遠吠えは遥か彼方に   作:劇鼠らてこ

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七、漂流編
25.是阿伊豆乃伊豆是阿.


 そこは。

 広く、広い空間だった。

 海の下にあるとは思えない程に広い空間。明かりが無いため天井は見えない。ただ、横の広さはわかる。

 

 だって。

 

「あれ、来たんだ。どうだった? 仲間と戦う、みたいな趣向。結構苦戦した?」

「はン、何言ってんだお前。中身化け物のアイツらが仲間? 馬鹿言え、敵だろ」

「気付いたんだ、っていうか、もっと人間っぽい動きしないとバレるって言ったのに、聞かなかったとかその辺?」

「あァよ。普通に獣みてェな動きで攻撃してきたぜ。教育はちゃんとしとけよ、そォいう作戦取んならよ」

「あちゃー。ま、いいんだけどね。あんまりおもしろくない魔法だったし、どの道、アンタの事だから殺さなかっただろうし。あ、殺せない、が正しいんだっけ?」

「煽りにしちゃ弱ェな。又聞きの情報じゃ意味は無ェぞ。もっとちゃんと、体感してからにしろよ」

「アンタの事は私が直々に処理してあげるから、待ってなさい。ま、この子達を退けられたら、だけどね」

 

 それは、巨大だった。

 ただただ、巨大だった。

 

 巨大な──あー。ここまで描写しといてなンだが。

 

「なんだ、これァ」

「え、わかんない?」

「……ヒ、ト……? いやでも翼あるしな。顔は……牛っぽいが、手足はヒト……にしちゃ、いっぱいありすぎるが。えー。あー。……ん-?」

「わかりなさいよ!! ドラゴンよ! ド・ラ・ゴ・ン! どう見てもドラゴンでしょ!?」

「……ドラゴン? どこが? つか、何が?」

 

 牛みてェな顔で、手が四本で、足も四本で、上体は起きてて、翼があって、尾は無くて。

 何がドラゴンなんだ、これの。

 いんやさ、俺だって知ってるよ、ドラゴンくらい。色々あるって知ってるよ。なんぞ色々な形があるって知ってるよ?

 

 これは、無かったなァ。少なくとも俺ァ見た事ねェや。

 

「何よ! それは、もしかして、それは、私に……この天才彫金師ディミトラに!」

「センスというものが見受けられませんね。姉の粘土細工の方がまだ褒められるでしょう」

「──~~~!?!?」

「なンだ、あの怒り顔……リヴィルだっけか。あいつァそんなに"酷ェ"のか」

「それはもう。絵を描けば呪符と言われ、造形をすれば邪教崇拝と罵られ、歌を歌えば聞く者の耳を破壊し、音を奏でたのなら悲鳴にしか聞こえない……凡そ芸術という方面における最下層。それが私の姉です」

「で、アレがそれ以下?」

「アレをドラゴン種であるというのならば、です。他の……えー。……前衛的芸術であるというのならば、姉にも勝り得るでしょう」

 

 冷静メイドが言い淀むなんて珍しい事もあったモンだ。

 シエナはなんぞ冷静に分析してくれているみたいだが、俺達はもうなんかほんわかしちまって。

 

 鼻を鳴らす。

 

「なァこれなんて魔法なンだ? 最初に屋敷に来た時もかけてきたよな。この、警戒心だのなんだのを無くす魔法。【弱化】に似てるが、流石にここまで露骨なら気付くぞ」

「……【宥和】よ。D級もいいところな魔法。もう効かなそうだから言うけど、正直借りた時はあんまり役に立つと思ってなかったわ。オーレイア隊のコ達にはとっても有効だったから驚いたわ」

「借りた、ね」

 

 近くに魔法少女の姿はないように思う。

 化け物の入った肉体、ってなが近くになくて、その上でそれを使い、貸し借りできると。

 まだ知らねェことがあンなァこりゃ。マッドチビも隠してる事がありそォだ。

 

「ま、アンタたちに私の天才的な芸術を理解できるとは思ってないし。──何より、ここで終わるんだから、どうでもいいわよね」

「【鉱水】は使わねェのか?」

「使ったらアンタたちに勝ち目が無くなっちゃうじゃない。私は優しいのよ。淑女なの。だから、勝ち筋くらいは残してあげる。──さぁ、起きなさい! そして、この塵芥共を──殺せ、ドラゴン!」

 

 上の方。

 一対五つの目が光る。ビコーンて。

 そして──凄まじい音を立てながら、それらは動き出した。

 

 未だ正しい形容の言葉の見つからねェ、巨大なもの。

 偽マッドチビ曰くドラゴン。

 

 その──ガーゴイル。

 

「行っけぇぇええ!」

 

 それが、五体いっぺんに命を吹き込まれたのだ。

 

えはか彼

 

「冷静メイド、あの規模のモンの【侵食】ァ、どんくらい時間がかかる?」

「少なくとも触れている間に殺されてしまう可能性が高いですね。それに、この魔力は」

「高密度魔力反応を検知! 身体強化による蹴撃を観測! 避けて!」

「ライラック様、失礼いたします」

「うおっ!?」

 

 背面の噴射機構を解放したシエナが宙へ浮かぶと同時、冷静メイドが俺の身体を担ぎ上げて、大きく跳躍をする。

 

 そこに──巨大質量の蹴りが突き込まれた。

 

「や、べェな。ありゃ」

「何がどうドラゴンなのかは未だ理解に及びませんが、脅威度はSSに届くと推測されます」

「あァ……冷静メイド、横だ!」

「──ッ、ぐ、ぅ!」

 

 咄嗟に俺を抱き込んだ冷静メイドの身を、巨大な平手打ちが打撃する。

 そのままぶっ飛ばされる俺達。

 

 いやさ、空中でシエナがキャッチしてくれた。ありがてェ。

 

「大丈夫ですか!?」

「あァ、私ァ大丈夫だが」

「問題、ありません。単なる脱臼です。ッ、今、嵌めました」

 

 痛ェ音がして、冷静メイドの不自然な形になってた肩が戻る。

 前世でバイクで大コケした時に脱臼した事あるけど、あれマジで痛いんだよな。

 

「すまねェ、私を守って……」

「護衛、ですので。それより、私では機動力に劣ります。シエナ様、ライラック様を運搬しながらの戦闘は可能ですか?」

「腕部武装を使用しなければ可能です」

「では、お願いいたします」

 

 渡される。

 ……あー、クソ。部分強化がモノになったからって、魔力量がガツンと増えたわけじゃァねェ。俺もみんなみてェにぴょんぴょん跳ねられたら、こんなおんぶ抱っこじゃなくて済むんだが。

 

「ライラック様の命を最優先にお願いいたします。ですが、彼女の指示には従ってください。たとえそれが、ライラック様の命を脅かしかねないものであっても。ライラック様は、時に私達より視野を広くとる事が出来ますので」

「わかりました」

「──来るぞ! 突進だ!」

 

 シエナの噴射口から物凄い熱が放たれる。冷静メイドが落ちる。落ちながら壁沿い*1に──そこに【侵食】による足場を作りながら、駆けて行く。

 大丈夫そォだ。あっちは歴戦だしな。

 ちょいと怖いのは魔力量だが、やばくなったら言うだろ。言ったらフリューリ草と魔煙草をプレゼントしてやる。煎じ茶もまだあるしな。

 

「シエナ、ちょいと距離取れるか? あんまり速度はつけなくていい、冷静メイドとは反対側に。この空間がどンだけ広いのか知りてェのと、あの仮称ドラゴンについて観察したい」

「わかりました」

 

 飛ぶ。飛ぶ。

 疑似飛行魔法、とか言ってたっけ。なるほど、よくこうも自由自在に飛べるものだ。

 

 石像の伸ばしてくる腕も突き出してくる拳も避けて、どんどん距離を取っていく。

 

 さて。

 まァ、観察してェとは言ったが、多分あン中入ってンのァオーレイア隊の面々だろう。他は知らんが、さっき突進してきたのァ確実に過激無口。姿勢がそォっぽかったからな。いんやさ仮称ドラゴンの姿勢なんざ知らねェが。

 

 しかし、どォするか、だな。

 とりあえずSRは持ってる。虹色ロングが俺を【弱化】させた時に奪ってこなかったのは幸いだ。今までの戦闘でも一回も使ってない。安藤さんトコで直してもらっといて良かった。

 

 シエナには一旦降りてもらって、と。

 

 スコープを覗いて──とりあえず、目を狙って射撃。

 ガーゴイルの弱点なんざ【即死】の前には全身だとァ思うんだが、あれほど巨大となると材質が分かり難い。少なくとも拳銃じゃ無理そォだなって所感。

 んなことツラツラ考えながら撃ったSRの弾は──カン、なんて軽い音ともに、弾かれちまった。

 

 ガーゴイルは健在。

 つまり、迷宮での大蛇と同じくめり込んですらいねェってこった。

 

 ……いや待てよ?

 

「シエナ、さっき出してた杭。アレってな、何度でも使えるモンか?」

「冷却に時間を要しますが、可能です。ですが、私の杭を打ち込んだ所で、あれほど巨大なものを粉砕する事は不可能でしょう」

「いんやさ、穴ァ空けるだけでいいんだ」

「それであれば可能です。ただ、杭打機は両腕武装であるため」

「私を抱えながらはできねェってこったろ。いいよ、ここに置いていってくれ。んで、冷静メイドにも伝えてくれ。倒さなくていいから、穴だらけにしてほしいってよ」

「わかりました。ですが、あれらガーゴイルが梓・ライラック様を狙わないとは限りません。その場合、私が遠くにいると」

「それも大丈夫だ。私を信じろ、シエナ」

「……わかりました。では、行って参ります」

 

 シュゴーっと噴射音を上げて飛んでいくシエナに、さァてと魔煙草を吸いながら考える。

 

 いやさ、何にも大丈夫じゃねェからな。さっき冷静メイドの言った、俺の命を脅かさんとする指示であっても聞け、っつーのを利用しただけだ。

 狙われたらキツい。が、まァ無策ってこともねェ。

 

「狙うは指揮官。指揮官の不在は陣形の乱れを表す……ってな」

 

 スコープを覗く。

 特に何をするでもなく、「行けー!」とか「潰しちゃえ!」とか言ってる偽マッドチビが映る。いんやさ声は聞こえねェんだが、雰囲気だ雰囲気。

 

 あれを、撃ちぬけば。

 ……どォにかなりそォではある。

 

「問題は、私にァアイツを殺せねェってトコだな。……マッドチビの身体。殺すワケにゃいかねェだろ」

 

 事態の緊急性。あァ理解してる。今まさに冷静メイドとシエナが頑張ってくれてンだ。早くどォにかしてやるべきだと思う。今回の状況ってな前の時とは違う。撃つのは正体不明の魔法少女じゃなく、その中身が偽物だってわかってる肉体だ。

 なんなら本物は仮初の肉体を有し、他の島にいると来た。

 だから、殺しても、殺したってことにはならねェはずだ。強いて言うなら壊したであって、殺した、じゃねェ。外のガーゴイルにしてきたように、その入れ物を壊すってだけ。

 

 だけ、だってのに。

 

「っとに、ダメだな私ァ」

 

 苦笑いも出る。

 クソが。敵も殺せねェのに戦場に出てくんじゃねェよ。邪魔だろォが。

 

 撃つ。

 

 シエナの開けた穴に、SRの弾が吸い込まれる。

 そしてソレは着弾と同時に真っ黒な煌めきを発し、ソレを殺した。

 

 ……弾丸一発に含有される魔力じゃ、部位一つで限界か。

 

 ガーゴイルの一体がこっちを向く。今まさに腕を殺された奴だ。 

 やっべー。

 

「だが、やっぱりいい仕事すンなァ、冷静メイドは」

 

 距離ゆえにのっしのっしと向かってくるように見えるソレも、近付けば速いんだろう。その面積を考えるに、俺じゃ避けられないほどデカいんだろう。

 だが、あァ──いい目印だ。

 あンまり撃ちたかねェ色だけどよ。見えてるぜ──足についた、無数の肌色が!

 

「そら、食らえ」

 

 二発撃つ。逃げずに、伏せた姿勢で。SRの銃口から放たれたその弾は、丁度ガーゴイルが地を捉えるタイミングで、その肌色の部分に突き刺さった。

 

 ……あー。SR撃つ時にちょいと部分強化をしてみたんだが、これァ実戦でいきなり使うモンじゃねェな。こーいうのも訓練しておくべきだった。計算速度は格段に上がったが、銃もつ感覚に齟齬があった。光で目も痛ければ音で耳も痛い。

 ちったァ考えろよ、ってな。視野が広い? 馬鹿いえ、俺ァ咄嗟の場合に頭が回るってだけだ。こォいう自分達からどォにかしてく、みてェな時ァ割と無策だぞ俺ァ。

 

「だが、効くな。なら簡単だ」

 

 四つの足の内、一本に一切の力が入らなくなったためだろう、大きくバランスを崩した仮称ドラゴンは、柱に激突した。

 あそこ、柱なんかあったのか。暗くて見えてなかった。

 

 激突したガーゴイルの翼。そこにも肌色の目印がある。いいね、見やすい。人体撃ってるみたいで嫌ではあるが、流石に俺も肌のみのものを命だとは捉えねェ。それくらいの弁えはある。

 射撃。翼から力が抜ける。はは、戦えるじゃないか。

 

 ──全身強化。SRを持っていくのは無理だ。諦めろ。諦めて駆け抜けろ!

 

「ライラック様!」

「避けて!」

 

 避けた。

 上空から降ってきた巨大質量を、なんとか避けた。足の間に挟まって、だが。

 

 あーあー。

 調子に乗ったらすぐこれだ。折角直してもらった相棒が一瞬でオシャカになっちまったよ。どォしてくれンだ。アンヴァルだっけ? あの獅子の化け物を殺す時にァあんなにカッコつけて別れたってのに、二代目は別れを言う暇も無かった。

 

 ……どォしてくれんだっつってんだよ、オイ。

 

 拳銃で撃つ。肌色の目印と、粉砕の痕跡。

 義手故二丁拳銃ができねェのが悔やまれる。まァどうだっていい。片手で撃てば問題は無い。軽く強化をして、一発も外さなければ問題ない。

 

 四発だ。降ってきた奴の足全部。

 ンなことすりゃ当然……あァ、足の間に挟まって難を逃れた俺ァ、体重を支えられずに崩れ落ちるガーゴイルに押しつぶされちまうワケだが。

 

 その寸前で、シエナに運び出された。

 

「助かった」

「梓・ライラック様。貴女の"大丈夫"が"何も大丈夫ではない"ことの意であると理解しました」

「バレたか」

 

 舌を出す。

 ……いやオイ、なんだそのキモい仕草は。おじさんだぞお前は。忘れるなよ。可愛い13歳の女の子じゃねェんだぞ。

 

「シエナ。粉砕はもういいからよ、冷静メイドのつけた目印と、お前の壊した所に私を連れて行ってくれ。全部撃ち抜いてやる」

「わかりました」

 

 再度、抱っこスタイルで行く。

 いやさ、姫抱きじゃねェのは新鮮だよな。はは。

 

 ……何がはは、だ。普通だろォよそれが。

 

「行きます!」

「あァさ」

 

 なンか、ちょいと。

 昂揚感たァ違ェ何かが、キてんな。おい。

 

えはか彼

 

 

「そん、な」

「あァ。勝ち筋、だったか。ありがとうよ。使わせてもらったよ」

 

 数十分後。

 そこには、ガラクタになったガーゴイルの群れが転がっていた。中にアイツらが入ってるっぽいからといって、特に関係はない。でけェ高位ゴーレムでしかない。ガーゴイル殺したって中の精神体にァ影響ないって言われてるしな。

 

「う、嘘よ! なんで!? 私の最高傑作たちが負けるわけないのに!」

「単純に造形ミスだろ。四つ足のくせに上体が起きてて、足の下は自身の死角になる。でけェ翼はでけェだけだ。長時間飛んでるってなできねェから、跳躍時に使うくらいしかない。それもまた自分の死角になる。牛の顔は正解かね。全部が全部猪突猛進だ。ま、魔法を使えねェから仕方ねえ。身体強化しかできねェんじゃ突っ込むしか択は無い。アイツらを中に入れた意味がまるで無ェのさ」

「うぅ、うぅう!」

 

 どこか底冷えする感覚に襲われている。

 笑いなんて起きない。ただ何か、冷たい怒りがある。

 

「で──でも、私には【鉱水】がある! いいわ、アンタ達三人共纏めて相手してあげ、」

「まァ待てよ、偽マッドチビ」

「え、ぁ、ぐっ!?」

 

 きゃいのきゃいの喚く偽マッドチビに近づいて、その首を掴む。

 首。首だ。そこを圧迫されて苦しそうに顔を歪める偽マッドチビ。

 

 苦しそうに。

 苦し、そう、に?

 

 ……なァ。なァ。

 

「──お前、誰だ」

「は、ぁ……? きま、てるでしょ、わたし、ぁ、てんさい……うぅっ!?」

「そんな都合のいい話が、あるか?」

「きゃっ!? ぅ──けほ、けほっ! ぅ、あ」

 

 放す。

 捨てる。

 

 待て。

 待て。

 

 待て!

 

「ガーゴイル殺しても、中の精神体が死ぬわけじゃねェ、だと? そんな──そんな、都合のいい、とってつけたような話、あるか?」

「ライラック様……?」

「私達を逃がさねェと、捕えるためにって構えてたのが、こんなゴミみてェな……数十分かけりゃ倒せる石ころだけってこと、あるか?」

「梓・ライラック様、如何されま」

「待て。ちょっと待て。待てよ。おい。ここに無いぞ。蘇生槽。マッドチビの蘇生槽なんざ、ここにはないぞ!?」

「ッ──!」

 

 シエナが周囲を見渡す。冷静メイドもそうだ。

 ここにある、って。言ったよな。

 だがその反応、シエナが騙してたってワケじゃァねェだろ。

 

 探せど、探せど。

 ないんだ。どんなセンサーで探しても、この階に、ここに蘇生槽なんざなくて。

 さらに下へ行く階段なんかも無ければ──ここには、何も無い。

 

「おい、お前!」

「ぅ、ぅう! なな、何よ! くそ、見てなさい。今すぐアンタ達なんて【鉱水】で殺してやるんだから」

「お前、いつからお前だ? お前はいつ、ディミトラになった?」

「何、言ってるのよ、さっきから! 私は天才彫金師ディミトラ本人だって言ってるでしょ!?」

「ありえねェだろ。なンで魔法を使える肉体の方を先に配置した? なンでこんなゴミみてェな石像に精神体を入れた? なンで、なんだってこんな──回りくどいことを、コイツはした?」

 

 ──ふと、頬に。

 水が落ちる。

 

 涙?

 

「ッ、梓・ライラック様! 早くこちらへ──崩壊します!」

「あァ──間に合わねェよ、流石にな」

 

 潮の匂いのする、その液体は。

 直後、轟音と共に──すべてが降ってきた。

 

えはか彼

 

 

 人工島クルメーナの崩壊。

 その報せがEDENに届けられたのは、崩壊から五日経った日の夜だった。

 

 遠征組調査班オーレイア隊は蘇生していない。魔法【即死】の使い手、梓・ライラックは近海域を捜索するも、見つからなかったとの報告が上がった。

 報告者は梓・ライラックと共にオーレイア隊に同行したB級魔法少女、コーネリアス・ローグン。

 彼女が状況証拠として持ち帰ったのは、シエナと名乗る人型のガーゴイル一体。

 

 及び。

 梓・ライラックの愛用拳銃二丁。

 近くの島に打ちあがっていたソレは、けれど持ち主の居場所を知らせるものではなく。

 

 ただ──遺品として。

 EDEN中央部は、彼女の捜索の打ち切り、及び敵対者に関する今後の対策会議を開くものとして、処理した。

 

 この事件は、長らく不変であったEDENを揺るがす未曽有の事態の始まり──。

 その序章を告げる鐘として、後の世に語られることになる。

 


 

えはか彼

 

 

「みてェな事言われてると思うんだが、どォだいね」

「知らないわよ、そんなこと……」

 

 ざざぁん、ざざぁんと波の音が心地いい砂浜。

 太陽燦々カンカン照りの、絶好のバカンス日和って奴だ。

 

 状況が最悪じゃなけりゃ、な。

 

「なァよ、ここどこだと思う?」

「……クルメーナ近海じゃないのは確かよ。私はこの辺りにずっと住んでいるから、詳しいの。その私をして言わせてもらうけれど、こんな島も、こんな環境も見たことはない」

「使えねェチビってことで」

「アンタも一緒でしょ……」

 

 絶海の孤島、ってわけじゃない。

 諸島って感じの場所だ。透明度の高い浅い海が広がり、真っ白い砂が結構な距離まで続く。背の高ェ奴なら泳がずにも歩けるんじゃねェかって程度の深さが、周辺諸島の諸々に繋がってる。

 島々自体は結構高い。切り立った崖を持つものも少なくは無いし、登るってなったらちとキツいモンがある。

 

 何より──。

 

「なァ、あの化け物さ、何だと思う?」

「……既存の種ではない事は確かね。バット種に似た薄い皮膜。足はバード系、顔は……一応バード系かしら。でも、あんなのは見た事が無いわ」

「そォかい。私ァ知ってんだけどな、あれの名前」

「そうなの? なら教えなさいよ。EDENの魔法少女だけが知っているとなると、北方の魔物なのかしら」

「いんやさ」

 

 ぎゃいぎゃいと煩いそれ。

 こっちにァ気付いていないが──多分、マッドチビの想定の10倍くらいはでけェソレ。

 

「プテラノドン、っつーんだけどな。私の知識通りなら──云千万と昔に滅びた化け物さ」

「なにそれ。なんでそんなのEDENに記録されてんのよ」

「さてな、っと」

 

 砂を払って、立ち上がる。

 拳銃は無くした。ホルダーごとどっかいっちまった。太腿だの腕だのに巻き付けてある弾丸は生きてるんで遠隔に一切対応できねェってこたねェが、パワーダウンも大概にしろって感じだ。

 反対に魔煙草、フリューリ草、フリューリ草の煎茶は全部無事。まァ水筒は肩にかけてたし、魔煙草とフリューリ草も全身の至る所に隠してあるからな。そォ簡単にァ流されねェ。魔煙草が湿気ちまったのァ痛い。別に湿気てても起動はできるんだが、単純に不味さが増す。

 

「あ、ちょっと。どこいくのよ」

「決まってんだろ。とりあえずどォすっか考えるために散歩に行くんだよ」

「何がどう決まってるのよ……。あ、待って、私も行く!」

 

 ちょこちょこついてくるマッドチビ。

 

 ……あァ、そうだ。

 もうわかってる。

 

 こっちが、本物だ。

 

「そいやよ、【鉱水】は使えるのか、お前」

「ええ、使えるわ。ほら」

 

 砂浜にあった中くらいの石を触るマッドチビ。

 途端、それは石色の液体になり、マッドチビの周辺をぐるぐる渦巻いたり、さっきのプテラノドンの形を作ったりする。へェ、模造は上手ェんだな。

 

「……一つ、聞きてェ」

「なによ」

「あのガーゴイルに入ってたオーレイア隊の面々ってな、どォなったんだ」

「死んだわ。アンタが殺したんじゃない」

「……そォ、だな」

 

 殺したか。

 殺したんだ。

 

 ガーゴイルに入れられた精神体が、ガーゴイルを【即死】させられても死なねェ、ってのは。

 ま、嘘だった、ってわけだ。

 

「んじゃ、オーレイア隊はEDENに還ってるのか?」

「肉体は死んでいないから、今頃意思の無い魔力としてどこかを彷徨ってるんじゃない? ちぇ、勿体ない。魔力を十全に扱える精神体なんて魔法少女くらいからしか抽出できないのに」

「肉体に興味無ェなら、なンであんなことしたンだ。化け物の精神体入れて、記憶を混ぜて、戦わせるってなよ、何の意図があった」

「別に、仲間の姿をしてたら油断するかなと思っただけよ。アンタの【即死】が欲しいってのは注文主からの要望だもの。反魔鉱石は持っていかれちゃったから、仕方なく他の手段でアンタを捕えようと頑張ってたのよ」

「持っていかれちゃった?」

「注文主にね。持って行かないでー、って言ったんだけど、聞く耳持たずって感じだったわ。一度受けた依頼は完遂するのが私の信条だけど、工房のモノ盗まれてはいそうですか、になる私じゃない。次に来たら本気で捕まえる気だったんだけど、先にアンタ達が来ちゃって目論見ガラガラ。とりあえずアンタさえ捕まえておけば、反魔鉱石も返してくれるかなって」

「行き当たりばったりが過ぎる上に目的も手段も入れ子構造になってんな」

 

 賢そォだったマッドチビが偽物で、このアホみてェなマッドチビが本物ってな、無情なモンだな。

 

 ……はァ。

 

「オーレイア隊の面々を戻すにァ、どうすりゃいいんだ」

「肉体が死ねば、EDENに還るでしょ。クルメーナが今どうなっているのかわからないし、アンタ達があのコ達をどうやって無力化してきたのかは知らないけど、精神体が死んだ以上、もう肉体がどうだとしても、どうなったとしても、蘇生槽以外での蘇生は不可能よ」

「そォかい」

「あるいは、注文主に回収されちゃったかもしれないけど」

「……狼の化け物を引き連れた魔法少女。青髪の魔法少女が、注文主、ってなことで合ってンのか」

「合ってるわ。名前はルルゥ・ガル。何の魔法を使うのかは定かじゃないわ」

 

 ルルゥ・ガル。

 あァそォかい。それじゃァエデンで聞いても誰も知らねェはずだよ。

 ソイツがそォなら、じゃあ安藤さんはなんなんだ。なんでアイツの名を知ってた?

 

「付き合いはどれくらいなンだ」

「そんなに長くはないわ。気を失った魔法少女を連れてきて、これに魔物の精神体を入れて欲しい、その精神体はあげるから、って言われたの。丁度私も欲しかったのよ。魔力を操り得る精神体。動きはこっちで制御するから、あとは動力源である魔力の扱える精神体さえいれば、私の理想のガーゴイル軍団はもっともっと強くなれた。逆に肉体の方は邪魔にしかならないし、造形に役立たない魔法も同じ。だから快諾したわ。そういう技術と資材の物々交換がそれなりに続いて、今に至る、って感じね」

「聞いているだけでイライラしてくる話をどォもありがとうよ」

「言っとくけど、今回のオーレイア隊はこっちに余計な疑惑を向けてきたからやっただけで、私はEDENへの敵対行為なんて取るつもりなかったんだからね。EDENとは長い間良い付き合いをしていたし、クルメーナじゃ取れない鉱石の払いも良かったし。オーレイア隊の面々とだって、普通にお茶会をしたりしていたんだし」

「じゃァなんで叛逆だのなんだのを言ったんだ」

「……それは、だって、EDENを落とせばあそこの資材好き放題できるってことじゃない。魔法少女に入れる魔物の精神体は提供してくれる、って言ったから、つい……やってみてもいいかな、とか、思っちゃって」

 

 だーめだ。

 コイツ、500年の研鑽とかゼロに等しい。

 馬鹿だ。馬鹿だ。大馬鹿だ。おいおい、呑まれるな、だの奇怪、だのってな誰を差した言葉なンだよ。

 

 ……いや。

 

「待て、お前。中身も身体もマッドチビ……ディミトラなんだよな?」

「そのあだ名ムカつくからやめてくれない? それと、それも何度も何度も同じこと返すけれど、そうよ。私がディミトラよ。ガーゴイルでもなければ魔物が入っていたりもしないわ」

「……じゃあ、私達が出会った偽マッドチビは何なんだ?」

「さっきから言ってるけど、それ。本気で知らないのよね。あのガーゴイルに関してもだけど、私の一切あずかり知らぬ所で私を名乗る誰かがいる、ってことでしょ? 考えただけでぞっとするわ。恐怖よね」

「……安藤、えー。安藤アニマ。キリバチ。この二人の名前に聞き覚えは?」

「キリバチは知ってるわ。前に島に来た事あるし。【侵食】使うメイドと一緒にね。安藤アニマってのは全然知らない。誰?」

「──」

 

 ()()()()()()()()、って話な。

 少なくともあの偽マッドチビは最近作られた存在じゃない。どころか、EDENから来た魔法少女に対応している可能性がある。こっちの真マッドチビに気付かれない内に、やり取りをしている可能性がある。

 俺の義手についての要望を出した時もそォだ。面識はあって、接触していて、課題を投げられた、と言っていた。今区別をつけるために偽だの真だの言っているが、どっちも真、って可能性もあるわけだよな。

 

「なによ、そんな怖い顔して」

「……いや、ちょいと考える事が多くてな。なァよ、マッドチビ。お前はシエナ……あの人型ガーゴイル作るのは可能か?」

「無理ね。私の知識じゃどうしようもない。わかるわよ、私のドラゴンとの戦いを見ていて、アレがどれほど複雑なガーゴイルか、ってことくらいは。余程凄い技師が作ったのだろうことはかろうじてわかるけれど、私が真似をするなら、数年はかかるわ」

「数年で済むのか」

「今まで作ってこなかったのは、そういう発想に至らなかったから、ってだけだし。そういうのがあるってわかったら、後は材料さえあれば作って見せるわ」

「なるほどね」

 

 やっぱり、どっちも真のマッドチビ説は有効そうだな。

 そしてこっちのマッドチビだけが二人いることに気付いていない?

 

「……」

「それが何? もしかして今すぐに作れって、むぐ」

「ちょいと静かにしてくれ」

 

 マッドチビの口を塞ぎ、背の高い木の裏に隠れる。

 足音。ズシンズシンという、大きな足音。

 

 ……あァさ、いるんじゃねェかとは、確かに思ってたよ。

 プテラノドンがいたんだ。生きた時代は違えど、別に今がその時代ってワケじゃねェんなら、化け物として当然のよォに存在するんじゃねェかって。

 

 だがよ、なんでも最近の学説じゃ、鳥みてェな姿じゃなかったかね、お前さん。

 

「んー!?」

「あ、ちょ叫ぶな! ……おお、叫んじまったわ」

 

 なんて、コメディちっくなバレかたをした。

 ソイツ──もっと初期の初期の頃に説として挙げられていた、二足歩行の恐竜。

 小さな手と、ギザギザの口と、長い尾と、つるっとした体皮。あと緑っぽい色合い。

 

「っぷは、なにあれ、なにあれ!?」

「──ティラノサウルス、って奴だなァ。私の知ってる姿とァ違うが」

 

 それが──もう、これでもかってくらい涎を垂らして。

 

 俺達二人に向かって、ダッシュしてきたのである。

 

 

えはか彼

 

*1
横幅はわからないが、入り口側の壁がある

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