、と引っ張られる。襟首を冷静メイドに持たれて──階段の上にまでぶん投げられたんだ。

 シエナは飛んで逃げて。

 

 その、冷静メイドは。

 

「──問題、ありません」

 

 身体の半分以上を真っ白に染めて、そんなことを宣った。

 

えは

 

「大丈夫、です……が、ご命令に、したがえぬ、こと、を、おゆるしください」

「何言って」

 

 ガチン、と。

 冷静メイドは、どう見ても大丈夫じゃない冷静メイドは、自らの指を噛み千切る。そしてそれを、ぷっ、と階段に吐き捨てた。

 

 そして──そこから、あの砂浜の時と同じように。

 階段を【侵食】し、()()()()()冷静メイド。勿論、衣服の無い状態で。

 

「問題は無いと言いました」

「……ソッチは」

「人格権を手放したため、単なる肉体になりました。申し訳ございません。この手法での脱出も嫌だと仰られていたにも関わらず……」

「……いや、いい。今はそんなこと言ってられねェし、お前は……死んで、ないんだよな。じゃ、早く服着てくれ」

「承知いたしました」

 

 そこの割り切りってな、俺にァどうにも難しい。

 それを割り切っちまったら、魔法少女の蘇生まで行っちまう気がする。

 

 けど、今その問答はできねェ。そんな事やってる場合じゃねェ。

 

「どォいうこった、シエナ。中にいるのは光眼鏡と虹色ロングじゃねェのか?」

「──この白色の物質は、生物の歯と同じセメント質ですね。恐らくこれが【白亜】かと」

「あァさ、そいつァ知ってんだ。中にいる熱源ってな、身長ァどんくらいかわかるか?」

「申し訳ありません。私に搭載されている機能では、対象物の大きさは測る事ができません」

「そォかい。そいつァ無理言ってすまなかったな」

 

 そこまで高性能な熱源感知センサーは無理か。

 ま、熱源が感知できるってだけで十分だな。

 

「さて、どォやって入るか。【白亜】ってな、生物以外にもイケんだな」

「……ならば、【侵食】し返しましょう」

 

 言って──冷静メイドが、地面に手をつける。

 途端、広がっていく白。【白亜】の白によく似た、けれどザラザラ、ぼこぼことした白。材質自体は同じだが──こっちは、その一つ一つが骨だ。

 ドアも壁も【白亜】化していたそこを、骨が骨が骨が覆っていく。それらは上に行くほどにバランスを保てなくなり、ガラガラと崩れ落ちた。

 

「コーネリアス・ローグン。元S級魔法少女にして、私と同じく世界を変質させる魔法を使う魔法少女の憧れ。まさかこのような形で対立することになるとは思ってなかったわ」

「同じ言葉を返しましょう。【白亜】の美しさは私達の耳にも届いております。戦場の全てを白に染める魔法の使い手、オーレイア様。地形も魔物も全て白亜に染める様は圧巻だった、と」

「そう。ローグンさん、初めは私達に興味無さそうだったから、知られていないものだと思っていたけれど……ちゃんと、知っていてくれたのね」

「無論です。──私は私の範囲で、キリバチ様やエミリー様を守るため──()()()()()()()魔法を使う魔法少女については調べています。同系統ともなれば、殊更に」

 

 いた。

 光眼鏡と銀バングル。

 虹色ロングはいない。

 

 だが、ンなこと以上に──なンか、バチバチしてらァ。

 

「知子」

「は、はい」

「梓以外は殺してもいいとの事だったけれど、ローグンさんには手を出さないで。私がやりたいの」

「わわ、わかりました。では──あのガーゴイルを、破壊します」

 

 そォいや、オーレイア隊にァ明確なアタッカーってのが二人しかいねェって言ってた。

 一人は過激無口だとして。

 

 明確なアタッカーってな、もう一人は、誰だ。

 

「シエナ! 逃げろ!」

「──ッ!?」

 

 委員長はアタッカーってよりサポーターだ。銀バングルもこの分なら遠隔で戦った方が良い。虹色ロングは俺が見てわかる程に魔力が低く、その魔法もサポート向き。

 じゃァ、もう一人ってのァ誰なのか。

 ンなもん決まってる。他に見つからないなら、ソイツしかいない。

 

「【排析】」

「【即死】──!」

「!?」

 

 知覚強化と腕部強化で、ソレを掠める。

 そして、殺した。……あァ、ちゃんと殺せたな。

 

「わ、わわっ!?」

「……驚いた。梓、貴女のことだから、仲間は殺せないかと思っていたのに──【即死】を使ってくるのね」

「馬鹿が。仲間は殺せねェに決まってんだろ。だが、仲間の魔法なら殺せんだよ、私ァ。【排析】が特殊魔法じゃねェってな、あのイッカクの時にわかったしな」

「申し訳ありません、助かりました、梓・ライラック様」

 

 おどおどした声を出しながら、けどしっかり後退する光眼鏡。

 今の踏み込み。速さ。的確さ。どれをとってもB級のそれじゃァなかった。それに、拳に纏った小せェ【排析】。AからS級の攻撃に対する耐久力があるってンなら、そりゃそォだよな。攻撃に使うのだって、使い方の一つだ。

 むしろそれで空間を押しやれる、んだったか。そりゃ、威力もすげェんだろォよ。

 アタッカーやるにァ十分な効果だ。

 

 だが──ハハ。

 風ってなまだ、俺に向いているらしい。

 

「あんま、試した事なかったんだけどな。特殊魔法を殺せることは知ってたが、やる機会も無かった。やりたくなかったから。が──そォいう遠隔魔法も殺せるってな、そォいや習った気がするよ。周りにいる遠隔が一瞬で消えちまうのばっかだったし、触れたら私の手がやばそォだったんで試す機会は無かったが──そォいうタイプなら、話は違ェや」

「……わ、私と、戦う、んですか……?」

「あァよ。魔法少女歴20年の大ベテランなンだろ? 胸貸してくれや、先輩」

「……!」

 

 あァ──また、いけねェ昂揚感に包まれてやがる。

 引かなきゃいけねェはずだ。相手は大ベテランなんだから、シエナに逃げ回ってもらえばいいだけの話じゃねェのか。俺を殺さねェって言ってんならそれでいいはずだ。冷静メイドは銀バングルとやりあうってんだからそっちのサポートも期待できねェ。

 なら、俺が取るべきはどォにかして銀バングルを無力化するって手段であって、シエナにァ悪いが光眼鏡をトレインしたまま逃げてもらうのが最善だろォに。

 

 はは。

 ははは!

 

「シエナ! すまねェな、まだ戦闘にァ参加させてやれそォにねェ。分析は続けてくれ。私ァちょいと、光眼鏡と遊ぶからよ!」

「……わかりました。お気を付けください」

「あァさ!」

 

 心に何か、満ちて行くものがある。

 誰かが俺を見ている気がする。誰かが俺を認めている気がする。

 なァ、俺は誰だ。あァさ、梓・ライラック。そォだ。ちゃんと、そォだ。いいな? 忘れるなよ。呑まれるなよ?

 

「──ハハハ! いいね、いいね。いいじゃないか──なァ、光眼鏡」

「は、はは、はい。な、なんでしょう、か?」

「お前さ、神ってな、信じるか?」

 

 祈るかよ、神に。

 願うかよ、神に。

 

「い、いえ……西方には、そういう、しゅ、宗教もあったと聞きますが、わたっ、私は別に……」

「そォかいそォかい!」

 

 笑みが止まらねェ。

 やめろやめろ、あんまり近づいてくンな。違うだろ、まだ。

 

「──この20年。神に祈っても、神は何もしてくれなかった、ですから」

「じゃ──(非善)だ」

 

 光眼鏡が四つ足で、猫みてェな構えを取る。

 俺ァ俺で、両の腕を、生身と義手の両方をかっぴらいて待つ。

 

 なンだなンだ、おいおい、余計なコト考えさせんのやめろよ。

 俺ァ一体どォしちまったんだ。オカシイぜ、ホント。

 

「行きます!」

「あァ来いよ、光眼鏡!」

 

 なんで俺が、構える側になってンだ?

 

えはか彼

 

 避ける。

 避ける、避ける、避ける避ける避ける。

 

「っ、ちょこ、まかと……!」

「はン、やっぱ人間の身体は馴染まねェか? どォしてちっとも身体強化を使わねェんだ、お前ら」

「何の、はは、話ですか!」

 

 避ける──!

 

 見える。見える。

 知覚強化はしてある。手足の強化も都度都度している。

 それくらいには速い。それくらいには鋭い。

 けれど同時に、その程度だ。

 オーレイア隊のアタッカー。過激無口には及ばないが、なるほど、アタッカーと言うだけはある。先ほどから俺を捉えることが出来ずに叩きつけられる床のへこみ具合。【排析】を用いたそれの威力は、なるほどなるほど、A級の化け物共を殺すには十二分なンだろう。それ以上は過激無口がやるし、銀バングルや虹色ロングのサポートもある。やばくなったらでけェ【排析】を張るか、委員長に引っ張ってもらやいいんだ。そういう風にできてる。

 いいね、ちゃんとしてる。ちゃんと歴戦だ、こいつらは。

 

 だが、その程度じゃ俺ァ殺せねェよ。

 

「──死ね」

「っ!」

 

 俺の脇を掠めた【排析】を、殺す。

 シャボン玉みてェだと評したが、まさにそんな感じに爆ぜるソレ。バックステップで下がる光眼鏡に、さらに笑みを深める。

 

 怖いか。

 怖いよな。死は──怖ェよなァ。

 

「なんで逃げンだ。魔法少女だろ? 死んでも死なねェ魔法少女が、何を恐れる。獣だった頃とァ違ェんだぞ。魔法少女ってな、死んだって蘇生する。私に殺されても、蘇生すンだ。どォだよ、夢のようだろ? だったら逃げずにかかってこいよ。死兵としての務めを果たせ。私を捕まえるンだろ? 献上しなきゃいけねェんだろ? なァ。なァ!」

「ひ……な、何を言ってるのか、よ、よくわかりませんが──無力化します!」

「わかるだろォがよ!!」

 

 知覚強化の上を行く速度で突っ込んできた光眼鏡を、思いっきり蹴る。

 拳に纏った【排析】を殺しつつ、その身を蹴り上げてぶっ飛ばした。

 

 ……いってェ。あァ、忘れてた。脚ってな強化しねェとダメだったな。失敗した。

 

「く、ぅ……!」

「わかんねェだと? 今更何言ってやがる。てめェらが課してきた苦しみだろォが。私に! わ・た・し・に! 私が苦しむって知ってて、わかってて、それでも突き通すって理念だろォが! あァ!? それをわかんねェだと? ふざけんじゃねェよ。速く来い。今すぐに来い。来て──殺されろ」

「た、隊長、梓さんは、今の梓さんは、ふふ、普通じゃないです、お、オカシイです!!」

「そうみたいね。けど、ごめんなさい、知子。こっちも余裕が無いのよ。【侵食】、これほどとは思ってなかったわ。いいえ、思っていたけれど──想像以上だった、というべきね。けど、いいのかしら? 梓は本当におかしくなっているみたいよ、ローグンさん」

「ライラック様には自分がおかしくなっても止めるな、と言われております。故、明らかに異常な発言をしている事を加味した上で、貴女に集中させていただいております」

「それは光栄、ね!」

 

 ざわ、と。

 アッチで、無数の腕が突き出てンのが見えた。それらを次から次へと【白亜】に染めるも、染めた傍から──【白亜】になった腕から腕が、染めた腕からまた腕がと、凄まじい量の腕が銀バングルに襲い掛かってる。

 いやさ、こえー魔法だよ【侵食】ってな。殺すにも細心の注意を払わなきゃ……って、何考えてんだ俺ァ。冷静メイドは仲間だろォが。

 

「オカシイ。オカシイ? はン、おかしいのはてめェらだろ。死は終わりだ。死は喪失だ。死とは安寧の暗闇に身を預ける唯一の手段だ。それを拒否して、それを利用して、それを見下すてめェらに、他者を否定する資格ァ無ェよ」

「……なら、黙って殺されろ、と?」

「お、なンだ。言いてェ事があンのか」

「他者を否定する資格、ですか。ええ、そこには同意します。魔法少女に他生物を否定する資格など無い。あれらは愚昧にして愚蒙なりし存在。同意します。同意します。ですが──お前にも、その資格はない」

 

 光眼鏡の身体に、薄い膜のようなものが張られる。

 ……あれァ、【排析】か? だが、球形じゃねェときた。元からそォいうのを使えたのか──あるいは。

 

 中の化け物が、新しい使用法を編み出したか、だな。

 

オ前ニモ、ソノ資格ハナイ(藍侠斗最後尾夜座頭.)我ラノ足掻キハ、オ前等ニ阻マレタ所デ(是阿伊豆葉阿歩止琉.)終ワリハシナイ(藍歯符塔照有.)!」

糸伊豆阿派青磁負不伏零矢堕千経度戸地内途(それは夜に捧げる一節の祈り).」

 

 纏った【排析】の厚みが、密度が増していく。世界を押し退け、解析する魔法。

 速いし、鋭い。避け切る事は難しいだろう。何より、その身に纏う【排析】が突然膨らむのだろうから。そういう戦い方をするのだろうから。

 だから、避けない。

 

 避けないで──掴む。

 

藍出内沙米紫遠(私は救いを否定する).」

 

 死ぬ──死滅する、光眼鏡の魔法。

 そのまま、深く、深く、深い所にまで【即死】を通す。

 

 腕でもない。肩でもない。胸でも肋骨でも肺でも心臓でもない。

 もっと奥の。

 もっと中の。

 

 もっと──大切な、もの。

 

「──見つけた」

 

 死ね。

 

えはか彼


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