遠吠えは遥か彼方に   作:劇鼠らてこ

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26.糸和寸斗有風噛無獏.

「この、貫け!」

「うぉ!?」

 

 とびかかってきたソイツに殺到するは、白色の槍。

 さっきマッドチビが液体化して造形に使っていた砂浜の石だ。

 魔法【鉱水】による造形と凝固、射出。それは的確に仮称ティラノサウルスを刺し貫いた。

 

「ふふん! どうよ、少しは尊敬したかし」

「危ねェ!」

「きゃっ!?」

 

 マッドチビを抱き寄せて後ろに回避。眼前をティラノサウルスの尻尾が通り抜ける。

 俺より小せェからな、いつもは俺がやってもらってる事を俺がやってやれる。

 

 が、そんな自尊心よりどォにかしなけりゃいけねェ事を先にしねェと。

 

「う……嘘!? だってあれ、あれ、全身に十の槍が刺さってて、なんで倒れないの!?」

「ガーゴイルに狩りやらせすぎて退化したンじゃねェか、お前。相手は化け物だぞ。そりゃ、死ぬまで戦うだろ」

「……!」

 

 奴の外皮はそこまで固くなさそォに見える。

 だから拳銃かSRがありゃ【即死】をぶち込めそうなンだが、いやはや、どっちも無ェんなら他の手段を立てるしかねェ。

 一応マッドチビの言う通り、全身に十本も石槍刺さってんだからとっとと死んでほしいモンだが、血ィだらだら流してんのに一切衰えねェ生命力がそれァないって物語ってる。

 

 俺がやるしかない。

 

「マッドチビ、私が近づく。近づいて殺す。攻撃が来たらなるたけ避けるが、やばそォだったら【鉱水】で防御してくれ」

「はあ!? なんで私がアンタの補助なんかしないといけないのよ! あんなの私一人で十分だし!」

「……そォかい」

 

 あァそォだった。そォだった。

 別にコイツ、仲間でも身内でもないんだった。敵だ。完膚なきまでに敵だ。だから、協力なんざしてくれるはずもないし、たっけェプライドあるから助力も求めねェだろう。

 

「えーと、石、石……」

「んじゃ先行かせてもらうぜ」

「あ、待ちなさいよ!」

 

 砂ァ操れねェのか、手ごろな石を探すマッドチビを置いて前に出る。

 知覚強化。脚部に力が集中している。両脚だ。だから駆けだそうとしているワケじゃねェ。これァ、飛び掛かりだろォな。馬乗りになって噛みつく気とかそんなトコだろう。

 思考を浮上させつつ、左足に強化を流していく。

 右に避ける──と見せかけて。

 

「そら!」

「──!?」

 

 強化した左足で、思いっきり砂を蹴る。すなかけ、って奴さ。どォだい、目潰しァ効くだろ?

 

 目ェ見えなくなったからか、目に砂が入って痛ェのか、どっちかは定かじゃねェがティラノが仰け反った。いける。これァ紛う方なき隙だろう。

 

「くらえ!」

「は? ──危ねェ!?」

 

 今度は助けるためとかじゃなく、マジで俺が危ないっつー叫びで。

 今まさに踏み出そうとしていた身体をそのまま倒して、砂浜に寝そべる形となる。その後頭部を、風が通り抜けた。

 風。いや、音。

 

 前を見りゃ──その口に、くそでけェ石柱が入った事で、顎が外れちまってるティラノが一匹。元々でっけェ口が更に開いていて、頭部もちょいと変形している。

 ……えげつねェな、オイ。

 

「つか今の私も殺すつもりだったろ」

「え~? 何のことかしら~?」

「……いいが、まだ死んじゃいねェぞアレ」

「えー!? まだ!? どんだけ生命力あんのよ!」

「そいつァ同感、ってな!」

 

 今度こそ、俺の番だ。

 口に入った馬鹿でけェ石柱に苦しむティラノの、胸。まァ多分胸だろォ場所を、一点じゃなく浸す形でイメージ──【即死】を発動する。

 ガリ、っと減る魔力に辟易しながらも、その身体から生命力が失われたことを確認。一応あの天使の例があるんでそそくさと離れたら、案の定その巨体はこっちに倒れてきた。

 マッドチビが石柱なんてモンを口に入れてるからな、重心がコッチ向いたってトコか。

 

「……だァ、はぁ……っはぁ」

「なに? なんでこの程度で息切れしてるの? もしかして魔力切れ?」

「うるせェなS級が。こちとらちょっと前までC級だったんだぞ。……ふゥ、んな魔力あるかよ」

「C級! へー。あれ、C級って遠征出させてもらえるんだっけ? あ、でも結はD級か。EDENも色々変わってきてるのねー」

「……ふゥ」

 

 久しぶりにマトモな【即死】を使った気がする。魔法を殺すってな時ァあんまし消費しねェんだよな。やっぱ命を奪うのが一番消費する感じがある。全体を浸したワケでも無ェのに、かなりの量を持っていかれた。

 段々と渇いてきた魔煙草を起動し、吸う。

 

 あ゛ー。

 

「それ、フリューリ草の煙草?」

「ん。あァ。……なンだ、やらねェぞ」

「いいじゃない、一本くらい」

「……ん?」

 

 なんだその反応。

 いらないわよ、じゃねェのか。

 

「……好きなのか、フリューリ草」

「特別好きってことはないけれど、根詰めて研究する時とかに食べると頭スッキリするわよね」

「へェ。そォかい、んじゃ、一本やるよ。ちょいと湿気てンのは勘弁してくれ」

「ありがと」

 

 ティラノの死骸を前に、少女二人。マッドチビは幼児だが。

 それが煙草吸ってるってな絵ァ、色々な団体に怒られそォだな。この世界にゃそンなのいねェが。

 

「……あー。ったく、何なんだろォな、ここ」

「んー。さっき使った石の成分を見るに、クルメーナからはかなり西方の諸島っぽいのは確かね。正直何日流されたらこんなトコに漂流できるのかわからないけど、多分そうよ」

「へー。そォいうのわかンのァすげェな。【鉱水】使うにあたって、やっぱ石だの鉱石だのにァ詳しいのか」

「ま、自分の強さに直結することだし。石の種類を知っていたら、ガーゴイルもどれにどんな石を混ぜて、どういう動きができるよう設定するか、とか、耐久性能はどれくらいになるのか、とか。色々わかるでしょ」

「……案外勤勉だな。マッドチビの割に」

「どういう意味よソレ!」

 

 西方。

 西方か。西方ってーと、キラキラツインテみてェな名前の奴が沢山いた、結構でけェ国があったってことくらいしか知識に無ェな。50年前に滅んだ、それまでは保ってた国。

 が、クルメーナ自体がEDENより遥か南西なンで、またぞっとするくらい遠い可能性もある。

 どうやって流れ着いたのか、なンで二人一緒に流れつけたのかわからねェってな話。

 

 ……冷静メイドとシエナは逃げられたのかね。

 

「マッドチビ」

「だから呼び方!」

「いいから、ちょいと移動しようぜ。血の匂いってな化け物を引き寄せる。それくらいの知識はあンだろ?」

「……わかったわ」

 

 そこの理解はあるよォで何よりだ。

 

 といってもどこ行きゃいいのかわからん。わからんが、砂浜に居て良い事はあンまり無い気がする。遮蔽も無いってのがやべェ。さっきのプテラ然り、上からァ見放題だし、多数のティラノだのに囲まれるとキツい。

 どっか洞窟を見つけたいトコだァな。

 

「……こっちよ」

「なンだ、やっぱこの辺はお前の縄張りか?」

「そんなんじゃないけど、ま、一本貰ったし。これくらいは教えてあげても損はないでしょ」

「?」

 

 よくわからんが、促されるままについていく。

 他に行くトコねェしな。罠でもあんまり関係ない。ここにいたってどの道恐竜の餌だろォし。

 

 しかし、暑いね。

 魔法少女が暑がるってな、相当だぞ、っとに。

 

えはか彼

 

 道中ちっせェ恐竜に遭遇しかけた事が何度かあったが、流石のマッドチビも息を殺して隠れるって事を覚えてくれた。

 そォして、日の暮れる頃になってよーやく辿り着いたのが、ここ。

 

「洞窟、か」

「湧き水も流れているみたいね。あぁ、飲食の必要のない魔法少女といえど、身体が汚れるのは嫌でしょ? 暑くてベタベタするし、砂も張り付いてて気持ち悪いし。水浴びついでにとりあえずの拠点にしましょう」

「……そいつァ構わねェが、水浴びは各自でいいだろ」

「なんでよ。これでも私とアンタは敵対関係って事を考慮しての提案なんだけど? どっちかが水浴びをしていてどっちかが万全の状態、なんて、心休まらないでしょ。どっちも丸腰で一旦休戦にした方が効率的じゃない」

「丸腰も何も、武器なんざ無くとも魔法ァ使えるだろォが」

「……そうね。失念していたわ」

「えェ……」

 

 一瞬賢いっぽい事言っといてマジでアホなだけなのやめてくれ。

 無駄に頭使わせんなアホ。

 

「ま、ここを拠点にってな同意だ。一旦休戦ってのもな。EDENに帰るにせよクルメーナに帰るにせよ、とりあえずァ生き延びなきゃなンねェ。お前が真っ先に死のうとしねェのも、クルメーナの蘇生槽になンかあったからなンだろ?」

「うわ、そういう所には聡いのね、アンタ。……そうよ。ルルゥ・ガルが来てから、私の蘇生槽に異常が出た。何かされたんだろうと思って色々調べたのだけど、異常はなし。ただ、私と蘇生槽との経路が完全に絶たれているから、絶対に何かをされたのは事実」

「蘇生槽との経路、ってな、なんだ」

 

 洞窟に入る。

 外のカンカン照りとァ打って変わってひんやりとした内部に、別に大した汗もかいちゃいねェのにほゥ、なんて溜息が出る。

 なるほど、確かに湧き水が流れている。加え、マッドチビの好きそォな鉱石がわんさかとある。なンだ、【鉱水】の魔法ってな、鉱石の位置もわかったりすンのか?

 

「そんなことも知らないの? EDENって妙な事隠すわよね」

「あァ、お上が何か隠してンのァ知ってる。が、蘇生槽についてァほとんど知らねェ。魔法少女が蘇生してくるポッドに、経路なんてモンがあンのか」

「有るに決まってるでしょ。無かったらどうやって還るのよ。……その顔。本当に何も知らないって顔ね。いいわ、少し教えてあげる。ディミトラ先生、って呼んだら教えてあげる」

「じゃァいいや。自分で考えるよ、マッドチビ」

「じゃあもう絶対教えないわよ! この口悪ちび!」

 

 ま、単純に考えりゃ魔法少女と蘇生槽を繋ぐモンなんだろう。

 登録だのなんだのをして、その蘇生槽でのみ蘇生が可能になっている、とかか? マッドチビの場合はそれに異常が発生していて、還れないと。死ぬ前に気付けたのァマッドチビの知識が故か。

 

 しかし、口悪ちびか。

 いいねェ、俺ァ初めてあだ名貰ったんじゃねェか?

 

「ほら、さっさと変身解除して服脱ぎなさい」

「だから、各自でいいだろ」

「何よさっきから。妙に拒否するじゃない。もしかしてアレ? 結みたいに誰彼構わず発情するタチ? その上で、私みたいなのが好き、とか?」

「そォいうのはもちっと大人になってから言え」

「違うなら、いいじゃない。とっとと脱ぎなさいよ」

「お前こそ、なンでそんな押し強ェんだ。どうあっても一緒に水浴びしてェって聞こえるが」

「別に。ちょっとその腕の接合部をじっくり見たいとか、その義手をじっくり見たいとか、全然思ってないし」

「あァそォいうことね」

 

 カラダにきょーみあンのァそっちじゃねェか。

 

 ……まァいいか、もう。

 チビの身体にァなんとも思わねェが、流石に一緒に風呂ってなると色々ある。娘でも妹でもねェのと一緒ってな、なんだ……気を許し過ぎてる気がして、嫌だったんだが。

 クルメーナに着く前に銀バングルに言われた通りなンだよな、俺ァ。他人を名前で呼ばねェのは死んだ時の悲しみに耐えられないからだ。できるだけ距離を置きたい。愛恋だのの類をしたくねェのも同じ理由。好ましく思われていると知っていて、俺からもお嬢の気風ってな好ましいモンだとァ思うが、如何せんあの理念のままじゃ、ちょいと厳しい。

 

 名前を呼ぶってな、結構大事な事だ。

 四六時中共に過ごすってだけでも結構苦手だが、それよりも、な。

 

 でまァ、一緒に風呂、っつーのも俺の中でァ結構な奴なんだよ。……なンだが、あんまり断り続けてもダルいか。どっちもな。

 

 変身を解除する。

 

「……その服、何? 今のEDENってそういうのが流行ってるの?」

「中学の制服だよ。あァ、ちょいと着崩れてンのァ虹色ロングのせいだ」

「制服。へぇー。じゃあ何? エデンの下の国の、アンタくらいの歳の子は、みんなこれ着てるの?」

「同じ中学の奴ァな。……なンだ、全く知らねェ、って感じだな」

「そりゃそうよ。私、8歳の時に魔法少女になったんだし。そもそも昔はEDENの下の国もなければ、そんな……なんだっけ、中学? なんてのも無かったのよ」

「あァ、魔法少女歴500年ァ違ェってか。だったらもちっとどっしり構えてほしいもんだがね」

「何よ!」

 

 きゃいのきゃいのうるせェマッドチビも、変身を解く。

 どこか修道女を思わせるデザインだった魔法少女衣装から──襤褸切れを纏ったチビになった。

 

「……」

「なによ、その目。いっとくけど、この服は私気に入ってるんだから、襤褸切れとか言ったら怒るからね」

「あァよすまねェな」

「心の中で思ったに留められるなら留めておきなさいよ!」

 

 一瞬で色々考えちまった。

 500年前ってながどんなんだったのかァわからねェが、どんなんだとしても、もちっとマトモな服なんじゃねェか、って。

 なんでこんな、肌もロクに隠せねェ布切れを。

 

「ほら、早く脱ぎなさい。服濡れちゃうでしょ」

「ん。……あァ」

「……昔の事。少しくらいは話してあげるから、早く脱ぎなさい」

 

 マッドチビは、ちょっとだけ。ほんのちょっとだけ、しんみりした声で。

 

 ……あァ。そォだな。

 なんぞかを抱えてンのァ、別に俺だけじゃねェよな。

 

 脱ぐかァ。

 

えはか彼

 

 ちゃぷちゃぷと水音が響く。

 魔法少女の身体だ、人間が入ったら冷たすぎるだろォ水温も、そこまでァ感じない。むしろ外での汗が洗い流されて心地がいい。湧き水の流れてた場所をマッドチビがいい感じに整形してくれたのもでかい。便利な魔法だな、【鉱水】ってな。

 洞窟の入り口からの光はあンまり届かない。ただ、蓄光作用でもあンのか、青く光る苔が洞窟内を幻想的に照らしている。

 

「あァ、ホントに言いたくねェ事なら、言わなくていい。そこまで強制はしねェからよ」

「別にいいわ。流石に気になるでしょ。けど、私同情とかされたくないから。けど、私のを話したら、アンタのこともちょっと聞かせてもらうから」

「ん。わかった。いいよ、そんくらいなら」

 

 失敗したな。

 襤褸切れだったから、そォいう思考巡らせちまって、それが透けたか。

 ダメだね俺ァ。同情ってなが悪感情だってな知ってんのに、前世の頃から隠せねェし抑えられねェ。それで失敗した事だってあったってのに、またやっちまったか。

 

 マッドチビが口を開く。

 

「奴隷の子だったわ。奴隷と奴隷が愛し合い、その間に生まれた禁忌の子供。それが私」

「いやそれァちと重いわ」

「両親は私を隠して育てたわ。奴隷の置かれた洞窟の檻の片隅で、少しだけ掘られた穴と、積まれた死骸の中で、私は育った。ロクな食べ物もないのにね。両親が自分の分を私に与えていたのか、その頃から魔力の才覚でもあったのか。それはわからない。わからないけど、それが6年間続いた」

「……」

「凄いでしょう? 6年間も隠し通したのよ。赤子一人を、奴隷商の目から。6年目で、発覚してしまったけれどね」

「……あー」

「当然奴隷商は怒ったわ。怒って、使い物にならなくなった、と言って、二人を安値で売り払った。そして私はそのまま奴隷になった。そもそも両親がそうも長い間残されていたのは、見た目が良かったからよ。商人は二人を目玉商品にしていたから、あんまり人目に着くことも無かった。だから私を育てられたのでしょうね」

 

 同情するな、って?

 無理だろ。

 なんつー話を聞かせやがるんだコイツ。

 

「5歳児の私もそれは同じ。わかるでしょ、この可愛さ。天に恵まれた可愛さが」

「……あァ。そォ、だな」

「だから私は次なる目玉商品として、3年間を過ごしたわ。待遇は他のに比べたら良かった方よ。この布を取り上げられなかった事も含めて、他の奴隷には考えられないほどの好待遇だった」

「そ、か」

「3年。その終わり。私が八歳の時──奴隷商を。いいえ、その国を。ある集団が襲撃した。たった5人の集団。たった5人で──魔物よりも、軍隊よりも、他の何よりも強かったそいつらは、魔法少女、と名乗っていたわ」

 

 青い光に包まれて。

 水を手で救い、零すマッドチビ。その様相は確かに──美しいものであると言えた。

 魔法少女の衣装ではわからなかった、透き通るような肌。紺碧の瞳。金砂が如き髪。お嬢のソレとは違う、流れるようなソレが、青に濡れて輝きを増す。

 

 8歳児、だ。

 だが、確かに神聖を思わせる──あるいは、言葉に直すのなら、造形美、みたいなものを感じる。

 

 ……おっさんが何言ってんだ。

 本格的に取っ捕まんぞホントに。

 

「魔法少女達は、国を滅ぼした。国の悉くを滅ぼしたわ。全てを。本当に全てを。その最中──私に会った」

「……なンで、そいつらァンなことしたんだ」

「私に出会って──問うてきた。"貴女は魔物?"ってね」

 

 こっちの問いァ聞く気ァねェらしい。

 ただの独白に近いそれが、続く。

 

「私は答えた。"違う"って。彼女らは聞いたわ。"じゃあ何?"と。だから私は答えた」

 

 マッドチビが、手を広げる。

 その手に、透明な水が集まる。

 水、っつか。水晶、か。

 

「"魔法少女よ"、ってね。こうやって、【鉱水】を浮かべて」

「……嘘じゃねェか、そりゃ」

「嘘じゃないわ。その時なったのよ、私は。魔法少女になったの」

「そォかい」

「ええ、そう。それで、彼女らはこうも聞いてきたわ。"それなら話が早い。これから魔法少女のための楽園を作る。一緒に来ない?"って。知っての通り、私はそれを断ったのだけど」

「……ん?」

 

 待て。

 そォいや前もちょいと気にした話だが、なンかおかしくねェか?

 

 前後が、逆じゃねェか?

 

「だから、同情される所以は無いのよ。私は救いの手を自ら振りほどいて、自立を選んだ。その出生こそはそういう対象にあるかもしれないけれど、私は私の道を行ったのよ。だから」

()()()()()()()()()()()?」

「……何がよ。というか、詰め寄ってこないで」

 

 EDEN。魔法少女育成学園エデンを含む、国家防衛機構・浮遊母艦EDEN。

 (つい)(よすが)が先にあった。学園長がそれを浮かして、そこにEDENを作り上げた。だからその下に、最初は国なんて無かった。

 マッドチビの国を襲撃した魔法少女達は"これから楽園を作る"と言った。当然、その頃に国なんて無かった。

 

 守るべき国なんか、どこにもなかった。

 魔法少女の方が先にいたんだ。あとから、国が出来て、いつのまにかEDENが国家防衛機構になった。

 

 それァ、おかしくねェか。

 じゃァなンだ。EDENの最初の役割ってな、なんだ? 魔法少女のための楽園、か。それァなンだ。なンでそんなもんを作ろうと──。

 

「ひゃ!?」

「私のは話したんだから、ちょっと見せなさいよ。ついでにアンタにも聞きたい事があるの。いいわよね?」

「わ、わかったから、あんまり脇を触るな。くすぐったいだろ」

「ちょっと動かないでよ。上手く見えないじゃない」

 

 マッドチビが指を動かす。 

 ──それにより、身体に巻き付いてくるは液体化した水晶。瞬く間に右腕を除く全身を覆ったそれは、これまた瞬時にカッチリと固まった。

 

 ……これァよ、明確な敵対行為だよなァ。

 

「ちょっと見る間固まってもらうだけだから、敵対行為とかじゃないわ。一旦の休戦は受け入れたんでしょ?」

「こっちの台詞なんだが」

「いいから。それで? そもそもなんでこんなもの付けてるの? 魔法少女になる前から無かったの?」

 

 右腕の付け根と顔だけを出した状態で固められ、湧き水の風呂に置かれる、ってな。

 結構怖いぞ、コレ。

 

「ちげェよ。魔法少女になってからだ」

「……どういうこと? なんで……いや、もしかして」

「あァさ。私ァ死んでねェのさ。まだ一回もな。そンで、これからも死ぬつもりァ無い」

「右腕がない事より。それが痛む事より。その不便より──死ぬのが、嫌?」

「そォだよ。当たり前だろ」

 

 流石にこんなカッコじゃつくもんもつかねェが。

 何度も言った、何度も何度も説いてきた事を、言う。ま、こんな命を命とも思わねェ奴にわかるとは思えねェが──。

 

「その方がずっと、可哀想じゃない」

「……は?」

 

 あ──ン?

 俺ァ今何に同情されたンだ?

 

「死ぬの、嫌なんでしょ? 聞いた話じゃ殺すのも嫌。じゃあどうしてEDENにいるのよ。なんで戦わされているの? EDENはいつのまに、そんな、そんな──」

「どォしたんだよ、おい」

「そんな。魔法少女を、奴隷みたいに扱うようになったの?」

 

 ……あー。

 なンだよ。やっぱり傷にァなってんじゃねェか。500年経ったって、最初の9年のこた忘れられてねェじゃねェか。

 奴隷扱いァ、嫌か。

 だがお前も同じことしてただろ。化け物に……いや、だからこそ、か?

 

「可哀想じゃない。なんでそんなことしてるのよ、アンタ。EDENなんかから抜け出して、私の所……は嫌か。けど、他にもEDENに所属していない魔法少女の組合はあるから、そこに身を寄せなさいよ。ダメよ、死ぬのも殺すのも嫌なら、戦場にいちゃダメ」

 

 おいおい、敵だろォが。

 なんて目してやがる。泣きそォじゃねェか。

 

 ……変身する。

 亜空より呼び出される魔法少女衣装が水晶を砕く。金属類とァ違って、耐久性能はほとんどねェな。別に部分強化で壊してもよかったか。

 

 ま、今はいい。

 悔恨は後で良い。

 

「な……何よ。た、戦うの? 待ちなさい、今変身するから」

「戦うかよ、今更」

 

 手で、指で、その涙をぬぐって。

 抱きしめる。

 

 ……あー、こんな暗い場所で、裸の幼児を抱きしめる43歳おっさんってなやべー絵面だが。

 悪いな。誰も見てねェからよ、勘弁してくれや。

 

「すまねェ。ヤな事話させたし、ヤな事思い出させちまったな。私ァさ、大丈夫だから。死は怖いし、殺すのも嫌だ。けど、みんなが死ぬも嫌だから、戦うしかないんだ。戦わされてるとかじゃねェよ。私ァちゃんと、自分から戦って」

「──やめなさいよ、その強がり」

 

 抱きしめ──返された。 

 ……何がだ。

 何がどう、強がってるよ。

 

「結局仕方がないから戦ってるんじゃない。それは戦わされているのと同じよ。状況が、環境が、()()()を使役している。あなたはわかっているんでしょ? 魔法少女がおかしな存在だ、って。死んでも生き返るから、死をも恐れない、なんて──生物として、おかしい、って」

「!」

 

 おい。

 おい。

 敵だろ、こいつァ。どの面下げて、だろ。オーレイア隊のみんなを俺と戦わせたのもコイツで、その精神体を殺させたのもコイツだろ。

 

 おい。情に弱すぎだろ、俺。

 なんで──泣きそうになってやがる。

 

 こんなの、こんな言葉なんか、その場しのぎに決まってる。

 わかったふりして、理解したふりして、信じたと思ったら後ろから刺すとかだろ。おかしい。おかしいじゃねェか。みんなにあんだけ散々な扱いしといてよ。ルルゥ・ガルが攫ってきた魔法少女も何の躊躇も無く研究材料にしといてよ。

 そんな、俺程度に同情できるわけねェだろ。

 こいつにそんな倫理観が。道徳心が。

 

 他者を想う心、なんてのが。

 

「強がるのはやめなさい。あなたは戦場に出て良い子じゃない。そんなに強い心は持っていない。……戦う事を自ら選んだ魔法少女だけが、生きるために抗った魔法少女だけが、初めて戦場に立てるの。それ以外はそうして戦う子達を、温かく迎える役目を持つのよ。戦う力があるとか、戦うしかないとか、そういうのは関係ない。いい? あなたは戦っちゃダメな子よ」

「……あァ、知ってる」

「言ってもわからないか。……よし、決めた」

 

 知ってるよ、ンなこと。

 俺の心が弱いって、ンなの言われなくても、ずっと前から知ってるよ。

 わかるよ。わかるから、やめてくれないか。

 

 泣きそうになるだろ。

 43歳のおっさんだぞこちとら。8歳児に諭されるモンかよ。……あァ500歳児かもしれんが。

 

 お前みたいな、きゃいのきゃいの騒ぐ奴に。命を命とも思ってねェような奴に。

 なんで俺が──理解されなきゃいけねェ。

 

 理不尽だろ。

 

「何を、決めたって」

「アンタをEDENに連れて行く。そして、直談判してやるわ。今すぐアンタを解放しなさい、ってね。他の、戦うことが嫌な魔法少女もまとめて解放させる。それで、まぁ私の所はともかく、他の組合に連れて行ってあげる」

「余計な世話だよ、それァ」

「馬鹿ね。自分で自分の面倒も見られない子が目の前にいるのに、どうして年長者が世話を焼かないっていうのよ。自分で自分の道を選べないのなら、自立ができないのなら、差し伸べられた手を払う事も取る事もできないのなら」

 

 なんでこんな──カッコよく見えんだよ、こんな奴が。なんでこんな、──あァ、クソ。

 

()()()()()()()()

「……うるせェよ、マッドチビのくせに」

「そういう粋がった事言うなら、私の背中に涙落とすの止めてからにしたら?」

「うるせェよ、チビ」

「アンタこそね、ちび」

 

 あァ──。

 ダメだな、どォにも。

 

 優しくされるってな、慣れねェや。

 

えはか彼


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